その6 凡人の俺と魔物の昔話
ファンタジーだし採集クエスト
俺達は今、黄昏時の農道を進んでいる。
既にサウラナ近郊まで来ているらしく、周囲は森から畑へと変わっていた。
そこにはたまに不思議な野菜が植わっているが、見える畑のほとんどはトウモロコシのようなものを栽培している。巨大なそれは、まだ実ができてはいないものの、丈が4mを超えているように見える。
俺が知らないだけで、俺のいた世界にもこんな巨大なトウモロコシがあったのだろうか。
『ここらはみんな大黍って呼ばれてる植物ですね。我々の祖先がサウラナの森を開拓した際に、奥地から持ち帰った種だとも言われています』
サウラナの出身らしいコルトが、浮動車を操縦しながら周りの説明をしてくれている。薊とミレニィは疲れたのか眠っている。
夕焼けに靡く畑のどこかから、魔物の話す声が聞こえる。
そして農道の遠くには、木造りの門が見える。
『サウラナはもう、すぐそこですね』
本当なら今は、昼間の予定だった。
昨夜俺たちは、盗賊を巡回騎士に突き出すために遺跡近辺で足止めを食らった。
コルトが呼び出した巡回騎士の男たちはどうやら夜警担当のようで、仮眠でもしていたのか、眠そうな奴もいた。しかし、そんな眠そうな騎士も、腹が立つようなイケメンだった。
まあ、巡回騎士と鉢合わせになるとヤバイ俺は、「闇を生むランタン」で離れた場所に隠れていたわけだが。コルトが事情を説明し、巡回騎士たちが盗賊を連行していく頃には、もう空が白んでいた。
その分旅程がズレて今に至る。
『みんなお疲れ様。ああー、昨夜は大変な目にあったわねー』
俺たちはサウラナに入り、ミレニィがいつも使うという宿に泊まることになった。4人1部屋という事で、男1人の俺としては大変気まずい。しかし小さい宿だから仕方無いし、そもそも、他の3人は大して気にして無さそうだ。
『しかし、まさかあの遺跡、何も無いとはな…』
俺はだいぶがっかりしていた。
なにしろ昨夜見つけた遺跡の中には、結局何もなかったのだ。
現地民のコルト達も存在を知らないと聞いた時、遺物が無いかと少しだけ期待したのだが。地面にあった、あの思わせぶりな石板は何だったのか…。
『まあまあ、そういうときもありますよ』
コルトに慰められる。
『とりあえず、あたし温泉入る』
薊が着替えをもって部屋を出て行く。
この宿には、というかこの世界には風呂の文化が有って助かった。デリ・ハウラ出発前の晩にミレニィ宅でも入ったが、サウラナまで来るのに丸2日かかってしまった。俺も非常に風呂に入りたい。
『アグナ火山の恵みですね』
この異世界に来てからずっと、遠くに巨大な火山が見えている。
魔王以来大噴火をしたことの無いというその火山のお陰で、セニアは全域で温泉が湧くらしい。まあ、俺にとっては風呂に入れれば何でもいい。
『そういえばミレニィ。俺、明日は何を手伝えばいい?』
とりあえず、明日の予定を店長に伺う。
『ああ、明日はアーちゃんと一緒にこの町を回るといいわ。私の仕事はとりあえず大丈夫よ』
『私は、明日ちょっとサウラナの自警団に顔を出してきます。昨日の盗賊の件で、特別報酬貰えるかもしれませんしね』
…見習い未満の俺は、まず異世界慣れするところから始まりそうだ。
「シュウさん、サウラナの町は気に入った?」
「まあなんだ、落ち着く雰囲気だ」
翌日、ミレニィの言った通りに、薊と一緒にサウラナの町を回っていた。
サウラナのすぐ後ろは深い森で、むしろ町が森に半分食い込んでいるって感じだ。町の外には広大な畑しか見当たらず、そこまで回るのはやめにした。
あとこの町には獣人が多く、子供たちがそこらでじゃれている。たまに挨拶されると、薊は挨拶をちゃんと返している。俺も薊も魔物の言葉が分からないのだが、薊は挨拶の単語は知っているらしく、同じ言葉を真似て返している。
…陰キャな俺はというと、声には出さず頭を下げるだけにしている。
「この町で遺物があるとしたら、あそこかな」
「お、何か当てがあるのか」
一応ね、と薊が返したので、俺は彼女に付いて行く。
「ここなら何かあるかもしれない」
サウラナの町をざっと一回りしたのち、薊がある店に俺を連れてきた。
「…なんの店だよ?」
「古道具屋。遺物があるかもね」
薊と一緒に、古そうなその木造の店に入る。店中は薄暗いが、壁掛けの不思議なガラス球の中に、魔法の明かりが灯っている。
棚や机といった家具の向こうに誰かいる。
『ああ、いらっしゃい、異国の客人。何か見ていくかい?』
年老いた店主に話しかけられた。助かった、彼は念話ネックレスを持っている。この町はよっぽどよそ者が来ないらしく、念話ネックレスを持っている奴が少なすぎる。
ちなみに俺と薊は魔境で、セニア人ではなく外国人という事になっている、らしい。
『何か遺物ってありませんか?』
『遺物かァ…最近はそういうのはあまり無いねェ。昔は薬草摘みや猟師連中が、森の中からたまに見つけてきたものだが』
今この店に、遺物は無いらしい。
『最近誰かが買っていったりは…』
『ああ、前に黒い羽の生えた子が、丸い円板の遺物を買っていったよ』
…ミレニィじゃねえか。しかも恐らくその円板は、今俺が持っている。
『あとは、長老なら何か知ってるかもねェ』
『ふーん、やっぱり長老ですか。確かに長老なら、何か遺物を持ってる可能性はありますね』
俺達は、昼頃にコルトとミレニィと合流した。
今は、泊まっている宿の傍にある大衆食堂で昼飯を食べている。
獣肉と何かの果実を濃い目の味付けで煮詰めたものが大皿で出され、一緒に出された薄いパンのようなもので包んで食べると教わった。どっかの国の料理にこんなのがあった気がする。薄いパンは、町の入り口にあった大黍が原料らしい。
トウモロコシって主食になるんだっけ、と頭の隅で考えている。
『なんかちょっと癖があるけど、おいしいな』
包む煮物の味付けは濃い目の甘辛で俺好みだが、風味が独特だ。
『魔境では、調理に向かない川魚を岩塩漬けにして、出てきた汁を調味料として使っています。ゴローさんの世界にも似たようなものはありましたか?』
『いや、わかんねえ…俺の世界では豆を加工していろんな調味料を作ってたな』
まあ教えたくても、味噌や醤油なんて俺には到底作れないが。
『あたし最初は、サウラナの料理が苦手だったな。今は慣れっこだけど』
薊がおいしそうに食べる。苦手だったという雰囲気は、今の様子では感じられない。
『料理がおいしく頂けて、酒がおいしく呑めれば、もう魔境の一員ね』
『なんだそりゃ』
ミレニィが独自理論を展開する。あとまだこの世界の酒は呑んでないし、興味はあるが。
『とにかく、この後皆で長老の所に行きましょう。昨日の盗賊の件もあるし、無下にはされないと思うわ』
サウラナの町の一番奥、ほとんど森と町の境が分からないような場所に、長老宅があった。
木漏れ日の気持ちいい昼下がり、皆で押しかけた。
「フェルデル アイン オポクル ウェクロム …」
サウラナ出身のコルトが、長老と交渉している。長老は背が小さく、毛がボサボサで、顔の毛が長すぎて俺には彼の目が見えなかった。
そのシルエットは老犬、といった感じだ。
コルトの事をよく知っているようで、和気藹々という雰囲気だ。
会話が切れると、長老は家に入って行ってしまった。
『みなさん、交渉成立です。とりあえず昔話とか遺物の事とかを聞けそうです』
『そうみたいね』
笑顔でコルトが振り向き、俺と薊に伝えてきた。魔物の言葉での交渉だったので、俺は雰囲気しか分からなかったが。とにかく長老からいろいろ話を聞けるらしい。長老宅に皆でお邪魔する。
『いやあ、この老いぼれの昔話を聞きたいとは、今の若者にもそういうのが居るとはなあ。儂はヴェスダビ。このサウラナの長老じゃ』
「外国人」の俺と薊に配慮してくれているのか、長老は交渉の時に着けていなかった念話ネックレスを使ってくれている。魔物の言葉だったらどうしようかと思っていた。
まあ、そこまで含めての交渉だったのかもしれないが。
『これから儂が話す昔話は、サウラナで15歳になった子供たちに長老が聞かせるものだ。15の時は儂の昔話で居眠りをしていたコルトが、今になって興味をもってくれるとはなぁ』
『ちょ、やめて下さいよ…』
…子供の頃のコルトは真面目に聞かなかったらしい。
まあ、お年寄りの昔話というと子供には退屈かもしれない。俺も遺物の話が早く聞きたいが、今はそんなことも言えない。
見た所、ヴェスダビ長老は話すのが大好きそうだし、もしかしたら異世界人の話とかが出てくるかもしれない。
『ではまず、そうじゃな、魔王の話から始めようか…』
“かつて「魔王」以前、セニアの地には「ラグラジア帝国」という国があったそうな。
独自の技術で優れた術具を作っていたとも言われ、それらは今日でもセニアの各地に「遺物」と呼ばれ残存している。まあ、その多くはもう誰にも用途が分からんがな。
そのラグラジア帝国に、突如として現れたのが「魔王」じゃ。魔王は瞬く間に帝国中に死の呪いをまき散らし、ラグラジアの民はほとんどが死んでしまったという。
何故そんなことをしたのか、そもそも魔王の正体は何なのか、それらは伝わっておらん。しかし、ラグラジアを滅ぼした魔王は、さらに隣国に流星を落として見せ、全世界にその脅威を知らしめた。
魔王の脅威を目の当たりにし、世界中が魔王に恐れをなしているとき、魔王討伐を掲げて立ち上がった者たちがいた。
それは、ラグラジア辺境に居た為に、魔王の呪いを免れた者たちだった。
彼らはラグラジア帝国騎士と、ラグラジアに居着いた異世界人たちだと伝わっている。帝国騎士の長は彼らを率い、魔王のいる帝都に攻め入った。
そして魔王に勝利し、それを封印したと言われている。
この時の騎士の長こそが、のちに勇者と呼ばれるセニア初代国王・ヨーグだ。
勇者ヨーグは、魔王が流星で滅ぼした隣国の生き残りと共に、ラグラジアの地に新たな国「セニア」を起こし、旧帝国領のそこら中に居た「魔物」討伐に乗り出した。
その結果、我ら魔物は今のように辺境に追いやられている。
ただ、魔物を根絶やしにしなかったのは、勇者の慈悲とも言われているので、我ら魔物は勇者やセニアを恨むもんじゃあないぞ。
過去を捨て、人間と共に生きていくのが、我らの道じゃ。“
『昔話はこれで終わりじゃ。勇者がどうやって魔王を封印したかは、セニア王家に代々伝わっているらしい。しかし…異世界人たちが何者だったのかは全くの謎じゃ。彼らは勇者と共に魔王を封印したと思われるが、それ以降はどこに行ったのかもわかっておらんからのう…』
俺たちは結構真剣に長老の話を聞いていた。
弱冠一名、舟を漕いでいる奴がいたので、こっそり肘打ちを食らわせて起こしたが。どうやら大人になっても、長老の話は退屈だったらしい。
『異世界人については、全くの謎なんですね…』
俺は何だか肩透かしを食らった気分だった。
ヴェスダビの昔話に出てきた異世界人は、登場も退場も曖昧だった。魔王以前には、何か異世界を行き来する手段があったのだろうか?
『…結局、魔物はどこから来たんですか?魔王が生み出したんですか?』
『あー、それは私も気になったわね』
薊とミレニィは違うところが気になったらしい。
確かに異世界人同様、魔物の登場も曖昧だった。
『さあな、それも儂らには伝わっておらん。ただ、これだけは確かだ』
ヴェスダビが一呼吸置く。
『我ら魔物には、魔王以前の歴史が無いのじゃ』
『さて、もう1つの要件は何じゃったかなあ…?』
昔話をして満足したのか、ヴェスダビはもう1つの要件を忘れたようだ。天を仰いで首を傾げ、髭を撫でている。
『遺物、遺物です!何か伝わっていませんか!?』
俺たちは遺物の事を聞きに来たのだ。本題忘れられては困る。
『ああそうじゃった、遺物の事だったわい。ええとな…サウラナの長老には代々伝わる謎の杖があるんじゃが、そいつはどうも遺物らしい。用途は一応伝わっているが使えた者はおらん。まあ、部外者に渡せる物じゃあないがな』
『そこを何とか!』
俺が食い下がる。
『ふーむ、そうじゃな…ならば1つ仕事をしてもらおうか。そうすればその杖を少し貸してやるし用途も教えてやる。一応長老の証なんでな、やるわけにはいかんのじゃ』
『その仕事って何ですか?』
薊が尋ねる。
『それはなぁ…』
『で、どうするのサミーさん。ホントに長老の依頼を受けるの?』
ヴェスダビの依頼は、サウラナの森で、とある薬草を採って来いというものだった。要は採集クエストだろう。簡単そうな感じだが。
『受けるなら原生地も教えてくれるらしいし、楽勝だろ』
『でもその薬草元々希少だし、それに今年は不作らしくてだいぶ値段が高騰してるよね』
薊がとんでもないことを言う。
『ええっ!?』
『意外と厄介そうですね。諦めますか?ゴローさん』
コルトが笑う。俺が思ったより無理ゲーかもしれない…。まだ受けるとは言ってないが…。
「コルト」
俺たちは突然、遠くから声を掛けられる。皆で振り向く。
俺たちに声をかけてきたのは、コルトと同じ毛色の獣人だった。どうやら男で、コルトより歳は大きそうだ。あとコルトと違って、耳を抜いても背が俺より高い。
「…クーロン…」
コルトが珍しく渋い顔をする。
『…皆さん、先に行っててください。私は後から行きます』
長老宅を後にした俺たちは、先に宿に戻っていた。
もうすぐ日が沈むが、コルトはまだ戻ってこない。
『さっきのあのヒト、コルちゃんのお兄さんで、クーロンさんって言うの。サウラナに来るとき、いつもはコルちゃん顔を合わせないように自警団の詰め所に入り浸ってたけど…』
『あたしも知らなかったな…』
薊も知らなかったらしい。仲が悪いみたいだが、理由はさすがに気まずくて聞けないだろう。微妙な沈黙が続く。
するとそんな中、
『ただいま。いやー遅くなってすみません』
『あー、お帰りコルちゃん。私寂しかったよ…』
渦中のコルトが、宿に戻ってきた。
特に変わった様子はない。
…が、何かやる気に満ちている。
『早速ですが明日、長老の言ってた薬草を採りに行くことにしました。私1人でも行くつもりですが、誰か付いてきますか?』
『ええ…?』
いや、だいぶ様子が変なようだ。そのやる気は一体何なんだ?
しかし、兄と何があったかは気まずくて誰も聞けず、かといって彼女1人で行かせるのも気が引ける。
…結局明日は、全員で森歩きになりそうだ。
2021/12/29 誤記訂正などなど