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聖騎士と狂戦士とホムンクルス

world:ハッピーエンド(旧)

stage:西暦2022年 横浜

personage:神谷(かみや)都己(みやこ) 神谷(かみや)都古(みやこ)

image-bgm:ピースサイン(米津玄師)





 ただの路上、片側三車線。

 時間は深夜、空は満月。都会の中心地だというのに、その場所は車一つなく、街灯が空しく闇を照らしていた。


 その闇の中を並んで歩いているのは二人の少女。


 二人とは、神谷(かみや)都己(みやこ)

 二人とは、神谷(かみや)都古(みやこ)


 年の頃は高校生ぐらいといったところか。

 長い髪を吹き曝し、まったく同じ学生服に身を包んだまったく同じ容姿の『みやこ』は、それがあたり前の日常であるかのように、もう一人の『みやこ』と歩を共にする。


 ふと、何のきっかけもなく、『みやこ』は同時に足を止めた。

 息を止め、闇を仰ぎ、月を見上げ、そして酒に酔ったカウボーイがそうするように自然に相対する。


 それは遠い日の微かな願いであり、近い日の果たさなければならない約束で。


 理由なんてない。

 意味なんてない。


 しいて決めつけるのならば、何ということもない、単なる確認作業。


 そのためだけに、かみやみやこは、ここにいた。





 ◇ ◇ ◇





「……昔、さ」

「ん?」


 片方の『みやこ』が、苦笑するように口を開いた。

 もう片方の『みやこ』もそれに応じて小首を傾げる。


「あたしがトラックに轢かれそうになったとき。……都古がトラックに轢かれたときのことを、覚えてる?」

「ええ、勿論です」


 そう呼ばれたのであれば、間違いないのだろう。

 都古と呼ばれた『みやこ』は、胸に手を当て懐古するように目を細めた。


 であればもう片方。

 神谷都己であるに違いないその少女は、空を見上げて満月の明るさに目を細める。


「あのときね、あたしは悲しかったんだ」

「……」

「都古が傷だらけで、都古が血だらけで、それなのに私には傷一つなくって。ああ、あたしは都古に助けてもらったんだって一瞬で分かった。……でもね、あたしはそれが悲しかった。都古にだけ傷があって、都古にだけ血が流れてて、都古にだけ『都己』を助けられて」


 都己が首を垂れた。

 苦笑は自嘲に替わり、自嘲は嘲笑へと変わる。


 都己が目を向けると、それを待っていたかのように都古が自らの前髪を掻き揚げた。

 そこには僅かだが深く、ささやかだがくっきりと、皮膚が変色した裂傷痕が残っていた。


 ただそれだけが、都己と都古を隔てている壁で。


 その傷を確認した都己は、心からの笑みを浮かべる。


「あたしはね? すっごく嫉妬したの。都古のことを全力で殴りたかった」

「……」

「きっと、あのとき生まれて初めて。ううん、たぶん一生に一度だけ。……お姉ちゃんのことが憎いと思った」


 その言葉を聞いた都古は、前髪から手を離すとパチパチと瞬きを返した。

 そして都己の顔をマジマジと見つめ、頬を緩める。


「うふ、うふふふふふっ」

「あは、あはははははっ」


 都古の笑いに釣られるように都己も声を上げ、しばし二人の笑い声が無人のビル街に木霊する。


「ふふふふふ」

「ははははは。……やっと、言えた」


 吐き出すように呟くと、次の瞬間には都己の顔から笑みが消えていた。

 ほぼ同時に都己は地面を蹴り、数メートルはあった二人の距離が須臾の間にゼロへと縮まる。


「へ?」


 都古が呟く暇こそあれ。


 都己はアスファルトが溶けんばかりの勢いで足を踏みしめると、都古の鳩尾目掛けて右のアッパーを振り上げた。

 完全なる不意打ちを受けた都古は、慌ててお腹の前で両腕をクロスに組んでその拳を迎え撃つ。が、それだけでは十分に勢いのついた都己の拳を止めるには足りず、サンドバッグを叩くような音を供に体が十センチほど宙に浮いた。


 都己は止まらない。

 振り切った右腕をそのままに、今度は左手を振りかぶって都古の顔面目掛けて振り回す。


 頭蓋ごと脳漿を砕こうとする一撃は、しかしこれまた都古の掲げた腕に阻まれた。

 だが、宙に浮いた都古にその衝撃をいなす術はなく、両腕は明後日の方角へと弾かれ、肉体もさらに数センチ浮かび上がる。


「うらああぁぁぁっ!」


 その無防備なこめかみに、吼えた都己のローリングソバットが突き刺さった。

 都古はあり得ない角度に首を折り曲げながら、叩きつけられるように地面に横倒しになる。


「……がっ! ……ねぇ都己……い、今のは、ちょっと……ズルいんじゃないかしら?」


 しな垂れるように道路に這いつくばり、それでも意識を飛ばさなかった都古は震える眼球で都己を見上げた。

 しかし、その口調はとても楽しそうで。

 爪を立ててじゃれつく子猫を諫める声に似ていた。


 都己も都己で残身を取ると、欠片も悪びれることなく不遜に笑って見せる。


「いいじゃない、せっかくの喧嘩なんだから。派手に行きましょうよ派手に。うだうだしてたらあっという間に夜が明けちゃうわよ?」

「そりゃ、もっともな話ね。それじゃあ……行かせてもらいましょうか!?」


 都古はかぶりを振ると右手を地面に擦りながら、そこで掴んだものを都己目掛けて開き放った。

 それは、砂利と砂と小石が混ざった、いわゆる目潰しで。


 都古の行動を予測していた都己は、軽く左手でそれらを振り払いながら、寝そべる都古に向かって右手を握り左足を踏み出した。


 パン。


 表現以上に軽い圧に反して、その音は深く遠くへ響き渡った。

 それに押し負けるように肉体が固まり、都己は驚愕の表情で自分の鳩尾をのぞき込む。


 制服の胸元には小さな穴が開き、そこからは赤い粘液がドロドロと滲み出していた。


「……あっ」


 “そんなこと”を気にしている場合ではないと、都己が我に返った時には全てが遅かった。


 顔を上げると同時に、その鼻先に鉄の塊が叩きつけられる。

 痛覚反射で瞼を閉じる直前に確認したのは、それがデリンジャーと呼ばれる類の小型拳銃ということで。


 次に瞼が開いた時には、満面の笑みを浮かべた都古が眼前に立ち塞がっていた。


 都古は都己に呟きの暇すら与えず、鳩尾に生まれた穴を狙って貫き手を差し込んだ。

 グジュリと、この世のものとは思えぬ効果音を鳴らし、その右手があり得ないほど深くへのめり込んでいく。


「……っっっ!」


 都己は悲鳴を上げなかった。

 代わりに前歯が覗くほど強く口を噛み締めると、自分の胸に突き刺さる指などまったく意に介さず、ただ都古の顔面を狙って右肘を振り回す。


「ふふふ、さすがは都己。やっぱり、この程度では怯みもしてくれませんか」


 都古は踊るように後方へ飛び退ると、血塗れの右手を愛おしそうに抱きしめ、その中指に舌を這わせた。

 深く息を吐き出した都己は、左手で傷口を抑えながら、憤怒の表情で地面に落ちた拳銃を睨みつける。


「あ、んたぁ! 卑怯にも程度ってもんがあるでしょうがぁ!!」

「あら、そんなの当然じゃない。卑怯で姑息で醜悪で。その部門においては、都己なんかより私の方が断然の専売特許なんだから。著作権料をねだらないだけまだ良心的だと思わない?」

「減らず口をぉ……」


 噛みついたセリフの三倍の屁理屈を返されて、都己は反論もできずに毒づいた。

 そして忌々しげに都古を見据えると、左手で自分の制服を大きく捲り上げる。


 白く飾り気のないブラの下には、件の銃弾で生まれた創があり。都古の指で拡張されたその穴からは、なおも血液がこぼれて都己の肌を濡らしていた。

 都己はその穴を見据えると、右手の指を二本立て、何の迷いもなく己の内臓にそれを突き立てる。


 都古がニコニコと眺めている中で、声を飲み込んだ都己は目当ての異物を探り、体内から引き摺り出した。

 拉げた弾丸(ご丁寧にそれはホローポイント弾だった)を握りしめ、それを道路に叩き付けて都己は牙を剥く。


「絶対に泣かせてやる!」

「あら嬉しい。都己にだったら、ぜひヒンヒンと鳴かせて欲しいものだわ♪」


 悠然かつどこか淫猥とした都古の振る舞いに、都己は本気で肩を怒らせ右手を拳に握った。

 服から左手を離し、両足をどっしりと大きく開き、拳法家のような構えを取る。胸の銃創は、当然のように塞がり完治していた。


 そして、怒り狂っていたその表情に、不意に笑みが灯る。


「行くよ、都古!」

「どうぞ来てください、都己!」


 都己と同じく楽しげに――いや、それよりもなお一層楽しげに――至高の笑顔を浮かべた都古は、都己の全てを受け入れるように両腕を広げて不動の構えを取って見せた。





 ◇ ◇ ◇





「おまたせしました~♪」


 パッと見で中学生程度にしか見えない白髪の幼女、ミューゼ・アースフェルトは、ルンルンとスキップしながら持っていたティーセットをテラスのテーブルに上に置いた。

 テーブルに座っていたのは、40代も半ばといった東洋系の男と赤髪白人の女性の二人。


「おー。悪いな、ミューゼ」

「ありがとね、ミューゼちゃん」


 二人は口々にミューゼを労い、特に男の方はミューゼの頭をグリグリ撫でまわした。

 ミューゼは側頭部から獣耳を生やしかねない表情でゴロゴロ喉を鳴らし、そんな二人を心底微笑ましげに白人の女性が眺める。


 二人の名前は、神谷依竜(いりゅう)に神谷ノエル。

 『みやこ』たちの生みの親にして、情操教育に悪そうな名前の名付け親にして、世界護法教会でもそれなりの地位を築いている“お偉いさん”だった。

 もっと解説するなら、現在小動物のように愛でられているミューゼも、教会内外では普段“白銀の堕天使(シルバーウィング)”として名を馳せている立派で冷酷な退魔師である。


「えへっ。依竜様のためなら、この程度のことは足労にも入りませんよ~」


 そんなことはおくびにも出さずに、頬を赤らめたミューゼはだらしない顔でテレテレと謙遜した。

 依竜はそんなミューゼの頭を一層撫でまくり、一方でノエルは軽く嘆息しながら麗らかな青空を見上げる。


「……ノエル?」

「……ノエル様?」


 ノエルの反応に気づいた二人は、ラブコメごっこを止めて視線を向けた。

 それを受けて、ノエルは苦笑しながらプラプラと手を振って見せる。


「べつに気にしないで。こんな生理も止まりかけで巨乳しか能がない美女よりやっぱりピチピチチマチマロリロリの美少女の方が好きなんじゃねえかよこのロリコンが素人童貞拗らせて死ねとか考えてたわけじゃないから」

「……今この瞬間まではそんな心配一切してなかったよ。というか、そんなこと考えてたのかおまえは」

「いいのよいいのよ、無理しないで。こんな小皺も隠せなくなった女に同情しなくても、あんたが声をかければ喜んで二号さんに志願する女の子なんてゴマンといるんだし。好き勝手に失楽園すればいいじゃない」

「いやいやいや、おまえは俺のことをいったいどこの世界に住んでるハーレム系小説の主人公だと思ってるんだよ」

「……私が知ってるだけでも、もう4人はいるんだけどね」


 もちろん、そのうちの一人がそこで子犬のように控えているミューゼだ。


 などと呟き不貞腐れてみたところで、依竜は持ち前のハーレム系小説主人公の鈍感力を活かして気づいてくれないわけで。

 ノエルは先ほどよりよっぽど深い溜息を吐いてから、体を起こして二人に目を向ける。


「本当に、べつに大したことじゃないのよ。なんとなく、日本で留守番してる『あの子たち』のことが心配になっただけの話で」

「『みやこ』のことが?」


 まったく同じ発音を持つ愛しの娘たち。

 依竜が姉と妹どちらを想って名指したのかミューゼには分からなかったが、至る結論は変わらないと一笑に付す。


「ノエル様、それはさすがに心配しすぎではありませんか? ミヤコちゃんたちだってもう子供じゃないんですから」

「同感。普段放任主義の癖に、ときどきすっげぇ神経質になるのがおまえの悪いところだぞ」

「うっさいわねえ。子供が双子で女の子だって分かった途端に、どうしようオレ姉さん以外の女性と話したことないよおまけにいきなり二人とか娘との距離感が分かんねえ上に成長した我が子にバイノーラルで精神的になじられたら戒律無視して首括りかねないよ怖いよ不安だよとりあえず胸揉みながら添い寝させてよお姉ちゃんとか言ってたあんたに子育て論で上から目線されたくないわよ」

「少なくとも最後の一言をお願いしたことは今生ない」


 依竜は至極真顔で否定した(あ、これお願いしたことがあるんだとミューゼは直感した)。

 そしてやれやれと肩を竦めながら、ティーポットの紅茶を乱雑に注ぐ。


「ったく、都古の口の軽さと悪知恵の勤勉さは絶対にノエル似だよ。間違いない」

「だったら都己の難儀な性格とアナルの弱さはあんた似ね。間違いないわ」

「別に弱くねえよ! っつーか母親が娘のアナルを語るな!」


 依竜は本気で怒鳴りながらティーポットをテーブルに叩き付けた(あ、これ屈しそうになったことがあるんだとミューゼは諦観した)。

 燻るように吐息を吐くと、それでも、それ以上は怒りづらそうに複雑な表情を作る。


「だいたい今頃日本は真夜中だろ、二人とも当の昔に眠ってるよ。……大丈夫だって」

「だから、なんとなくだって言ったじゃない。……はいはい、あんたの言う通り。ときどきすっげぇ神経質になるのが私の悪い癖よ」


 こちらも夫に対して少し言い過ぎたと反省したのか、ノエルは微妙な表情で肩を竦めてティーカップを手に取った。

 そんな二人のやり取りを静かに眺めていたミューゼは、突如口元を抑えてクスクスと忍び笑いを漏らす。


「ミューゼ?」

「いえ、すみません。あまりにも御二人が、普通に夫婦っぽい会話をしていたものなので。それがなんだか妙に面白くなっちゃって。……ふふふ」

「失礼な。俺たちは普通に夫婦だよ」

「あんたがいつまで経っても姉離れも乳離れもできないからそんなこと言われんのよ反省したらたまには私以外の女の一人も抱いてみなさいこの素人童貞がまあ本当に抱いてたらダンテも本気でメイ☆クライするような地獄巡りを敢行した後でその女の眼前でじっくりねっとり寝取り返(ベアトリーチェ)してやるけどね」

「……おまえ、そのうちマジで神罰が下っても知らんぞ」


 ローマの中心部に存在する世界護法教会本部のテラス。

 聖厳な建物の一角で、無邪気な殺し屋の忍び笑いと自称普通の夫婦たちの罵り合いが、かなり長い時間続いた。





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