セーブ100 VSエニシダ
冷たい空間を一歩一歩進んでいく。
進むにつれ体温を奪っていくような冷たい風。それに抗うようにして進み続けてどのくらい経ったか。
ファイヤーボールのおかげで極寒と言う程ではないが、そろそろ寒さが辛くなってきた。
ビュオ、と吹雪の様な冷たい風が一つ吹いた。
「まだ凍えないとはな」
ガシャガシャと言う重い足音と共に目の前にふらりと現れた大柄な男。
黒っぽい深緑と青の混ざった髪に褐色っぽい肌。筋肉質で2mはあるのではないかと言う体系。
声は聞き覚えのある声で、そしてこの圧。幻の谷では視界に入れられなかったエニシダだろう。
酷く不愉快そうに歪んだ瞳で俺を見下ろしてくる。
「お前がエニシダか?」
「ふん、そうか。貴様はまだ姿を見たことがなかったな。」
どうやら正解らしい。
不機嫌そうに吐き捨てられた声にふうんとだけ返して剣の柄に手をやる。
「なんだ? まさか我に勝つつもりか?」
小馬鹿にしたような笑みを浮かべて俺をじっと見るエニシダ。
「勝てるかどうかは知らねえけど、どうせそっちは俺を殺す気だろう?
いつ攻撃されてもいいように構えてないとな。」
その言葉に、エニシダは不愉快そうに睨んでくる。
「やはり、貴様は気に食わぬな」
舌打ち交じりの声をはいはいと流しつつ、どうするかとため息を吐く。
まさかカイと引き離されるとは思わなかった。正直分が悪すぎる。
「でもまあ、俺が死んだらカトレアがどうなっちまうかわかんねーし、悪いけど勝たせてもらうぜ」
俺の言葉にエニシダが反応する。
イライラとした動きで地を蹴った。
ピリッと空気の避ける音が聞こえる。
真横に飛び退くと、俺のいた場所がガラガラと崩れて消滅していく。恐ろしいなこいつ。
「今ので死んでいればよかったものを」
ギロリとこちらを睨みエニシダは拳を強く握る。
その拳を空に一つ泳がせると、空気が刃になって飛んでくる。そんなのありかよ。このキチガイにカトレアが勝ったとか聞いたけどどうやって勝ったのか知りたいわ。
でもまあ、カトレアが勝てたのに俺が負けてたらカトレアに合わせる顔がない。
飛んできた刃を叩き落として剣に炎を纏わせる。
「その程度で、我に勝てると思うなよ」
エニシダの声を無視して剣を地面に突き刺す。
突き刺すと同時に、地を爆発させるイメージで魔力を地に流し込む。
大きな爆発が地から生える様に起きる。
爆発の後には追い打ちよろしく炎も噴き出る仕掛け。一発目にしてはうまく行ったと思う。
エニシダは忌々しそうにそれらを握りつぶす。予想はしていたがノーダメージらしい。
「我の地をこうも荒らすとはな。」
炎を握りつぶしながら舌打ちをするエニシダ。
「そう言うお前だって、地面を消し飛ばしただろう」
お相子だとばかりに笑ってやればまた睨まれる。
よほど俺が嫌いらしい。俺も大嫌いだけど。
話すのも嫌になったのか、暴力的な攻撃が次々に飛んでくる。
それは空気の刃だったり地割れだったりと様々だ。
隠れる場所も逃げ込める隙間もない真っ新なこの空間では、躱しては攻撃を飛ばしとしか戦法がない。
さすが地を司るドラゴンだ。
俺が着地した場所からガラガラと崩れ落ちていくだの着地した直後に爆発するだの避けるのにも避けきれない攻撃を容赦なく叩きこんでくる。
頭を回転させ、勝利へのチャンスを窺い考えるが全くそう言ったチャンスがない。
そこまである圧倒的な実力差。
大地を相手にしているような、その場全体を相手にしているような感覚。
体力もどんどん奪われて擦り傷かすり傷切り傷が増えていく。
しかし諦めると言う選択肢はなぜか浮かんでこない。
カトレアと約束しただろうか? それとも俺の感覚がおかしくなったのだろうか?
勝つとは言ったものの有言実行は困難を極めている。嘘つきにはなりたくないと言う意地からなのかはわからないが、とにかく諦めると言う選択肢はなかった。
普通ならそろそろ心が折れてもいい頃合いだろうに、と他人事の様に思う。
空気の刃を一つ躱したところで、全体の空気がぐにゃりと歪んだ。
なんだとエニシダを見れば、エニシダがこちらに手を突き出し空を握りつぶすような動作をしていた。
俺の周りからサッと空気が、酸素が無くなっていくのがわかる。
あの野郎、ついにやりやがったと舌打ちをして残り少ない酸素を吸い込む。
一歩踏み出し、その勢いと共に地を蹴る。
エニシダの腕を叩き切る様に剣を振り下ろすが、その前にエニシダの蹴りが飛んでくる。
横腹に蹴りが入る直前に、片腕で飛んできた足を受け止める。かなりの力があったので、腕に嫌な痛みが走る。
気にせず受け止めた場所に爆発魔法を起こす。
エニシダの体勢がわずかに揺れ、一歩後退した。
受け止めたエニシダの足を足場にして、こちらも飛び退く。
飛び退き着地した場所には空気があり、咳き込むようにして呼吸を整える。
エニシダの蹴りを受け止めた方の左腕は骨が折れたらしく、まともに動きそうにない。
「くっそ…」
ずきずきと痛み、動かせば激痛の走る折れ方。
筋肉に骨の破片でも刺さったか? しかし腕でよかった。あの時エニシダの蹴りを受け止めず横腹に食らい、あばら骨あたりを折って内臓にでも刺さった可能性を考えれば、この程度は幸運だろう。
そもそも大地を相手にしてまだ腕一本。安いものだろう。
怯まずにエニシダを見据える俺にエニシダは舌打ちをする。
「腕が折れたのに、悲鳴も上げぬのか」
つくづく気に食わないとばかりに吐き捨てる。
悲鳴だの何だのを口にすれば、心がたちまち折れてしまうのをよく知っているんでね、とは返さず一つ息を吐く。
そこで、エニシダが何気なく言葉を紡ぐ。
「あの小娘ですら、腕を折ってやれば悲鳴を上げたものの」
その言葉で、頭の中が一気に真っ白になり、真っ赤になった。
「は?」
こいつは、今何と言った?
小娘とはカトレアの事だろう。つまり、カトレアの腕を折ったと言ったか?
「何を怒っておる」
じとっと気に食わなそうにこちらを睨んでくるエニシダを無視する。
自然と、剣を握る力が強くなっていく。
ああ、だめだ。やっぱり俺はカトレアが絡むと、カトレアに怪我を負わせた相手と対峙すると、カトレアを傷つけた相手とぶつかると、どこかおかしくなってしまうらしい。
最後の冷静な思考はそれだった。
呆れたことに、俺はどうやら激怒したらしい。