その26 凡人の俺と研究日誌
もしものときのためにも日記はいいね
俺達は、アグルセリア長老宅の地下室に集まっている。
俺達5人にゲルテ、それにアグルセリア長老・タジェルゥもいる。
皆が静かに見守る中…ロジィが、少しづつ話す。
『あたしの名前はロゼリエル・モンドだ。父上は魔研の研究文書に、“あたしの名前”で開けられる魔法の鍵をしてた』
『…何それ』
珍しく、薊が突っ込む。
…まあ確かに、ガバガバセキュリティーにも程がある…。
『おいおい、そんなテキトーな鍵でいいのかよ?そんなの、知り合いとか仲間の奴なら誰でも好き勝手に開けれるんじゃねーか?』
『大丈夫、父上はあたしを愛称でしか呼ばなかったから…むしろ第3魔研の誰も、あたしの本名を知らなかったぞ』
『それはそれでいいのか…?』
当時の魔研の状況は、だいぶ変わった感じだったらしい…。
ロジィが、“本”を手に取る。
この本の表面部分には、一切の文字が無い。
…そもそもこれがどういった書物なのかすら、俺達は知らない。
ロジィが魔力を込めると、“本”が光る。
ロジィはそこに、指で自分の名前をなぞる。
『…にーちゃん、開いたぞ』
俺達が見守る中で、ロジィ…ロゼリエルが、遂に“本”の封印を解いた。
彼女を湖底洞窟で発見した時に、同時に手に入れたこの“本”。この本1冊開くのに、随分時間が掛かってしまったな。
本の封印を解く鍵は、彼女の予想通り「ロゼリエル」という言葉だった。
どうやら彼女の父であり、ラグラジア帝国第3魔法研究所所長を務めていたワンガランという男は、結構な親バカだったようだ…。
『やっと、これが見られるな』
俺達は息を呑む。
俺達は先刻、湖底洞窟で「追憶の煙炉」を使い、ロジィの過去を見た。
彼女が封印されたときの記憶には、彼女の父と勇者ヨーグが登場した。
この本にはきっと、勇者と魔物…それに魔王の事が書かれている。
俺はそう信じている。
ロジィがゆっくりと、表紙を捲る。
『…研究日誌…?』
ミレニィが1頁目にあった、手書きの文字を読んだ。
ロジィはあからさまにガッカリする。
『…なんだ、これ父上の字じゃないよ…父上の物だと思ったのに…』
『いいから中を見てみましょう』
『そーだな…。あれ、でもそうするとこれ誰の本だろ?』
そう言いながらロジィは、本の頁を…捲る。
これは、ラグラジア帝国の、唯一の記録かもしれない。
約400年前の魔王異変。
勇者…遺物…魔王…魔物…。
これには一体、何が書かれているんだろう…?
“芽の月 14日
モンド所長の指示で、他の帝国魔法研究所の様子を探ってきた。
第1魔研も第2魔研も、来たる祭に向けて研究に熱が入っている様子だ。何しろ今年は、我らがラグラジア帝国の建国300年という節目だ。建国祭で行う「魔法技術展」に、各々の隠し玉を出したいのだろう。
第1魔研は「奇跡を呼ぶ『月』」なる術具を開発中という。
第2魔研は、お決まりの「魔道戦車」の最新式のようだ。
我らも負けず、「龍化の秘術」の完成度をさらに高めていく。
芽の月 15日
モンド所長が、何やら隠れて1人研究を行っているらしい。
娘のロジィちゃんが教えてくれた。
所長に直撃したところ、「零式魔導砲」なる兵器を開発中らしい。まさか「魔法技術展」で出す気なのか?兵器開発は第2魔研の担当だというのに…?
きっと第2魔研の面子を潰す気だろう。
モンド所長は、そういう人だ…。
芽の月 16日
ミネノブ達に協力してもらい、ラジア魔石に関する研究を行った。
ミネノブら異世界人達は…理由は不明だが…魔力の尽きたラジア魔石を扱う事ができるのだ。通常の魔石なら自然光で魔力が回復するが、ラジア魔石はそうではない。
ラグラジア最大の機密情報である「ラジア魔石の魔力回復法」。ラグラジアでしか採掘されず、超高性能な代わりに扱いが難しいこの魔石。ラグラジアの強力な術具は、全てこの魔石の性能に頼っている。
あの「火山制御機構」ですら例外ではない。
我が国の魔法技術の根幹を支える、この魔石。
何故異世界人には、それが簡単に扱えるのだろうか?
芽の月 17日
「龍化の秘術」の研究は順調だ。
モンド所長自らも、ご自身の体を既に改造済みだ。
伝説上の生物とされる「龍」。これは、「亜人化の秘術」の集大成だ。
元来「亜人化の秘術」は不可逆で、肉体が変異すればもう元の姿には戻れない。しかし「龍化の秘術」は、龍と人の姿を自由に行き来できる!これは、今までにない、素晴らしい特性だ!
ちなみに「亜人化の秘術」同様に、肉体変異が遺伝するかは不明だ。
そこは今後研究しよう。
とにかくこれを建国祭で出せれば、盛り上がるのは間違い無しだ!
「ラグラジア帝王が、ついに伝説上の生物までもを従えた」。
こんな話が世界に広まれば、帝国の繁栄は永遠だ。
来たる祭が、楽しみで仕方がない。
芽の月 18日
ヨーグ警備隊長は、今日も異世界人達と剣術の稽古をしていた。
帝都最強の騎士だったという彼でも、異世界人達には歯が立たないようだ。変わった髪形をしている異世界人・ミネノブは、片刃剣の達人だった。さらに彼の部下も皆、凄まじい剣術を身に着けている。
これでもミネノブ達は戦に負けたのだというから驚きだ。
彼らの言葉では、「オチムシャ」というらしい。
一体、ミネノブ達の居た異世界は、どんな所なのだろうか…?”
『…なんか、普通に日記だぞ…』
ロジィがぽつりと漏らす。
『ラジア魔石って、これか…?』
俺は身に着けていた「念話指輪」を見る。
この「指輪」には確かに、魔石ではない銀色の石が付いている。今まで気にならなかったが、俺の持つ他の遺物にも、同じ石が組み込まれていた。魔力が宿っているような雰囲気ではないが…。
『異世界人は遺物が使えるって、あたし使えないけど…』
薊が不満そうに漏らす。
『いや、薊も「闇を生むランタン」を使ってただろ』
『…あ、そっか』
遺物…即ち、ラグラジア帝国の術具。
どうやらこれらは「ラジア魔石」とやらの魔力が尽きて、異世界人以外は使用不能という状態に陥ってしまった「術具」…という事なのだろう。
…俺が薊より沢山遺物が使える理由は分からんが。
個人差だと思っておこう。
コルトが研究日誌を指差す。
『ゴローさん、日誌の途中に折った頁がありますよ?』
『あ、本当だ』
コルトの言葉通り、研究日誌の途中に折られた頁があった。
『…ここから読めってことかな?』
ロジィが、日誌を一気に捲る。
“雨の月 30日
ラグラジア帝都が、瘴気に飲み込まれている。
帝国中の他の主要機関も、我々の交信に反応しない。
それに、隣国ウェステリアに流星が堕ちた。
遠く離れたこの第3魔研でも、その様子が見えるほどだ。
“魔王”と名乗る存在が、世界に向けて服従を要求している。
ヨーグが魔研の警備隊を率い、ミネノブ達と共に帝都へ向かった。
彼らが生きて帰ってくることを願うばかりだ。
今日の恐ろしい出来事を、記録に残す。
ラグラジア帝国は、滅亡するかもしれない。
秘密主義の我が帝国は、このままでは何の記録も残らない。
きっと歴史から消えてしまうだろう…。
その為に、あえてこれを残す。
後世の誰かが、我らの事を語り継いでくれるように。
ラグラジア帝国は、元々は、蜂起した奴隷達の国だ。
ラグラジアの地は、かつてウェズランドという大国の一部だった。ウェズランドは、死の火山・アグナに脅かされるこの地に罪人や奴隷を投入し、火山山麓にある地下資源の採掘を行っていたのだ。
地震や噴石、火山の毒気で多くの犠牲が出たらしいが…その豊富な資源のお陰で、ウェズランドは非常に豊かな国だったという。
その中で立ち上がったのが、奴隷の1人だったという聖女ラジアだ。
現在では“ラジア魔石”と呼ばれている魔石を発見・研究し、その力でアグナ火山を制御した天才だ。奴隷達を率いた彼女は、ラジア魔石による魔法兵器を秘密裏に開発・量産し、ウェズランドに対して独立戦争を仕掛けたのだ。
ラジア魔石による魔法兵器は、従来の物より遥かに強力だったという。
そして圧倒的な数の不利を、兵器の性能でひっくり返したのだ。
幸運な事に…敗戦の混乱の中、ウェズランド本国でも革命が勃発。
ウェズランドは滅び、国土だった半島は二分された。
北はウェステリアに。
南はラグラジアに。
…聖女ラジアは戦死したが、彼女の尽力でラグラジアは独立を成した。
そして聖女ラジアに倣い、我が国は技術の発展と秘匿を国是とした。
書物も魔法で記録し、物として残らぬように。
どうしても書物にするなら、鍵を掛けて守った。
そしてラジア魔石の秘密は、帝国の最高機密ともされたのだ。
それに拍車をかけたのが、「奇跡を呼ぶ星」という術具だ。
ラグラジア建国100年祭で完成したそれは…“術者の寿命を少し食って、成立し得ない術式を無理矢理起動する”…禁忌の術具。
「火山制御機構」に並ぶ、ラグラジア帝国最大の発明だ。
それによって生み出された術具や秘術が、我が国をより強大にした。”
『…あのな、途中にあった「亜人化の秘術」だけどな…この術で私達ラグラジア人の一部は、人間と動物を混ぜた様な姿になったんだ』
情報が多すぎるが、ロジィは重要部分を抜き取って説明する。
『何…?という事は、我らの祖先が…人間だとでもいうのか…?』
『うん』
タジェルゥは、動揺を隠せないでいる。
『…異世界人と勇者が一緒に居たのは、本当のようだな』
ゲルテが唸る。
魔物の伝承は正しかったようだ。
『「奇跡を呼ぶ星」か…「亜人化の秘術」も「龍化の秘術」も、これの力って訳か?』
『もしかしたら、ラグラジア人が異世界人を召喚したっていうのも、これを使ったんじゃないでしょうか?「異世界召喚」なんて、明らかに理を超えた魔法でしょうし…』
『…なるほどな』
命を代償に奇跡を起こす術具、か。
ラグラジア人も、恐ろしいことを考えたのだな…。
“雨の月 31日
ヨーグが成し遂げた!
昨日のうちに帝都に侵入したヨーグは、そのまま異変の元凶を封印したという。以下、第3魔研に戻って来た彼の部下の証言を残す。
異変の元凶は、ラグラジア帝国第1魔研所長のヴェラーツ・ニガルドと、彼の開発した術具「奇跡を呼ぶ月」だった。
「奇跡を呼ぶ月」…ヴェラーツが開発したこれの存在を我々も耳にしていたが、ただの「星」の上位版だと思っていた。しかし「月」の力はそれだけでなく、なんと人の寿命を際限なく食えたというのだ。
それも「星」と異なり、術者以外の寿命までも…。
ヴェラーツは裏で細工をし、帝国中の人命を「月」に捧げたのだ。
その人命を「月」で魔力に変換し、己が物としたのだ。
無限の魔力を持つ“魔王”として君臨するために。
しかし、そう上手くは行かなかったようだ。
ラグラジアでも辺境にあるこの第3魔研は、幸い「月」の効果範囲外だったようだ。それにヨーグ達に発見されたときのヴェラーツは、人の姿をしていなかったという。膨大な魔力に耐えられず、肉体が崩壊してしまったのだろうか…?
奴は恐らく、なんとか魔力を外に放出しようとして、流星を呼んだのだろう。他国に服従を要求するための使い魔と、自身を守護する怪物を召喚することまでは叶ったようだが、その後で気を失ったのだろう。
ヨーグは帝都に突入し、怪物達と交戦したようだ。
幾多の犠牲を払い、城に辿り着き、遂にヴェラーツを発見して。
そのままヨーグは「月」を奪取し、その力で奴を封印したらしい。
経緯はともかく、これからが大変だ。
英雄ヨーグ・アスラスタと共に、ラグラジアを再興するのだ。
暑の月 7日
ここしばらく、日誌を書く暇も無かった。
我らは過ちを犯した。
ヨーグこそが、ラグラジアを滅ぼす巨悪だったのだ…。
魔王ヴェラーツを封印したヨーグは、直後にラグラジアの主要機関全てを焼き払ったのだ!奴は、進み過ぎた帝国の魔法技術が“魔王”という災禍を齎したと抜かしている。
ラグラジアの全てを、抹消する気なのだ!
ラグラジアの術具も、兵器も、英知も…。全てが失われる。
元々ヨーグは、帝国の国是である技術革新に否定的な男だった。
そしてそれ故に、帝都騎士から辺境の第3魔研に左遷されたのだ。
…もう我らに後は無い。
我らは持ちうる全ての力でヨーグ討伐に乗り出したが、無駄だった。
恐らくヨーグも、「月」に自身の寿命を捧げて強大な力を得ている。
「月」の強大な力は、我らの誇る「龍化の秘術」さえも圧倒した。
第3魔研は、奴に破壊し尽された。
我ら第3魔研の残党は、悪の「魔物」としてヨーグに追われる身となった。研究員やその家族が、全員亜人化していたのが仇となった。ラグラジアで秘匿されていた「亜人化の秘術」の存在を知る者は、我々以外にはヨーグ達だけだ。
世界中の誰も、異形の我らを人間だと信じてはくれまい。
現にウェステリアの生き残り達は、すっかりヨーグに心酔していた。
今は「旧アグルセリア採掘所」に立てこもっているが、時間の問題だ。第3魔研から「星」を持ち出した我らに、奴は容赦をしないのだ。何の力も持たなかったロジィすら、ヨーグはその手に掛けたと、所長はそう言っていた…。
この「旧アグルセリア採掘所」は、ラグラジアの始まりの地だ。
ウェズランドが奴隷を収容する為に立てた、要塞のようなこの施設。
ここは聖女ラジアが、独立戦争を起こした場所なのだ。
聖女ラジアよ、我らに再び奇跡を…。
暑の月 10日
モンド所長は、ヨーグに降伏をすると宣言した。
『持出した「星」と、「龍化の秘術を使った者の命」を差し出せ』。
この要求を呑めば、残りの「亜人化した者」の命は助かるという。
いつの間にか、モンド所長はヨーグと話を付けていたのだ。
第3魔研の亜人は、今後は「魔物」として生きていく事。
ラグラジアの魔法技術を、歴史を、何も後世に残さない事。
これから勇者が興す新たな国に、我々は絶対服従を誓う事。
これを守ることで、ヨーグは我らの生存を許すそうだ。
悔しいが、我らはこれに従う。
ラグラジアの血を、聖女ラジアの想いを、我らは守るのだ。
モンド所長は他にも何か、ヨーグと密約を交わしたらしい。魔王異変を記録した私のこの日誌も必要らしいので、今夜所長に渡すことになった。
どの道、私が今後これに追記する事はもう無い。
私も所長と共に、同胞が生き残るための礎となろう。
第3魔研 生物研究班主任 ニヘル・ネルヴィー”
『…ここで終わりみたいだな』
『…』
俺は研究日誌を閉じる。ロジィがそれを抱きしめる。
涙が零れないように堪えている。
声を押し殺してすすり泣く。
「…ニヘルねーちゃん、思い出したよ…」
ニヘル…。
その名は確か、聖典に残るという邪龍の名だ。
この日誌を遺したのも、彼女の親しかった人物のようだ。
「みんながいなくても、あたし一生懸命生きていくよ…」
ロジィはかなり参っていたようだったので、そっとしておくことにした。俺達はロジィを長老宅に残して宿に帰り、情報の整理をする事にした。宿の場所をロジィは知っているし、ゲルテも居るから…まあ大丈夫だろう。
『…湖底洞窟で見たロジィちゃんの追憶は、この日誌で言うと「暑の月7日」と「暑の月10日」の間みたいねー』
ロジィには非常に申し訳なかったが、情報整理の為と言い聞かせ、研究日誌はミレニィが預かっている。
『ロジィのお父さん、なんとかロジィちゃんだけは守ったんだね…』
薊は貰い泣きしそうになっている。
『「追憶の煙炉」の情報と合わせると、「勇者」と「魔王」の顛末はだいたいわかりましたね』
『ああ、そうだな…』
コルトが、荷物から紙を取り出す。得た情報を整理しよう。
魔王がラグラジアを「奇跡を呼ぶ月」とやらで滅ぼした。
その後、勇者と異世界人が、魔王を「月」で封じた。
魔王を封じた後、異世界人は「月」で元の世界に帰った。
勇者はラグラジアの技術を悪とみなして、それらを滅ぼした。
「星」を持って逃げた亜人達を勇者が追い詰め、降伏させた。
ラグラジアの技術を滅ぼした勇者が、その後セニアを建国したのだろう。
そして、セニアのどこかに「月」は現存する。
魔王を封じるために。
異世界人の認証が10人分必要な状態で、誰にも扱えずに。
『こんなとこか?』
『…ゴローさんのまとめ方は大味ですねー』
コルトが文句をつけてくる。
『うるせぇよ、俺は頭が悪いんだ』
『ゴローさんのまとめを見た感じですと、異世界人を召喚してるのは…』
『やっぱり魔王かしら?』
『…』
異世界人を召喚しているのは、たぶん魔王だと思う。
恐らく…自身の封印を、どうにか解かせる為に。
理を超えた術を発動可能にするというラグラジアの術具「奇跡を呼ぶ月」。
「奇跡を呼ぶ星」は勇者が全滅させたらしいので、「月」以外で“異世界人の召喚”が行えそうな奴は、やはり魔王しか思い当たらない。
ミレニィは実に楽しそうだ。
『セニアの記録では、最初に異世界人が召喚された時に、当時の大神官の夢に勇者が出たらしいわね。でもそれって、本当に勇者だったのかしら?』
『…怪しいよな。もしそれが魔王なら辻褄が合うな』
『ねえミーちゃん…セニアで語られる「最初の異世界人」って話がありますよね?ヤバい異世界人が現れて神殿に討伐されたって話ですよ。あれもなんだか怪しくないですか?』
その話、俺がこの世界に来てすぐに聞いた気がする…。
『…神殿は昔から権威があるから、そういう作り話を広める…いや、広めさせることも可能ね…』
俺達の予想はだいたい纏まった。
『魔王は、大神殿を操り利用してるのかもね』
『そういえば異世界人って、数年の間隔でセニア周辺に現れますよね?それってもしかして…封印されている魔王がそれだけ時間を掛けて魔力を溜めて、異世界人の召喚を行ってるって事でしょうか?』
『…封印の中から、無理矢理魔法を使ってるって事?まあ魔王って無茶苦茶そうだし…そういう事も出来るのかもしれないわねー』
コルトとミレニィは意見を交わしている。
薊は俯いている。
『あれ、どうした薊?ロジィにはいろいろ気の毒だったけどよ、薊まで落ち込まなくても…』
『ねえシュウさん』
心配した俺を、薊が鋭く見つめ返してきた。
視線で射貫かれたような感覚だ。
薊は無表情だ。
怒り?恐怖?悲しみ?彼女の顔からは読み取れない…。
『シュウさん覚えてる?今までセニアで捕まった異世界人は9人。あと1人、誰か異世界人がその「月」ってのに触れれば、それを使って凄い魔法が使えるかもしれないんだよ』
薊が一気に喋る。
俺から視線を逸らさない。
『あ、ああ…そうらしいな…』
『セニアの伝承通りだとするよ?なら魔王の封印は、「月」の在処は、セニア王城地下の「勇者廟」のさらに地下だと思う。きっとシュウさんなら、遺物を駆使して一人で侵入できるかもしれないね』
『いや、さっきから何が言いたいんだよ!?』
『シュウさん「月」を使って、元の世界に帰れるかもね』
薊が微かに震えている。
顔を下に向け、俺の返事を待っている。
確かにそうだ。
勇者と共に戦った異世界人も「月」で元の世界に帰ったという。
俺は、俺は…。
『…あ』
そこまで思いついていなかった。
そうだ、そういえば帰れるじゃないか。
俺はもうすっかり、元の世界に帰りたかったことも忘れていた。
俺の頭は、ロジィの過去や、魔王の事で夢中だったのだ。
『そうだったな、忘れてたわ』
俺は正直に言った。
薊がぱっと顔を上げる。
「本当!?」
薊は思わず日本語だ。
「え!?あ、ああ…まあな。この世界に来てもうだいぶ経つしさ…正直もう帰るのは諦めてたんだよ。魔境も何だかんだ悪い所じゃないしさ」
「だけどいいの!?本当に…」
「いや、だってさ…」
俺はにやけてくる。
世界に忍び寄る魔王の影。
あと僅かしか無い平和な時間。
でも、俺達になら、世界が救えるかもしれない!
何でもいい、大きな何かを成し遂げたいのはミレニィだけじゃない。
最高にワクワクする。
俺は今、この世界が、元の世界より楽しくて仕方が無いのだ。
『魔王の野望を砕いたなら、きっと俺達英雄だぜ!?』
今まで何となく生きてきた自分自身が、初めて燃え上がるのを感じる。
心の底からやりたいことを見つけた。
ちょっと難しそうだが、勝算もある。
挑むには悪くないな!!
2021/12/30 誤記訂正などなど




