セーブ112 夜月の知らせ
カランと折れた刃先が遠くに落ちた。
「折れた…?」
カトレアが呆然と折れた刃を見つめる。
そう言えば、マゼンダが言っていたな。鎌が折れた時カトレアは酷く焦ったと。
やばいかも、と思ったが、カトレアは状況を理解した後特に焦る様子もなかった。
「折る、つもりはなかったんだけど…ごめんな」
言い訳交じりにカトレアの折れた刃先をちらりと見る。
カトレアはそんな俺を見て笑った。
「いいですよ。別に。」
未練の欠片もなさそうに笑うので、思わずいいのかそれで、と眉を顰める。
カトレアはからからと笑い、
「もしかして、私が一度鎌を折った時の事聞きました?
あれはね、この鎌に縋ることしかできない時期だったから焦って焦って前後左右がわからなくなってたんですよ。
でもね、今の私はギムって言う見失わない目印があるから、他が折れようが錆ようが死のうが生きようがあまり関係ないの」
折れた刃先を拾い上げながら、カトレアはさっぱりと言いのけた。それでいいのか。喜んでいいのか怒ればいいのか複雑になりつつ、そうか、としか言えずにため息を吐く。
「やっぱり、ギムは強いな…。
私の負けです」
カトレアが振り返りながら笑った。
その言葉を聞いた瞬間、忘れていた痛みやら疲れやらがどっと押し寄せてきた。
「カトレアって、罪持ちなんだろ?」
「そうだけど」
「俺みたく、罪を使って攻撃して来ればよかったのに。」
エニシダ戦の疲れがまだ抜けきっていなかったらしく、俺はあれから立てず仕舞いになっている。
カトレアとの勝負でも擦り傷や切り傷が知らぬうちにできており、体力もギリギリまで削られていたらしい。
カトレアも同じらしいが、光魔法ですぐに回復してしまった。
勝負中も回復すればよかったのに、と思ったが、こいつは集中すると回復だのなんだのは忘れてしまうタチなのを思い出して、つくづく忘れていてくれてよかったと安堵した。
回復されていたら、きっと勝てなかっただろう。
カトレアに回復してもらいつつ、疑問を投げかければカトレアはぽかんとして、
「罪にも、攻撃系とそうじゃない系に別れるんですよ。
強欲の罪は攻撃特化系の力がありますが、色欲は攻撃を弾いたり相手の士気を下げたりくらいしかできないんですよ」
罪の事を全く知らない俺には当たり前の様に初耳であって。
カトレアが色欲の罪で本当に良かった。攻撃系だったらやばかっただろうな。
「私の罪は、集団に強いんです。
色欲は文字通り誘惑だのなんだのの罪ですから。
まあ…個人にも使えるには使えるんですけど、ギム相手にはなぁ…」
苦笑して俺を見てくるカトレアになんだよと思いつつ、色々危なそうな罪持ちだなこいつとため息を吐く。
「カトレア、モンスター化は大丈夫だったな」
そこで、一番危惧していた事が起こらなかったなと安堵の息を吐く。
カトレアも自身の両手を見つめて、確かにと目を丸くしている。
「おい、まさかなる可能性のが高かったんじゃ…」
「高かったですよ。当たり前でしょう。
ギム相手にするんですよ?」
「開き直らないでもらえます?」
危なくて仕方がない。とひやひやしつつも、ではなんでならなかったんだと頭を回す。
しかし答えは何も出ない。
「うーん…私が変に暗い方向に考える余裕がないくらい、勝負を楽しんでいたから、かな…」
カトレアが万物の鎌を眺めながら呟く。
折れた万物の鎌はうんともすんとも言わない。そう言えば、万物の王はどこにいるのだろう。
「…そのモンスター化の危険を取り除くには、どうすればいい?」
トトは、俺が勝負中にカトレアと何を話すかによって万物の王とカトレアを引き離す云々、しかしカトレアの魂に絡みついている万物の王はそう簡単には離れない云々だと言っていたが…。
ぶっちゃけ勝負に夢中でそれらは全て忘れていた。
「万物の王は私の魂と、罪と同化しようとしていますから、そう簡単には取り除けないと思いますよ。」
困りましたねえとカトレアは笑う。
笑っている場合かとため息が出る。
「何か、いい方法はないのか?」
カトレアに再度問えば、カトレアはうーんと俺の剣を見つめる。
「ギムのその剣には、クリアネスが宿っているでしょう?
その剣で私の心臓を突き刺せば、魂に絡みついている万物の王を消し飛ばすことはできますよ。私も死にますけど」
どうです、とばかりに俺を見上げてくるのでふざけんなと睨んでおく。
それじゃあ、まるで一周目の俺じゃないか。カトレアを殺すと言う選択肢は俺の中にはない。
うんうんと悩んでいると、室内なのにふわりと風が吹いた。
「二人とも、逃げた方がいいよ。」
まだ一日も経っていないのに、久しぶりに感じる夜月がふわりと現れた。
しかし、本体ではないように思える。
「うん、この俺は本体じゃないよ」
俺の考えを呼んだのか、夜月がふわりと笑った。
「砂を使って念を飛ばしてきているんですよ。
どうしたんですか? 逃げろだなんて」
カトレアが簡単に説明してくれた。夜月ってすごいな。
「そうそう。すごく嫌な気を纏った子がそっちに向かったんだよね。
狙いはカトレアみたいだし、今の君達じゃ勝てそうにない相手だったよ。」
夜月はそう一方的に伝えてくると、じゃあ伝えたから。頑張ってねと笑って消えてしまった。
夜月の消えた後には、少量の砂漠の砂が落ちていた。
「俺らじゃ勝てそうにない、やばい相手?」
夜月の残した言葉が理解できず、数秒動きが停止する。
カトレアも不思議そうにしている。とにかく、あの夜月がわざわざ言ってくるんだから気をつけたことに越したことはない。
カトレアの問題は、落ち着いてから考えるとして、とりあえずは皆と合流するのが先だろう。
カトレアのおかげで動けるようになったし、戻るか、とカトレアに声をかける。
そうですね、とカトレアも頷き立ち上がる。
誰が向かって来ているのだろう。ハックならわかるかな、等とのんきに考えていたところで、大きな破壊音と共に右側の壁が吹き飛んだ。