セーブ97 第三関門突破
ジェットは斧を持ってからは攻撃に回るようになった。
あの重たい斧を顔色一つ変えず振り回すのは衝撃だった。
ウェルもその重さに気付いてからは少々困惑したように、そして絶対に斧に当たらないように回避に専念するようになったので、なかなか勝負がつかなかった。
斧を振り下ろして床に当たれば床には亀裂が走り、空を切る音も物騒な音がする。
同じ場所に斧が振り下ろされれば床は粉々に砕ける。
二発で堅い床を砕いてしまうのは恐ろしい。
ハックですら引きつった笑いでジェットを見ている。
あの斧を俺の剣で受け止めたら一発で俺の剣折れそう…等と若干現実逃避をしながら戦いを見守っていると、進展があった。
ウェルが冷や汗交じりに斧を交わした直後、ジェットは振り下ろした斧を掬いあげるように投げた。
投げたぞあいつ。まじかよ、と乾いた笑いが零れる。
斧はウェルの頬を掠りウェルの背後の壁に物凄い音と共に突き刺さる。
ガァン、と言う音と共に壁に大きな亀裂が走る。
ぎぎぎ、と壊れた人形の様にウェルがその壁を振り返りジェットと交互に見る。
そして状況を理解したのか、サッと顔色を青くする。
無理もない。もし俺がウェルの立場なら一旦逃げるね。当たったら絶対死ぬもんな。アレ。
「オレの予想を簡単に飛び越えた化け物じゃん…こわ…」
斧を投げても息一つ乱れずにいるジェットを眺めながらハックが遠い目で呟く。
ハックにこんな顔をさせるんだからジェットはよほどなのだろう。
「はー、隠れた強者だねぇ」
「恐ろしいですね…」
ラベンダーとナシュもそれしか言えないとばかりに苦笑する。
それよりもこの勝負どうしようか。
ウェルは今ので完全に戦意喪失している。これ以上やっても結果は見えているし、ウェルが可哀想になって来る。
ルールはあくまでお互いを殺さないことだからな。
今回は下手したら死ぬかもしれないし。
うーん、と考えていると、ジェットが困ったようにこちらを振り返り、
「旦那、どうしやす?
もう戦っても意味がないかと思うんでさぁ」
ウェルと俺を交互に見ながら苦笑する。
ジェットも感じ取っているらしいし、ウェルが負けを認めてくれれば戦いを中止できる状況になった。
「あー、ウェル、この戦いどうする?
どう見てもお前の負けが確定してるけど…」
ウェルに声をかければ、ウェルはハッとしたようにこちらを睨む。
「ぼくが倒れない限り、ぼくは負けていないから!!」
睨み叫ぶが声が震えている。
どうしたものかな、とジェットを見ると、ジェットも困ったように頭をかいている。
「そう言ってもなぁ…。」
ウェルはジェットが一歩近づくと二歩下がると言う完全に怯えきっている状態だ。
本人は倒れるまでやるつもりだが、意味の無い一方的な戦いは文字通り無駄だ。
「ジェット、一歩左に移動してくんない?」
これ以上ジェットと戦っても無駄なので、ジェットにそう頼めば、不思議そうに左に移動してくれる。
ウェルも怪訝そうに、何する気だと叫んでいる。
「はいはい、お子様はとっとと寝てな」
容赦なく水の矢をウェルに放つ。
魔法に対して完全に油断していたウェルには綺麗に当たった。
バタッと言う音と共にウェルが倒れるのを確認する。
「別に俺、この戦いに負けたとも退場したとも言った覚えはないから、いいよね」
ジェットに頼んだぞとは言ったが、退場するも降参も言っていない。いつ戦いに復帰しても問題ないし大丈夫と少々狡い言い訳を口にしつつため息を吐く。
「あんたねぇ…」
卑怯なんじゃないのかいとラベンダーが睨んでくる。
「この戦いで一番優しい決着のつけ方したんだしいいだろ」
ふいと視線を逸らしながらそう言ってスルーしておく。
「ウェル…!」
フェアが倒れたウェルに駆け寄るのを横目で見ながらほっと息を吐いた。
◇◇◇
ウェルも倒れたし、奥へと続く扉が開くかと扉を押してみると開いた。
開いた先には長い廊下がある。廊下の突き当りには高そうな木の扉がぼんやりと見える。雰囲気からしてトトかな。
まだ気絶しているウェル。意識のあるフェアに進んでいいのか聞けば、頷かれたのでここも突破と言う事でいいらしい。
「ねえ、キミホント何者?」
ハックがあのくっそ重たい斧を軽々と持って戻ってきたジェットに問い詰めるが、ジェットはぽかんとしていた。
斧の重さを教えると、しまったとばかりに慌てていたので何かあるのだろう。
何にせよランク詐欺にも程がある。
「まあ、後程…」
ジェットはそう言って目を逸らしていたし、今問い詰めても何も答えそうにないので本人が口を開くまで待つ結果に収まった。
さて、廊下を進み次の扉の前まで来たのはいいが、扉があまりにも戦闘とはかけ離れているお洒落で高級そうなものなので少々戸惑ってしまった。
ハックが容赦なくバン、と開けた時には流石だなとしか言えなかったのも仕方ないだろう。
扉の先には予想通りトトがいた。
「お待ちしておりました」
にこりと笑うトト。次に綺麗にお辞儀をする。
ハックがよぉしと指を鳴らしながらさっさと戦闘をはじめようとするので慌てて止める。
「何で止めるのさ」
不満そうなハックをスルーして、前に聞けずに終わったことを質問する。
「始める前に、ひとついいか?
キチガイ勇者の連れていた冬のデーモンの事と、万物の王の事なんだけど」
俺の問いに、トトは笑って頷く。
「そうですね。
始める前にお話しておきましょう。」
トトがぱちんと指を鳴らすと人数分の椅子が現れる。
どうぞおかけになってくださいとトトは笑い、さてどこから話しましょうかねと姿勢を正した。