その24 凡人の俺と少女の記憶
チャンバラはいいね、野蛮で
俺達は朝から、アグナ火山に登っている。
前来た時より何だか暑い。前に来たのが「雨の月」だったが、今は「暑の月」だ。その分だけは気温が上がったんだろう。しかし中途半端に雲が出てくれているお陰で直射日光は避けられている。相変わらず山肌は岩だらけで、ろくに植物も生えていない。前来た時は二手に分かれての宝探しだったが、今回は目的地が決まっているので全員一緒だ。
…ちなみに今は、さすがに早朝ではない。二日酔いが弱冠1名いたので、少し日が昇るまで待っていたのだ。
『ううう…』
『大丈夫かよミレニィ、吐きそうだぞ…?』
『…死ぬかも…』
ミレニィが朝から青白い顔をしている…。
まあ、ただの二日酔いだろう。
彼女は昨晩、一番盛り上がっていたからな…。
『大丈夫、このくらいじゃ死にませんから』
同じくらいの量の酒を飲んでいたはずのコルトは、至って涼しい顔だ。岩だらけで植物が殆ど無い登山道を、良いペースで進んでいく。
『…コルちゃん酷いわ…』
『全くミレニィ、昨日のは飲み過ぎだよ…』
そんなミレニィに、薊が肩を貸して歩いている。
俺は酔っ払いを薊に任せ、黙々と歩くロジィに話しかける。
『なあ、ロジィはその“壺”の使い方を思い出したんだよな?』
『…そうだよにーちゃん』
ロジィは今朝から大人しい。
先日ロジィが使い方を思い出したという遺物「大神殿で盗んだ壺」を持って、俺達はある場所を目指している。目指す先は…ロジィが眠っていた、アグナ火山にある毒の湖、その湖底洞窟だ。
『これは、過去の出来事を映像化して再現する術具なんだ』
ロジィが、思い出したという彼女の記憶を語る。
俺達はもう、アグナ火山にある毒の湖まで来ている。
俺の「膜を張る腕輪」を使って、湖が生む毒気の中を皆で歩いている。
…腕輪の膜は、以前より大きくなった気がする。
『へー、なんだか便利そうだな。でも、あの洞窟まで行かないとダメなのか?』
『たしかこれを使うには、「場所」と「関係者の体の一部」が必要なんだ。あたしはあの洞窟で確実に父上に会ってるから、あそこであたしの髪を使って、この「追憶の煙炉」を使えばいいと思う。父上が置いて行った「本」を開ける手掛かりが掴めるかも』
『「追憶の煙炉」…?それがその壺の名前ですか?』
『そーだよ。父上がそう呼んでた』
『大層な名前だね…』
薊の言う通り、結構な名前だ…。もしかしたら、俺の使っている遺物達にも、全部こんな感じの名前が付いているのかもしれない。
俺達は湖の畔の石板を起動し、湖底洞窟へ進んでいった。
俺たちは湖底洞窟を進み、ロジィが眠っていた洞窟最奥部に辿り着いた。
ここは相変わらず、かなり暗い。薊の照明魔法と、俺の「光る杖」を使って、暗い闇を払いながらゆっくり進む。
『…またここに来ることになるとは、思いませんでした』
ここに嫌な思い出のあるコルトは、湖底洞窟に入ってからいい顔をしていない…。露骨に顔を顰め、右肩の古傷を押さえている。
『いいかいらいいから、「壺」を早速使ってみましょう!?』
ミレニィは二日酔いの筈だったのに、何故か既に元気だ。この湖底洞窟に入る時もハイテンションだったし、体調不良はどっかに飛んで行ったんだろう…。今だって未知の遺物にウズウズしてる様子だ。
『魔物や魔境の事が、何かわかるといいな』
『あのなにーちゃん、たぶんあたしの記憶はラグラジア語だぞ?』
『まあ…たぶん「念話指輪」で聞き取れるだろ』
『ラグラジア語って事は…魔物の言葉ですね。アザミ聞き取れます?』
『大丈夫、聞き取る方ならだいたいは…』
薊は静かに、「追憶の煙炉」を弄る俺を見守っている。
『そこを、そーだ、いいぞにーちゃん!動くぞ!』
『おっとぉ!?』
俺が触った「追憶の煙炉」は、ロジィの髪の毛を投入するなり、大量の煙を吐き出した。不思議な芳香を放つ煙は、風も無いのに流れを作る。
『煙が落ち着けば、あたしとここの過去の出来事を、煙が再現しだすよ』
誰かの声が聞こえてくる。煙は色と形を変え、人の形になっていく。
煙の中に、少女と男性が現れた。
“…なんだここ?父上、何もないじゃないか……”
幻影の少女は、ロジィだった。
彼女は50歳くらいの男性と一緒に居る。つまり彼が…。
“そうだ、別に何かを探しに来た訳では無いからな”
鮮やかで長い茶髪のオールバック、浅黒い肌、それに金の瞳…。
「父上…」
彼が、ロジィの父か…。
幻影のロジィは憔悴しきっている。
俺の知っている彼女とは、目の輝きが違い過ぎる。
“…どうするんだ父上、あたしはてっきり、ここに何か逆転の秘策があるんだと思ったぞ…?”
“もう我らに、逆転の手立ては無い”
ロジィの父は、最初からずっと厳しい表情だ。
“我らの負けだ。我々は「魔物」として、ヨーグに降伏する”
彼が厳しく言い渡す。
ロジィが泣きそうな顔になる。
“そんな…!あたしたちはれっきとしたラグラジアの民だ!魔物呼ばわりなんて、ヨーグの奴…!あいつなんて、帝都を追われた騎士の半端者じゃないか!!父上の善意で第3魔研の警備の職に就けたくせに、その恩を仇で返しやがって!!”
“もういいのだ、ロジィ…。我らの「亜人化の秘術」はおろか「龍化の秘術」ですら、もはやヨーグを止められん。それに、「魔王」を倒してしまった奴は、全世界に支持されている。人でなしの姿をした我らの味方など、どこにもおらんのだ”
“待て父上!あたしにいい作戦がある!聞いてくれ!!”
ロジィは必死に父に食い下がる。
“あたしが「龍化の秘術」を使ったことを知ってる人は殆どいないだろ!?それにあたしの見た目は、「龍化」しなきゃ完全に人間だ!!ヨーグを頼るフリをして近づいて、不意打ちであいつを八つ裂きにしてやる!!あいつだって、あたし相手なら油断するよ!!”
“無理だ”
“無理じゃない!!!”
ロジィの足元に、魔法陣が現れる。
光に包まれたロジィは、次の瞬間、深紅の鱗を纏う龍になっていた。
“あたしだって戦う!それでヨーグを、あいつを…!”
“…ヨーグを兄のように慕っていたお前に、ヨーグは殺せんよ”
“…!”
ロジィが言葉を詰まらせる。
そして寂しそうに俯く。
“そもそも、ここに来た理由はこれだ”
ロジィの父が、無表情で、ロジィの足元に何かを投げた。
銀色の小さな水晶だった。
そして瞬く間に水晶が成長し、龍のロジィの足元を覆っていく。
“な…これは「封印晶」!?何の真似だ父上!!”
“お前まで、道連れにはできんよ”
“ち、父上…”
あっという間に、龍が水晶に飲み込まれた。
銀色の水晶の中の龍は、眠っているようにも見える。
ロジィの父は、自分が指に嵌めていた指輪を、静かに地面に置く。
“ヨーグが、儂ら「龍化の秘術」を使った者全員の首を要求してきおった。これを断れば、亜人化した他の皆まで殺されるだろう。お前の力もどこまで隠せるか分からんしな。いつか数百年すれば、封印晶は勝手に消えるだろうから、それまで眠っていなさい”
ロジィの父は寂しそうに、龍のロジィを見上げる。
“さらばだ、ロゼリエル”
煙の幻影は、止まったように動かなくなった。
今は、本物のロジィのすすり泣く声だけが聞こえている。
…例の「本」が登場しなかったのは、何故だろう?
気掛かりだが…もう終わりっぽいし、「煙炉」を止めるか。
俺が「煙炉」に触れる直前、幻影の中に、第3の人物が登場した。
“ワンガラン殿、ここに居られましたか”
現れたのは、屈強な大男だった。
身長はざっと2m近くある。使い込まれた黒い鎧と兜を身につけ、身長の半分以上ある大剣を背中に背負っている。そしてそれ以前に、異様な雰囲気を纏っている…。無表情と苦悩の中間位の表情で現れ、ロジィの父に対峙する。
ワンガランと呼ばれたロジィの父の金の瞳が、憤怒で燃え上がる。
“ヨーグ…!貴様、何故ここが…!?”
“私もラグラジアの民。ここの入口は巧妙に隠されていましたが、私なら見破れます”
ヨーグと呼ばれた男。
つまり「勇者」か…。
彼はワンガランに、冷たく告げる。
“貴方達が立て籠る「アグルセリア採掘所跡地」には、既に我らが軍勢が向かっています。貴方達が第3魔研から持ち逃げした「星」は確実に処分させて頂きますが、「龍化の秘術」使用者が首を差し出すならば…「亜人化の秘術」使用者まで処断する気はありません。どうか大人しく…”
遮り、ワンガランが吼える。
“貴様…貴様のせいで!我らが帝国ラグラジアは、歴史から消えて無くなるぞ!生き残りが居ないのをいいことに帝都を焼き、町を焼き、魔研を破壊し、「星」までも抹消するとは…!”
ヨーグも、ワンガランを厳しく睨み返す。
“ラグラジアの進み過ぎた魔法技術が、魔王ヴェラーツを生んだのです…!二度とこのような災禍を招かぬよう、私はこれを機に…「星」を、「秘術」を、ラグラジアのすべてを抹消するべきと考えています!”
ワンガランが吐き捨てる。
“…そもそも貴様は、ラグラジアの国是である魔法技術革新に異を唱えて、帝都を追われた異端者だったな!魔法技術革新とその秘匿こそがラグラジアの歴史であり、国是だ!それを蔑ろにするなど…!”
ヨーグは怯まない。
“人間の寿命までもを消耗品として利用する技術がどのような「結果」を産むか…共に目の当たりにしたではありませんか!そもそも世界の理を捻じ曲げ、人でなしにまで変異し、自然すら超越し、時空にまで穴を空けるなど…我々は行き過ぎたのですよ”
そこで一瞬、間が開いた。
ワンガランが静かに口を開く。
“…ミネノブ達はどこに行った。貴様と共に、魔王討伐に向かった筈だ”
ヨーグも静かに返す。
“私が「月」を使用し、彼らは元の異世界へ帰って行きました”
“そうか…。貴様、「月」も処分したのか?”
“あれは魔王の封印に必要なので、残してあります”
ワンガランが鼻で笑った。
“ふん、何が技術の抹消だ。自分に都合のいい術具だけは残しておくつもりか?「月」がこの世に残っていれば、貴様の言う「災禍」は再び起きるぞ!”
そんなワンガランを、ヨーグが真剣な目で見つめ返す。
“今後誰も「月」を操作はできません。ミネノブ達の協力で、異世界人の協力無しでは操作できないように改造しました”
ワンガランが訝しむ。
“…何?”
“なにしろ「月」は「星」と違い、際限なく人間の寿命を食えます。それも、術者以外の人間の寿命までも。ヴェラーツもこの力を悪用し、ラグラジア中の人間の寿命を、全て己が魔力に変換して見せましたから。何かしらの制限が必要でした”
“…確かに「星」や「月」無しで異世界人は召喚できんが…”
“「星」は全て、私が処分します。ちなみに「月」の操作制限も、異世界人1人では解除できません。ミネノブ達異世界人は全部で10人居たので、解除には10人の異世界人が必要です”
“しかし…”
“よしんばこの世界に異世界人が再び現れたとしても、「月」の秘密は私と私の仲間が墓まで持ち込むので、問題無いでしょう。罷り間違って「月」が使用可能状態になったとしても、一度でも「月」を使用すれば、再び同様の制限が掛かります”
“…”
“そうなれば、また別の異世界人が10人現れるまで「月」は再び眠ります”
“「月」は誰にも操作できない状態となり、魔王を封印し続けるという事か…”
話しているうちに落ち着いたのか、ワンガランは静かに語る。
“…貴様の言い分はわかったし、それに我らにはもう勝ち目はない。私を含む「龍化の秘術」使用者も、首を差し出そう。ただ、この娘だけは、見逃してはくれんか…?”
ヨーグが封印された龍を見上げ、ハッと息を呑む。
“この龍…まさかロジィですか!?”
ヨーグの表情が初めて変わった。
彼の驚きの表情は、すぐに悲しいものに変わる。
“しかし、例外という訳にも…”
“この封印は、数百年は解けん。入口も巧妙に隠してある。顛末を纏め書物にしてここに置いておけば、ロジィも分かってくれるだろう…”
“…わかりました”
ヨーグは静かに目を伏せる。
“…ワンガラン殿…御恩に背く結果となり、申し訳ありません…。貴方達が持ち出した「星」だけを抹消するつもりでしたが…勘違いしたウェステリアの生き残り達が、「勇者が魔物を攻め滅ぼす」と他国にも吹聴して…この流れは、もう私にも止められません”
時間切れとばかりに、突然煙が消え失せた。
『今ので、いろいろ思い出したよ』
“追憶”の後。
少し時間を置き、落ち着いたロジィが語り出す。
『あたしは昔、ラグラジア帝国第3魔法研究所って所に住んでた。父上がそこの所長で、「亜人化の秘術」っていう術を秘密裏に研究してたんだ。その術は帝国の機密で、外国に知られないように厳重に隠されてた。あと、第3魔研の人間はみんな「亜人化」か「龍化」してたよ』
『「亜人化の秘術」…?まさか…』
ミレニィが目を見張る。
『そーだ。「亜人化の秘術」は、ラグラジア帝国が開発した…人間に、他の生き物の特性を上乗せする術。この術は使うと元の人間の姿に戻れないよ。あと、変異が遺伝するぞ』
コルトが、自分の尻尾を掴んで弄る。
『…つまり、魔境に住む魔物達は、ラグラジア人の末裔って事ですね』
『魔王ヴェラーツ…が何だったかは、まだ思い出せないや。でもヨーグが魔王を斃して、その後ラグラジア中を破壊し始めたんだ。驚いたあたし達は、第3魔研の設備や術具を持って逃げだしたんだ』
『さっきの幻影が言ってた「技術を抹消する」って奴だな…』
『ラグラジアの魔法技術は凄かったんだ…でもヨーグは、それを抹消しようとした。そして、「ラグラジアの技術」を持ち逃げしたあたし達を追撃してきたんだ』
薊が眉を顰める。
『…同じ国の人なのに…?』
『あいつは強くて…あたし達も戦ったけど、「亜人化」してた第3魔研の人は大勢殺された。しかもいつの間にか、あたし達は「魔王の僕である魔物」って事になってた。ラグラジアには同盟国なんて無かったし、誰にも助けを求められなかった』
『それでアグルセリアに籠城ですか…』
『後の事は知らない…あたしは、ここで眠らされたから…』
ロジィは静かに、視線を手元に落とす。
ロジィの手には、本が1冊握られている。
この洞窟でロジィと共に眠っていた、あの本だ。
俺は興味本位で聞いてみる。
『…なあロジィ…その本の開け方、思い出したか…?』
『…まだわかんないや』
『マジか…』
『でも、もうすぐ思い出せそうな気がするよ…』
『…楽しみだね』
薊もなんだかワクワクしているようだ。
勇者ヨーグと魔物の事は少しわかったが…。
「魔王ヴェラーツ」とは、一体何者なんだろう…?
俺達は湖底洞窟を後にし、毒の湖からアグルセリアに向かう山道を歩いている。
『爺の言ってた時間まで…そうね、まだ余裕があるわ。まあ急がなくても大丈夫そうだわ』
ミレニィは時間を気にしていたようだ。俺達は今日の夕刻に、アグルセリア長老宅を訪問することになっていたからな。
ロジィは何だか嬉しそうにしている。
『いろいろ思い出せて良かったよ!それにラグラジア人もたくさん生き残ってるみたいだし!』
『私達魔物の祖先が、元人間ですか…。そう言われても実感は無いですねー』
『魔物は魔物、人間は人間でもいいと、あたしは思うな…。だって魔境の魔物達の方が、セニアの連中よりずっと素敵だよ』
『…そうなのか?薊…』
『そうだよ』
そんな話をしながらも、薊は臨戦態勢だ。
先頭を歩くコルトも、集中しているのが見て取れる。
これはミレニィと俺の読みだ。外れるといいが…。
『あ』
俺の持つ「レーダー円板」が、俺達の進行方向に反応を示す。
『やっぱりだ…』
『読み通り。全く、懲りない連中ね…』
『いや、まだ決まった訳では無いが…』
俺達はアグナ火山を登るにあたり、1つの懸念があった。
俺達のせいで計画が潰れたであろう「解放派」の報復だ。
火山を登った時には、周囲に何の反応も無かったのだが…。
『数は?』
コルトが珍しく、ものすごく楽しそうにしている…。
『5人だ』
『へぇ…随分ナメられていますね。ミーちゃん達の守りに薊が付いてくれれば、連中の相手は私1人でもいいですけど…』
コルトが凶悪な笑みを浮かべる…。
以前と違い、俺という足手纏いに構う必要が無いからか…?
正直、怖い。
薊が少し考えている。薊1人でも十分かもしれないが、俺とミレニィという足手纏いが居る以上、前のように敵が弓を撃ってくると危険だ。防御するなら薊の風魔法だろう。
薊が頷く。
『あたしがシュウさんとミレニィを守るから、コルトとロジィちゃんで行って来て。派手にやっちゃってよ』
『任せて下さい』
『わ、わかったぞ…』
俺の「レーダー円板」に映る敵影が動く。
『あ…あいつら山の上の方に登って、狙撃するつもりみたいだ』
『上等。やり返します』
『…コルちゃん、無理はしないでね?』
作戦は決まった。
俺達は構えながら、何食わぬ顔で山道を進む。
山の上の方から、キリキリという音が聞こえた。
『弦の音がします』
コルトは前と同じ言葉を、再び放つ。
薊の反応は早かった。
「ユーレイジ・ゲイナ!」
薊はすかさず風渦の魔法を発動する。
山の上方から飛来した矢は、風渦に弾かれて遠くに吹き飛ぶ。
「うりゃあああああっ!」
コルトより一足早く、ロジィが駆け出す。彼女は体が強いようなので、矢で傷を負う事も無さそうだ。ロジィには悪いが心配するつもりは無い。
コルトも、身体強化の魔法を唱える。
「エーナ・デルデリオーン!」
筋力を底上げし、先行したロジィを追い抜き、一気に山肌を駆け上がる。
狙撃手の所まで、コルトは一気に駆け上がった。
何度か矢が掠めたが、当たらなかったので気にしなかった。
矢を放っていたのは、鬼人の男5人だった。
急襲してきたコルトに驚愕の表情を浮かべている。
「こいつ…!?」
「貴様ら…まさか俺達に気付いていたというのか!?」
この反撃は予想外だったらしく、彼らは大いに慌てふためいている。
男達は弓を捨て、腰の手斧を抜く。
「コソコソと狙撃ねぇ…あんたら男のクセに度胸無いですね」
「何だと…!?この雌餓鬼がぁっ!!」
コルトに一番近い男が、挑発に乗って掴みかかって来た。
相手の踏み込みに合わせ、コルトも一気に前へ出る。
低姿勢で一気に間合いを詰め、鳩尾に肘を食らわせる。
「だあ゛っ!!」
「グェッ!」
コルトに掴みかかって来た男が、腹を抱えて蹲る。
まず1人。
殺すわけにもいかないので、剣が逆に使いにくい。
「貴様ァ!!」
残りの4人が一斉に手斧で襲ってくる。
比較的小柄なコルトは、こういう大柄な相手と戦う場合、出来る限り相手の懐に飛び込むことにしている。真面目に剣で応戦するよりこの方がいい。
手斧を剣で受け、躱しながら、懐に飛び込む。
「貰った!」
懐に飛び込んだところで、腕を掴まれる。
「放せや!!」
コルトは剣を捨て、掴んでいる相手の肘に手刀を繰り出す。
「ぐっ!」
男がコルトの腕を放す。
そのまま、怯んだ相手の顎に掌底を食らわせる。
「らァ゛ッ!」
「がぁっ!!?」
仰け反って倒れ込む。これで2人。
「き、貴様…?」
…2人倒したところで、相手が完全に逃げ腰になってしまった。
まだ3人居るというのに…。
つまらない。
『お待たせ!遅れたぞ!』
『暇だから来たよ』
遅れてロジィが登って来た。
矢を撃つ様子では無かったためか、薊も飛んで来た。
鬼人達が青ざめる。
士気の差が歴然だ。
『これは、勝負ありましたね』
「…」
鬼人の男達が息を呑む。
『あれ?どうしました?』
何故かロジィも怯えている。
薊まで引いている。
『…コルト、気合入り過ぎ…』
『こ、コルトねーちゃん顔が怖いぞ…』
『ええぇっ?!』
今私は、どんな顔をしてるんだろう?
俺とミレニィがやっとこさ山を登る頃、既に決着は付いていた。
オークっぽい男2人が倒れ、3人が武器を捨てて座っている。
「貴様ら、自分が何をしたか理解しているのか!?」
「えぇー…襲って来ておいてその言い草は酷いぞ?」
「喧しい!!」
(おいおい、ある意味まだ続いてんじゃねぇか…)
…しかし、口論という名の第2ラウンドが開始していた。
襲ってきた魔物達は「念話術具」を持っていなかったようだ。魔物の言葉を理解できても喋れない薊が、居心地悪そうにしている。
「大神官ザフマン様は、魔境の為に尽して下さっていたんだぞ!?だというのに貴様らや無能な自警団共は、それが理解できんとは…!」
「でもザフマンは、貴方達の暴動をネタに、タジェルゥ長老を強請るつもりだったみたいですよ?」
「承知の上だ!あのジジイ、昔は俺らと同じ強硬派だったのに、今ではすっかり丸くなっちまった!「解放派」の計画が上手く行けば、あいつを長老の座から追えたんだ!」
「…自己中心的なのね、貴方達は。貴方達のせいで魔境が大混乱したかもしれないっていうのに、そうやって恨み言ばっかり…」
「…暴力、駄目…」
薊が口を開く。
何と、彼女は魔物の言葉を話している。
流石に拙いが、何とか想いを伝えようとしている。
「きっと、いい方法ある…暴力、駄目…私達も、魔境を良くしたい…」
たどたどしい薊の喋りには、不思議な魅力があった。
襲ってきた魔物達も、魔物の言葉を話す人間に驚いているようだ。
基本的に、この世界の人間は、魔物の言葉など学ばない。
「…しかし、力無しには、魔境は変わらんだろう…」
鬼人のリーダー格っぽい奴が吐き捨てる。
きっと…魔境を解放したいと願った魔物は、過去にも大勢居たのだろう。鬼人リーダーの言葉通りなら、あのタジェルゥもどうやらその一人らしい。
「私達、手掛かり、ある」
「何…?」
「待ってて…私達、魔境を変えて見せる」
薊の目が、決意に燃えている。
ロジィの記憶。
勇者の真実。
そして、ロジィの父ワンガランが遺した文書。
前途多難ではあるが、これらを上手く活用できれば…。
魔境は変わる、かもしれない。
ロジィの本を開ければ、薊の夢は叶うかもしれないな。




