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番外4  不運な魔女と銀の石

その-700話

次で最後です

 あれは、天啓だ。


 例の「魔女」との出会いを、俺はそう解釈している。

 俺達は…俺達の運命を、あの魔女に賭けたのだ。











 冬の平原を、海からの冷風が翔ける。




「まあ…その、お互い頑張ろうね…」

「…そうだな」

 俺達は今…馬車に乗り、死の山「アグナ火山」に向かっている。


 碌に整備されていないこの冬の街道は、ずーっと凸凹だらけの悪路だ。枯草の平原がだだっ広く広がるこの地“セニア”には、殆ど人は住んでいない。ここは我がウェズランド王国の領土ながら、巨大火山アグナの災厄に晒される不毛の土地だ。

 頻発する噴火や地震が、この地から人を遠ざけるのだ。


 馬車が悪路に揺らされる。

「だけど、この任期を全うすれば…僕達は出世間違い無しだよ!僕は大臣補佐、ウォルクは憲兵の中隊長あたりかな?!」

「…アグナが癇癪を起こさなければの話だがな」

 俺はウェズランド王国の騎士で、俺の同乗者で親友のこいつ…ヤズラ・ニガルドは役人だ。俺達2人に先日、揃って「アグルセリア採掘所」の監督官の仕事が回ってきたのだった。

 俺もヤズラも一応嬉しいのだが、気が滅入っている…。

「…なあウォルク、元気出しなよ!君が暗いから僕まで暗くなるじゃないかぁ!」

「うるせーヤズラ!お前が明るすぎるんだよ!」

「だって、採掘所は男ばっかりだよ?!セニア港でかわいい娘でも見つけないと、僕は死んじゃうかも知れない…」

「な…そんな事かよこの女好きが!このままじゃお前そのうち、夜道で誰かに刺されることになるぞ!?」

 これくらいの口論は、俺達にとっちゃじゃれあいみたいなものだ。

 しかし、ヤズラの言葉は正しい。俺だって分かってはいる。

 ウェズランドで出世したかったら、この仕事は避けて通れない。




 ウェズランド王国の騎士や役人にとって、「アグルセリア採掘所の監督官」という職は、嬉しさと恐ろしさが半々の仕事だ。


 アグルセリア採掘所とは、奴隷を酷使する強制労働施設なのだ。

 ウェズランド領の南方にあるアグナ火山…その麓にある“アグルセリア採掘所”は、見た目だけ言えば巨大要塞だ。出入り口は少なく、奴隷達がその中にある収容施設で生活をしている。広い施設内の土地の一部は畑になっており、そこで奴隷用の食料も栽培されている。

 あとこの施設には奴隷だけでなく…彼らを監視する騎士と、全般の管理をする責任者が存在する。監視員・監督官は3年間が任期となっており、これを終えた者には本国での出世が約束される。

 その理由は簡単。

 アグナ火山の麓が、それだけ危険という事だ。


 アグナ火山は豊富な地下資源を内包しながら、その脅威で我々を脅かす。ここアグルセリア採掘所は、そんな地獄の前線基地だ。

 俺達のような監督官にだって、常に危険が付き纏う。

 採掘現場の視察中に、突然噴出した毒気で死んだ役人もいる。

 大規模噴火の噴石で、頭が無くなった騎士もいる。

 当然それ以上に、多くの奴隷達が命を落としている。




 だが俺達は…。

「だけどね、僕は死なないぞウォルク。生きて帰って出世してやるんだ!」

「当り前だ。生きて…俺達2人で帰るんだ」

「お、ウォルクもやっと明るくなってきたね!」

 俺達はここで任期を全うし、本国に帰って出世するのだ。

 そして…根本から腐ったウェズランドを、俺達の手で叩き直す。











 俺達はアグルセリア採掘所に着くと、前任の監督官に迎えられた。


 彼等は疲弊しきった感じだったが、激務から解放された安堵の表情を浮かべていた。彼等はそのまま俺達に仕事を引き継ぐと、俺達がここまで乗って来た馬車でこの地を去って行った。




 取り残された俺とヤズラは、部下に案内されて採掘所に入る。

「…なんだかアッサリした引継ぎだったねぇ…」

「全くだ。でもまあ、予め聞いた通りの感じだがな」

 俺達は今、前任の監督官に付いていた副官に先導されて採掘所の敷地内を回っている。伝統的に、この施設の2大監督職である「総監督官」と「警備隊長」は同時交代になっているため…副官は同時に入れ替わらないようにされているらしい。


「ニガルド総監督官、デュラス警備隊長…ここが集積所になります」

「ん?あ、あぁ…」

 周囲を見回していた俺達は、副監督の説明で我に返る。

「ここには…アグナ麓の坑道で採掘された鉱物が集められています。これらは種類毎に分別され、警備隊の手でセニア港に運ばれ…船で本国に送られます」

「ふーん…これは魔石に鉄鉱石、あと宝石類って所かな?」

「むぅ…なかなかの量だな」

 監視官に見張られて、大勢の奴隷達が鉱石を手押し車で運んでいる。各種地下資源でかなりの採掘量を誇るアグナ近辺の坑道は、ウェズランド王国の財政を支える柱だ。

(…まあ何だ、ここの“奴隷”達も、気の毒な連中だ…)

 俺は内心で、奴隷達を憐れむ。

 この「アグルセリア採掘所」は、ウェズランドの腐敗の象徴なのだ。




 「アグルセリア採掘所」の正体は、捕虜と罪人の流刑地だ。

 ここに居る奴隷は…ウェズランドとの戦争に負けた国の捕虜、上部の罪を被せられた下級役人、軍上層部や王政内での政争に負けた者、暗殺事件や横領の濡れ衣で重罪にされた一兵卒や魔術師だ。実はこの施設内において、まともな罪人は少ないのだ。

 それだけ、ウェズランドでは冤罪・政争が多いという事。

 …要するに、ウェズランド王政が腐りきっているのだ。











 次に俺達が案内されたのは、施設内の畑だった。


 このアグルセリア採掘所は広大な敷地を有しており、施設内の奴隷の主食くらいなら自給できるほどの田園があるのだ。とはいってもここで栽培されている“鬼芋”は…味を犠牲に生産性のみを追求された、いわば奴隷専用の芋なのだが。


 畑を眺めながら、副官が説明する。

「ここの奴隷には女も含まれますが、よほど若い者以外は採掘に従事できません。なので…そういう者達はこうして田園の世話や、男の奴隷達の雑務・世話をさせます」

「…畑に男もいるようだけど?」

 ヤズラが指差す先には、確かに男の奴隷の姿。彼も普通に田園の仕事を行っているように見える。

「ああ、あいつは坑道で死にかけましてね…もう採掘では使い物になりません。坑道の事故で精神を削られたような連中は、火山を恐れて近寄れませんから」

「…そういう連中も畑仕事って訳か」

「その通りです」

「なるほどねぇ」

 そして目敏いヤズラは、若い少女が仕事をしているのを発見する。

「あ、あそこにかわいい娘が居るじゃん!ねぇねぇ…あの娘誰さ?」

 早速奴隷少女に目を付けているヤズラに、俺は冷たい視線を送る。

 副官も呆れた感じで、しかしヤズラに一応説明してくれる。


「…あいつは“魔女ラジア”ですよ。お2人もご存じでしょう?」


 魔女ラジア。

 俺もヤズラも、話くらいは聞いたことがあった。

「あいつもこの間、坑道で落盤事故に遭いましてね。それまでは普通に採掘作業をさせていたんですが…もう坑道を恐れてしまって使い物になりません。まあ若い娘なので、他に使い道はいろいろありますからねぇ」

 副官が淡々と述べる。

 しかし俺もヤズラも、畑の方を向いて固まっている。




 魔女ラジアが、遠くから俺達を凝視しているのだ。




 噂に聞いた通りの容姿だった。歳は確か16で、燃えるような紅髪は無造作に伸びてボサボサだ。細い手足に貧相な肉付きで、ついでに背も低い。まるでどこかの浮浪児のようにも見える。

 しかし…。

 俺達に向けられた彼女の深緑の瞳だけは、爛々と輝いている…。











 “魔女ラジア”は大罪人だ。

 ウェズランドの大臣を、魔法で呪殺したのだ。

 その罪で彼女は「アグルセリア採掘所」で終身懲役だ。

 その事件は、確か1年前の出来事だった。


「うーん、あの娘かわいかったなぁー…」

「お前いい加減にしろよ…?奴隷にまで手を出す気かよ」

「僕は気にしないよ?」

「ふざけんなヤズラ、そうやって風紀を乱すんじゃねーよ。それに多分、副官殿の言う感じだと…あの娘、きっと他の男奴隷の相手もさせられてるぞ?」

「僕は気にしないよ?」

「…お前もう黙れ」

「ええっ?!ウォルク酷くない!?」

「酷いのはお前の思考回路だよ」

 夜。

 俺はこの施設の総監督官…つまりヤズラの私室を訪れていた。

 まだ他の部下達とも馴染めない俺は、とりあえず気の許せるヤズラを相手に気晴らしをしようと思ったのだ。

「全く、先が思いやられるぜ…」

「まあ、お互い頑張ろうね」

「お前は楽天的だなヤズラ…」

 俺は、先の事を考えて少し憂鬱になる。

 何しろ俺は今、噴火や地震が頻発するアグナの傍にいるのだ。10年近く前には巨大地震もあり、あの時は多くの奴隷を失った筈だ。俺達が在任中に、そういう事が起きない保証は無い。

「大丈夫、ウォルクは考え過ぎさ」

「だといいが…」

 気楽なヤズラを睨み…俺は心の底から、順風満帆な任務遂行を祈る。


 しかしそれは早速、10日ほど後に早速荒れ始める。











 俺が就任してから11日目。

 俺は深夜、奴隷用の食堂を訪れる。

 今は、もう誰も居ない時間の筈だったが…。


「おいヤズラ、何してる」

「あ、見つかっちゃった」

「…」


 ヤズラが早速、紅髪の魔女に手を出そうとする場面を発見してしまったのだ。ヤズラの趣向を知る俺は、部下を使って密かに奴の事を見張っていたのだが…。

(こいつ、早速面倒事を…)

 奴隷達の食事周りの仕事も、女奴隷の仕事の一環だ。恐らくヤズラは…ここで遅くまで働いていたラジアに声を掛け、上手く自室に連れ去ろうとする所だったのだろう…。

 2人を睨む俺。

 悪びれる素振りも無いヤズラ。

 俺とヤズラを交互に見る…魔女ラジア。

「いいかヤズラ…奴隷に手を出すのはやめろ。俺が部下に聞いた話だと、セニア港の方に良い店があるらしいからそっちに行け」

「えー、あんなクソ寂れた港町に…?」

「黙れヤズラ。このセニアの地には…セニア港とこの採掘所しか無いのをお前も知っているだろ。港町があるだけ有難いと思え」

「…はいはい。全く、ウォルクは相変わらず石頭だねぇ…」

「お前が奔放過ぎんだろ!」

「…」

 黙っているラジア。

 …なんだか気味悪い。

 俺は何となく、この娘と目を合わせないようにする。

 こいつと目を合わせると、なんだかあの深緑の瞳に、




「…火山は怖い?」




 突然だった。

 紅髪の魔女が、俺達に尋ねる。

「…は?」

「アグナ火山は怖い?」

「ど、どうしたの君?」

「面白い話があるんだよ。ねえ、あたしの話を聞く?」

「な、何だお前藪から棒に…」

 魔女は幼い感じの、結構可愛い声をしている。しかしその容姿や声と裏腹に…目力が異様に強い。とても奴隷とは思えないほどに…。

 俺もヤズラも、思わずたじろぐ。

 そして魔女は、思いがけない言葉を発する。


「あたしなら、あのアグナ火山を鎮められる」


 魔女の言葉に…俺もヤズラも、揃って絶句する。











 俺達は魔女ラジアを伴い、ヤズラの私室に戻る。

 魔女の意味深な言葉…その意味を詳しく問い質そうと考えたのだ。

 深夜の暗い一室には大男2人と、不釣り合いな少女が1人。

 蝋燭の火が揺らめく。




「…ねえ君、さっきの話を詳しく聞かせて?」

「そのままの意味だよ」

 ヤズラの問いに、ラジアが素っ気無く返す。

「アグナを鎮める…まさか『アグナの火山活動を止める』なんて事じゃないよな?そんな事できるとは思えんが…」

「できるよ」

 …不気味な少女だ。

 ラジアの瞳は、今も異様な光を帯びている。

 しかし彼女の言葉は、夢物語としか思えない…。


「あのねぇ君…」

 流石のヤズラも呆れたように、肩を竦めて溜息を吐く。

「君解ってる?火山活動を鎮めるなんて…そんな魔法は理論上あり得ないよ。僕も若い時に魔法の勉強をしたけどね、そんなのは無理なんだって。折角だから教えてあげるけど、昔君みたいにアグナを鎮めようとした人も居たよ。まあ結果は残念な感じで、今もアグナは元気に活動してるけどね」

「…」

 ラジアは俯き、答えない。

 俺は頭を掻く。

 …この少女の魂胆が見えた気がした。

「お前なぁ…嘘ならもっと良い嘘を吐け。どうせお前、新任の監督官なら騙しやすいとでも思ったんだろ。適当な嘘で新人を騙し込んで、“脱獄させてくれ”って持ちかける気だったのか?お粗末にも程があるぜ」

 きっとこの魔女は、単にここから出たいだけなのだろう。彼女が罪人か冤罪なのかは知らないが…ここに奴隷として囚われた自身の運命を怨んでもらう他無いと俺は思う。

 突然、魔女が顔を上げる。



 魔女は、気味の悪い笑みを浮かべていた。



 目を細め、歯をむき出し、首を傾げている。

 俺もヤズラも…思わず絶句する。

 そのまま魔女は、言葉を紡ぐ。

「うんうん、そうだね。あたしだって魔術師の端くれだから、昔々にあった“アグナ鎮静計画”の事も知ってるよ。結局頓挫しちゃったやつだねー。ダメだった理由はいろいろだけど…一番は“必要になる術式が長すぎて、とても魔石に書き込み切れないから”…」

 嬉しそうな魔女は、両の指を絡め、体を左右に揺らす…。

「でもあたしなら…できる」

 魔女が目を見開く。

 俺達ににじり寄る。

 たじろぐヤズラ。

「ここで奴隷をやってるとさぁ…暇だからいろいろ考えるんだよね。例えば…“あのおっかない火山をなんとかできないか”とかさ。そうしてあたしは、ついに火山を制御する術具を設計したの」

 恐る恐る、ヤズラが尋ねる。

「…それはおかしいよ。だって君…奴隷には紙なんか与えられないじゃん。そんな設計図どうやって…」

「ここにある」

 ラジアが自分の頭を指差す。


「ここに全部入ってる。人手と場所と機材があれば…その術具を作って見せるよ。そうしたらそれは貴方達の手柄にしてくれていいからさ…その代わり、あたしをここから逃がしてよ。もう奴隷なんてうんざりだ」


 雰囲気で呑まれそうなヤズラに変わり、俺が前に出る。

 まだこの魔女の言葉には、納得いかない所がある。

「おいお前…たとえお前が天才だったとしても、今まで理論上不可能だった物を作れるとは到底思えん。お前がここに収容されたのは1年前だから、その間に…何か驚異的な発明をしたとでも言う気か?」

 ここで初めて、ラジアが少し迷う。

 そのまま彼女は頭を掻く。

「…うーん、やっぱこれも話さなきゃだねぇ…」

 そしてラジアは厚い髪の毛の中から、何かを取り出す。




 それは…俺達が今まで見たことも無い、不思議な銀の石だった。











 俺とヤズラは結局、魔女ラジアの話に乗った。

 魔法に詳しい奴隷を集めて、極秘でその術具の開発を進めさせたのだ。


 俺達が改めて紙に書き出させたラジアの“設計図”はほぼ完璧で、この時点で俺もヤズラもラジアの才能を認めてしまった。そして以前魔法を勉強していたヤズラ監修の下、その術具に実現可能という判断を下したのだった。




 ラジアの秘密は…彼女の持っていた銀の石だった。

 ラジアがそれを発見したのは、彼女が坑道で落盤事故に遭った際なのだという。ある日突然の崩落で坑道直下の地底湖に落ちたラジアは、そこでこの石を見つけたのだという。密かにそれを持ち帰ったラジアは、こっそりそれの研究をしていたのだ。


 銀の石の正体は、新種の魔石だった。

 この銀の魔石は…3つの特徴を持つ。

 1つ目は「従来の魔石より魔力容量が3倍近い」という点だ。これはそのまま、魔石に書き込める術式の長さが3倍という意味になる。

 2つ目は「魔力が自然光で回復しない」という事。これだけは従来の魔石に劣る性能だが…それはラジアが既に解決策を見つけていた。

 最後の1つは「この石に触れる水を“銀の水”に変質させる効果」だ。何故かこの銀の石は、触れる真水を徐々に銀色に染めていくのだという。原理は謎だが、この“銀の水”に浸せば銀の魔石は魔力を回復するのだ。

 …これらは全て、魔女ラジアが発見した事だった。

 故に俺達はこの魔石を、“ラジア魔石”と呼ぶことにした。


 一部の奴隷達をラジアの助手にして、崩落した坑道から密かに“ラジア魔石”を回収し、未知の術具は順調に開発されていった。
















 ラジアとの出会いから、2つの月が過ぎた。

 今ウェズランドは、春を迎えている。


 俺達は今、アグナ火山中腹に掘った坑道に来ている。

 ここは通常の坑道から程遠い場所で、火山の煙が濃いこんな危険な場所まで登る命知らずはほぼ居ない。だから俺達は場所をここに選んだ。

 “火山制御の術具”の設置場所に。




 これの完成を一番喜んでいるのは、魔女ラジアだった。

「ふふふ…ようやく完成の時を迎えたな…!」

 火山中腹のこの坑道は、銀の光に満たされている。


 坑道の最奥部、掘られた地面の穴の中に、大型の術具が据えられている。穴は“銀の水”で満たされており、『断水魔法』で水が抜けないように覆われている。ラジアの術具は大量の“ラジア魔石”を使っているため、術具自体も銀色で眩しい。


「いやはや…どうなる事かと思ったけど、本当に実現しちゃったねぇ。装置の維持に“地熱”を使うって発想にも驚いたよ」

「全くだ、まさかこんなものが本当に出来るとはな…」

 俺とヤズラも感嘆している。

 そんな俺達の態度が気に食わないのか、ラジアが噛みつく。

「ちょっと2人とも、あたしは嘘なんて言わないよ?」

「そうだね、君の言葉は本当だったよ。“アグナは制御できる”っていうのも、“2月あれば十分だ”っていうのも、“セニア港近辺に、銀の石の鉱脈がある”っていうのも」

「だろ!?」

「…そして、“魔女ラジアは罪人じゃない”っていうのもね…」

 ラジアがヤズラに、満面の笑みを浮かべる。

 こうしてみると…どこにでもいる少女だ。

 ある意味、当然だった。


 魔女ラジアは、冤罪だったのだ。

 俺達はラジアに出会った直後、彼女の事件に関する資料を本国から取り寄せた。そうして吟味した結果…証拠も証言も滅茶苦茶な、典型的な濡れ衣だったのだ。




 ラジアは遠くを見るような目になる。

「やっとあたしにも運が向いて来たんだ。貧しい農村に生まれて、親に売られて、1人で逃げて物乞いをして…。運良く魔導書を盗んで魔術師の端くれになれたっていうのに、今度は濡れ衣で捕まって、そんで奴隷にされて…ここまで本当に最悪だったね」

「…」

 独学で魔法を使えるようになる者なんて、俺達は聞いたことが無い。どうやらラジアは、魔法の才能を生まれ持っていたのだろう。俺はそう思っている。


 俺は意地悪くラジアをからかってみる。

「…最初にお前に会った時、マジで気味の悪いガキだと思ったぜ」

「なんだなんだ?こんなに可愛い美少女のラジア様に向かって“気味の悪い”とは失礼な!」

 ヤズラも面白そうに乗って来る。

「でもラジア君、あの時の君…ちょっとアレだったよ?」

「う、あれはさ…」

 ヤズラの言葉に、ラジアは恥ずかしそうにモジモジする。

「あれは、その…あれはあたしにとって重大な“賭け”だったから。あたしが2人を初めて見た時…“こいつら野心家だな”って思ったんだ。だから2人にあんな話を持ち掛けたんだよ。あとなんて言うか、“不気味”な方がいいかなって思って…“大罪人・魔女ラジア”って感じに振る舞ったっていうか…」

「女優だな」

「ほっといてよ」

 ラジアが微笑む。

 俺達も笑顔を返す。

 この発明は、きっと俺達の出世で大きな足掛かりになる。

 この魔女に、感謝せずにはいられない。











 成果に満足したらしいラジアが、胸を張って俺達の傍に寄る。

「ふふん、約束通り『ラジア様が火山を制する!神託を受けし魔女の究極的火山制御機構!』も、こうして完成した。約束通りこれであたしは放免でいいよね?」

「…おい、何だその名前?」

「何って…この術具の名前に決まってるよ」

 完成した術具をラジアが指差す。

 俺達は2人揃って頭を抱える…。

「いやいや長いって。なんだか君の感性は良く分からないなぁ…」

「略して“火山制御機構”な」

「は!?そんなのつまんないだろウォルク!!」

「そういう問題か…?」

 ラジアのこだわりは、俺達には良く分からない。

 しかし、約束は果たさねば。


 俺達はラジアに対し、姿勢を正す。

「よくやったラジア。一応1ヵ月程は様子を見させてもらうが…これで中規模の噴火・地震が無ければ効果有りと見做そう。そうすれば君は放免だ。我々が君の事を“事故死”で処理しておくから…あとは好きにするといい。必要ならばセニア港から海を渡れるようにするが」

「…」

 考え込むラジアは、少し俯く。

 そして突然、




「なあ、2人はウェズランド王国を…どう思う?」




 ラジアの謎の問いかけ。

 爛々と輝く、深緑の瞳。

 面食らうヤズラ。

 俺は、正直に答える。


「クソだな」


「なんで?」

「なんでってお前…それはラジアが一番良く知ってるだろう。王政内で下らない政争が続いて、平民にその皺寄せが来ている。貧しい農村で子供が売られるのは珍しく無い事で、農村生まれの俺やヤズラの家でも…親が姉や妹を売ってた。仮に平民が必死に出世しようとしても…ラジアみたいに冤罪で追放されることが多いしな」

「…」

「俺達は出世して、このウェズランドを変えてやる。この腐った国を叩き直して、まともな国にしたいんだ。冤罪で奴隷にされた採掘所の人達を見ていると、余計にそう思う」

「上手く行くの?それ。仮に出世しても…2人に後ろ盾が無いんなら、あっという間に追放かもね。そんでまたアグルセリア採掘所に戻って来る。今度は監督官じゃなくて、奴隷として」

 ラジアの何故か嫌味っぽい言い回しが、妙に引っかかる…。

「…お前、何が言いたい」




「あたしに良い考えがあるよ」




 ラジアが不気味に笑う。

 これは彼女が“何か企んでいる時の笑顔”なのだろう。ラジアの性格はわかりやすいのだが、それでも気味悪いものは仕方が無い。

「その気持ち悪い笑顔をやめろ」

「酷い、こんな美少女に何て事を」

「ねえラジア、自分で美少女とか言うのやめようよ…」

「いいからあたしの話を聞けよ」

「はいはい」

 黙る俺達。

 居住まいを正すラジア。

「あのさ…2人はこのウェズランドが気に食わなくて、ウェズランドを変えたいんだよね。ならあたしに良い考えがあるんだ」

「何だよ」




「戦うんだよ」




 聞き間違いかと思った。

 構わずラジアは続ける。

「いやーあたしさ…火山の術具を組み立てている間、暇だったからいろいろ考えたんだ」

「何を」

「“ラジア魔石”の使い道さ。こんな良い魔石…活用しなきゃ勿体無いしね。そんで今あたしの頭の中には…いくつか術具の設計図がある」

「…それは、どんな術具だい?」

「兵器さ」

 俺とヤズラは、息を呑む。

 構わずラジアは続ける。


「従来の3倍の性能の魔石だよ?これを使えば今まで考えられなかったような兵器も作れる。さらに採掘所には“ウェズランドに不満を持つ奴隷”が山ほどいる。その“武器”と“兵力”で、ウェズランドから独立するんだ。幸いここには地下資源も豊富で財力も十分だし、火山の脅威が無い今…土地の開発も安全にできる」


「そ…それは…」

「お前…」

 俺はヤズラと、顔を見合せる。

 俺達はどちらからともなく。

 思わず。




 笑いがこみ上げる。

 俺は面白くて仕方が無い。

 魔女ラジアは、俺の期待以上の逸材だった…!


「そ、それは良いなラジア!実は俺達…本国である程度出世したら『革命』を起こすつもりだったんだよ!ウェズランド王政に不満を持つ人間はごまんといるからな、今も俺達の“仲間”が本国で活動中なんだよ!」


「そ、そうなの?!」

「そうさ!本当なら俺達が本国に帰ってある程度出世してからおっぱじめる計画だったが…予定変更だな!アグナの麓とウェズランド本国内で同時に事を起こしてやれば…一気に決められるかもな!」

 意外だったらしいラジアが目を丸くする。

 ヤズラもうっとりとしている。

「実は僕達、革命の基盤としてセニア港に目を付けてたんだ。あそこも出世争いに負けた奴らの溜まり場だから、本国に不満も持っている。うーんそうだね、アグルセリア採掘所を僕らの本拠地にしてここの奴隷を戦力にするってのも…ラジア君の術具次第なら、悪くないかもね!」

 予定外だったが、俺達とラジアの意見が一致してしまった。

 こうなったらもう、何としてもこの魔女を傍に置いておきたい…。











 これは天啓だと思う。

 俺達は、出会うべくしてこの魔女に出会ったのだろう。

 紅髪の魔女ラジアが…俺達の前で、不敵な笑みを浮かべている。


「じゃああたしも乗るよ。このアグルセリア強制採掘所から、この国をひっくり返す独立戦争を始めよう!」

「…良いのかい?ラジア君」

 以外にも『革命』に乗り気なラジアに、俺達は驚く。

 ラジアは…ここを出ることが目的だと思っていたが…。

 しかしラジアの態度は変わらない。

「ふん、あたしもウェズランドは大っ嫌いだ。このままこの国の最底辺で死んでいくのは御免だよ。あたしはこんな自分の運命が嫌だし、それに従う気もさらさら無い」

 再びラジアの、気味悪い笑顔。

 なんだか俺には、これも愛らしく見えてくる。




「このラジア様が、神の不在を証明する。あたしはあたしのクソみたいな運命をひっくり返して、女神様にでもなってやる!」
















 この魔女との出会いは、きっと必然だったんだと俺は思う。

 俺達より10も年下のこの少女と、俺達は共に戦うことにする。内部が腐ったウェズランド王国など、大きな内乱があればたちまち崩れ落ちるだろう。

 勝機は十分。

 危険は承知。

 どうせ元より茨の道だ。


 俺達は『革命』よりもっと大きい、『独立』の夢を描くことにする。

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