その32 大神官の思惑
インフルエンザには気を付けましょう
俺達は、朝のデリ・ハウラ中央広場を眺めている。
まだ早朝なのに、大勢の魔物が詰めかけている。
みんな好き勝手に騒いでいて、今後の展望に期待を抱いているようだ。
「ザフマン様、魔王様に直接会ったって事だよな?」
「でも、あの人の部下がアグルセリアで暴れたんだよな?そのせいで一時魔境がセニアに睨まれてヤバかったじゃん」
「へっ、そんなの大神殿の陰謀だろ。ザフマン様が魔境で…それもオレ達魔物の為に活動してたのがよっぽど気に入らなかったんだろ」
「なあなあ、魔王様から俺達に向けて…何か声明があるんだよな!?」
「知らねーよ」
「でもたぶん何かあるんじゃね?」
彼等は口々に、抑えきれない期待を漏らしている。
俺の横、薊が溜息を吐く。
「…皆期待してるんだ、レイン公に…」
「まあ、表向きとはいえ…あいつ魔境に融和的だったからな…」
俺と薊は、中央広場付近の家の屋根に上っている。「ステルスランタン」を使って姿を隠して、レイン公の訪れを待っている。
俺達の中で…直接広場に居るのは、コルトだけだ。
とはいっても、自警団としての出動なのだが。
見た目が人間に近いミレニィも、変身前の見た目が完全に人間なロジィも、昨晩ミレニィの店に泊まっていたレイナも…。あの広場に、直接は行けない。危険過ぎるからな。
「…来た」
薊が睨む。
俺も弾かれたようにそちらに向く。
遠くの方に、人間の一団が現れる。
「ザフマン…」
元大神官ザフマン・レイン。奴の狙いは一体…?
「御機嫌よう、魔境の民よ」
コルトは群衆の最前列で、ザフマンを見ている。
これは自警団の任務だ。セニアの巡回騎士団からの要請で、“レイン公の安全を確保せよ”との命が下っていた。それ故に今回のレイン公魔境入りに際し、この場で暴徒が現れても取り押さえられるように、自警団員としてこの場に立っている。
他の自警団員も、前列に並んで立っている。
…しかし、魔境で人気のレイン公は、群衆に歓迎された訳だが。
「この度、私が“魔王”とセニアの橋渡しを行う役を受けました。これは“魔王”からの要求で、セニアの使者はなるべく王政に遠い者が好ましいという希望に依ります」
レイン公は、魔物の言葉が話せる。
ただでさえ魔境に尽していたこの男だが、この長所が彼の人気を後押ししていたのだ。基本的に、人間は魔物の言葉など学ばない。
「そして今後、私が魔王の言葉を外に発信する事になりました。政治的にも王政を追われた私なら、仮に“魔王の不興を買って消されてしまった”場合の時の影響も少ないですから」
魔物達は、静かにレイン公の言葉を聞いている。
大勢の魔物が居る筈なのに、あり得ないくらいの静寂だ。
「そして魔王からの、魔境への要求ですが…」
(きた)
これだ。
コルトは身構える。
魔境の今後を左右する言葉だ。
「セニアと魔境は相互信頼するように、との事です」
「…何だって!?」
「そんな…馬鹿な…?」
「魔王様は、人間と戦うのではないのか…?」
魔物達がどよめく。
コルトは知っているが、ほとんどの魔物は先日の“魔王声明”の内容を知らない。故に魔物達は、魔王と共にセニアと全面戦争をすると信じている者が大半だったのだ。
レイン公が、穏やかに語る。
「相互信頼です。今後、魔物と人間は真に平等となるでしょう。少なくとも魔王様は、全世界の平和と平等を願っています…」
それ以上は何も言わず、レイン公は魔境を去った。
結局、レイン公の伝えた“魔王からの言伝”は…魔境の魔物達が期待していたものとはだいぶ違ったものだった。
俺達がミレニィの店に戻ると、既にレイナはセニアへと帰っていた。
そして、違う客人が来ていた。
『お嬢様…!一緒に故郷へ帰りましょうよ!』
『いいえ、帰らないわ!折角手掛かりが掴めたのに!』
『そんな、魔王に対抗する気ですか!?』
『そこまでする気は無いけど、レイン公の真意を暴くくらいはしないとね!!』
ミレニィの実家から来たという使用人・エデルが来ていた。
そういえば、例の「亡命計画」の返事を聞きに来ると言ってたな…。
『ただいまミレニィ』
エデルと口論するミレニィに割って入り、薊が挨拶する。
『あ…アーちゃんサミーさんお帰りなさい。どうだった!?』
広場に行けなかったミレニィは、レイン公の話を聞けなかったのだ。しかしその内容は非常に気になるようで、俺と薊に詰め寄って来た。
俺は肩を竦める。
『どうも何も…人間も魔物も仲良くしろってさ』
『えぇ…魔王がそう言ったの…?』
ミレニィが拍子抜けしたマヌケな顔をする。
『らしいよ』
『…ふわぁ…結局どういうことなのか、あたし分からんぞ…?』
まだ寝ぼけているロジィが、ボケーと愚痴る。
俺はふと考える。
そうだな、レイン公が語った内容が真実で、実際に魔王がそういう意向なら…?
『みんな仲良くって感じなら、ミレニィも表に出て良いかもな』
『そうね…まあ様子を見ながらって事になるわね。…なーんだ、じゃあ別に魔物と人間で戦争するわけじゃ無いのね?』
『みたいだね』
ミレニィはさっぱりした良い笑顔になり、そのままエデルに言い放つ。
『そういう事よエデル。亡命しなくても大丈夫そうだわ』
それでもエデルは、心配そうにミレニィを見つめる。
『…本当に、大丈夫ですか?』
『大丈夫ですよ。ミーちゃんは私が命懸けで守ります』
ちょうど、店にコルトが帰って来た。
しかもなんかクサい台詞で登場しやがった。
コルトはそのまま、まだ不安そうなエデルに近寄り、彼の肩に手を置く。身長差が結構あるせいで、コルトが微妙に背伸びしている。
『エデルさんも安心してください。今の感じなら、すぐに大事にはなりませんって。それに実は私達、秘密兵器で亡命できるんですよ。イザとなったら本当に亡命しますんで、その時は宜しくお願いしますね』
『…わかりました』
エデルはそのまま、魔境を去って行った。
静かな店内。
しかし店の外の大通りは凄い騒ぎだ。
大通りの魔物達は、やり場のない不満を抱えているようだ。
これは“魔王”の意思が、魔物達の期待と異なったせいだと思う。
魔物の多くは、魔物が魔王の第一の配下になることを望んでいたのだと思われる。そうすれば今までの鬱屈を、魔境に押し込められていた恨みを晴らすことが出来ると、そう望んだんだろうな。
しかし魔王に従えば少なくとも…魔物は人間と平等になれる…筈だ。
つまり、セニアに抑圧される現状よりはマシになるという事。
だが、魔境の魔物達は「それ以上」を期待したのだろう。
『…さて、どうしようかしら?このままなら放っておいても、魔王が「平和な世界」とやらを実現しそうな勢いだけど?』
そんな混乱の最中、ミレニィはのんびり茶を飲んでいる。
昨日までの卑屈な態度が嘘のようだ。魔王によって魔物と人間の争いが起きず、共に生きる未来が来れば、半人半魔であるミレニィの「心配」は無いも同然だからな。
杞憂だと思う。
でも正直、俺には…。
『…なあミレニィ…それにみんな。このまま本当に、「平和な世界」なんて実現すると思うか?現にセニア王都は甚大な被害を被ってるし…』
『え…平和なカンジになるんじゃないのか!?』
俺の言葉に、ロジィが驚く。
しかし他の面々は、俺と近い懸念を持っていたようだ。
『…シュウさんの言いたいことはわかるよ。このままセニアが大人しく従うかもわかんないし、魔王が本当に平和を望んでるのかも分かんないしね…』
ミレニィも頬を掻く。
『…そうね、セニアの臨時の王政が魔王に降ったとしても…アーちゃんの話だと、巡回騎士団は納得してないみたいなのよね。そして使者に名乗り出たレイン公…正直、かなり怪しいと思うわ』
『そこだよな…何で今になって、失脚したザフマンが出て来たんだ?』
“元”大神官、ザフマン・レイン。
先の聖星祭で、不祥事によって失脚した男。
“勇者のお告げ”を聞いたという…大神官の子孫。
『だってよ、魔王はラグラジア人で…その封印を解くのに異世界人が必要ってだけの筈だよな?でも確か“勇者のお告げ”だと…』
『“異世界人は魔王の生まれ変わり”ですね。そして今までセニアではその教えに従い、異世界人は発見次第巡回騎士に確保され、大神殿の手で葬られてきました』
コルトも神妙に頷く。
尻尾がゆらゆら揺れている。
『…シュウさん、レイン公を探ろうよ』
意を決したような薊が、俺をまっすぐ見据える。
俺も同感だ。
『そうだな…操られてるのか騙されてるのかは知らんが…ザフマンの思惑を暴く必要がありそうだな!!』
恐らく危険は伴うだろうが…。
奴と魔王の関係を探る必要がありそうだ。
俺は薊と2人で、セニア王都付近まで来ている。
「…もう王都の中に帰ってる人もいるみたいだね」
「信じらんねぇぜ…王城にはまだ魔王が居るんだぞ?」
「大神殿が復旧したから、かな?」
「…まあそういう事だろうな」
俺達は城壁付近の宿に入り、徒歩でセニア王都に入って来たのだ。
以前来たのは、例の“魔王の声明”の直後だった。今だに王都は黒い靄に覆われているというのに、王都には住民が戻り始めていた。
これは、ロベルに聞いた情報通りだ。
先刻。
俺達はまたまたロベルに会いに行ったのだ。
ちなみにレイナがどこに居るかは分からなかった。
『セニアと魔境を行ったり来たり…凄いですねお2人は。まあ僕達としても魔境の情報が得られるのは非常に助かりますけどね…?』
『悪いなロベル…毎回毎回心配掛けて…』
ロベルはちょっと不貞腐れていた。なんでも昨日薊が会った時は、急に居なくなった俺達をものすごく心配してくれたらしいのだ。なんだか申し訳ない…。
『魔王の声明…魔境の反応はやっぱり芳しくなかったみたいですね。でもあれセニアでも不評なんですよね』
『人間と魔物が対等になるのが不満?』
薊が喧嘩腰だ。
そんな薊に、ロベルは困ったように返す。
『だってセニア建国以来、魔物は常に人間より格下扱いでしたから…。たまに魔物と関わる僕ら巡回騎士とか、あとは魔境に出入りする商人達…。それ以外の皆さんは、この魔王の方針に異を唱えていますね…』
『そうか…』
なんだか一波乱ありそうだ。
…俺はそこで、本題を切り出す。
『…なあロベル…今回の件で、急にレイン公が表に出てきた理由…何か知らないか…?』
結局、ロベル達巡回騎士は殆ど何も知らなかったようだ。
どうやら意図的に、巡回騎士に情報が流されなかったらしい。セニアの臨時の王政が、魔王に対して穏便に対処したかったからなのか、はたまたレイン公の口利きなのか…。
ロベルから得られた情報は2つ。
レイン公が、臨時の大神官として大神殿に復職した事。
それに合わせて、王都民が徐々に自宅へ帰還を始めたという事。
「すごいな、あそこ…」
俺達は目的地である、セニア大神殿の近所まで来た。
来たはいいが…。
「…すごい人だかり。近付けないね」
案の定、大神殿には民衆が殺到していた。
おまけに、王政関係者らしい連中も出入りしている。
現在、魔王と直接会えるのはザフマンだけだ。誰もが魔王の動向を知りたがっているのだろうが、しかし魔王に会おうという度胸のある奴も…王政関係者には居ないんだろう。
そこで俺は気付く。
「…なあ薊、この状況だとさ…ザフマンの言う事が、全部“魔王の意向”にならないか…?だって魔王本人が出てこないと、裏取りは不可能だしよ…」
「…!」
そうなのだ。
セニア西区で俺達が聞いた“魔王の声明”以来、魔王がセニア王城の外に出てきたという話を一切聞かないのだ。つまりあれ以降の“魔王の声明”は、全てザフマン越しという事になる。
「魔王が偽物だったら…ぜんぶレイン公の思い通り…って事?」
「さあな…おっと、ご本人の登場だ」
大神殿の入り口付近がどよめく。
大神殿の正門が開く。
渦中の男・ザフマンが、その姿を現す。
「御機嫌よう、王都の民よ」
ザフマンが滔々と語り出すと、群衆のどよめきは自然と静まった。彼の声には不思議な魅力があり、聞いているだけで不思議な安心感があるのだ。
「ヨーグ九世を始め、大神官ネーデリオス殿や王政関係者の多くが犠牲になった事…私はとても、言葉に表せません…」
彼はまるで傷を負ったかのような、深い悲しみを纏っている。
「しかし我々セニアの力では、魔王に対抗するのは不可能です…。先日魔王が王都西門に現れた際に、居合わせた方は十分に理解してもらえると思いますが…。セニアの誇る最強の術具“紅蓮杖”をもってしても、魔王に傷一つ負わせることもかないませんでした…」
群衆は皆、一様に沈んだ表情をしている。
“魔王に対抗する術は無い、従うしか無い”。
ザフマンの語る言葉は正論だが、受け止めるには厳し過ぎる。
ザフマンは構わず続ける。
「しかし幸いにも、魔王はこれ以上の犠牲を望んではいないようです。魔王はヨーグ九世を亡き者にした時点で“復讐は済んだ”と言っていました。つまりこのまま魔王に従っても、そう悪くはならない筈…です。今のところは」
群衆の中から、耐えきれなかった者が声が上がる。
「本当に…本当に大丈夫なのですか!?」
「魔王は伝説の“流星”を呼ぶのでは!?」
「魔物達にセニア侵略させるための時間稼ぎなのでは!!?」
「ザフマン様!!」
ザフマンは目を閉じ、そして静かに開く。
「皆様の不安は…当然でしょう。何しろ相手は魔王ですから。しかし私も、最悪の事態にならないように最善を尽くします…。御安心下さい」
そしてゆっくりと、胸に手を当てる。
「私はこの命を懸けて…セニアの、世界の平穏に尽くします」
ザフマンの演説の中、俺は「看破の仮面」を取り出す。
仮面越しに、ザフマンを見る。
ザフマンの身を、禍々しい魔力が覆っている。
『にーちゃんねーちゃんお帰り!!無事か!?』
『ただいまロジィちゃん。大丈夫だよ』
『どうだ、こっちは変わり無いか?』
夜。
俺と薊は店に帰って来た所で、ロジィに出迎えられた。
ちなみに相変わらず魔境との境に検問があるが、以前よりずっと通りやすくなっていた。まあ通る奴は俺達位なものらしい…人間の商人は、まだデリ・ハウラを恐れて近づかないという。
薊は店を見回す。
『あれ、ミレニィとコルトは居ないの?』
『あぁ…ミレニィねーちゃんは何か疲れたって言ってもう寝てるぞ。コルトねーちゃんは自警団に行っちゃった』
『そうか、一人で留守番とは偉いなロジィ』
『ふふん、えらいだろ!!』
無い胸を張るロジィ。
この娘、体形的に黙っていれば少年にも見える。
『しかし困ったな…2人にも相談しようと思ったんだが…』
『コルトいつ帰ってくるんだろ?なんか「暫くは自警団を離れる」って言ってた割には、今朝だって自警団に駆り出されてたし…』
『コルトねーちゃん…いま自警団が人手不足だから、忙しい時にだけ自警団へ戻るって言ってたぞ!それと、とりあえず明日の朝には戻るって!』
『…自警団も忙しいんだろうね』
『それは困ったなぁ…』
まだ完全に安全とも言えないデリ・ハウラ。
夜の見張りが必要だが、薊もロジィも良く寝る娘だ。
…途中で寝落ちすると思う。
『あ、夜は大丈夫だぞ?』
考え込んでいた俺に、ロジィが得意げに説明する。
『コルトねーちゃんが自警団のヒトを寄越してくれるって言ってたからな!ぼちぼち誰か来てくれると思うぞ?』
『…抜け目無いな、コルトは』
あいつはいつも気楽そうに見えるが、こういう時は頼りになる。
『じゃあ、とりあえず一安心って事だね』
薊が欠伸をする。
『そうだな』
俺達も、見張りの自警団員が来たら寝ることにしよう。
深夜。
誰かが店に入ってくる。
「…?」
1時間ほど前に、コルトが要請したという自警団員が店に来てくれたので、彼等に見張りを頼んで明かりを消し、俺達は休んでいた。俺だけは寝付きが悪いので、暗い店内で1人起きているわけだが…。
入って来たのは…自警団員かな?
何の用だろう?
俺は寝床代わりの長椅子から半身を起こし、侵入者に声を掛ける。
『…どうしました?』
暗闇に突然、一対の赤い眼が浮かぶ。
『ゴローさんこんばんは』
コルトだった。
『…コルトかよ。なんで静かに入ってくるんだよ…?』
『驚きました?』
『少しだけな…』
『あはははは…』
いつも元気なコルトだが、なんだか疲れている雰囲気だ。
先日上司から“謹慎処分”を受けたばかりという彼女が、臨時とはいえこうやって自警団に呼び出されるほどだ。自警団がそれだけ人手不足で忙しいのだとすれば、その任務も恐らく激務なのだろう…。
…俺はコルトが“自警団員”として働く姿は知らないが。
夜目の利くコルトは暗闇でもお構いなしだ。
するする歩いて、部屋の机に腰掛ける。
『ミーちゃんと皆さんが心配で来ちゃいました。もうちょっとしたら警邏で出ていきますけどね』
『そうか、大変だな…』
『いえいえ…謹慎中とはいえ、私も自警団員ですから』
コルトは力を抜いて、大きく息を吐いた。
夜の店内。
少しの静寂。
すぐ傍で寝ているロジィの寝息。
店の入り口に居る、見張りの自警団員の話し声。
コルトの深い呼吸。
夜の風の音。
不意にコルトが立ち上がる。
そして、速足で俺の方に一直線、
『ゴローさん』
「おぉっ!?」
『静かに』
一気に顔を近づけてくる!?
俺は思わず仰け反る。
コルトはさらに距離を詰めてくる。
『あんまりうるさくするとロジィちゃん起きちゃいますよ?』
鼻と鼻が触れ合いそうな至近距離。
俺も流石にビビる。
一体、何なんだ…?
『いやいやいや…コルトこそ急に何だよ…?』
『ゴローさんに言わなきゃいけないことがあります』
目が笑ってない。
怖い。
『な、何なんだよ…』
『ミーちゃんはああ見えて臆病者なので、きっとまだ何も言ってないでしょうしね。だから私が代わりに言います。ちなみにこれは一応、私とミーちゃん2人の意見です』
『だから本題を言えよ…』
『ゴローさん、亡命する気はありませんか?』
一瞬、理解できなかった。
『…は?』
“しない”って皆で決めただろ…?
コルトは構わず続ける。
『ちなみに貴方だけでなく、アザミとロジィちゃんを連れての亡命になりますけどね。実はミーちゃん、自分の実家の場所が分かる地図を持ってるんですよ。ロジィちゃんの力で空を飛んで、ゴローさんの遺物で姿を隠せば…問題無く可能だと思います』
『いやだから急に何でそんな話になるんだよ…?』
『だって下手したら貴方死にますよ?』
コルトに肩を、強く掴まれる。
確かに、魔王に近いというのは“そういう事”だ。
だけど俺だって…危険なのは承知の上だ。
『自分がどういう事案に首を突っ込んでいるか…貴方理解していますか?』
『…一応、な』
『いいんですかゴローさん?ここは…貴方やアザミの生まれた世界じゃないんですよ?そんな世界の為に命懸けますか普通?貴方達はとばっちりで召喚されただけなんですから、危機から逃げる方が正解じゃないですか?』
『…魔王は流星を呼ぶしさ、どこだって危険だろ?』
『危険の程度が桁違いです。何たって魔王の居る城はここから1日で行ける距離ですしね。貴方は、この世界のイザコザに巻き込まれた被害者です。さっさと危険から離れましょう』
…。
『…そういうコルトやミレニィは逃げないのか?』
『私は魔境生まれですし、私が生きていける場所はこの魔境だけです。ミーちゃんだって、ここで死ぬまで生きていく覚悟です』
『でもよ…』
『わたしはここがいい』
コルトはどうやら、巻き込まれただけの部外者…俺と薊、それにロジィ…を、この件から降りさせたいらしい。彼女の言い分も、分からなくは無い。
無いが…。
『…前にも言ったけどよ』
俺はコルトを、ゆっくり押し退ける。
闇に浮かぶコルトの赤い眼は、どこか悲しげだ。
『俺も薊も…魔境の為に、この異変を解決したいって思ってる。厳しいかもしれないけど、手掛かりだって無くは無い。ミレニィもずっと前に「異世界人と一緒に大きなことを成し遂げたい」って言ってたからな、俺達もそれに乗っかるぜ。それに…』
…そうだな、なんて言おう?
『俺は元の世界で、ろくな奴じゃ無かったんだよ…。何にだって冷めた奴でさ、自分が楽しけりゃそれでいいって思ってた。人の為とか、皆の為とか、そんなことは「くだらない」って思うような奴だったよ』
『…』
『でもこの世界に来て、薊に助けられて、コルトに拾われて、ミレニィにいろいろ連れ回されて…。とにかくいろいろあったが、俺は超楽しかったぞ?元の世界より、こっちの方が性に合ってると思うぜ』
コルトが静かに尋ねてくる。
『…後悔するかもしれないよ?』
『へへへ…愚問だな』
俺の意志は変わらない。
薊の意志は、もっと強いだろう。
コルトがゆっくりと、俺から離れる。
『そーですか…わかりました、じゃあ一緒に頑張りましょうね』
先程までの雰囲気はどこかに行った。
もう、いつものコルトに戻っている。
『もちろんだぜ!魔王の野望は俺が砕く!!』
俺も空元気でそれに答える。
『あははは、威勢が良いのは何よりですよ』
『じゃ俺は寝るぜ。明日に備えてな』
『おやすみなさい、ゴローさん』
コルトは来た時と同じように、静かに店を出て行った。
そういえば俺は、元の世界の事を考えることが少なくなった。
それだけこの世界に馴染んできたという証拠だろう。
それにこの世界で、俺は、とにかくいろいろ楽しんでるからな。
この数年で、最も生き生きしている自覚がある。
魔境を想って心を痛める薊も。
この世界に馴染み切った俺も。
「もう俺達は、この世界の住人みたいなもんさ…コルト…」
大神殿に殺されていたかもしれない、俺と薊。
今こそ俺達が、魔境に恩を返す時だ。
2021/12/30 誤記訂正などなど




