その34 炎の町
空気が乾燥し、火事が起きやすい環境になっています
火の扱いには十分注意しようね
俺達は今ロジィに乗り、夜の空を飛んでいる。
セニア大神官を歴任していたというセニアの貴族・レイン家の秘密を探るために、俺達はレイン邸のあるセニア王都のだいぶ南方の町…セニア南区に侵入していた。そして夜レイン邸に忍び込み、「追憶の煙炉」を使ってザフマンに関する記憶を再現することに成功した。
そして判明した事。
魔王復活が、レイン家の悲願だったのだ。
このセニア異変がザフマンの仕業だとわかった今、本当なら…俺達は次の手を考えたいくらいだが…。
なのに…。
なのに…!
『やべーぞみんな!火事だ!』
『あそこやっぱりデリ・ハウラで間違いないよ、シュウさん!』
『一体何があったんだよ!?』
『…ミーちゃん…!』
夜空の北の彼方が、真っ赤に染まる。
あの方角は、恐らく…。
デリ・ハウラだ。
ミレニィ…無事でいてくれ…!
俺達はしばらく飛行して、デリ・ハウラにだいぶ近づいた。
そして、異変の全貌を目の当たりにする。
『シュウさん見えた?あいつだ!!』
薊に言われなくとも、俺にも見えた。
『…冗談でしょう!?アレは何ですか…!?』
コルトも前方を見て、苦しそうに唸る。
『…おい、何だあの化物は…!?』
俺も、目が点になる。
炎に包まれるデリ・ハウラを、怪獣が闊歩している。
最初は遠距離な上に火事の煙で良く見えなかったが、近づいてみるとそいつは…高さだけで20m近くある。遠目に見えたシルエットはケンタウロスに近かったが、胴が長くて、短い足は象みたいで8本生えている。全身が暗い緑色でキモい上に、腕も4本生えていてさらにキモい。
下半身の全体からは、紫色の煙が噴き出している。
そして、頭部には…大きな口しかない。
その怪獣が、ゆっくりとデリ・ハウラを踏みつぶしている。
『おい…なんだあいつ!?あたしよりずっとデカいぞ!!??』
『そうだな、ロジィは俺の倍ちょっとしかないからな…』
『…シュウさん、あいつの口が光ってる!!』
『何…?』
薊の言葉通り、怪獣の口元が真っ白に光る。
次の瞬間、怪獣が町にレーザーを吐いた。
着弾点が爆裂し、一気に燃え上がる!
『うわっ!何だあいつ!?あんなの食らったらタダじゃ済まないぞ!??どうしようみんな!!?』
ロジィが怯えている。しかしロジィじゃなくても、こんな状況どうすればいいかわからない。自警団が応戦している様子も無い。巡回騎士も居ない。俺達だって、「零式魔導砲」も「空圧棍」も…ミレニィの店に置いてきてしまった。
頼みの綱は、魔境を守る自警団だが…。
『…コルト、自警団は応戦してるんだよな!?』
俺はコルトに、縋るように尋ねる。
しかしコルトの答えは、俺の期待とは外れていた。
『…応戦はしているでしょうが、正直手に負えないと思います…』
『そんな…!なんでだよ!?』
コルトは怪獣を睨みながら、悔しそうに歯を食いしばる…。
『…魔境の魔物は、武器の保有をセニアに制限されていますから。大砲だとか火薬だとか攻撃用術具だとか…そういった気の利いたものは無いんです。あるのは弩とか投石機ぐらいなので、あとは気合ですね…』
『…じゃあ、あの怪獣をどうすればいいんだよ!?』
薊も思いつめた表情だ。
焦る俺の横で、コルトが冷静に分析する。
『いや…可能性があるとしたら、もう「零式魔導砲」しか無いでしょう。あの怪獣がいるのはデリ・ハウラのやや北側です。ミーちゃんの店は西の方なので、まだ無事な可能性があります。まあミーちゃんが「零式」を持ち出してたら話は別ですが…とにかく店を目指しましょう』
『…そうだな!』
ゴチャゴチャ考えても仕方が無い。
今はとにかく、あの怪獣を何とかせねば!!
怪獣に気付かれた。
俺達の方に、ゆっくり向き直る。
『やばいぞみんな!気付かれた!!』
コルトの指示で、ロジィは怪獣の背後に回り込む航路で低空飛行をしていたのだが…相手にこちらの存在を察知されてしまった。「ステルスランタン」も使ってはいたのだが…高速で飛ぶロジィの速度に、ランタンの出す「銀の靄」が追いつけなかったのだろう。
『アザミ、ゴローさんと店を目指して下さい!!』
コルトが薊に指示を飛ばす。
『え…?コルトとロジィちゃんはどうするの!!?』
『いいから行って下さい!ロジィちゃんにはあいつの気を引いてもらいますから…その隙に武器を!!』
『でも…』
『いいから行けアザミ!』
コルトが思いの外激しく薊を叱責する。
『でも…』
『行くしか無いって薊!!』
悲壮な表情の薊を、俺も激励する。薊もそれに深呼吸で応じ、眼を閉じ、再び開く。薊の眼は強い光を宿した。覚悟を決めたのだろう。
不意に、怪獣の口が開く。
『…行こうシュウさん!!』
『おうよ!!』
薊が俺に抱き着き、ロジィの背を飛び立つ。
それの直後に、ロジィが一気に高度を上げる。
怪獣が、再びレーザーを吐く。
俺と薊は「空飛ぶ手甲」で飛行しながら、何とかミレニィの店を探している。何しろデリ・ハウラのあちこちがレーザーで焼かれているせいで、街並みの面影がほぼ無い。しかも火事の煙で視界が悪い。あと、何だかすごく嫌な匂いがする…。
火事のお陰で夜でも明るいのだけは助かるが…。
上空では、ロジィが怪物に応戦している。
時折ロジィも火炎弾を吐き出して、怪獣を攻撃している。
怪物に効いているのだろうか?効いているといいが…。
「ここだ、シュウさん!」
薊が降り立ったのは、ミレニィの店の前の大通りだった。
幽かにだが、面影を感じる。
「うッ!!?」
俺の視界の端。
通りに、黒焦げの“何か”が転がっている。
「…!」
薊があからさまに俯く。
俺も目を逸らす。
…目眩がする。
恐らくあれは…怪獣のレーザーで焼かれてしまった犠牲者だろう…。黒焦げの“それ”は、良く見たら同じような物が大通りのそこら中にある。どれも体の一部が欠けているが、恐らくあのレーザーが着弾した際の爆風で吹き飛ばされたのだろう…。
「…酷い、許せない」
薊が怒りに震えている。
しかし今は…。
「…いいから行くぞ!今は武器が最優先だ!」
「で、でもその…この中のどれかがミレニィかもしれないんだよ…!?」
「そうだとしても、俺達に止まっている時間は無い!わかるよな薊!?」
「…うん」
俺は固まる薊を引張り、ミレニィの店に突入する。
まだ、この惨状を嘆くことが出来る状況じゃあ無い。
今の俺達に出来るのは、ミレニィの無事を祈ることだけだ。
店は幸い無事だった。
ミレニィは…居ない。
爆風で飛んできたであろう他所の家屋の一部が、店の2階部分を破壊していたが…1階はほぼ無傷だった。俺は発見した武器の中から「空圧棍」を手早く薊に押し付け、片手剣「災厄避け」と遺物「零式魔導砲」を拾い上げる。
ついでに「光る杖」も拾い上げ、
「お前ら何してる!!?」
店の入り口、誰かの声。
魔境の言葉だ。
振り返る。
そこに居たのは、コルトと似たような格好の獣人だった。顔に大きな古傷があり、服も一部が黒焦げになっている。恐らく彼は自警団員で、この怪物に応戦したのだろう。
「お前ら逃げろ!!あいつが来るぞ!!」
男が怒鳴る。
「ええっ!?」
おかしい。
さっきまではまだ距離があったのに。
あいつ、真直ぐ俺達を目指してきたのか!?
「あいつの傍は危険だ!あいつが出す紫の煙は猛毒だ!!」
「…何だって!?」
…それはヤバイ。
急いでここを離れなければ。
コルトはロジィを誘導しながら、怪物に攻撃を仕掛けている。
ロジィが火炎弾を吐けるという事が分かったので、とりあえず怪獣を西に向かわせないように仕向けているが…。
火事の煙に咽ながら、コルトは舌打ちする。
「…ロジィちゃんの火炎弾は効いてるみたいですけど…あいつまだまだ余裕そうですね!なんとかアザミ達の為に時間を稼ぎたいですが…!」
「どうしようコルトねーちゃん!?」
「どーもこーもないです!私達は時間を稼ぐのが目的ですから、このまま攻撃を続行するのみです!!」
しかし状況は芳しくない。
この怪獣はロジィの攻撃を受けても、ちょっとよろけるだけなのだ。間違いなく効いてはいるのだが…なかなか決定打にならないのだ。熱線を吐くこの怪物は、どうやら熱に強いらしい。
コルトはロジィの爪での直接攻撃も考えるが…そこまでロジィを危険に晒せない。まだ増援も援護も無い以上、あまり無理が出来ない。
「くそ…自警団はどうやら壊滅したようですね…!」
コルトの期待は“自警団がこの怪獣にある程度の打撃を与えている事”だったが…今見える範囲に自警団は居ない。住民も居ない。
ただ、町の一角に投石器だけが並んでいる。
「自警団は応戦したけれど、怪物の熱線で焼かれて…って所でしょうね」
先程からロジィに怪獣の周囲を旋回しながら飛行してもらっているが…怪獣の上半身には、大きな痣と無数の矢が刺さっていた。自警団に出来たことは、これだけだったのだろう…。
コルトの脳裏を、影が一瞬掠める。
仲間。
隊長。
…ミレニィ。
「ねーちゃん来るぞ!しっかり掴まって!!」
「…はい!」
怪獣が再び、熱線を放とうとしている。
コルトは雑念を振り払う。
これは後ですればいい事だ。
…今は、この怪獣に専念するまでだ。
しかし怪獣は、順調にデリ・ハウラの西側に進んでいく。
俺は薊と共に、炎の町を駆ける。
怪獣が何故か、空中のロジィを無視して俺達の方に迫って来たからだ。飛んでもいいが、そうなると怪獣のレーザーが怖い。龍のロジィと違い、生身の薊はアレが掠めるだけでも危険だと思う。
俺達を誘導する男が叫ぶ。
「おいお前ら、そこを右だ!中央広場は瓦礫で通れないぞ!」
「…わかった!」
先程ミレニィの店で出会ったこの自警団員が、俺と薊を避難させてくれているのだ。…まあ俺達は避難する気なんか無いので、このまま怪獣の死角に回り込むつもりだが。
そうとは知らない自警団の男が、俺達に奇妙な視線を送ってくる。
「…お前ら商人か!?なんで人間がデリ・ハウラに居るんだ!?」
「一応俺達、ここの住人だからな…」
「そうか…」
「あなたこそ何者?こんな大火事の中で1人なんて…」
「俺は自警団員だ。一応俺達も応戦はしたんだが…仲間の殆どがあの化物の熱線にやられたよ。あいつ突然現れやがったし、俺達には大型の兵器も無い。あの化物の急襲に、出来る限り応戦してもこのザマだ」
「…」
口では泣き言ばかり言うが、この自警団員は諦めた素振りが無い。
きっとまだ戦う気なのだろう…。
そして男が不意に、今度は空へと視線を向ける。
「なあ…あんたら、アレが何者か知ってるか…?」
深紅の龍が、飛行しながら炎を吐いて怪獣に攻撃している。
「…知らない」
とりあえずとぼける。
「…だろうな」
自警団の男は頭を振ると、今度は鋭い目に変わる。
「…まあいい、お前らはこのまま真直ぐ行け。町の南側に出られる。デリ・ハウラの住民達が、サウラナを目指して南進している筈だ」
「アンタはどうするんだ?」
「戦うに決まってる」
男は突然進路を変えて走り出す。
あっという間に、彼の姿は見えなくなってしまった。
俺と薊も逃げるのはやめて、「空飛ぶ手甲」の低空飛行で怪獣の側面に回り込む。俺達を見失ったらしい怪獣がロジィを狙って上空に向かってレーザーを撃っているので、さっきから地上は比較的安全だ。
「…さっきのヒト、大丈夫かな…?」
薊が気にしてるのは、走り去った自警団員だろう。
「さあ、わかんねぇ…」
しかし俺達だって、他人の心配をする余裕は無い。とにかく早急に、怪獣に「零式魔導砲」を撃ち込む必要がある。
「シュウさんどうする…?このまま飛行してあいつに近づいて…」
「いや、駄目だ」
「なんで?」
薊は飛行状態で「零式」を撃つ算段らしいが、流石に危険だ。
「撃った反動がどんなもんかわかんねぇし、弾速も射程距離も未知数だろ。おまけに外したら…次撃てるのは半日後だ。なるべく近くの建物の、屋根の上から撃とう」
「それじゃシュウさんが危ないよ…」
薊が青い顔をする。
しかし、俺は心配無いというように軽く返す。
「「ステルスランタン」と「膜を張る腕輪」があるから、あいつの傍でも大丈夫だろ。行けそうだったら「光る杖」で合図をするから、そうしたら薊達は怪獣から離れてくれ!」
薊も納得してくれたようだ。
「…わかった、シュウさん…死なないでね」
「…善処するぜ」
とはいえ、この戦法は…俺が怪獣に狙われた時点で終わりだ。
あとは俺の持つ遺物達の力を信じるしかあるまい。
薊は繍五郎を地上に残し、「空圧棍」を携えて飛び立つ。
繍五郎はすぐさま「ステルスランタン」を起動してしまったため、薊は彼をすぐに見失ってしまった。
「膜を張る腕輪」を持つ彼なら、毒の煙も問題無いのだろうが…。
無事でいて欲しい。
薊は改めて、町の惨状を見回す。
悔しい、許せない。
夜の闇を、炎が赤く照らし出す。
(この町は、私を受け入れてくれた…大事な場所なのに)
町の北側は燃えていないが…怪獣に踏みつぶされ、紫の煙に覆われている。あの煙は猛毒らしいので、町の北側は全滅だろう。
怪獣の周囲はというと、炎が燃え盛って夜なお明るい。ロジィは火炎弾を百発百中で吐いており、町にこれ以上に被害が出ないよう気を付けているようだ。
(こいつも…きっと魔王の手下だよね)
きっとこの怪獣も、魔王が生み出したのだろう…。
魔王は、魔物を攻撃して来た。
やはり、魔王は魔境の敵だ。
あたしの敵だ。
(容赦しない)
薊は「空圧棍」を握り締め、怪獣の背後へと一気に浮上する。
「食らえバケモノ!!」
「空圧棍」が、接触と同時…爆発的に空気を産んだ。
怪獣の背後で爆音が上がる。
怪獣は唸り声も上げないが、背を丸めて苦しそうにする。薊も反動で後ろに吹っ飛ぶが、「空飛ぶ手甲」で体勢を立て直す。薊はこの一撃で、初めて扱う「空圧棍」の性能を大体理解した。
(至近距離で爆発的に空気を出す…けどその分反動がすごいな。空気だけで発射も出来そうだけど、それじゃ威力は下がりそうだね…)
怪獣が、4本の腕を大きく振るう。
薊には当たらない。
そのまま飛行して、上空に居たロジィ達に接近する。
『コルト、ロジィちゃん!大丈夫!?』
『アザミ!こっちは大丈夫です!!』
“大丈夫”と言ったコルトだが、熱風を受けたのか服が一部焼け焦げている。ロジィの方は…龍の鱗で爆風も問題無いようだ。
『アザミねーちゃん…にーちゃんは!?』
『町に居る。近づいて「零式」を狙い撃つって』
『…ゴローさんも結構命知らずですね』
怪獣が薊達に向き直り、再び口を光らせる。
直後、怪獣の背後に、光の玉が炸裂する。
怪獣が薊達と逆方向、背後に振り返る。
ダメージを受けた様子では…無い。
『アレが「零式」…?』
今の光弾が?
薊が想像してたより、ずっと…弱い。
コルトが怪獣を睨みながら、
『…あれたぶん「光る杖」ですね。以前火山でも発射してましたが…攻撃までできるようになったんですね』
(ということは、今のが合図なんだ)
薊は光弾の発射された辺りを凝視する。
怪獣が上空の薊達を狙った時。
(今だ…!)
そこがチャンスだと俺は思った。
怪獣の斜め後ろ、射線に薊達が被らない位置。
俺はまず、「光る杖」で”合図”の光弾を放つ。
怪獣が、こっちにゆっくり振り返る。
(この武器は効く!絶対効く!信じろ俺!!)
俺は「零式魔導砲」に力を込めた。
「零式」の先端から、真っ黒い球体が生まれる。
そして真直ぐ、怪獣に向かって放たれた。
矢よりも遅い速度で飛行したその球は、怪獣に着弾した瞬間に一気に膨張した。
そして怪獣の上半身を包み込んだかと思うと、その空間ごと消滅した。
夜のデリ・ハウラが、闇の中で煌々と燃えている。
「零式」で怪獣は上半身を失うと、残りの体も塵と消えた。そのあと龍のロジィには…1人でデリ・ハウラ近郊の森に一旦身を潜めてもらい、変身を解いてくるように言って別れた。
そして俺達は何食わぬ顔でデリ・ハウラの南方…避難民が集う場所を目指す。
「早く火を消すぞ!このままじゃ町が全焼だ!!」
俺達が南に逃げる途中、自警団の生き残りらしき男達が、懸命の消火活動を行っていた。男達を先導していたのは…。
『…シュウさん、あれ…さっきのヒトだ』
『本当だ、無事だったんだな。あのヒトさっきは“戦う”って言ってたけど…俺達が先に怪獣を倒しちまったからな…』
彼は…俺と薊がさっきミレニィの店で出会った、顔に傷のある獣人だ。彼が生き残りらしき自警団員を引き連れてデリ・ハウラに進入していく。怪獣が居なくなったのを確認した彼らは、自分の使命を果たそうとしているのだろう。
彼等は自警団保有らしい厳つい装備の大型浮動車…どうやら放水術具らしい…を伴って行くが、人数・増備に対して火事が大きすぎる。しかしそれでも、何もやらないよりは確かにマシだろう。
『…隊長、無事でしたか』
自警団員達を見つめ、コルトがぽつりと漏らす。
『…知り合いか?』
『私の上司です』
『…コルトは、あっちに行かなくてもいいの?』
薊が消火部隊を指す。
コルトは首を振る。
『…私には、ミーちゃんの方が大事です』
『…俺も同感だな』
俺達は最優先で、ミレニィを探す。
俺達はデリ・ハウラの南側…サウラナ行の街道にやって来た。町の魔物達は皆、サウラナに向かって南に避難しており、その街道沿いで怪我人の治療が行われている。俺達はそこで、こっそり龍に戻ったロジィと合流する。
『にーちゃん達も無事か!?』
『あたし達は大丈夫だよ、ロジィちゃん』
『…ミーちゃん、どこに…』
『…酷いな』
他に言葉が出なかった。
火事や爆風で火傷を負った魔物、爆風で飛散した瓦礫で負傷した魔物、毒を受けて苦しむ魔物…。自警団や薬師が治療に当たっているようだが、物資の不足は目に見えている。
「…ま、魔王は…我等を用無しと見做したのか…」
「魔境は終わりだ…」
「…魔王に見捨てられた我々は…何処へ行けばいいのだ…」
魔物達は悲観に暮れている。
俺達は大勢の避難民の中で、ミレニィを探す。
コルトは独断専行で先に行ってしまったので、彼女の事も探しながら進む。薄暗い周囲に気を配りながら、決して見逃さないように、
『あれ、君は…』
突然、俺の肩に誰かが手を置く。
振り返る。
獣人だ。
『…あなた、クーロン…さん?』
『どうも』
そいつはコルトの兄、クーロンだった。憔悴した表情だが、怪我をしている様子では無い。しかしクーロンは非常に疲れたように肩を落とし、
『シュウゴロー君達、コルトを知らないかい?』
どうやらコルトを探しているらしい。
『…コルトなら無事ですよ。さっき見失いましたけど…』
俺の言葉に、クーロンが目を輝かせる。
『コルトは無事か!よかった…!』
クーロンは大きく胸を撫で下ろす。
コルトの状況を聞いたクーロンは、一気に元気になった。
『いやー良かった良かった…!僕がデリ・ハウラに辿り着いた時は夜だったんだけど…その時もうあの怪獣が暴れてたんだよね。それに応戦した自警団は壊滅したって聞いて、コルトの安否が気掛かりで…!あ…そういえば君達も見た?あの怪獣と戦ってた、空飛ぶ生き物!ここの避難民も皆で見てたんだけど…あれ何だったんだろうね。しかもいつの間にか居なくなっちゃったし…』
『そ、そうですね…』
安心した為か、クーロンが一気に捲し立てる。
そんな彼に、薊が尋ねる。
『…クーロンさんってサウラナに住んでるんですよね?なんでデリ・ハウラに居るんですか?』
その問いに、クーロンは背負っている箱で答える。
『…今回の“魔王異変”で嫌な予感がしたからさ。ヴェスダビ様を筆頭に、サウラナの薬師達と一緒に来たんだ。薬草を大量に持ってね。まあ僕達は怪獣の出現を読んだわけじゃ無くて、魔境とセニアの衝突を危惧してたんだけどね…』
『なるほど…わざわざ来てくれたんだね』
暗い表情の薊だが、僅かに微笑む。
「ミーちゃん!!」
避難民達の向こう、コルトの叫び声。
俺は反射的に、声に向かって走り出す。
薊とロジィ、クーロンも来る。
声は、テントのような仮小屋の中。
負傷者の治療所だろう。
俺は魔物達をかき分けて、飛び込む。
「ミーちゃん起きて!ミーちゃん!!」
座り込むコルトの横。
ミレニィが、横たわっている。
彼女は、静かに目を閉じている。
胸は上下している…呼吸はあるようだ…。
綺麗な顔に、煤が付いている。火傷では無い。
頭…上半身…四肢…大きな怪我は…無いように見える。
「…そんな…!」
薊の悲痛な声。
「…っ!」
ロジィが息を呑んだのが分かった。
動転している俺は、遅れて気が付く。
ミレニィの黒い翼が…片方しか無かった。




