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その39 銀の回廊

もう1年経っちゃいましたね 月日が過ぎるのは早いものです

 俺の事を、誰かが呼んでいる。


 誰だろう?

 誰かが俺の顔に触れる。

 感覚がぼやけていて、何だか良く分からない。

「シ………ん、……ウ………!」

 何だろう?

 良く聞こえない。

 でも、これだけはわかる。


 早く、起きないと…。











 騎士ロベルはキキとアリエルと共に、セニア王都に入った。

 彼等の任務は、魔境の長老であるタジェルゥとヴェスダビの護衛だった。魔境の長老は魔王への服従を誓う為に、魔王の根城であるこのセニア王城に来たのだ。そうしなければ魔境は再び、あの怪物に焼かれてしまうのだ。

 昨晩の、デリ・ハウラのように…。

『ヤレヤレ…聖星祭でもないのにここに来ることになるとはのぉ…』

『…同感だ』

 長老2人は、非常に重苦しそうにしている。

 しかし覚悟は決めているようだった。

 …心なしか、王都の黒い靄が薄らいでいるようにも見えるが…。


「グオオオオオオ!!」


 一団の前方から、怒号。

 それに、不自然な人だかり。

「あれは何でしょう…!?」

「行くよ!」

「ま、待ってキキちゃん!」

 キキを筆頭に、3人が走り出す。




「ギャアアアア!」


 そこはセニア王城前。

 深紅の龍が吼えている。

 王都に居たセニアの民が、それを遠巻きに囲む形になっている。

「ロジィさん…!?」

 ロベルは思わず駆け出す。

 あれは確か…異世界人・シュウゴロウの仲間の筈だ。

 怯える人込みを掻き分けて、ロベルは龍の眼前に飛び出す。

『ロジィさん!?』

『あっ…青髪のにーちゃん!?』

 驚くロジィ。

 巨大な彼女の、両の前足の中。

『助けてくれにーちゃん!コルトねーちゃんが死んじゃうよ!!』


 慟哭する龍の前足の中には、血まみれの魔物。


 意識が無いらしい。

 辛うじて生きているようだ…。

 彼女も確か、異世界人シュウゴロウの仲間…!

『ここの奴等ら誰も…ねーちゃんを助けてくれないんだよ!?せっかく魔王を倒したのに…酷いよ!!』

『…』

 セニア王都の民は…突然現れた“龍”に怯えているようだった。誰もが慄き、彼女に近寄ろうとしないのだ。仕方が無いと言えば、仕方が無いのだが…。

 遅れて追いついたアリエルが、ロジィに指示を飛ばす。

『ロジィさん、急いで大神殿に!あそこなら場所も道具も整っています!早くその方の手当てをしましょう!!』

『ど、どっちだよそれは…?』

『私達についてきて!』

 キキとアリエルが走り出す。

 騒めく群衆を後に、深紅の龍が騎士に付き従って去っていく。




 一人残ったロベルは、セニア王城を見据える。

 周囲のセニア人達も、どよめく。

 ロジィの言葉…。

「本当に…魔王を倒してしまったんですね、シュウゴロウさん…!」

 ロベル達は、本当は諦めていた。

 魔王討伐など、無謀だとしか思えなかった。


 しかし彼等は本当に、成し遂げてしまったのだ。











 眠っていた俺は、ゆっくり目を開ける。


「シュウさん!シュウさんっ!!」


 仰向けになっている俺の目の前。

 涙で顔をぐしゃぐしゃにした薊。

 俺の顔にも、彼女の涙が伝う。

「…おはよう薊」

「シュウさん起きた!!レイナさん、シュウさんが起きたよ!!!」

「本当かい、アザミ君!!?」

 レイナの声。

 俺はゆっくり起き上がる。

「だ、大丈夫シュウさん…?」

「…さあな」

 体が重い。

 あちこち痛い。

 俺は周囲を見回す。

 …やはりここは、さっきまで戦場になっていた勇者廟だった。あちこちが破壊されたり焦げたりしているが、霊廟の形は保っている。


 しかし中央の天井付近だけが、綺麗な球状にえぐられている。


 …やったんだ。

 夢じゃなかった。

「俺達…マジでザフマンを倒したんだな…?」

「うん…倒したよ」

 俺は気を失う直前の、俺の記憶を手繰り寄せる。






 最後の時。

 俺がコルトと共に物陰から飛び出した、あの瞬間。

 俺はザフマンに警戒されていると考えて、「零式」では無くあえて「光る杖」を構えていた。案の定俺達の行動はザフマンに察知され、飛び出したところを狙われた。たぶん「ステルスランタン」の迷彩化も、ザフマンには途中から効いていなかったのだろう…。

 コルトを盾にする形になってしまったが、俺は奴の虚を突けた。

 「光る杖」を囮に、俺の背面に隠していた「零式」を守れたんだ。






 レイナが俺に、穏やかに語り掛ける。

「先程な、ロベル君がここまで来たんだ。彼の言うには…魔境の怪物も、セニア城に居た死体兵士も、みんな塵になって消え去ったみたいだ。これで全て終わったよ…我々の勝利だ」

「…そうか、そいつは重畳で」

 魔境も安泰か。

 良かった…。


 俺は改めて周囲をもう一回見回す。

 俺の後方に「光る杖」と「災厄避け」が折れて転がっていた。

 俺の傍にも、「零式」の物らしき破片が散らばっている。

 壁際には、血痕が…。


 俺はハッとなる。

 2人居ない!

「おい…コルトは大丈夫かよ!?それにロジィも居ないぞ!!??」

「落ち着くんだシュウゴロウ殿…」

 レイナは平静だ。しかし彼女も片腕を折っているようで、応急手当した姿が痛ましい。レイナはその腕を押さえながら、淡々と説明する。

「ロジィ君は動ける程度の負傷だったが、コルト君は酷い状態だったよ…。今頃セニア王都の病院か神殿で手当てを受けているだろうが…最悪、助けが得られないかもしれないし…そもそも助からないかもしれない」

「…」

 薊が目を伏せる。

 俺も思わず押し黙る。

 しかし俺は、


「きっとコルトは大丈夫さ」


「…なんでそんなことが言えるの…」

 薊が俺を睨む。

「だってよ…コルトはあれを持っていたからな」

「…“あれ”って何?」

「“あれ”さ」

 俺は折れた「災厄避け」を指差す。

 あの片手剣は、コルトが持っていたお守りだ。

 きっとあれが、コルトの身代わりになってくれたんだ。

 俺はそう思っておく。






 それでも泣き止まない薊。

 幸い薊は…くたびれてはいるようだが、擦り傷程度の負傷しか無さそうだ。やっぱり薊は凄いな、と俺は改めて思う。

「大丈夫だよ薊…。きっとコルトは助かるって」

 俺は薊の頬に手を伸ばす。


 触れられなかった。


「…お?」

 外した?

 俺の右手が、空を切る。

 何かおかしいのか?

 薊の泣き顔。

「シュウさん、その…」

 言い淀む薊。

 見かねたレイナが割り込んでくる。

「…シュウゴロウ殿、痛くは無いのかい?まあ応急処置に強力な痛み止めを使ったから…感覚自体が鈍っているかもしれないな…」

「へ?」

「む…そのなんだ、君が先程「零式魔導砲」を放った時に…ザフマン様との撃ち合いになったんだ。「零式」の弾はザフマン様の光弾をすり抜けたから、君は光弾を直に受けたんだ。その時に「零式」が砕け散って…」

「…あ、そういう事か…」

 俺は察した。

 やっと気付いた。

 俺は、自分の顔にそっと触れる。




 俺の顔面の左側を、包帯が覆っている。

 そして俺の左目は、飛散した「零式」の破片で潰れていたのだ。











 俺は薊と一緒に、勇者廟を奥に進む。

 俺の無事を確認したレイナは、さっきロジィを追って城外に向かった。

 しかし俺にはまだ、やらなきゃいけないことがある。

 俺の横には、ちょっとビビる薊。

「…シュウさん、本当に行く?」

「当り前だぜ」

「…そっか」

 俺達の眼前。


 勇者廟の最奥には、巨大な扉が佇んでいる。


「じゃあ、行こうぜ薊」

「…うん、行く」

 これが最後だ。

 この奥に本物の“魔王”がちゃんと封じられているか確認しなければならない。そしてそれを終えれば、この異変は本当に終結する。






 俺は薊と一緒に、大扉を開く。

 綺麗に造られている勇者廟とは打って変わり、扉の中は…まるで自然の洞窟そのままのようだった。湿っぽい空気が俺達に纏わりつく。

 そして…。

「おい…なんだここ…?」

「…縦穴?」

 勇者廟の扉の奥。

 扉のすぐ中に、広い空間。

 そこには、直径10m程度の縦穴が存在した。


 縦穴の縁には、螺旋状の通路が存在した。しかもその通路上には、トロッコのレールのようなものが敷かれている。穴の上部には滑車まで取り付けられており、それらは真っ赤に錆びついていた。

 …まるでここは、何かの坑道だ。

 そしてその縦穴を、淡い銀の光が満たしている。


「なにここ…」

 薊は疑問を正直に口にする。

「さあな、まだわからん」

 俺も正直に返す。あとここからは、不思議なことに生き物の気配を全く感じない。不気味なようにも、神秘的なようにも感じる。




 俺は、ここの最奥部を目指したいのだが…。

「…なあ薊、まだ飛べるか?」

 眉を顰める薊。

「いや、昨晩からずっと飛んでたから…もう魔力が無いよ」

 やはり薊はもう飛べないようだ。まあ昨晩の怪獣との戦いから偽魔王、ザフマンとほぼ連戦だった。流石の薊も、くたくたと言った所か。

「そうか、じゃあ徒歩しか無いな」

 俺は歩き出す。

「…シュウさん、傷は痛まない?」

「大丈夫さ」

 俺達は、螺旋状の通路をゆっくりと降下し始める。






 薊が縦穴の底に、何かを見つける。

「…縦穴の底に、水が溜まってる」

「ん、地下水か?」

「それだけじゃない…その水の中…」

「何かあるのか?」


「銀の魔石が、地下水の中にたくさん沈んでる」


 俺は眼が悪いので、良く分からないが。

 どうやらここは銀の魔石…“ラジア魔石”の採掘場のようだ。ラグラジア帝国の機密だったというこの石を守る為に…ラグラジア人は採掘場自体に蓋をしたんだろう。

 セニア王城の位置は、かつてのラグラジア帝王の城と同じ位置だという。

 つまりラグラジア人は、ここに蓋をするように城を建てたんだ。

「銀の魔石…ラジア魔石の秘密を守るには、こりゃあいい方法だな。王様の城なら不審者なんてそう出入りできないだろうからな」

「確かにね」

 俺は薊と喋りながら、銀の回廊を下っていく。






 縦穴の底は、想像以上に広大だった。

「…うわ、こんなに広いのかよ」

「セニア王都の地下に、こんな場所があるなんて…!」

 縦穴の底には、さらに広大な横穴があったのだ。


 その広大な地底空間には、巨大な地底湖が存在した。地底湖には島が点在し、それらを繋ぐように石の橋が架かっている。ちなみに…ここまで生き物はおろか苔すらも見当たらない。ラジア魔石にはそういう効力でもあるのだろうかと俺は疑ってしまう。


 俺は試しに、石の橋を目で辿ってみる。

 …どうやらこれで、横穴の最奥部まで進めそうだった。

「凄い場所だな…」

「ホントだね…」

 俺と薊の声が、地下空間に反響する。

 ここには…空気の流れも、水の流れも存在しない。

 まるで時が止まっているかのようだ。


 俺は何気なく、銀の水に視線を向ける。

「この水…」

「どうしたのシュウさん?」

「…アグナ火山にあった『火山制御機構』、あれも確か…こんな感じの銀の水に浸かってたな…」

「…ホントだ!」

 薊も驚く。

 …きっとこの水が、“ラジア魔石の魔力回復”に関係しているのだろう。その証拠に、この地下空間にあるラジア魔石には…ちゃんと魔力が宿っているのだ。






 地下空間を、2人で進む。

「あれ…シュウさん、あれ何だろ」

「ん?また何かあったか」

「あれだよ、あそこの…」

 薊が指差す先。

 大きな石碑が、地底湖にある1つの島に建っている。

 俺達は試しに、それに歩み寄る。

 どうやら遺物では無さそうだ。


「…“聖女の碑”?」


 石碑には、大きくそう彫られていた。

「魔境の文字だ…まあラグラジアの文字と同じはずだから当たり前か。ええと…“聖女ラジアここに眠る”…だってさ」

「…シュウさん、聖女ラジアって戦死したんだっけ?」

「確かそうだったな。ラグラジア独立戦争で戦死しているらしい」

 ここには、700年前の歴史も眠っているようだ。

 しかし何故こんな場所に、彼女は葬られているのだろうか?

 …俺達にはさっぱり見当がつかなかった。


 俺達は聖女の墓標を後に、洞窟をさらに奥へと進む。






 銀の光で満たされる洞窟を、2人きりで歩く。

 俺達の足音と声だけが、銀の洞窟に響く。

「ねえシュウさん」

 薊が唐突に、俺に尋ねる。

「何だよ薊?」

「こうは考えなかったの?」

「…何を?」

「魔王に、“元の世界に帰してくれ”って頼むとか」

 俺は思わず吹き出す。

「フフッ…流石に無いだろ。もう帰るとかどうでもいいし、魔王に頼むとか考えもしなかったぜ?」

「そう?あたしはシュウさんがそう言うんじゃないかって考えたけど」

「え?」

 薊は俺を見ずに言う。


「そうなったら、嫌だなって…」


 …なんとなく俺は、薊の頭に手を置く。

「ねぇよそんな超展開。俺は薊を…魔境を裏切ったりなんてしないぜ?俺はこれからも、この世界で生きていくつもりだぜ?」

 薊は俺に撫でられて、ちょっと照れくさそうだ。

「それって、いつ頃決めたの?」

「いつ頃?」

 …俺がこの世界に居着こうって決心したのが、いつか?

 そういえば、いつだろう?

 この世界に来て最初の頃は…元の世界に帰る方法を探した時期もあったと思う。でもいろんな奴と出会って、いろんな秘密に触れて、この世界で生きて…。

 俺の心が変わったのが何時なのか、結局俺は思い出せなかった。




 俺はとりあえず、話題を変えて誤魔化す。

「い、いいだろそんなのいつだって?それに俺は、これでやっと薊に恩返しできるんだからな!いやーここまで遠かったぜ!」

「…恩返し?」

「そうだ!だって俺達は…魔王を倒したんだぜ!?言うなれば俺達は勇者だよ。そんな俺達が魔境の…“ラグラジア帝国と魔物”の真実を伝えれば、きっと魔境は変わる。いい方向にな!」

「…そっか…!」

 薊が目を輝かせる。

「そうだねシュウさんっ!!そうすれば魔境を解放できるかも!」

「どうだ、良さそうな案だろ!?」

 薊の笑顔。

 俺も思わず笑顔が浮かぶ。


 この娘の笑顔が、俺は好きだな。











 俺はちょっと薊をからかってみる。

「あ、そういえば薊…この戦いが終わったら、俺に“なんか言う”って言ってたよな?何を言うんだ?今聞いてもいいか?」

「へッ?!」

 薊がギョッとする。

 そして赤くなって俯く。

「わ、忘れて良いよ…?」

「え、なんでだよ」

「あれはその…あたしなりの、何ていうか…覚悟を決める的なアレだったわけで…その、深い意味は無い…わけじゃないけどさ…?」

 慌てふためく薊。

 可愛らしい。

 …仕方が無い、俺から行くか。

「そういや俺も…確か言ったよな?」

「な…何を…?」

「この戦いが終わったら、薊に伝えることがあるって」

「…うん、言ったね」

 俺はちょっと深呼吸をする。

 …よし。



「俺は薊が好きだよ。ちょっと臆病だけど一生懸命で、心から魔境に寄り添う…心優しい薊が。単に俺の“命の恩人”ってだけじゃ無くてさ、俺とこうやって同じ道を辿って…一緒に死力を尽くして、一緒にこんな所まで来たんだ。これからも、一緒に生きたいな」



 呆気にとられる薊。

 急に真っ赤になって、早歩きで俺の先に行ってしまう。

 本当に可愛らしいと思う。

「…あたしは…その…」

 口籠る薊に、俺はちょっとだけ申し訳なく言っておく。

「まあでもさ、俺はもう20後半のオッサンだしよ…なんか薊とだと犯罪臭がするけどな。あ、でもこの世界なら問題無いのか?」

「シュウさん」

 薊がはっきりと言う。

 俺は思わず姿勢を正す。



「…答え、すぐじゃなくてもいい?」



 俺は思わずにやける。

「…いいぜ、好きな時でいいさ」

「わかった、待ってて」

「おう」

 薊も微笑む。

 俺も微笑み返す。

 今の俺には十分すぎる返事だぜ、薊。











 俺達は島伝いに、銀色の地底湖を渡り切ってしまった。

 そこからさらに、俺達はかなり歩いたと思う。

 銀の光を背後に、俺達は暗闇の奥へと進んだ。




 最後の行き止まり。

 そこは洞窟の最奥部。

 湖の畔で盗んだラジア魔石を使い、薊が魔法で周囲を照らす。

 …ここには、いくつか目に付く物がある。


 洞窟の壁際に並べられた…錆まみれの鎧兜。


 そこそこの規模を持つ、何かの祭壇。


 山積みの、大粒の魔石。


 正8面体で宙に浮いている、輝く鈍色の巨大構造物。


 そして、最奥部の壁を覆う銀色の水晶壁。






 俺と薊はまず、鎧兜に近寄る。

 …間違いない、日本の武士が使っていたような物だ。錆でもう元の色さえ分からないが、形が特徴的なので判別できる。

 これは恐らく…。

「…これ、勇者ヨーグと一緒に魔王を封印した異世界人のものか?」

「そうでしょ。この世界でこんな形の鎧は見たこと無いよ」

「…まあ、そりゃそうか」

 魔王の封印を見届けた異世界人達は、ヨーグに送られて元の世界に帰ったのだという。俺達がこの“大昔の異世界人達”について知っている事は少なく、“ミネノブ”という男がいた事しか分からない。

 …不意に薊が、鎧の近くの壁を指差す。

「シュウさん、何か彫ってある」

「え?」


「誰かの名前…」


 本当だった。

 鎧のすぐ傍の、洞窟の岸壁。

 そこにはラグラジア語で、10人分の名前が彫られてる。

「なになに…ヒムロ・ミネノブ…ヒムロ・ミネナガ…アシノ・テルフサ…」

「…異世界人の名前だね。ラグラジア語って事は、きっとヨーグが残したんだよ。魔王を封印した、英雄だから…」

「かもな…あっ」

「え?あっ」

 俺と薊が、ほぼ同時に気付いてしまった。

 壁の、刻印。そのうち2つ。



 シラヌマ・ヨシヒラ。

 サミダレ・ヒロシゲ。



 俺と薊と、同じ苗字…?

 …まさかとは思う。

「な、なあ薊…お前の家系って昔は武士だったりする?」

「え、知らないよそんな事…シュウさんは?」

「さあな…実家は老舗の呉服屋だけど、詳しい事は知らん。俺は五男だから家を継ぐなんてことは有り得なかったから、家系の事なんて詳しく知ろうとも思わなかったしさ…」

「そっか…」

 …もしかしたら魔王は、異世界から召喚する人間を選んでいたのかもしれない。かつて自分を封印した異世界人の、その子孫に復讐する為に…。






 次に俺達は、祭壇を調べる。

 この祭壇…レイン邸の神殿や、勇者廟にあった祭壇に似ている気がしなくも無い。緻密な細工が施されたそれは俺の背よりも高く、俺達の視線の高さには小さな扉がある。

「開けるぞ」

「え、シュウさん罰当たりじゃん」

「ほっとけ、神はいない…と思う」

「えぇー…」

 薊にドン引きされながらも、俺は祭壇の扉を開ける。


 中には、壺が10個安置されていた。


 壺の形状は、俺も薊も見たことがあった。それこそ昨晩俺達が忍び込んだ、レイン邸の神殿で俺が暴いたアレと同じ形状なのだ。

 つまり、“遺灰の壺”。

 俺達は、それの中身が“誰”なのかを一瞬で理解する。

「これは…今まで犠牲になった、他の10人の異世界人達の…」

「…だろうね、シュウさん」

 俺はそっと、扉を閉じる。

 最初の異世界人を含め、彼等はただの犠牲者だ。魔王を崇拝していたレイン家の狂気…その犠牲になったのだ。俺が祭壇の扉を閉めた時…俺と薊は何故か一緒に、自然と手を合わせてしまった。






 お次は、山積みの魔石だ。

「…すごい量だな」

「どれも大粒だね。きっといい値が付くよ」

 大神殿が買い漁っていたと思われる魔石が、うず高く積まれている。魔石が積んである入れ物もただの箱では無く、それ自体が巨大な浮動車のようだ。

「これがザフマンの集めた魔石か…」

「これを使って、異世界人召喚の周期を縮めたって言ってたね」

「らしいな」

 しかし薊は難しい顔をしている。

「これ、ザフマンが運んだのかなぁ?」

「さあ、どうだろうな…あ」 

「どうしたのシュウさん…あ」

 俺と薊が、足元を見る


 足元に、大量の塵があった。


「う…」

 俺は思わず一歩引く。

 薊も顔を顰める。

「…城に居た死体兵士は、魔王を倒したら塵になっていたんだよね。つまり、ここにも死体兵士が…」

「魔王に操られた死体兵士が、この場所にも居たって事か。もしかしたらそいつらが、この魔石の運搬要員だったかもな」

「…かもね」

 恐らくこの塵の主も、ザフマンに使い捨てられた犠牲者なのだろう…。




 そこで薊がぽつりと呟く。

「…ザフマンは、なんでわざわざ魔石を買い集めたのかな?」

「ん?」

「だって、あんなに大量のラジア魔石があるのに…」

「…まあ、確かにな」

 この地下空間には、大量のラジア魔石がある。確かに薊の言葉通り、魔石を外で買い漁る理由は薄いとも思えるが…?

「…もしかしたら魔王が、ラジア魔石の事を伏せたのかもな」

「…なんで?」

「魔王は遺物…つまりラジア魔石の術具を恐れていた…とか。だからレイン家にはラジア魔石の事を隠したか、“危ない”って言って触らせなかった…なーんてな」

「ふーん…そうかもね」


 何にしろ、ラジア魔石が秘匿されたのは良い事だと俺は思う。






 次は…謎の構造物だ。

 宙に浮くそれは、綺麗な正8面体だった。美しい鈍色のボディは素材も分からないが、表面に薄っすら紋様がある。恐らく遺物であろうこれの内部には、ラジア魔石が複雑に配置されているのだろうが…外からは窺い知れない。

 常に一定方向に、緩やかに回転するその物体は…芸術作品とも思える。

 俺も薊も、それには触れない。

 迂闊に触れられない。

「薊…」

「何?シュウさん」

「これ多分さ…」

「うん」


「『奇跡を呼ぶ月』だよな?」


 薊が頷く。

「多分そうだろうね…」

「これが…ラグラジア帝国を滅ぼして、セニア王城の人達を亡き者にした、“人間の寿命を喰う”恐るべき遺物…って事か」

 美しい姿からは想像もできないが…この遺物こそが全ての元凶なのだ。ヨーグがこれを封じようと画策したのも、無理の無い話だと思う。

 俺達は結局、『月』には一切触れなかった。






 最後。

 洞窟最奥部にある、水晶壁の前に2人で並び立つ。

 その水晶壁の中には、形容しがたい“何か”が居る。


 この存在を表現する言葉を、俺も薊も持ち合わせては居なかった。だから2人揃って、何も言わずに“それ”を眺める。水晶壁の中は時空も歪んでいるようで、俺はそれが『月』による封印の一種だと予想する。

 水晶の檻の中の歪んだ世界で、“それ”は静かに動きもしない。


 俺達は、どちらからともなく目を合わせる。

「…魔王だな」

「…魔王だね」

 きっとコイツこそが、“魔王ヴェラーツ”なんだ。

 確かに「ニヘル・ネルヴィーの研究日誌」の通りだ。

 人の姿をしていない。

「…動かないね。もしかして、この間異世界人召喚をしたばっかりだから…魔力不足で眠ってるのかな?」

「さあ、どうだろうな…普段からこんな感じなのかもよ」

 俺には分からない。

 薊にもわからないだろう。

 だけど俺達には、これだけはわかる。



「これさ…封印をもっと強くしないと駄目だな。魔王が外の人間と、交信も出来ないようにしないと…きっと同じことがまた起きる」



 薊も同意する。

「そうだね、レイナさんに協力してもらえば…きっとできるよ」

「ああ、そうだな」

 俺達は顔を見合わせる。

 お互い、安堵の表情をしている。

 これで全ての懸念が払拭された。




 魔王ヴェラーツは、400年前から変わらず封印されている。

 魔王を名乗ったザフマン・レインも、俺達の手で葬った。

 セニアと魔境を脅かした魔王異変は、解決したと言って良いだろう。


 …ひとまずは、ここが。

 俺達の旅の終着点だ。
















 静かな銀の洞窟には、2人の人間だけが佇む。


 ここは、この地の歴史の裏舞台。

 ここは、かつて聖女が発見した「銀の洞」。

 ここは、世界の命運をかけて戦った勇者の「古戦場」。


 今はしかし、全ての跡地。

 歴史から葬られるべき場所。

 きっと遠くない未来、再び封じられる。


 だが今は。

 暗い洞窟、淡い銀の光が、2人の人間を照らしている。

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