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その33 「お告げ」の正体

寒くなってきたから火事には気を付けよう!

 俺は今、デリ・ハウラとセニア郊外を結ぶ街道の、セニア側の入り口に立っている。セニアと魔境はまだまだ嫌な雰囲気で、商人の往来も全く無いままだ。




 静かな朝のセニア郊外。涼しくてとても爽やかだ。

「手紙、ちゃんと届いたかな…?」

「さあな。でも俺の予感では、予定通り行ってると思うぜ」

「…変な自信だね」

 ちなみに今は薊も一緒だ。今回はとある事情で浮動車が使えなかったため、薊に「空飛ぶ手甲」で飛んでもらったのだった。

 今ここで俺達は、ある奴と待ち合わせをしている。

「…ねえシュウさん、ホントに上手く行くのかな…?」

「上手く行くように頑張るんだよ」


 俺達は今日、明日の“行動”の為に準備をしているのだ。

 魔王異変の、解決の糸口を掴む為に。


「…あ、来た」

 俺達の場所に、馬に乗った奴が向かってくる。

 1人だ。

「な、言っただろ?」

「…手紙、ちゃんと届いたんだ」

 やってきた奴が、ひらりと馬から降りる。

 もう見慣れた、際どい肌面積の鎧姿。金の長髪。

『やあ、シュウゴロウ殿にアザミ君。今日はどうしたんだい?』

『レイナさん、おはよう…』

 俺達が手紙で呼び出したのは、巡回騎士に復職したレイナだった。俺達は彼女に、いろいろ聞かなければならないことがあるのだ。

『悪いなレイナ…。ちょっといろいろ聞かせて欲しいんだ、魔境の為にも…セニアの為にも』


 俺と初めて出会った時…彼女は確か“分隊長”と名乗った。

 ならば彼女は、セニアの事について詳しいだろうと踏んだのだった。











 ミレニィの店の裏手。

 ロジィが浮動車をいじくり回す。

「…ふむふむ、今の時代の術具はこーいう感じなんだな!」

「…凄いわねロジィちゃん」

「ふふーん!!」

 その様子を、ミレニィはただただ眺めている。得意げなロジィの横顔はとても可愛らしく、緩んだ口元がとても愛らしいと思う。


 ロジィは、店の浮動車を改造しているのだ。


 テキパキと改造を進めるロジィに、ミレニィが感心する。

「しかしロジィちゃんが、術具を弄れるとは思わなかったわ」

「えへへへ…これでもあたし、一応は魔法研究者の娘だからな!!父上にいろいろ教わっといて良かったよ!!」

 彼女の父ワンガラン・モンドは、ラグラジア帝国第3魔法研究所の所長だったという。優れた研究者だったであろう彼の才能は、娘にしっかり伝わっていたようだ。

 …ロジィ自身がその“才能”を思い出したのは最近だが。

「よし、これでいいぞねーちゃん!完成だ!!荷物を積まなきゃ、今までの倍速で進めるようになったと思う!」

「うんうん、ありがとね。これでこっちは準備万端ね」

「そーだな!」

 そう、全ては魔境の為だ。

 これは…ミレニィ達の総意だ。

 この魔王異変を、何とかしたいのだ。




「…うふふ、今の所順調よコルちゃん!!」

 ミレニィは、店で寝ているコルトを撫でまわす。

 幸い彼女は、熟睡していて起きそうにない。


 今朝繍五郎から聞いた話では。

 “亡命”の件、コルトから彼に伝えられたらしい。

(私がやるべきだったんだけど、ありがとコルちゃん)

 ミレニィもコルトも、この世界に無関係な彼を巻き込まない方がいいと思ったのだ。薊もロジィも同様に。だから彼等だけでも、この件から“降りられる”ような方法をコルトと考えた。


 しかし、繍五郎の回答は「愚問だな」だったらしい。

 ロジィもこうやって積極的に動いてくれる。

 薊は…聞くまでも無いか。


(…そうね、今更私達が別れる必要は無いわよね。それに、これは私達全員でやらないと駄目なのよ…きっと)

 考え込むミレニィを、ロジィが覗きこむ。

「…どーした、ねーちゃん?」

「あら?いけない、私ボーっとしてたわね。さあさあ準備を続けましょう!」

「はーい!」











 俺達の計画。

 それは、ザフマン・レインの一族を探ることだ。




 俺達の予想はこうだ。

“かつての「勇者のお告げ」は、魔王が勇者を騙ったもの。騙された当時の大神官…ザフマンの先祖…は、異世界人を狩るようにと大神殿を通じてセニア全土に発信。捕らえられた異世界人は大神殿に引き渡され、「奇跡を呼ぶ月」の制限解除を行った後に処断している。”


 ザフマンも、もしかしたら、魔王に操られている。

 昨日薊と大神殿を訪れた際、俺は「看破の仮面」で奴を覗き見た。その時のザフマンは不気味な魔力に覆われていて、とても普通の状態では無かった。


 …セニア王城の「魔王」が偽物という可能性も、まだあるが。


 いずれにゼよ、ザフマン本人に接触するのは危険すぎる。

 だとしたら、奴の生家に行けばいい。

 幸い俺達には、遺物「追憶の煙炉」があるしな。

 奴の、レイン家の秘密を暴いてやる。
















 白昼のセニア。

 解放されている、半壊したセニア王都・西門。王都の中はまだ黒い靄に覆われているが、それでも少しずつ人々が帰って来ている。騎士が絶え間なく王都に出入りしており、魔王とレイン公の動向を見張っている。




<<ゴ機嫌ヨウ…王都ノ諸君!!>>


 その西門の上に、突如魔王が現れた。




「嘘…何でこんな時に…!?」

 偶然西門付近に居合わせた神殿警備隊員・アリエルは、突然の魔王出現に慄く。一緒に居る同僚のキキも固まっているが、毅然と剣を抜く。

「何だ…魔王だと!?」

「何故急に!?」

「騎士団の大隊長を呼べ!至急だ!!」

 西門付近に、騎士も集まってくる。


 しかし魔王は意に介さない。

<<今日モイイ日ダ。少シ暑イガ、暑ノ月ラシクテ実ニ良イ…>>

 騎士団など眼中に無い。

 暢気に天気の話をしている。


 門前の騎士が叫ぶ。

「魔王め…何故急に現れた!なんの真似だ!?」

 初めて魔王が、騎士達にその青白い顔を向ける。

 不敵な笑みまで浮かべている…。

<<ゴ機嫌ヨウ、騎士団ノ諸君!実ハ君等伝エル事ガアル!>>

「…なんだと?」

 そこで魔王は残念そうに肩を落とし、悲しそうにぼやく。

<<我ハ昨日レイン公ヲ派遣シ、コノ地ノ東ニ生息シテイル我ガ僕…魔物共ニ、我ノ言葉ヲ伝エタノダガ…奴等ハ我ノ望ム平和ナ世界ヲ受ケ入レヨウトシナイラシイ…>>

 魔王が東方を、魔境を指差す。




<<我ノ復活ニモ…我ノ理想ニモ尽力シナイ魔物共ナド…モウ不要カモシレン。セニアノ民ハ、暫ク魔境ニ近寄ラナイ方ガイイゾ>>
















 翌日の夕刻。

 俺達は、セニア南方の地区に辿り着いた。

 この辺りに、ザフマン・レインの生家があるという。




『…結構早く着いたね、シュウさん』

 俺達は昨日レイナに、レイン公の邸宅の所在を聞き出していた。しかし残念ながら…土地勘が無い俺や薊では、地図を見てもピンと来なかった。そこで仕方なく、今回はコルトに同行して貰っている。


『凄いですねー!空を飛ぶのは私初めてです!!』

 セニア南方に侵入する為、俺達は魔境の南端を目指した。と言っても魔境の南端はサウラナ付近なので、そこまで浮動車で移動しただけだが。ちなみにロジィの手で改造された浮動車は、今までの倍以上の速度で進んでくれた。


『あたしも久々の「龍」だぞ。やっぱ飛ぶのは気持ちいいな!』

 魔境の南端までを「浮動車・改」で移動し、そこからはロジィの「龍化の秘術」と俺の「ステルスランタン」の併せ技だ。銀の靄で包まれている俺達は結構な高空を進んでいるため、地上からは姿が見えない筈だ。


『…高い』

 しかし高所恐怖症の俺は、心が死にそうだ。




 デリ・ハウラに1人置いていたミレニィは気掛かりだが、本人が残ると言ったから仕方が無い。まあコルトが自警団に念入りに警護依頼をしていたので、心配は無いだろうが。

 そのまま俺達は夜を待ち、レイン邸に侵入する。











 俺達は、深夜の神殿に侵入している。

『…誰も居ないな』

『…一応ここは、セニアでも田舎ですから』

『まあ、好都合だね』

 レイン邸は広大な敷地を持っているようだったが…田舎故か、はたまたその権威故か…警備のようなものがほとんど見当たらなかった。俺達は「ステルスランタン」で容易に敷地内に侵入し、レイン家私有の神殿に入り込んだ。


 …神殿にも人は居らず、あっさり侵入できてしまったが。


 夜の神殿は、かなり気味が悪い。

 以前侵入したセニア大神殿は、夜でもいくらか灯りがあったし、それに神殿の外は夜なお明るいセニア王都だ。対してこのレイン家私有神殿は、田舎な上に明かりも皆無。夜目の利かない俺の手を、薊とロジィが引っ張ってくれている。

『…ちょっと怖い』

『…そーだな、アザミねーちゃん…』

『確かにちょっと不気味だぜ』

 俺達は並んでビビりながら進む。




 …そこで薊が、今回の計画の“粗”を指摘してくる。

『…ねえ、シュウさんの予定ではここで「追憶の煙炉」を使うんだよね?』

『ああ、その予定だ』

『…誰の「記憶」を呼ぶつもり?』

『レイン家の誰か…できればザフマンか、その親だな…』

『…どうやって?』


 そこなのだ。

 「追憶の煙炉」の発動条件。

 “誰かの一部”と“その人物に縁のある地”。

 レイン家はこの神殿に、間違いなく深い縁があると思う。

 しかし…“誰かの一部”は…。


 ロジィが弱気な声を上げる。

『…おいにーちゃん、ここまで来て策無しなのか…?』

『…シュウさん、どうするの?まさか屋敷の方に進入して…そこで寝室でも荒らす気?』

『いや、それは無しだ…。髪の毛が手に入るかもしれないが…不確定要素が多い』

『…じゃあどうするの?』

 口を尖らせる薊。

 しかしコルトだけは楽しそうだ。

『私は何となく分かりましたよ?罰当たりのゴローさん』

『うるせぇコルト…』

 図星だった。

 彼女の言う通りなのだ。


『…遺灰を使う』


『えっ』

 薊が呆気にとられる。

『ザフマンの親の、遺灰を使う』








 以前タジェルゥに聞いた“龍の語り”。

 龍は勇者に葬られ、灰が「勇者廟」で弔われたという。

 …つまり、セニアでは火葬が主流なのだ。

 そしてレイナ曰く、遺灰の扱いは…勇者に倣うのだという。


 勇者が龍を「勇者廟」で弔ったように。

 セニアの人々は「神殿」で遺灰を弔うのだ。








 俺達は、神殿の祭壇に集まった。

 コルトだけは外の見張り。

 そして俺の手には…遺灰の壺。

『いやー…この辺の事情を、レイナに聞いておいて正解だったな…』

 昨日の朝、レイナに会った時。

 俺はレイナに…こっそり「セニアの葬儀事情」を尋ねていたのだ。それも…反対するであろう薊には知られないように。


 しかし薊とロジィが、俺を白い目で見てくる…。

『シュウさん…流石にこれは倫理的にどうなの…?』

『にーちゃんこれはちょっとドン引きだぞ…』

『し、しょうがないだろ…』

 俺達は先程、神殿の地下室を見つけてそこに入った。

 そして、これを発見して来た。

 レイナに一応の確認をしておいて良かった。

 俺の予想通り、そこにはレイン家先祖の遺灰が納められていた。


 俺は灰壺の蓋をそっと開ける。

『シュレノン・レイン…レイン家の先代当主で、ザフマンの父の遺灰だ。レイナに名前まで聞いておいて良かったぜ…』

『シュウさんの罰当たり』

『悪かったな、これしか方法を思い浮かばなくて…』

 俺は弁解しながら、ロジィと共に「煙炉」の準備をする。

 そこで薊が、ふと疑問を口にする。

『…これで「魔王」関係の追憶を見られる確率ってどれくらいかな?』

『…』

 薊の言葉は正しい。

 「追憶の煙炉」は、基本的に最新の記憶を蘇らせるのだという。レイン公の父の、この場所での最後の記憶が「魔王」関係とは限らない。失敗すれば、どうでもいい記憶しか見られない。

 …が。

『にーちゃん、「追憶の煙炉」は使用者次第だぞ。にーちゃんが強く念じて、上手に「煙炉」を扱えれば…どんな記憶も見ることが出来るはずだぞ』

 ロジィに励まされる。

 俺も、これには自信がある。

『ふふふ…この世界に召喚された俺の数少ない才能…それが“遺物の扱い”だ!これくらい楽にこなしてやる…!』


 「追憶の煙炉」に遺灰を少し入れる。

 煙炉が起動し、大量の煙を吐き出した。

 恐らくこの「追憶」は、全部セニア語だ。「念話指輪」を持つ俺と、セニア語が分かる薊なら…記憶の内容が分かるだろう。











 煙の中に、2人の人影が現れる。

 銀の長髪の男と、銀の髪の少年。

 恐らく、ザフマンとその父だろう…。


“良く聞けザフマン、私はもう…そう長く生きられないだろう”

 長髪の男…シュレノン・レインは、青白い顔をしている。まだ50歳くらいに見えるが、恐らく病気を患っているのだろう…。

“はい”

“…お前に…レイン家の使命を伝える時が来たのだ…”

“はい、父上”

 少年時代のザフマンは、そんな父を前に無表情だ。哀しみを押さえているのか、はたまた何も感じていないのか…。


“…ザフマン…お前は、この世界をどう思う”

“どう…というのは…?”

 父の抽象的な問いに、ザフマン少年は首を傾げる。

“セニア王国は…勇者の威光で平和を保っているのだ。隣国には勇者の国と称えられ、諍いも起きん。さらに勇者が製法を遺した「念話術具」のお陰で、巨大な富も持っている。恐らくこれが、勇者の考えた理想の国の姿だ”

“…”

 シュレノンはそこで、顔を歪める。

“しかし勇者の理想は…このセニアだけしか豊かにしなかった。隣国同士の諍いは今だに起きておるし、貧困に喘ぐ者達も大勢居る。魔境に住む魔物達も、セニアが課す重税に苦しんでいるのだ”

“はい、父上”

 そこでシュレノンが、ザフマンの手を握り締める。

“常々お前にも教えてきたように…我がレイン家の悲願は、平等な世界の実現だ!闘争が根絶され…富が世界中に行き渡る…そんな世界!絵空事だと嗤われようと…現実が見えぬ愚者と蔑まれようと…我々はこれを成さねばならん!!”

“…それが勇者を崇め、「大神官」を代々拝命するレイン家の使命…。そうなんですね、父上”

 ザフマンが初めて笑う。

 俺も知っている、奴の…柔和な笑み。

“そうだ”

 シュレノンもそれに、慈悲の笑みで返す。


 満足したのか、シュレノンは続ける。

“ザフマン…今からお前に伝える話は…誰にも口外してはならん”

“はい、父上”

 そこでシュレノンは一呼吸置いた。

“今から81年前…私の祖父が大神殿の幹部として仕事をしていた際に…夢に、魔王が現れたそうだ”

 初めてザフマンが驚く。

“魔王が…!?勇者では無かったのですか!?”

 シュレノンが首を横に振る。

“違う、魔王だ。魔王は祖父に…復活の為の助力を要請して来たのだ。さらに復活を遂げた暁には、第一の重臣に取り立てる…ともな”

“…それで、曽祖父様は…何と答えたのですか?”

 シュレノンの眼が、怪しく光る。




“魔王と「契約」を結んだのだ”




 ザフマンが息を呑む。

 シュレノンが、話を続ける。

“魔王は圧倒的な力を持つからな…封印を解いたら何をしでかすか分からん。そこで魔王を御する為に「契約」を結んだのだ”

“それは、どのような…”

“魔王復活後に、その代のレイン家当主を重臣とする事。魔王はレイン家当主の進言を必ず取り入れる事。さらには魔王は…レイン家に一切の危害を加えない事…その3つだ”

 ザフマンが少し考える。

 数秒後、口を開く。

“…何故、それが平等な世界の為になるのですか?”


“魔王が「圧倒的な力」を持つからだ…!”


 シュレノンの眼が、狂気に染まる。

“勇者の過ちは、このセニアしか見えていなかったことだ…!全世界を俯瞰して見れば…魔王の思想が正しかったのは一目瞭然だ!!勇者によって統制された今の世界は不完全だ!!我々が魔王と共に、勇者に為し得なかった理想の世界を築くのだ!!”

“父上…!”

 ザフマンが恍惚とした表情になる。

 彼は、シュレノンの思想に同調しているのだ。

“大神殿が異世界人を狩るのは…魔王復活の為だ!魔王曰く…魔王の封印を解くのに、異世界人が10人必要だと言う!私の祖父が…81年前に現れた「最初の異世界人」にあらぬ噂を立てたのも…お告げを利用して「勇者廟」に大神殿が入れるようにしたのも…全て大いなる理想の為だ!!”

“父上…「勇者廟」には、何があるのですか!?”

 恍惚としたザフマンが、楽しそうに父に問う。

 それに応えるシュレノンも、鬼気迫る形相だ。

“魔王を封じる、ラグラジア帝国の遺物だ!元々「勇者廟」が勇者によって不可侵に定められたのも…恐らくこれの存在を秘匿にする為だろう!”

 シュレノンが、先程とは打って変わった歪んだ笑顔になる。

“魔王は…外部に協力者さえ居れば…封印の中からでも魔法が使えるのだ!しかも「異世界人の召喚魔法」がな!!しかし妨害魔法の多い王都には直接召喚できない為に、仕方なく郊外に召喚している!!そしてその異世界人を効率よく狩る為に…私の父は「巡回騎士団」を設立した!”


 シュレノンが両の手を開き、天を仰ぐ。

“今のセニア王家は…勇者の威光で威張り散らすだけの無能だ!!真に万民が平等な世界を…魔王と共に、我がレイン家が創り上げねばならんのだァ!!!”




 追憶はそこで、突然切れた。











 俺達は閉口している。

 流石にこういうのは、ちょっと想像していなかった…。

『レイン家は、魔王復活を望んでいたんだ…』

『じゃあ何だ…魔王の生まれ変わりとか言われた「最初の異世界人」も…結局ただの犠牲者って訳かよ…?』

 レイン一族の理想。

 それは、全世界が魔王に支配される未来なのか…。

 しかも、困ったことに…。

『…結局、現状打破の糸口は無かったね…』

『そうだな…』

 ザフマンと魔王がグルである以上…魔王復活は「真実」なのだろうか?もしそうなら…魔王を打倒するのは難しいと思われる。


 そこでロジィが、思わぬことを話す。

『そういえば父上が、第1魔研のヴェラーツの事をよく話してたけど…』

『…え?』

 ロジィの記憶。

 魔王となったラグラジアの魔法研究者、ヴェラーツ・ニガルド。

 そこに何か…手掛かりがあるか…?

『ヴェラーツってさ、父上と良く競ってたんだって聞いた。なんでもヴェラーツは…自分の能力を見せびらかすのが好きで、人の話なんかまるで聞かなかったんだってさ』

 それは、つまり…?

『あたし、魔王になったヴェラーツが…誰かの指図を受けるとは思えないし、平和を望むとも思えないぞ?』

『…でも「復活した魔王」は、平和を望んでるよ?』

『うーん…それがなんか変だと思うんだ、あたし…』

『…そうか』

 やはり違和感が残る。


 魔王復活が、レイン家の悲願だとして。

 “ザフマンの悲願”は、果たしてそれと同じなのだろうか?
















 突然、コルトが神殿に駆け込んでくる。

『皆さん出て!急いで!!』

 驚く俺。

『え!?な、何だ!!?』

『どうしたコルトねーちゃん!?』

『いいから急いで!!』

 仕方ない。

 脇目も振らず、俺達はレイン家私有神殿を後にする。




 屋外に飛び出すと、俺は異常に気が付く。

『…どうした、空が赤いぞ…?』

 夜空が赤いのだ。

 おかしい。

 夕焼けとか朝焼けとかいう時間じゃない。

『ロジィちゃん飛んで下さい!急いで!!』

『お、おう…!』

『ちょ、ちょっと待てよコルト!』

 俺は「ステルスランタン」を取り出し、俺達の姿を隠す。

 ロジィが「龍」の姿に変わる。

 皆でロジィの背中にしがみ付く。

『行くぞ皆!!』

 ロジィの巨体が、強風と共に宙に舞う。






 赤いのは、北の空だった。


 俺達は今日、ひたすら南進してきた。

 方角的に、ほぼ確定だ…。

 薊が悲壮な顔になる。

 俺も嫌な予感で身が震える。

 コルトは淡々と、しかし激情を堪えている。


『デリ・ハウラで何か起きています。ロジィちゃん、出来るだけ急いでデリ・ハウラに向かって下さい…!』


 俺達が離れた間に、一体何が…。

 しかし異常事態なのは明らかだ。

 ミレニィ、無事でいてくれ…!

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