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その9  凡人の俺と再び異世界の王国

異世界にも、図書館とかあってもいいと思う

 俺は今、謎の化粧をされている…。


 昨日俺たちはサウラナから、デリ・ハウラにあるミレニィの店まで帰ってきた。その道中で、予定通りにサウラナ行の運び屋を見つけたので、「鍵」は今頃ヴェスダビ長老の元に戻っているだろう。

 そして今日は、薊とミレニィが情報収集のために、セニアの郊外まで行商に行くという。


 俺も何とかそれに付いて行きたい、と申し出た結果がこれだ。

『うふふ、なかなかの男前よ…!』

 俺に化粧をするミレニィは超楽しそうだ。薊が向こうで笑うのを堪えているあたり、まともな化粧じゃない予感がプンプンする…。

 だがしかし、これは俺がこの世界で生き残るために必要なことだと自分に言い聞かせる。

 王国セニアが俺をもう追っていないという確証が、どうしても欲しい。

『さあ、できたわサミーさん!見なさい、この私の超化粧をね!』

 鏡を見せられる。

「げっ…」

 化粧をされた俺は、金髪で、くどい感じの顔の、ダンディーなおじさまになっていた…。





『結構素敵だよ、おじさま』

 薊はさっきからニコニコだ。

『…馬鹿にしてんのか?』

 俺たちは、デリ・ハウラからセニアへと向かう街道を進んでいる。

 俺が初めてデリ・ハウラに来たときは森の道を使ったので、この道は初めてだ。時々だが、デリ・ハウラに向かう人間の商人ともすれ違う。

 ちなみに今回は、コルトは来ていない。

 デリ・ハウラで自警団の仕事もあるし、それに魔物は、基本的にセニアの町へは入れないらしい。


 サウラナ出発時に変装用の化粧をした俺は、店にあった渋いコートと帽子を身に着けているので、実年齢より20歳は老けて見える。

『設定では、サミーさんはアーちゃんの叔父で、アーちゃんと同じく外国人ね。気ままな世捨て人で、世界各地を旅してるの。今回は姪のアーちゃんと、セニアで運命的な再会をしたって感じで。どう、素敵でしょ?』

『その凝った設定いるか?』

 ミレニィはノリノリで、変装した俺の設定を考えている。彼女の妄想が止まらない…。

『それでそれで、実はアーちゃんは血の繋がった叔父に禁断の恋をしててね、でもそれは間違ったことだって自分でも分かってて、結局家出をしたの。でもこの国で運命的な再会をしちゃって、それで…』

『い、いいよそういうのは…。そんな事よりさ、その、シュウさんはセニアで偽名を使った方がいいとあたしは思うな…なんて…』

 なぜか慌てた薊が、無理矢理話題を逸らす。ミレニィは不満そうだ…。


『確かにそうだな。俺セニアで、誰かに名乗った覚えがあるわ…』

 確かに俺には、異世界に迷い込んだ際に誰かに名乗った記憶がある。

 あれは誰だっけ…。もうあれが何日前っだたのかも、俺は覚えてない。

『あ、じゃあ私が偽名決めてあげようかしら!?』

『いや、自分で考えるわ…』

 ノリノリなミレニィの申し出を断る。なんだかすごい名前を付けられそうだしな…。


 遠くにセニア王都が見えるこの街道を、俺達はほのぼのと進んでいく。






 俺たちはセニア郊外のとある市場に来た。

 明日の朝市に顔を出したいらしく、ミレニィは市場から少し離れた宿を取っていた。ちなみに、俺達はここまでの道中で、巡回騎士を見かけることは無かった。

『いやー、あの宿の女将さんには頭が上がらないわ。私なんかを泊めてくれるんだもの』

『まあ、ミレニィのその翼は、明らかに魔物だしな』

 市場によく来るというミレニィは、道行く商人たちに明るく挨拶している。それも「念話ネックレス」を使わずに、だ。

 彼女は魔物だがセニアの言葉が話せる。

 それに見た目もほぼ人間という事もあってか、市場にかなり馴染んでいる。


 そして俺が驚いたのは、薊もセニアの言葉が話せるという事だ。


『すごいな、薊…。たった一年でここの言葉が話せるようになったなんて…』

 俺は素直に感心する。薊はそれを聞いて照れくさそうに、

『…念話があるから、異国語の勉強はシュウさんが思ってるよりずっと簡単、だと思う。それにこれができないとあたし、ミレニィの手伝いが出来ないしね』

『そっか、薊は偉いな』

 薊は俯く。なんだか赤くなっているのか?

 そんな俺たちに、ミレニィが振り返る。

『じゃあ、私はここから行商がてら「調査」をするわ。アーちゃんは「ジローさん」に付いててね。何かあったら、先にデリ・ハウラまで帰っててもいいわよ?』

『わかった』


 俺たちが今回セニアに来た最大の目的。

 それは神殿や巡回騎士の様子を探ることだ。






「エイジ ダスト ケルン ヨーグ …」

 俺と薊は市場から30分ほど歩き、小さな神殿を見つけた。

 どうやらセニアには郊外まで全域に、大小様々な「神殿」があるらしい。俺が連れていかれた王都の「大神殿」は、それらの中枢みたいだ。


 神殿の中では神官らしき人物が、集まった民衆に説法?をしている。俺達はその民衆に紛れて、神殿に入りこんでいる。

「薊、神官はなんて言ってるんだ?」

「偉大な勇者ヨーグが見守るこの国がなんとか、って言ってる」

 俺たちはあえて日本語で話してる。誰かに聞かれても大丈夫だし、外国人って設定とも合ってるし。

「…お経みたいなものか…?」

 正直宗教とか、俺にはよく分からない。

 薊の要約では、勇者が見守るこの国で、勇者の齎した平和を乱すんじゃねえ、って感じの教えらしい。

「要は、悪いことするなってか…」

「そんな感じみたい」


 俺達はそのまま、神官の話を最後まで聞いていった。

 結局その説法が終わるまで、先日処刑された異世界人について神官が言及することは無かった。


 俺たちは説法が終わった後、あえて神官に直撃してみることにした。

 …とは言っても俺はさすがに危険なので、薊が1人で行っているが。俺が数十分ほど神殿の外で待っていると、中から薊が戻ってきた。

「…どうだった?」

「神官は、みんな和やかな感じだったよ。悩みを聞くのが神官の仕事だって、すごい親身になってくれたし」

「普通に聖職者って感じだな」

「あと、今後数年の間は異世界人が現れない平和な時期になるって。異世界人の召喚って、普通それくらいの間隔が空くみたい。まれに長いと10年とか空いたり、逆に早くても1年以内に次の異世界人が現れた事は無いんだって」

「…つまり、この前処刑された異世界人が俺じゃない別人の可能性は…ほぼゼロだな」

「だね」

 ミレニィの予想が当たってるっぽいな…。

 じゃあ俺はもう、追われる心配をしなくてもいいのか…?

 そんな俺を静かに見つめる薊が、ふと呟く。

「「ジローさん」、図書館に行こう」






 王国セニアは教育機関がしっかりしているらしく、10年制の学校が沢山あるという。

 それらは城壁外の町にいくつかあり、その学校に合わせて図書館が近くに併設されている。俺たちはその図書館の1つに入り、2人並んで本を読んでいる。

 夕暮時の図書館内は、魔法の光でほんのりと明るい。


「やっぱり、勇者の本は少ないや」

 まあ、セニアの言葉は俺には読めないので、薊に翻訳してもらっているが。

「そういうもんか?だって勇者は英雄なんだし、資料は多いくらいが妥当じゃないか?」

 俺達の目当ては、勇者と魔王の書物だ。

 薊もこうやって、よく本を読みに来るらしい。

「勇者の逸話って、ほとんど神殿の神官が編纂してるんだって。それに勇者はセニアでは最高神みたいな扱いだし、本なんて畏れ多くて書けないんじゃないかな?」

「そうなのか…じゃあ、魔王の本とか、ラグラジア帝国の本とか無いかなー…」

「そういうのも、ここではほとんど見たこと無い。魔王の本は何冊か見かけたけど、神殿の検閲が入ってるせいか、内容はほぼ同じだったよ」

「…なるほどな」

「それにラグラジア帝国は、私もこの間初めて名前を聞いたくらいだし、そういう本はここには無いよ。私もこの世界に来た頃は、勇者や魔王についていろいろ調べてみたんだけど、魔王が滅ぼした国って、特に記録が無くて…」


 せっかく新情報が手に入ると思ったら、いろいろと残念だった。

 まあ薊はここに来たことがあるみたいだし、セニアの資料がこういった状況だと教える為に、俺をここに誘ったんだろうが。

「まあ、「セニアには記録がほとんど無い」、ってのが収穫って事で…」


『もし、異国の方ですか?』


 突然、後ろから声を掛けられた。慌てて二人で振り返る。

 青い髪をした美少年が、俺たちの後ろに立っていた。背が薊より低く、その童顔と笑顔は少女と見紛うほどだ。そして首から、「念話ネックレス」を下げている。

 俺は、それのデザインに、見覚えがあった。

『…あなた誰?』

 薊がつっけんどんに返す。少年は慌てて姿勢を正す。

『あ、ご無礼を。私はロベル・ヴェントと申しまして、セニア王国騎士団・巡回部隊の者です。まあ今日は非番ですけど…』

 

 まずい、巡回騎士だった。

 あのネックレスは女騎士・レイナの物と同じだ。

 俺の背筋か凍る。ここに来たのはまずかったか…!?

 薊も身構える。彼女の服の下には、「空飛ぶ手甲」がある。






 そんな俺たちの心配をよそに、

『私も歴史を学ぶのが好きで、その本もよく読むんです。たまたま貴方たちがそれを読んでるのを見かけちゃって、思わず声を掛けちゃいました。異国の方でもこういう本を読まれるんですね!』

 どうやらロベルは、同志を見つけて声を掛けただけのようだ…。

 俺達は、ひとまず胸を撫で下ろす。薊が警戒しながら、それでもなるべくフレンドリーっぽくロベルに話しかける。

『…セニアの歴史は興味深いです。魔王とか、滅びた帝国とか、それに異世界人…』


『異世界人!謎の帝国!浪漫ですよねー!!!』


『うぉっ!?』

 突然ロベルのテンションが爆発した。彼の眼が輝く。

『セニアの浪漫ですよ浪漫!セニアの地に、かつて存在したという帝国!厳重に情報管理をしていたと思われ、セニアはおろか外国にだってまともに記録や書物が残存しないどころか、言語すらも謎!まさに謎の帝国です!!』

『お、落ち着けって…』

『それに、いいですよね異世界!私もとっても興味あります!きっと私たちが見たことも無い国があって、見たことの無い魔法があって、そりゃあもう夢のような所でしょう!私、異世界人に会いたくて巡回騎士になったんです!でもまだ実際に会ったこと無くて、この間現れたって人の時も…』

『この間?』

 早口で捲し立てるロベルに、薊が素早く割り込む。ロベルはハッとなり、

『あ、いや、申し訳ありません…。趣味の事となるとどうも止まらなくて…』

『いえいえ、構いませんよ』

 俺も無理しておじさんっぽく振る舞ってみる。

 このロベルという青年は、どうやら異世界に強く惹かれているらしい。

『それで、先日異世界人さんが現れたんですけど、その方男性だったんですよね。私の出番は無かったんです…』

 心底残念そうだ。薊がさらに、探るように聞く。

『…それでその人は、処刑されたと。ちなみに名前って知ってますか?』

『ええと、確か「サミダレ・シューゴロー」って方だったそうですよ』


 王国セニアが俺を「始末した事」にしたのは、どうやら事実のようだ…。






 俺たちはロベルに自己紹介をして別れた。

 図書館を出た時、もう外は暗くなっていたが、セニアの町は夜でも結構明るい。

「ミレニィの予想、当たってたね」

「…そうだな」

 俺たちは宿に向かって歩く。

 宿から図書館まで結構歩いてしまったので、帰りも時間が掛かりそうだ。

 しかし薊は何故か楽しそうだ…。


「もうシュウさんは、セニアに追われることも無いね」

「いや、まだわからん。謎の特殊部隊に追われているかもしれないからな」

「いや、そんなことするくらいなら、最初に見つけた時にやっつけちゃうでしょ」

「…それもそうか」

 俺はまだ、追われる身じゃなくなった実感がない。

 まあどうせ今後も、俺は元の世界に帰る方法を探し続けるつもりだが。

 しかし、薊はそうは思っていなかったようで、


「これでシュウさん、帰る理由も無くなった?」


「…え?」

 薊が俺をまっすぐ見つめる。

 俺はなんだか気まずく、目を逸らす。

 薊の声が少し低くなる。

「やっぱり…帰りたいの…?」

「ああ、一応な…」

「なんで?」

「だってそりゃ、向こうの家族とかにも心配掛けてるかもだし…それに俺、仕事もあるし…」

「シュウさんがこの世界に来て、もう何日も経ってる。きっと死んだと思われてるよ。それに、帰る手段だって無いし」

 なぜか今の薊は、かなり強気だ。グイグイくる彼女に、俺もちょっとムキになり、

「じゃあ薊はどうなんだよ?確かに帰る手段はまだ無いが、もしあったら…」

「あたし帰らない」

「…え?」

 薊は冷たく言い放つ。

「誰も、あたしの心配なんかしない」





 俺たちはゆっくりと、宿に向かって歩いている。

 薊がちょっとずつ、彼女自身の事を話してくれた。

「あたしの父親は中学の時に死んじゃって、それであたしは、母親と、その再婚相手に育てられたの。でも私が高校に入った年、母親も事故で…」

「…そうか」

「母親と義父の間にも小さい子供が生まれてて、あたしの弟なんだけど、義父は私なんかより弟を大事にしてた。母親が亡くなってからはそれが酷くなって、そんな環境で暗くなったあたしには、高校で友人もできなかった」

「…」

 …そんな環境でもなかったのに、友人が少なかった陰キャの俺が恥ずかしくなる。

「あたしの本当の両親、駆け落ちだったんだって聞いた。それが理由で、親類とも縁が無いの。だから親類も、学校の同級生も、もちろん義父も、あたしを心配なんかしてないよ。あたしだって戻る気はない」


 まあ、薊が元の世界でそういう環境だったなら、今の方が彼女の為なのかもしれない。

 でも、俺は…?

「シュウさん、帰る方法なんて探さずに、ずっとこの世界に居てよ…」

 俺は、どうなんだろう…。

「…俺にはまだ、何とも言えない」



 俺は、今まで何となく生きてきた、気がする。大きな夢も無かったし、無難な職に就いて、無難に生きるつもりだった。まあそれも、途中で投げ出したわけだが…。

 それが、ある日突然こういう生活になっている。

 今までは「殺されるのは御免だ」と思って、元の世界に帰るのに必死だった。

 でもその心配が無くなった今、俺はどうしよう?

 今まで様々なしがらみから逃げて生きてきた俺が、今更戻る理由はあるかな?

 しかし、この世界での生活も、今後は大変になっていくだろう。

 いろんなことを考えてしまうが、ただ、これだけは確かだと思う。


 俺は遺物に、勇者に、魔王に、そしてこの世界の謎に、少しずつ惹かれ始めている。





『2人ともお帰りー。さてアーちゃん、どのくらい仲は進展したかなー?』

『や、やめてよ、そういうんじゃないし…』

『いやいや、じゃあこんな時間まで、どこに行ってたのかしら??』

『どこって、別に…』

『うふふふふふ…♪』

 宿に戻るなり、いきなりミレニィが薊をからかってる…。

『ミレニィの予想通り、もうセニアは俺を追ってないみたいだったな』

『あ、そう?やっぱりね』

 俺が今日の収穫を話すと、ミレニィも一応安心したようだ。おどけたように肩を竦める。

『じゃあ、明日セニアの朝市を覗いたら、デリ・ハウラに帰りましょ』

『…そうだな』


 このところずっと慌ただしかったが、明日はやっと平穏な日になりそうだ。


2021/12/29 誤記訂正などなど

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