第一話 ―日常― 弐
しばらく胸糞悪い展開が続きます。
トボトボと道を歩き、高校に向かっていくと……段々と人が増えていく。
みんな同じ制服を着ていて、楽しそうに話していたり、肩を組んでいたり、そんな彼らを見て興奮していたり、仲の良いカップルがいたりと様々だった。
彼らはみんな同じ道を歩いている。当たり前だ。同じ高校の生徒なのだから。
そんな同じ高校の生徒たちの中を歩き、何事もなく校舎に入ると素早く教室まで向かう。
教室の中に入ると、中では仲の良いグループに分かれてクラスメイトたちが楽しそうに談笑していた。
だけどボクが教室に入ると……クラスメイトたちはみんな視線を一度ボクに向けたがボクだとわかるとすぐに視線を逸らして、口数を減らし始めた。
当たり前だ、ボクと関わりたくないからだ。……いや、正確に言うとボクにかかる面倒ごとに巻き込まれたくないのだ。
それが分かっているからボクは静かに自分の席に向かい、椅子に座る。
するとそれを待っていたとでも言うように、それが立ち上がったようで……クラスの中は更に緊迫した空気を生み出した。
「よお、さくやちゃ~ん」
「お、おはよう……、禍上くん……」
にやにやとにやけた笑みを浮かべながら、クラス……いやこの周辺でも有名な不良である禍上八十が机に手を当てながら話しかけてきた。
無視すると痛い目を見る。
それが分かっているから、なんとか笑みを創りながら挨拶をする。
本当は関わりたくない。なのに……目の前の彼は何故か、いや……弱い立場のボクを標的にしていた。
「うんうん、いい挨拶だなぁ。でも、俺はちゃんと制服を着てくるように言ったよなぁ? なのに何で、男子用のを着てるんだ?」
「っ!!」
ポンと肩に手を置かれた瞬間――ビクリ、と体が震える。
弱い立場のボクが何も言えないからか、禍上くんはボクをオモチャにしていた。
その遊び方、それはナヨナヨとした女みたいな体型だからと女の格好をさせようとしてるものだ。
正直イヤだ。ボクは男なのだから……。
それなのに言えない、禍上くんが怖いというのもある。その上、禍上家はこの八百万町で絶対的な権力を持つ存在だ。
不良である彼は家の権力を使って、弱い立場の人間や正義感溢れる人間に酷いことをするのがとても好きなのだ。
少し前に彼の愚行を止めようとした先生が居たのだが、その先生は何時の間にか居なくなっていた。
それが彼の仕業なのかは分からない。けれど何かをしたのだろうと全員が思っていた。
だから、そんな彼に目を付けられた時点でボクの高校生活は終わってしまっていたのだ。
「ねえねえ、どうしてださくやちゃーん? それとも何か、俺に着替えさせて欲しくてこのまま来たのか?」
「ぃ……いや……「あぁん!?」――ひっ!」
イヤだ。そう言おうとしたボクだったが、それが分かっているのか禍上くんは目の前でボクを睨み付けた。
その睨みにボクは怯え、体が震えて動かなくなった。
怯えるボクを見ながら、禍上くんはニヤニヤ笑いつつもう一度肩に手を置くと……。
「俺は着てくれって言ってるんじゃないの。着ろって言ってるんだよ」
「で、でも、ボクは男で……」
「俺の知り合いに男好きの変態が居るんだよねー。そいつにさくやちゃん紹介したら、喜んでてめぇの尻の穴掘ってくれるだろうよ?」
本気、どう考えても本気だった。しかも、その変態にはとうにボクの存在を教えているに違いない。
それを理解しつつ、禍上くんという災害が立ち去るのを怯えて待つ。
すると、待ち望んでいたチャイムが鳴り……クラスの担任が中へと入ってきた。
そしてボクに言い寄る禍上くんに気づき、顔を引き攣らせた……が、授業の時間が押しているからか声をかけることを選んだようだった。
「お、おはようございます皆さん。え、えと……か、禍上くん。椅子に戻っていただいてもいいでしょうか……?」
「ちっ。仕方ねぇ、今は許してやるよ。けど……放課後、何時もの場所に来いよ」
「――っ!! わ、わかった……よ」
教師を睨みつけ、舌打ちをしてから禍上くんは自分の席に戻る。
その際、ボクにそっと耳元で告げる。その言葉に、拒否することが出来ず……頷くことしか出来なかった。
ボクの周囲の席のクラスメイトにもその声は聞こえていたようで、一瞬憐れむような視線が向けられたけれど……関わりたくないからか、すぐに視線を感じることは無くなった。
放課後、地獄が始まる……。そう思うと体が震え、逃げたくなる……けれど逃げることは無理だろう。
そう思いながら、刻々と迫るであろう時間に恐怖していた。
●
そして放課後となり、離れたグラウンドからは野球部の練習を行う声や音が聞こえ……ここから離れた新校舎からは吹奏楽部の楽器の音が聞こえた。
そんな中、ボクは古びた旧校舎2階にある空き教室の前に立っていた。
旧校舎、そこはこの高校が出来る前からある建物という話なのに壊れることがないと言うこの高校の七不思議のひとつに上げられる建物だった。
そして夕方には黒い何かが蠢いている。そんな噂が立てられてもいた。
そんな噂があるからか、生徒はまったく近寄ろうとはしていない。
結果、禍上くんたち不良のたまり場となってしまっていた。……イジメの対象を甚振る場所として……。
正直逃げたい、だけど逃げないとより怖い目に遭う……。いや、それどころか家族にまで被害が及ぶかも知れない……。
だから来るしかなかった。
「すぅ……はぁ……、か……禍上くん。きたよ……」
『さくやちゃんようやく来たかー。早く入って入って』
とんとん、と空き教室の扉を叩く。
すると中から楽しそうな禍上くんの声がした。
その声に不安を感じながら、恐る恐る扉を開けると……禍上くんはいた。他の不良たちと一緒に。
「「いらっしゃーい」」
「ひっ!? や、やめ、放して――!!」
ニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべつつ、入口に待ち構えていた不良たちに手首を捕まれるとボクは無理矢理教室の中へと押し込まれた。
不良たちはボクの着ている制服を無理矢理脱がし始めた。当然ボクは抵抗をしたけれど……まったく効果がなかった。
そしてボクを裸にすると「小さい小さい」と笑いながら今度は違う服を無理矢理着せ始める。
股間に張り付くような感触……、これはパンツ。そう、パンツだ……。それも女性用の。
嫌悪感が下半身を走り、逃げ出したくなるけれど不良たちに押さえつけられて逃げることが出来ない。
そのままブラウスを着せられ、スカートを穿かされ……ブレザーを着せられて、不良たちはようやく離れた。
「あっはっはっはっは! ほ~んと、さくやちゃんって女の子の格好似合ってるねー!」
「う、うぅ……」
床に座りこみ、スカートを抑えつつボクは泣くのを堪える。
そして何時ものように不良たちはボクを新校舎のほうに歩かせていくのだろう。
そう思っていたけれど、今日は違っていた。
「「な、なあ、禍上さん……本当に、やっても良いんだよな?」」
「ん? ああ、良いよ良いよ。俺は男には興味が無いからさ」
「「よっしゃ! 初めて見たときから掘りたい掘りたいって思ってたんだよな!」」
「え、あ、な……何の話をしてるの……?」
太めな体型の不良2人が禍上くんにゴマすりをするように話しかけている。
そんな2人に禍上くんは適当に返事をすると、不良たちは嬉しそうに声を上げた。
その様子に不安が益々増して、ボクは禍上くんに尋ねた。
「何って、さくやちゃんを犯す許可だよ許可」
「え……」
まったく意味が分からない、ボクは男なのにどうして男に犯されないといけないのか。
というかなんでそんな話になってしまったのか……?
「どうしてそんな話になってるか気になってるみたいだな、さくやちゃん。それもこれもテメェの弟が原因だよ」
「い、いわなの……?」
「そうそう、あの筋肉馬鹿がさー。テメェが俺たちに虐められてるって気づいちゃって殴り込みかけやがったんだよ」
機嫌悪そうに言う禍上くんの言葉にボクは言葉を失う。
だって、いわなには気づいて欲しくない。関わって欲しくない。そう思ってたのに……。
気づいてたのに、何も言わずに自分で片付けようとしていたんだ。
「で、『アニキにもう手を出すんじゃねえ』って言って帰ってったから、俺腹立ったんだよね。だから腹いせにさ、さくやちゃんレイプして動画送りつけてやろうって思ってさ」
「「クスリも使ってあげるし、何人も掘ったことがあると言うかそっちのほうが趣味だから痛くないから安心しな」」
歪んだ笑みを浮かべながら、不良2人が近付く。
本気、そう本気だ……。だから逃げないと、そう本能が叫ぶ。
でも体が動かない、動け! 動かないと……動かないとボクは……!!
「さぁ~て、さくやちゃんはどんな風にメス堕ちするか楽しみだなぁ。ほら、始めろ」
禍上くんの一言で今か今かと待っていた不良2人が肩に手を置いた。
瞬間、ゾワリと身の毛のよだつ感覚が体を駆け抜け――気づけば、四つん這いになりながらその場から逃げ出していた。
いつもはボクを中に入れたら鍵をかけているはずの扉が簡単に開いたのは、多分だけど逃げ出して絶望した所を捕まえる……悪夢の鬼ごっこのようにして甚振るように考えていたのだろう。
「「おいおい、何逃げてるんだよさくやちゃ~ん。大人しく尻穴こっちに向けて、俺たちのぶっといのぶち込まれてヒィヒィ鳴けよ!」」
「い、いやだ……いやだぁぁーーーーっっ!!」
声が張り裂けんばかりにボクは叫び、転げそうになりつつも体勢をなんとか立て直して廊下を走り出した。
走る度にギシギシと廊下が軋みをあげ、今にも床が抜けそうな気がした。
だけど走るのをやめたら、ボクはきっと捕まる。そして……か、考えるだけでもおぞましい……!
「「おーい、待てよ~~。痛くしないからさぁ、戻って来いよー。それどころか気持ちよくって何度もおねだりするかもよ~~?」」
「ひ、ひぃぃ!!」
ガクガク震え始めていると逃げてきた先から不良たちの声が響く。
その声から逃げるように必死に階段を駆け下り、入口に向かおうとする。
けれど、入口には不良が立っていて、ボクの姿を見るとニヤニヤ笑い始めた。
「ざぁ~んねん。こっちは行き止まりだぜ。っていうよりも逃がすつもりはないからよぉ」
「大人しく捕まって、女みたいにアンアン鳴けよ。あいつら上手いみたいだぜー」
「い、いやだ……!」
不良たちの言葉にボクは叫ぶように返事をする。
だけどそれは彼らを楽しませるだけのことだった。
そしてギシギシと階段を下りてくる音が聞こえ、ボクに変なことをしようとする不良たちが下りてくるのに気づいた。
どうする、どうしよう。捕まったら怖い目に遭う。絶対に捕まったらダメだ。
助けを呼ぶ? 無理だ、禍上くんが怖いし……旧校舎から声が届くはずがない。だからこの場所を虐めの場所に選んでるんだ……。
バクンバクンと心臓が鳴り響き、頭の中がぐしゃぐしゃになる。
――助けて、誰か。誰か助けて……!
必死に頭の中で助けを求める。
声に出さないのは、不良たちが笑うからだ……。助けが来るはずがないというのを知っているから、それなのに助けてと声を出すボクを見て笑うんだ。
だから声には出さない。
――しゃりん。
不意に、何か澄んだ音が聞こえた。
「え? な、何の音?」
聞こえた音にキョロキョロと見渡し始める。
そんなボクを入口を塞ぐ不良たちがバカをみるような目で見る。
「どうしたんだあいつ?」
「さあ、混乱でもしたんじゃねぇのか?」
彼らの声が耳に聞こえ、聞こえた音は幻聴なのかと思い始める。
けれど……。
――しゃりん。
「やっぱり、聞こえた……。こっちから……?」
その音はまるでボクを招くかのように鳴っていて、その音が何処からするのかとキョロキョロ見渡すと……入口の反対側、廊下の突き当たりに誰かが立っているのが見えた。
いったい誰がそこに、そんな疑問を抱こうとした瞬間――。
「「さくやちゃんみ~っつけた」」
「っ!!」
階段の踊り場からボクを指差す不良たちの姿が見え、捕まりたくない。
その一心でボクはその音がする……誰かが立っている場所へと走り出していた。
ギシギシ、ミシミシと床が軋んで壊れる心配が過ぎる。
だけど、捕まりたくない。その想いから必死に走り、立っていた誰かを通り過ぎていった。
「え?」
すり、抜けた……? じゃ、じゃあ、今のって幽れ――
バキッ、メキメキという音が耳に届いたときには、足元の感覚が無くなっていた。
「あ――――え?」
フワッとする感覚、直後落ちる感覚……あ、ボク落ちたの?
そんなことを思いながら、光が上に昇っていった。違う、ボクが落ちていったんだ。
そう思っていたけれど、落ちる感覚に恐怖が頂点に達したのか……ボクの意識はプツンと途切れてしまった。