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その35 長い夜

夜も短くなってきたね

 俺達の眼前に、ミレニィが横たわっている。


 息は…ある。

 顔色も悪く弱々しいが、間違いなく生きている。

 しかし…彼女の左の翼が、無い。






 俺達はデリ・ハウラを蹂躙していた怪獣を仕留めた後、町の南方の街道へ避難していた魔物達の所に、同じく避難民を装って入り込んでいた。

 怪我をした者達はそこの一角に建てられた仮設小屋に集められ、医者や薬師が手当てを行っていた。彼等は…怪獣が消えたので避難する必要性が無くなり、早速ここで治療を始めた…という感じだった。

 俺達はそこで、やっとミレニィを見つけたのだが…。


「ミーちゃん起きて!起きてよ!!」

「ちょっと貴女落ち着いて!」

 先程ミレニィを見つけたコルトは、ずっとミレニィを起こそうとしている…。薬師が止めるのだが、彼女の耳には入らないようだ…。

 やっとの思いで、薬師がコルトを引き剥がす。

「…安心して下さい。この方は、命に別状はありません。先刻の怪獣の吐いた熱線…あれの余波で、翼が片方…その…吹き飛ばされてしまったようです…。ですが幸運にも、傷口は焼けて塞がっています」

「…そう、ですか…」

 コルトが泣きそうな目で、ミレニィを見つめる。

 …こんなに感情的になったコルトを、俺は初めて見た気がする。

 俺だって、薊だって、ロジィだって…かなりショックを受けている。


 こんな事になるとは、思わなかった。











 俺達は他の負傷者に悪いので、“治療小屋”の外に出た。

 俺は小屋を出た時、遠くに別の小屋がある事に気付く。

 そちらの小屋の周りでは、魔物達が祈りを捧げている。

 それは静かな…静かな祈りだった。

 …彼等の祈りが「弔い」である事に気付いてしまった俺は、何も言えず、ただ反射的に目を逸らしてしまう。




 治療小屋を離れた俺達は、とりあえずその辺に座り込む。

 周囲にも避難して来た魔物達が、同じようにして途方に暮れている…。

 ここは夜なのに、火事のせいで妙に明るい…。


 薊も、ロジィも、コルトも…ぐったりしている。

 ただでさえセニア南方から蜻蛉返りしてきた俺達だ。それに先程の戦闘…さらにミレニィの怪我の件。全員、かなり疲弊している。

『…疲れた。あたし「空飛ぶ手甲」で、あんなに長く飛んだの初めて…』

『あたしもだよ…。『龍』の姿をこんなに長く使ったのは初めてだぞ…』

 膝を抱えて座り込む薊。

 地べたに大の字で寝転がるロジィ。

 そして…。

『…何でわたし、ミーちゃんを1人でデリ・ハウラに残しちゃったんだろう…』

 特にコルトだ…。

 胡坐をかき、頭を抱えて俯いている…。

 俺はなんとか励まそうと上手い言い方を考えるが…駄目だ、いい言葉が浮かばない。仕方が無いので、ありきたりの言葉でとにかく励まそう。

『後悔したって仕方ないだろコルト!だって誰が…あんな怪獣の襲来を予想できるんだよ!?』

『わたし達があと1日…セニア南方へ出るのが遅ければ、あの怪獣だって「零式」で迎撃できたよ』

 コルトは顔を上げない。

『わたしが…わたしがミーちゃんを守らなきゃいけないのに…ミーちゃんを、守れなかった…』

『コルト…』

 コルトがやっと顔を上げる。


 今まで見たことの無い、悲痛な笑顔だった。


『お気遣い感謝します…ゴローさん。でもすみません、ちょっとそっとしておいて下さい…すみません…』

『…』

 再び俯くコルト。

 疲労で眠ってしまったロジィ。

 表情の窺い知れない薊。




 俺も度重なるショックで、どっと疲れる。

 それに…。

(こんな展開…俺達は、どうすればいいんだろう…)

 俺達はやっと、魔王と元大神官ザフマンの秘密を掴んだ。

 でも…でも…。

 そんなの知ってても、これからどうすればいいんだよ…。











 その後俺は暫く、周囲をぼけーっと眺めていた。


 消火活動に励む自警団員と、生き残りの若者達。

 燃える町から運び出されてくる…犠牲者。

 町を遠巻きに眺め、呆然とする魔物達。




 こんなことになるとは思わなかった。

(ザフマンの事を探って、魔王の弱点とかを知ることが出来れば…「零式魔導砲」で魔王を倒すのも夢じゃない…そう思ったんだが…)

 この惨事を見て、これ以上何かしても無駄なように思える。

(それに俺は、魔王に関してある“仮説”を立てている…。まだ誰にも言っていないが根拠は一応有るし…仮に真実であれば、魔王打倒が現実味を帯びる…そんな“仮説”)

 だが…その裏付けを取る元気も気力も無くなった。

(皆だって限界だ。ここが引き際だろう…。ミレニィを連れて、彼女の故郷に皆で逃げよう…それがいい)

 もう魔王に支配されてもいいとさえ思える。

 それで、俺達に平穏が訪れるのであれば…。






 デリ・ハウラ東側。

 遠くの魔物達から、歓声が上がる。

「おい!アグルセリアから救援が来たぞ!!」

「タジェルゥ様が直々に来て下さったぞぉ!!」

「「送水装置架車」も来たぜ!動ける奴は手伝え!火を消すぞ!!」

(救援…?)

 俺は立ち上がり、声の方に歩き出す。

 薊も、コルトも、ロジィも…動かない。

 …俺は1人でも、声の方に向かう。


 居並ぶ魔物達を掻き分け、俺は前に進む。

 声の方に進むにつれて、何故か妙などよめきを感じる。

 俺は群衆の最前列付近まで、何とか進む。

「…人間…?お前、こんな所で何してる」

 最前列に居た魔物に睨まれる。

 俺は素直に答える。

「俺も被災者さ。お互い災難だったな…」

 魔物の言葉を解す俺に、魔物が驚く。

「お前…人間の癖に俺達の言葉が話せるのか…?」

「まあ、一応な…」

「ふん…」

 魔物はそっぽを向いてしまったが、俺を最前列に出してくれた。

 有難い。




 救援部隊は、アグルセリアの自警団が大半だった。

 そしてその陣頭指揮を、長老タジェルゥが執っている。

「誰でもいい…動ける者は、自警団と共に消火活動に当たってくれ!怪我人はアグルセリアに連れて行く!深手の者は動かせんから…今ここで最善を尽くすのだ!!」


 そしてその横に、意外な人物が居る。

 山羊のような頭で、旗を掲げる魔物。

 俺達が出合った、あの「解放派」の…。


「我々「解放派」は、魔王との“決別”をした!我々が極秘に所持している兵器がここにある!我々「解放派」が、襲来に備えよう!!」

 俺達が王都異変を知ってデリ・ハウラに急行した、あの時の…。

 あの旗手の魔物が、タジェルゥと共に来ているのだ。

 大砲のような兵器を、10台近く持ち込んでいる。

 …成程、元来「解放派」は魔境の独立を願う連中だ。

 魔王が“敵”と分かった今、彼等は魔境を守るために戦うのだろう…。




 デリ・ハウラの魔物達は、不安の中にも希望を持ち始めている。

「…ヴェスダビ様率いるサウラナの有志薬師団も来てくれている上に、アグルセリアからも救援だ…!俺もやる!俺は自警団じゃ無ぇけど…消火に協力するぞ!」

「まさか「解放派」まで来るとはな…!あいつらの兵器はきっと、セニアの制限を超えた違法兵器だが…この際そんな事は構わないぜ!」

「天気も味方しているぞ!南風のお陰で、煙も毒気もこっちには来てないぜ!」


 俺もちょっとだけ、心が温まる。

 魔境の魔物達は、まだ、諦めていない。

 永らくセニアに抑圧されてきた彼等は…こんな事では折れないのだろうか?いずれにせよ…まだ魔物達が諦めていないのに、俺達が折れるのは、嫌だ。











 繍五郎が1人で去った後。

 薊は、膝を抱えて座り込んでいる。

(悔しい…許せない…魔王をこのままになんてできない…)


 疲労からか、ロジィは眠っている。

 コルトは起きているのだろうが…俯いたまま動かない。

 薊も、まだ座り込んでいる。

(だけど…だけど、勝ち目が無い)


 デリ・ハウラに突如現れたという、あの怪獣。薊達も応戦はしたのだが…足止めまでしかできなかった。まともに奴に効いた攻撃は唯一…「零式魔導砲」だけだ。

 薊は、膝を強く抱き締める。

(だってあの怪獣は…きっと魔王の力の一端に過ぎないんだよね)


 薊は内心、彼我の実力差に打ちのめされている。

 あんな芸当ができる魔王相手に勝つ方法は恐らく…“薊達全員で繍五郎の援護を行い、「零式魔導砲」を魔王に直撃させる”という方法以外に無いだろう。薊は直感的にそう考える。

 しかし、実現性は…。

(…無理だ、みんな死ぬ)


 薊はふと、繍五郎の顔を思い浮かべる。

 怪獣を倒した後も、彼は何か思考を回していた。

(…いや、シュウさんは諦めてないんだ)


 薊は、迷う。

(あたしはどうしたら…)






「おーい、薊ー!!」

 突然、繍五郎の声が聞こえた。

 薊は顔を上げ、立ち上がる。繍五郎に手を振る。

「シュウさんここだよ!どうしたの!?」

 薊はそこで、違和感を覚える。町の東に向かったはずの繍五郎が、何故か町の西側からやって来たのだ。

 しかも、大勢の人間を伴って。











 これはきっといい流れだ。

 俺達はまだ、諦めるべきじゃあないんだ。




 俺がタジェルゥ率いる救援部隊を見に行った後。

 なんと今度は、セニアからも救援部隊がやって来たのだった。偶然にもその部隊長が俺の知人だったため…俺が彼等を、避難民の所へ案内しているのだった。

 その最中に、俺は薊達の所に寄る。

『見ろ薊!セニアの有志も、魔境の為に来てくれたんだ!!』

『…あれ、貴女達は…!』

 やってきた薊が、有志の救援部隊を見て目を丸くする。

 数も100人規模だ。驚くのも無理は無い。

 そこで部隊長が馬を降り、薊に握手を求める。


『やあ!無事だったようだね、アザミ君!』


 部隊長は、なんと巡回騎士・レイナだった。

 しかも、それだけでは無い。

『シュウゴロウさんもアザミさんも、無事でしたか!?僕すっごく心配したんですからねー!?』

『あらあら…またご縁がありましたね、サミダレ様』

『あれ?あの獣人さんは…聖星祭の時の…』

 救援部隊には、他にも知った顔が数人居たのだ。

 巡回騎士・ロベル。

 神殿警備隊員・アリエル。

 神殿警備隊員・キキ。

 …皆、魔境の為に来てくれたのだ。

『何で!?いや嬉しいけど、貴女達…何で魔境の為に…?』

 薊が混乱している。

 それにレイナが毅然と答える。

『魔境も立派なセニア領だ。それに魔境の住民も、セニアの法規的にはれっきとしたセニア国民だ。そして王国騎士の本分は…セニアの地と民を守ることだ』

 アリエルとキキも、背筋を伸ばして俺達に正対する。

『私達はもう騎士ではありませんが…心は今も騎士のままです』

『…そもそも私達は、デリ・ハウラに出現した怪物退治に来たんだけどね。でも何故か居なくなっているし…誰がどうやって倒したんだろ?』

 ロベルだけはちょっと困ったように苦笑いする。

『あははは…でもこの部隊、セニアの仮政府にも巡回騎士団にも認められていないんですよね…。「魔境救援」にはセニアの許可が下りなかったので、レイナさんが有志を募って独断で部隊を率いて来たんです』

 薊がまた驚く。

『独断…!?それってレイナさん、大丈夫なんですか!?』

『大丈夫じゃない。が、魔境を放っておくのは私の矜持が許さない』

 レイナの意志は、強い。

 騎士としての誇りを、彼女は大事にしているのだろう。


 レイナがにやりと笑う。

『私達は大丈夫さ。それより君達…顔色が優れないぞ?』

『…そうかな?』

 俺達はさっきまで、燃え盛るデリ・ハウラで怪獣相手に駆け回っていた。俺はともかく、他の皆は休息が必要だ。

『レイナの言う通りだな…。薊も休もうぜ?』

『…わかった』

『ふふ…ではまた後でな!』

 レイナは救援部隊を率い、去っていく。

 俺達は、しばし休息をとることにした。
















 気が付くと、もう空が白んでいた。

(…俺、いつの間にか寝てたな)

 俺は眠い目を擦る。

 薊とロジィは、まだ寝ている。

 今が暑の月で助かった。野宿だが、夜でも寒さは感じなかった。

 …コルトが居ない?


『おはようございます、ゴローさん』


 居た。

 俺の背後からコルトが歩いて来た。何か荷物を持っている。

『…お、もう起きてたのかコルト。何してたんだ?』

『セニアから来た救援部隊が食料をくれるっていうんで、それを頂きに。あとご覧の通り火事は鎮火したみたいですから、消火活動に当たれなかった旨を隊長に謝ってきました』

 確かにコルトの言葉通り、火事は消えている。

『そうか…。食糧とは有り難い』

『喜んでもらえて嬉しいよ』

『ん?』

 寝ぼけていた俺は気付かなかった。

 コルトは、レイナと一緒だった。

 そしてレイナが、俺を真剣な眼差しで見つめてくる。

『シュウゴロウ殿、実は貴方に頼みがあって来た』

『…なんだよ』

『貸してほしいものがある』

『何を』

 レイナはそこで少し迷い、でもはっきりと俺に言う。




『君がタジェルゥ殿から貰ったという武器を貸してくれ』











 ちょうどいいので、俺達は朝食を採ることにした。

 セニアの救援部隊が持って来てくれた、固焼きパンと固形栄養食だ。

 デリ・ハウラがこの状態である今、とても助かる。

『…まだ暗いぞ、にーちゃん』

『………眠い』

 日の出前に起こしたので、薊とロジィも眠そうだ。

 だが、これは皆できちんと聞いておかねばならないと思った。




 俺は改めて、レイナに問いただす。

『レイナ…。この「零式魔導砲」を借りたいっていうのは…何でだよ?』

『…』

 「零式」を借りたいというレイナ。

 まさか…。

『その遺物、そういう名前なのだね。私はゲルテから話を聞かなかったから、それがどういう物かは知らない。ただ、強力な武器であるのは察せたよ』

『…それで、何に使うんだよ?』


『決まっている、魔王を討つ』


 レイナは平然と言い放つ。

 …彼女の瞳は、決意に満ちる。

『…本気…なんですか?』

 怯える薊が恐る恐る、レイナに尋ねる。

 しかしレイナはさっぱりとした笑顔だ。

『勿論だ。セニアを脅かすあの巨悪を…これ以上放っては置けない。それに…』

 レイナが俺に、不敵な笑みを寄越す。


『昨夜のあの怪獣…貴方達が倒したのだろう?』


『な…!?』

 み、見られていた!?レイナに!?

 俺は心臓が止まるかと思う。

『…み、見てたのかよ!?』

『まさか、勘だよ。でもその反応…当たりのようだね。やはりセニアの伝説通り…異世界人は、特別な存在なのだろう』

『ぐ…そ、そうでもないだろ…?』

 レイナは満足気に、「零式」を見つめる。

 俺はなんて言おうか…迷う。

『…まさか、単独でセニア王城に行く気か?』

『そうだ。私の勝手に、部下を道連れにはできない。それに魔王に気取られないためにも、私が単騎で王城に侵入する方が良いだろう』

『死ぬ気かよ!?』

『まさか。だが、そういう可能性もあり得るという話さ』

 レイナは、覚悟を決めているのだ。

 セニアの為に散る覚悟を…。





『じゃあ私もご一緒しますよレイナさん』

 突然コルトが割り込んでくる。

『コルトねーちゃん!?』

『ちょっとコルト!?』

『…』

 …やはりコルトもか。昨晩ミレニィに再会してから、彼女は様子がおかしかった。俺はコルトが単騎でセニア王城に行く可能性も危惧していたが…。

 レイナが驚く。

『…いいのかいコルト君?危険…というより無謀だぞ?』

『構いません』

 コルトは凶悪な顔付きに変わる。


『魔王はわたしのミレニィを傷付けた。討つ理由はそれで十分』


 あまりの形相に、皆して固まる…。

 顔が怖すぎる。

 そこでコルトが、肩の力を抜く。

『…とは言いましても、「零式」がゴローさん専用武器なので…ゴローさんが来てくれないと始まりませんけどね』

 …良かった、コルトは思いの外冷静だった。

 単騎で突っ込むような無謀はしなさそうで安心する。

『え…これシュウゴロウ殿にしか使えないのか!?』

 またまた驚くレイナ。

 俺は頬を掻く…。

『まあな…』

『…そういうことは先に言ってくれ。君まで巻き込めないぞ?』

 眉を顰めるレイナは…俺達を巻き込む気は無かったようだ。「零式」に期待していたらしい彼女は肩を落として落胆するが…。

 俺は…。

『いや、構わない』

『…?』




『皆で、魔王を倒そう。一応作戦も勝算も…無くは無い』




 皆が息を呑んだのが分かる。

 特に薊が、俺を凝視する。

 俺は昨夜、“打倒魔王”の策を練っていた。今までの情報に併せて、現状の戦力と所持する遺物を加味すれば…可能性は、ある。


『魔境の為に…セニアの為に…魔王を、倒そう』











 まだ夜明け前の、魔境の街道。

 皆で顔を寄せ合う。

 俺が練った策を、皆に吟味してもらうのだ。


『…最初に、なあロジィ…昨夜の怪獣が魔王の召喚物だったとして、あれってどの位の魔力が要るんだ?』

 ロジィが首を傾げ、考える。

『…それってつまり、“お城に居る魔王”が“怪獣をデリ・ハウラに召喚”して…さらに“暴れさせる”為に必要な魔力…だよな?』

『そうだ』

『うーん…』

 ロジィは魔法研究所育ちで、魔法に長けている。現に記憶を取り戻した後に、店の浮動車をアッパー改造出来た程だ。きっと見当を付けられると思う。

 ロジィが顔を上げる。

『…そーだな、きっとすごい魔力が必要になるよ。それこそ並の人間1000人分の魔力…って所かなぁ?だけど魔王がどのくらいの魔力を持ってるか分からないし…』

『じゃあ少なくとも、魔王は今…魔力を大量放出した後って訳だ』

 薊が不安そうに零す。

『でもシュウさん…怪獣を倒してから、もう何時間も経ってる。魔王の魔力は元に戻ってるんじゃないかな?』

『それでも、魔王が万全じゃないのは確かだろ?』

『…そうかもだけど…』

 魔王が少しでも消耗している所を狙う。

 勝機は、そこにしか無い。




 俺は構わず続ける。

『じゃあ次だ。俺は…魔王が、400年前のセニア建国時より弱っているんじゃないかと思ってるんだよ』

『魔王が…かい?』

 レイナが訝しむ。

 これはあくまで俺の予想だが…。

『だってよ…約400年前に魔王はラグラジアを一気に滅ぼしたけどさ、セニアは王城しか被害を受けて無いんだぜ?魔王がラグラジアを滅ぼした後に周辺国に服従を要求したことを加味すれば…今の魔王は、かなり穏便に出てるよな』

『そうとも言えますね』

 神になろうとしたという魔王・ヴェラーツ。

 ロジィ曰く“傲慢で独尊的”だったというこの男が、そんなことを言いだすとしたら…その理由は…。

『魔王はきっと…全盛期程の力が無いんだよ。それで力を取り戻すまでの時間を、ザフマンを使って稼いでるんだ。弱っている魔王が怪獣召喚で魔力を大量放出したとするなら…今は絶好の好機だよ』

 魔王が恐れているのは…きっと、ラグラジアの強力な兵器だ。

 それでザフマンを使い、魔境で遺物を集めていたんだと思う。

 自身の衰えを考慮し…復活時に対抗されないために。


 薊はまだ心配そうだ。

『シュウさん、じゃあセニア西門に現れたあいつは?』

 薊が懸念しているのは、セニア王都で実際に現れた“魔王”だ。

 恐らくあれは…。

『ありゃあ多分…魔王の端末だろ。姿形が記録と一致しないからな』

 俺の考えでは…あれはただの、セニアと交信する為の人形だと思う。俺達は王城に居るであろう…ヴェラーツ本体を叩く必要があるのだ。




 レイナが頭を押さえている。

 混乱しているようだ。

 …確かに俺の話には、彼女の知らない情報が多すぎた…。

『つまり、纏めると』

『おう』

『全盛期より弱っているであろう魔王が、現在更に弱っているから、今から王都に侵攻する…そういう事かい?』

『…そうだ』

 レイナは俺を見て、皆を見る。

『アザミ君もロジィ君も戦う気かい…?』

『…うん。あたしが居れば、お城まで一気に行けるぞ』

 ロジィが胸に手を当て、深く息を吸う。

『シュウさんと一緒なら、あたしも戦える。魔王を倒すよ』

 いつの間にか、薊も強い眼になっている。




 しかしレイナは、まだ憂いがあるらしい。

『なあシュウゴロウ殿…貴方、魔王がセニア王城を制圧した「呪い」にはどう対処する気だ?あれがある以上…私は王城へ密かに侵入するしか無いと思っていたんだが…』

『ああ、あれか…』

 レイナが言っているのは、セニア王城の人間が急に死滅した事件の事だろう。しかし恐らくあれは…。

『…なあレイナ、その魔王の「呪い」で死んだ人って…セニア王城で実際に誰かが見たのか?』

『…最初に魔王との交渉に臨んだ神官達が見たそうだ。しかし彼等には犠牲者の死因が分からなかったので、伝説に語られる「呪い」だと…』

『うーん…俺の考えでは、普通に魔王が殺して回ったのかもな。かつてラグラジア帝国を滅ぼした「魔王の呪い」は、今の魔王には使えないんだ』

『…?』


 かつて魔王がラグラジアを滅ぼしたのは「呪い」では無く、『月』の力によるものだ。しかし今回…『月』は“魔王の封印解除”に使われているため、再度使用制限が掛かっている筈だ。


 …魔王が異世界人召喚をしまくっているという可能性も無くはないが、まあ杞憂だろう。もしそんな芸当が出来るのであれば、高慢だという魔王ヴェラーツには…ザフマンなんかを駒として使う理由が無いのだ。つまり魔王がザフマンを使い捨てる時こそ、魔王完全復活の時なのだと俺は思っている。




 しかし納得しきれないらしいレイナが、俺をジト目で睨む。

『…貴方、なんでそんなことがわかるんだい?』

『う…』

 レイナの疑問は尤もだが、今俺には説明している時間も余裕も無い。

 なので俺は、苦し紛れに誤魔化す。

『…全部終わったら説明するよ』

『そうか…まあいい、貴方を信じよう』

 俺を信じてくれたレイナは、静かに目を閉じる











 突然、避難民の中から悲鳴が上がる。

「ば…馬鹿な…!」

「あいつ…なんで…!?」

「どういうことだ!!??」

 皆してデリ・ハウラの北を見ている。

 俺達も見る。



 日の出前の、暗い朝。

 デリ・ハウラの北方に、“奴”が居る。

 昨夜の、怪獣…!

 また現れるとは…!



 怪獣が、口を開く。

<<愚カナ魔物共ヨ!我ハ魔王ダ!!>>

 空間を揺るがすこの声。

 魔王の声…!

<<我ノ理想ハ…闘争無キ平等ナ世界ダ!貴様等モ我ニ賛同スル意思ガアルノナラ…本日ノ日没マデニ、使者ヲセニア王城ニ寄越スガイイ!!>>

 怪獣の大きな口から、魔王の声が出ている。

 魔物達が、慄いている…。

<<我ニ反抗スルノデアレバ…我ハ、魔境ヲ焦土トスル!コノ“焦土ノ使徒”ヲ、今我ハ魔境ニ3体召喚シタ!魔境ノ3ツノ町ハ…何時デモ壊滅サセルコトガ可能ダ!!>>

(3体も…!?)

 あの怪獣がここだけでは無く、今アグルセリアとサウラナにも居るって事か…?それはヤバイが…これはまさか…!?


 怪獣が口を閉じる。

 デリ・ハウラの北で、静かに鎮座する…。











 昨晩の怪獣が、再び現れた。

 それに、突然の魔王の声明。

 魔物達が大混乱している…!


「タジェルゥ様とヴェスダビ様が、偶然にもここに揃っておられる!どちらかに、魔王様への使者になって頂こう!」

「いや…従った所で、我々は滅ぼされるかもしれんぞ!?」

「ではどうすればいいんだ!!?」




 俺は、震える。

 このタイミング…!

 これは間違いなく…好機だ!!


『皆…魔王があの怪獣を3体も召喚したとすれば、奴は魔力をかなり消耗している筈だ!一気に王都へ侵攻しようぜ!!今から!!というか今しかないぜ!!!』


『…そうだな!』

 レイナも鋭く、王都を睨む。

『わかった…』

 薊も「空飛ぶ手甲」と「空圧棍」を構える。

『細かい作戦は…飛んで行く道中で考えましょうか』

 コルトはいつの間にか「災厄逸らし」を腰に差している…。

『ちょ、ちょっと心の準備をしたいぞ…』

 ロジィはワタワタしながら、それでもしっかりと王都を見据える。






 そんな俺達の所に、魔物が1人走ってくる。

「コルト!!居るかい!?」

「…兄貴!?」

 クーロンだった。

 息を切らして一言、

「ミレニィちゃんの、意識が戻ったよ…!」











 負傷者の治療小屋に、再び赴く。

 ミレニィが、目を覚ましている。

「…皆…よかった、無事だったのね…」

「すみませんミーちゃん…私、貴女を守れませんでした」

 横たわるミレニィの手を、コルトが握る。

 俺達も、ミレニィの周りに座り込む。

「…私、間違えたのね…。やっぱり亡命するべきだったわ…」

「ミレニィねーちゃん…」

 ミレニィが弱々しく嘆く。そんな彼女の様子に、薊とロジィが泣きそうな顔になる。ミレニィは構わず、コルトに懇願する。 

「…コルちゃん、やっぱり今から亡命しましょう」


「嫌です」


 きっぱりと断言するコルト。

 ミレニィが驚愕する。

「…どういう、事?」

「私達、やられっぱなしなんて許せませんから」

「コルちゃん…!?」

 ミレニィが悲壮な表情に変わる。

 彼女はコルトの腕を、力の限り掴む。

「まさか…でもそんな、死にに行くようなものよ…!?も、もしかして皆で行く気なの…!?」

「俺達皆で行くぜ!」

「ちょ、本気…!?」

 取り乱すミレニィを落ち着かせるように、コルトが微笑みかける。

「そう簡単に死にませんよ。安心して待っててください」

「嫌…!」

 ミレニィが、涙を浮かべて顔を歪める。

「行かないで、コルト…!」

 コルトが困ったように、ミレニィを押し退ける。



「わたしは必ずミレニィの所へ帰ってくるよ。そしてその時…わたしは貴女に、伝えなきゃいけないことを伝えるね」



 呆然とするミレニィ。

 屈託のない笑みを浮かべるコルト。

「だから、待ってて下さいね」

「…うん」

 ミレニィが、手を離す。

 ミレニィはそのまま再び眠った。

 彼女が目を覚ますころには、全て終わっているかもしれない…。






 …これで、俺達に後悔は無い。

 あとは、出来ることをするまでだ。

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