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その3  凡人の俺、新月の森

ねこすき いぬもすき

 俺は今、新月の空を飛んでいる。


 異世界に迷い込み、なんやかんやで殺されそうらしい俺は、俺と同じ言葉を話す少女に連れられ、彼女の術具の力で空を飛んでいる。加えて、彼女の遺物が生み出す靄に包まれている俺たちの姿は、地上からは夜空に紛れて見えてはいない。

 しかし俺たちからはばっちり下が見えているため、高所恐怖症の俺は心が死にそうだ。

「ぅぅぅぅぅ…」

 叫ぶわけにも行かず、少女に抱き着かれた俺は、死にそうな顔で夜の空を舞う。











「…着いたよ」

「お、おう…」

 地上に降り立ち、ぐったりとした俺から恥ずかしそうに離れる少女だが、俺は晩餐会の食事が口から出そうになっていた。何とか耐えて周りを見る。

 ここは、空から見た感じでは、この少女が最初に俺を連れてきた森のさらに奥だと思う。そこには小さな丸太小屋と小川があり、少女が小屋に入っていく。

 数分後。

「これあげる」

 丸太小屋から出てきた少女は、王国騎士・レイナがくれたようなネックレスを渡してきた。あちらほど豪華ではないが、しっかりした作りのようだ。

 俺はとりあえずそれを強く握りしめ、使えるようにだけしておく。

「ありがとう…。それで、君は一体…?」

「あ、まだ自己紹介してなかったね」

 神官から奪った羽織を脱ぎながら、少女がこっちを見た。


「あたしは不知沼薊。あなたと同じ日本人で、ここでは異世界人」


 心なしか嬉しそうな顔で、やっと名を名乗った。

「俺は…」

 俺が名乗ろうとした矢先、丸太小屋から誰か出てきた。

『アザミ…?遅くなりましたねー…』

『ごめんなさいコルト…付き合わせちゃったね』

 俺はそいつを見て言葉を失う。

(こ、これが…魔物…?)

 コルトと呼ばれた寝起きのそいつは…女性のようで、二足歩行こそしているが、全身薄茶色の毛で覆われており、明らかに人でない耳と尻尾を持っていた。











『異世界人さん、魔境へようこそ』

 俺たちは丸太小屋を後にし、夜の森の中を進んでいた。

 俺たちは3人で丸太小屋の傍にあった不思議な乗物に乗っており、宝石のようなものが埋め込まれた木造のそれは、地面からわずかに浮いて進んでいる。これも術具の一種だとか。

 コルトと呼ばれた魔物は、いつの間にか革製の鎧を着こんでいる。近くでよく見ると、耳と尻尾はなんだか猫っぽく、毛並みに薄っすらと縞模様がある。眼は深紅の虹彩の中に細長い瞳があり、間近で見ると地味に怖い。表情はリラックスしたものだが。

 薊とコルトは言葉が通じないらしく、念話ネックレスを使っている。

『あんた…俺が異世界人って事には、驚かないんだな…』

『え?まあ、アザミの時にしっかり驚きましたからねー』

 コルトは笑っている。少なくとも、彼女は薊が異世界人という事を知っているらしい。


『俺は五月雨繍五郎だ…さっき名乗りそびれたな』

『…シューゴローさん、でいいですか?』

 コルトに聞き返される。俺は名前をそのまま呼ばれることが少ないため、違和感がある。

『シュウでもなんでもいいよ』

『じゃああたしはシュウさんって呼ぶね』

 薊は普通な感じの呼び名にしたようだ。

『それなら私はゴローさんって呼びますね』

 獣人のコルトは、不思議な呼び名にしたようだ…。

『それで薊…ちゃん?』

『薊でいいよ』

『じゃあ薊…なんで俺をその…助けに来てくれたんだ?』

『だって殺されちゃう人を、それもあたしと同じ境遇の人を、放っては置けないよ…』

 薊も、俺と同じように異世界に迷い込んだようだ。











『あたしがここにきて、もう1年くらいになるんだ』

 長くなるかもと前置きして、薊が語りだした。

『あたしは高校の帰り道、家の近所の神社で不思議な光を見つけて、それに近づいたらこの世界に来てたの』

『…俺と似たような状況だな』

『そうなんだ…それであたし、いつの間にか街道の辺に立ってて、でもその日はすごい雨で、濡れないように森に入ったの。雨で遠くも見えないし、とりあえず周りを見渡せるような高台に上ろうとして…それで、森の中で警邏をしてたコルトと出会ったの』

『え、コルトが薊を見つけたのか?』

 俺の問いに、コルトが笑って返す。

『我々魔物はセニアの連中と違って、迷信に従って異世界人を捕まえたりはしませんからね。アザミも幸い騎士団に追われてはいなかったので、私が拾いました。ただし面倒事にならないように、この娘が異世界人である事は隠していますけどね』

 薊の場合、町ではなく森に向かった結果、王国騎士団に発見されずに、魔物であるコルトに拾われたという事のようだ。

 セニアが異世界人を捕まえるというのは、魔王の生まれ変わりがどうとかいう話のせいだろう。


『それであたし、今はもう少し先にある魔物の町に住んでるんだ』

『魔物たちの町…か…』

『え、みんないいヒトたちだよ?』

『マジか…』

 コルトみたいな獣人がたくさんいる町を想像する。そこに薊もいる様子をイメージする。正直かなり浮いてるし、それにこの流れだと、今度はそこに俺も加わる可能性があるわけだ。

 …かなり不安がある。

『そういえば、シュウさんが会った王国騎士の巡回部隊…巡回騎士って、みんな美人で親切だったでしょ』

 薊がぽつりと呟く。まあ、確かに美人揃いだったが。

『…まあな』

『あれね、かっこいい男の人ばかりの部隊もあるんだよ。異世界人の性別に合わせて、出る部隊が変わるんだって』

『それってつまり…』

『だって、美形の異性で囲った方が、異世界人がついてきてくれる可能性が上がるよね』

 …レイナもレイナの部下も皆、美人だったのはそういう訳か。











『そもそも、薊が大神殿で言ってた魔王って、一体何なんだよ…』

 俺は一番気になっている事を口にする。今のところ、これが一番俺の命に関わる。

『あたしは、うーん、うまく説明する自信が無いや』

 薊はコルトの方を見ている。俺もコルトの方を見る。コルトは困ったような表情で、

『私も詳しくは知りませんが…なんでも昔、ここらで大暴れした魔王ってのが居たらしいです。それを封印したのが勇者と仲間たちで、勇者の子孫であるセニア王家は、城の地下に封印された魔王を、代々見張る使命があるそうです』

『…ちょっと待った、それ異世界人関係なくね?』

『まあ、異世界人が魔王の生まれ変わりってセニアで言われるようになったのは、今から100年位前です。なんでも当時の大神官の夢に勇者が出てきて、“魔王が異世界から生まれ変わりを召喚するだろう”って言ったらしいです』

『ただの夢じゃんそれ…』

 拍子抜け過ぎる。だかが夢のせいで、俺は殺されそうになったって事か?

『いやいやゴローさん、それだけじゃ無いんですよ。そのお告げの年に、ほんとに異世界人が現れたらしいんです』


 気が付くと、隣から寝息が聞こえる。いつの間にか薊は眠ってしまったようだ。俺たちを乗せた浮く不思議な乗物は、銀色の淡い光を纏い、一定の速度で夜の森を進んでいく。コルトが続ける。

『しかもその異世界人がとにかくすごかったらしいです。見た目は普通の青年だったらしいですが、ありとあらゆる武器・魔法・術具を天才的に使いこなし、なぜか貴族・王族の娘に偶然出会っては片っ端から篭絡し、ついにはセニアの王政に影響力を持つほどになったそうです』

『そ、それは…』

 確かに怖い。俺もそんな奴が居たらちょっと怖い、と思う。そういえば女騎士のメガネっ子が、異世界人の才能がどうのこうのと言ってたな。才能って、そういう事か…。

『その後…お告げの事もあったので、彼は王の命で討伐されました。その一件以来、異世界人は魔王の生まれ変わりと言われるようになったんです。ただし、それはあくまでセニアでの話。魔物に伝わる話はちょっと違います』

『ちょっと?』

『魔物に伝わる話では…魔王を封印したのは“勇者と異世界人”と言われています。まあセニアが異世界人を捕まえるようになってからは、あまり大きい声で言えることじゃ無いですけどね』











 魔物の町は思ったより遠そうで、明け方には着くとコルトに言われた。薊のように眠ろうとも思ったが、目が冴えて寝付けそうにない。夜食といった感じで干し肉を齧るコルトが、俺にも同じ物を渡してきた。俺もそれに齧りつき、ふと薊の寝顔を眺めてみる。

『…薊を拾ったのは、さっきの話が理由?勇者だからどうこうとかいう…』

 コルトにちょっと聞いてみる。

『え、違いますよ。右も左も分からないって感じの女の子が、寒い雨の森で、1人震えていたんですよ?そりゃあ放っては置けないですよ。この子が異世界人だってのは、服装でなんとなく分かりましたし』

『そうか…ちなみに、震えていたのが俺だったらどうだった?』

 冗談交じりに聞いてみる。

『それってつまり、右も左も分からないって感じのひょろっとした青年が、寒い雨の森で、1人震えていたとしたら、って事ですよね?当然放っては置けないですよ』

『ええ…俺ってそんな感じに見えるか…』

 予想外の答えだった上に、微妙に傷ついた。

『でもまあ、コルトがいい人?魔物?みたいで助かったよ…』

『まあ私はいい魔物ですからね』

『自分で言うか…』

『アザミも、いい子ですよ。あなたを助けに行くって言いだしたのはこの子ですし、危険だからって私が止めても聞きませんでしたしね。でもまさか、王都にまで侵入するとは思いませんでしたけど』

「…」

 俺は隣で眠る、命の恩人の寝顔を横目で見る。











 空が少しだけ明るくなってきた頃、俺たちは大きな町に到着した。

 いつの間にか森を抜けており、今いる町の周りはむしろ荒野だ。彼方に海と、昨夜俺が居た王都の城壁が見える。その逆側には、俺が異世界に来た時に見えた火山があり、俺が近づいた分大きく見える。

 まだ朝が早すぎて、町は皆寝静まっている。

 魔境とか魔物といった単語が出てきていたので、俺は勝手に、魔物の町に薄気味悪いイメージを持っていた。しかし見たところ、この町はセニア郊外とそう変わらない。

『…魔物って言うから、もっとヤバいのを想像してたぜ…』

『え、見た通り普通ですよ?我々は人間と交流も商売もしますから。私に言わせれば、人間と魔物の違いなんて、見た目と多少の身体能力の差だけですし』

『そんなものか…』


 俺たちはそのまま町の中を進み、コルトが浮く乗物を町中にある一軒の店?の裏手まで移動させ、停車した。

「…んー…もう着いた…?」

 薊が目を覚ます。俺もだいぶ眠いが、結局ずっと起きていた。

『降りて下さいねー』

 コルトが建物の裏口を鍵で開ける。

『…入っていいのか?』

『お構いなく』

 コルトに促されて中に入る。どうやらこの店の裏の居住スペースらしい。微妙に散らかっている。

『あたし寝るね、お休み…』

『おやすみ、アザミ』

 二階に自室があるらしく、薊は階段を上って行ってしまった。コルトは薊を見送ると、俺の方に向き直る。俺の傍にあった長椅子に目をつけ、乗っていたものを簡単に片づける。

『この長椅子を寝床に使っていいですよ。今日は疲れたでしょう、ゆっくり休んで下さいね』

『ああ、ありがとう…』

 結局俺はまた、帰る方法を聞きそびれた。しかし今は眠気がすごく、とにかく眠りたい。コルトがどこかから柔らかそうな掛け布団を持ってきて、長椅子に置く。そして満足げに1人頷き、

『じゃあ、私は家に帰りますね。おやすみなさい』

『わかった、お休み…………ハァ!?』

 思わず叫ぶ。

『え、どうしました?』

『ここコルトの家じゃないのかよ!?』

 完全にそう思い込んでいた。だって鍵を持ってただろう…。

『ここはアザミと、彼女を雇ってるヒトのお店ですよ?私の家は隣です。あとあんましうるさくするとアザミ起きちゃいますよ』











 結局その後、コルトは家に帰った。どうやら今この家には家主が不在で、俺と薊しかいないようだ。JKと一つ屋根の下という状況に少し緊張するが、疲れでそれどころではない。俺は長椅子の上で横になり、目を閉じる。

 …今日は、全くとんだ一日だった。魔王の生まれ変わりとか、魔物がどうとか、とにかくわけのわからい事だらけだった。しかし、俺と同じ境遇の薊が居てくれるのは、俺にとってはかなり救いになる。

 ただしそれ以上に、ある不安が俺の中で渦巻いている。

「セニアの騎士とか神官とかが、俺を追いかけてくるんじゃないか…?」

 溜まった不安と疲労のせいで、俺の寝付きは最悪だった。

2021/12/29 誤記訂正などなど

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