セーブ123 放浪の始まり
あれからカイが戻ってきたのは夜になってからだった。
どこに行ってたんだと聞けば、色々貴様のせいで飛び回っておるのだと睨まれた。
俺のせいで飛び回ってるってよく意味が分からんが、とりあえずは謝っておいた。
そして、決まった行き先を告げると、カイは酷く驚いたように俺を見つめてきた。
「樹海でも、火山地帯でもないのか?」
「カトレアが一番行きたがったから。」
「貴様のその判断基準どうにかしろ!!」
「無理」
一気にやかましくなったカイを放置して、夜が明けたらさっさと出発しようとカトレアに声をかける。
カトレアはこくこくと頷きぼんやりと半壊している中庭を眺め出した。
「未知の草原か…」
「なんかまずかったか?」
「や、そんな事は無いが…あそこは草原に潜んでいるモンスターが多くてな。
気配を殺して近づいてきたよそ者を一噛みで殺すとか…」
「殺られる前に殺ればいい」
「やめろやめろベルデがめんどくさいことになる」
カイの言葉の中に、初めて聞く名前が出てきた。
ちょっと引っかかったが、まあ時が来れば自然とわかるだろうと放っておく。
前の俺なら、気になったらすぐに質問攻めにしただろうが、今の俺は生憎カトレア以外に興味がない。
必要と思える情報が何もないのだかから、知ろうとする意欲も削がれるわけで。
「…貴様、本当に変わったな。
強欲と言うよりも怠惰か?」
「失礼だな。
俺はカトレアが絡めば強欲になるぞ」
「…まあ、怠惰と言う柄ではないな。うむ」
呆れた様なカイの声を流しながら、これから行く草原にはカイの知り合い…おそらく精霊だろう…ベルデと言う人物がいることがわかった。
そして、無駄に面倒そうなモンスターの巣窟、か。
「草原を俺の炎で焼き払えば…あ、だめだ。カトレアが悲しむ」
「小娘抜きでも絶対にやめろよ貴様!!!」
名案だと思ったのに、と肩を落とす俺にカイが絶叫に似た怒鳴り声で元気よく反応した。うるさいな、こいつまじで。
◇◇◇
「いいよ、歩いて行くから」
「阿呆!!未知の草原は幻の谷側にあるのだぞ!? 何日かかると思っておる!?」
「鍛え直すなら丁度いい」
次の日、カイの社から元の世界に戻り、さて歩いて行こうかとなったところで引き止められ、連れてってやると言われた。
丁重にお断りすればこれだ。全く、これだから魔法に頼り切ろうとするやつは。カイがそうかは知らないけど。
歩いてこそ新しい発見があるだろうに。
今の俺では何の発見もない気がするが、俺の事はどうでもいいんだよ。カトレアがなんか変わるかもしれないじゃんか。
「どう言うルートで行く気だ!?」
「うーん、ぼたんの国を通ってチェス帝国通るかな」
「顔見知りが少々いる程度と思って甘く見ておらんだろうな!?」
「別に俺通るだけだよ?
しかもジペイの嫌ってるハックは今回いないんだよ? 何の問題もなくない?
ぼたんの国はもう国として機能してないし…」
そう、俺は今まで行った先々で主人公よろしく色々面倒事に巻き込まれては来たが、何も俺が好きで起こしたわけではない。
面倒事の方から笑顔で手を振って駆け寄ってきやがるんだ。
今回、面倒事になりそうな不安材料はないし、問題ない気がするが…、あるとすればカトレアと俺か? ジペイなら気づくだろうな、俺とカトレアの変化に。
そしてジペイって何かハックと繋がりがあったような。
「ジペイに会えば、ハックの居場所とかその他諸々少しはわかるかもしれないし、一石二鳥なのでは?」
「甘いな!!
人間は急激に変化するモノを恐れるのだぞ!!」
「そっかそっかー、じゃあまずはぼたんの国だなー」
「聞けい!!」
騒ぐカイをスルーしてカトレアに行くぞと声をかける。
カトレアはぼんやりと海を見ていたが、俺の声でぱっと表情を明るくして頷く。腕には海竜が抱えられている。
海竜もカトレアを気に入っているし、カトレアも海竜を気に入ったらしい。もしものときは海竜がカトレアを守ってくれるかもな等と勝手に期待しつつ歩き出す。
ジェットがいないから、道は適当。ジェットに案内された道順は今回追えない。
あの時は確か火山地帯からのルートだったはず。
一応この地方の地図はぼんやり覚えているから、勘で進めばそのうち着くだろう。
にしても、
「…随分と、人数が減ったよな」
すたすたと歩く俺の隣を機嫌よさげに歩くカトレア。カトレアに抱えられている海竜、そして俺の頭の上でふんふんと拗ねたように胡坐をかくカイ。
前は、口うるさいラベンダーに何かと厳しいナシュ、へらへらとしたジェット、うるさいカイに人を揶揄う様に笑うハック、そして俺の傍を離れないソレイユと言った濃い面子だった。
今の旅風景は穏やかだが、前の旅風景はどこか賑やかだった。
懐かしむ程時間は経っていないはずなのだが、俺の興味…関心がごっそりなくなったせいで随分昔の事のように思える。
「そう言えば、ソレイユは大丈夫かな、あと、ライラ」
気がかりを少々思い出した。
俺に酷く懐いていてくれたソレイユは、俺がいなくなってから大丈夫だろうか。
ライラは、まあ大丈夫だろう。ラベンダーがついているし。
旅の途中もしあいつらと再会で来たら、ライラはこちらで引き取ろう。
「ライラを連れてこなかったのは失敗だなぁ」
ぼんやりと呟きつつ、あの状態じゃあラベンダーが絶対に寄越してはくれなそうだなと苦笑する。
そんな俺に、「なら戻ればよかろう」とカイが突っ込んでくるのでそれはやだとだけ返す。
カトレアが不思議そうに俺を見上げてくるので、何でもないと笑いながら目の前に広がる分かれ道を指差してカトレアに問う。
「どっちに行きたい?」
「ばっ、貴様本当に未知の草原に行く気があるのか!?」
カイの絶叫を聞き流しながらカトレアを見れば、カトレアは少々考える様に分かれ道を見つめる。
そして、スッと左の方へ続く道を指差す。
よし、決まった、と思いながらそちらへと進む。カイがばしばしと俺の額を叩いてくるが無視しておく。
別に、着かなくてもいいかもな、等と言う言葉を飲み込みつつ、これからはのんびりとした、そしてどこか危険な匂いのする旅になりそうだと少しだけこれからの旅路が楽しみになった。