その38 砲火、最後の時
皆様も新年度がんばりましょうね
俺達は今“魔王”と対峙している。
魔王…いや、セニア大神殿・前大神官ザフマン・レインは、異様な魔力を纏って勇者廟の中空に佇んでいる。
その周囲を…薊、『龍』のロジィ、レイナが取り囲む。
空気が、張り詰める。
「では皆様…宴を始めましょう。ですが…もし途中で私の理想に賛同する気になりましたら、お気軽にお申し出下さい。私としても…それが一番望ましいですから」
優雅なザフマンは、戦闘態勢の俺達を前に表情を変えない。
そしてザフマンは、ゆっくり勇者廟を見回し、
「…おや?異世界人様…サミダレ様はどちらに?先程魔物のお嬢様と一緒に、龍の後ろに回り込んだと思いましたが…おかしいですね、姿が見えません」
(よし、俺の思った通りだ…)
どうやらザフマンは、俺とコルトを見失ったようだ。
「ステルスランタン」が、俺とコルトの姿を隠したのだ。
正直、魔王相手に効くかどうかはイチかバチかだったが…一安心。
俺は左手で発動中の「ステルスランタン」に改めて感謝し、右手に「光る杖」を構える。そしてそのまま、コルトと共に広い勇者廟を壁沿いに移動し始める。
「グオオオオオオオオオオオオオオォォォ!!」
俺達が離れたのを合図に、ロジィが吼える!
弾かれたように、薊とレイナが動く!
“魔王”との決戦の火蓋が、切って落とされる。
真っ先に動いたのは、レイナだった。
「はぁッ!!」
レイナの紅蓮杖が火を噴く。
空中のザフマンが爆炎に包まれる。
…効いたか?
「レイナ…貴女は私の理想に賛同してくれると信じていましたが…。まさかこのような形になってしまうとは、とても悲しいです」
…効いていない。
ザフマンの周囲には、紫のオーラが漂っている。
そのオーラはバリアらしく、爆炎からザフマンを守っていた。
「レイナ…貴女のその、騎士としての高潔な精神…私は大いに尊敬していたのですよ?今からでも遅くありません。私の理想を共に実現しましょう!」
ザフマンは変わらない。相変わらず妄言を吐いている…。
当のレイナは、激昂している。
「理想…何が理想ですか!貴方は過ちを犯した!罪の無い人間を多く殺めて…このセニアの平穏を破壊した!!こんな犠牲を払って得られる平和など…私は認めない!!」
ザフマンを慕っていたというレイナが、苦しそうに怒る。
レイナは続けざまに、紅蓮杖から火急を放つ。
ザフマンが、レイナに向けて手を翳す。
「仕方ありませんね。残念ですがこうするしかありません」
ザフマンの周囲に、赤黒い槍が無数に現れる。
それらが一瞬のうちに、レイナに放たれる…!
「ガァァ!!」
ロジィがレイナの前に割って入り、槍を防ぐ。
…しかし槍は、ロジィの強固な鱗にも刺さっている…。
「おお…これが、龍の力!ラグラジア帝国の、英知の結晶なのですね!」
放ったザフマンは、攻撃を防がれたのに満足気だ。
そのままロジィに向かって降下する。
「食らえ!!」
ザフマンの背後、空中から薊が一気に接近する。
空圧棍を振りかざす!
「危ないですね」
(避けられた…!)
薊の不意打ちは、あっけなく躱される。
空中のザフマンは、薊から一気に距離を取る。
そして改めて、彼は薊の装備をまじまじと観察する。
「黒髪のお嬢さん…貴女、本当に外国人なのですか…?貴女が扱っているその装備、セニアの騎士達ですら扱えなかった術具…「空戦用軽装甲」と「空圧棍」ですよね?どこで手に入れたかも、何故扱えるのかも存じ上げませんが…」
ザフマンは、羨望の眼差しでうっとりと薊を見つめる。
「天に才を与えられた選ばれし人間…貴女がそうなのかもしれません」
ザフマンは両手を揃える。
光が、集約する…!
それを見たレイナが叫ぶ。
「皆避けろ!」
ザフマンの手から、熱線が放たれる。
薊達が、一斉に回避する。
ザフマンの放った熱線の着弾点が、爆発した。
ザフマンと激しく戦う、薊達。
俺はただ、それを見ている。
勇者廟の、太い石柱の影から。
「ステルスランタン」で隠れながら。
俺の隣のコルトは無表情だ。
「まだです。まだ様子を見ましょう」
「あ、ああ…」
俺の役目。
それは魔王…ザフマンに「零式魔導砲」を当てる事。
外してはならないのだ…!
そんな俺に、コルトがさらに釘を刺す。
「いいですか?ゴローさんが「零式」を外したら、その時点で負けです。私達は貴方を全力で補佐します。アザミ達が魔王の動きを止める瞬間を見逃さないように」
「わかってるぜ…!」
わかっている。
「零式」を一回外せば、次に撃てるのは半日後だという。
…遺物を上手く扱う才能が有るらしい俺は、もう少し早いサイクルで撃てるようだが…しかしこの場で外せばどのみち終わりだ。
不意に、ザフマンの攻撃が、俺達の方を向く。
赤黒い槍が、俺達の方に向かって放たれる。
「うっ…!!」
凄まじい轟音と共に、俺達が隠れていた柱が崩れ落ちる!
赤黒い槍は一部、柱を貫通した。
「…あいつに気付かれては…いないようだな…」
危ない、セーフだ。
ザフマンは空中戦をしながら、飛行して向かってくる薊を迎撃している。その中でたまたま、俺達の方に流れ弾が飛んできただけだったようで、ザフマンは俺達に見向きもしない。
俺は静かに息を吐く。
不意に、血の匂い。
まさか…。
「グ…」
「おいコルト…!?」
コルトが赤黒い槍をその身に受けている…!
防御したらしい右の腕に、2本貫通している!
「大丈夫かよコル…」
「落ち着いて」
コルトの表情は変わらない。
彼女は魔王から目を離さない。
「相手から目を離すな。好機を逃しちゃ駄目ですよ」
痛々しい腕。流れる赤い血。
しかしコルトの紅い瞳は、全く揺るがず前を見据える。
「…あ、ああ…そうだな…!」
俺も改めて、薊達と魔王を注視する。
…俺達がここに来た時の、空での会話を少し思い出す。
俺以外の誰かを犠牲にしてでも、俺は「零式」を当てなきゃいけない。
それしか、この戦いに勝つ方法が無いのだから…!
薊は空中を舞い、ザフマンを追う。
(…やっぱりこいつ、弱まってるんだ)
ここまでザフマンは、積極的には攻めてこない。
魔境にあれだけ巨大な怪物を召喚できる奴がこの程度の力とは、薊には思えなかった。手加減しているようでも無いザフマンに対し、薊は確信する。
怪獣を召喚した直後で、ザフマンは魔力が弱まっている。
(だけど…)
薊は飛行しながら、空圧棍でザフマンに殴りかかる。
「外国人のお嬢さん、鈍器を振り回すのはいけない事ですよ?」
ザフマンは回避してしまう。
(くそ…また避けられた)
避けるという事は、多少なりとも“当たれば効く”という事だと薊は推測している。ザフマンの攻撃は初動が大きいので、薊は避けられる。…繍五郎達も避けていると信じることにする。
攻撃を避けられ続ける薊が、苛立たし気に吐き捨てる。
「…あたしも異世界人だ、このくそ野郎」
「おお…これは何という奇跡でしょう…!」
対照的に、ザフマンが明るい表情で嬉しそうにする。
「実はおよそ1年前にも…魔王様は異世界人の召喚を行っていました。ですが結局…その時の異世界人は、巡回騎士が発見できずに行方不明になっていたのです。それが貴女なのですね…!」
レイナの放つ火球を避けながら、ザフマンがうっとりする。
「強く美しい異世界人のお嬢さん…貴女こそ、魔王に相応しい。私が創ったできそこないの魔王人形に変わり、貴女がここで“魔王”となりませんか?」
返事の代わりに、薊は無言で殴り掛かる。
ロジィは考えながら勇者廟の中を翔ぶ。
『龍』の体でも窮屈さをさほど感じない程度に、この勇者廟は縦にも横にも広大だった。ロジィは飛行して戦う薊の動きを注視し、彼女に当たらないように時折火焔を吐いている。
(あいつ…アザミねーちゃんの攻撃は避けるな)
ザフマンという名の男は…ロジィとレイナの攻撃は防壁で防ぐが、薊の武器の攻撃は全て避けている。きっとあの攻撃が嫌なのだろう。
(何言ってるかは分からないけど…こいつは嫌な奴だ)
ラグラジア人であるロジィに、ザフマンの話すセニア語は分からなかった。ザフマンと会話していたのは、セニア語が話せる薊とレイナ、あとは遺物「念話指輪」でセニア語を習得した繍五郎だけだ。
しかし直感的に、ロジィはザフマンを嫌な奴だと感じ取る。
「グ…」
ロジィは唸る。
傷が痛む。
さっき食らった赤黒い槍…彼女は、まさか『龍』の体に傷がつくとは考えていなかった。彼女の父が開発したこの『龍化の秘術』は、とても強力なのに。
(だけど…止まってられるか!)
ロジィは、空中を舞う薊とザフマンに接近する。
ザフマンを追う薊が毒づく。
「さっきから逃げ回ってばっかりで…この!」
薊が、ザフマンに殴り掛かる。
「危ないですよ」
(ここだ…!)
ロジィは、ザフマンの回避行動を読む。
そしてザフマンが、ロジィの予想通りに薊の攻撃を避ける。
「グガァ!!」
ロジィが、太い前足でザフマンを殴り飛ばす!
勇者廟の壁に、ザフマンが打ち付けられた。
レイナは空中を見据えながら、時折紅蓮杖から火球を放つ。
(私にはこれしかない)
レイナはこの展開を、読んではいた。以前魔王がセニア民の前に現れた時も、魔王は浮遊をしていた。しかし実際こうやって空中戦になってしまうと、飛べないレイナには援護射撃しかできない。
レイナは周囲を見回す。
もう勇者廟は、そこかしこが崩壊している。壁や天井には焦げた跡が散見され、一部の石柱が崩落している。
(…どこに居るんだ、シュウゴロウ殿)
遺物の力で姿を隠した繍五郎の姿は、レイナ達からも見えないのだ。早く魔王の動きを止めて、繍五郎に魔王を攻撃させなければならない。そうしなければ…彼等が魔王の攻撃に先に巻き込まれてしまう。
レイナの心配をよそに、薊は果敢に攻め続ける。
「さっきから逃げ回ってばっかりで…この!」
「危ないですよ」
(お、いいぞ…!)
ザフマンは最初からずっと、薊の攻撃を避け続けていた。しかしそれを読んだロジィが、回避先に回り込む。
「グガァ!!」
そこを見事に、ロジィが急襲した。
宙を舞っていたザフマンが、勇者廟の壁に叩き付けられる。
「いいぞ2人とも!!!」
(ここだ!)
レイナは瞬時に駆けだす。
ここで集中砲火すれば、ザフマンの動きを止められる!
飛んでいたザフマンが、ロジィに叩き落された。
凄い衝撃だった。
ザフマンが叩き付けられた壁は崩れ落ち、土煙を上げる。
俺は思わず眉を顰める。
「いいぞ2人とも!!!」
レイナがそこに急接近する。
「俺達も行こうぜ!」
「そうですね」
俺とコルトも、堕ちたザフマンに近づく。
これはきっと、いける!
皆で集中砲火すれば、ザフマンはきっと動けない!
そこに「零式」をブチこんでやる…!
土煙の中から、赤黒い光弾が飛び出す。
「ぐはぁッ!!?」
光弾を受けたレイナが吹っ飛び、勇者廟の床を転がっていく…!
ザフマンが反撃したのか!?
レイナは大丈夫か!?
しかし俺は、ザフマンから目を離せない…!
「いやはや…やっと1人倒れましたか。貴女達は実に手強い…」
ザフマンは…無傷、では無い。
纏った法衣がボロのようになっている。
しかし体はそのままだ…。
奴は瓦礫の中から、ゆっくり立ち上がる…。
そしてザフマンは埃を払いながら、感心したように呟く。
「貴女達…魔王が魔境に“焦土の使徒”を召喚した直後にここへ来たのも、魔王…つまり私が魔力の多くを使ってしまった所を急襲する為なのですよね?確かに事実、私は魔力の8割以上をあれで消費しましたし、実際今も…貴女達に苦戦を強いられています」
ザフマンの笑顔が、歪む。
「素晴らしい…!」
ザフマンが突如、高速で飛翔する!
「グォ!!?」
今まで積極的に攻撃をしていなかったザフマンが、ロジィにバリアごと体当たりを食らわせる。ロジィの巨躯がよろめく。
「ですが…私が負けるわけにはいかないのです…!」
ザフマンが光弾を産む。
そしてゼロ距離で、それをロジィに放つ!
「ギャア!!」
深紅の龍が吹っ飛び、勇者廟の壁にめり込んだ。
唖然とする、薊。
ザフマンが彼女に、ゆっくり向き直る。
「親愛なるヨーグ九世…セニア随一の騎士オルドー殿…私を慕ってくれた魔境の民…。私はもう、多くを犠牲にしてしまいました。こうなった以上…私には平和な世界を築き上げる義務があるのです。わかってください、異世界人のお嬢さん」
ザフマンが、薊に迫る!
薊は怯まない。
ザフマンが細かい光弾を放つ。
薊はそれを掻い潜り、空圧棍を振るう。
そして、
「なにが義務だ、そんなのお前の思い上がりだ!」
薊の空圧棍が、ザフマンのバリアを捉える。
爆発的な空気が、接触部から発生する。
遂にザフマンのバリアが、割れる!
「さすがセニア屈指の攻撃術具です」
バリアを割られたのに、ザフマンはノーリアクションだった。
驚く薊の首元に、その手を伸ばす。
「危な…」
俺が叫ぶ前に、コルトが剣を投擲した。
ザフマンが今度は、本当に驚く。
その隙に、薊が腕を振り解く。
ザフマンは剣の発射点を狙い、赤黒い槍を降らせる。
ヤバイ、状況がまずい…!
俺はコルトと共に、勇者廟を壁沿いに駆ける。
「今の剣…先程から姿の見えない異世界人様の物でしょうか?魔物のお嬢さんの物でしょうか?どちらにせよ…場所が掴めないのは気味が悪いですね」
コルトの投げた剣で、ザフマンが俺達を警戒している。
俺達は勇者廟を、半分くらい回り込む。
ザフマンは、再び俺達を見失ったようだ…。
「やれやれ…何故、姿を見せて下さらないのですか?」
そして少し考えた様なザフマンが、赤黒い槍を無数に生み出す。
「仕方ありませんね。美しくない方法ですが、これだけの数放てばどれかに当たるでしょう。もし当たったら言ってくださいね、サミダレ様」
まずい、広範囲攻撃が来る!
ロジィが炎を吐いた。
「おや!?」
ザフマンが驚く。
壁にめり込んでいるロジィが、その姿のまま炎を吐いている。
ザフマンは思わずバリアを張る。
ザフマンの赤黒い槍が、そのまま床に落ちる。
(いいぞ…!)
俺の期待通り、薊が飛ぶ。
そして薊は、ザフマンを、ロジィと挟み撃ちにする位置に陣取る。
「食らえ!」
薊の空圧棍から、強力な風が放たれる!
「1人欠けたというのに、素晴らしい連携です…!やはり貴女達の力…私には必要です!!」
感激するザフマンは、バリアで空中に留まっている。
「ガアアアアアア!!」
「はああああぁあああ!!」
挟み撃ちを続ける、薊とロジィ。
ザフマンは動けない。
炎に包まれながら、ザフマンが中空で静止する。
ついに来た。
好機が…!
この挟み撃ちこそ、俺達にとっての理想の展開だった。
この状況を作り上げて、「零式」を放つ。
それこそが、俺の作戦!
俺は小声でコルトに合図する。
「出よう!」
「当然!」
俺とコルトは、隠れていた石柱から飛び出す。
「レイ・デルワック!」
コルトが素早く、光のバリアを張る。
俺は「ランタン」を置き、遺物を手に、コルトの後ろから、
「見つけました」
赤黒い光。
反応できなかった。
コルトが吹っ飛んだ。
嫌な音を立てて、壁に叩き付けられた。
コルトを盾にした俺もよろめくが、何とか堪える。
しかし俺が構えていた遺物が…吹っ飛んだ。
後方から砕ける音。
前方。
空中。
ザフマンの、笑み。
…読まれていた。
俺が切り札だという事に…!
ザフマンはこの防御中も、僅かな魔力を攻撃用に残していたのだ…!
砕け散った俺の遺物。
俺は…。
「やはり貴方が“切り札”でしたね。やっと見つけ…」
勝ち誇るザフマン。
「うるせぇよお喋り野郎…!」
俺は背後に隠して守っていた「零式」を構える。
ザフマンが驚愕する。
「なんと…!」
ザフマンの手元。
再び赤黒い光が宿る。
「零式」にも魔力が滾る。
「これで終わりだクソ野郎!!」
ザフマンの手元から、赤黒い光が放たれた。
一瞬遅れて俺の「零式魔導砲」が放たれる。