セーブ108 最終決戦へ
「勝負どうしようか」
「どこまで馬鹿者なのだお前は!!」
色々あーだこーだ言われ過ぎて混乱した頭で叩きだした結果、そんな言葉を口にすればカイが俺の頭を勢い良く叩いた。痛いなこの野郎。
「ああそっか。カトレア、今ちょっとヤバい状態なんだったっけ。
そのモンスター化しそうなのをどうにかしてから勝負再開って事になるかな?」
「阿呆! 貴様も十分危ない状態なのだぞ!」
「俺にはまだ余裕があるんだろ?
余裕ないカトレアをどうにかしてからでも間に合う。」
俺の言葉にカイは呆れ果てたようにため息を吐き、何かまた言おうとした。
そこで、
「勝負は、してもらいますよ。」
カトレアの凛とした声が聞こえた。
は? と振り返ると、カトレアは真剣な表情で、
「私が勝負を挑んだ時に言った言葉、忘れました?
私はこの勝負で自分に踏ん切りをつけたいんです。ギムが危なくても、私が危なくても、どうしても勝負はして欲しいんです。」
そうでないと、私がモンスターになってしまうかもしれないから。
カトレアは苦笑した。
カトレアが俺に勝負を挑んだ理由、それはいくつもあれど、簡単にまとめると「勝っても負けても一度ギムと勝負できれば私は満足するはずだから」と言うシンプルなものだった。
確かに、ここで勝負を一旦保留にしてしまったら、満足しない状態が続いてカトレアが不安定になるかもしれない。
トトも、「勝負を引き受けなかったら主様は確実にモンスターに身を落とすでしょう。」とも言っていた。
それに、もしこの勝負でカトレアの危ない状態を少しでもよくできるのなら、俺は喜んで勝負しよう。
それには悪化させると言うデメリットも十分存在する。しかし、放置したらもっと酷い事になりそうで、怖いのだ。
この勝負は、ある意味でカトレアを人として生かすための応急処置なのかもしれない。
「まてまて。この状態でやり合う気か? もっと冷静な判断をしろ」
カイが慌てたように止めに入る。
ラベンダーも困ったような顔をしている。
そりゃあ困るだろう。俺ら二人は今危ない状態で、片方はいつモンスターになってしまうかもわからない。
モンスターになるきっかけである俺との勝負をしなければ確実に危なくて、俺と勝負をしても危ない。デメリットが多すぎる癖にカトレアを救う手は一つしかない。
こんな状態になる前に、どうにかしたかったなと過去の俺を怨む。
「カイの言う事は最もなことだけど、俺はお前の制止を無視して勝負する。」
「貴様本当に死にたいのか!?」
ぎゃんぎゃん騒ぎ出すカイを無視して、ラベンダーを見る。
「いいよな?」
「…あたいにはもう判断できる領域じゃないよ。もう二人の好きにするといいさ。
ただね、その選択の結果がどうであれ、あんたはその結果から絶対に逃げちゃいけないよ。それだけは、覚えておきな。
あと、カトレアをモンスターになんて絶対にするんじゃないよ」
「…言ってることまどろっこしいけど、お前の言う結果ってのはひとつしかないじゃん」
ラベンダーの言葉は、カトレアを必ず助けてこいと言うものだった。
当たり前だが、いちいち言葉がまどろっこしい。苦笑すればふんと鼻を鳴らされる。
「私は、元より勝負は最期までしていただくつもりでいましたので、今更何も言う事はありませんね」
黙って聞いていたトトは満足そうに笑って、ご武運とお辞儀をしてくる。
エニシダはつまらなそうに俺とカトレアを見て好きにしろとどこかに行ってしまった。
「勝負の場所は?」
「この先です。さっき私が出てきた扉から続いてる廊下を行った先にあるんです」
多分、そこは一番最初に見た俺がカトレアを殺した場所だろう。
そこで、今度はカトレアを救えるのかもしれない。償いにはならないけど、絶対に失敗はできない。
「あたいらはここで待っていることにするよ。外野がいると集中できないだろうしね」
ラベンダーはカイを抑えつけながらにっこり笑う。
「他の連中の説得もしといてやるさね。
ライラもちゃんと捕まえておくから気にしなくていいよ」
「待て! 俺様はまだ許しておらんぞ!!」
ぎゃんぎゃんとカイが騒いでいるが、ラベンダーの圧には勝てないらしくだんだん大人しくなっていく。
「行きましょうか」
カトレアが苦笑してそれを一瞥し、元来た道を駆けて行く。
その背中は前に見た時よりも細く見えた。
「頑張りなよ」
ラベンダーがひらりと手を振り背中を押してくれる。
「主様を頼みましたよ。ギムレット様」
トトも改めて俺に言葉を向けてくる。
その言葉たちに頷いて返し、カトレアの後を追う。
「もう知らん!! 死んだら許さんからな!! 戻ってきたらたっぷり文句を言わせてもらうぞ阿呆が!!!」
最後にカイの絶叫に似た声が聞こえたので、思わず苦笑する。
振り返らずにカトレアの後を一直線に追う。
カトレアの影が一つの道に見えて、その影はゆっくりと歪んでいる様で。
歪みをどこまで正せるのかはわからないが、せめて人の持つ歪みまでは正してやりたい。
本当の意味での戦いはここからかもしれない。
俺はまだ自分の中ですくすくと育つその罪を知ることなくカトレアの後をただ追いかけた。