表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/44

番外1  根暗少女の異世界召喚

その0話 

 雨の森をひたすら歩く。




 暗い、そして寒い。

 いくら歩いても木ばっかり。

 せめて川を見つけたい。

 もうだいぶ歩いた。疲れた。

 なんであたしばっかり…。


「なんであたしばっかり、こんな目に遭うんだろう…」











 だいたい1時間前まで、あたしは近所の神社に居た。

 学校は終わった帰りだった。家に帰りたくも無い。部活だってやっていないし、そもそもあたしには友達が居ない。

「…もう嫌になったな」

 1人になると、あたしは嫌な事ばかり考える。


 あたしの家族。

 4年前に、病で他界した実の父。

 去年の梅雨、事故で他界した実の母。

 母の再婚相手の、あたしの義父。

 母と義父の間に出来た、幼い弟。

 義父は、あたしに目もくれない。むしろ邪険にしてくる。

 血の繋がった息子…弟の方が大事で仕方ないんだ。


 あたしは、昔から暗い性格だった。

 何しろあたしの実の両親は、なんと駆け落ちだったのだという。無論両親はそんなこと教えてくれなかったが、近所の人達にそう噂されていた。その証拠に、両親はあまり近所付き合いをしていなかった…。

 子供の頃だって、そういう“噂”のせいでいじめられた。

 …あたしは運動神経が良かったので、大抵返り討ちにしていたけど。

 辛かった。でも、両親さえ居ればそれでいいと思ってた。


 その両親を、この数年で立て続けに喪ってしまった。

 幸い母が再婚していたので、保護者が居ることは居る。ただその義父は、あたしに友好的じゃない。家にも学校にも居場所が無いあたしは、よくこうやって近所の神社に居る。

 なにしろ社務所も無いような、田舎の小さな神社だ。しかし田舎であるが故に、鎮守の森は無駄に広い。お陰で森に入ってしまえば、あたしは外から隔絶される。夕方なのでかなり薄暗いが、あたしは夜目が利くので気にならない。

 …“何か”が出そうな雰囲気があるが、構わない。

 あたしは人間より、化物や妖怪のほうが仲良くなれると思う。






「…帰ろ」

 もう夜だ。

 長居し過ぎた。

 もうだいぶ暗い。

 …まあ、どうせ義父には心配されない。

 どうでもいい。



 不意に視界の端、光が見えた。



「…何?」

 おかしい。

 少し離れた木の根元が、虹色の光を放っている。

 人工的な光…ではない、と思う。

「…竹じゃないのに光るんだ」

 どうでもいい独り言を言いながら、光に近寄る。

 突然、一気に光が拡がった。











 そして今に至る。

 光に包まれた直後、周囲の景色が一変したのだ。

 夕刻の見知らぬ景色、見知らぬ街並み。

 その時あたしが立っていた場所は、森と畑の境目…のような所。

 驚いたあたしは、森の方へ逃げ出したのだ。




 あたしは1人、夜の雨の森をひたすら歩く。

(あっちへ行けばよかった…)

 今更後悔しても、もう遅い。

 こんな森じゃ無くて、街並みの方へ行けばよかった。そうすれば誰かしら人に会えたし、こんな辛い思いをして雨の森を歩く羽目にもならなかったのに…。

(嫌になるな…あたしが臆病じゃなければ、あっちに行ったのに…)

 嫌になる。

 気が滅入る。

 “見知らぬ人”に会うのを恐れた結果がこれだ。

 このまま訳も分からず、あたしは野垂れ死にするのかな…?

「…もういい」

 歩くのに疲れた。

 頑張る意味も感じられない。

 もうここで、終わりでもいいや。

 あたしは座り込み、膝を抱いて丸くなる。











 突然だった。


「ダル センジャ ケクロー?」


「ひゃっ!!!?」

 森は既に真っ暗だ。

 足音だってしなかった。

 なのに、なのに。


 目の前に、紅い眼玉が2つ浮かんでいる。


 そいつに話しかけられた。

 頭が回らない。

 人間の眼玉じゃない。虹彩が長い。

 何を言ったのかも分からない。

 化物?

 どうしよう?

 いざ出会うと、恐怖しか感じない。

 なんとか、言葉をひねり出す。

「…あたしを、食べる気…?」






 化物が、灯りを取り出した。

「ハルサ ギィナ ケクロー?」

 あたしの周囲が明るくなる。

 不思議な明かりは、炎じゃない。まるで魔法のような灯。

 化物は雨具のようなものを纏っていたが、被り物をゆっくり脱ぐ。

「…え…ね、猫…!?」


 その化物は、猫の顔をしていた。


「フゥラ フゥラ!」

 化物は…明かりで照らされてみると印象がだいぶ違った。顔中毛むくじゃらのそのヒトは、無邪気な笑顔をあたしに向ける。立ってみると、あたしと似たような背丈だった。着込んだ雨具のせいで性別が分からないが…少年、あるいは女性だと思う。

「あ、あの…」

「フゥラ フゥラ!」

 猫のヒトが、手招きしながら森の奥に進んでいく。

 もう、付いて行くしかないと思った。

 何故か不思議と、良いことが起きる予感がした。











『お嬢さん、魔境へようこそ!!』

『ど、どうも…』

 ここは森の中の、小さな丸太小屋。

 猫のヒトは、あたしをここへ案内してくれた。


 丸太小屋の中には…小さな机に小さな椅子、それに古風な暖炉っぽいものが存在した。小屋中が経験したことの無い匂いで充満しており、それが小屋の木材の香りであることに、少し経ってから気付いた。猫のヒトはあっという間に暖炉に火を付けたが…火種はまるで、魔法のようだった。

 あたしは明るい小屋の中で、猫のヒトの毛並みが縞模様だと初めて気が付いた。茶色の毛並みの中に、僅かな濃淡の差があった。長く細い尻尾も同じ模様で、ゆらゆらと揺れて面白い。


 その猫のヒトがやれやれと言った感じで、どっかりと椅子に座る。

『まあでもここはセニアと魔境の中間地帯なので、まだ魔境には入っていませんけどねー』

『は、はぁ…そうですか…』

『ちなみにお嬢さんはもしかして外国人だったりします?なんせ念話を知らないとは思いませんでしたので…』

『…ごめんなさい』

『? 謝る必要ありました?』

 あたしは今、猫のヒトと会話している。


 驚くことに…言葉を発さずに、だ。


『えーっとですねー、さっき渡したソレが「念話術具」という物です。貴女が魔力を込めたので、もうあなたの物です。あげるんで大事にしてくださいね』

『は、はぁ…?』

 このヒトは、困った喋り方をする。

 さっきからいろんな説明をしてくれてはいるのだが…魔境とか念話とか術具とか魔力とか言われても…正直、意味が分からない。第一ここは日本じゃないのかな?雨具を脱いでくれたお陰で猫のヒトが女性だとわかったので、彼女にいろいろ聞いてみる。

『…ここって、日本じゃないんですか…?』

『え?ニホンって何ですか?』

 やはり無意味な質問だったようだ…。

『…あたしの居た場所の名前…』

『うーん、心当たりは無くはないですが…』

『え、本当!!?』

『ええ』

 予想外だった。

 猫のヒトは穏やかな笑顔をあたしに向ける。

『とりあえず、ちょっと聞かせて下さいな。貴女の居たという場所の話を…』




 薪の爆ぜる音と、森に雨が降る音がする。

 丸太小屋の暖炉が、雨で冷えたあたしを温めてくれる。

『ふーん、大体わかりました。お嬢さんは異世界人ですねー』

 あたしの話を聞き終わった猫のヒトが、そう断言した。

『い…異世界…?』

 意味が分からない。

 猫のヒトは、あたしを物珍しそうに眺めてくる…。

『でもお嬢さん、私を見てもあまり驚きませんね。もしかしてお嬢さんの居た世界にも…私みたいな魔物がいるんですね?』

『いや…居ないけど…』

『ふーん?』

 あたしの感覚では…外見だけで言えば、この猫のヒトはだいぶ「かわいい」と思う。かわいいから驚かなかったと言おうと思ったが…気を悪くするといけないのでやめておいた。


 そこで猫のヒトは欠伸をしながらとんでもないことを言う。

『でもよかったですねーお嬢さん。森に逃げたのは大正解です。もし人間に見つけられていたら…貴女助からなかったですよ?』


『ええっ!??』

 助からなかった!?

 猫のヒトがにやりと笑う。

『お嬢さんが見た街並みは…セニアという王国ですね。その国では異世界人は見つけ次第気殺されます。異世界人は“魔王の生まれ変わり”っていう、セニアで信じられているお告げのせいでね』

『…』

 …良く分からないが、これは分かった。

 あたしは危うく死ぬところだったという事。

 そして今後も、その王国から逃げる必要があるという事を。











 雨の森を、不思議な乗物が進んでいく。

 座席が2つに荷台付き。紫の石が付いていて、何と浮きながらに進む。雨除けの屋根もついているので有難いが、気温が低いので堪える。

『ごめんねお嬢さん。あの丸太小屋には風呂なんて気の利いたもの無いんですよー。そこそこ近くに魔物の町がありますから、とりあえずそこに向かいます』

『…わ、わかったよ』


 この道中で、猫のヒトにいろんな話を聞いた。

 この世界には、魔法や魔物が存在するという事。

 魔王と勇者の伝説。

 異世界人に関わる、「お告げ」の話。

 魔物の町がどんな所か、とか。

 そしてあたしが、その魔物の町で暮らすことになるという事。


 猫のヒトは実に楽しそうに話す。

『異世界人って私初めて見ましたよ。話には聞いていましたが…ホントに変わった格好をしているんですねー』

『…そう、かな?』

 ちなみにさっきの丸太小屋で、あたしは服を着替えさせられた。今は猫のヒトの服を借りていて、元の荷物は荷台に隠してある。その理由は…万が一セニアという国に追われていたらまずいから、らしい。

 乗物の操縦用らしき石に手を翳しながら、猫のヒトがあたしを無遠慮に触ってくる。脇見運転なのでハラハラする。まあ嫌な感じはしないが…。

『…ねえ』

『ん、どうしました?』

『…あたしも、触っていい?』

 あたしは動物が好きだ。

 ちょっとこのヒトの毛皮に興味が湧いたのだ。

『良いですよ』

 許可を得た。

 …しかし、彼女の服装は半袖にズボン。なので腕と顔、あとは尻尾しか露出してない。とりあえず、彼女の腕を撫でてみる。

『…しめっぽい』

『でしょうね、雨ですし』

 いい手触りだ。

 楽しくなって、その後耳や尻尾も触らせてもらった。




 一通り毛皮を堪能したあたしは、とりあえず先の事を考える。

『でもこれから大変だな…』

 あたしは…ちょっと不安になる。

『え?何がですか?』

『だって魔物の町に住んだとして…言葉を覚えなきゃだし、しきたりを覚えなきゃだし、食べ物がどんなかも分かんないし…』

 覚えることが多すぎるが、まあ頑張ってみようと思う。

『いやいやお嬢さん…』

『何?』


『元の世界に帰りたいとか、そういうの無いんですか?』


 …。

『無い』

『なんでですか?』

『帰りたくない』

『ご家族も居るでしょう?』

『知らない』

『…いいんですね?』

『いい』

『ならいいです』

 猫のヒトは、そこでやっと食い下がる。

 あたしは、元の世界には未練なんて無い。むしろこの“魔境”なら、今までとは違う自分になれる気がする。戻る理由なんて、無い。




 そこで猫のヒトが、ちょっと申し訳なさそうに付け加えた。

『…変なこと言ってすいませんね。実は「異世界に渡る魔法」なんて、セニアにも魔境にも無いんですよ』

『えっ?』

『いやー良かったです。お嬢さんが「元の世界に帰りたい」とか言い出したらどうしようかと…』

『…』

 …どの道、帰るのは無理そうだ。

 まあ、あたしには関係ない。


 そこでちょっと、あたしも質問を返す。

『ねえ、貴女はこんな雨の森で何してたの?』

 雨の森で1人。

 …この猫のヒトは、一体何をしてたんだろう。

 まさか、悪いヒトかな…?

 しかし猫のヒトは、明るい笑顔で説明してくれる。

『ああ、私の仕事は自警団って言いましてねー。こういう夜の警邏とかするんですよ。たまにセニア人が森で迷ってたりしますから、そういう人を保護してセニアに引き渡したりとか』

 そういう仕事なんだ。

『…あたしの事は、セニアに引き渡さないの?』

『しませんよそんな事』

『なんで?』

『私は良い魔物ですから。右も左も分からないって感じの女の子が、寒い雨の森で、1人震えていたんですよ?そりゃあ放っては置けないですよ。貴女追われている様子でも無いですし…セニアになんて引き渡しませんから』

『…でもあたしは“魔王の生まれ変わり”かも知れないんでしょ?』

『生憎私は、そんな下らないセニアの迷信に興味ありませんので。なので安心して良いですよ』

『そっか、ありがとね』

 このヒトが良いヒトで、本当に良かったと思う。











 深夜、あたし達は町に着いた。

 中世を思わせるような街並みが、夜の闇に沈んでいる。日本と違って、夜でも暗いのか…と考えるが、よく考えたら本来「夜」ってこういうものだろう。

『さあ上がって下さい。何にも無いですけどねー』

『…お邪魔します』

 そしてあたしは、猫のヒトに、彼女の自宅に案内された。


 自宅と言っても…見たところ、集合住宅風の建物の一室、といった感じだったが。異世界にもマンションがあるのだろう。

 猫のヒトが上着を脱ぎ捨てる。毛が濡れて寝ている。

 彼女の上半身は、ノースリーブの肌着1枚だ。

 腹だけ毛色が違う。

『ここ借家なんで、お隣には違う人が住んでいます。お嬢さんうるさくしないでくださいね?』

 猫のヒトが壁を指差す。

『わかった』

『あ、お嬢さんお腹空いてます?何か作りましょうか?』

『あ、うん…ありがとう…』

 猫のヒトが、タオルのようなものを投げてよこしてくる。

 有難く借りる。

 彼女も同じもので毛皮を拭きながら、ふと動きが止まる。


『…大事な事を聞き忘れていました』


『…あたしもだ』

 そうだ、動転していて気付かなかった。

 しまったな…。

『私はコルトって言います。お嬢さん、お名前は?』

『薊…不知沼薊』

『アザミですね。よろしくアザミ』

『よろしく…』

 出会ってだいぶ経ったというのに。

 あたし達は、やっと自己紹介が済んだのだった。











 集合住宅の中を、誰かが走っている。

『…何?』

『しまったな』

 猫のヒト…コルトさんが、ちょっと困った顔をする。

 走る足音が、ここの部屋の前で止まる。


「バール ジェネリア コルティ!!??」


 扉がすごい勢いで開き、客が入って来た。

 一瞬、人間かとも思ったが、何か違う。大きな青い眼、ゆったりとしたローブ、灰色の長い髪の女性…なのだが…背中に…。

 背中に翼が生えている。


 彼女は魔物の言葉なので、何が何だかわからない。

『こんばんはミーちゃん』

 コルトさんが、何事も無かったかのように念話で返す。来客は面食らったようだが、彼女も胸に「念話術具」を下げているので、念話で返してくる。

『…こんばんはコルちゃん!!何なのその娘!?まさかナンパ!??私というものがありながらナンパなのコルちゃん!!??いきなり同棲とか酷いよコルちゃん!!!!』

『えぇー…』

 何だろう、このヒト?

 ナンパとか同棲とか…あたしもコルトさんも同性だよ?

 まさか…。

『落ち着いてミーちゃん…この娘はそういうのじゃないです。いろいろ事情があるので、明日改めて伺いますね』

『嫌!!その娘だけズルい!!私も泊まるわ!!』

 翼の人が駄々をこねる。

『いやいや、こんな狭い所に3人とか…』

『嫌ったら嫌ー!!!』

『はいはい。…ていうか私が女の子連れ込んだのによく気付きましたね』

『そりゃあ私のコルちゃんに変な虫が付いたら嫌ですもの!!』

『…相変わらずですねー』

 この翼のヒトは、コルトさんに惚れているようだ…。

 異世界にも、そういうのってあるんだな…。











 いい匂いがする。

 コルトさんが台所のようなスペースで、何かを炒めている。


 あたしは翼のヒトと一緒に、部屋の真ん中にあった机の所に座っている。ひとしきり騒いで気が済んだのか、翼のヒトがあたしの事をまじまじと見てくる。好奇心に満ちた眼で、さっきまでの嫉妬に狂った感じと様変わりしている。

『ふむふむ、あなた結構可愛い顔ねー。眼も大きいし、肌も白いし。黒髪黒目も珍しいわねぇー。あと肉付きは…うん、あれだけど』

『…貴女、誰です?』

 なんだか失礼な事を言われたが、ぐっと堪える。

 確かにこの翼のヒトは、あたしやコルトさんより…スタイルが良い。

『あ、御免なさいね好き勝手喋っちゃって』

 そこで翼のヒトが姿勢を正す。


『私はミレニィよ。この近所で個人商店をやってるわ』


『…あたしは薊。よろしく』

『貴女セニアから来たの?でもセニア人って雰囲気じゃないし…外国人?』

『いやその…』

 コルトさんが、丁度料理を終えて部屋に入ってくる。

 机に料理の皿を置きながら一言、

『アザミは異世界人ですって』

『ふーん…てぇぇぇぇえええ!!?』

 ミレニィさんがひっくり返りそうになる。

『ミーちゃんうるさい。落ち着いて』

『落ち着くも何も…え!?本気で言ってるの…!?』

『もちろん』

『凄い!けどあれ!?じゃあもしかしてこの娘騎士団に追われてるの!?ヤバいじゃなーい!』

『ああ、それは大丈夫そうです』

『えっ!??あ…そうなのね…』

 コルトさんと話しているうちに、ミレニィさんがやっと落ち着いてくる。大きく息を吐いて、肩を竦める。

『…コルちゃんが落ち着き過ぎよ。普通もっと驚かない?』

『私だって驚きましたよ。ねえアザミ?』

『…?』

 あたしは、コルトさんとの出会いを思い出す。

 …そんな驚いていた風には見えなかったが。




『まあとりあえず…アザミ、これ食べてみてください』

 コルトが出来立ての手料理を勧めてくる。

 野菜と肉の炒め物だ。葉物と根菜がふんだんに使われているが、見たことの無い物ばかりだ。とろみのあるタレが絡められているが、匂いは全く知らないものだ。


 あたし…他人に料理を作ってもらったのは久しぶりだ。

 …でも、ちょっと覚悟が居るな。


 そんなあたしの前で、ミレニィさんが不満を漏らす。

『…ねえコルちゃん、私の分は?』

『無いに決まってるじゃないですか』

『ひどーい…まあ私は晩御飯食べたけどねー』

『…どうせまた保存食とか携帯食でしょう?駄目ですよミーちゃん、いろいろ食べないと体壊しますよ?』

『…コルちゃんがうちに住み着いて、毎日手料理を作ってくれたら最高なんだけどなー!そうならないかなー!』

『無理言わないでくださいよ』

 2人が愉快なやり取りをしている。

 でもどうやら、コルトさんは料理上手のようだ。

 …なら安心かな。

 あたしは意を決して、料理を一口食べてみる。











 食事を済ませ、片付けをして、3人で寝床に入る。

 この世界は敷布団じゃ無くて、ベッドが主流みたいだ。

 コルトさんをセンターに、左右にあたしとミレニィさん。

 …。

『…狭いね』

『そりゃあこれ1人用ですから。2人なら大丈夫と思いましたけど、何故か3人目が居ますんでね』

『まあ仕方ないわね!!』

『ミーちゃんが言うセリフですか?それ…』

 3人で同じベッドに並んだせいで、すごい狭い。

 そしてもう1つ。



『…すごい疲れた』



 知らない世界に飛ばされて、雨の森を歩いて、異形のヒトに出会って…。今日だけでいろんな出来事があった。全部ひっくるめて…長い夢を見ているみたいだ。

 ミレニィさんがぽつりと漏らす。

『…ねえコルちゃん、アーちゃんこれからどうするの?』

『アーちゃんって誰…?』

 あたしの事?

『そこなんですよね…私は自警団の仕事でよく留守にしてますし、正直に言うと…ミーちゃんにお願いしようと思ってました』

『え…?』

 コルトさんは忙しいんだ…。

 でも、ミレニィさんのお店で…?

 それじゃミレニィさんに迷惑が…。


『もちろんそのつもりよ?コルちゃん!』


『えぇっ!!?』

 即答のミレニィさん。

 思わずあたしは飛び起きる。

『いいの!?』

『いいのよいいのよ。なんたって異世界人には、すごい才能が有るらしいのよねー。アーちゃんがすごい力を持ってたら、私の仕事も楽になるわ!むしろアーちゃんこそ…いいの?』

『とても嬉しいよ!』

『…貴女、大した適応力ね…』

 ミレニィさんは凄い楽しそうな顔をしている。

 …きっとこれも、本心で言っているんだろう。

 コルトも優しい笑みで、

『拾った手前、私も様子を見に行きますからね。アザミ、いろいろ大変でしょうけど頑張ってくださいね』

『コルトさん…ミレニィさん…』

 そこで2人が、可笑しそうに笑う。

『コルトで良いですよ?』

『そうそう、気楽に行きましょアーちゃん!』


 温かい。

 本当の家族よりも温かいと思った。

 あたしは、この世界で、一生懸命生きてみたいと思う。











『ようこそアーちゃん!ここが私の店よ!』

『だいぶ散らかってるね…』

『気にしない気にしない。私は行商人だから…ここは商品置き場ね』

『ふーん』

『じゃあ…そうね、まずはこのセニアと魔境について、詳しく説明しようかしら?』

『うん、お願いしまーす』








『おはようございますミーちゃん、アザミ!』

『コルト?どうしたのこんな朝早く?』

『アーちゃんに言い忘れてたわ…今日は行商で隣町に行くって言ったわよね?』

『うん』

『その道中、護衛を自警団に頼んでたのよ』

『…でもなんでコルト?』

『わざわざミーちゃんが私を指名するんですよいつも』

『…へぇ』

『ああ…また一緒に居られるわね、コルちゃん!』

『そうですね』

『…つれないわね』








『ちょ、ちょっとアーちゃん!?』

『何!?』

『何じゃないわよ!?何でソレ使えてる訳!!?』

『…この、なんか黒い煙出してる…これの事?』

『そうそれよっ!!』

『…まずかった?商品だよねコレ…』

『まずいとかそう言うのじゃ無くて…それ「遺物」よ?!』

『「遺物」…?』

『「遺物」使えるヒトなんて殆ど居ないのよ?私初めて見たわ…』

『あたしが異世界人だから、かなぁ?』

『…折角だから、他のガラクタも試してみない?そうね…例えば、この「手甲」なんてどうかしら?』








「こんにちは、いいてんきですね」

『良い感じよ』

「ありがとう、さようなら」

『…少し発音がおかしいわね』

『…難しいよミレニィ…』

『そんなそんな!半年でこれだけセニア語を覚えたんだから大したものよ。あとはちゃんと喋れれば完璧よ!がんばって!』

「…はい、ありがとう」








『アザミが狩りに着いてくるとは珍しいですね』

『…いろいろできるようになりたくて』

『ふーん。でもアザミ、弓なんて使ったことあります?』

『…無いよ』

『じゃあそこから練習しましょうか』

『「空飛ぶ手甲」で獲物を捕まえるとか、どうかな?』

『噛まれますよ?あと無駄に目立たないでください』

『…じゃあやめる』

『あはは。何事も地道に行きましょう。アザミは勘が良いからすぐ慣れますよ』

『そうかな?』








『…セニアに行って「魔王」について調べたい…?』

『…ダメかな…?』

『いいけど、何で?』

『だって、魔物はセニアに虐められてるじゃん。魔物は良いヒトばっかりなのに…何とかならないかな、て思ったり…』

『…今更魔境は変わらないと思うけどねー』

『それでも…』

『そうね…アーちゃんはセニア語を覚えたから大丈夫でしょ。私はセニア郊外までしか行けないけど、人間のアーちゃんは王都にだって行けるしね。この世界にすっかり馴染んだ貴女なら、セニア人も異世界人とは思わないでしょ!』

『…わかった』

『あくまで「外国人」って事にしときなさい。…でも、男には気を付けてよ?アーちゃん可愛いから…』











 コルトと共に、昼の長閑な森を進む。

 ここは…セニアと魔境の、境の森。この森は魔物も人間も入ることが出来る。今は雨の月だが、ここ数日は晴天続きだ。

『アザミがここに来て、もう1年ですね』

『そうだね…』

 いつの間にか、そんな時間が経っていた。

 あたしがこの世界に来てから、セニアの7つの月が廻った。セニア暦は1月50日なので、あたしの感覚で言ってもほぼ1年だ。


『ここ。私がアザミを見つけた場所ですね』

『…懐かしいなぁ』

 木漏れ日で明るい森の中、コルトが大きな木の根元を指す。…しかしあの時は暗かったので、あたし自身はここなのかどうかわからないが。

『…帰りたいって、思いません?』

『え?』

 唐突に、コルトに問われる。

『家族に会いたいって思いません?』

『…』

 コルトの赤い眼が、あたしを静かに見据える。

 あたしの答えは変わらない。

『…あたしは、コルトとミレニィを家族だって思ってる』

『そうですか…』

『…迷惑?』

『いえいえ、嬉しい限りです』

 コルトが満面の笑みを返してくれる。


 このヒトの笑顔が、ミレニィの笑顔が、あたしは好きだ。


『あたしはここが好き。魔物と一緒に生きてく』

『ふふ、すっかり魔境の住人ですね』

『そうだね』

 そしてコルトが感慨深そうに、嬉しそうに言う。




『アザミ、明るくなりましたね』




『…え?』

 言葉が詰まる。

『最初に会った頃の貴女、暗い感じの娘でしたから。何か嫌な事があって、いろいろ嫌になって、そんな感じの顔してましたよ?』

『…』

『今は違いますけどね』

『そっか』

 あたしも変われたのかな?

 もしそうなら、それは、魔境と、魔物達のお陰だ。











 突然、遠くで虹色の光が。


『え、あれは…!』

『…なんですかね、今の光…』

 まさか…でも…。

 間違いない。

 あたしがこの世界に来た時の、光!

『異世界人かも』

『ええっ!?』

 あたしは「空飛ぶ手甲」で浮きがる。

 コルトが叫ぶ。

『あの光、多分位置はセニア郊外の街道です!!巡回騎士が居るかもしれませんから、無理はしないように!!』

『大丈夫』

 飛び立つ。


 あたしと同じ境遇に人に会えるかも。

 そして今度は、あたしがコルトに救われたように。

 あたしが、その「誰か」を助けたい。






 木漏れ日の森。

 昼下がりの陽気。

 浮遊する少女が、森に突風を巻き起こす。

2021/12/30 誤記訂正などなど

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ