セーブ101 VSエニシダ-2
頭に血が上ると人は冷静な判断ができなくなると誰もが言うが、まさにその通りだった。
折れた腕の痛みが吹っ飛び、その場を強く蹴ってエニシダの間合いに飛び込む。空気の刃が飛んできたが、着地と同時に屈んで避ける。
着地した場所に嫌な熱を感じて横に飛び、エニシダとの距離を詰める。
着地した場所には溶岩の様な物が噴出しており、のんびりしていたら焼け死んでいただろう。
先程よりも無理やり速く動いているせいか、足の骨がぎしぎしと痛む。
エニシダも俺の動きが変わったのに少し驚いたように表情を動かした。
空気の刃に尖った岩を纏わせたえげつない攻撃が飛んでくる。
いちいち躱していたら埒が明かないと言う結果を叩きだした俺の行動は簡単だった。
折れた方の腕に水魔法を纏わせそれで攻撃を薙ぎ払う。ヘタしたら腕が飛びかねない戦法だが、今の俺にはそんな細かい考えはできなかった。
躱さなかった俺に驚いたのか、エニシダは舌打ちをして次は空気を圧縮して作ったであろう槍を持つ。
それを振り下ろしてくるので剣で受け止める。
槍と剣の刃が交わった瞬間、空気が歪みそれが斬撃になってこちらに降り注ぐ。大した威力ではないので無視して槍を弾く。
隙を与えずにエニシダの横腹に剣を叩きこむが空気の刃で弾かれる。一瞬隙ができた瞬間、槍が飛んでくる。
折れた方の腕を咄嗟に突きだして剣を受け止める。
「いっ…つぅ…」
咄嗟の事だった為槍が手のひらを貫通する。
水魔法を纏わせていたのにほとんど効果なく呆気なく貫通したのには驚いた。
貫通した部分が回転する空気でじわじわと抉れて行く。
手のひらと指が切断される前に槍を引き抜き、槍をエニシダの方へと弾き飛ばす。
エニシダは槍をキャッチすると槍を地に突き立てる。
突き立てた部分が歪みばらばらと風に持っていかれる。みるみるうちに瓦礫の混じった竜巻が完成している。
「しぶといな、貴様は」
忌々しそうにこちらを睨み、吐き捨てるエニシダ。
竜巻を目の前にしても俺の目には竜巻なんて映っていなかった。
「絶対に、殺してやる」
低く呟き、一歩エニシダへと近づく。
カトレアに言われた、殺さないでと言う言葉はもう頭の中にはなかった。
穴の開いた手のひらを炎魔法で止血して走り出す。
竜巻に向かって海流切断を放てば僅かだが竜巻の間に道ができた。そこを一気に駆け抜けて、土煙に紛れエニシダの首筋へと剣を振るう。
しかしそう簡単には殺させてはくれない。
剣を空気の刃でまた弾かれ、そのまま圧縮した空気と共に吹っ飛ばされる。
吹っ飛ばされると同時に背後に地から大きな壁が現れ、そこに叩きつけられそうになる。
爆発魔法でその壁を砕き、勢いを殺して着地する。
猛スピードで吹き飛ばされたせいかなんなのか、咳き込めば血が口元を伝った。
きっと俺の体はぼろぼろなのだろう。
が、そんな事を考えることもせずに剣を持ち直す。
エニシダはそんな俺を見て舌打ちをする。
「忌々しい。何故立ち上がる?」
その問いに答えることなく、剣に爆発魔法を纏わせてエニシダの間合いに飛び込む。
エニシダの持つ槍とこちらの剣が交わった瞬間爆発が起きる。起きる直前に水の盾を作り、ダメージを半減させる。
地面も抉れて竜巻も吹き飛ぶほどの爆発魔法。こんなに強力なものが使えたのかと頭の片隅で少しだけ考え、思考をやめる。
「あの小娘の様に、何度も立ち上がるやつはお前が初めてだが、あの小娘の時の様に興味や関心は抱けぬな」
エニシダはどうやら咄嗟に岩や土で盾を作ったらしい。ガラガラとその岩や土を壊しながらその場に現れる。
あれでも、通用しないのか。小さく舌打ちをすれば、エニシダはふんと鼻を鳴らす。
「大地に人が勝てると思うなよ。
まして、貴様ごときが」
じろりとこちらを睨んで吐き捨てるエニシダ。
エニシダが空を一文字に斬る。その斬った部分が歪んで衝撃波へと変わり飛んでくる。ギィンと剣で弾きつつもあまりの威力に後ろに飛ばされた。
げほっ、と咽れば先ほどよりも多くの血が口から垂れてくる。
血を流しすぎたのか、無理をしすぎたのかはわからないが視界がゆらゆらと揺れては滲む。
はやく、勝負を付けないと。
焦る気持ちの中に、敗北と言う文字は無かった。
エニシダが地に拳を叩きつけるのがゆっくりと見えた。
拳が地面に着いたのと同時に、ぐらぐらと足元が揺れる。あいつ、あれで地震を起こせるのかよ。
苦々しく思いつつ不安定な足場から次々に突き出てくる鋭い土の槍を躱していく。
何発かは足や腕、横腹に貰ったがまだ問題ない。
こちらに隙を与えないとばかりに連続して突き出てくる槍を忌々しく思いつつ、爆発魔法で空を蹴る。
「大波…っ!!」
先程フェアの使っていた破壊の波の見よう見まねで波を起こす。
フェア程の威力は無いが、土の槍を崩れさせるくらいの量は発動できた。
ぬかるんだ地に足を取られぬように着地して、着地と同時に水斬を飛ばす。
エニシダに届く前に空気の刃で相殺されてしまうが、気にせずに水の矢を何本か追い打ちで飛ばしてやる。
土の槍でそちらも相殺されてしまう。時間稼ぎにはなるだろう。
エニシダに相殺の攻撃をやめさせぬ様に水魔法を飛ばし続けて接近する。
水魔法で小刀を作ってエニシダの足元に飛ばし、刺す。
「弾け飛べ」
ぼそっと呟くと、水の小刀が一気に大きな爆発を起こした。
あの小刀には爆発魔法も仕掛けてみたが、どうだろうか。どうせエニシダには効果がないだろう。
目くらましになればいいだけなので気にせずにエニシダの背後を取る。
次こそ当てる、と集中してエニシダの首筋に剣を振るう。
しかし、当たる前にエニシダの鋭い眼光が見えた。
直後肩に鈍い痛みが走る。同時に背中にも激痛が走る。
なんだ、とエニシダを見ると、こちらの剣がエニシダの首に届く前にあいつは振り返り、俺の肩に拳を打ち込んで吹き飛ばしたらしい。吹き飛ばすのと同時に俺の飛ぶ方向に土の壁を作る。
それを見切れなかった自分が嫌になる。
いや、それよりも、もっと重要なことがある。
エニシダの今の動作が何一つ見えなかった。俺は普通肉眼で捉えられる速度の何倍もの速度すらもこの目で捉えられるはずなのだ。
なのに、エニシダの動きは見えなかった。簡単に、俺の目ですらも捉えられない速さで動いたと言う事だ。
ここで初めて、やっと、負けるかもしれないと言う思いがちらつき始める。
「やっと諦めの念を持ち始めたか。」
つかつかとこちらにエニシダが歩み寄って来る。
ぼんやりと見える奴はダメージは愚か、息を切らしている様子もない。
やばい、と本能的に直感した。
しかし剣を握っている指はぴくりとも動かない。先ほどまで動かせていた足も動かない。その代わりに、消えていた痛みがじくじくと体を蝕んでいく。
痛みに顔を歪ませつつ、打開策を必死に探す。
こいつだけには、殺されたくない。こいつだけは、殺さなくてはいけない。
まだ熱を持っている怒りが叫んでいる。
そうだ、動け、動け、と体に叫ぶが体はことんと動きやしない。
「貴様の心の隙に漬け入ろうにも怒りと憎悪のおかげで何もできんかったからな。
諦めと言う隙を作るのにここまで時間がかかるとは思わなんだ。
小娘は、割とあっさり隙ができたのにな。」
エニシダはそう吐き捨てながら俺の前で立ち止まる。
「我は貴様が気に食わない。
物理的に殺す前に、精神的に殺してやらねば気が済まん」
わけのわからないことを言って、こちらに手を伸ばしてくる。
その腕叩き切ってやる、と思うものの手足はぴくりともしない。
俺の額にエニシダの指が当たった瞬間、目の前が真っ白になった。
「諦めの念を抱いても、諦めの念に身を委ねぬ頑固者は嫌いではない。が、貴様の場合は別だ。
つくづく憎らしいガキだな」
最後に聞こえたのは、エニシダの憎悪にまみれた声だった。