セーブ126 精霊の迷い道
「おかしい」
あれから、逸れたカイや小さい海竜と合流する為大木からカイ達のいる方向であろう方向に向かって歩いているのだが、おかしいのだ。
「大木から、ちっとも離れていない」
振り返ると、一定の距離を保った状態で先ほどと変わらず大木がそこに在る。
同じ場所をぐるぐるしているような、そんな場所だ。
カトレアも困ったように俺と大木を交互に見る。
精霊たちの術にでも引っかかったのだろうが、どうすれば抜けられるのだろうか。
辺りからはくすくすと言う笑い声が時折聞こえる。
面白がってんなと思いながら次は右に進んでみようと右に一歩踏み出す。
が、ぐいとカトレアにフードを掴まれてバランスを崩す。尻餅をつく羽目になった。
なんだとカトレアを見上げれば、カトレアは俺の進もうとした方向にスッと指を突きだす。
途端、カトレアの指先がじゅっと音を立てて消えた。
「はっ!?」
一気に頭が混乱するが、カトレアは気にした様子もなく首を振った。向こうに行ったら死んでしまうと言う意味だろうが、指が消し飛んだのにはどう言う考えがあるんだ?
もっと別の方法もあっただろう、とカトレアの手を掴んで消えた指を見る。
「あれ?」
「?」
消えたはずの指は、そこにあった。
わけがわからずカトレアを見れば、カトレアも不思議そうに俺を見る。
ああ、そうだ。カトレアって今モンスターなんだよな。人とは比べ物にならない回復速度も持っていて当然だろう。
「…あまり、変なことしないでくれよ。俺の心臓に悪い」
今回カトレアは俺の為に怪我をしてくれたので、どうにも強く言えず苦笑すればカトレアはからからと笑って頷いた。本当に分かったのかな…。
◇◇◇
あれから、俺は進むのをやめた。
進んで体力を削ったところで疲れるだけで、術の解き方なんてわからない。
なら、もう精霊共が飽きるまで放置することにしたのだ。つまり耐久戦。
別に俺は急いでるわけでもないし、カトレアはこの場所の植物に興味津々だし別にいいかなと言う結論から、俺はその場で仮眠を取ったりと好き勝手過ごしている。
カトレアは、俺の隣に座ってまじまじと一面に咲く花たちを見つめている。
俺が仮眠を終えても同じ状態で見つめているので、そんなに綺麗で珍しいものなのかと思い見てはみたが、数秒で飽きてしまった。
ぶわりと圧迫感のある風が吹いた。
こんな風ここに来てからは初めてなので、何だろうと空を見上げる。
風が吹いたせいで七色の花びらたちが宙に舞っている。
その花びらがぐにゃりと歪み、辺りを歪ませていく。
足元も歪み出した。感覚も、ちゃんとした土のものではなくなり底なし沼の様なものになりだしている。
精霊の悪戯にしてはちょっとえぐくないか、と思いつつカトレアに声をかける。
「逃げても意味ないだろうけど、逃げよう」
これはさっさと術から逃げないと殺されるかもなとぼんやり思いつつカトレアの手を掴み走り出す。
足場がぐにゃぐにゃしていて走りにくい。やはり振り返っても大木との距離は変わっていない。
どうしたものかと少々焦りつつ、この術を使っているやつがわかればなと舌打ちをする。
カトレアがじっと俺を見つめて、背後を振り返るのを繰り返している。
「カトレア?」
何を考えているのかよくわからず、名を呼べばカトレアは俺の手をするりと放した。
は、と歩みが止まる。
カトレアはのんびりと、焦る様子もなく辺りを見渡す。
そして、とある一点に向けて手をかざした。
真っ白のカトレアの指が、手が、腕がじわりじわりと竜の様な青い鱗に覆われていく。
覆われ終わったと思った瞬間、カトレアは何かを弾くように指を動かした。
動いた指先から、黒々とした弾丸の様な物が現れて一点を貫いた。
一点は貫かれた瞬間ぐにゃりと歪んでキィンと嫌な音を吐き出しながら真っ白の光を発する。
ざあっと強めの風が吹き、光を消し飛ばす様に白を攫って行った。
はた、と目を開けばそこは同じ場所で。
カトレアはきょろきょろと辺りを見渡し、すたすたと大木の方に走って行く。
いきなり起きたことに理解が追い付かないが、カトレアと離れるのはまずいと思いその背を追う。
すると、大木との距離がみるみるうちに狭まって行く。
「…術から、出られたのか?」
カトレアが何をしたのかはわからないが、カトレアのおかげで出れたのは間違いないだろう。
大木に向かって走るカトレアの後を追いながら、なんであんな悪戯をされたのだろうと思う反面、先ほどまでの出来事に対して興味が徐々に薄れていくのがわかった。