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その5  凡人の俺の異世界道中

ほのぼの異世界スローライフ

 俺は今朝、普段ではありえないくらいの早起きをした。


 俺がやってたコンビニのバイトは専ら昼から深夜のどこかだったし、それ以前の仕事でも、日が出る前から出勤ってのはほとんど無かった。まあ、昨日早寝したおかげで寝起きは悪くない。

『おはようみんな!』

『…元気だな、あんた…』

 俺を雇った魔物の行商人・ミレニィは、朝からハイテンションだ。

 自警団の武装をしたコルトは、荷物を載せた浮動車の試運転をしている。

 薊は朝に弱いらしく、まだ寝ぼけているようだ。


『みんな準備はいい?目指すは深い森の町、サウラナよ!』

 昨日の夕方、店長の一声で突然行商に出ることになったわけだが、まだその真意を聞いていない。

『…なんだか突然だね。まあミレニィの事だし、珍しく無いけど』

 俺の聞きたかったことを、眠そうな薊が聞いてくれた。

 ミレニィは相変わらず楽しそうに、

『もともと明日には、サウラナに向かって出る予定だったの。今は雨の月だし、明後日以降は天気が悪くなるかもしれないからね』

『ふーん』

『あとデリ・ハウラってセニアに近いから、急にセニアの騎士や神官が来てもおかしくないのよね。ホントなら明日、自警団をもう数人護衛に雇ってから出るつもりだったけど…』

 ミレニィは楽しそうな笑顔で、俺の胸元を見る。

 昨日の夕方に用途の判明した遺物「レーダー円板」は、今はネックレスのようになって俺の首に掛けられている。まさか俺が、雇うはずだった自警団の代わりに、道中の警戒をしろって事か…?

『頼んだわよ、サミーさん!』

 こういった予定外が楽しくて仕方がないといった感じのミレニィの号令で、丸一日以上かかるという隣町への行商に出発した。





『あの森まで行くのか…』

 日が昇り明るくなってきて、遠くに深い森が見えてきた。

 今進んでいる方向は、初日に薊に連れ込まれた森とはデリ・ハウラを挟んで反対側だ。今はまだ荒野のような場所だが、途中から森の中の道を進むことになるらしい。


 俺たちの乗っている浮動車は、先端の操縦部とその隣に座席があり、ミレニィと俺でそこに座っている。後ろは荷台で、後部の空きスペースで薊とコルトが後方確認をしている。


『デリ・ハウラはセニアの人間も出入りするし、しばらくサウラナに居てもいいわね。あそこド田舎だし、セニアの連中は神官だって布教に来ないわ。せいぜい年に数回、王都の視察が来るくらいね』

 お喋りなミレニィは、聞かなくても俺にいろいろ教えてくれる。

『…そういえば、俺が会った騎士は馬車に乗ってたが、馬車よりこの乗り物のほうがいいな』

『ああ、騎士の伝統がどうとかってやつね。馬車なんて今時、王国騎士以外は使わないわよ』

 ミレニィは、朝食に何やら固形食を齧っている。

 寝起きの悪い薊と、久しぶりの早起きな俺は、そろって食欲が湧かないでいる。

『そんなド田舎に何をしに行くんだよ?』

 俺が訪ねる。そんな田舎に何を買い付けに行く気だろう?

『サウラナの森は薬草が豊富なの。まあ、その森の植物たちが出す花粉が人間の体に悪いから、耐性のある魔物が採取してるんだけどね』

 さらっと恐ろしいことを言われた。

『…人間に悪いのに俺大丈夫なのかよ?』

『大丈夫。なはず。花粉が酷いのは花の月と、あとは紅の月くらいだしね』

 この世界の季節感は、俺には全く分からない。

 俺にとって重要なのは、今が雨の月で、そのサウラナって町に入っても大丈夫という事だ。


 そしてサウラナを目指すにあたり、俺にとってはさらに重要なことがある。

『サウラナはデリ・ハウラより古い町だから、何か遺物があるかもしれないわね』

『そうだな!』

『ゴローさん、滾ってるじゃないですか』

『だって、元の世界に帰る手掛かりが見つかるかもしれないからな!』

 「遺物」。この世界の人々も用途を知らないというオーパーツたち。

 もしかしたら、それのどれかに、異世界へ帰る手掛かりがあるかもしれない。幸い俺にはそれら遺物を扱える才能があったらしい。帰るための手掛かりを、なんとか魔境で探してみよう。

 そんな俺を、薊が後ろから複雑そうな顔で見ていた。





『ねーねーサミーさん、異世界の話を聞かせてよ』

 昼を回ったあたりだが、まだまだ目指す森は遠い。

 道中暇なのか、ミレニィは俺にいろいろ話してくれたが、今度は俺に振ってきた。

『あたしも、シュウさんの話聞きたいな』

『ええー…そんな語ることなんて無いぞ?』

『何でもいいわ!さあ、語って!』

 ミレニィは興味深々だ。薊もなんだか乗り気だし。コルトは…寝てる…。

『…言っとくけど、つまらないからな』


 前置きして、俺の話をすることにした。

 俺が異世界へ迷い込んだ時の事。

 俺のやっていた仕事。

 せっかくだから大学の時の話。

 趣味の史跡巡りの事。

 地元の話は語りたくなかったので、かなり端折った。


 どの話題にもミレニィは食いついてきて、根掘り葉掘り聞かれた。

 薊はというと、じっと俺の話に耳を傾けていた。

『…一旦こんなとこかな、俺の話は』

『いやー面白かったわ。しかし意外ね、サミーさんが雑貨屋店員だったとは…。うちにぴったりね』

 俺はコンビニのバイトの事を、雑貨屋の店員と言っておいた。間違ってはいない、はず。

 しかしミレニィはこういう異世界の物や話が非常に好きらしく、昨日も俺の財布をひっくり返してはしゃいでいた。

 まあその異世界の財布は持ち歩くわけにもいかず、今はミレニィの店の地下金庫に眠っている。

『でも俺、接客は苦手だったけどな』

『大丈夫大丈夫、経験があるなら慣れれば平気よ。もしあれなら裏方で力仕事でもいいしね』

 接客よりそういう仕事のほうが俺には気楽そうだ。腕力は無いが。

 ふと俺は、薊を横目に見る。彼女は活発で明るい、という感じではない。しかし彼女もミレニィの行商を手伝って、いつも接客とかしてるのか?

『なあ、薊もミレニィの行商を手伝ってるんだよな?』

『うん、一応ね。魔物の言葉はまだ覚えられないけど』

『偉いな。じゃあこの世界に来る前も、コンビニとかでバイトしてたのか?』

『…別に…』

 …薊はどうやら、元の世界に興味は無いようだ…。





 早朝に出発した俺たちは、夜には森の中まで入ることができた。慣れない野営の準備を俺もなんとか手伝う。

 俺たちはここまで来る間、ほとんど誰にも会わなかった。途中で、魔物の運び屋2組とすれ違っただけだった。それに俺の「レーダー円板」にも、終始なんの反応も無かった。

『座ってただけだが、なんか疲れた…』

『まあ、明日の昼には着きますよ』

 コルトは元気そうだ。自警団で鍛えているからか、はたまた道中寝ていたからか…。


 俺たちは火を起こし、夜の森で晩飯を食べていた。

 晩飯といっても、朝ミレニィの食べてた固形食だが。ちょっと粉っぽいそれは直方体に焼き固めたクッキー状のもので、日持ちさせるためか何なのか、香辛料が練りこまれていて少し辛い。あとはコルトが、近くで採れた山菜と持っていた干し肉で簡単なスープを作っている。

『相変わらずコルちゃんは料理上手ね』

『私が上手いんじゃあないです。ミーちゃんも料理の勉強しましょうよ』

『私が料理覚えても、よく店を空けてるから作る機会が少ないわ。アーちゃんに教えてあげてよ』

『…あたしじゃ上手くは作れないよ、きっと…』


 俺は黙って彼女たちの話を聞いていた。

 別に話し辛いわけじゃなく…煮えるスープを眺めながら、あることを考えていた。そんな俺に気が付いたのか、薊に声を掛けられる。

『どうしたの、シュウさん』

『…なあ、なんか俺全然役に立ってないわ…』

 朝から気にはなっていたが…。

 薊は強いし、慣れた様子で野営の準備をしていた。コルトはこうして料理もしているし、ミレニィはずっと操縦をしていた。

 そんな中俺はというと、道中「レーダー円板」を眺めながら、ミレニィに異世界の話をしてただけった。今後行商の手伝いができなければ、本格的に足手まといだ。

『え、そんなことないわよ?異世界の話は何でも面白いわ』

 ミレニィが笑顔で答える。確かに飽きもせず、道中ずっと俺を質問攻めにしてきた。

『だけどさ…』

『サミーさんに渡したその遺物のお陰で、自警団を雇う人数を減らせたわ。それに昨日、あなたの服はいい値で売れたしね』

『…え?』

 2つ目がおかしい。野郎の服がなぜ売れる。というか売ったのかよ…。

『「珍しい生地の服」を高値で売ったわ。大丈夫大丈夫、セニアじゃなくて外国の商人に売ったし、その人今頃国境を渡ってるしね。足が着くことはまずないでしょ』

『そういえばアザミのも売ってましたね、去年』

 懐かしそうにコルトが呟く。


 ミレニィが、改めて俺の方を向く。

『とにかく、当面は私の店に居るといいわ。アーちゃんみたいに「外国人」としてね。それに私…アーちゃんと出会って、あることを思ったの』

 ミレニィの青い眼が、焚火の光を受けて一層と輝く。

『異世界人はきっと…みんなアーちゃんみたいに何かの才能を持ってるんだって。それで私…異世界人の力を借りて、なにか大きなことを成し遂げたいの!』

『なんかふわっとしてるね』

 煮えたスープを啜りながら、薊がツッコミを入れる。

『ミーちゃんらしいですね。きっと昨日あたり思いついたんでしょう』

『えー、なによそれ』

 彼女たちは楽しそうに談笑している。俺も、悩むのはやめにする。どうせ俺に出来るのは今のところ、この遺物「レーダー円板」を眺めることくらいだ。

 まあ今日は、何の反応も無かったがな。試しにもう一度起動してみる。薊が覗きこんでくる。

「あっ」

 俺は思わず声を上げる。

『…どうしたの、シュウさん

『何かに、遠くから、囲まれてる』





 晩飯を終えた俺たちは、何事も無かったのように焚き火を消した。

 コルトとミレニィは幌を張った浮動車に潜り込み、俺と薊は少し離れた茂みに隠れた。

 俺の手には再び、「闇を生むランタン」が握られている。

 俺は息を殺しながら、先程の作戦会議を思い出す。


 数分前。

『おそらく人間の盗賊ね。最近は少なくなったんだけど…』

『ゴローさん、数はどんなもんですか?』

『ええと、10人は居そうだな…』

『仕方がない、サウラナまで突っ切りましょう。私往路はほとんど寝てたので、私が操縦します』

 コルトはこういった状況を想定していたらしい。そういえば往路で寝てたなあ…。

『こんな田舎道で盗賊かよ…』

『こんな田舎道だからでしょう、自警団も頻繁には来ませんし。あと仮に彼らを撃退しても、魔境を出られたら魔物からはもう手出しができません。人間の盗賊には都合の良い話ですね』

『…そこはセニアの騎士が何とかするんじゃないのかよ?』

 俺の問いに、コルトが肩を竦める。

『いやいや…セニアの巡回騎士も魔物相手じゃまともに取り合ってくれませんよ。盗賊を捕まえるか、確たる証拠を掴めば話は別ですが…』

 魔物の立場は弱いらしい。

『待って』

 黙っていた薊が顔を上げた。その目は強い意志を宿していた。

『あたし、あいつらを野放しにしたくない。きっとまた別の魔物を襲うよ』


 その結果、こうして俺と薊が盗賊を外から叩く作戦になった。

 すでに薊の「空飛ぶ手甲」は臨戦態勢で、薄っすらと光を帯びているが、それを「闇を生むランタン」が隠している。

 俺が使ったこの遺物は、以前薊が使った時より深い闇を生んでいる。ただ、「レーダー円板」はかなり光るため、念のため使わないでいる。敵の位置が分からず緊張する。

 どの道、夜目が利かない俺には敵の姿は見えないが。

「…来た」

 薊が囁く。緊張で俺の体が強張る。


 少し離れた所を、顔を隠した盗賊が通って行った。

 2人1組で2組いる。

 見えないところにも、まだ人の気配を感じる。

 彼らは音もたてずに、浮動車に近づく。

「出る」

 薊が囁き、


「ユーレイジ・ゲイナ!」


 謎の呪文を叫ぶ。

 突如、浮動車の周りを囲うように、巨大な風の渦が巻き起こる。

「アルガ!?」

「デイ アン セレシュ!」

 盗賊がどよめく。

 待ち構えていたコルトが、雄叫びを上げて幌を飛び出す。

 薊は「空飛ぶ手甲」で渦の上まで飛び、盗賊達の真上から突っ込んでいった。


 そして俺は作戦通り、ここで「レーダー円板」を起動する。






 風が収まるころには、盗賊は全員伸びていた。

 俺が見ていた感じでは、ほとんど薊が殴り倒していたようだ…。


『あー怖かった』

 盗賊が静まったのを見計らって、戦力外のミレニィが空から降りてきた。どうやら背中の羽は飾りではなく、少しくらいなら飛べるらしい。コルトが盗賊を近くの木に縛っている。

 薊が俺のところに駆け寄る。

「シュウさん、どうだった!?」

「ばっちりだ。行けるぞ!」

 俺たちの周りで伸びている盗賊は8人。

 彼らは全員で10人は居たはずだ。

 これはミレニィの読み通りで、薊が飛び出した時点で、離れた場所に盗賊2人が潜んでいるのが「レーダー円板」に映った。

 どうやら見張りらしいそいつらは、薊とコルトが暴れだしてすぐに俺たちから離れていった。

「あいつらを追えば、アジトを叩けるかもしれない」


 そしてその2人は、依然俺の「レーダー円板」に映っている。





 薊が俺の脇から抱き着き、俺たちは夜の森を飛んでいく。

 夜なのも、「闇を生むランタン」を使っているところも、セレニの夜空を飛んだ時と同じだ。今は逃げた盗賊を追いかけているわけだが。あと、あの時は高所恐怖症でそれどころではなかったが、女子に抱き着かれるのはやはり恥ずかしい。

「シュウさんありがとう。これであたしミレニィの、魔物の役に立てた」

 薊に礼を言われる。でも、俺は大したことをしてないぞ?せいぜい、「闇を生むランタン」と「空飛ぶ手甲」を上手く噛み合わせられないか?と言ったくらいだ。

「…いや、俺はアイデアを出しただけで、作戦はコルトとミレニィが立てただろ。第一、このまま上手くアジトを叩けるとも限らないしさ…」

「それでも、ありがとう」

 薊が間近で見せた笑顔にドキッとする。慌てて「レーダー円板」に視線を落とす。

「お、これは大当たりかもしれん」

 「レーダー円板」に、5人ほどの人影が映った。






「終わったよ」

 その後もやはり、薊の無双だった。

 盗賊のアジトを突き止めてすぐに、薊がそこに殴り込んだ。

 自在に飛行しながら強化された拳と蹴りを繰り出すだけで、アジトにいた盗賊を全員沈めてしまった。先程の奇襲でもそうだったが、この子は魔法も術具も使いこなしすぎだろ。俺は倒れた盗賊達を見ながら、ぼそっと呟く。

「…俺もこの半分でいいから、何か凄い能力が欲しかったな…」

 盗賊を全員倒した後、薊が光の魔法を空に打ち上げると、コルトとミレニィが遅れて追いついてきた。


 盗賊のアジトは、森に埋もれた人口っぽい洞窟だった。

 その中には、魔物から奪ったらしい荷物や、盗賊達の武器があった。

『へー、こんなところに洞窟なんてあったんですね』

 盗賊を全員捕縛したコルトが、洞窟の中を調べている。

 魔物は人間をどうこうできないので、この後巡回騎士に引き渡すらしい。自警団員が持つ、巡回騎士との連絡用の術具を見せてくれた。

『洞窟が珍しいのか?よくわからんが』

 俺は率直に答える。異世界で見るものみんな初めての俺には、何もかも珍しい。

『あー!ねえみんな見て見て!面白いものがある!』

 洞窟の奥の方でミレニィがはしゃいでいる。何か見つけたらしい。

『なにこれ』

 はしゃぐミレニィの横に歩み寄った薊が、洞窟の地べたを見ている。俺も近づく。

『…なんだこれ?』


 洞窟の地面の一部が材質の違う石板になっており、そこには複雑怪奇な模様が刻まれていた。


2021/12/29 誤記訂正などなど

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