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その29 魔王復活

ファンタジーに魔王は必須だね

 俺達は今、ミレニィの店に居る。




 まだ朝も早く、日も登っていない。

 普段ならまだ寝ている時間だが…俺達は昨日、夕刻のアグルセリアから夜通し街道を飛ばしてきた所だった。しかし途中で「解放派」の魔物に絡まれてしまったため、急いだのは無駄になってしまったが…。


 早朝のデリ・ハウラは混然としている。

 魔王に関するあらぬ噂が跋扈し、住民たちを混乱させているのだ。自警団がなんとかそれを収めているが、果たしていつまで持つか…。


『…この情報、情報源は王国騎士だってコルちゃん言ったわね…』

『…とりあえず、見よう』

 先程この店に立ち寄ったコルトが、自警団で得たという情報をメモ書きにして渡してくれたのだ。小包に入ったそれを、ミレニィがおっかなびっくり引っ張り出す。

『魔王の復活は本当だって、コルトねーちゃんは言ってたな…』

『まさか、でも、どうやって復活したってんだ…?』

 俺も気が気ではない。

 でもまずは、これを見るしかない…。











 メモを、開く。

『ええと…“昨日夕刻…セニア王城では、地下の「勇者廟」で新大神官拝命の儀式が執り行われていた。その最中に突如、魔王が復活した模様。セニア王城内に居た全ての者が、魔王の呪いで死亡。現在セニア王城の内部がどうなっているかは不明。なお魔王からの声明等は、現在確認できず”…』

 コルトのメモを読み上げたミレニィが、手で額を押さえる。そのままゆっくり、店のテーブルに備え付けられた椅子に座る。メモを卓上に投げ置く。

 俺は、メモの内容に愕然とする。

『ちょ…セニア王城が全滅だと!?こ、これからどうなるんだよ…?』

 そこは、セニア王・ヨーグ九世の居城だ。

 恐らくセニア王城に居たであろうヨーグ九世は、まず間違いなく犠牲になっている。それにこの異変が、セニアにとって重要な儀式の途中だったのならば…。


 元気のない声で、ミレニィが零す。

『…どうなるも何も、セニアはもう魔王に対抗できないでしょう…。何たって大神官拝命の儀式は…ヨーグ九世や王政関係者はもちろんの事、大神殿や騎士団の主要幹部も参加するわ…。恐らく彼等も犠牲になっているでしょうし…』

『…セニア王政も、王国騎士団も、神殿も…きっと大混乱ってこと?』

『…そうよアーちゃん。セニア王国の主要組織のうち、まともに動けるのは多分…国境騎士団と、巡回騎士団くらいね』

『…難しい話は、あたしわかんないぞ…』

 ロジィは早くもリタイアした。

 …俺も混乱しているが。

『国境騎士団?初めて聞いたな…』

 ミレニィの解説で、俺が聞きなれない単語が1つあった。

 わざとらしくミレニィは肩を竦め、つまらなさそうに言う。

『あらサミーさん、期待はしない方がいいわ。セニアっていう国はね、大陸の端っこにある半島を領土にしてるんだけど…国境はその半島の付け根なのよね。国境騎士団っていうのは、そこを防衛する部隊よ』

『で、こことの距離はどんなもんだよ?』

『魔境とセニア王都は、半島の南側寄り。で…国境騎士団のいるセニアの国境は、半島の北端。頑張って移動しても7日はかかるわね』

『…そりゃあ確かに、期待できそうにないな…』

 そんなに時間が掛かるなら、その国境騎士団が急いで来ても無意味だな…。その頃にはきっと、魔王がセニアを掌握しているだろう。




 それでも薊は、まだ国境騎士団に期待をしているようだ。

『でもさ、国境を守る騎士なら強いんじゃない?たとえここに辿り着くのに時間が掛かったとしても、魔王に対抗するくらいできるんじゃないかな!?』

 それをミレニィが切って捨てる。

『え、それは無理よアーちゃん…』

『なんで?』

『弱いからよ』

『えっ』


『国境騎士団って超弱いらしいわよ?』


 困惑する薊。

『で、でも…国境を守るんだよね?弱くて大丈夫なの??』

『えーっとね、セニアっていう国は特殊でね…』

 ミレニィが、弱々しくしく髪を掻き上げる。

『セニアって…勇者を祀る宗教国家的な側面があるのよね。だからもしセニアに攻め入る国があったら…その国は、勇者を信仰する国全てを敵に回す事になるわ。それにもし他国がセニアを制圧できたとしても、魔王っていう意味不明な危険物までオマケで付いてくるわけ。嫌でしょそんな面倒事』

『…成程な、勇者の威光がセニアの盾って訳か』

『そういう事で…基本的に、セニアに敵国は無いわ。だから国境騎士団って、実際は落ちこぼれ騎士の寄せ集め部隊らしいのよ。そんな連中に来られたって、なんの足しにもならないでしょうね…』

 機能が麻痺したセニア王国。

 実力が未知数の、魔王。

 この大異変を打破できる鍵が、何も無いじゃないか…。











 腹が減った俺達は、とりあえず店にあった携帯食で簡単に朝飯を済ませた。そして俺と薊は、セニアに向かう事に決めた。半人半魔のミレニィは厳しいが、人間の俺達ならセニアに居ても違和感は無いだろうという判断だ。

 何より俺達は、より新鮮な情報が欲しかった。

 …あわよくば、王都の様子も見に行きたいところだが…。


「…ここの街道も、誰も居ないね…」

「そうだな、寂しいもんだ…」

 そういう訳で、俺は薊と一緒にセニア市街を目指していた。

 デリ・ハウラとセニア市街を結ぶ街道は、普段はセニアの商人がよく行き来しているのだが、今日に限っては誰も居ない。恐らく魔物の暴動を恐れたセニアの商人が、デリ・ハウラに近寄らなくなってしまったのだろう。

「…ミレニィ、大丈夫かな…?」

 薊は、デリ・ハウラに残してきたミレニィの身を心配していた。半分とはいえ人間の血が流れる彼女が、過激な魔物に目を付けられる可能性は…無くは無い。

 俺はとりあえず、薊を安心させようと気休めを言ってみる。

「デリ・ハウラにはアグルセリアの「解放派」みたいな過激派は居ないだろうし…大丈夫だろ、たぶん、きっと、恐らくな」

「…すごい不安なんだけど」

「ま、まあロジィも居るから大丈夫だって!いざとなったらあの娘がなんとかしてくれるだろ」

「…だといいけど」

 一応今回は、ミレニィと店を守るためにロジィも置いてきた。コルトが自警団としての仕事を優先させなければならない以上、彼女に頼る訳にもいかないからな…。

 俺達の浮動車は順調に、閑散とした街道を往く。











『シュウゴローさんにアザミさん!何故こんな所に!?』

『悪いなロベル…巡回騎士には他に顔見知りなんて居ないからな…』

 セニア郊外の神殿で、俺達は巡回騎士ロベルと接触ができた。


 数十分前。

 俺と薊はセニア郊外の街道まで来た所で、巡回騎士に鉢合わせた。何でも魔物を警戒して、普段以上に警邏を行っているとの事だった。

 また、彼らは商人や外国人の保護も行っていた。

 セニアで外国人を自称する俺達にとってこの展開は好都合で、そのまま巡回騎士に保護してもらう事にしたのだった。そして、セニア郊外に散在する神殿の1つに置いてもらう事になった。

 ちなみに…保護される際に俺は「巡回騎士に知り合いが居る」と言ったので、巡回騎士の少年ロベル・ヴェントのいる神殿に案内してもらう事に成功したのだった。


 この緊急事態に対応していたであろうロベルは、すっかり疲弊していた。

 俺の周囲に居る保護された商人達も…外国人も…恐らくこの神殿の者であろう神官達も…他の巡回騎士も…一様に暗い表情だ。

『…これからどうなるんだろうね』

『僕にだってわかりませんよ…なにせセニアの主要機関が、ほぼ全て壊滅状態ですからね…』

 薊の問いに答えるロベルは、とても暗い表情をしている。

 恐らく昨日の夕刻から、彼はずっと働き詰めなのだろう。今だってセニア王都には黒い靄が立ち込めたままで、この神殿に保護されている他の商人達も不安そうにしている。

 …そんなロベルには悪いが、彼には聞きたいことがいろいろある。

『なあロベル…今のセニア王都とかの詳細を教えてくれよ。俺達も魔境の情報を…少ないけど…提供するからさ』




 疲れ切ったロベルが、疲労の籠った言葉を吐き出す。

『ええと、お2人も既に耳にしているかと思いますが…魔王は”新大神官拝命の儀式”の最中に復活したようです。そのままセニア王城に呪いを放ったようで、儀式に参加していた皆様は…犠牲になったと見て間違いないでしょう…』

『らしいな、それは聞いたよ』

 ロベルの話は、コルトの情報とほぼ一致した。これは間違い無いだろう。

 ロベルは暗い表情で、俯きながら続ける。

『セニア王政の大臣達はもちろんの事、セニア王・ヨーグ九世も…新大神官のネーデリオス様も…王都騎士団元帥のオルドー様も…巡回騎士団元帥のヴァイラ様も…』

『え、巡回騎士団の元帥も!?』

 そいつは知らなかった。しかしトップを失った巡回騎士団はまだ機能しているようだし、一体どういう事だろうか?


 ちょうど薊が聞いてくれた。

『…その割に、貴方達巡回騎士はちゃんと統制が取れてるね』

 ロベルは頷き、

『セニアの騎士団は、元帥の下にいる大隊長達が実質的に隊員の統制を行っているんです。大隊長格も全滅してしまった王都騎士団と違い、巡回騎士団は元帥以外が無事でした。それで今は大隊長達が我々を率い、こうやって商人などの保護も行っています』

『へえ…成程な』

『ちなみに今…セニア王都に通じる門は、西門以外の全てが開かなくなっているそうです。恐らく魔王の力でしょう…。とは言っても、王都の民衆はみんな王都城壁外に避難していますから、王都はほぼカラッポですけどね』

『城門が開かない…外から攻め込ませない為かな?』

 王都の門を閉ざした魔王…。

 一応は、王国騎士団を警戒しているようだ…。











 そこで俺は、期待していたことを彼に探るように聞いてみる。

『…巡回騎士団は、魔王に対抗とかしないのか?』

 俺の問いに、ロベルは青い顔をする。

『ええっ!?魔王とか無理ですよ僕達には…!だって呪いだけでセニア王城を全滅させちゃったんですよ!?それに伝説では流星を呼ぶっていいますし!!まるっきり化け物じゃないですかー!!!』

『そ、そうか…』

 俺の質問が引き金になった。騎士とはいえまだ年若いであろうロベルは、堰を切ったように不安を曝け出す。

『それに、まだ魔王からはなんの声明も無いんですよ?!巡回騎士団だけではとても勝ち目がありませんし…脆弱な国境騎士団なんて来るとは思えませんし…隣国の援護だって期待できませんし…我々としてもどうしていいか…』

 そこでロベルが、ぱっと顔を上げる。

『そうだ!お2人とも、魔境は何事もありませんでしたか!?例えばデリ・ハウラに魔物の武装勢力が集結しているとか…!!我々もそれを警戒して、団員の大半が街道付近で警戒態勢を取っているんです!!』

 ロベルは急に、あわあわと慌てふためく。

『魔王復活という契機を得て、魔境自警団もセニアに反旗を翻す可能性がありますよね!!?なんかそんな感じの兆しはありましたかっ!?』

『ちょっと、ロベルさん落ち着いて…』

 捲し立てるロベルを薊が制する。

 俺も彼を宥めるように、ゆっくり説明する。

『大丈夫、自警団はデリ・ハウラの混乱を収める為に働いていたよ。それに魔物達だって、魔王に対する不安も大きいんだ…』




「おい!巡回騎士は集合しろ!!」

 俺達の居る神殿に、大きな声が響く。

「は、はいっ!!」

 俺達と喋っていたロベルも急いで立ち上がり、声の主の居る神殿入口に走っていく。俺と薊も追尾する。


 この神殿の内外に居たであろう巡回騎士が、神殿入口で整列している。

 みんな美形で、男女が混じっており、数はざっと30人はいる。彼らの前には上官らしき男がおり、大きな声で騎士達に指示を出している。


「よく聞け!先刻セニア王城から、魔王の“使い魔”が現れたとの情報が入った!その“使い魔”によれば…本日の夕刻、セニア王都・西門前において、魔王が何かを宣告するらしい!この神殿は神殿警備隊に任せて、我々はこれからセニア西区に向かう!」

 騎士の上官が剣を抜き、天に向かって掲げる。

「我々は、セニア西区で起こるであろう住民の混乱に対処する!」











 俺と薊は、セニア王都・西門を目指して移動している。

 俺達が出るよりずっと前に、あの神殿に居た巡回騎士は去っていた。当然ロベルも去っていた。


「セニア西区か…遠いね」

 薊は浮動車を操縦しながら呟く。彼女は普段通りっぽく振る舞ってはいるが、言葉の端から何となく緊張を感じる。

「遠いって…どれだけ遠いんだ?」

 俺はまだセニアの地図が頭に入っていない。セニアの町と魔境の位置関係すら、ちゃんとわかっていないのだ。

 薊が、進行方向に顔を向けたまま説明してくれた。

「魔境はセニア市街の東側。セニア市街の中心にはセニア王都があって、王都を囲う城壁には東西南北に門があるよ」

「ほう」

「つまり目的地であるセニア王都・西門は、魔境から見てセニア王都の反対側になるよ。今居るここはセニア東区だから、結構遠い」

「確かに遠いな…」

 要はセニア王都を、魔境側から見て反対側まで回り込む必要があるようだ。現に俺達はまっすぐセニア王都を目指しているし、薊はこのまま城壁沿いに回り込むつもりなのだろう。


 ふと薊が、軽い調子で俺に聞いてくる。

「ねえシュウさん…ロベルさんは確か、セニア王都の門は西門以外開かないって言ってたよね?」

「言ってたな」

「もし開いてたら、王都を突っ切って西区に行けたのにね」

「いやそれはやめろ、俺の為に」

「冗談だよ」

「お前な…」

 魔王の居るであろうセニア王城は、セニア王都のど真ん中だ。

 いくら近道でも、その傍を通るのは御免だ。











 セニア西区が、夕日に照らされている。

 俺達は先刻、やっと目的地にたどり着いた。とはいっても王都西門付近は騎士団や神官達、中級の役人などでごった返しており、とても近づくことはできない。王都も封鎖されており、地上からの侵入は無理そうだ。

 仕方ないので俺達は、西門から少し離れた建物の上に登っていた。路地裏で「闇を産むランタン」を使い、薊の「空飛ぶ手甲」で登ったのだ。


「誰も私達に気付かないね…」

「ああ…これがこの「ランタン」の、本当の能力なんだろうな」

 久しぶりに起動したこの「闇を産むランタン」は、今回は何故か銀色の靄を生み出したのだ。俺は最近遺物を扱うのがちょっと上手くはなったが、どうやらこの遺物の効果が“闇に紛れる”から“風景に同化する”へと変わったようだ。

「すごいね、今のあたし達は透明人間って事じゃん」

 それでも、離れて効果が薄まるのは良くない。

 という事で、薊は俺の横にピッタリ張り付いている。

「近づかれるとバレる上に、動くと違和感があるけどな」


 この“ステルス”効果に気付いたのは、さっき路地裏で「ランタン」を使った時だった。試しに薊に離れて視認してもらったが、動くときに多少の違和感があるだけで、接近されない限り姿は見えないようだ。


 俺にはこれが良い誤算だった。

「薊…夜になってからセニア王都に侵入しようぜ」

「えぇ…シュウさん、危険じゃない?」

「大丈夫だって。この「看破の仮面」も併せれば、呪いや魔法の類があっても回避していけるって」

「大丈夫かなぁ…?」

 ステルス化しながら、薊が飛行し、俺が魔法を避ける。

 せっかくここまで来たんだ。セニア王城の様子も見ておきたい。






 セニア王城・西門。

 その真上に、何かが出現した。


<<御機嫌ヨウ…セニア王国ノ諸君!!>>


 突然だった。

 俺と薊は、そこを凝視する。

 高さが約30mはあるセニア王都の城壁…ちょうど西門の真上の位置。

 誰かが、居る


<<400年経ッタ!!今ココニ、我ハ復活ヲ遂ゲタノダ!!>>


 異様な声が、空間を揺らして伝わってくる。

 遠目にしか見えないが、そいつは、たぶん男だ。

 夕日に照らされ、強風を受けるその姿は、禍々しいものだった。




 まず、全身真っ黒だ。それに背中には、黒い翼がある。翼と言ってもミレニィのように羽毛的な感じではなく、骨が剥き出しになったような硬質のものだ。赤黒いコートと銀の髪を靡かせる姿はどこか優美だが…青白い顔と、纏っている深紅のオーラが邪悪だ。

 彼の周囲は、空間が歪んでいる。

 “魔王”の突然の登場に、セニアの民が慄いている。




 魔王が視線を下に向ける。

 西門付近に陣取る、騎士や神官をその眼で捉える。

 魔王は尊大な、しかし威圧的では無い雰囲気で語り出す。

<<セニアノ諸君、恐レルコトハナイ。我ノ復讐ハ既ニ果タサレタ。400年前ニ我ヲ封ジタ憎キ勇者ノ末裔ハ、遂ニ我ガ手デ葬リ去ッタ。セニアノ民ヲ殺メル意思モ、理由モ、我ニハ無イ>>

 魔王は、何故か清々しく語っている。

 勇者の末裔であるヨーグ九世を呪殺した時点で、復讐は済んだのか?

 魔王が両の手を拡げる。

 そして、仰け反るような姿勢で宣言する。


<<今コソ、400年前ニ果タサレル筈ダッタ…我ノ理想ヲ実現スル時ダ!!セニアノ諸君、我ニ従エ!!>>


 民衆たちから、どよめきが上がる。

 西門前にいた騎士達も、魔王に向かって反論している。

「我らがヨーグ九世を亡き者にしておいて…従えだと…!!!」

「そのような道理が罷り通るか!」

 しかし魔王は何故か、騎士達の反応にも満足気だ。

<<ソウ、従ウノダ。サスレバコノ地ニ、コノ世界ニ…永遠ノ平和ガ訪レル。我ニ従エバ、我ノ下ニ全テガ平等トナル>>

 魔王が、雄大に翼を広げ、宙に浮かぶ。






 魔王の“演説”の最中。

 俺と薊の少し前方、建物の屋根の上に、誰かが登って来た。

 あれは…。

「…騎士だな」

「何か術具を持ってるね…」

 よくよく見ると、西門付近の建物の殆どに、騎士が登っていた。

 各々が、登った屋根と同じ色調の迷彩装備を纏っている。それに手には何やら、物々しい術具を携えている。彼らは屋根の起伏を利用しながら、なるべく魔王の死角となる位置に潜んでいる。

「あれは何だ…?」

 彼等が持っている術具は、少なくとも…武器ではあるだろう。深紅色をした細身の杖で、先端には魔石と水晶玉が据えられている。


 こいつら魔王を攻撃する気か…?


「あたし、あれ見た事ある。確か…“高空火術”を応用した攻撃用術具だ。セニアじゃ上等な武器だよ」

 術具の正体、薊は知っていた。

 “高空火術”は、聖星祭で俺も見た、魔法の花火だ。




「平和な世界だと…?!セニアの平穏をブチ壊しておいて、何が平和だ!!我々は決して、貴様に屈しないぞ!!!」

 西門前の騎士が叫ぶ。

「邪悪なる魔王めが!!セニアの誇りを思い知れ!!」

 屋根に潜んでいた騎士達が、術具から一斉に火球を放つ。


 爆音。

 城壁の西門真上が、一瞬で炎に包まれる…!











 騎士達の一斉放火で、セニア王都西門の真上が半壊した。

 吹き飛んだ城壁の破片が、王都の中に飛散していった。

「やったか!?」

 騎士が叫ぶ。

 魔王は、




<<ハハハハ!!素晴ラシイ…素晴ラシイゾ、セニアノ騎士ヨ!!>>




 城壁を包んだ爆炎が突如、大蛇の姿を形取る…!

 炎の中から、魔王の笑い声が聞こえる。

<<コレダケノ威力ヲ持ッタ兵器ヲ創造スルトハ…人間ノ英知ハ素晴ラシイナ!我ニハ効カンガ、実ニ美シイモノダ!!>>

 炎の中から、無傷の魔王が現れる。

 騎士達が固まる。

「ば…馬鹿な、全く効かないとは…」

「セニアの誇る“紅蓮杖”が…」

 唖然とする騎士達をよそに、魔王が急につまらそうに愚痴る。

<<シカシ…武器ダトイウ所ガ実ニ惜シイ。人間ノ英知ハ、別ノ分野デ昇華サセルベキダロウ…。破壊ヤ闘争ノ道具ナド、君達ニハ不要ダ>>



 魔王が、残念そうに頭を振る。

 不意に炎の大蛇が天空に舞い上がり、


 大爆発した。






 空が、深紅に染まる!

<<我ガ闘争ヲ根絶シヨウ!!>>

 魔王が拳を突き上げ、高らかに宣言する。

<<我ニ従ウノダ!我ガコノ世界ノ全テヲ統括シヨウ!マズハコノセニア王国、次イデ隣国、果テニハ全世界ヲ!我ノ下ニ、全テノ人間ガ平等ナ世界ヲ築クノダ!セニア王国ハ…我ニ従ウ意思ガアレバ、10日以内ニ使者ヲ寄越スガイイ!>>











 魔王は、一瞬で姿を晦ました。

 いつの間にか、日が沈んでいる。

 恐るべき“魔王”は何故か、平和な世界を説いた。

 セニアの民衆が、混乱して、まだざわめいている…。


 薊は終始俺に寄り添ってはいたが、決して震えては居なかった。

「魔王の理想は…平和な世界、なのかな…?」

「さあ、わかんねぇ…でも、魔物については何も言わなかったな…」

「そうだね…」

 魔王の力は、やはり絶大なようだ。

 しかし思った以上に、魔王は平和的だった…。

 セニアをどうこうするとかも、ほとんど言わなかった。ただただ理想を語り、脅すような真似を一切しなかった。

 …魔境に言及しなかった点が、いささか不気味だ。

 一見、まともな奴に見えなくも無かったが…。

「…どう思う、シュウさん?」

 薊が尋ねてくる。

「どうも何も…」

 魔王の演説中。

 俺には終始、違和感が纏わりついていた。


「今の奴、本当に勇者が封じた魔王か…?」


 薊も同じ考えのようだ。

「…怪しいと思う?」

「思うぜ」

 俺には確信があった。


“ヨーグ達に発見されたときのヴェラーツは、人の姿をしていなかった”


 奴はラグラジア帝国の記録…「ニヘル・ネルヴィーの研究日誌」の記述と合致しないのだ。しかもヴェラーツはラグラジア人の筈なのに、今の“魔王”が話す言葉は何故かセニア語だった。

 つまり…先程の“魔王”は確かに禍々しかったが、「勇者が封印した魔王ヴェラーツ」本人では無いと思う。

「バッチリ人の形だったし、魔王ヴェラーツだとは思えねぇよ」

「…でも、じゃあさっきの“魔王”は…誰?」

「…」

 薊の問いに、俺は答えられなかった。




 とは言っても、今のが魔王本人の「端末」である可能性は捨てきれない。

 しかし仮に…セニアに現れたこの“魔王”が、本物では無いとしたら。

 あいつは一体、何者なんだろう?

2021/12/30 誤記訂正などなど

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