番外2 半人半魔の魔境移住
その-5話
母の故郷は、思った以上に私に厳しい。
早朝、私は務めている商店を飛び出す。
「じゃあ店長、行ってきまーす!」
浮動車の準備は万端。
荷物も完璧。
私の気持ちも高まってる。
「ああミレニィ、気を付けてね」
店長に見送られ、私は店を出る。
今日初めて、店長に私1人での行商を任されたのだ。
絶対に、絶対に成功させてやる。
私がこのセニア王国に住み始めたのは、2ヵ月前。
とはいっても、私の住んでいる町デリ・ハウラは、セニア王国でもかなり「特殊」な場所なのだ。
セニア王都の東方に鎮座する大火山・アグナ。
山の東側半分は、気流の関係で火山灰が厚く積もっている。
そして西側の麓には、「魔境」と呼ばれる区画がる。
デリ・ハウラは、その魔境に3つしか無い町の1つだ。
「ふふん、今日から明日にかけて良い天気みたいで良かったわ」
浮動車で、デリ・ハウラの大通りを進む。
ここ…魔境の住人は皆、人間ではない。
2足歩行はしているが、姿形は異形のそれだ。
彼らは「魔物」。
母様と同じ。
「…町の南側、ここね」
私は店長に言われた場所に着く。ここは魔境の町と町を繋ぐ、街道の入り口だ。この先には、私が見たことの無いサウラナという町があると聞いている。私はその町に、店長が仕入れた品を売り込みに行くのだ。
…そしてもう1つ、この場所に用事があった。
サウラナまでの警護をしてくれる自警団員を、店長が雇ったのだ。
(…いたわ)
人影が1つ。
獣人だ。
私に気付いて振り向く。
「…なんだ、例の半人半魔か」
振り向いたそのヒトは、赤い眼を私に向ける。
若い。
女性だ。
薄茶色で縞模様の毛並みと、長い尻尾を持っている。
しかも、私と殆ど同じ歳だろう。
「わたしは自警団員のコルト。よろしく」
そのヒトが気だるげで眠そうな顔で、つまらなさそうに私を見る。
「…私はミレニィよ、よろしくね」
不愛想な獣人に、私は先行きの不安を覚える。
このヒトが、今回の行商の街道警護か…。
魔境の街道は危険が多い。
こういう所では、人間の盗賊が出たりするのだ。だから魔物が街道を往く際には、護衛を雇うのが一般的らしい。私も以前の、店長と一緒に行ったアグルセリアでの往来には、数人の自警団員を雇っていた。
しかし今回は1人。
しかもこのヒト、よりにもよって不愛想で無口だ…。
「あのねあのね、貴女も知ってるようだけど…私は半人半魔なの!父がセニア人で、母がアグルセリアの魔物よ!2月前に15歳になったから、それを機に魔境に移住したの!」
「ふーん」
何を話しかけてもこんな調子だ。
…だが粘り強く、何とか会話を続ける。
「…ね、ねえ貴女…ラバウル・ヘイゼルって知ってる?セニア出身の劇作家で、よくデリ・ハウラでも公演をしてたらしいんだけど…」
「知ってる」
「……その人、私の父なの!!でね、父はそうやって魔境公演をするうちに、母と出会って、恋に落ちて…。でも人間と魔物が結ばれるなんて有り得ない事だったから、両親は亡命したのよ」
「そう」
「………父は劇作家として活動している頃から、よく魔境に投資をしてたの。そのお陰で私、すんなり魔境に移住できたのよ。何故かっていうとそれは、父に恩がある魔物が居て…今務めている商店の店長だけど…そこで面倒を見て貰えることになったからなの」
「へぇ」
「…」
駄目だ。
私はコルトさんに、嫌われているようだ。
…私が、半分人間だからかな?
私には耐えきれず、思わず本音を漏らす…。
「…貴女も、人間は嫌い…?私が半人半魔だからそういう態度?」
「別に」
「…そう」
このヒト、私に対して完全に無関心なんだ。
…まあ、嫌われるよりはマシかもしれない。
私は思わず、アグルセリアに居た頃を思い出す。
私は魔境に移住した時、最初アグルセリアに住んだのだ。
魔境最大の町。
そして、母の故郷。
子供の頃からの、私の夢。
私は生まれつき、自分が「普通」じゃ無い事は分かっていた。
私は生まれたお屋敷に居た頃から…周りには人間がいっぱい居たが、異形なのは母だけだった。嘴と翼を持ち、艶やかな黒の羽毛に覆われた、鳥のような母。
私は一見…父と同じ『人間』だ。
しかし私にも、母と同じ黒い翼がある。
これは、同年代の子供達には無いものだった。
両親も、使用人のエデルも、お屋敷の皆も…私を普通に扱ってくれていた。しかしお屋敷を出れば、近隣の人々は私に好奇心の眼差しを向けて来た。
それが不快であったわけじゃ無い。
彼らが嫌いでもない。
ただ漠然と、こう思っていた。
“私の居場所はここじゃない”って。
それ故に、私は母の故郷に移住した。
幸い魔境には、父と縁のある魔物が少なからず居たのだ。彼等を頼りに、15の誕生日に、私は遂にアグルセリアに住み始めた。
しかしアグルセリアでは、母は疎まれていたのだ。
アグルセリアは“魔境で最も歴史がある町”と母から聞いてはいた。しかしそれ故に、アグルセリアでは…古臭い反セニア思想が蔓延っていたのだ。魔境独立を掲げる連中から見れば、人間と駆け落ちした母は裏切り者だ。
当然私も、いい眼で見られる筈が無かった。
…実は一番最初、私はアグルセリアで歓迎されたのだ。
「ようこそミレニィ。儂はこの町の長老、タジェルゥだ」
アグルセリアに着いた日、私は町の長老様に出迎えられ、彼のお宅に招待されたのだ。とても嬉しかったし、“母の件”は心配無いんだって安心した事を覚えている。
しかし長老様は、そんな私に、とんでもないことを言ったのだ。
「よく聞けミレニィ、お主は魔境の希望なのだ」
長老が私に期待した事。
それは、“私がセニア人を誑かす事”だったのだ。
彼は魔境独立の為に、“人間の血が濃い魔物”が欲しいだけなのだ。
私はその場で断った。
この時、私はアグルセリアに酷く幻滅したのだった。
それからは、嫌がらせの毎日だ。
アグルセリアで仕事に就いても就いても、何故か直ぐにクビになった。私をクビにした雇い主達は、誰もその理由を言わなかった。タジェルゥ…あの爺の仕業だと、後でわかったが。
そうして流れ着いたのが、アグルセリアの路地裏にある採掘関連の雑貨屋。そこだけは長続きした。そこの鬼人の店主も、店員の蜥蜴男・ゲルテさんも、私に良くしてくれた。特にゲルテさんには何度も助けられたし、借りをたくさん作ってしまった。
しかし結局、私はアグルセリアが嫌いになり、去ったんだけど。
私がアグルセリアに住んで分かった事。
結局、半分半分の私の居場所は…ここでも無かったって事。
2人とも黙り込んで、夕暮の街道を進む。
…私とコルトが最後に会話したのは、確かお昼頃だ。
その後…なんと彼女は、先程まで居眠りしていたのだ…。
こんな警備で大丈夫なのかと、私は不安を感じている。
夕日に照らされる街道。
もうじき夜が来る。
…ここらで1つ、私はコルトに聞くべきことがあった。
「…ねえ貴女、この辺で野営に向いてる場所を知らない?」
今回の目的地であるサウラナは、結構遠い。
それ故に、一晩は野営をする必要があるのだ。
「…もう少し先に川があるから、そこ」
「そう、ありがとね」
この道中で、コルトが初めて長めのセリフを喋ってくれた。
嬉しくなって、思わず私も喋ってしまう。
「ねえねえ貴女、貴女はどこの生まれ?」
「サウラナ」
「へぇー!じゃあ貴女が今回の警護に付いてくれた理由って、それ?」
「関係無いよ」
「何で何で?何で関係無いってわかるの?」
「そういうのは上が決めるから」
「ふーん、そうなのね!」
相変わらずしかめっ面のコルトだが、何だか朝より喋ってくれる。
嬉しくなって、もっと喋ってしまう。
「そういえば私この2か月間で、女性の自警団員は初めて見たわ!それに私と同じ年頃なんて…貴女凄いわね!!」
これは“いつ言おうか”と迷っていた事だった。私は自警団の魔物が男しか居ないものだと思っていたのだ。しかしコルトの朝の雰囲気からして、触れていいものか迷っていたのだった。
「別に…」
しかしコルトは素っ気無い。
そこで私は、朝から感じていた違和感を口に出す。
「ねえねえ…こういう街道での商人の警護って…自警団が2人以上居るものじゃない?私が店長と街道を往くときは常にそうだったわよ?何で今回は貴女1人なのかしら?」
急にコルトが私を見る。
赤い目に見つめられて、思わず緊張する。
「舐められてるから」
「え…?」
どういう意味?
それは私が…。
「…ここだよ、停めて」
「えっ!?あ、うん!」
いつの間にか、川を渡る橋が目の前にあった。どうやら、コルトの言っていた“野営場所”に着いていたらしい。
今日はここで野営だ。
野営地は、街道途中にあった川の河原。
結構広い。
水があるのもありがたい。
私は浮動車に幌を張り、焚火を起こし、その傍に座り込む。
「あー疲れた。サウラナって遠いのね…」
「そうだね」
焚火の向かい側、コルトが干し肉を齧っている。どうやら自分で持ってきたらしい。私は黙って、彼女が食べている様子をじっと観察してみる。
「…あまりジロジロ見ないでくれる?」
コルトが私を睨んでくる。
何にせよ、私に関心を持ってくれるのが嬉しい。
「うふふ、気にしないで」
「全く…」
コルトは干し肉を一気に頬張ると、咀嚼しながら行儀悪く喋る。
「貴女、早く寝なよ。疲れてるだろ?」
「あ、ええ…そうね」
確かに仰る通り。
だが先程の言葉の真意を聞かねば…。
「ねえ貴女…さっきの“舐められてる”っていうの…どういう意味?」
コルトが憮然とした表情になる。
つまらなさそうにそっぽを向く。
「…そのままの意味だよ」
「それは、私が、半人半魔だから…?」
「違う」
見るからに苛々している。
その調子のまま、コルトが吐き捨てる。
「わたしが…小柄で、女で、弱そうだから」
静かな新月の夜。
川のせせらぎ。
夜風で木々の葉が擦れる音がする。
焚火が爆ぜる。
「魔境の自警団には、女が居た事なんて無い」
コルトが少しづつ話をしてくれる。
私は静かにそれを聞く。
「わたしは小さい時から頭が悪くてね…勉学はからっきしだったけど、狩りや喧嘩が得意だった。でも故郷のサウラナは薬学の町で、そこじゃ馬鹿は生き辛いからさ…腕っ節で生きていける仕事を探した」
「…それで自警団?」
コルトは黙って頷く。
「馬鹿みたいに鍛えて、サウラナの不良や自警団員に喧嘩を売って、森の原生物を剣で狩って…」
「えぇぇ…」
それは…ちょっと予想外だった…。
どうやらコルトは、とんだ不良だったみたいだ…。
「15歳を過ぎていて、ある程度の腕を認められれば、団員になれる…これが自警団の入団条件。実は自警団員って性別に制限なんて無いんだよ。わたしは半年前に15になったから、サウラナを飛び出して、デリ・ハウラの自警団本部に押しかけた」
「…すんなり入団できたの?」
私の言葉に、コルトが自嘲気味に笑う。
「まさか。その時本部に居た隊員達は…どいつもこいつも…わたしを嘲笑って、まともに相手してくれなかったよ。なんとか入団試験を受けさせて欲しいって言ったけど、酷い事言われて門前払い」
「…ちなみに、何て言われたの?」
「“お前みたいなチビの雌餓鬼が自警団員になっても…悪党を捕まえるどころか、逆に捕まって玩具にされるだけだぜ”だってさ」
「…」
…酷い言いようだ。
が、何だか親近感が湧く。
彼女は私と同じだ。
周りと毛色が違うから苦労している…仲間だ。
コルトが急に、悪い笑顔になる。
「まあわたしも…そこで堪忍袋の緒が切れて、居合わせた自警団連中を相手に大暴れしたけどね。10人くらいはぶっ倒したけど、流石に相手が多過ぎて…」
「そ、そうなの…?」
違ったみたいだ。
彼女も周りと違うけど、私みたいに苦労はして無さそうだ。
…すごいな、コルトは。
コルトはそこで大きく息を吐き、私に正対する。
「…ごめんねお嬢さん。今回の任務…たぶん自警団の仲間の、わたしへの嫌がらせなんだ。普通サウラナ行の警護は2人以上なんだけど、組む仲間が急に『体調不良』でね…。それでわたしも、朝からムカムカしててさ…」
…コルトの朝からのあの態度は、私にではなく、自警団に向けた物だったらしい。よかった、私を嫌っているわけじゃ無いんだ。
「…でもきっと、私のせいでもあるわね!」
私も強気で返す。
コルトが驚く。
「何たって私、半人半魔だからね!アグルセリアでも散々コケにされてきたし、デリ・ハウラの自警団に舐められても仕方ないわね!」
「…お嬢さんは、諦めてるの?」
コルトは呆れ気味だ。
「まさか!」
なんだか楽しくなってくる。
「私が頑張って、周りを変えてやるのよ!今に見てなさい…私は魔境で認められて、魔境一…いえ、セニア一の行商人になるんだから!!」
その言葉を聞いたコルトが、私に初めて優しい笑顔を見せた。
「…前向きだね、お嬢さん。羨ましいよ」
思わず見とれてしまった。
「…お嬢さん?」
「えっ!!?あ、ああ…そうね!でもコルトの方がもっと凄いわよ!!なんたって前例の無い女自警団員になって、腕を認められてて…」
「…仲間とは認められていないけどね」
「それはこれから頑張るのよ!」
私は、コルトの手を取る。
ふわふわの毛並みが心地良い。
「ねえコルト、私と友達になってよ!一緒に頑張りましょう!!」
コルトは少し迷った様子で、しかし私の手を握り返す。
「…そうだね、それもいいかも」
「うふふ…私、魔境で初めて友達が出来たわ!!」
「それは良かった」
私達、同じ除け者同士だ。
でも傷を舐め合う気は毛頭無い。
魔境に、私達を認めさせるのだ。
コルトが耳を立てる。
「失礼」
「わっ!!??」
突然、コルトが焚火を蹴散らす。
「よっと」
「へぇぇぇ!!?」
軽く担ぎ上げられる。
何、何!?
「何なのコルト!?」
「静かにして」
突然の暗闇。
状況が呑み込めない。
しかし、コルトは至って冷静だ。
「賊だ」
ヤバイ、ヤバイ、どうしよう…?
新月の夜、真っ暗な森の中。
今私とコルトは、浮動車から少々離れた森に潜んでいる。
…四方八方から、物音がする。
「…くそ、囲まれてるね」
コルトが毒づく。
どうやら、浮動車を離れても意味無かったようだ。
「ねえミレニィ」
コルトが小声で話しかけてくる。
「…何?」
「浮動車と荷物、捨ててもいい?」
「…ホントは嫌」
「わかった、何とかできるよう努力する」
周りの闇から、足音が近づいてくる。
もうそんなに距離が無い。
自分の動悸の音が、嫌に大きい。
「…無理はしないでね?」
「もちろん。あとミレニィ」
暗闇で薄目を開くコルト。
闇に光る赤い眼が、私を捉える。
「貴女のその翼、飾りじゃないよね?」
「ラァッ!!」
暗闇に、刃が煌く。
「ほッ!」
コルトが私を抱えたまま、華麗に避ける。
「ソリャ!」
「テャッ!!」
木陰から次々に斬撃が飛び出すが、コルトはただ避けていく。
そのままコルトは、元々居た焚火跡の方に戻った。
野営地は既に、賊に囲まれていた。
「情報通りだな…。へっへっ…若い女2人か。無防備にも程があるぜ」
「お…頭、あの翼の生えた方、なんか珍しいっすね!」
「荷物は…塩と薬品って所か?まあ悪くない…」
「とっとと捕まえて、可愛がってやろうぜ!」
賊はやはり…人間達だった。
そいつはセニア語で話しているが、情報って…?
「ミレニィ」
コルトが私の名を呼ぶ。
賊が包囲を狭めてくる。
背後は川。
逃げ場がない。
そこでコルトがやっと、腰の剣を抜く。
「しばらく飛んでて」
コルトが賊の一角に、鋭く突っ込んだ!
「ギャァ!?」
剣戟音と、打撃音。
暗くてよく見えない。
飛べ…飛べ!?私が!!?
「ちょ、こんな暗い夜じゃ飛べない!暗くて降りられないよ!」
「飛べるし降りれる!わたしを信じて!!」
私にはよく見えないが…コルトが暗闇の中、果敢に戦っている。
「させねぇよ!!」
賊が1人、私に向かってくる!
もう迷っている時間が無い!
「もう、分かったわよ!!!」
私は翼を広げ、宙に飛び立つ。
私の翼は飾りじゃない。
数分位なら浮いていられるのだ。
多分コルトは、広い場所に賊をおびき寄せたんだと思う。
「だぁっ!!」
コルトの声。
「グハッぁ!!?」
男の、呻き声。
「このクソガキが!ぶっ殺す!」
「バラバラに刻んでやるよ!!」
荒れ狂い、コルトを追う賊達。
(暗い…コルト大丈夫…?)
私の居る空中からは、地上の様子がよく分からない。
ただ、激しい剣戟音がする。
(最初に無抵抗で逃げ回ったのは、相手を油断させる為?)
最初…ただただ逃げて剣も抜かなかったコルトに、賊は気軽に近寄って来た。多分その時にコルトは、相手の人数と、武装の確認をしたんだと思う。恐らく…弓を持った奴が居なかったから…私を飛ばせ、賊に斬り込んだんだ。
まさか足手纏いを連れた単騎の女が、そういう事はするまい。
賊に、そう勘違いさせて。
「グェッ!!?」
大きな呻き声。
コルトじゃない。
それが最後で、戦いの音は消えた。
(終わった…?)
私が見た限り、賊は10人は居た。
コルト1人で皆倒しちゃったの…?
というか、やっぱり暗くて降りられない。
私は鳥目で、地上との距離が分からないのだ。
「コルト…コルト!?大丈夫?」
「ミレニィ、ここだよ」
暗闇。
地上の場所が分かった。
赤い双眸が、暗闇の中に幽かに浮かぶ。
夜の闇の中。
私は赤い双眸を頼りに、緩やかに降下する。
「…よっ!」
「きゃっ!」
コルトに抱き留められる。
「おかえりお嬢さん。結構飛べるんだね、驚いたよ」
そう言いながらコルトは私を降ろし、再び火を熾している。術具で点火された焚火が再び燃え始めると、周囲の様子が良く分かる。
賊達が、河原でみんな伸びている。
「…こいつら、どうする?」
「とりあえず縛って放っとくよ。お嬢さんも手伝ってね」
コルトの持っていた僅かな荷物から、鉄杭と縄が出てくる。
「…捕まえて、後はどうするの?」
「セニアの巡回騎士に、連行を要請するんだよ。我々自警団は、こういう無法者を捕まえる事はできても裁く事はできないから…」
不意に、血の匂い。
コルトが急に座り込む。
「ど、どうしたの!?」
「いいから先に賊をどうにかして。これくらいなんでもないから…」
「ちょ…コルト足が…!」
コルトが、右腿から血を流していた…。
しかしコルトは笑顔だ。
「治療は後でもいいから。とにかく今は、賊が先」
「う、うん…」
私は1人で、賊の拘束を行うことになった。
夜の河原。
浮動車の傍で、私はコルトの手当てをする。
「凄いね…お嬢さん薬草の知識もあるんだ」
「…まあ、少しね」
私は私用の荷物にいつも、薬草と調合道具を数種持っているのだ。止血と沈痛、それに膿止めの薬草を擂鉢に入れて細かく擂る。それらを少量の水で溶き、傷に当てる布切れに染み込ませる。
「…この酸っぱくてどこか甘い匂い…エスナジュの根の粉末だね。お嬢さん、良い物持ってるじゃん」
「いいから…コルト、ちょっと脱がせるわよ」
「はいはい」
コルトは自警団の団服を着ているが、基本的に男性用のようであまりにも女性らしくないと思う。怪我的に、上はいいので下を脱がせる。
「…」
コルトの腿の傷口を見て、思わず目が眩む。
私こういうの、苦手なんだ…。
「…嫌なことさせてごめんね」
コルトが申し訳なさそうに呟く。
「ぅえッ!?いいのいいの!!」
あまり傷口を見ないように、布を当てる。
「…っ!」
コルトが顔を顰める。
…傷に沁みたらしく、ちょっと涙ぐんでいる。
…不謹慎にも、可愛いと思ってしまった。
コルトの脚は、結構筋肉質だ。毛はふわふわなのに、直で触るとしっかり硬い。でも腰はちゃんと細い。ゆらゆら揺れている、縞模様の細長い尻尾が可愛い。弱気な表情と、意外と可愛らしい下着が素敵で、
「…ちょっと、あまりジロジロ見ないでよ…」
涙目のコルトが訴える。
「えっ!?あ、はい!!」
しまった、手が止まっていた。
私は手早く包帯を巻いて、一応の応急処置を済ませる。
私の胸が、今までに無い何かを感じている…。
私とコルトは、朝焼けの森を進む。
「昨日は散々だったね、お嬢さん」
「そうね…」
私達は今朝、無事に野営場所を出発できたのだ。浮動車がのんびり進む森は、早朝という事もあって鳥の鳴き声がすごい。
昨夜あの後、コルトが呼んだ巡回騎士がやって来て、賊をみんな連行してくれたのだった。そして驚いたことに、彼ら巡回騎士は…何故かみんな美形だった。
「しかし、夜の番までしてくれるとは思わなかったよ」
「ああ、あれは助かったわね…」
しかもその騎士達は、なんと私達の為に朝まで付いていてくれたのだ。怪我をしていたコルトを気遣ってなのかもしれないが、お陰で昨晩はゆっくり休めたのだ。
「いい人間も居るのねー…」
「そりゃあそうだ。いい人間だって悪い魔物だっているもんさ」
「あ」
私はコルトの“悪い魔物”という言葉で思い出した。
「…昨日来た賊ね、最初に何故か“情報通り”って言ったのよ」
「お嬢さん、セニア語わかるの!?」
コルトが驚く。
「父がセニア語を、母が魔境語を教えてくれたから…一応両方話せるわ」
「はぇー…凄いね」
コルトが目を見開き、食い入るように私を見てくる…。
そしてぽつりと、
「…自警団に、賊とつながってる奴が居るらしいけど…」
「えっ!?」
驚く。
でもコルトは平然と続ける。
「楽に襲えそうな客の情報を、賊に売ってる輩が居るらしいんだ。それも自警団の中にね。この件は上に打ち上げとくよ。お嬢さん、情報提供ありがとう」
「…ま、まあ…どういたしまして…?」
そういうつもりでは無かったが、魔境の為になれば幸いだ。
なんだか楽しくなってくる。
今回の行商…コルトと2人きりで本当に良かったと思う。
いい友人が出来た。
…魔境で初めての、友人。
「ねえねえコルちゃん…またそのうち、行商の警護にあなたを指名してもいい?今度は店長も一緒かも知れないけど…」
「え…良いけど何で?」
「何でも!」
「ふーん…あと、コルちゃんて何…?」
「そりゃあ貴女の事よ!私の事もミーちゃんって呼んでね!!」
「えぇぇ…?」
「お願い!!!」
「…はいはい」
コルトは素っ気無いが、昨日のような冷たさは無い。
…だいぶ距離が近づいたみたい。
思わず私は握りこぶしを天に向ける。
「そして見てて!私、セニア一の行商人に成長していくから!」
「頑張ってね。わたしは普通に自警団員してるから」
「それじゃダメ!!」
私は浮動車を停める。
驚くコルトの手を握る。
「コルちゃんはどんな自警団員になりたいの!?」
コルトは面食らっている。
「…普通でいいよ、普通で」
「それじゃダメよ!志はいくら高くてもいいのよ!?」
「ちなみに、今のわたしは普通以下だけどね」
「だからこそでしょ!」
私は思わず熱弁してしまう。
コルトは目を泳がせている。何か考えている。
「…わたしは自警団だし、悪い魔物じゃ無ければそれでいいよ…」
「ダメ!具体的に!」
「…じゃあ反対で…“良い魔物”でも目指すかい?」
「いいわねそれ!!!」
「…そんなんでいいんだ…」
とてもいいと思う。
少なくとも、普通にしているより、ずっと。
浮動車が、穏やかな森をのんびり進む。
「そうね、良い魔物か…。難しいわね!」
「…そう?簡単でしょ。悪い魔物じゃ無きゃ、良い魔物だから」
「それじゃつまらないわ!」
私はコルトを、横目で観察する。
「そうね…コルちゃんはいつも不機嫌そうな表情だから、とりあえず常に笑顔で行きましょ!きっと自警団にも馴染めるわよ!」
「疲れそう」
呆れながらも、コルトは私の話を聞いてくれる。
「いいからいいから!それでね…そうね…ねえコルちゃん、貴女のそのぶっきらぼうな物言いは、自警団の先輩に対しても同じなの?」
「同じ」
「じゃあそこね!コルちゃん、無意味に敬語を使ってみたら!?」
「中身は変わらないし、意味無いじゃん」
「こういうのは形から入るものなのよ!今の2つだけでも、なんだか良い魔物に見えてくると思うわ!ねえやってみてよ!!」
「そういうの、良い魔物というか…外面が良いって言わない?」
「いいからやって!」
私の強い押しで、コルトが折れてくれた。
「はいはい、明日からやってみるね」
嬉しい。
何でもいから、一緒に頑張ってくれるヒトが欲しかった。
味方が出来たみたいで心強い。
「きっとコルちゃん、素敵な自警団員になるわ!!」
「飽きたら辞めるけどね」
「そう言わずに!!」
サウラナの町が見えてくる。
これからが行商の本番だというのに、心が浮かれて仕方が無い。
数日後の朝。
私はアグルセリア行の、街道の入り口に着く。
今回も1人で、店長に行商を任された。
そしてこの場所で、警護の自警団員と合流する予定だ。
(…いたわ)
人影が1つ。
獣人だ。
私に気付いて振り向く。
「ミーちゃん、おはようございます!」
コルトが満面の笑みで、私を迎えてくれた。
「おはようコルちゃん、今日も一段と可愛いわ…!」
「あはは、ミーちゃんが言うと色々本気に聞こえますね」
「本気に決まってるわ!」
「それはそれでおっかないですねー…」
コルトが困ったように肩を竦める。
コルトは、「敬語で笑顔」にまだ飽きていないようだ。
コルト曰く…「これ」を自警団で初めてやった日に、“頭がおかしくなった”と思われて自警団の仲間に医者を呼ばれたらしい。また他の団員達もだいぶ大袈裟な反応をしたらしく、悦に入ったコルトは面白半分にこれを続けているのだそうだ。
…中身は相変わらずだが。
私の方は、だいぶ変わった。
「じゃあ行きますか!」
「うヘヘ…またコルちゃんと2人きりね…!」
「…気色悪いですよ?」
「ひどーい!こんなに貴女を想ってるのにー!!」
「やれやれですよー…」
まさか私が。
同性同年の娘に恋をするとは…!
浮動車が、火山目指して進んでく。
私の心も踊ってる。
嫌いなアグルセリア行きだというのに、私は楽しくて仕方が無い。
「今回も気合い入れていくわよ!」
「あははは、頑張って下さいねー」
今日はちょっと風が強い。
花の月ももうすぐ終わり。
それでも長閑でいい陽気。
母の故郷は、思った以上に私に厳しいけれど。
この地に来て、本当に良かったと思う。




