セーブ114 裏切者は笑う
一秒とは一瞬だが、その一秒に目を凝らせば永遠の様に長い矛盾した時間だ。
ザラームの首にこちらの刃が吸い込まれて行くまでほんの僅かな時間。
それがとても長く見えた。
ザラームは俺の攻撃を避けることも弾くこともせず、ただ笑っていた。
「その瞳、きっともっともっと美しくなるね」
首を刎ねる瞬間、ザラームがにっこり笑ってそう告げてきた。
その言葉が終わるか終わらないかのうちにザラームの首は飛ぶ。
殺すとは思ったが、まさかこんな簡単に死ぬとは思わなかった為少々驚く。
呆気なさすぎるザラームに、違和感を覚えつつ、だが確実に絶命しているのを確認し、なんだったんだ。と少々混乱する。
夜月曰く勝てない相手とはこいつの事ではなかったのか?
恐ろしい速さや狂気染みた笑顔を思い浮かべると、こいつが本気を出したら確かに勝てなかっただろう。
ならば何故、こいつはこんなにあっさりと死んだ?
ぐるぐる考え始めた所で、ハッとする。
ここでザラームの事を考えるのも大切だが、それ以上にカトレアの方が優先順位が高い。
カトレアを振り返れば、すでに回復魔法で治療を終えたらしく、怪訝そうにザラームの死体を見つめていた。
「大丈夫か?」
「問題ないです」
カトレアの傷を見ると、確かに完治している。
全くカトレアの回復魔法には恐れ入った。
「こいつ、なんだったんだろうな」
カトレアの視線の先に在るザラームの死体をちらりと一瞥し呟けばカトレアは首を横に振る。
「わかりません。
狙いは瞳だったようですけど、呆気なさすぎる。
何か裏があるに違いないのでしょうけども、完全に死んでいるし…」
そこまで言ったところで、カトレアの瞳から興味の色が消えた。
死んだザラームの呆気なさに一瞬興味を持ったようだが、すぐにそれはなくなったらしい。
「まあ、死んでいるしいいんじゃないんですか。」
「お前な…」
呆れてため息を吐けば、カトレアはけろりと笑う。
「私、ギム以外が生きてようが死んでようがどうでもいいんです」
「知ってる」
何度か聞いたセリフに頭痛がする。
この周りへの興味の無さをどうにかしたいのだが、本当どうすればいいのか…。
「ザラームの事は、夜月にもう一度会ってこいつが夜月の言っていたやつか確認するのと、あとはハック任せでいいんじゃないのかな。あいつ何でも知ってるみたいだし」
もし、夜月の言っていたのがザラームでないのなら、安心はできない。
そこで、聞きなれた声が聞こえてきた。
「あらま~、殺しちゃったのね」
壁の穴から瓦礫をひょいひょいと跨いで入ってきたのは今名前を出したハックだった。
何故いる、と少々引きつつも、見てたのか、と問う。
「殺したところを見てはいないけど、ギムの血まみれの剣と首が体からさよならしてるそこの死体見れば誰だってギムが殺したことくらいわかるよ」
瓦礫の山を越え、コツコツとこちらに歩み寄って来るハック。
こいつ、本当にいつもおかしなタイミングで現れるよな。
「ふーん、そっかそっか。
カトレアのお嬢さんは化け物にならなかったんだね。」
まじまじとカトレアを見て、ハックが意外そうに笑う。
何が言いたいんだ、こいつは。
「うーん、オレの予想と随分と違う展開だけど…ま、いっか」
ハックはへらりと笑うと、さてとと伸びをする。
そしてザラームの死骸に歩み寄って、爪先で本当に死んでいるのか確認をするように軽く蹴った。
「何してるんだ、お前」
「やー、ちょっとねー」
しばらくザラームの死骸の周りをうろうろしていたハックだが、満足したのかくるりとこちらを振り返る。
「じゃ、ギム。
まずはおめでとう」
いきなりパッと笑顔を向けられて、困惑する。
何がおめでとうなんだ? こいつは本当に色々前後をすっ飛ばしすぎだ。
「ギムはギムの歩む運命の中にあるいくつかの選択肢の中のどれでもない道を歩んだみたいだね」
ひら、と手を振りすごいねえとハックは笑う。
「カトレアのお嬢さんを殺す運命、罪に食われる運命、カトレアのお嬢さんに殺される運命、まああげ出したらキリがないんだけどね。」
つらつらと物騒なことを並べ出したハックはいつもの笑顔のままだ。
何を言っているんだ、こいつは?
「ハック、お前、いきなり何を?」
「うん、オレ神様だからさ。予想外の事が起きるなんて久しぶりすぎてさ。ちょっと興奮してる。」
「は?」
こいつ今、何と言った?
神様とか自分の事言ったか?
「驚くのも無理ないよ。
この世界の神様はオレ。そして生き残ったギムの宿敵もオレってことになるね」
____ああ、でもね、物語の主人公は神様が選ぶらしいよ。
夜月が、言っていた神様がハックと言う事か?
で、宿敵と言ったか?
「今までは、どんなことがあってもここに来ればギムは死ぬと思ってたから、その前に死なない様守っては見たけど、ギム今生きてるじゃん。
大成功だよ。オレのバカげたお遊びで生き残ったやつはこれで三人目だ!」
嬉しそうにハックは笑って、さてとと手を叩く。
「今のギムは、オレにすぐに殺されちゃうから今すぐには殺さないよ。
もっともっと強くなって、オレと遊べるくらいのレベルにまで来てもらうから。
でもその為には犠牲が必要なんだよ。
ギムが強くなるには罪の力をコントロールする必要があるし、罪の力が無けりゃオレには勝てないだろう。
が、ギムは罪と同化をはじめてしまって、このままではギムはギムでなくなってしまう。
だから、こうするの。」
混乱する俺にハックは淡々と言葉を投げてくる。
パチンと指を鳴らせば、折れた万物の鎌の刃の破片がハックの手元に現れる。
「賭けになるけど、まあギムなら大丈夫でしょ。
カトレアのお嬢さん絡むとすごい力発揮するみたいだしね」
詰まんだ破片をひょいとこちらに投げてくる。
剣で弾き返そうとするが、その欠片は俺の剣も俺の体もすり抜けた。
まるで、空気の様に呆気なく。
俺の背後にいたカトレアに自然と破片が飛んでいく。
カトレアも鎌で破片を弾こうとするが、破片は鎌をもすり抜けた。
カトレアの肩に破片が当たった瞬間、破片はいきなり体積を増した。
「っ…!?」
カトレアが目を見開く。
破片を中心に、カトレアを飲み込むようにエニシダの術中で見たあの黒が溢れ出す。
ふつ、と殺意が芽生えたのと同時に激流でそれを薙ぎ払おうとする。
「だめだよ。」
ハックの声が背後でしたと思ったら、腕を掴まれる。
途端、芽生えた殺意も、魔力も、力も、それらすべてが悪寒に代わる。
「お、まえ…一体…?!」
「だから、神様」
にっこりと笑うハックは、ただただ不気味で、初めて会った時に感じたあの恐怖が今また足元から這い上がって来る。
「オレはね、ギムにとって最低で最高の裏切者だよ。」
にっこりとハックは笑ってゆっくりと告げてくる。
ハックに掴まれた腕を軸に、体が石にでもなったかのように動かない。
「ギムはね、オレにとって最高で最低な駒だよ」
感謝は、してるんだよ。とハックは楽しげに笑って、目を細める。
「キミの本当の物語は、ここからかもね。
オレの掌の上には変わりないけど、これからの道はこれからの台本はキミが自分の足で歩んで、手で描いていくんだ」
今までも台本めちゃくちゃにしたけどね、ギムはとハックはからから笑ってぱっと俺の腕を放す。
「頑張ってね、三人目の主人公」
この先、ハッピーエンドになるかバッドエンドになるかは、キミ次第だよ。
神様は、そう言ってそれはそれは楽しそうに笑いやがった。