その23 凡人の俺とささやかな宴
秋の夜は長いよ
俺達は、アグルセリア近郊の街道を進んでいる。
俺達は今までの行商等で、いつもだいたい俺・薊・ミレニィ・コルトのメンバーで行動していた。今はそれにロジィを加えた5人だが。
「…すごい数。あたしこんなの初めてだよ」
「さすが長老ご一行だな…」
しかし今回のアグルセリア行では、俺達は5人じゃない。
アグルセリア長老の一行と共に、アグルセリアを目指している。
お付きの魔物だけでなく、警護の自警団も大勢随伴している。
古い言い方だが、なんだか大名行列みたいだ。
『なぁミレニィねーちゃん、お礼って一体何なんだ?』
ロジィは、受ける謝礼の内容が気になるようだ。
俺達が店を出発したのは夜明け前で、まだ寝ているロジィを無理矢理浮動車に乗せたのだ。そして今は昼下がり。彼女は先程目を覚まし、俺達を取り巻く魔物の一行を面白そうに見ている。
『さあね。でも私としては、あの爺に貸しを作っただけでも大儲けね!』
ミレニィを見る薊は、ちょっと心配気味だ。
『でも、この謝礼の件が大神殿に知られたらヤバくないかな?』
『大丈夫大丈夫。次の大神官はどうせレイン公と縁のない奴になるだろうし、大神殿の悪印象を挽回するためにも、今回の一件は全部レイン公とその部下のせいになるでしょ。事件も結局、セニアの神官がセニアの駐在所を襲ったってだけで、私達は関係無いわ!』
浮動車を操縦するミレニィは、朝からずっとハイテンションだ。タジェルゥ長老と仲が悪いらしい彼女は、今回の件で上機嫌だ。
“アグルセリアを陥れようとした大神官の思惑を防いだ”
一昨日の聖星祭当日…ザフマン大神官に扇動された「解放派」の魔物が、アグルセリアで事件を起こすらしいという情報を、俺達は事前に掴んでいた。
そしてそれをアグルセリアの魔物に伝え、事件を未然に防いだ俺達に、タジェルゥ長老自らが礼をしたいと申し出て来たのだった。
謝礼か…。俺は勝手に想像する。
『…お礼に遺物とか貰えねえかな…?』
『え、それじゃ大神官と同じじゃん』
俺の下心丸出しなぼやきは、薊に速攻で咎められた…。
『それでは、明日の夕刻に長老宅へ来られよ。長老より直々に謝礼を渡されるそうだ』
『はいはい、じゃあそれまで適当に時間を潰すわねー』
アグルセリアに到着すると、タジェルゥ長老の侍従が去り際にそう告げた。今回はミレニィも行商という訳ではないので、こうなると明日の夕刻まで暇だ。
『…あの爺、結局まだ私と顔を合わせてないんだけど…』
侍従を見送ったミレニィが、苛立ち気味に漏らす。
ちなみに俺達は、以前この町に来た時と同じ宿に入り、既に荷物は置いてきた。
『ミレニィに合わせる顔が無いんじゃない?』
薊は軽く返す。
ミレニィがタジェルゥ長老に毒を吐くのは、まあ珍しいことじゃ無いのだろう。
実際彼女の言葉通りで…俺達と共に来たタジェルゥ長老は、アグルセリアに着いてすぐに自宅へ戻ってしまった。今日の朝デリ・ハウラを出発してから、長老は俺達と顔を合わせていない。
ミレニィが大きなため息を吐く。
『まあいいわ。長老の警備に付いてた自警団にコルちゃんが居たから、とりあえず合流しましょう。そしたら、ゲルテさんにお礼を言わないとね』
『…そうだな。あの手紙一枚で、いろいろやってもらったしな』
まず俺達は、アグルセリアの採掘組合を目指す事にした。
俺達が手紙を送った魔物・ゲルテに会いに。
『おお、お前らよく来たな!』
俺達が採掘組合に着くと、ゲルテに出迎えられた。
ゲルテは相変わらずデカい。初めてゲルテに会ったロジィは、大きな彼を見上げて感心しているが、「お前の龍の姿の方がもっとデカいだろ」と、俺は心の中で突っ込んでおく。
『ゲルテさん御免ね、アグルセリアじゃ他に頼れるヒトが居なくて…』
『気にすんな、俺はむしろ感謝してるぜ』
ミレニィの言葉通り、今回の騒動でゲルテにはかなり助けられている。
聖星祭直前まで、ミレニィの店は大神殿に見張られていた。
俺達が直接アグルセリアの「解放派」を阻むことは、到底できなかったのだ。なのでミレニィが密かに出した“神殿の企み”に関する手紙1枚で、ゲルテが自警団などを通して「解放派」の動きを監視してくれていたことになる。
『お陰様で、俺も長老から礼を貰ったからな』
ゲルテも今回の働きで、長老から何か貰ったらしい。
『結局、「解放派」と大神殿の繋がりは有ったんですかね?』
空気を読まないコルトが急に聞く。
まあ俺も気になっていたが…。
『あぁ、それなんだが…どうも俺達が「解放派」を監視し始めたあたりで神官共が感付いたらしい。手紙を貰った直後は、連中が仲良くしてるのをたまに見たが…』
ゲルテはちょっと悔しそうだ。
アグルセリアの住民としては、その辺の関係性を暴きたかったようだ。
『大神殿も馬鹿じゃ無いですねー』
残念。
まあ元凶のザフマンは罷免されたし、万事解決と思っておこうか。
『この事件…実際はもっと上位の神殿幹部も関わっていたようだが、残念なことに証拠が足りなかったんだ。惜しいことをしたよ』
採掘組合でゲルテと話し込んでいる最中。
突然、背後から話しかけられた。
『え?あ、あんたは…』
『やあ、久しいな』
何故か人間が、魔物の採掘組合に入ってきている。
おまけにそいつは、俺の知った奴だった。
『…サミーさんの知り合い?』
ミレニィが怪訝な表情になる。
確かに、薊以外は誰もこいつを知らないだろう。
そいつは相変わらず挑発的な鎧姿で、金の髪を靡かせている。
『失礼、自己紹介がまだだったな。私はセニア王国アグルセリア駐在所警備隊長、レイナ・ヴェンシェンだ』
『…久しぶりだけど、なんでこんな所に…?』
人間であるレイナが何故、人間を嫌う魔物が多い採掘組合に居るんだろう…?俺達なんて、以前来たときにはほぼ門前払いだったというのに…。
レイナは俺の問いに、不敵な笑みを返す。
『何故も何も…貴方達がゲルテ殿に宛てた手紙に、私の名も載せただろう?ゲルテ殿からの依頼を受けて、私は部下を動かした。自警団の魔物達と協力して「解放派」と神官を監視する為にな』
『それでレイナも、魔物と仲良くなったって訳か…』
『…ちょっとサミーさん、あの手紙に何か追記したの?』
『ま、まあな…』
彼女の言葉通りで…確かに先日の“手紙”には、レイナの名を乗せておいたのだ。自警団だけでは神殿の相手をするのが難しいと読んで、俺がこっそり書き足しておいたのだった。
『このねーちゃんは俺達に協力的だったからな、今アグルセリアじゃちょっとした有名人だぜ』
ゲルテが茶化すように言うが、目は真剣そのものだ。その態度を見れば、レイナを信頼しているのが分かる。
レイナが突然、姿勢を正す。
『ミレニィ殿以下、商隊の皆様!今回の一件、大変感謝している。貴女方が提供してくれた情報は、セニアの平和の糧となったのだ』
『それほどでも』
『ちょ、コルちゃん空気読んで…』
…コルトは多分、素でやっている。
幸い気に障らなかったようで、レイナはその様子を微笑ましく見ている。
しかし、不意にレイナが何かを思い出したように、
『そうだ…貴方達に、1つ言っておくことがあったんだ。…私から聞いたなんて、誰にも言うなよ?』
『…何?』
薊がぶっきらぼうに聞き返す。
俺も気になる。
『誰にも言うなって…何だよ…』
レイナは真剣な眼差しで、弱い念話で告げる。
『罷免されたレイン公の腹心が、アグルセリア駐在所に滞在している』
屋台が並ぶ、採掘組合付近の通り。
薊と一緒にのんびりと歩く。
『…なぁ、買い過ぎじゃね?』
『去年もこんなもんだったよ』
『そ、そうか…』
『あはは、なんか面白いなー!』
俺達が採掘組合を後にする頃には、だいぶ日が傾いていた。
あの後、何故か俺達は二手に分かれて食材の買い物をしている…。
『…アグルセリアの料理は辛いのばっかでダメだね』
『アザミねーちゃん、辛いのキライか?』
『嫌いじゃないけど好きじゃない』
『ふーん』
アグルセリアの採掘組合付近には、料理の屋台が山ほどあった。採掘組合で働く魔物はかなりの数らしく、この屋台は終業後の労働者を狙った商売なのだろう。今も沢山の魔物で賑わっており、気温と地熱が相俟ってすごい熱気だ。
俺と薊とロジィがここで買い物をしている。
ミレニィとコルトは別行動だ。
『…シュウさん、あれも買おう』
薊は遠くの屋台を指差す。蒸し饅頭みたいなのを売っているのが遠目に見える。薊もロジィも凄い楽しそうだが…。
『あ、薊…どんだけ買う気だよ…』
『たくさん』
『そ、そうか…』
荷物持ちと化した俺の腕には、買った食材の小包を詰めた手籠が2つぶら下がっている。何かの蔓で出来たこの手籠はミレニィの私物らしい。あと見た目以上に軽い。
ちなみに籠の中身は、肉と木の実の串焼き、謎の魚肉と香辛料のつみれ、激辛ソースをぶっかけた揚げ芋、根菜類の煮物、炙った干物、あとはデカい生の葉物野菜だ。
個々の量が多い。
…俺の目から見れば、もう十分にも思える。
『…ミレニィ達も何か買ってるんだろ?それも合わせたら、さすがに食いきれんだろ…。これくらいにしておこうぜ?』
『大丈夫、ミレニィとコルトは飲み物しか買わないって言ってたよ』
『そもそも、この買い物は一体何なんだ…』
結局俺は、この買い出しの理由を聞いてない。
薊は笑顔で振り返る。
『聖星祭のお疲れ様会だよ。去年はミレニィの店でやったけど、今回はバタバタしちゃったから、アグルセリアの宿でやるよ』
「ミーちゃん、もう十分ですよ」
「えぇー?もうちょっとならいいでしょ」
「誰がこんなに飲むんですか…」
コルトとミレニィは、宿泊している宿の近所にある商店に寄って、飲み物を買い込んでいた。アグルセリアでは芋の酒が主流で、特産品の香草を混ぜた物が多い。
「誰が飲むというか、サミーさんを潰そうかなーって…」
「酷いですね」
コルトは買った酒瓶を、紙袋に詰めて抱えている。ちなみに薊は酒類を頑なに飲まないので、薊とロジィ用に普通の飲み物も買っている。
「…アザミって確か16歳って言ってましたよね?立派な大人じゃないですか」
魔境では、15歳を迎えた若者は、大人になったと見做されて酒が飲めるようになる。薊も魔境のしきたりからすれば立派な大人だが…。
「さあ?何か抵抗があるらしいわよ?何でもアーちゃんの世界では、20歳でやっと大人になるらしいし…」
ミレニィはというと、つまみ用に買った干し茸を盗み食いしている。
ミレニィは他にも、珍味の瓶詰をいくつか買っていた。魔境やセニアでも好みの分かれる品をわざと選んでおり、繍五郎の反応を楽しむつもりでいる。
「へー。じゃあ私とミーちゃんも、アザミとゴローさんの世界に行けばギリギリ子供って事ですね」
「…何かそれは嫌ね……」
不意にコルトが、周囲を見渡す。
「どしたのコルちゃん」
「人間を見かけましたが…大丈夫、ただの商人でした」
「…レイン公の腹心の事が気になるの?」
採掘組合でレイナに聞いた話…コルトは必要以上に警戒していた。
無意識に、左腿を摩る。
「また何かあってもイヤですしね」
「大丈夫よ、レイナさんがちゃんと見張っているって言ったでしょ?ゲルテさんが見込んだ人間だから、信用できるわ」
「まあ、心配し過ぎですよね」
必要な物を買い込んだ2人は、先に宿に戻ることにした。
『さあさあサミーさん、飲んで飲んでっ!』
『ミ、ミレニィ…もっとゆっくりやらせてくれよな…』
『シュウさん頑張って。ミレニィは酔うとだいたいこんな感じだよ』
『マジかよ…』
俺達が全員宿に戻ったので、早速ミレニィが慰労会を開始した。
…ミレニィは、何故かすごい勢いで俺を潰しに来ている。アグルセリアの酒はサウラナのやつより癖が無くて飲みやすい。口に含むと香草の香りが広がる。
『これは一応聖星祭のお疲れ様会だけど…明日タジェルゥの爺から謝礼を貰う前祝でもあるのよ!景気良く行きましょう!!』
『そうだよシュウさん、この饅頭もおいしいよ』
『お、おう…』
俺に酒を進めるミレニィは、開始直後から既に出来上がっている…。
確か彼女は、以前サウラナで参加した感謝祭の時も、上手い具合に酒を断ってほとんど飲んでいなかったな…。
『あははははー。ねえゴローさん、そっちの瓶詰はお酒に合いますよー』
コルトが楽しそうに、俺につまみを進めてくる。こっちもこっちで、何だかいつもと雰囲気が違う気がするが…。
『…これか?なんて書いてあるんだ』
『「エルデガの腸の油漬け」だって』
どうやら、この瓶詰は魔境で作られたものらしい。文字が読めない俺に代わって、ロジィが読んでくれた。
『“エルデガ”ってなんだ?』
『そーいう種類の、家畜の鳥ですよー』
『へぇ…』
まあ保存食の一種だろう。変わった匂いがする。
薊が何故か、変な顔で俺を見ている…。
俺は試しに、一切れ口に入れてみる。
「お゛ぅっ…」
思わず声が出た。
旨味もあるのだが、何しろ恐ろしく苦い…。
それに匂いも、口に入れると想像以上に強烈だった…。
流し込むための飲み物が酒しかないので、それで無理矢理流し込む。
紅潮したミレニィが、楽しそうに目を輝かせる。
『あらあら、いい飲みっぷりじゃない!』
『あはははは!ねえゴローさん、どーでしたー?』
こ、こいつら…。
特にコルト、初見の俺にわざと強烈なヤツを勧めやがったな…。
薊はそんなやり取りを、微笑ましそうに見ている。ということは…。
『…薊はこれの味を知ってただろ?先に言ってくれよな…』
『だってこれ去年あたしも食べたし、シュウさんも食べればいいと思って』
『酷ェ…』
『なんだなんだ、あたしも一口食べてみよー!』
『ロ、ロジィ止めとけって…』
「ぐえー!」
『あははははははははははは』
『ちょ、コルちゃん笑い過ぎ…』
『ロジィちゃん大丈夫…?』
『言わんこっちゃないぜ…』
結構カオスな感じで、そのまま夜が更けていく。
俺もだんだん、酔いが回ってくる。
『おやおや?ゴローさんもう限界ですかぁー!?まだまだ夜は長いですし、張り切っていきましょー!!』
『お?』
半分開いていた俺のコップに、コルトが勢いよく酒を注ぐ。
魔境のコップは木製だ。木目とか、なかなか風情があっていいと思う。
そのコップの縁から酒が漏れる。
『うわっ!コルト零れてるって!』
『あ、ホントですねー』
『…シュウさんもコルトも酔ってるね…程々にしようよ』
薊がテーブルを拭く。真面目だな。
『薊は真面目だな』
そう思ったのでそのまま言う。
薊がハッとする。ちょっと赤くなる。
あれ?でも薊は未成年だし、酒は呑んでいない筈だ。
『…急にどうしたのシュウさん?藪から棒に…』
目を逸らされてしまった。残念。
せっかくかわいい感じだったのに。
『かわいい感じだったからな』
『へっ??!』
そのまま言う。
薊がまた変な顔をする。かわいいぜ。
頭がフワフワしている。
まずい、俺もだいぶ飲み過ぎたようだ…。
急にミレニィが、薊の肩を抱く。
超楽しそうだ。
『これは好機よアーちゃん!!今ならサミーさんに何しても大丈夫よ!!丁度いい感じに酔ってるし…今なら色仕掛けし放題よ!!!』
『ええっ?!し、しないって!!それにその、あたしそういうのよくわかんないし…と、とにかくいいから!!』
薊がミレニィの腕を振りほどく。
ミレニィは一瞬でつまらなさそうな顔に変わる。
『そう。アーちゃんがしないなら私がするわ』
『ぅえっ!??ちょ、ちょっとミレニィ待って!!』
薊が狼狽する。
しかしミレニィは、机を回り込んで…。
椅子に座る俺…ではなくコルトの背後に一直線。
「コルちゃんの尻尾ふわふわー!!」
コルトの尻尾をふわ付き始める。
ミレニィのテンションが異常に高い。ヤバい。
『うわミーちゃんくすぐったいですって!』
コルトが驚いて、背後に振り向く。
間髪入れず、ミレニィが椅子の後ろからコルトに抱き着く。
今度はコルトの服に手を突っ込む。
「コルちゃんの腹毛ふわふわー!!!」
「ちょ…やめ…ふへへっ!!ミーちゃんやめへはっ!!」
コルトがくすぐったそうに笑いだす。
薊はそれを見て、真剣な眼差しにかわる。
『これならあたしにもできるかも、シュウさん!』
『これ?』
真剣な表情で、薊が俺の方に迫ってくる。
『な、何だよ薊…?』
「…えいっ!!」
脇腹をくすぐられる。
「わっ!よせってケヘヘ!!」
思わず立ち上がる。
俺は椅子に足を引っかけ、盛大にひっくり返る。
いつの間にか深夜になっていた。
時間が経ったお陰で、俺の酔いも醒めて来た。
『…ロジィちゃん…寝ちゃってたんだね…』
『アザミも眠そうですね』
『…まだ…大丈夫…』
『ふーん、かわいいですね』
腹が一杯になったらしいロジィは、俺達がドタバタしている間に眠ってしまったようだ。薊がロジィをベッドに寝かせるが、薊も眠そう…というかほぼ寝てる。
「ホントに…今回の事…皆に感謝してる…」
買い込んだ食料がやはり多すぎて余ったので、とりあえず片付けることにした。今は片付いた机の上に、酔ったミレニィが突っ伏してボソボソ喋っている…。
「…まあ偶には、こういう幸運があってもいいんじゃないですか?」
俺の「念話指輪」を一瞥したコルトは、魔物の言葉でミレニィと話す。これがあれば、彼女達の言葉が俺にもわかる。
結局コルトは、あれだけ飲んでケロッとしている。片付けも率先してやっていた当たり、どうやらかなり抑えていたらしい。
…その割には結構ハイテンションだったが。
自警団のノリがあんな感じなのだろうか?
「やっと…やっとあの爺を見返せる…本当に嬉しい…」
「そうですか…」
いつの間にか、薊もロジィの隣で並んで眠っている。
机には俺とコルトが掛けていて、突っ伏したミレニィのうわごとを聞いている。静かな夜で、窓から吹き込む夜風が気持ちいい。
「私が親元を離れて…初めてアグルセリアに来たとき…あの爺…最初は私を歓迎したの…何でだと思う…?」
「…何ででしたっけ?」
恐らく何度もミレニィの愚痴を聞いているだろうコルトは、この手の話を知っているだろう。しかし、たぶん俺にも聞かせてくれるために、コルトはミレニィを促した。
ミレニィが、急にガバッと起き上がる。
「あの爺…!この私に、セニア人の男を誑かせって言ったのよ!?何故かっていうとそれはね…半人半魔の私が人間とくっついて子供を産めば、私よりもっと人間に近い姿の、“魔物の子供”が出来るからよっ!」
「まあ、きっとそうでしょうね」
ミレニィは止まらない。
「それでそれで…!あの爺は昔から「解放派」に近い考えでね、いつか魔境をセニアから独立させたいって私に言ったわ!その為の布石として、人間の中に紛れられる魔物の尖兵が欲しかったのよ!!」
「…」
ミレニィはそこで一息つく。
「…あの爺…初めて魔境に来た私を…ただの道具として見ていた…人間に近い姿の魔物を産める“道具”として…。“私”の事を…一度だって見やしなかった…。お母様の故郷に…アグルセリアに住むのが夢だった私は、そりゃあもう幻滅したわ…」
ミレニィは再び机に突っ伏して、今度こそ眠ってしまった。
「…うーん…コルちゃん、愛してるぅ…」
「はいはい、私もですよー」
コルトが、寝言を呟くミレニィを抱えて運ぶ。
そのまま彼女をベッドに寝かせ、俺に振り返る。
『…明日は朝から動きますし、今日はもう寝ましょうね』
『…そうだな』
明日の夕刻には長老宅を訪ねなければいけないが、そうすると明日の午前中は暇になる。だから俺達は明日の午前中に、ロジィの眠っていた湖底洞窟に行こうと考えていた。
俺が大神殿から盗んだ、壺型の遺物を使用するために。
そこで不意にコルトが、悪い笑顔になる。
『あ、ゴローさんもしかして飲み足りません?何なら私が付き合いますよー?幸い酒はまだ残っていますしね』
『か、勘弁してくれ…』
俺はもう限界に近い。リバースするのは勿体無いのでこれ以上は飲めない…。
コルトはミレニィの寝顔を眺めながら、ぽつりと呟く。
『…魔境に融和的だったザフマン大神官が罷免された事で、今後魔境とセニアの関係が悪くなるかもしれません。まあ元から良い訳じゃあ無いですが…』
こいつ、急に真面目な事を…。
しかし…確かにそうとも言える。
表面上とはいえ、ザフマンは魔物に理解があった。それに、奴と「解放派」の関係が公に暴かれていない以上、魔物からの信頼も失っていないと思う。
『…俺達、余計なことをしたかな…』
『私はそうは思いません』
コルトが俺を見つめる。
夜の闇に、深紅の虹彩が光る。
彼女はいつに無く真剣だ。
『今回…大神殿の陰謀を止める為に、アグルセリアに住む魔物と人間が協力したんです。実際に動いた人数はごく少数でしょうが、今までにこんな事はありませんでしたし、あり得ませんでした』
『そうなのか…?』
『そうです。だから魔境とセニアの関係は、良くなるかもしれません』
『どっちだよ…』
『さあ?私にはわかりません』
『…そうだな』
魔境は変わるかもしれない。
どう変わるかは予想できない。
でも、もし俺達に出来ることがあるなら、
人間も魔物も関係無しの、平和な場所になればいいんだがな。
2021/12/30 誤記訂正などなど




