番外1 根暗少女の異世界召喚
その0話
雨の森をひたすら歩く。
暗い、そして寒い。
いくら歩いても木ばっかり。
せめて川を見つけたい。
もうだいぶ歩いた。疲れた。
なんであたしばっかり…。
「なんであたしばっかり、こんな目に遭うんだろう…」
だいたい1時間前まで、あたしは近所の神社に居た。
学校は終わった帰りだった。家に帰りたくも無い。部活だってやっていないし、そもそもあたしには友達が居ない。
「…もう嫌になったな」
1人になると、あたしは嫌な事ばかり考える。
あたしの家族。
4年前に、病で他界した実の父。
去年の梅雨、事故で他界した実の母。
母の再婚相手の、あたしの義父。
母と義父の間に出来た、幼い弟。
義父は、あたしに目もくれない。むしろ邪険にしてくる。
血の繋がった息子…弟の方が大事で仕方ないんだ。
あたしは、昔から暗い性格だった。
何しろあたしの実の両親は、なんと駆け落ちだったのだという。無論両親はそんなこと教えてくれなかったが、近所の人達にそう噂されていた。その証拠に、両親はあまり近所付き合いをしていなかった…。
子供の頃だって、そういう“噂”のせいでいじめられた。
…あたしは運動神経が良かったので、大抵返り討ちにしていたけど。
辛かった。でも、両親さえ居ればそれでいいと思ってた。
その両親を、この数年で立て続けに喪ってしまった。
幸い母が再婚していたので、保護者が居ることは居る。ただその義父は、あたしに友好的じゃない。家にも学校にも居場所が無いあたしは、よくこうやって近所の神社に居る。
なにしろ社務所も無いような、田舎の小さな神社だ。しかし田舎であるが故に、鎮守の森は無駄に広い。お陰で森に入ってしまえば、あたしは外から隔絶される。夕方なのでかなり薄暗いが、あたしは夜目が利くので気にならない。
…“何か”が出そうな雰囲気があるが、構わない。
あたしは人間より、化物や妖怪のほうが仲良くなれると思う。
「…帰ろ」
もう夜だ。
長居し過ぎた。
もうだいぶ暗い。
…まあ、どうせ義父には心配されない。
どうでもいい。
不意に視界の端、光が見えた。
「…何?」
おかしい。
少し離れた木の根元が、虹色の光を放っている。
人工的な光…ではない、と思う。
「…竹じゃないのに光るんだ」
どうでもいい独り言を言いながら、光に近寄る。
突然、一気に光が拡がった。
そして今に至る。
光に包まれた直後、周囲の景色が一変したのだ。
夕刻の見知らぬ景色、見知らぬ街並み。
その時あたしが立っていた場所は、森と畑の境目…のような所。
驚いたあたしは、森の方へ逃げ出したのだ。
あたしは1人、夜の雨の森をひたすら歩く。
(あっちへ行けばよかった…)
今更後悔しても、もう遅い。
こんな森じゃ無くて、街並みの方へ行けばよかった。そうすれば誰かしら人に会えたし、こんな辛い思いをして雨の森を歩く羽目にもならなかったのに…。
(嫌になるな…あたしが臆病じゃなければ、あっちに行ったのに…)
嫌になる。
気が滅入る。
“見知らぬ人”に会うのを恐れた結果がこれだ。
このまま訳も分からず、あたしは野垂れ死にするのかな…?
「…もういい」
歩くのに疲れた。
頑張る意味も感じられない。
もうここで、終わりでもいいや。
あたしは座り込み、膝を抱いて丸くなる。
突然だった。
「ダル センジャ ケクロー?」
「ひゃっ!!!?」
森は既に真っ暗だ。
足音だってしなかった。
なのに、なのに。
目の前に、紅い眼玉が2つ浮かんでいる。
そいつに話しかけられた。
頭が回らない。
人間の眼玉じゃない。虹彩が長い。
何を言ったのかも分からない。
化物?
どうしよう?
いざ出会うと、恐怖しか感じない。
なんとか、言葉をひねり出す。
「…あたしを、食べる気…?」
化物が、灯りを取り出した。
「ハルサ ギィナ ケクロー?」
あたしの周囲が明るくなる。
不思議な明かりは、炎じゃない。まるで魔法のような灯。
化物は雨具のようなものを纏っていたが、被り物をゆっくり脱ぐ。
「…え…ね、猫…!?」
その化物は、猫の顔をしていた。
「フゥラ フゥラ!」
化物は…明かりで照らされてみると印象がだいぶ違った。顔中毛むくじゃらのそのヒトは、無邪気な笑顔をあたしに向ける。立ってみると、あたしと似たような背丈だった。着込んだ雨具のせいで性別が分からないが…少年、あるいは女性だと思う。
「あ、あの…」
「フゥラ フゥラ!」
猫のヒトが、手招きしながら森の奥に進んでいく。
もう、付いて行くしかないと思った。
何故か不思議と、良いことが起きる予感がした。
『お嬢さん、魔境へようこそ!!』
『ど、どうも…』
ここは森の中の、小さな丸太小屋。
猫のヒトは、あたしをここへ案内してくれた。
丸太小屋の中には…小さな机に小さな椅子、それに古風な暖炉っぽいものが存在した。小屋中が経験したことの無い匂いで充満しており、それが小屋の木材の香りであることに、少し経ってから気付いた。猫のヒトはあっという間に暖炉に火を付けたが…火種はまるで、魔法のようだった。
あたしは明るい小屋の中で、猫のヒトの毛並みが縞模様だと初めて気が付いた。茶色の毛並みの中に、僅かな濃淡の差があった。長く細い尻尾も同じ模様で、ゆらゆらと揺れて面白い。
その猫のヒトがやれやれと言った感じで、どっかりと椅子に座る。
『まあでもここはセニアと魔境の中間地帯なので、まだ魔境には入っていませんけどねー』
『は、はぁ…そうですか…』
『ちなみにお嬢さんはもしかして外国人だったりします?なんせ念話を知らないとは思いませんでしたので…』
『…ごめんなさい』
『? 謝る必要ありました?』
あたしは今、猫のヒトと会話している。
驚くことに…言葉を発さずに、だ。
『えーっとですねー、さっき渡したソレが「念話術具」という物です。貴女が魔力を込めたので、もうあなたの物です。あげるんで大事にしてくださいね』
『は、はぁ…?』
このヒトは、困った喋り方をする。
さっきからいろんな説明をしてくれてはいるのだが…魔境とか念話とか術具とか魔力とか言われても…正直、意味が分からない。第一ここは日本じゃないのかな?雨具を脱いでくれたお陰で猫のヒトが女性だとわかったので、彼女にいろいろ聞いてみる。
『…ここって、日本じゃないんですか…?』
『え?ニホンって何ですか?』
やはり無意味な質問だったようだ…。
『…あたしの居た場所の名前…』
『うーん、心当たりは無くはないですが…』
『え、本当!!?』
『ええ』
予想外だった。
猫のヒトは穏やかな笑顔をあたしに向ける。
『とりあえず、ちょっと聞かせて下さいな。貴女の居たという場所の話を…』
薪の爆ぜる音と、森に雨が降る音がする。
丸太小屋の暖炉が、雨で冷えたあたしを温めてくれる。
『ふーん、大体わかりました。お嬢さんは異世界人ですねー』
あたしの話を聞き終わった猫のヒトが、そう断言した。
『い…異世界…?』
意味が分からない。
猫のヒトは、あたしを物珍しそうに眺めてくる…。
『でもお嬢さん、私を見てもあまり驚きませんね。もしかしてお嬢さんの居た世界にも…私みたいな魔物がいるんですね?』
『いや…居ないけど…』
『ふーん?』
あたしの感覚では…外見だけで言えば、この猫のヒトはだいぶ「かわいい」と思う。かわいいから驚かなかったと言おうと思ったが…気を悪くするといけないのでやめておいた。
そこで猫のヒトは欠伸をしながらとんでもないことを言う。
『でもよかったですねーお嬢さん。森に逃げたのは大正解です。もし人間に見つけられていたら…貴女助からなかったですよ?』
『ええっ!??』
助からなかった!?
猫のヒトがにやりと笑う。
『お嬢さんが見た街並みは…セニアという王国ですね。その国では異世界人は見つけ次第気殺されます。異世界人は“魔王の生まれ変わり”っていう、セニアで信じられているお告げのせいでね』
『…』
…良く分からないが、これは分かった。
あたしは危うく死ぬところだったという事。
そして今後も、その王国から逃げる必要があるという事を。
雨の森を、不思議な乗物が進んでいく。
座席が2つに荷台付き。紫の石が付いていて、何と浮きながらに進む。雨除けの屋根もついているので有難いが、気温が低いので堪える。
『ごめんねお嬢さん。あの丸太小屋には風呂なんて気の利いたもの無いんですよー。そこそこ近くに魔物の町がありますから、とりあえずそこに向かいます』
『…わ、わかったよ』
この道中で、猫のヒトにいろんな話を聞いた。
この世界には、魔法や魔物が存在するという事。
魔王と勇者の伝説。
異世界人に関わる、「お告げ」の話。
魔物の町がどんな所か、とか。
そしてあたしが、その魔物の町で暮らすことになるという事。
猫のヒトは実に楽しそうに話す。
『異世界人って私初めて見ましたよ。話には聞いていましたが…ホントに変わった格好をしているんですねー』
『…そう、かな?』
ちなみにさっきの丸太小屋で、あたしは服を着替えさせられた。今は猫のヒトの服を借りていて、元の荷物は荷台に隠してある。その理由は…万が一セニアという国に追われていたらまずいから、らしい。
乗物の操縦用らしき石に手を翳しながら、猫のヒトがあたしを無遠慮に触ってくる。脇見運転なのでハラハラする。まあ嫌な感じはしないが…。
『…ねえ』
『ん、どうしました?』
『…あたしも、触っていい?』
あたしは動物が好きだ。
ちょっとこのヒトの毛皮に興味が湧いたのだ。
『良いですよ』
許可を得た。
…しかし、彼女の服装は半袖にズボン。なので腕と顔、あとは尻尾しか露出してない。とりあえず、彼女の腕を撫でてみる。
『…しめっぽい』
『でしょうね、雨ですし』
いい手触りだ。
楽しくなって、その後耳や尻尾も触らせてもらった。
一通り毛皮を堪能したあたしは、とりあえず先の事を考える。
『でもこれから大変だな…』
あたしは…ちょっと不安になる。
『え?何がですか?』
『だって魔物の町に住んだとして…言葉を覚えなきゃだし、しきたりを覚えなきゃだし、食べ物がどんなかも分かんないし…』
覚えることが多すぎるが、まあ頑張ってみようと思う。
『いやいやお嬢さん…』
『何?』
『元の世界に帰りたいとか、そういうの無いんですか?』
…。
『無い』
『なんでですか?』
『帰りたくない』
『ご家族も居るでしょう?』
『知らない』
『…いいんですね?』
『いい』
『ならいいです』
猫のヒトは、そこでやっと食い下がる。
あたしは、元の世界には未練なんて無い。むしろこの“魔境”なら、今までとは違う自分になれる気がする。戻る理由なんて、無い。
そこで猫のヒトが、ちょっと申し訳なさそうに付け加えた。
『…変なこと言ってすいませんね。実は「異世界に渡る魔法」なんて、セニアにも魔境にも無いんですよ』
『えっ?』
『いやー良かったです。お嬢さんが「元の世界に帰りたい」とか言い出したらどうしようかと…』
『…』
…どの道、帰るのは無理そうだ。
まあ、あたしには関係ない。
そこでちょっと、あたしも質問を返す。
『ねえ、貴女はこんな雨の森で何してたの?』
雨の森で1人。
…この猫のヒトは、一体何をしてたんだろう。
まさか、悪いヒトかな…?
しかし猫のヒトは、明るい笑顔で説明してくれる。
『ああ、私の仕事は自警団って言いましてねー。こういう夜の警邏とかするんですよ。たまにセニア人が森で迷ってたりしますから、そういう人を保護してセニアに引き渡したりとか』
そういう仕事なんだ。
『…あたしの事は、セニアに引き渡さないの?』
『しませんよそんな事』
『なんで?』
『私は良い魔物ですから。右も左も分からないって感じの女の子が、寒い雨の森で、1人震えていたんですよ?そりゃあ放っては置けないですよ。貴女追われている様子でも無いですし…セニアになんて引き渡しませんから』
『…でもあたしは“魔王の生まれ変わり”かも知れないんでしょ?』
『生憎私は、そんな下らないセニアの迷信に興味ありませんので。なので安心して良いですよ』
『そっか、ありがとね』
このヒトが良いヒトで、本当に良かったと思う。
深夜、あたし達は町に着いた。
中世を思わせるような街並みが、夜の闇に沈んでいる。日本と違って、夜でも暗いのか…と考えるが、よく考えたら本来「夜」ってこういうものだろう。
『さあ上がって下さい。何にも無いですけどねー』
『…お邪魔します』
そしてあたしは、猫のヒトに、彼女の自宅に案内された。
自宅と言っても…見たところ、集合住宅風の建物の一室、といった感じだったが。異世界にもマンションがあるのだろう。
猫のヒトが上着を脱ぎ捨てる。毛が濡れて寝ている。
彼女の上半身は、ノースリーブの肌着1枚だ。
腹だけ毛色が違う。
『ここ借家なんで、お隣には違う人が住んでいます。お嬢さんうるさくしないでくださいね?』
猫のヒトが壁を指差す。
『わかった』
『あ、お嬢さんお腹空いてます?何か作りましょうか?』
『あ、うん…ありがとう…』
猫のヒトが、タオルのようなものを投げてよこしてくる。
有難く借りる。
彼女も同じもので毛皮を拭きながら、ふと動きが止まる。
『…大事な事を聞き忘れていました』
『…あたしもだ』
そうだ、動転していて気付かなかった。
しまったな…。
『私はコルトって言います。お嬢さん、お名前は?』
『薊…不知沼薊』
『アザミですね。よろしくアザミ』
『よろしく…』
出会ってだいぶ経ったというのに。
あたし達は、やっと自己紹介が済んだのだった。
集合住宅の中を、誰かが走っている。
『…何?』
『しまったな』
猫のヒト…コルトさんが、ちょっと困った顔をする。
走る足音が、ここの部屋の前で止まる。
「バール ジェネリア コルティ!!??」
扉がすごい勢いで開き、客が入って来た。
一瞬、人間かとも思ったが、何か違う。大きな青い眼、ゆったりとしたローブ、灰色の長い髪の女性…なのだが…背中に…。
背中に翼が生えている。
彼女は魔物の言葉なので、何が何だかわからない。
『こんばんはミーちゃん』
コルトさんが、何事も無かったかのように念話で返す。来客は面食らったようだが、彼女も胸に「念話術具」を下げているので、念話で返してくる。
『…こんばんはコルちゃん!!何なのその娘!?まさかナンパ!??私というものがありながらナンパなのコルちゃん!!??いきなり同棲とか酷いよコルちゃん!!!!』
『えぇー…』
何だろう、このヒト?
ナンパとか同棲とか…あたしもコルトさんも同性だよ?
まさか…。
『落ち着いてミーちゃん…この娘はそういうのじゃないです。いろいろ事情があるので、明日改めて伺いますね』
『嫌!!その娘だけズルい!!私も泊まるわ!!』
翼の人が駄々をこねる。
『いやいや、こんな狭い所に3人とか…』
『嫌ったら嫌ー!!!』
『はいはい。…ていうか私が女の子連れ込んだのによく気付きましたね』
『そりゃあ私のコルちゃんに変な虫が付いたら嫌ですもの!!』
『…相変わらずですねー』
この翼のヒトは、コルトさんに惚れているようだ…。
異世界にも、そういうのってあるんだな…。
いい匂いがする。
コルトさんが台所のようなスペースで、何かを炒めている。
あたしは翼のヒトと一緒に、部屋の真ん中にあった机の所に座っている。ひとしきり騒いで気が済んだのか、翼のヒトがあたしの事をまじまじと見てくる。好奇心に満ちた眼で、さっきまでの嫉妬に狂った感じと様変わりしている。
『ふむふむ、あなた結構可愛い顔ねー。眼も大きいし、肌も白いし。黒髪黒目も珍しいわねぇー。あと肉付きは…うん、あれだけど』
『…貴女、誰です?』
なんだか失礼な事を言われたが、ぐっと堪える。
確かにこの翼のヒトは、あたしやコルトさんより…スタイルが良い。
『あ、御免なさいね好き勝手喋っちゃって』
そこで翼のヒトが姿勢を正す。
『私はミレニィよ。この近所で個人商店をやってるわ』
『…あたしは薊。よろしく』
『貴女セニアから来たの?でもセニア人って雰囲気じゃないし…外国人?』
『いやその…』
コルトさんが、丁度料理を終えて部屋に入ってくる。
机に料理の皿を置きながら一言、
『アザミは異世界人ですって』
『ふーん…てぇぇぇぇえええ!!?』
ミレニィさんがひっくり返りそうになる。
『ミーちゃんうるさい。落ち着いて』
『落ち着くも何も…え!?本気で言ってるの…!?』
『もちろん』
『凄い!けどあれ!?じゃあもしかしてこの娘騎士団に追われてるの!?ヤバいじゃなーい!』
『ああ、それは大丈夫そうです』
『えっ!??あ…そうなのね…』
コルトさんと話しているうちに、ミレニィさんがやっと落ち着いてくる。大きく息を吐いて、肩を竦める。
『…コルちゃんが落ち着き過ぎよ。普通もっと驚かない?』
『私だって驚きましたよ。ねえアザミ?』
『…?』
あたしは、コルトさんとの出会いを思い出す。
…そんな驚いていた風には見えなかったが。
『まあとりあえず…アザミ、これ食べてみてください』
コルトが出来立ての手料理を勧めてくる。
野菜と肉の炒め物だ。葉物と根菜がふんだんに使われているが、見たことの無い物ばかりだ。とろみのあるタレが絡められているが、匂いは全く知らないものだ。
あたし…他人に料理を作ってもらったのは久しぶりだ。
…でも、ちょっと覚悟が居るな。
そんなあたしの前で、ミレニィさんが不満を漏らす。
『…ねえコルちゃん、私の分は?』
『無いに決まってるじゃないですか』
『ひどーい…まあ私は晩御飯食べたけどねー』
『…どうせまた保存食とか携帯食でしょう?駄目ですよミーちゃん、いろいろ食べないと体壊しますよ?』
『…コルちゃんがうちに住み着いて、毎日手料理を作ってくれたら最高なんだけどなー!そうならないかなー!』
『無理言わないでくださいよ』
2人が愉快なやり取りをしている。
でもどうやら、コルトさんは料理上手のようだ。
…なら安心かな。
あたしは意を決して、料理を一口食べてみる。
食事を済ませ、片付けをして、3人で寝床に入る。
この世界は敷布団じゃ無くて、ベッドが主流みたいだ。
コルトさんをセンターに、左右にあたしとミレニィさん。
…。
『…狭いね』
『そりゃあこれ1人用ですから。2人なら大丈夫と思いましたけど、何故か3人目が居ますんでね』
『まあ仕方ないわね!!』
『ミーちゃんが言うセリフですか?それ…』
3人で同じベッドに並んだせいで、すごい狭い。
そしてもう1つ。
『…すごい疲れた』
知らない世界に飛ばされて、雨の森を歩いて、異形のヒトに出会って…。今日だけでいろんな出来事があった。全部ひっくるめて…長い夢を見ているみたいだ。
ミレニィさんがぽつりと漏らす。
『…ねえコルちゃん、アーちゃんこれからどうするの?』
『アーちゃんって誰…?』
あたしの事?
『そこなんですよね…私は自警団の仕事でよく留守にしてますし、正直に言うと…ミーちゃんにお願いしようと思ってました』
『え…?』
コルトさんは忙しいんだ…。
でも、ミレニィさんのお店で…?
それじゃミレニィさんに迷惑が…。
『もちろんそのつもりよ?コルちゃん!』
『えぇっ!!?』
即答のミレニィさん。
思わずあたしは飛び起きる。
『いいの!?』
『いいのよいいのよ。なんたって異世界人には、すごい才能が有るらしいのよねー。アーちゃんがすごい力を持ってたら、私の仕事も楽になるわ!むしろアーちゃんこそ…いいの?』
『とても嬉しいよ!』
『…貴女、大した適応力ね…』
ミレニィさんは凄い楽しそうな顔をしている。
…きっとこれも、本心で言っているんだろう。
コルトも優しい笑みで、
『拾った手前、私も様子を見に行きますからね。アザミ、いろいろ大変でしょうけど頑張ってくださいね』
『コルトさん…ミレニィさん…』
そこで2人が、可笑しそうに笑う。
『コルトで良いですよ?』
『そうそう、気楽に行きましょアーちゃん!』
温かい。
本当の家族よりも温かいと思った。
あたしは、この世界で、一生懸命生きてみたいと思う。
『ようこそアーちゃん!ここが私の店よ!』
『だいぶ散らかってるね…』
『気にしない気にしない。私は行商人だから…ここは商品置き場ね』
『ふーん』
『じゃあ…そうね、まずはこのセニアと魔境について、詳しく説明しようかしら?』
『うん、お願いしまーす』
『おはようございますミーちゃん、アザミ!』
『コルト?どうしたのこんな朝早く?』
『アーちゃんに言い忘れてたわ…今日は行商で隣町に行くって言ったわよね?』
『うん』
『その道中、護衛を自警団に頼んでたのよ』
『…でもなんでコルト?』
『わざわざミーちゃんが私を指名するんですよいつも』
『…へぇ』
『ああ…また一緒に居られるわね、コルちゃん!』
『そうですね』
『…つれないわね』
『ちょ、ちょっとアーちゃん!?』
『何!?』
『何じゃないわよ!?何でソレ使えてる訳!!?』
『…この、なんか黒い煙出してる…これの事?』
『そうそれよっ!!』
『…まずかった?商品だよねコレ…』
『まずいとかそう言うのじゃ無くて…それ「遺物」よ?!』
『「遺物」…?』
『「遺物」使えるヒトなんて殆ど居ないのよ?私初めて見たわ…』
『あたしが異世界人だから、かなぁ?』
『…折角だから、他のガラクタも試してみない?そうね…例えば、この「手甲」なんてどうかしら?』
「こんにちは、いいてんきですね」
『良い感じよ』
「ありがとう、さようなら」
『…少し発音がおかしいわね』
『…難しいよミレニィ…』
『そんなそんな!半年でこれだけセニア語を覚えたんだから大したものよ。あとはちゃんと喋れれば完璧よ!がんばって!』
「…はい、ありがとう」
『アザミが狩りに着いてくるとは珍しいですね』
『…いろいろできるようになりたくて』
『ふーん。でもアザミ、弓なんて使ったことあります?』
『…無いよ』
『じゃあそこから練習しましょうか』
『「空飛ぶ手甲」で獲物を捕まえるとか、どうかな?』
『噛まれますよ?あと無駄に目立たないでください』
『…じゃあやめる』
『あはは。何事も地道に行きましょう。アザミは勘が良いからすぐ慣れますよ』
『そうかな?』
『…セニアに行って「魔王」について調べたい…?』
『…ダメかな…?』
『いいけど、何で?』
『だって、魔物はセニアに虐められてるじゃん。魔物は良いヒトばっかりなのに…何とかならないかな、て思ったり…』
『…今更魔境は変わらないと思うけどねー』
『それでも…』
『そうね…アーちゃんはセニア語を覚えたから大丈夫でしょ。私はセニア郊外までしか行けないけど、人間のアーちゃんは王都にだって行けるしね。この世界にすっかり馴染んだ貴女なら、セニア人も異世界人とは思わないでしょ!』
『…わかった』
『あくまで「外国人」って事にしときなさい。…でも、男には気を付けてよ?アーちゃん可愛いから…』
コルトと共に、昼の長閑な森を進む。
ここは…セニアと魔境の、境の森。この森は魔物も人間も入ることが出来る。今は雨の月だが、ここ数日は晴天続きだ。
『アザミがここに来て、もう1年ですね』
『そうだね…』
いつの間にか、そんな時間が経っていた。
あたしがこの世界に来てから、セニアの7つの月が廻った。セニア暦は1月50日なので、あたしの感覚で言ってもほぼ1年だ。
『ここ。私がアザミを見つけた場所ですね』
『…懐かしいなぁ』
木漏れ日で明るい森の中、コルトが大きな木の根元を指す。…しかしあの時は暗かったので、あたし自身はここなのかどうかわからないが。
『…帰りたいって、思いません?』
『え?』
唐突に、コルトに問われる。
『家族に会いたいって思いません?』
『…』
コルトの赤い眼が、あたしを静かに見据える。
あたしの答えは変わらない。
『…あたしは、コルトとミレニィを家族だって思ってる』
『そうですか…』
『…迷惑?』
『いえいえ、嬉しい限りです』
コルトが満面の笑みを返してくれる。
このヒトの笑顔が、ミレニィの笑顔が、あたしは好きだ。
『あたしはここが好き。魔物と一緒に生きてく』
『ふふ、すっかり魔境の住人ですね』
『そうだね』
そしてコルトが感慨深そうに、嬉しそうに言う。
『アザミ、明るくなりましたね』
『…え?』
言葉が詰まる。
『最初に会った頃の貴女、暗い感じの娘でしたから。何か嫌な事があって、いろいろ嫌になって、そんな感じの顔してましたよ?』
『…』
『今は違いますけどね』
『そっか』
あたしも変われたのかな?
もしそうなら、それは、魔境と、魔物達のお陰だ。
突然、遠くで虹色の光が。
『え、あれは…!』
『…なんですかね、今の光…』
まさか…でも…。
間違いない。
あたしがこの世界に来た時の、光!
『異世界人かも』
『ええっ!?』
あたしは「空飛ぶ手甲」で浮きがる。
コルトが叫ぶ。
『あの光、多分位置はセニア郊外の街道です!!巡回騎士が居るかもしれませんから、無理はしないように!!』
『大丈夫』
飛び立つ。
あたしと同じ境遇に人に会えるかも。
そして今度は、あたしがコルトに救われたように。
あたしが、その「誰か」を助けたい。
木漏れ日の森。
昼下がりの陽気。
浮遊する少女が、森に突風を巻き起こす。
2021/12/30 誤記訂正などなど




