セーブ06 アトラスの村へ
「じゃあ最初はそのアトラスの村ってとこの調査なんだね?」
ナシュを二人に紹介し、最初の目的地について話し合っている。
「アトラスの村ですかい。
ここからですと少し歩きますなぁ。アサーティール王国の南西にある水のきれいな村ですぜ。
あっしも一度だけ行った事がありますがそりゃあもう美しい村でしたな。」
「綺麗な村ねぇ…ライラにカトレアが興味を示すか…。うーん…いや、カトレアならワンチャン…でもライラはなぁ…」
「ギムよ。あんたは調査のことよりカトレアかい?」
「そりゃあ調査もちゃんとするぞ? ただ二人が行きそうな場所かどうかってのをちょっと考えただけで」
呆れたようなラベンダー。
「旦那達の探してらっしゃるそのカトレアの奥方と旦那の妹さんは綺麗な場所に興味がないので?」
「いーや、カトレアは花畑だの何だのが好きだから多分興味ある。
ライラはどっちかっていうと、その、モンスター系に興味あって…」
ライラとの大喧嘩の原因はモンスターだったので言葉に詰まる。
『モンスターをもっと知りたいのー!調べて色々わかればー、モンスターがなんで凶暴なのかとかー! わかるでしょー!』必死に俺に叫ぶライラ。俺はモンスターが大嫌いで見つけたらぶち殺すがモットーな為可愛い妹にそんな危険なことをさせるのは許せなかった。
が、今考えると、もっとライラの話を聞いてやればよかった。カトレアがいなくなり、荒んでいた時期とは言え一方的にダメだやめろとしか言っていなかった。
きっと、そんな俺に嫌気がさしてライラは行方を晦ませたのだろう。
「ちょっと、しっかりしなよ」
思い出して撃沈している俺をバシッと叩くラベンダー。
「つかなんでカトレアの奥方?」
「いや、流れ的にそうかと思いやしたが違うので?」
「え?」
「え?」
「はいはい結局どうすんだい」
俺とジェットの微妙な空気を破ったラベンダーが地図を広げる。
地図なんて持ってたのかお前。
「アトラスの村はこっから三日くらい歩くとつきまっせ。」
「ちょいと遠いね」
三日か。
でもきっとこれは道と言う物を歩いた場合の時間だろう。
「なあ、獣道とか通る計算で一番近い道順だとどのくらいだ?」
俺の質問にジェットがふむ、と地図とにらめっこをする。
「そうですなぁ…一日半…二日あれば行けるかと」
「よし。じゃあそのルートで行こう」
一日短縮できるなら儲けものだ。
しかし、ジェットは一体何者なのだろう。俺の言った無茶__獣道等の危険な道等__を何気なく正解を割り出し返してくる。
「なぁ、ジェットってギルドランクいくつだ?」
ふと疑問を投げかければ、ジェットはぽかんとして、
「Cですぜ?」
「Aじゃなく?」
「逆に何でAになるんでさぁ?」
ますます謎が深まった。
「話していても仕方ないですよ。
そろそろ出発いたしましょう?」
そこでナシュが口を開く。
それもそうだなと広げていた地図をしまい、アトラスの村へと歩き出した。
◇◇◇
普通、商人や旅人が通る道とは全く違う獣道を進む為しばしばモンスターと遭遇する。
ほぼ俺が潰しているが、時々ナシュも手伝ってくれる。
やはり、ナシュはかなり強い様だった。
無駄のない動きに無駄のない剣捌き。思わず拍手したくなるような完璧さだった。
逆に、完璧すぎて少し怖い気もした。
あっという間に日が暮れ、夜の足音がすぐそこまで迫ってきた時刻。
「さて、野宿する場所を探さないといけないわけだが、どうするんだい?」
夜はモンスターが活発になる。できるだけ安全な場所を選ばないといけない。
うーんと森を見渡す。
少し先に、開けた場所がありそうだし、右に折れれば洞窟がありそう。少し戻れば川もあった。
「開けた場所か、洞窟か、川岸。
どこがいい?」
俺の出した選択肢にスンッと表情をなくすラベンダー。
「あんたね、もう少し言い方っての無いのかい?」
「言い方」
「各場所の安全面を知りたいよあたいは。あんたと違って」
こんこんと杖で小突かれる。
「安全面。
そうだな。開けた場所なら見通しが利く。が、狙い撃ちにされやすい。洞窟なら雨風をしのげる。が、洞窟の中にもし強力なモンスターがいて、入り口も塞がれたら終わり。川岸は水がある。そして森から少し出るから森のなかほどモンスターとは遭遇しないだろう。が、雨がいきなり降ってきたら危険になるしモンスターが集団で襲って来たら逃げ場がない。」
「全てリスクがすごいってのはわかったよ。
あんたならどうする?」
「俺? 俺一人なら適当にそこらで寝る」
「聞いたあたいが馬鹿だったよ。」
はぁ、と疲れたようにため息を吐く。
「はっはっはっ、旦那らしいですなぁ。
そうですなぁ。この空模様ですと、今晩雨は降りそうにないですし…あっしなら開けた場所で交代で見張りをしながら夜を凌ぎますかね」
「わたしも同意見です。」
ジェットとナシュがそんな事を言ったので、開けた場所で野宿することになった。
「一応魔物除けの術と結界は張っておくよ」
ラベンダーが欠伸をしながらそんな事を言う。
そんな事ができるなら最初から言えとは言わないでおく。
◇◇◇
『何も守れぬ小僧がいくら吠えても我には聞こえぬ』
巨大な憎悪が、俺の目の前に現れて憎らしそうに吐き捨てた。
_誰だ。何のことだ。
声は出ない。ただ、一方的に声が聞こえるだけだった。
『何故貴様なのだ』
その声は、ぐわっと大きくなり殺気を纏う。
声なのに、引き裂かれるのではないかと思ってしまう。
うっすらと死の影がちらついている中、俺は酷く気分が悪かった。
理由もわからず一方的に罵倒される覚えはない。
そして、この声はとても気に食わない。
◇◇◇
嫌な夢を見て目が覚めた。
どろどろとした気分だ。夢の内容はよく覚えていない。
ただ、酷く不愉快で吐き気がする。
何だったのだろう。あれは。
あの声に形があり、それが目の前にあったのなら、真っ二つにして跡形も無く焼き去りたい。
「旦那、どうしやした?」
ぐしゃぐしゃと頭をかいていると、ジェットの声がした。
ああ、そうか、野宿をしていたのだった。
今の見張りはジェットらしい。
「あー、いや、なんでもない。」
へらっと笑って誤魔化せば、それ以上何も聞いてこなかった。
その気づかいに感謝しつつ、ぼんやりと空を見上げれば綺麗な三日月が真っ黒い空に浮かんでいた。
◇◇◇
結局あれから一睡もできずに朝になった。
ラベンダーに酷い顔だよと言われた。そんなに酷い?とジェットに聞けば酷いですぜと言われた。
ナシュにも、何かあったのか聞かれるほどだった。
適当にはぐらかしてその場をやり過ごした。
わけのわからない夢ごときでここまでなる自分に呆れたのは秘密だ。
森で木の実を採り軽く朝食を済ませ旅を再開する。
険しい獣道を進んだせいか、夕方には海が見えてきた。
「思ったより早く着きましたね。」
ナシュが笑った。
ラベンダーも獣道通ったかいがあったねぇと伸びをしている。
「ここからちょっと歩くと、村が見えてくるはずでさぁ。
もうひと頑張りでっせ」
ジェットが久しぶりに見るちゃんとした道を指さして言う。
「それじゃあとっとと村に行こう…」
ジェットの指す道に向かおうとしたら、何か嫌なものを感じた。
立ち止まった俺を怪訝に思ったのか、三人とも俺を見る。
「どうしたんだい?」
ラベンダーが俺を覗き込む。
しかし、その問いは俺の耳には届いていない。
__なんだろう、この嫌な気配は。
「ごめん、先行っててくれ!」
ぱっと笑い、三人にひらっと手を振って道のある方向ではない__海の方向へと駆け出す。
「ちょっと、ギム!?」
「旦那!?」
「どうしたんですか!?」
三人の声を無視してぐんぐん走る。
海が少しずつ大きくなって行く。
◇◇◇
海が、眼下いっぱいに広がる。
ざざーん、と心地よい波音が聞こえる。
夕日が地平線に吸い込まれて行く。
この景色を見れば、美しいと誰でも言うだろう。
しかし、俺は美しいとは思わなかった。
海から突き出る大岩に立つ真っ黒のエルフが放つ禍々しいオーラがその景色を台無しにしていた。
オーラには似合わないすらりとした体つき。真っ黒の髪を結い簪をさしている。真っ白で黒の上品な柄をちりばめた着物を花魁風に着こなしている。肌は雪の様に真っ白。
いや、俺の脳内には今"景色"も"波音"も"夕日"もない。
あるのは、ただ一つ。"このエルフを殺す"と言う事だけだ。
「お前、何者だ?」
剣の柄に手を掛けながら威嚇するように言葉を投げかける。
ゆっくりと、そのエルフは振り返る。
__ああ、こいつはだめだ。
俺の脳内にそんな言葉が響いた。
「人に物ぉ尋ねる時は、そっちが名乗るべきじゃございませんのぉ?」
にっこりと微笑むエルフの目は、逆光でもわかるほどに笑っていなかった。