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その7  凡人の俺の採集クエスト

梅雨の森って湿気すごそう

 俺は朝靄の中、深い森の入り口に立っている。


 まだ早朝ながら、他にも森に入っていく魔物たちも居るようで、時折挨拶される。森は、木の種類や生える密度の関係か、思ったよりは暗くない。それと、鳥の声がよく響く。

 俺達も一応は手斧のようなものと携帯食・水を持ち、何故か膝下くらいまである防水性の靴を履いている。一応の準備は整っているが、念のために俺と薊は花粉避けのマスクを装備している。何でも花粉の濃い季節は、魔物もこれを装備するらしい。

『さあ皆さん、準備は大丈夫ですか?』

 俺達と同等の装備に加え、剣と皮鎧まで着込んだコルトは朝からやる気満々だ。


 結局昨日は、急に長老の依頼を受けることにした理由を…誰もコルトに聞けなかった。


 まあ、道中ミレニィ辺りが聞くだろうと予想し、俺は気にしないことにする。いずれにしても、俺も報酬-長老の持つ遺物とその秘密-が欲しいからな。

『…コルトは朝から元気だね』

 朝に弱い薊は相変わらず眠そうだ。

『じゃ、出発しましょうか』

 店長の号令で、サウラナの森に踏み込んだ。





 昨日俺たちは、サウラナ長老・ヴェスダビからある依頼を持ちかけられた。内容は、サウラナの森で採れる「エスナジュ」という薬草を10個採ってこい、というものだった。

 コルトはどうやら最初、一人でも行く気だったらしい。結局それに全員で付いていくことになったわけだが。


 俺たちは森の中を並んで進んでいく。

 一応前方にコルトとミレニィ、後方に俺と薊で少し離れて歩くいている。前方のコルトがたまに邪魔な木の枝を手斧で落としている。俺たちの歩く道の脇は深い草むらと小さな沢で、時折遠くに薬草摘みの魔物の姿も見える。

 時折羽虫が俺の傍を舞うが、気になる程ではない。

『というかミレニィ、行商は大丈夫なのかよ?』

 俺はちょっとそこが気になった。商人が暇でいいのかよ。

『ああ、実は昨日自警団に呼び出されて、例の盗賊の件で報奨金を貰えたの。臨時収入があったから、今は暇ってことにするわ。それに、こんな面白そうなことについて行かない理由はないわ』

『ええー…面白そうって…』

 ミレニィとしては、面白そうなこと最優先らしい。


『ねえコルト、もしかして何か当てがあるの?』

 薊がようやく、コルトに尋ねる。

 確かに、先頭を行くコルトの歩き方は明らかに目的地がある、といった雰囲気だ。昨日長老に、原生地について聞いたのだろうか?地元民だから、単に慣れた道という事かもしれないが…。

『あ…すいません。結局私、皆さんに何も言ってないですね』

 思い出したという風に、コルトが今日の予定について説明する。

『えーとですね…これから探しに行く「エスナジュ」っていうのは、浅い水中に根を下ろして生える植物で、水底にある太い根を薬に使います。この森をある程度登って行った所に小さい沼地があるので、そこを少し探してみます』

『え、でもコルちゃん、今年は確かエスナジュって不作なのよね?』

『ええ、なのでそこには多分無いか、あっても少ないと思います。でも一応確認だけでもしたいんですよね。そのあと、森のもっとに奥にある、大きい沼地に行ってみます』





 夜明けからだいぶ経ったが、森の中は朝と大して変わらない薄暗さだ。木々が密になってきたのに加え、今日は曇りで日が差さない。涼しいのは結構だが…。

『…おい、この森結構上るじゃねーか』

 思わず俺は愚痴を吐いてしまう。森に入ってからこのところ、ずっと登りっぱなしだ。サウラナの町が平地だったため油断していた。運動不足の俺の体が、悲鳴を上げている。

『大丈夫、もう沼が見えますよ』

 コルトの言葉通り、木々の向こうに開けた場所が見える。俺は息を切らしながら登り切る。


 木々の開けた曇天の下には、とても小さいとは思えない広大な沼地が広がっている。


 細長い草が水中からたくさん生えており、水面は濁っている。時折水面が揺れるのは、魚が住んでいるからだろうか?水鳥達が、草の隙間を気ままに泳いでいる。

『…小さいって言ったよな…?』

『え、小さいですよ?奥の沼の半分も無いですし』

 ヤバい、俺の体力が持たないかもしれない。





 一旦、二手に分かれて沼を回ることになった。浅瀬に生えるというエスナジュは、沼の端辺りに青い花を咲かせるらしい。

 薊と並んで歩く俺は、沼地が平らなお陰で少し体力が回復してきた。

「シュウさんはこういうの好き?」

 ただ花を探しながら歩いているだけだが、薊は元気そうだし、それに楽しそうだ。たまに水面の水鳥や、時折水中に見える小魚を目で追っている。

「いや、まあ嫌いじゃないかな」

 報酬目当てでここに来たので、別段好きとか楽しんでいるわけでもなかった。

 しかし楽しそうにしている薊に、きついとか辛いとかは言いづらい。しかし薊は俺が楽しんでいると解釈したらしく、満足そうな笑顔だ。

「あたしも、こういう森は結構好き。それに、薬草が不作で困ってる魔物の役に立てる。あたしを受け入れてくれた魔物の皆に、恩返しがしたいんだ」

「…そうか」

 薊は、この異世界でも、目的を持って伸び伸びと生きているようだ。

 でも俺は、よく分からん連中に追われているから、出来れば早く元の世界に帰りたい。

 そんな俺の心の中を知ってか知らずか、薊が嬉しそうに呟く。

「シュウさんも、この世界に住みたいって思ってくれるようになったら、いいのにな…」





 結局俺と薊は、目的の物を見つけられなかった。そのまま歩き、沼の反対側でコルトたちと合流した。

『じゃーん!どうですか!?』

 泥っぽくなったコルトが自慢げに見せてきたのは、探しているエスナジュの根だった。まだ花が蕾だったそれを、執念で見つけたらしい。

『でも、あと8個か…』

『まあまあサミーさん、あっただけでも儲けものよ?』

『ここにはもう無いでしょう。あっても目的の数には届かないでしょうし。じゃ、奥の沼まで行きますか』

『ちなみに、そこまでどれくらいかかる?』

 恐る恐る確認する。きついのなら予め覚悟は決めておきたい。コルトは笑顔で、

『ああ、町からこの沼までの倍くらいですよ。そんなに遠くはありませんし、さっきの道より緩やかですしね』

 倍って…マジかよ。密かに落胆する俺の横で、ミレニィが空を仰ぐ。

『ねえコルちゃん、なんか雨降ってきそう』


 ミレニィの言った通り、奥の沼に進む道中から雨が降ってきた。

 奥の沼の手前あたりに森小屋があるらしく、俺たちは小走りでそこまで登った。幸い森の中だったため、そこまで雨で濡れはしなかったが、ほとんど使う者がいない道のためか、今まで以上の悪路だったが。

「ハァ…ハァ…し、死ぬ…」

 なんとか森小屋に辿り着いた。薊とコルトはまだ余裕そうだが、俺とミレニィはぐったりしている。その森小屋は木造の6畳くらいのサイズで、中には斧や杖など、古びた道具が置かれている。

『仕方ありません、私だけでも先に探しに行きますか』

 コルトは雨の中でも探す気らしい。そこまでしなくても、と言おうとしたら、

『…コルちゃん、今雨だよ?止むの待とうよ』

 俺より先にミレニィが引き止めた。

『このくらい何てことありませんよ』

『…ねえコルト、なんでそんなにやる気なの?』

 薊が、今まで誰も聞かなかった事をついに聞いた。

 コルトは昨日から、正確には昨日彼女の兄と出会ってから、何か様子が変だった。

『…別に、何でもないですよ』

『そんな、私コルちゃんの事なら何でも知りたいわ…』

 ミレニィが妙に重い説得をする。コルトはミレニィから目をそらし、観念したように、

『…わかりましたよ』

 荷物を下ろし、部屋の隅に寄りかかって話し始めた。

『兄貴に、サウラナに帰って来いって、言われたんです』





『ご存じサウラナの住民の多くは、農業や狩猟をしたり、森で採れる薬草を加工して生計を立てています。それ故にここの住民は、小さいころから薬草と薬学に触れて育ちます。なので、ここの住民は皆、薬学を重んじるんですよね』


 小屋の外からは雨の音がまだ聞こえてくる。

 俺たちは持ってきた携帯食を食べながら、雨が止むのを待っている。

『でも私、昔から薬学とか興味もなくて覚えも悪かったんです。森で狩人の真似事をしたりする方がよっぽど性に合っていました。それに私の兄貴のクーロンは、サウラナでも有名なくらい、薬学の才があったんです』

 コルトが自嘲気味な笑みを浮かべる。

『私は事あるごとに優秀な兄貴と比べられて、それが嫌でサウラナを出ました。そのあとは…私ケンカは強かったんで、デリ・ハウラで自警団に入りました。でも自警団ってそこそこ危ない仕事もありますし、それに男しか居ないんですよね。兄貴はそれが心配らしく「自警団をやめて帰って来い」と』

『自警団って、そうなのか…』

 俺は今まで自警団はコルトとしか会ったことないから、男ばっかとは初耳だった。

『兄貴はきっと、私が自警団でやっていけないと思ってます。そんな兄貴を見返すために、今日中にこの依頼をこなして、あいつに見せつけてやろうかと』

『じゃあ、コルちゃんのために、私頑張るわ』

 今度はミレニィがやる気満々だ。

『ありがとう、ミーちゃん…』


 話も纏まった。

 そんな時、薊がふと小屋の外に視線を向ける。

『…ねえ皆、もう雨やんでるみたい』

 いつの間にか雨が上がっている。




 俺たちは再び荷物を持ち、ここからそれほど遠くないという奥の沼を目指す。皆張り切っているので、俺も頑張らないとな…。

 小屋を出るとき、俺はある違和感を覚え、森小屋の隅にある道具達を見る。

 斧、弓矢、背負い籠、木桶に杖…違和感の正体は、杖だ。妙な細工が施されている。

『…これってもしかして…』









『シュウさん、がんばってー』

『くそ、結局遠いじゃねえか…』

 やっぱり奥の沼は、森小屋から遠かった。

 薊に応援され、俺は森小屋で見つけた杖を頼りに登っていく。

『サミーさん、その杖遺物でしょ?それ使って登ったら?』

『いやさっき見たろ!?そういう道具じゃなかったし!』

 先程の森小屋にあった杖のうち、1本が遺物だったのだ。喜んだ俺は皆を呼び止め、力を込めて使ってみた。

 しかし、杖の一端が眩く光っただけで、熱すら感じなかった。

『…暗い森を歩く遺物、ですかね?』

 真面目そうにコルトが考察するが、そんな需要の無さそうなもの、絶対無いだろ。

 俺は沼までの坂を何とか登り切る。三人が並んで向こうを向いている。俺も並んでみる。


 先程の沼地とは比べられないほどの、巨大な沼がそこにあった。


 さっきまでの雨のためか、羽虫や鳥の姿は見えない。

 その代わりにさっき以上に空気が澄んで、遠くまで見渡せる。

 既に空は晴天で、空に掛かる虹が、そのまま沼の水面に映し出されていた。

『…結構いいところだな…』

『あたしもそう思う』

 率直な感想が漏れる。

 薊が嬉しそうに俺を見た。

 俺はなんだか恥ずかしくなって目を背けた。

 

 俺達はコルトを先頭に、とりあえず皆で沼の傍まで進んでいく。

 ふと俺が脇見をすると、青い花が水面から顔を出していた。

『いいな、早速見つけたぞ!』

 俺はその青い花に近づいていく。

『あら、やったじゃないサミーさん!』

 ミレニィが歓声を上げた。


 次の瞬間、沼の水面が爆発した。





『な、なんだよこれ!』

 沼の中から突然、爬虫類のような生物が飛び出してきたのだ。

 ゴツゴツした表皮に、正面から見ればまるで自動車のような大きさ。長い尾はざっと3mはありそうだ。

 飛び掛かられたミレニィは間一髪で空に飛びあがった。

 薊とコルトは既に臨戦態勢だ。その怪物の見た目は、まるで…。

『ど、ドラゴン!?』

『…沼トカゲですね。しかし、こんなに大きいのは…』

 残念、違ったらしい。

『あたしが前に出る』

 薊が「空飛ぶ手甲」で飛び掛かる。


 沼トカゲの攻撃を避けながら、薊が打撃を加える。

 表皮が硬いようだが、効いてはいそうだ。

 コルトも薊に合わせて素早く近付き、剣で攻撃している。

 沼トカゲが泥をまき散らすが、薊は避ける。コルトは気にも留めない。

 縦横無尽に戦う二人なら、この怪物を倒せそうだ。


 …俺はというと、そんな戦闘を傍で眺めているだけだが。

 俺も戦えたら面白いのになぁ…。

『す、すげえ…』

『サミーさん、こっちこっち!早く!』

 遠くでミレニィの声がする。

 どうやら離れた場所に降り立ったようだ。

 俺の方に激しく手を振っている。

 そこで俺は、ヤバイことに気付く。


 戦力外の俺もここから離れるべきだったんだ。巻き込まれるとヤバい!


 俺は、慌てて戦闘の様子を確認する。

 暴れる沼トカゲと俺の目が合う。

 宙を舞う薊を尻尾で弾き飛ばし、俺に向かって突っ込んでくる。

 コルトが何か叫んでる。

 視界の端で着地する薊。

 ミレニィの悲鳴。

 まずい、意外と素早い。

 俺には避けられない。

 杖に、強く念じる。何かしろ!


「おらぁぁぁぁっ!」

 杖の先端から、朝日のような強烈な光が放たれた。


「ギャアアアアアッ!」

 突然の眩い光に、沼トカゲが怯む。

 その隙をコルトが逃さない。

「ダアアッ!」

 怪物の横っ腹に、剣を深く突き立てた。





『さっきはすまん、俺が早く引っ込んでいれば…』

『まあ、結果的に良かったですよゴローさん。みんな無事でしたし、依頼も達成できました』


 俺たちは巨大沼トカゲを倒した後、近辺で割とあっさりエスナジュを指定数収集できた。

 ただ、この奥の沼にもそんなに数は無い様子で、加えてまだ多数の沼トカゲが近辺に生息している可能性がある、とのことだ。

 縄張りに入った相手には非常に凶暴になるらしく、今俺たちは沼から離れた所に居る。

『皆さんありがとうございます。これで手土産も持って帰れます』

 コルトは何か魔法を使って力を上げ、巨大沼トカゲを沼から引き摺ってきた。

 一応肉は食べられるらしいが俺達では処理しきれないので、薊が空を飛んで、サウラナまで応援を呼びに行っている。


『なあコルト、こいつは魔物じゃないのか…?』

 俺はそこがちょっと気になっていた。

 俺から見ればこの怪物も魔物だが、皆が普通に狩っているし、まあ違うんだろうが…。

『え?沼トカゲは森の原生物であって、魔物じゃないですよ。私たちと話できませんしね』

『あー、そういうもんか』

 線引きの基準はそこらしい。一応納得しておく。

『サミーさん、余分なエスナジュは隠して持って帰りましょ。商品にするわ』

 ミレニィはどうやら、10個以上集めた余りを持っていくらしい。まあ確かに、ダメとは言われてないが。

『しかし、あー、疲れたぜー…』

 俺は杖を握ったまま、どっと倒れ込む。さっきの手汗が、まだ収まらない。さっきは本気で、巨大トカゲに轢かれて死ぬかと思ったが、そんな情けないことは皆には言えない。

『意外とすごい杖だったわね、それ…。あら、アーちゃん戻ってきたわ』

 俺がぐったりしていると、薊と一緒に結構な数の魔物がやってきた。


 なんだか、大騒ぎになりそうな予感がする。


2021/12/29 誤記訂正などなど

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