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その27 凡人の俺と火山の財宝

都市伝説の正体なんて大体たいしたことないよね

 俺達は、アグナ火山を登っている。


 アグナ火山は地質のせいか木々が生えていないので、登山道からアグルセリアが一望できる。俺達が今居る場所には採掘用の坑道も無く、そこら中の地面から火山のガスが噴出している。

 …という訳で、俺達は全員防毒装備だ。とはいっても、今居るここは以前登山した時よりさらに標高が高い場所になる。登るほどに濃くなる火山のガスは、防毒装備越しでも人間にとっては危険という事で、俺と薊は「膜を張る腕輪」のバリアに包まれながら進んでいるが。




『…ここまで登っても、まだアグナ火山の半分にも到達していない。そもそもアグナ火山の頂上付近は毒気が濃い上に高温過ぎて、魔物はおろか原生物すら近付けん。故にアグナの頂は、今だに未踏なのだ』

 そう言ったタジェルゥ長老は先頭で、その後ろにはゲルテとコルト、それにロジィが続く。最後尾には俺と薊とミレニィが居るのだが…。

『ちょ、まだ登るっていうの…?私もう無理…』

『…俺もだ…。ちょっと休憩しようぜ…?』

 俺達は既に、火山をかなり登っている。

 登山口からここまで、かれこれ2時間以上は経過しているはずだ。なのにタジェルゥ長老は止まらないばかりか、そもそも目的地さえ口にしていない。

『…2人とも、大丈夫?』

 俺達に合わせてくれている薊が、心配そうに立ち止まる。

『…アーちゃんは平気なのね』

『あたしの「空飛ぶ手甲」には、身体強化の効果もあるから』

 薊が腕に着けた術具を見せてくる。

 俺は耐えられず、先頭を行く大牛男に声をかける。

『おーい、長老さん!どこまで登るんだよ…!』

『ここまでだ』

 遂に、タジェルゥ長老が足を止めた。

『着いたぞ。儂が目指していたのは、ここだ』








 そもそも今日、アグナ火山を登ることになった原因は、実は俺達にあった。

 昨日、タジェルゥ長老とゲルテと共に見た、ロジィの“本”。もしこれの内容が魔境にとって有意義だった場合、何か遺物を譲って欲しいと頼んだのは俺達だった。



 ちなみに、それに対する長老の回答は…俺達の期待と外れていたが。

『…済まんな、アグルセリアには殆ど遺物が現存しておらんのだ…。魔境は度々経済的な危機を経験しておってな、その度に遺物をセニアに売って凌いだのだ。それに加え…近頃大神殿が魔境で遺物を買い漁っておったから、これを機にと思って所有していた大半の遺物を大神殿に売ってしまったのだ。魔境中探せば何か見つかるだろうが…儂の手元に譲れるような遺物は、無い』

 それに一言付け加えて、

『ただ、“本”の内容が有意義だったのは確かだ。これは今後の長老達にも受け継いでほしいから、それを記し残したい。実は、今までの魔境の伝承を記した物が「火山制御機構」と共に火山に隠されている。遺物を譲れん代わりに、「火山制御機構」をお目に掛けよう』



 それでタジェルゥ長老は今日、持出厳禁の“魔境伝承”とやらに追記するついでに、俺達に「火山制御機構」を見せてくれることになったのだ。









 タジェルゥ長老が立ち止まった場所。

 そこはアグナ火山の中腹程度で、浅黒い色の巨石が横たわっていた。

『なんだここ…?』

 俺は思わず漏らす。

 ここには一見、何も無い。

『おい爺さん、何も無ぇぞ?』

 ゲルテもぼやくが…やはりその通りで、巨石以外に何も無い。

 それにその巨石にも変わった所は無い。

 …俺は念のため、触ってみる。

『どうですか?』

『反応無し。遺物じゃないみたいだ』

 俺とコルトは、この巨石自体が遺物なのではと思ったが、どうやら違ったようだ。アグナ火山の「毒の湖」の畔にあった石板型遺物の仲間かと思ったんだがな…。

『…ちょっと爺、説明しなさいよ』

 ミレニィの無礼な物言いにタジェルゥが眉を顰めるが、特に言い返さず、懐から不思議な短剣のようなものを取り出す。


 “ような”というのは、柄と鞘が一体化しているからだ。鮮烈な彩色を施されたそれは、武器というより工芸品の類だ。文様はどこか幾何学的で、手加工されたものとは思えない精緻さだ。


 タジェルゥが順々に説明する。

『この巨石自体はただの自然物だ。しかしこの巨石の下には、魔法陣が隠されている。悪龍ワンガランが勇者との密約を結んだ際に、魔法陣を隠すためにこの巨石を置いたと伝わっている』

『…父上が置いたのか』

『皆、巨石の上に乗れ。この短剣を翳すことで、目的の部屋に移動できる』

『へえ、転移魔法なんだ』

 薊が感心している。


 長老が短剣を翳す。

 周囲を閃光が包み、一瞬体が軽くなる。








 移動した先は、銀の光で満たされた空間だった。

 銀の空間を、タジェルゥ長老が先導する。

『この場所こそ、歴代長老達がその後継者へと魔境の秘密を伝えてきた「伝承の間」だ。アグルセリアの長老もサウラナの長老も、代々皆ここに来ている』

『す、すげぇ…』

 転移した俺達の足元には魔法陣。それ以外に、この空間と外部を繋ぐ通路は存在し無さそうだ。小部屋はそのまま洞窟内といった雰囲気で、一部の壁のみ色が違う。どうやら埋め立てて封印されたのだろう。あと、地熱のせいか非常に暑い。

 そしてこの部屋の奥には、異様な光景があった。


 床の一部が大きく窪んでおり、その底に円形の板がある。

 素材が何かは分からない。直径約5m程の円板上には銀色の魔石…ラジア魔石が大量に設置されており、円板自体にも複雑な紋様が刻まれている。円板を囲むように直方体の板が7枚立っており、各々違う刻印が彫られているようだ。

 …電子基盤みたい、としか例えようがない。

 そしてその窪みは謎の液体で満たされており、さらに透明な素材の板で蓋をされている。円板上のラジア魔石が放つ銀の光が、洞窟全体を明るくしているようだ。


『おいゲルテ、その透明な板の上は乗るなよ?』

 早速“それ”の上に乗ろうとするゲルテを、タジェルゥ長老が止める。

『あぁー?もしかしてコレ割れるのか?』

『知らん。が、少なくとも乗った奴は居ない』

『へいへい』

 薊も興奮している。

『すごいよシュウさん、こんな複雑な術具…見たこと無いよ!』

『…これが、「火山制御機構」なのか…?』

『その通り。これこそが、聖女ラジアが作り上げた伝説の術具であり、過去700年間この地を守って来た「火山制御機構」だ。アグルセリアで噂された「火山の財宝」の正体、とも言える』

 ロジィも物珍しそうに見ている。どうやら彼女も初見のようだ。

『おおー…すごいな…』

 ミレニィが腕を組み、長老に質問する。

『…どうやって火山を制御するのかは知らないけど…そもそもこの機構自体を維持する魔力って、どうなってるのかしら?』

『機構の魔力を維持するために、火山の地熱を魔力に変換し備蓄する術式が組み込まれているらしい。つまりアグナが死火山となればこの機構も停止するが、その時にはこれの役目も終わったことになるだろう』

 タジェルゥ長老がそう言いながら、小部屋の壁を弄る。大きめの石が簡単に外れて、中から金属の板が数枚現れる。

『これが“魔境伝承”だ』


 深い鈍色の金属板に、文字が刻まれている。

 光を反射した部分だけ、青く照り返す。


 それを見たミレニィが、皮肉っぽく言う。

『あら、それ蒼鋼じゃない。随分と高価な素材で作ったものね』

 いちいち棘のあるミレニィの喋りにも慣れたのか、タジェルゥ長老も普通に返す。

『蒼鋼は硬く加工が難しい上に、腐食されん。その加工難度故に、追記には専用の工具と技術が必要だ。永く残り、長老だけが追記を行うならこれが良いと、大昔の長老が考えたのだろう』

『ふーん』








 タジェルゥ長老が、蒼鋼の板にゆっくりと文字を彫る。

 ロジィの本…「ニヘル・ネルヴィーの研究日誌」の内容を抜粋し、魔境伝承に追記しているのだ。彼の手付きは見事なもので、きっと若い頃に、こういった金属加工を行う職に就いていたのだろうと勝手に予想する。

 俺はタジェルゥの作業を傍目に、懐からある遺物を取り出す。

 コルトがそれに目敏く気付く。

『何やってんですかゴローさん?しかもそれ、例の「気持ち悪い仮面」じゃないですか…』

『「気持ち悪い仮面」じゃなくて「看破の仮面」って呼ぶことにしたろ…。この部屋に、他にも何か無いかなー、なんてな…』

 以前コルトが、アグルセリアの自警団で譲り受けたというこの面。今考えれば、これを手に入れたのはかなりの幸運だったんだな。



 「闇を生むランタン」と「レーダー円板」はミレニィの店。

 「光る杖」は寂れた森小屋。

 「膜を張る腕輪」は未踏の遺跡。

 「念話指輪」も未踏の湖底洞窟。

 …「追憶の煙炉」は盗品だ。

 普通に入手できた「看破の仮面」は、ある意味特殊だった。



 「看破の仮面」は、目に見えない魔法を可視化する遺物だ。この小部屋に何かないか見回しながら、俺はちょっと気になった事をミレニィに聞いてみる。

『なあ…大神殿が遺物を買い漁っていたのに、なんでミレニィは遺物を売らなかったんだ?ていうか、そもそも何で遺物を持ってたんだ?』

『え?…ってサミーさん気持ち悪い!何着けてるの!?』

 「看破の仮面」に対するリアクションだろうが、地味に傷付く。

『それは関係無いだろ…』

『…遺物を持ってた理由ね…元々は外国人向けの商品として扱ってたから、市場で安いのを見つけては買ってたんだけど…』

『だけど?』

『…半年くらい前から“大神殿が遺物を買い漁ってる”って噂が流れ始めたの。当時は噂の真偽が分からなかったんだけどね…もし本当なら遺物は市場に出回らなくなるから、希少価値が付いて後々高く売れると思ったのよ。その為にわざわざ田舎のサウラナまで行って、古道具屋で遺物を買ったりしたわ』

『成程な……あっ』

 ミレニィの話を聞いている最中、壁に違和感。


 この小部屋の壁に、何かが埋まっている。

 封じられているわけではなさそうだ。

 どうやら、遺物か術具のようだ。

 それ自体の術式に「看破の仮面」が反応した。


『おい、壁の中に何かあるぞ!なあ長老さん、壁を壊してもいいか?』

 文字を刻んでいたタジェルゥ長老が、目を見開いて顔を上げる。

『な…馬鹿な、そんな物は伝承には…』

 長老は少し考え、静かに頷く。

『良いだろう、壊してみよ』

『ありがとな。じゃあ薊ヨロシク』

『どこの壁?』

『そこの壁』

『えいっ』

 薊が躊躇いも無く、壁に拳を突き出す。

 壁が、いとも容易く崩れ落ちる。

『薊、凄いな…』

『いや違うんだって…』

 壊した薊は、何故か混乱気味だ。

『多分、簡単に壊れるようになってたんだと思う』

『…こりゃ何だ?』

 壊れた壁の向こうに空間があり、そこに遺物らしきものが隠されていた。

 ゲルテがそれに手を伸ばす。


 ゲルテが手に取ったそれは、銃だった。

 俺の知ってる言葉で言うと、それ以外に例えられない。引き金も無ければ銃口も無いが、そのシルエットは銃そのものだ。50cm近くある銃身の側面にはラジア魔石がいくつも組み込まれており、銃口の有るべき場所に据えられているのは、これまた大粒のラジア魔石だ。


 ロジィがそれに、そっと触れる。

 何故か涙目になっている。

『…なんでここに…?この時代まで残っていたなんて…』

『…ロジィ?どうしたんだ?』

『これ、父上が開発していたものだ…』

『えっ』

 ロジィがそれをゲルテから受け取り、慈しむように銃身をなぞる。

『間違いないよ…これ「零式魔導砲」だ』








『今回の件、非常に助かったぞ』


 用事を済ませた俺達は火山を下り、アグルセリアでタジェルゥ達と別れた。

 あと、洞窟を去る直前に、彼等にも一応ロジィの龍の姿を見て貰った。ちなみに薊とミレニィも初見だったので、みんな揃って驚愕していた。

 今回の件…結局収穫は、有ったような無かったような…?

『ゴローさんはヘタレですねー。あの「零式魔導砲」っていう遺物、貰っちゃえば良かったじゃないですか』

 宿へ向かう帰路で、俺はコルトに文句を言われた。

『…し、仕方無いだろ…』

 コルトの言葉通り、俺達は「零式魔導砲」を元通りに収めてきたのだ。

 それには一応、理由があった。




 これを発見した時に、ロジィがあらかた説明をしてくれた。

『この「零式魔導砲」は、ラグラジア帝国建国300年の祭に合わせて、父上が開発したものだ。ラグラジア暦300年に公にする予定だったから、下から取って「零式」だぞ』

『すげぇ、遂に武器の遺物じゃねぇか!!』

 俺は完全に舞い上がっていた。

 長老に無理を言ってでも、なんとか譲ってもらおうと考えていた。

 しかし、ロジィは渋い表情だ。

『しかしにーちゃん、これの威力は半端じゃないぞ?』

『半端じゃないって…どれくらいだ?』

『消滅するぞ』

『えっ』


『文字通り「消し飛ばす」んだ…空間ごとな。範囲は確かそんなに広く無いけど、威力は絶大だよ。こんな武器…ラグラジアでも“これ”しか存在しなかった』


 流石にヤバイだろ…。

 俺はてっきり、魔力エネルギー的な物を発射する程度に考えていた。

『それ、いくらでも撃てるんですか?』

 意外にコルトが食いついた。

 ロジィは首を横に振る。

『一度撃つと、次が撃てるのに半日掛かるよ。父上は「零式」を実用化するために、その問題を改良しようって頑張ってたんだ』

『そうですか、残念』

 コルト、何が残念なんだ…。

 黙っていたタジェルゥ長老が俺を見つめ、やっとそこで口を開く。

『…お前さん、謝礼に遺物が欲しいと言っていたな。これが、欲しいか…?魔境伝承で触れられていないこの遺物なら、譲ってやっても問題無いが…』

『いやいやいや…』

 流石に危険過ぎる…今の俺には不要だろう…。

 魔王の復活を阻止する為だけなら、これまで要らないと思う。

 そんな俺を見て、長老が目を細める。

『では、元通りここで保管をしておこう。我らにはどうせ無用の長物だ、お前さん等が必要になったら言うといい』

『は、はい…』






 「零式」の威力にビビった俺が、尻込みしたのだった。

『ダメじゃないサミーさん、貰えるものは貰わないと!』

 ミレニィはちょっぴり不機嫌だ。

『だけど…もし誤射したら大変だろーが』

『ちゃんと管理してれば大丈夫だと思うよ』

 薊もミレニィの味方だった…。

『まあまあ、いつでも貰えるみたいですし…ゴローさんの覚悟が決まったら、また行きましょう』

 コルトは、もう貰った気でいる。俺の気も知らないで…。

 相手を昏倒させる位の武器でいいんだよ、殺傷力は求めていない…。


 それに、魔王の復活を阻止するのはもっと簡単だと思う。

『…そもそも武器は必要無いだろ。魔王の復活を止めるのは、たぶん簡単だぜ?だって魔王が復活するのには、「奇跡を呼ぶ月」っていう遺物の力が必要なんだろ?』

 薊が驚いて俺を見る。

『え、シュウさんそこまでする?危険だよ…』

 …俺には既に、魔王復活阻止の策がある。

『大丈夫だって。あのな…前に薊が言った通り、異世界人があと1人居れば「月」は使用可能になると思う。それなら俺達は、「闇を産むランタン」で王城に侵入して、「月」の封印を解いて、適当に1回使っちゃえばいいんだよ』

『…もし封印が解けても、「月」は1回使ったら、また封印されるんだっけ?』

『ロジィちゃんの記憶に出てきた勇者は、確かそんなことを言ってたわね…』


 要するに、魔王に先んじて俺達が「月」を横取りすればいいって訳だ。


 薊は呆れたように溜息を吐くが、どこか嬉しそうにも見える。

『あーあ、シュウさんは意外と無謀だね。じゃあ、仕方無いからあたしも付き合うよ』

『…そうか、ありがとな』

 …この計画、薊の協力が必須だったので助かる。




 しかし本当は、俺はこの件を利用し、薊の夢を叶えたいと思ってる。

 “魔境をセニアから解放する”という、薊なりの魔境への恩返しを。

 しかしまだ、良い筋道は思いつかない。

 だが魔王の復活は、早くても約1年以上先の筈だ。

 異世界人が召喚される周期は、最短でも約1年らしいからな。

 それまでに、ゆっくり考えるさ…。




『やあ、探したぞ!』

 そんな俺達の集団に、声を掛けてきた奴が居た。

 知った顔だ。

『レイナ、あんたか。探してたって、何かあったのか?』

 アグルセリア駐在所の警備隊長、レイナ・ヴェンシェンだった。

 彼女は何故か、ちょっと寂しそうだ。

『貴方達に、いくつか伝えたいことがある。もし宿にでも泊まっているなら、お邪魔しても構わないかな?』








『この間話した、ザフマン様…レイン公の腹心の件だがな…彼は特に怪しい動きも無く、セニアに帰ったよ』

『なんだ、良かったぜ…』

 俺達はレイナと共に宿まで戻り、彼女の話を聞いていた。


 アグルセリアで再開して以来、レイナは何かと俺達に構ってくれている。以前、大神殿に左遷された彼女なら信用できるだろうと、俺達は特に疑ってはいない。

 …薊以外。

 彼女だけは、何かとピリピリしている。


 不機嫌な薊に構わず、レイナが続ける。

『あともう1つだが、セニア大神殿の新たな大神官が決まったよ。大方の予想通り、聖典神官長のネーデリオス様だ』

 どこかで聞いた名だ。

 あれは確か…。

『…セニアの新聞に、最有力候補って載ってましたね』

『例の騒ぎの時に、セニアの大広場に来た奴だ…』

 聖典神官長ネーデリオス。

 聖星祭当日に“アグルセリアで事件があった”と、セニア大広場に早馬が乱入したあの時に、ザフマンの部下が犯人だと告げた男だ。一緒に居たアリエルが、彼の名を教えてくれた。

『誰だそれ』

 ロジィは至って普通の反応だ。

 ミレニィは凄く嫌そうな顔になる…。

『えぇぇぇ…ネーデリオスで確定なのぉー?あいつら聖典神官って、勇者の記した「聖典」に愚直に従うだけの能無しなのよね…』

 なんてことを…。

 大神殿を怨んでいるだろうが、一応レイナはセニア人だ。

 そんな彼女の目の前で、この過激な発言…大丈夫か?


 幸い、レイナも乗って来た。

『そうだ。そして聖典に則れば、魔物は絶対悪。きっと新しい大神官は、レイン公以上に魔境に厳しいだろう。心しておいてくれ』

 コルトは欠伸をしながら、眠そうに言う。

『今からでも別の大神官になりませんかね?』

『…いくらなんでも無理だ。まさに今日、セニア王城の地下にある「勇者廟」で、大神官拝命の儀式を行っているからな』

『へー、そうですか』

 コルトはちょっとつまらなさそうだ。




 そこでレイナが、居住まいを正す。

『最後にもう1つ。実は私、巡回騎士団に戻れることになった』

『え!?』

 俺も、流石に驚く。

『いや、だって、左遷されたんだろ!?』

 レイナは、優雅な、そしてどこか寂しそうな笑みを浮かべる。

『新大神官になるネーデリオス様としては、最近有った不祥事を全てザフマン様の責任にしたいのさ。私の左遷を真っ先に提案したのが、そのネーデリオス様なのにな』

『…前体制の「後ろ暗い」案件を正すことで、新体制が清廉潔白だって誇示したいんだ…』

 そこで初めて、薊が話した。

 レイナが今度は、本当に嬉しそうな笑みを浮かべた。


『やっと話してくれたね、お嬢さん』


『え…』

 薊は戸惑っているが、レイナは構わず進めす。

『君の服の下にある術具…まさかとは思ったが、セニアが開発した「空戦用軽装甲」だね。元々は王国騎士の上級装備として開発されたが、扱いが難し過ぎて没になった代物だ。それを扱うことが出来るのかい?もしそうなら驚きだよ…』

『…』

『という事はまさか…あの日、私達が確保したシュウゴロウ殿を街道で連れ去った黒い奴…あれが君か。成程、「空戦用軽装甲」であれば、あの時の信じられない動きも納得できる』

 俺が初めてこの世界に来た時の話だろう…。

『…』

 薊は黙っている…。

 そんな薊を見るレイナが、大きく息を吐く。


『…まあいい。いずれにせよ、私はもうすぐセニアに帰る。折角シュウゴロウ殿と良い「友人」になれたが、まあ仕方無いな』


 レイナが、わざと「友人」と強調する。

『…!』

 薊が一気に赤面する。

 それを見たレイナが、今度は悪戯っぽい笑顔になる。

『ふふふ、安心するといい。私は、君の想い人を取ったりはしないからな』

『な…バ…そんなじゃないし!!!』

 薊が激昂する。

 正直俺は、反応に困る…。








『ではまたな。巡回騎士ならデリ・ハウラにも出入りするし、会う事もあるだろう』

『そうだな。また会おうぜ』

 もう夕刻だ。

 レイナが帰るというので、俺達は宿の外まで見送ることにした。

『私、自警団員なんですよね。また会った時は宜しくお願いします』

『貴女…自警団!?いやはや…女性の団員なんて見たこと無いよ…』

『ああそうだ!魔境で欲しいものがあったら、私の所で買ってね!』

『あ…ああ、そうさせてもらうよ』

『じゃーな!おっぱいのねーちゃん!!』

『…君、流石にそれは無礼だぞ…?』

 コルトもミレニィもロジィも、レイナと仲良くなったようだ。

 おずおずと、薊も前に出る。

『レイナさん、じゃあ、さよなら…』

『…ああ、また会おう、アザミ君』

『…』

 薊が、俺の後ろに引っ込む。

 それをレイナが、微笑ましそうに見ている。

『シュウゴロウ殿、貴方は凄いな。この異世界に突然召喚されたというのに…異郷の地で、いい仲間を見つけ、正義のために尽くして…』


『…いや、違うよレイナ』


『む?』

 それは違う。

『俺を拾ってくれたのは、優しい薊とコルトだ。俺を受け入れてくれたのは、気前のいいミレニィだ。凄いのは俺じゃない』

『しかし、レイン公と「解放派」の陰謀にいち早く気付いたのが、貴方とアザミ君なのだろう?』

『俺達皆だよ。全員でやったんだ。だから強いて言えば…俺達が凄い!…かな?』

『ふふふ、そういうことか。それもまた良いだろう』

 レイナは楽しそうに笑う。
















 アグルセリアの大通りが、何だか騒がしい。

「おい、あれは何だ!!」

「あそこって、セニア王都じゃないか!?」

「火事…じゃない!!あの靄は一体…?」

 周囲の魔物が、皆して西の方角を見ている。

 俺達もそちらを向く。




 セニア王都を、漆黒の靄が覆っている。




 アグルセリアからは確かに、遠くセニア王都が見える。

 が、流石に様子がおかしい。

『何…?あれは一体何だ!?』

 レイナも戸惑っているが、俺達も同様だ。

『何あれ…魔法かしら…?』

『臭そうですね』

『…凄い邪悪な感じだね…』

『あ、ああ…』

 ロジィが、信じられない物を見る目をしている。

『…どうしたロジィ?』


『同じだ、あの時と…』


『…え?』

 同じ、とは…?

『遠かったけど、第3魔研からも見えたんだ…帝都周辺の様子が。黒いもやもやが出ていて、すごい嫌な感じがしてさ…』

『は…?』

 いや…。

 ちょっと待て。

 それは、まさか…。





『ラグラジアが、魔王に滅ぼされた時と、同じだよ…』

2021/12/30 誤記訂正などなど

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