セーブ116 無関心で無感情な強欲
強制的にモンスターにされたカトレアは、恐ろしく軽かった。
人としての体重ではない、モンスターとしての体重なのだろうが、あまりに軽すぎて本当に生きているのか不安になるほどだった。
声をかけても頬を軽く叩いても目を覚ますことはないカトレアに、これ以上こうしていても仕方ないと思いカトレアを抱えて立ち上がる。
さて、どうしようか。
ハックでも探すか。それとも、
「それとも、なんだよ」
はっと自嘲気味に笑う。
それとも、もうこのまま町に帰ってしまおうか、と思った俺は本当に馬鹿だ。
その考えに否定はせず、まずはカトレアがどういう状態なのか調べなくては。
ハックをとっ捕まえて吐かせた方が速いだろうが、あいつが捕まるとは思わない。
なら、残った面子の中で一番知識を持っていそうなやつ。
「カイか、エニシダか」
のんびりと出口に向かいながら、この状態を見られたら何と言われるだろうと少々嫌気がさしつつも歩みを進める。
エニシダも、大嫌いなはずなのに今はもうどうでもよくなっている。
「おっかしーな、これじゃあカトレアと同じじゃないか」
まるっと、カトレア以外に興味がなくなりつつある自分に寒気を覚えつつ、苦笑する。
きっと俺は今冷めきった顔をしている。
カトレアを人としてとどめておくこともできず、最悪の結末を迎えたと言うのに、なんと清々しくすっきりした気持ちなのだろう。
これが強欲の証拠だろうか。
強欲は、欲しいものが手に入ったら次を欲するイメージがあったが、俺はどうやら例外らしい。
「ま、いっか」
なにもよくねーよと思いながらみんなの待つ元へ足を進める。
◇◇◇
「…あんた、どうしちまったんだい?」
エニシダと戦うはずだった場所に戻れば、俺と俺に抱えられるカトレアを見たラベンダーが開口一発目にそんな事を聞いて来た。
「何が?」
「なにが、じゃないだろう?
カトレアの気も人のものじゃないし…それに…」
ラベンダーは俺をじっと見つめ、目を逸らす。
「あんたのその、瞳。
今までのカトレアの様に冷たいし、カトレアがいなくなってしばらく荒れてた時代のギムみたいな雰囲気だよ…。荒れては、いないみたいだけど。
恐ろしく、冷静過ぎる…何があったんだい?」
「察しの通り。
察せないのはハックが裏切ったってことくらいか?
ハックがカトレアをモンスターにした。それだけ」
淡々と答えれば、ラベンダーは酷く驚いたように俺を見て、深いため息を吐いた。
「…そうかい」
それだけを残し、ライラの元に行ってしまった。
「ふむ、今の貴様に何を言っても無駄そうだから、正気に戻ったらたっぷり説教させてもらうぞ。
ちょいとその小娘を見せてみろ。」
小さい姿に戻ったらしいカイが、腕を組みながら偉そうに言ってくる。
はいはい、とカトレアを地に降ろせばカイはふむ、とカトレアを見つめる。
「ほー、オーガと悪魔、そしてドラゴンの成り損ないか。
しかし恐ろしい力を持っておるな。貴様の声も届くかわからない状態だな。目が覚ませずにここまで運べたのは幸運だろう。」
カイがスンッ、と真顔になり俺を見上げる。
ふーん、と聞き流しつつ、目が覚めたら暴れる可能性があるのか、とカトレアを眺める。
「カトレアを制御できる方法ってなんかないのか?」
さらりと聞いてみれば、カイは少々目を丸くして、ふむと考え込む。
そう言えばハックが首輪云々言ってたな。何の疑いもなく発言したが、俺らしかぬ発言だったな。
カトレアを憎いモンスターにしたハックに激昂することもなく、淡々としている。俺らしくねえな。
「貴様の罪との同化の進行が随分のんびりになってると思ったら、そう言う事か。
貴様、この小娘がこうなったことになり満足しておるな? 貴様も小娘も、人として最低な位置まで堕ちたと言うわけか。まあいい。
制御と言ったな。できるぞ。
貴様と貴様の契約している俺様の海の力があればこの程度の小娘、簡単に操れる」
「へえ。」
「ただし、小娘の属性は水特化になる。
今の小娘の本来の力…そうだな、一割も発揮できないため一人にしたらまず殺される最弱モンスターになることになるぞ。」
「いいよ。一緒にいればいいんだろ」
「…貴様、本当にこのわずかな時間で人が変わったな。」
「そうか?」
まあいいじゃん、と笑えばカイはため息を吐いて、カトレアの周りをぐるぐる飛ぶ。
「闇のピアスに万物の王の気配がない様だが?」
「ああ、ハックがなんか持ってった」
「持ってったァ!?」
「今のカトレア、すぐに乗っ取られるからとか言ってたぞあいつ。」
「ううむ…確かに今の小娘では簡単に乗っ取られてしまうが…持っていかれたのか…」
カイはカトレアの耳にぶら下がっている十字架のピアスを突っつく。
「まあ、いいだろう。
万物の王を封じるだけの器を持つこのピアスに、制御魔法を仕込むか。」
カイはそう言うと水魔法を使いだした。
水魔法は美しくて、無数の水滴がピアスに吸い込まれるように消えていく。
ピアスは水滴が吸い込まれた直後淡い青に光ったがすぐに本来の色に戻る。
「そう言えば、トトとかエニシダは?」
先程から姿の見えない二人の事をカイに尋ねれば、カイはふんと鼻を鳴らし、
「砂漠の方に用ができたとか言って、少し前に出て行ったぞ」
と、教えてくれた。
へえ、と返しながら、砂漠と言えば夜月かな、などと思い浮かべる。
そこで、空間がぐにゃりと歪んだ。
なんだろう、とそれをぼんやり眺めていると、砂漠に行っていたはずのエニシダが現れた。
俺を見るなり、エニシダの顔が憎悪で歪む。
おかしいな、さっきよりも恨まれているみたいだ。
「小僧、貴様…!」
早歩きでこちらに歩み寄って来る。
なんだ、何があったと思ったが、エニシダへの興味も、憎悪も、嫌悪も綺麗になくなってしまったらしい今の俺はそれをぼんやり眺めるだけだった。
「貴様は一体、何をしていた!?」
エニシダは俺の胸ぐらを勢いよく掴み、俺に怒鳴る。
何故そんなに怒っている? 何故そんなに激昂している?
ぼんやりとエニシダを眺めつつ、恐ろしいくらい冷めきってしまった自分に自嘲してみせた。
どうやら、強欲とは俺の感情を周りへの興味を奪い、食らうらしい。
興味があってこそ、強欲だろうに。
それとも、俺の興味は全てカトレアに注がれてしまったとでも言うのだろうか。
さて、これからどうしようか。