セーブ07 海の精霊
通常のエルフとは、真っ白いものだ。
エルフは恵みをもたらし豊かな場所に住まう。云わば恵みの神と言ったところか。
それなのに、こいつは真っ黒だ。
恵みを全て無に変えるような、そんなオーラを放つ。
ここで殺さないと、災厄をもたらす。
「物騒な人間やなぁ。そんな殺気をうちに向けんといてや。」
ころころと笑う黒いエルフ。
「お前は、ここで何をしている?」
俺の問いかけに、エルフはそうさなぁ、と空を仰ぐ。
「…言われたことぉ、やってただけ、とでも言っときましょか」
「言われたこと? 誰にだ? そいつは今どこにいる?」
こんな禍々しい者を従わせるなんて危険すぎる。
睨みながらエルフの答えを待てば、
「質問ばっかなお人やなぁ。
ほんに、モンスターが嫌いと見えますなぁ。うち、あんさんのこと嫌いですからお相子ですな」
すっと目を細めながらエルフはふわっとその場に浮き上がる。
「逃げるのか?」
「ええ、逃げさせてもらいますよぉ。
このこと、ちゃぁんと報告せな怒られてしまいますんでねぇ。」
逃がすつもりはない。素早く剣を抜こうとしたら、エルフがふわっと笑う。
それと同時にいきなり海が荒れ出す。
俺を的確に狙い、海に引きずり込む為だけの荒れ方だ。
エルフの能力にこんなものはないはずだ。何をした?
「それじゃぁ、さいなら」
エルフはころころと笑いながら波に飛沫と共に消えた。
エルフが消えると、海は今までの荒れ様が嘘のように穏やかになる。
見たこともない光景に、ただ唖然とするしかなかった俺の耳にラベンダー達の俺を探す声が聞こえてきた。
◇◇◇
ラベンダー達と合流すると一発平手打ちを食らった。
あんたの一人旅じゃないんだから勝手にいなくなるのはやめろと長々と説教された。
この頃ラベンダー元気になってるよなぁと聞き流しつつ、さっきのエルフについて考える。
一周目の記憶があるため、昔モンスターや精霊について色々調べた知識があるのはとても有り難い事だ。
エルフは基本、魔法を使うがそれはエルフ魔法__風魔法、樹木魔法、草木魔法等であり、水の魔法を使うエルフは見たことがない。
そもそも海を操るエルフなんて聞いた事すらない。
海の王と言えば「海竜」や「海の精霊」と言ったところだ。
この世界は精霊に創られたと言われている。
世界の三大脅威とも言われる"地"、"空"、"海"を納めるのはそれぞれ「陸竜」、「空竜」、「海竜」の三体のドラゴン。
あの海を操る技は「海竜」のものだと思う。
精霊は基本、見守るだけであり干渉はしない__できないと言われている。
海竜のもつ技をなぜあのエルフが?
見たところ、あのエルフの属性は黒に染まった者のみが使う"闇属性"だろう。
闇属性自体どう言った属性か解明されていないので何とも言えないが、水属性を支配できるとは思えない。
「いや…待てよ?
もし仮に、"海竜を操れたなら"?」
闇属性がどんなものなのかは知らない。
が、闇と言うなら"支配"や"操る"と言うありきたりな発想ができる。
もしありきたりにそんなことができる属性なら、説明がつくのではないか?
「闇属性…闇魔法を使い海竜を操り、海を意のままに支配できる。
可能性としては十分ありそうだけど…海竜がそんな簡単に操られるものなのか?」
確か、今回ここまで来た理由の依頼は海竜の暴走が云々だった気がする。
もしこの仮説が正しいとすれば色々辻褄が合うのではないか?
いきなり暴れ出した海竜。
海竜の力を使うエルフ。
海竜を操り海竜の力を意のままにするエルフ。
ぶつぶつと呟いていると、ラベンダーのイライラとした圧力がズシンと降って来る。
あっ、やばい。俺今説教食らってる途中だった。
恐る恐るラベンダーを見れば、鬼の形相でそこに居た。
ヒエッと小さく悲鳴を上げるが時すでに遅し。
ラベンダーの見事な雷が俺に落ちた。
◇◇◇
こってりラベンダーに絞られ、別の意味で疲れた。
日も落ち、辺りはもうほぼ真っ暗だ。
急いで村に向かっている途中、小さな祠の前を通った。
祠は、淡く青に輝いておりかなり不思議な祠だなと思った。
「発光する何かが塗ってあるんですかね?」
「術がかけられてるのかもしれないねぇ」
「魔物の嫌いな光で魔除けをしているのかもしれませんね」
各々好き勝手憶測を言っている。
俺はとりあえずお腹がすいたから早く村に行きたい。
三人も同じなのか、本来触れるべきであろう祠を見事にスルーし通り過ぎる。
それがいけなかったらしい。
通り過ぎると同時に祠がガタガタと揺れ出した。
ポルターガイストかよと振り返れば、祠の扉がバンッと乱暴に開いた。勝手に。
「魔物ですかね?」
「さぁ?」
ジェットとラベンダーは面倒そうな声を出す。
ナシュは無表情にポルターガイストを眺めている。
俺も特に悪い気配は感じられないので眺めてる。
「俺様がこんだけアピールしてんだから少しはちゃんと触れろやばーーーーーーーーーーーーかっっっ!!!!!!!」
祠からなんか勢いよく青い蛍が飛び出してきたなぁ、なんか喋ってらぁと呑気に眺めていたらそれは見事に俺の額に激突した。
「い"ッ"!!!!!!!!!!!!??????」
ばちーんとド派手にぶつかった。かなり痛い。ラベンダーの平手打ちよりも痛い。
尻餅をつき、腰も痛い。
「なんだい? 蛍が喋った?」
「いや、こいつぁ精霊でさぁ」
「精霊、ですか? 何故祠から…?」
誰一人として俺の心配をせず飛び出してきた蛍__ジェットが言うには精霊に興味を示す三人。
「ふんっ、とんだボンクラ共だなっ!!
神聖なこの俺様に気付かないとは!!」
いや、気づいてましたけど空腹が勝ったんですよ。とは言わずに好きにさせておく。
海の色の様な美しい長い髪。後ろで軽く束ねている。瞳も髪と同じ色で、聞かんぼそうな色を宿している。とてもラフで海の民の様な何とも言えない服装。
蒼く綺麗な石をウォレットチェーンの様にぶら下げている。
身長は20cm程か。まさに精霊と言う大きさ。
「お前誰?
とりあえず俺に謝ってくんない?
痛いんだけど」
ガシッと青い精霊を掴み睨めば、ふんっとそっぽを向く。
「あの程度避けられなくて何が勇者だばーーーーーーかっ!!」
「なあこいつ燃やしていい?」
非常にムカつく。
キンマの数千倍ムカつく。
三人を見上げれば、ダメだろと言う目を向けられる。
「とにかく!!この俺様を無視とはいい度胸じゃねえか!!」
「それよりもお前誰?」
「俺様の話を聞け無能!!」
「燃やしていい?」
俺とその青い精霊のやり取りに飽きたのか、ジェットがひょいと俺から精霊を取り上げる。
「「あ。」」
不覚にもその精霊とハモってしまう。
「ほー、こいつぁすごい。
旦那、この精霊、海の精霊ですぜ?」
「貴様見る目があるな!!褒めて遣わそう!!」
海の精霊? こいつが? 海の? 海を創った精霊? これが?
「俺は断じて認めない」
「旦那、認めるも何も実際海の精霊ですぜ」
ぷいとそっぽを向けば呆れたようにジェットが笑う。
「しっかし、海の精霊が何でこんなところに? ギムにタックルかますなんて死にたがりかい?」
ラベンダーは不思議そうにジェットに捕まっている精霊を見る。
精霊はへっっと吐き捨て、偉そうに腕組をする。
「よく聞け無能共!
貴様ら…正確にはそこの無礼な勇者!貴様を俺様が選んでやった!!」
「アッよくわかんないけど辞退しまぁす」
「つまりだ!!貴様は俺様の下僕だ!!」
「やっぱ燃やして捨てようぜこの精霊」
何様だこいつ。睨めばへんっ、とそっくり返る精霊。言葉が通じないほど阿呆なのか。
「そもそもなんで俺が勇者って知ってんだよ。
プライバシーって言葉知ってる?」
「馬鹿め! プライバシーなんて言葉精霊社会にはないわ!!
この世界は精霊が軸なんだぞ! 精霊に隠し事ができると思うなよ死に戯けが!!」
切り捨ててやろうかと言うほどにこの精霊はムカつく。
何故ここまで偉そうなのだ。精霊は確かに精霊様かもしれないがこちらには干渉のできない雑魚だろう。
「貴様今雑魚と思ったな!?
無礼者!!死罪だぞ!!」
こちらの考えまで読めるとはなんなのだ。潰そうか。
「無能な貴様らに俺様が知恵を一つ恵んでやる!!
いいか! 精霊とは確かにそちらには干渉できない! が!人間と契約すればいくらでも干渉できるのだ!!すごいだろう!!
そして喜べ無能の勇者! この海の精霊である俺様と契約できるぞ!!」
「却下だわ。海の藻屑になって死ね」
しーんとその場が静かになる。
「何故断る貴様!!!!!!」
「うるせえそんなん俺の勝手だろ帰れ!!!」
が、すぐに精霊と俺の怒鳴り合いが開始しまたやかましくなる。
やれやれとラベンダーのため息が聞こえた。