セーブ130 月の砂漠へ、ぼたんの国へ
「なんで夜月を連れて行きたいんだよ」
クリアネス達が一段落し、精霊の丘を抜けるために歩きながら少々気になっていたことを問えば、クリアネスはそうですねぇ考え、
「神について詳しく知っているでしょうし、何より長い年月あそこに閉じ込めておくのは可哀想すぎると思いますので。
それに、かなり頭も切れますし戦力にもなるかと」
「へぇ…」
夜月のイメージって、なんかふらふらにこにこしていてマイペースの塊なんだけど。
ああいうやつほど強いってのが鉄板か?
精霊の丘は、クリアネスとカイがいたせいかあれ以降面倒事は起きなかった。
一日ほどかけて精霊の丘を抜け、ぼたんの国が見えてきたところでクリアネスは剣に戻って行った。
カイは最初こそ落ち着かない様子だったが、今はもうすでにいつもの調子を戻していた。
「ぼたんの国~…」
伸びをしながらぼたんの国を見る。
前来た時よりも賑やかになっている。
砂漠に行くにはぼたんの国を通るしかないんだよなと思いながら、モンスターに戻ったカトレアを見る。
「人が多いけど、大丈夫か?」
俺の問いにカトレアはこくこく頷いた。
カイがそこでふんと鼻を鳴らす。
「そんなに心配なら水隠しでもかけてやろうか?」
「水隠れ?」
「空気中の水使い光の反射加減を調節して周りから見えないようにするものだ。」
へえ、便利だなと思いながらカトレアを見れば、カトレアは海竜の頭を撫でていた。
別に人が嫌とかではなさそうだし、カトレアは隠さなくても問題ないだろう。が、モンスターを連れ込んで大丈夫だろうか?
「ああもう面倒くさいやつめ!!」
カイがごちゃごちゃ考えている俺にキレたらしく、べしっと体当たりされる。
ざぁっと海の音が聞こえた気がした。
ハッとすると砂漠の入り口に立っていた。
「テレポート…」
社から草原に行くときにお断りした技だろう。
実力行使しやがったなと舌打ちしつつ、まあ今回は助かったので文句は言わずきょろきょろと辺りを見渡す。
前来た時と同じ、砂漠が延々と続いている。
「夜月って、どうすれば出てきてくれんだ?」
カイに問えば、カイは知らんと偉そうにそっくりかえる。
カトレアはぼんやりと砂漠を眺めている。喋れる状態のカトレアなら、なんか知ってそうなんだけどな。
クリアネスも反応ないし。仕方ない。砂漠彷徨うか。
軽いノリで砂漠に入って行けば、カイが慌てたように死ぬ気か!?とフードを引っ張って来る。
大丈夫大丈夫とあしらいつつサクサクと砂漠を歩く。
風がそこまでないので結構進める。
「夜月とカトレアって、なんかちょっと似てるよな。
元々人間の部分とか。もしかしたらカトレアの事でなんかアドバイス貰えるかもな」
「呑気か!!」
のんびりと歩きながら笑えばカイが叫ぶ。
カトレアは俺の横に並んで歩いている。海竜はカトレアの腕の中から物珍しそうに砂漠を眺めている。
「うーん、俺はもう完全に化け物だから、ハーフの子に聞いた方がいい情報は得られると思うよ?
人間の時と同じ状態に戻れる子はモンスターとは言わない。出来損ないって言うからね」
「へぇ。
でも夜月って人間みたいだよな」
「見た目はね。でも戦うとなると反転目になったりして化け物染みた姿になるよ。
ま、カトレアも同じかなぁ」
「ほーん、見てはみたいよな」
「今の君が興味を持つだなんて珍しいねぇ」
「カトレア絡みだから」
「ははは、面白いねぇ」
「そっちから出てきてくれて助かった。アトラスの村に連れて行ってくれてありがとう。
そんでクリアネスって言う腹黒知ってる? そいつがお前の事連れて行きたいらしいんだけど」
いつの間にかカトレアのいない方に現れた夜月。
特に気にすることなく会話を続けてみたが、今のカトレアは完全なモンスターではないと言う情報が手に入った。やっぱり夜月って頼りになるな。
簡単に用件を伝えれば、夜月はうーんと考え、
「ついて行くのは構わないけど、君ら不幸のどん底に落ちるかもしれないよ?
俺って不幸製造機だからさ」
「言い方」
ふわりと笑って夜月はちらりとカトレアを見る。
カトレアはぼんやりと夜月を見て興味なさげにふいと別の方向を見た。
「俺、不幸も幸運も興味ないから大丈夫だと思う。
うるさいのは多分カイだから」
「阿呆!! この俺様がその程度で騒ぐと思っておるのか!?
そもそもクリアネス様のおそばにいられるだけで最大の幸せなのだぞ!! 不幸など恐ろしくもないわ!!」
「ほらうるさい」
「無礼者!!」
騒ぎ出したカイを指差せば夜月はからから笑う。
「んまあ、君らがそう言うなら構わないよ。
で、クリアネスだっけ? そのクリアネスは何人目のクリアネスだい?」
「俺が会った中では一人目」
「うーん、そっか。じゃあ1711人目かなぁ」
「そんなにあいつ湧いてるの? 怖いな」
「反応するところが大分おかしくなってるねぇ。まあいいか。」
「先程から聞いていれば貴様ら無礼すぎるぞ!!」
1711人目ってどんだけいるんだよクリアネス。あとで気が向いたら聞いてみよう。
俺と夜月の話に横槍を入れるカイをスルーして、夜月にクリアネスの宿っている剣を差し出す。
「クリアネスがどうやれば出てくるのかわかんないから、よろしく」
「わからないからってほいほい武器を渡しちゃだめだよ」
苦笑して夜月は剣の刃の部分を叩く。
そしておや? と目を丸くする。
「眠っているみたいだねぇ。」
珍しい事もあるもんだと夜月は笑って俺に剣をしまう様に促す。
大人しく腰に戻せば、夜月は笑って、
「クリアネス、寝ているみたいだから起きたらになるね。
それまで君たちはぼたんの国でも観光して来たら?
それか、向こうに行くか」
夜月が指さしたのは無の街の方角だった。
そう言えば、無の街は今どうなっているのだろう。
カトレアの事を聞くならハーフと言っていたな。ハーフの双子がいたはずだしもしまだいるなら行ってみる価値はあるだろうが。
悩む俺の腕が掴まれ、なんだと振り返るとカトレアが嫌そうな顔をしていた。
「…カトレアが行きたくないみたいだからぼたんの国の方ふらふらしてるわ」
相当行きたくないらしく、カトレアはふいとそっぽを向いてしまった。そんなに嫌か。
言葉が戻った時に理由でも聞こう。
「そっか。
じゃあまたね。」
夜月は深く追及することもなくふわりと笑い砂漠の中に溶けるようにして消えて行った。
「ぼたんの国に行くか」
「軽いな」
歩いてきた道を戻りながら、のんびりと呟けば、カイが呆れたようにため息を吐いた。
にしても、クリアネスが眠ってるだなんてなんか意外。
カイも眠っているところとかはたまに見るが、何と言うかそんなぐっすり眠っている様には見えなかった。
もしかしたら、精霊には睡眠は必要ないのかも、等と思っていたので余計だろう。
ぼたんの国って前みたく栄えていないし、言っちゃえば元だろうし、何しようかなぁとぼんやりしながら見えてきた出口に向かって足を速めた。