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ヘタレとネガティブの相性は、ある意味最悪である

作者: 藤崎珠里

 チャイムの音にはっと目を開ける。どうやらうたた寝していたらしい。時計を見ればもう夕方で、それならきっと訪問者はあの人だろう、とぼんやりとした頭で思った。

 カーペットの上に落としていた眼鏡を拾い上げ、かけながらよろよろとモニターを確認しにいく。そこに映っていたのは案の定、よく知っている人だった。


「……はい、今行く」


 ボタンを押しつつそう言い、玄関に向かう。ドアを開けると、仏頂面の彼――波多野(はたの)斉希(いつき)くんこと『いっくん』が、野菜の入った袋をわずかに高く掲げてみせた。


「また大量に届いたから、処理手伝え」

「う、い、いつもお世話になります……ごめん」


 届いた、というのはいっくんの実家からだ。毎回一人では持て余すような量が届くらしく、同郷のよしみか、彼はその度に私におすそわけしてくれる。食費が浮くのは大変ありがたいし、彼の実家のお野菜はとっても美味しいのだが……いかんせん、私の料理の腕は壊滅的で。それを知っているいっくんは、持ってきた野菜を使ってわざわざ手料理を振る舞ってくれるのだ。私が思わず謝ったのは、今日これからのそんな心苦しい状況を予想して、だった。

 私の謝罪に彼はちょっと顔をしかめて、「こっちも助かってんだからいいんだよ」と言ってくれた。負担の大きさが違いすぎると思うんだ……という言葉は飲み込んでおく。


「その、散らかってて申し訳ないんだけど、どうぞお入りください」

「おー、お邪魔します」


 律儀にそう言って、靴を脱いだ彼はまず洗面所できちんと手を洗い始めた。


 いっくんは私にとって、いわゆる幼馴染というものなのかもしれない。出会いは幼稚園生の頃で、それから小学校も中学校も高校も同じだった。さすがに大学は違うところだが、一人暮らしになった私たちの家は電車を使って三十分ほどしか離れていない。だから、もうそろそろ上京から一年が経つ今でも、こうして頻繁におすそわけをしてくれるのだろう。

 まあ、幼稚園から高校まで同じという人は他にもいた。そこそこの田舎生まれなので、選択肢がそう多くなかったのだ。……けれど他の人たちとは違って、いっくんはいつもひとりぼっちの私を気遣ってか、よく話しかけてくれた。だから私は彼のことを、許されるならば『幼馴染』『友人』と呼びたいな、と思う。


 ひとりぼっちだった理由は、なんてことのない単純なもの。私が基本的になんにもできない、ダメダメな人間だったからだ。びっくりするくらい、死にたくなるくらい何もできない。こうして今一人暮らしができているのは、最低限の家事スキルを身につけるまで根気強く教えてくれた、いっくんのお母さんのおかげだった。本当に頭が上がらない。……料理はどうにもならなかったけど。

 いっくんのお母さん、創子(そうこ)さんは、中学生のときに家の近所でたまたま会った(文集か何かの写真で私の顔を知っていたらしく、わざわざ話しかけてくれたのだ)とき以来何かと面倒を見てくださる。とても申し訳なかったのだが、お母さんが生きてたらこんな感じだったのかなぁと思うと、ついついそれを甘受してしまうのだった。


「うわ、またほぼなんもねぇじゃん……」


 冷蔵庫の中身を確認したいっくんが絶句した。睨むように視線を向けられたので、そっと顔をそらしてしまった。

 縮こまりながらソファに腰を下ろして、顔を向けないまま、「どうすっかな」とつぶやく彼のほうに意識だけ向ける。


 いっくんは優しい人だ。おまけにイケメンで、頭も良くて、運動もできる。これでモテないはずもなく――優しくされた私が、好きにならないはずもなく。中学生のときに自覚してからというものの、その初恋を引きずってしまっている。

 ほとんどなんにもできない私が、ほとんどなんでもできる彼に恋をした。本当に身の程知らずの恋だ。本当の本当に、消してしまいたい気持ちだった。大学生になって離れればきっと消えるだろうと思っていたのに、結局はこうだ。むしろ高校のときよりも距離が近づいたような気さえする。


 いっくんに、彼女ができたらいいのに、と思う。

 大学に入ったばかりのころはいっくんにも彼女がいたから、その存在を口実にして、家に来ないでほしいと伝えることができた。けれどその後すぐ別れたらしく、それからはずっと彼女を作らないでいる。他の理由でそれとなく拒絶してみても、毎回あっさり言い負かされるので諦めてしまった。

 ……いっくん、絶対告白とかされてると思うんだけどなぁ。なんで急に彼女作らなくなったんだろう。いっそ高校のときのいっくんに戻ってほしい。


 いっくんは、高校のある時期から女の子を取っ替え引っ替えするようになった。時には社会人のお姉さんとまでお付き合いしていたようだ。正直、女性関係だけはどうかと思っていた。誰かを泣かせたとかいう噂は聞かなかったから、器用にやっていたのだろうけど。

 女の子と一緒にいるいっくんを何度か見かけたことがあるが、私なんかといるときよりよっぽど柔らかい、楽しそうな顔をしていた。……だから、私みたいな奴に構わず、恋人を作ったほうが彼にとっていいはずなのだ。


 何か考え込んでいた彼はこちらを向き、呆れ声で問いかけてきた。


「……なんか食いたいもんあるか?」

「え? えっと……オムライス、とか。あ、いやごめん、うちに卵ないや、というかオムライスあんまり野菜使わないよね、ま、待ってね……」


 焦りながら待ったをかける。

 せっかく要望を聞かれたからには、何か答えなくては。彼の作ってくれるものはなんでも美味しいが、なんでもいいなんて言ったら聞いてくれた彼の気持ちをないがしろにするようだし、何より困らせる回答だろう。

 彼が持ってきてくれた野菜を使って何か、と必死に頭を巡らせるも、料理ができない私には思いつかなかった。本当に情けない。


「いいよオムライスで。野菜は副菜に使えばいいんだし」

「え、でも卵」

「もともと何かしら買わなきゃ料理なんてムリ。……あー、あとあれだ、近所のスーパーで卵お一人様一パック、安売りしてたはず」

「そうなの?」


 なんでうちの近所のことまで把握してるんだろう。疑問が顔に出ていたのか、「駅から来る途中で見えた」と言われる。……駅からまっすぐうちへ来るなら、スーパーの前を通ることはない。

 首をかしげかけて、ああそっか、と思いつく。スーパーの裏の空き地には猫が住み着いているから、猫好きな彼はあえてそんな回り道をしてきたのかもしれない。

 ソファから立ち上がり、近くに置いてあったバッグから財布を抜き取る。


「じゃあ買いにいってくる」

「ばか、一人で行ってどうすんだよ。二人で行くぞ、二人で。卵なんて毎日食ってもいいんだから、二パックあってもそんな困んねぇだろ? お前も卵焼きくらいなら作れるだろうし」

「……目玉焼き、なら、多少」

「……多少?」

「多少」

「……まあ、ならいい。さっさと買いにいくぞ」


 上着を投げられ、視界が塞がれた。……上着、そういえばその辺に脱ぎっぱなしにしてたんだった。恥ずかしい。一応来客があるとあらかじめわかっていたらできるだけ片付けもするのだが、いっくんがアポを取ってくれることはほぼなかった。


 もぞもぞと上着を着込み、すでに玄関で待ってくれているいっくんに駆け寄る。私なんかが彼と一緒に出かけるなんて、と思うと本当は断りたいのだが、そんなことを主張できる立場にはなかった。おとなしく従います……。

 年頃の男女が二人で歩くというのは、なんというか、付き合っていない場合外聞が悪い。しかも私は彼には不釣り合いで、なんの罰ゲームだという感じだ。できるだけ離れて歩きたいのだが、以前「広がって歩くと邪魔になるだろ」と言われてからはそれなりに近く、隣を歩くようになった。……二人なら広がって歩くも何もないよなぁとは思うのだけど。



「……そういやお前の本、読んだぞ」


 歩き出してちょっとして、いっくんはそんな話を切り出した。


「えっ、えっと、ありがとう……でも私の本なんて言ったら作者さんに失礼だよ」


 何か言いたげな顔をしたいっくんは、しかし「それもそうだな」とため息を一つ零すだけにとどめた。


 いっくんの言った本というのは、去年デビューした作家さんの二作目の小説のこと。先月出たばかりだが、テレビで話題になるくらいには人気が出ているらしい。

 そしてその本の装画は、私が担当していた。つまり私は大学生兼、イラストレーター、というわけなのだった。


 ほとんど何もできない私にも、一つだけ自信がある……といえなくもない、というか、誇りを持っていること、というか。そういうものがあって。

 それが、絵だ。

 勉強も運動も、人と話すのも苦手。それでも昔から絵を描くことは好きで、そしてそれだけは、皆が褒めてくれたから。……褒めてくれたことを否定するなんて、そんなおこがましい真似はできないから。絵に関することだけは、自信を持つようにしている。


 お仕事としてこうして一冊の本の装画をやらせていただく、なんて今回が初めてのことだった。とても緊張したが、小説の雰囲気をよく捉えた、自分でも満足のいく装画にすることができたと思う。SNSでは「表紙の絵めっちゃ綺麗!!」とか言っていただいているようで、それを知ったときには嬉しすぎてどうにかなりそうだった。

 まあ、実際に自分でその感想を見たわけではないのだけど。……SNSは怖くて見れない。


「あの本売れてんの、まあ話自体めっちゃいいっつーのもあるけどさ。……その、なんだ。あー……うん、や、いいよなあの本」

「ね、だよね!? 私もすごい好き! 全然知らない作者さんだったんだけど、お仕事もらってからデビュー作読んで一発でファンになっちゃった! そっちもすごい面白いよ、いっくんにも読んでほしいな」


 思わずテンションを上げると、彼は微妙な顔をした。……そういえばここまで高いテンションで彼に接したのは、とてつもなく久しぶりだった気がする。見苦しかったか。

 落ち込みかけたが、「その本、お前持ってる?」という質問に気分を無理やり引き上げる。たぶんいっくんは読んでくれるつもりなのだ。その気持ちを阻害するような態度は見せられない。


「持ってるよ。貸そうか?」


 予想外の申し出だったのか、いっくんの目が丸くなった。


「……あ、私が読んだ本は嫌かな。いっくんさえよければ、私が買って――」

「っ借りる」


 私の言葉を遮る勢いでいっくんは言う。なぜか、いつになく嬉しそうな顔だった。可愛い、と思ってしまった心を慌てて叱咤する。いちいちときめくな私。

「そう? じゃあ後で渡すね」となんてことのないふうを装って答えれば、「さんきゅ!」とご機嫌なお礼を返された。かわ……いくないわけがないのだが、そう思うのはいい加減にしろ私。


 スーパーに着くと、安売りの卵はもう残っていなかった。お知らせのようなものもなく、ここで売っていたんだろうな、という名残もない。もしかしたら、彼が見かけたときにはすでに売り切れてしまっていたのかもしれない。

 残念だったね、と言えば、彼は目をそらしつつうなずいた。


 色々と買い込んで家に帰ると、いっくんはオムライスの他に、煮物やサラダを作ってくれた。二人して美味しい夕食を食べ終わったら、早々に洗い物をする。これは私の仕事。いっくんにじーっと見つめられながら洗い物をするのがいつものことだった。

 言われたことはないけど、たぶん心配してくれているのだろう。……私が頻繁に食器を割るから。

 無事洗い終えたのを見届けて、いっくんは「じゃ」と素っ気ない口調で言って帰っていった。途端に部屋が静かになって、寂しいな、と思ってしまう。この寂しさが嫌いだった。いつまでもこの恋を捨てられない自分が嫌いだった。


「……あ」


 そういえば本を貸し忘れた。とりあえず次に来たとき忘れずに渡せるよう、準備だけしておこう。

 本棚に向かって歩き出したとき、ソファの横に見慣れない紙袋があるのを見つけた。……私、のものではないはず。となると、どうやらまた忘れ物らしい。

 いっくんはしっかり者のはずなのに、よくうちに物を忘れていく。忘れ物を取りにきたその日にまた忘れ物をしていく、なんてこともよくある。そのせいで彼は、少なくとも週に一回くらいはうちに来る羽目になっているのだ。

 こういう抜けているところも女の子に人気だったりするんだろうか、なんて考えながら、スマホでぽちぽち文字を打つ。


『いっくん、紙袋忘れなかった?』


 送ったそれにはすぐに既読がついて、ややしてから『今から取りにいく』という返信が。……今から? 今まではせいぜい取りにくるとしても次の日だった。うーん、まあでも確かに、出て行った時間を考えると、引き返してきてもそれほど手間にはならないだろう。

 すれ違うのも嫌なので、家で大人しく待つこと約五分。チャイムが鳴った。


「おかえり」


 ついそう言って出迎えると、彼はちょっと目を見開いた。間違えた、と慌てて謝る。


「ご、ごめん、いらっしゃいませ」

「……別に」


 別に、なんだというのだろうか。彼は優しいから、気にするな、という意味だとは思うのだけど、その解釈でいいのか少し不安になる。

 おどおどしてしまってから、余計な時間をかけるわけにはいかない、と気を取り直す。


「はい、これ。中身は見てないから安心してね。あとこっちはさっき話してた本。また読みたくなったら買うし、返さなくても平気だよ」

「や、返すよ」


 二つの紙袋を手渡せそうとすれば、彼は本が入ったほうだけを受け取った。無言で数十秒待ってみたが、もう片方を受け取ってくれる様子がない。


「……いっくん?」

「……それ、お前にやる」


 それだけ言って、いっくんはどこか逃げるように家を出ていった。

 ……えっと。これを取りにきたんじゃなかったんだっけ。私にくれるって、ええっと? 呆けながらも中身を確認すると、可愛いラッピング袋。おそるおそるリボンを解くと、ハンドクリームが入っていた。とても男性向け用のデザインではない。……一旦、それを紙袋の中に戻すことにした。


 どういうことだ、と玄関に突っ立ったまま熟考すること数分。

 もしかしてこれは誕生日プレゼントなのではないかと思いついた。私の誕生日は一週間後だ。いっくんにプレゼントをもらったことは今まで一度もなかったが、誕生日自体は知られていてもおかしくはない。……とはいえどうして今年になって初めてプレゼントをくれるのか、という疑問は残るのだが――そんな疑問が気にならなくなるくらい、浮かれてしまった。


 やる、とはっきり言われたからには、何かの手違いという可能性はない。もしかしたら、他の人にあげるはずだったのが何らかの事情で渡せなくなり、無駄にするよりは、と私にくれたのかもしれない。

 なんにしても、いっくんが私にくれた初めてのものだというのは事実だった。自然とにやけてしまうのを止められない。んふふ、と気持ち悪い声が出てしまった。

 うん、なんだかよくわからないけど嬉しいものは嬉しい。ハンドクリームって未開封でどれくらい持つんだろう。使わないのももったいないが、使うのももったいない。とりあえず一年くらいはどこかに飾っておきたかった。


 軽い足取りでソファに向かい、ぽふんっと勢いよく座る。課題もないし、お仕事もないし、いっくんに会えたし、おまけにこんな嬉しいことまであった。……今日ってほんとに幸せな日! 紙袋を抱えながら、思わず足がばたばた動いてしまった。

 幸せをかみしめるなんてこと、私はしてはいけないのだろうけど。今日くらいは許してほしいな、と誰にともなく思う。


 あ、そうだ、創子さんにお礼を言わなきゃ。慌てて時計を見ると二十時頃を指していて、電話をしても今ならぎりぎり失礼はないかな、という時間帯だった。

 いっくんに野菜を分けてもらった日、私は必ずいっくんのお母さん、創子さんにお礼の電話をかけることにしていた。たぶん、だからいっくんに送る野菜の量を減らさないんだろうなぁ、とはわかっている。わかっていても、その好意に甘えてしまった。

『今お時間大丈夫ですか?』とメッセージを送ると、返信よりも先に電話がかかってきた。さ、察しがいい。応答ボタンを押してスマホを耳元に寄せる。


『もしもしさきちゃん? 久しぶり!』

「お久しぶりです。お野菜、今回もいただきました! いつもありがとうございます。美味しかったです」


 さきちゃんというのは、創子さんだけが使う呼び名だった。私の名前は立中(たつなか)咲葉(さきは)というのだが、あだ名のような呼び名を使ってくれるのは創子さんだけだ。いっくんも昔、本当に昔は『さき』と呼んでくれていたけど、今では名字呼びになっている。お前って呼ばれることのほうが多いけど。

 しばらく雑談を交わし、そろそろ切り上げようかなと思ったとき、『実はねー』と創子さんが話を変えてきた。


『今まで内緒にしてたんだけど、あの子に色々いーっぱい送ってあげるの、あの子が家出る前にそう頼んできたからなのよ』


 楽しげな声音だった。それに対し、「そうなんですか?」と返した私の声は自分でもわかるくらいに困惑している。

 だって私は、『いっくんが減らしてほしいとどれだけお願いしても、私のことを思って減らさない創子さん』という状況を予想していたのだ。それ以外はありえないとまで思っていた。……いっくん、元から他の友達に分けてあげるつもりだったのかな。でもいっくん友達多いだろうし、それだったら私にまで回ってくる野菜はないと思うんだけど……。


『理由は聞かなかったんだけどねー、それでも、最初にさきちゃんから電話もらったとき、あー! って思ったの。たぶんさきちゃんに会うためだ、ってね。あの子って変なところでめんどくさいから、そういうのでもないと会いにいけないんでしょうね。本命にはなーんであんなヘタレなのかな、あいつ』


 またも予想外な言葉に、ついげほっと咳き込んでしまった。

 それに気づかなかったのか、創子さんは楽しげなまま続ける。


『ほんとはこんなお節介なことしたくないんだけど、さすがにもうあなたたちが東京に行ってほぼ一年でしょ? おばさんちょっとそろそろ我慢できなくて』


 困惑で相槌さえ打てていないというのに、創子さんは気にしない。

 私に会うため。会う、ため? ……本命って? ……いくら創子さんの言うことだとはいえ、信じがたいことだった。というより、信じられなかった。

 いっくんは優しい。だから今まで彼にしてもらったことは、私への好意ではなく彼の優しさによるものだと思っていたのだ。嫌われているとまでは思っていなかったけれど、別に好かれているわけでもないだろうと。

 それなのに。そこまでして会いたいなんて、それだと、まるで。

 ――きっと創子さんの勘違いだろう。創子さん、恋バナみたいな話が好きだから、そういうものと結びつけたいだけなのだ。


『ふふ、そういうネタばらしをしたところで、この話はおしまい。言いすぎたくないしね。……ん、あれ、待って、私さっき言いすぎなかった? 手遅れだったりする? ごめんね、聞かなかったことにして?』


 可愛らしく言って、創子さんは『それじゃあさきちゃん、体には気をつけてね』と電話を切った。……この、爆弾を。私にどう処理しろって言うんですか。

 呆然としたまま、抱えていた紙袋をなんとなく抱きしめる。ガサリとした音で、少しだけ我に返った。

 ……確かに、確かに、優しさだけではなかった、のかもしれない。優しさだけでここまで色々してくれるわけがない、と今更気づいた。

 けれどその好意は絶対、『幼馴染』とか『友人』に向けるもの。勘違いするな。浮かれるな。


「……大丈夫」


 ぽつりと、自分に言い聞かせる。創子さんにはずっとお世話になってきたけど、こればっかりは信じないことに決めた。大丈夫、私は勘違いしたりしない。うん、大丈夫だ。さっきの話は記憶から綺麗さっぱり消してしまおう。恋心自体は消せなくても、これを消すくらいはなんでもない。

 友人として好かれているらしいと気づけただけで、すごくすごく嬉しいのだ。

 呆けていないで動こう、とまずは紙袋の中からハンドクリームを完全に取り出す。紙袋をたたもうとしたところで、中にカードのようなものが入っていることに気づいた。お店の広告だろうか。

 何気なしにそれを確認して――


『一週間早いけど誕生日おめでとう』


 撃沈した。ほ、ほんとに誕生日プレゼントだったんだ……。

 たったそれだけの文章を、何度も何度も読み返す。少し右上がりの強い字は、見慣れた彼の字にちがいなかった。どんな顔でプレゼントを選んで、どんな顔でこのメッセージを書いてくれたんだろう。

 またにやけそうになった顔を、無意味に手で覆う。


 こんなだから私は、この恋を終わらせることができないのだ。






立中(たつなか)咲葉(さきは)

 絵以外の能力がからっきしの女の子。

 諸々の複雑な事情から自己評価が非常に低くなった。その自己評価の低さのせいで、人に言われたことを明後日の方向に解釈することが多い。

 後日斉希から告白を受けたときには、(私の気持ち、気づかれてたんだ……! だから同情で、)と盛大に誤解する。創子の話は彼女の中でなかったことになっている。

 自分ごときが斉希を振ることはできない、と一応告白にうなずくも、誤解が解けるまでの数ヶ月、またすったもんだある。


波多野(はたの)斉希(いつき)

 忘れ物はわざとだし、本編の安売り卵の話は嘘である。単に二人で買い物がしたかっただけ。

 高校生になってから気持ちを自覚したものの、いやまさかこいつのことなんて好きじゃねぇし!? と認めたがらず、他の女に逃げることになった。基本女好きなのでそれはそれで楽しんでもいたが、どうしたって咲葉が好きだったため、遊びの付き合いばかりだった。本命以外にはヘタレない。

 咲葉に会えなくなるのは絶対に嫌だったので、今は彼女を作らないようにしている。

 イラストレーターとしてデビューした咲葉が遠くに行ってしまった気がして焦る今日この頃。俺も小説書けばいつかあいつと一緒に仕事できるんじゃ、と思い書いてみたが、「くっそつまんねぇ……」と呻く結果に終わった。


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