直線正義と相対悪
日の出はもう直前。
ひたすら拳に全力を籠めて殴る。そんな、子供の喧嘩レベルまでランクダウンした二人の戦いが、それでもまだ続行していた。
両方とも制服は破れほぼ下着姿の状態で、額の傷跡以外では、どちらが『みやこ』なのかすら最早判別の付かない状況で。
ふと、二人の間に光が射し込み、『みやこ』の額の傷跡を照らす。
「……ああ、もう朝が来てしまいましたね、都己」
光を感じた都古は殴る手を止めると、太陽の方角を眺めながら物足りなそうに呟いた。
その左腕は人間の物であったという原型を留めておらず、左足も明後日に捻じれたまま大地を踏みしめていて。
「……ホントだね。そろそろ終わりにしよっか、都古」
口から濃厚な血を吐き出しながら、都古と一緒になって太陽を眺めていた都己が息を吐いた。
砕けた肋骨が内臓の至るところを傷つけているであろうことは、その痣だらけの肢体を見るだけでも明らかで。
二人はズリズリと足を引きずり、口づけが出来るほど近くまで互いの肉体を運んでいく。
「愛してるわ、都己」
焦点の合わない瞳で微笑むと、都古は右手を握りしめて闇のドリルを構成した。
「大っ嫌いだよ、都古」
折れた歯で言葉を紡ぐと、都己は右手を握りしめて光の紋章を構成した。
絡み合う視線。
射し込む光。
歪む唇。
それぞれの拳を掲げるように見せつけた後で、二人は無造作にそれを振りかぶると、
「「 らああぁぁーっ!! 」」
合図も何も一切なく、相手の攻撃を受けようとも躱そうともせず、ただ力の限り全力で顔面に拳を叩き付ける。
……それぞれの頭が光と闇に包まれて、爆発した。
◇ ◇ ◇
結局、結論として“そこ”に堕ち着くのだろう。
あたしは思った。
生まれた時から。それこそ、精子と卵子が出会った瞬間から2つに分裂してしまったあたしが1つに戻るなど到底不可能なことで。
古きを知るわたしは、己を知るあたしには達せず。
己を知るあたしは、古きを知るわたしには敵わない。
別っているのに、分かってはいなかった。
わたしはいつか都己になれるのではないか?
あたしはいつか都古になれるのではないか?
あたしはわたしの体を抱きながら、そんな荒唐無稽な希望を抱いていた。
甘い妄想、緩い幻想。
それだけで満足しようとしていた。
しかし、あたしは知ってしまった。わたしは気づいてしまった。
どうやっても、神谷都古は神谷都古にしか成りえない。
どうしても、神谷都己は神谷都己にしか生りえない。
わたしはわたしで。
あたしはあたしで。
自分なのに交われない。
自分だから交われない。
どうしようもないほどすぐ隣に自分がいるのに、どうしようとも少し離れた他人と寄り添うしかない。
そういう意味でも、黒棟秋羅と宮越悠は代用品。あたしとわたしの代用品。
同一だからこそ交われないという二重螺旋状の矛盾を、ただ誤魔化し補いなすり付けるためだけの存在。
それでも好いとわたしは想う。
それでは違うとあたしは思う。
所詮は何から何まであたしの自問自答で言葉遊び。
だから、あたしは思った。
……どうせならこの他殺願望、他でもないわたしに満たしてもらおう、と。
◇ ◇ ◇
一筋の薄明が、お互いを支え合うように縺れながら気絶していた二人を照らす。
着ていた制服など跡形もなく消し飛び、残った下着すらほとんど溶け落ちて。
裸同然になった二人は、血塗れのまま膝立ちになり互いの肢体を抱きしめていた。
朝日の眩しさに中てられて、二人はどちらからともなく――いや、あえて誇張して記述するなら、二人同時に目を覚ました。
二人はお互いの顔を眺めて、お互いの額を見つめて、どちらが『みやこ』でどちらが『みやこ』であるかを思い出す。
そのまま、抱擁の腕に力を込めながら、揉み合うようにして大地に倒れた。
……遠くから聞こえるのは、軍の飛行機やマスコミのヘリコプターの爆音で。
二人は心の底から感じた。
なんかもうどうでもいいや、と。
だから、大好きな『みやこ』に告げた。
この物語は
“大団円主義者”を名乗る少女と
“終末愛好家”を名乗る中年男の
幾重もの世界を超えた壮絶な戦いを
“傍観世界”の視点から描いた壮大な物語
――の、副産物として発生した
ただの一般人や、只者ではない非一般人が送る
特にシナリオもなくイベントもなくフラグもなくテーマもなく教訓もなく盛り上がりもない
どうしようもないほどどうでもいい日常生活を描いた短編小説集である
--- ハッピーエンドが終わらない ---
「「 ……おはよう、みやこ 」」
/グランド・プレリュード 完