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その31 岐路と選択

新年あけましておめでとうございます

 俺は今、店の長椅子に横たわっている。

 もう深夜だ。

 ミレニィの店の一階の奥、居住スペースの部屋には長椅子が2つある。その1つに俺が横たわり、もう1つにロジィが眠っている。2階には薊とミレニィの私室があるが、2人とも店の地下室で眠っているようだ。

 コルトは店の入り口付近に居るようで、気配はするが寝息は聞こえない。きっと夜通しで見張りをする気なのだろう…朝になれば薊とロジィが居るので、きっとその間休む気だ。




 …こんなことになるとは思わなかった。

 俺の考えでは、魔王は復活しない筈だった。

 今までの情報から考えれば、魔王の復活は、早くても1年近く先の筈だった。それまでに俺達がセニア王城に忍び込み、ラグラジア帝国の遺物「奇跡を呼ぶ月」を発動すれば済む話だったのだ。これは俺達の持つ手段でも、十分可能だったと思う。

 そうすれば「月」は再び使用不能になり、魔王はさらに異世界人を10人召喚せねばならない。その間に大神殿を説得できれば…魔王の復活は不可能になったのに。


 済んだことは仕方が無い。

 現に魔王は復活した。

 だが、魔王の活動は緩慢だ。

 セニア王城を制圧した後は…強大な“力”を行使するでもなく、のんびりセニア王城に構えている。昨日の騎士団の不意打にだって、大した反応もせずにすんなり帰ってしまったのだ。そしてそれらの動向が、セニア国民の心を揺さぶっている。

 “…魔王に従うのも、悪くないのではないか?”と。

 魔王が滅ぼしたラグラジアだって、セニアにとっては“謎の帝国”だ。情報が少なすぎて当時の事情も不明瞭だから、というのが大きい。謎が多いという意味では勇者も同様だが、いかんせん元々の信仰が絶大過ぎる。どう転ぶかはまだ分からない。


 しかし、一番の不安要素は、この魔境だ。

 魔王の意向が知れないのに、一部の魔物は魔王復活に湧いている。

 魔境など、魔王の眼中に無いかもしれないのに…。

 復活した“魔王”の正体だって分からないというのに…。




「どうなるんだろーな、これから…」

 不安と疲労のせいで、俺の寝付きは最悪だった。











 明朝。

 俺達は、今後の動向を相談することにした。

 魔王の動きが読めない事と、現在魔境が荒れている点から考えても…デリ・ハウラに居ること自体が危険かも知れないからだ。

 ちなみに昨日の“魔王の声明”に関する情報は、まだ魔境に入っていないようだった。巡回騎士と自警団による2重の検問のせいで、行き来する奴が居なくなってしまったからだと思われる。


 そんな訳で、魔物達はまだ“声明”で魔王に無視されたことも知らない。魔王復活で勝手に盛り上がる魔境は、俺達にとって非常に危険なのだ。




『一旦サウラナまで退避しましょう』

 コルトの案は、割と慎重だった。

 彼女曰く…サウラナは魔境において、セニアへの敵対意識が最も低い町らしい。確かに俺が初めてあの町に行った時だって、人間だという理由で邪険にはされなかった。それにあの町の“感謝祭”に参加させて貰った時も、あの町の魔物は優しかった。

 魔境が落ち着くまで身を引く案としては、割と良いと思う。


『…サウラナ方面の遺跡かどっかで野営してもいいと思うわ…』

 ミレニィは、精神的にだいぶ参っていた。

 彼女自身が“魔物である”と自負していたにも関わらず…魔王復活の報を受けて揺れるこの町では、彼女はあくまで“半人半魔”として見られたようだ。魔物不信になったミレニィは、魔物とも距離を置きたいらしい…。

 この案は余計に危険だと思うので、皆で反対したが。

 少なくとも自警団が居るこの町なら、日中は安全…だと思う。


『あたしが皆を乗せて、とおくまで飛ぶよ!!』

 ロジィは張り切っている。

 所謂“逃げるが勝ち”といったところか。この騒動が落ち着くまで、セニア自体から離れようというものだ。とは言っても魔物は外国では受け入れられないらしいので、逃げる事のできる行先は…ミレニィの両親が住む国…くらいだろうか?

 まあ、最終手段として持っておくことになった。


 ちなみに、俺と薊は意見が合った。




 薊はどこまでも真剣だった。

『…あたし達で、この異変を解決できない…かな?』

『ちょ…アーちゃん本気…?』

 ミレニィが薊を信じられないといった表情で見るが、薊の意思は揺るがないようだ。拳を握りしめて力説する。

『だってこんなの…放っておけないよ!魔境のヒトたちはみんな魔王様魔王様って言うけどさ…魔王が何考えてるかなんて誰も知らないじゃん!絶対良くないよ魔王に従ったって!!』

『確かにそうかもしれないけどね…』

 ミレニィが宥めるが、薊は止まらない。

『そもそも“魔王”の真の正体って、頭のヤバいラグラジア人の魔術師なんだよね!?例の研究日誌にそう書いてあったし!!』

『頭がおかしい…あながち間違ってない気もするぞ…』

 強気に主張する薊に、ロジィも気圧されている。

『おまけに!!あたしとシュウさんが見た魔王は…バッチリ人の形をしてたんだって!!勇者が封印した魔王は「人の形をしていなかった」のなら…つまり、あの魔王はニセモノだよ!!』

 ヒートアップする薊だが、コルトが冷静に口を挟む。

『アザミの言い分は分かりました。しかし…不確定要素が多すぎます』

『…何が?』

 薊が喧嘩腰だ。

 しかしコルトは穏やかな笑顔だ。

『流星を呼ぶという魔王に、どう対抗する気ですか?手段がありません。魔王が偽物だという確証もありませんよね?声明を出したのが偽物でも、王城には本物が居るかもしれません』

『…そうだけどさ…』

 薊がしょげる。

 そこで俺が援護射撃を行う。

『いや、魔王はセニア王城に居ないと思うぜ。俺と薊で王都に偵察に行ったけど…王城には誰の反応も無かったぜ』

 俺は首に掛けた「レーダー円板」を見せる。

 少なくともあの夜、王城に“生きている奴”は居なかった。

『ふーん、そうですか…』

 引き下がったような素振りのコルトだが、納得はしていなさそうだ。彼女の言う通り…不確定要素が多いのは事実だし、魔王の討伐だって手段が無い。




 黙っていたミレニィが顔を上げる。

『…いずれにしても、魔王はセニアの使者を10日間待つと言ったのよね?じゃあ私達にも、最大で10日間の時間があるって事になるわ。十分に警戒しながら、セニアと魔王の動向を伺いましょう』

 結論を出すには早急過ぎるとの彼女の判断で、俺達は結局デリ・ハウラに残ることにした。まあいざとなればロジィの案を取り入れて、皆でどっかに逃げるつもりだが。











「御免下さいませ!!」

 店の入り口から、元気な挨拶が聞こえた。

 セニア語。男の声だ。

 誰だろう?

『まさか…!?』

 ミレニィが店の入り口に駆けていったので、皆で後ろを付いて行く。敵意がある相手では無さそうだが、コルトが剣を抜いている。

 ミレニィが扉の鍵を開け、来客を招き入れた。


『お久しぶりですお嬢様!ご無事なようで何よりで御座います…!』

『エデル…あなた、どうやって魔境に来たの…!?』

 そいつは、長身痩躯の優男だった。長い黒髪に色白の肌、背が180cm以上あるように見える…全く羨ましい。しかし何故か、大袈裟な身振り手振りを交えて喋るため、異様に胡散臭い…。

 コルトが剣を収めたので、警戒する相手では無さそうだが…?

『おおっ!!コルト殿は以前お会いしましたが…他の方は初めましてですね!!私はエデルという者でございまして、ミレニィ様の生家で使用人として働いております。どうぞお見知りおきを…』

『お、おう…』

『…』

 薊とロジィがジト目でエデルを見ている…。

 今喋った間だけで、店の中をウロウロ歩き、いちいちポーズを取り、髪を掻き上げてフィニッシュしたのだ。傍から見ればやべーやつだ。

 ミレニィが呆れたように言い放つ。

『全くあなたは…。あのね皆、この人は私の実家の使用人で…つまりは外国人よ。コルちゃんは前にも会ったけど、他の皆は初めて会うわね』

『…個性的な方ですね…』

 俺も正直、モロ引いてる…。

 この愉快な男、こんな非常時に何故ここに…?


 そしてミレニィが、それを聞いてくれた。

『ちょっとエデル…私の質問に答えてないわよ?あなたどうやって魔境に入ったのよ。そもそも何で魔境に、それもこんな非常時に…?』

 それだ。

 この男、どうやって検問を掻い潜ったんだ?

 それにこのタイミングで、ミレニィを訪ねてきた理由は一体…?

『ミレニィお嬢様…貴女様のお父上とお母上からの言付けを、私が預かって参りました』

 急にエデルが、真剣な声音に替わる。

 俺達も思わず黙る。



『お嬢様、それに皆様…私と共に魔境を離れましょう』











 俺達は、店で待機している。


 エデルは既に居ない。

 まだ午前中だが、夜通し起きていたコルトは眠っている。そんな彼女を、ミレニィが好き勝手に撫でまわしている。明らかに服の中に手を突っ込んで腹毛を弄っているが…まあ見なかったことにする。ミレニィも楽しそうというより、気を紛らわしているようにも見える。

 薊は単身、セニアへ偵察に向かった。巡回騎士ロベルが居る場所は分かっているので、彼と接触するつもりだと言っていた。「空飛ぶ手甲」で森林を突っ切って検問を避け、セニア郊外に向かって行った。

 俺はロジィと一緒に並んで床に座り、店の入り口を見張っている。

『…ミレニィねーちゃんの産まれた国か…』

『どんな所だろうな…?』


 エデルの提案は、「俺達全員での亡命」だった。


 そもそもエデルが魔境入りできたのも、そんな提案をしてきたのも…ミレニィの父、ラバウル・ヘイゼルという男の人脈によるものだという。“人間も魔物も分け隔てなく”をモットーにしていたらしいこの劇作家は、セニア中で誰彼問わず人気があったようだ。

 彼とミレニィの母・アリアが、セニアから亡命したのが約25年前だという。その当時に亡命を手助けしてくれた魔物や人間がまだ健在らしく、そのルートを使えば…魔境を抜けて、港町に忍び込み、商船に見せかけた船で海を渡れるというのだ。


 エデルは今夜、この町に潜んでいるという。

 明朝にまた来るらしい。

 彼の案に乗るなら、そこが最後のチャンスになる。

『…エデルの言う通り…逃げの姿勢も、悪くないかもしれないわね…。私の居場所は、もう魔境には無いし…。そもそも、私達に今何かできるわけじゃ無いのよね…』

『ミレニィねーちゃん、なんか暗いぞ…』

『だってねぇ…』

 ミレニィはだいぶ折れている。

 普段の彼女なら、面白そうとか言って首を突っ込む所なんだが。

 …どうも重症っぽいので、俺も何とか励ましてみる。

『ミレニィ、らしくねーぞ?折角ならもっと前向きに行こうぜ!?デリ・ハウラの魔物だって、きっとミレニィを仲間だって認めてくれるって!それにこんな時だからこそ売れる商品とか無いのか??』

『…サミーさん…良い商品があったって、私はもう町に出れないわ…魔境でも…セニアでも…。以前ならどっちにも行けたけど…今じゃどっちにも行けないわ…』

 ミレニィは力無く俯く。

 大きくため息を吐く。

『半分半分って、良いこと無いわね…』

『…』

 俺の励まし位ではダメだった。

 こうなると、頼りになるのは薊だ。

 彼女が良い情報を得てくることを祈るばかりだ。











 薊はセニア郊外の神殿で、再びロベルに接触した。

「アザミさーん!貴方とシュウゴロウさん、一体どこに行っちゃってたんですか!?僕とっても心配したんですよ!!!」

「ご、御免なさいロベルさん…」

 ロベルは以前と同じ神殿に居た。

 ただ前と違うのは、神殿に収容されている人の数だった。前の倍以上の外国人や商人が保護されており、そこまで広く無い神殿を圧迫している。


 半べそのロベルが、薊に畳み掛けてくる。

「まさか魔境!?魔境ですか!?魔境に居たんですか!!!??」

「そ、そうだよ」

「ダメです危険ですってあそこはいくらなんでも!!人間のお嬢さんなんか喰べられちゃいますよ!!!??」

 騎士が情けない姿を晒しているためか、周囲の視線が痛い…。

「だ、大丈夫だって…」

 薊も繍五郎も、揃って魔境在住という事をロベルに話していなかった。そのせいで彼はとても心配してくれていたようだ。大きな瞳に涙を溜める彼の姿は、顔立ちも相俟って少女のようだ。

 泣く程心配してくれたロベルには悪いが、薊は本題に入る。

「…ロベルさん、あれから魔王関連で何か進展はあった?」

「ぐすっ…し、進展ですか…?」

 ロベルは少し考え、

「…そう!そうですそうなんですアザミさん!なんとセニア王政…仮のですが…が、もう魔王に使者を送ったらしいんですよ!!それも、魔王への“全面降伏”の使者ですよ!?」

「ええっ!!?!?」

 薊は聞き間違いかと思う。

 展開が早すぎる。

 魔王は“10日間待つ”と言ったのに…!

「…その詳細は…?」

「なんでも今日の夜明けに使者が出発して、セニア王城に入ったらしいんです。どういう内容の交渉をするかは、我々巡回騎士も良く分かりません…。使者が誰なのかも…」




 神殿に、誰かが駆け込んでくる。

 息も切れ切れに叫ぶ。

「じゅ、巡回騎士は居られるか!?ハァ…わ、私達は…神殿警備隊の者だ…!火急の知らせだ…!巡回騎士は居られるか…!?」

 女性2人だった。

 ロベルが駆け寄る。

 薊も付いて行く。

「アリエルちゃん!?それにキキさん!!2人とも一体どうしたんですか!!?」

(…あの2人、聖星祭の時の…)

 偶然にも、その神殿警備隊員は、薊も知っている人だった。確か繍五郎がこの世界に現れた時に、彼を確保した女巡回騎士だった…と思う。アリエルという名の女性は聖星祭の時もロベルと一緒だったので、恐らく友人なのだろう。


 荒い息を整え、キキが言う。

「…ま、魔王に会いに行った使者が…ハァ…魔王の言葉を受け取って来たんだ…!そしてそれをわ、私達神殿警備隊が…こうやってセニア中に伝えているんだ!!」

「騎士団では無く…何故、神殿警備隊がその役を…?」

 困惑するロベル。

 何かがおかしい。

(なんで騎士団じゃないんだろう…?)

 横で聞いている薊も考える。

 先日の“魔王の声明”に対応したのも、巡回騎士団だったのだ。それに魔王はそこまで騎士団を嫌っている様子でも無かった上に、そもそも神殿はトップが死んでるという話なので、神殿組織は機能していないと思う。

 そんな薊とロベルに、アリエルが伝える。

「…聞いて驚かないでくださいね…。魔王への使者を買って出たのが…例の事件で失脚した、レイン公だったんです」











 夕刻。

『邪魔するよ』

 ミレニィの店に、客が来た。

 匂いで誰か分かったらしいコルトが、普通に招き入れる。

『いらっしゃい。貴女なんでここに?』

『これからセニアに向かうのさ。その寄り道に、な』

『…レイナじゃねぇか』

 やって来たのはレイナだった。妙に多い荷物を持っており、何故か浮動車に乗った自警団員の魔物が一緒に居た。その魔物を店の前で待たせて、レイナは“袋詰めの何か”を持って店に入って来た。

『あ、おっぱ…じゃなくて金髪のねーちゃんだ』

 ロジィがまた失礼に言いかけて、何とか飲み込む。

 レイナは疲れた感じで店の中を見回す。

『君達も、無事のようで何よりだ…あれ、アザミ君は居ないのか?』

『…アーちゃんなら今セニアよ…。ちょっと情報収集にね…』

『…暗いな店主』

『ご心配無く。でもレイナさん…なんで自警団と一緒なんです?』

 コルトの質問。俺も気にはなったが、多分…。

『今の魔境で、騎士が1人でうろつくのは危険だからな。ゲルテに頼んで護衛を要請してもらったのさ』

『なるほどな』

 やっぱり。

 しかしレイナは、なんでこのタイミングでセニアに向かうんだ?

 聞く前にレイナに説明された。

『実は、アグルセリアで君達と会った日…あの日、本当なら私はセニアに発つ予定だったんだ。もう辞令は出ていたからな』

『いや、そうじゃなくて…セニアは危険だろ?いくら辞令が出てるからって、そんな所にわざわざ行かなくても…』

 レイナの気配が鋭くなる。



『シュウゴロウ殿、私は騎士だ。国を守るのが騎士の務めだ』

 声音は穏やかだが、放つ威圧感が半端ではない。

 燃える闘志を感じる。

 まさかレイナは、魔王に立ち向かう気なのでは…。

 彼女の、覚悟を感じた気がした。



『…そうだな』

『でもねーちゃん、無茶はダメだぞ?』

『君達もな』

 レイナの笑顔は、穏やかで晴れやかだ。

『大丈夫です、死なない程度に頑張りますから』

 …コルトが冗談で台無しにする。

『…コルト君、無茶は駄目だぞ?』

『でもレイナさん、ただ挨拶に来ただけって訳じゃないのよね?』

 そのミレニィの言葉に、レイナがハッとする。

『いかんいかん…忘れるところだったよ!君達に渡すものがあったんだ!』


 レイナは慌てて、店に持ち込んだ“袋”を開ける。











 店の入り口に、薊が突っ込んできた。

『皆居る!?大変!!大変だよ!!ってレイナさん!!?』


『うわっ何だよ!!??』

 店の入り口に居た自警団員が仰け反って避ける。

 薊が店の床にへたり込む。

『アザミ君!!?』

『アザミお帰りなさい』

『…驚かせんなって…大丈夫か?』

 薊は肩で息をしている。凄い汗だ。きっとセニアから全速力で飛んで来たんだろう…。しかしそこまで急ぐ要件…?

 嫌な予感がする。

『アザミねーちゃん、お水だよ!』

『…ありがとロジィちゃん』

『ねーちゃん大丈夫か…?』

『大丈夫…』

 ロジィが気を利かせて水を持て来た。

 薊が店の椅子に座り込み、一息吐く。




『…これ何?』

 一息吐いた薊が、店の机上にある異物に気付いた。

『ああ、これは私からの贈り物だよ』

 レイナがミレニィの店に来た本当の用事がこれだった。

 レイナが持ち込んだ物は、3つ。

 1つ目。かなり古そうな片手剣。

 2つ目。約50cmくらいの長さの棍棒。

 そして3つ目。


『…「零式魔導砲」だよね、これ…』


『当たりだぞねーちゃん!!』

 アグナ火山でタジェルゥに「火山制御機構」を見せてもらった時。

 その場に隠されていた遺物「零式魔導砲」だった。

 レイナがやれやれと言った感じに、皮肉っぽく言う。

『昨日…私がセニアに戻ることを、ゲルテにも伝えたんだ。そしたら一日待ってほしいって言われて、今朝出発直前にこれらを渡されたんだよ』

『…「零式」をくれるって、長老さんも言ってたしね。でも他のは何?』

『他の皆には説明したが…まあいい』

 先程レイナが俺達に、これら一式の説明をしてくれた所だった。

 それでいざ帰ろうといった所に薊が突っ込んできたのだった。




 レイナが薊に説明する。

『まずこの片手剣…これは魔境に伝わる「災厄避け」という名の剣らしい。タジェルゥ長老の話では…これは初代アグルセリア長老の私物で、この剣が幾度も彼を救ったらしいよ』

『どんな感じで?』

『「教えてもいいが丸一日掛かる」ってゲルテに言われたよ』

『…』

『要は、そういう物だ。変に期待はしないようにな』

 薊が呆れているが、俺達もさっき聞いた時は似たような感想だった。この剣、要はただの“お守り”に過ぎないらしい。まあタジェルゥなりの気遣いだと思っておくことにした。

『次はこれ…これは実用的な物だぞ?』

 レイナが棍棒を持ち、薊に渡す。

 薊はそれをひとしきり観察し、正直に一言。

『…なんか馴染む』

『お、やっぱりな!』

 俺の期待通りだった。

『ふふふ、それは良かった』

『え、何?』

 薊が困惑してるので、レイナが説明する。

『これは「空圧棍」という風魔法の術具で、立派な武器だ。とは言っても、「空戦用軽装甲」と同類のな…』

 薊の「空飛ぶ手甲」と同じ。

 つまり…。

 薊が首を捻る。

『…セニアで実用化されなかった術具…って事?』

『ご名答。それ、威力は結構凄いんだが…出力を思い通りにするのがかなり難しいんだよ。作られたのはもう50年程前で、当時誰も使いこなせなかったらしい』

『それが魔境に流れ着いたんだ…』

『みたいね』

 ミレニィが期待を込めた目で薊を見ている。

 ちょっとは立ち直ったらしい。

 俺も薊と「空圧棍」を見比べ、

『薊は風魔法が得意だし、何より…騎士団でも扱えない「空飛ぶ手甲」が扱えるだろ!?きっとこれも上手く使えるって!!』

『そうだねシュウさん。これ、行けると思うよ』

 薊も楽しそうだ。

 この非常事態、武器が増えるのは不本意ながら頼もしい。

 …これを十全に使うような事態は避けたいが…。




 薊が大きく目を見開く。

『ってそうじゃないそうじゃない!!いや武器も大事かもだけど…もう大変なんだって!!』

『お、忘れて無かったですね』

 コルトが茶化す。

 そうだ。

 薊は火急の報があったはずだ。

 なにしろ血相変えて飛んで来たんだからな。

『この武器の話はおしまいね。アーちゃん、セニアの状況は?』

 ミレニィは真剣な表情に切り替わる。

『それは私も是非聞いておきたいな』

 レイナも厳しい表情に戻る。

『…なんかヤバい事になってるのか?ねーちゃん…』

 ロジィが改まって姿勢を正す。


 薊が、はっきりと告げる。

『セニアが…魔王に全面降伏したよ』


『…何だと…!?』

 レイナが青ざめる。

『本当みたい…。お昼前にはもう魔王に向けて使者も出して、今頃その話がセニア中に広がってるよ!』

『誇り高き騎士達が…戦わずして負けを認めるなど…!!』

 レイナが俯き、拳を硬く握る。

『それだけじゃないよ!その魔王への使者…レイン公だったんだって!!』

『ええっ!??』

 前大神官、ザフマン・レインが!?

 王政から退いた奴が…何故…?

『ちょ、一気にきな臭くなってきたわね…!』

 ミレニィが額に手を当てる。

『それだけじゃないんだ』

 薊はまだ慌ててる。



『明日の朝、そのレイン公がデリ・ハウラに来る』



 そんな急に…?

『…なんてこったい』

 俺は嫌々ながらに、過去の記憶をひっくり返す。






“もちろんです。来たる聖星祭で、アグルセリアのタジェルゥ長老がセニアを訪れますので、その際に「解放派」の魔物に暴れてもらいます。セニアの役人が居るアグルセリア駐在所を占拠して頂く程度でいいでしょう”

 大神殿に忍び込んだ、あの夜。

 あいつは、魔物を利用するだけ利用するような奴だ。


“私を信頼してくれている騎士レイナをアグルセリア駐在所に送ったのも、その為ですよ。そしてこの件をダシにして、タジェルゥ長老から頂きましょう。アグルセリアに伝わるという、謎の遺物を”

 奴の、遺物への妙な執着。

 「遺物」はラグラジア帝国の術具で、魔王はラグラジア人。

 嫌な符合だと思う。


“これでついに、私の悲願も達成されます。あなたにはとても感謝しています”

 奴との出会い。

 まさか…。

 「10人目の異世界人」である俺のお陰で達成されること。

 …それは、魔王の復活だ。






『…シュウさん大丈夫…?』

『真っ青だぞ…』

 薊とロジィに心配される。

 どうやら俺は、青い顔をしているらしい。

『まさか…』

『まさか?』

 俺は最悪の可能性を口にする。


『魔王を復活させるのが、ザフマンの悲願だったのか…?』


 無いと思いたい。

 何が目的なのかも良く分からない。

 でも、まさか、全てあいつの計画通りだというのだろうか…?

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