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大団円主義者と終末愛好家





 百何十回目かの爆発が起こる頃には、空に光が差し夜も明け始めていた。


 それまでに発生した周辺被害は測り知れず……というか、周囲にはもう測れるほどの物質が存在していなかった。

 アスファルトが溶けて液状化した地面に、基礎すら残さず消し飛んだビル。倒壊した上で吹き飛ばされた鉄骨に、影だけ残して消滅した信号機。

 どんな大量殺戮兵器を投下したとしても、ここまでの惨状を再現することは難しいと思えるほどだった。


 すでに自衛隊や米軍の航空機は、その空間に接近することすら諦めていた。衝撃波が届かないであろうギリギリ圏外から、遠巻きに状況を眺めているのが精々で。

 日本の閣僚らは自分たちの責任問題と進退問題で紛糾し、諸外国の首脳らは事態が自国へと飛び火しないよう必死になって神に祈りを捧げていた。


 そんな舞台裏などどこ吹く風。


 粉塵が煙のように舞い上がる中で、二人はのっそりと体を起こす。

 その姿はどちらも満身創痍で、真なる変身などすでに解け、ボロボロの制服を着た元の少女の姿へと戻り果てていた。


 今しがた自分たちが生み出したまっさらな廃墟で、二人は全く同じ顔を見合わせ、肩で呼吸をしながら姿勢を直す。


「あは、あはははは」

「うふ、うふふふふ」


 何がおかしかったのか、二人は同時に笑い出した。

 そして、駆け出す。


 くたびれた姿からは想像もできない脚力で跳躍すると、都己が姉の顔面を狙った右ストレートを放ち、都古が妹の喉元を狙って右の貫き手を差し込んだ。

 飛び込みの勢いが勝ったのか、都己の拳が先に都古の顔面を殴り飛ばす。しかし、その程度で都古の貫き手は鋭さを変えない。


「ぐうっ!」

「かひゅっ!」


 結果的に相討ちとなった両者は、それぞれの患部を押さえながらヨロヨロと後退した――かに見せて、都古は左手を握りしめると都己を殴りつけようとする。


 だが、それは都己に予測されていた。

 都己は素早く体を沈めてそれを回避すると、伸び切った都古の腕を右手で押さえて、左の掌底でその肘を容赦なく打ち据える。


「ひぎぃ?!」


 もう無力化する魔力も再生する体力も残っていないのか、今まで攻撃を鋼のように返しゴムのように弾いていた都古の腕が、乾いた炭を叩くようにあっさりと砕け曲がる。


 都己は続けてがら空きの脇腹に左の拳を叩き込もうとする。と、腕を振りかぶったところでありえないほど都古に接近された。

 都古が掴まれた腕を無視して、都己の体に強引にクランチしてきたのだ。

 砕けた腕が原型を留めないほど捻じれ、とても聞くに堪えない異音が荒野に響く。


 呆気に取られた都己に構わず、都古は自由な右手を都己の脇腹に添え、凶悪な悪力で肋骨の数本を粉砕した。


「……っ!?」


 都己の呼吸が止まり、その一瞬で左手の自由を取り戻した都古は、後退しながらの右後ろ回し蹴りを都己の側頭部へ華麗に叩き込む。


 都己は白目を剥き、受け身すら取れずに地面に崩れ落ちた。

 そこへ、追い打ちと呼ぶにはあまりにも無造作に、都古は蹴った脚を振り上げて都己の後頭部目掛けて力いっぱいシコを踏む。


 間一髪、我に返った都己は都古に向かって転がり込むことで圧死を免れた。そのまま両手を伸ばして都古の左足を巻き込むと、アキレス腱を固めて強引に地面へ引きずり倒す。

 踏みつけの勢いを上手く利用された都古は、抵抗の余地もなく顔面から地面に倒れた。同時にブツリと何か致命的な断裂音が体内を駆け巡るが、まったく気にせず右足で都己の鼻先を蹴っ飛ばす。


「……く……ぅ」

「……ぐ……ぁ」


 ゆっくりと、都古は拉げた左腕を、都己は潰れた鼻を、それぞれ庇いながら立ち上がった。

 それでも二人から笑みが消えることはなく。


「ったあぁ!」

「っしゃあ!」


 お互いに気合を入れ直すと、もう一度マントと紋章を再構成して身に纏い、相手に向かって突撃した。


「「 うおおぉぉぉーっ!! 」」





 ◇ ◇ ◇





 私、“傍観世界(ザ・サード)”と大団円主義者は、上空から二人の戦いを見下ろしていた。


 日が差し始めたためか、それとも周囲に邪魔な障害物がなくなったためか。二人が衝突しては弾け飛ぶ姿が、数キロ先からでもしっかりと目視することができる。


「ぅ……ぁ……」


 おろおろと我ながら情けない吐息を漏らすと、大団円主義者は愛らしい笑みを浮かべて小首を傾げた。

 白いドレスに少々の装飾品、それを引き立てる淡いマリンブルーの瞳。長い金髪をさらりとかけ流し、手には飾り気のない白金の錫杖。

 朝日に照らされた彼女は、美少女と形容して差し障りのない容姿と立ち振る舞いで私に視線を送る。


「もう結末は分かっているというのに、あの二人のことがそんなにも心配かしら?」

「それはもちろん心配です! あの二人は私の分身……いいえ、私にとってはもう子供みたいなものなんですから!」


 私が思わず言い返すと、大団円主義者はそれこそ可笑しそうに、口元に手を添えてクスクスと笑い声を漏らした。

 何となく釈然としない気持ちになったが、そんな立ち振る舞いすら美少女過ぎて、それ以上何も言い返せなくなる。


「大丈夫よ、あの二人の物語は分岐した。この世界はすでに私たちの手を完全に離れて歩き出したんだから」


 そうでしょう?と、大団円主義者は視線を挙げた。

 それが私に投げられた言葉ではないと気が付いて、私はハッと後ろを振り返る。


「カッカッカッ! まったくもってその通り、実に残念な“話”だぜ」


 私たちのすぐ隣には、真っ白で仕立ての良いスーツに身を包み、一方でハワイアンでド派手なサングラスを顔につけた中年男――終末愛好家が浮かんでいた。

 終末愛好家は七色のメガネフレームをクイッと上げ、趣味の悪い発色を放つ遮光グラスを輝かせながら私たちを見やる。


「しっかし、他人のトゥルー・エンディングをこっそり盗み見するなんざぁ、あまり趣味がよろしいとは言えないぜ? おふたりさんよ」

「こう見えて、私は貴方がこれ以上未練がましく物語に介入できないようにしているつもりなんですけどねぇ」


 それともここでもう一戦交えましょうか?


 大団円主義者は可憐な顔に殺気を滾らせ、終末愛好家に向けて錫杖の先を突き出した。

 終末愛好家はカッカッカッと耳障りな笑い声を上げながら、ツッコミを軽く流すように杖の矛先を人差し指で逸らす。


「それはそれで最悪な展開だが、俺様は向こう見ずの無鉄砲というわけじゃない。勝算のない戦いは、まぁやらないわけじゃないが、別に今はそこまで格好つける場面でもない」


 終末愛好家が地表を見下ろすと、ちょうど都己と都古が殴り合い、衝撃波と共にお互い吹き飛ぶところで。


「惜しかったなぁ。もう少しで、あともうちょっとで、俺の最強の手駒が――最悪の仲間が完成するはずだったのに」

「あの二人はもう貴方の思い通りになどなりません。彼女たちは自らの意志で主人公の立場を放棄しました。……この世界に、貴方の望む筋書き(わがまま)なんてもう存在しないんです」

「ああ、本当に残念だ。数多の世界を統べる力を持ちながら、幾多の設定を総べる力を持ちながら、こんなちっぽけな終幕で満足しちまうなんて。……完全に俺様の見込み違いだったさ」


 私の言葉を軽く聞き流しつつも、終末愛好家は鼻を鳴らしてアルカイックスマイルを浮かべ、


「しかし、そういう物語が完成しちまったんじゃあ、もう仕方がない。この世界の土産はこの最悪気分ってことで、ひとつ手を打ってやるさ」


 茶化すようにサングラスを弄りながら、負け惜しみの欠片もない敗北宣言を行った。

 信頼していた部下に裏切られ、慎重を期した計画が無残に破綻し、あまつさえ多くの同志を失ったというのに。

 今回の騒動で一番の貧乏クジを引かされたのは己自身だというのに、終末愛好家はそこまでショックを受けていないように感じられた。


「全ての物語を最悪に終わらせようとしているこの俺様だぜ? これくらいのバッドエンド、喜んで受け入れる度量がなくってどうするってんだ」


 終末愛好家はまるで私の独白(地の文)に目を通したかのように、私の思考に割り込んでくる。

 相変わらず底の知れない男というか、底に穴が開いている大馬鹿野郎というか。


「……その表現は、ちょっとオジサン傷ついちゃうな」


 なんかこのおっさん、本気で傷ついたようだった。

 相変わらず名前の黒幕感に反してメンタル弱すぎるな、こいつは。


 そんな、なんだか弛緩しかけた空気を凛と切り裂いて、大団円主義者が錫杖を鳴らす。


「随分と悠長に構えているようだけれど。……この場で貴方を始末してしまう。という選択肢も、私達にはあるのですよ?」

「どうとでも? あいつらのエンディングに下らねぇチャチャが入ってもかまわないってんなら、俺は喜んで相手になるぜ?」


 終末愛好家は肩を竦めてそう答えた。


 今このシーンにラン・ゴッドステイが、終末愛好家の右腕的存在の彼女が登場していないということは、きっとそういうことなのだろう。


 大団円主義者は、一寸考えるように終末愛好家を見据えてから、嘆息交じりに杖を戻した。


「いつもながら嫌らしい男ね、貴方は」

「いつもながら最悪な男なのさ、この俺様はな」


 カッカッカッとわざとらしく笑うと、終末愛好家は踵を返してトゥーフィンガー・サルートを構える。


「そういうわけで、俺たちはそろそろ失礼させてもらうぜ。欠けた人員も補充する必要があるしな。こうやって面と向かってヤリ合うのは、随分と先の話になるだろうさ」

「見ていかないの? 二人の結末」

「ああ。悪いんだが……甘ったるい大団円はもうコリゴリだ」


 そう言い放って、終末愛好家はこの世界から姿を消した。


 唐突に現れて、適当に言いたいことだけ言って、中途半端なタイミングで立ち去って。


 正直なところ、いったい何がしたかったのだろうか?


「最後に一度登場しておきたかっただけじゃないかしら?」

「……真実、そのような気がするから嫌すぎですよね」


 私と大団円主義者は深~く嘆息した。

 しかしそこは一日の長か、私よりも早く立ち直った大団円主義者が、素早く空気を戻して美しく微笑む。


「それでは私達も参りましょうか。まだまだ、大団円はこれからなんですからっ!」

「……はい!」


 私も力強く頷くと、終末愛好家とは反対方向へ飛び立とうとする大団円主義者の後を追った。


 ……最後に、未練がましくももう一度だけ。


 私は後ろを振り返り、地上の彼女たちを見下ろした。





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