その21 凡人の俺と聖星祭(後)
おりかえし地点
俺の周囲が殺気立っている…。
「魔物の奴らめ!聖星祭の隙を突いて、卑怯な真似を!」
「奴らに好き勝手させられねぇよ!王国騎士は何してる!?」
「アグルセリアの駐在員は無事なのか!?」
俺達は今日、セニアで行われている“聖星祭”を見物に来ている。
…まあ、主目的はそれではなく、この祭りの一環である「出店街」にミレニィが出店するため、その手伝いだが。
店番は時間交代という事で、俺は今ちょうど薊と一緒に大広場で大道芸を見ていた。あと、出店巡りの途中で出会った巡回騎士ロベルと、元騎士のアリエルとも行動を共にしていた。
その広場に、先程飛び込んできた早馬が、火急の知らせを運んできた。
“アグルセリアにあるセニアの駐在所が襲われた”
知らせを聞いた観客たちは、魔物の仕業と決めつけている。怒号が飛び交い、いつ出店街の魔物を襲うか分からない。しかし、確かに魔物の仕業である可能性は高い。
『…どうする?シュウさん…』
『…まだ待とう、まずは出方を伺う』
俺と薊は、大広場に居合わせた大神官ザフマンの出方を探ることにした。
…これも、奴の思惑通りなのだろうか?
「思慮深きセニアの民よ!早まってはなりません!」
ざわめく大広間に、ザフマンの朗々とした声が響く。
「事態の収拾は、王国騎士にお任せください。それに魔物の仕業とも、まだ決まったわけではありません。くれぐれも、思慮に欠けた行動は慎んで下さい。勇者を称えるこの祭りを貶めるような真似は、してはなりません」
大広間の民衆が静まり返る。改めて、セニアにおける神殿の権力を見た気がした。
『すみません、私は一旦抜けます。騎士団に戻らなくては…』
ロベルはそう言い残し、先程姿を消した。現役騎士の彼は、こういう時大変そうだ。
『…レイナお姉さま、ご無事でしょうか…?』
アリエルは先程からオロオロしている。メガネを頻りに触り、レイナの身を案じている。
薊は何かに気付いたようだ。
『…シュウさん、さっきまで大道芸の舞台袖に居た神官が2人、居なくなってる』
『え?そんなの居たか?』
『居たよ。大神官と一緒だった』
『…薊はよく見てるな、そういうの…』
恐らくそいつらも、大神官の手下だろう。アグルセリアの件も、ザフマンが1枚噛んでいるに違いない。
アグルセリアに伝わる遺物を、手に入れる為だと言っていたが…。
「ザフマン殿!ここに居られたか!」
大広場に、偉そうな髭の小男が現れた。騎士を数人引き連れている。
その男に気付いたザフマンが、速足で近づいて行った。
「オルドー元帥。詳細は判明しましたか…?」
現れた男はザフマンの知り合いらしい。…というか元帥?という呼び名ということは、騎士団の幹部なのだろうか?
オルドー元帥は苛立っているようだ。
「それがまだ分からんのだ!向こうの交信術具がやられているらしい。ここに飛び込んできた早馬の情報しか無いのだ!」
「では、アグルセリア自警団に交信しましょう」
「魔物を信用しろというのか!?この状況で!!?」
オルドーと呼ばれた男が激昂する。
「ちょうどアグルセリアの魔物の首長が、この聖星祭に来ている筈だ!そいつを締め上げれば、何か吐くだろう!!」
「しかし…まだ魔物の仕業と決まったわけでは…」
『…あの方は、オルドー元帥です…。セニアの王国騎士のうち、王都の騎士を取り仕切っておられる方です』
俺の隣で、アリエルが耳打ちしてくれた。髭の男はどうやら、セニアの偉い奴のようだ。
『この近くに居たのか?随分と都合のいい…』
『え?都合?』
『あ、いや、何でもない…』
何も知らないアリエルには隠しておこう。とにかく、このタイミングで王国騎士のトップがやって来たのも…。
その時、アリエルが遠くの何かを見つけた。
『向こうから誰か来られます。あれは…聖典神官長…?』
『…マジか…なんか偉そうだな…』
アリエルの視線の先からやってきたのは…幹部クラスと思わしき神官と、その取り巻き数人だった。現れたそいつらを見て、薊が訝しむ。
「あの偉そうな神官の取り巻き…さっきまで舞台袖に居た連中だよ、シュウさん」
「何だって…?」
ここは祭の中でも特に目立つ、セニアの大広場。
“偶然”近くを通りかかる、騎士団元帥に、大神殿幹部。
ザフマンがここを舞台に、一芝居かましているようにしか見えない…。
「ザフマン様!それにオルドー元帥も!アグルセリア自警団から通信がありましたぞ!!」
アリエル曰く神官幹部だというその男は、白髪をオールバックにした長身痩躯の男だった。歳は50を超えているように見え、そしてザフマンと近いデザインの法衣を纏っている。
オルドーが拒否反応を示す。
「聖典神官長殿!?魔物からの知らせか?そんな物、信用に値するとは…」
反対に、ザフマンは冷静に受け止める。
「ネーデリオス、続けて下さい」
ザフマンに促された聖典神官長ネーデリオスが、重苦しく口を開く。
「…この知らせは、魔物からではありません」
「何…?」
オルドーが眉を吊り上げる。
「この知らせは、アグルセリア駐在所の警備隊長レイナ・ヴェンシェンからのものです。どうやら魔境自警団の交信術具を借りたようです。それによると、駐在所は一部が爆破されたものの、大きい被害は無いそうです。犯人も、既にレイナが捕らえております」
ネーデリオスはそこで一呼吸置く。
「犯人は、セニアの神官でした。それもザフマン様直属の…」
驚いたオルドーが、民衆が、ザフマンに一斉に注目した。
大神官ザフマンは、顔色1つ変えていない。
『な、何だったんだ、今のは…』
『…わかんない』
大広場での大騒ぎは、一段落していた。
ザフマンやオルドー達の姿は、もう無い。俺はザフマンの後を尾行したかったが、あまりの人だかりですぐに見失ってしまったのだった。
『ええと、今の話からすると、レイナお姉さまは無事のようですね…。ザフマン様の部下が犯人とは、一体どういう事でしょうか…?』
アリエルは事態を呑み込めないでいる。俺も呑み込めていない。彼女に気付かれないように、薊と日本語で会話する。
「…俺達が以前、アグルセリアに手紙を送ったのが効いたんか?」
「まあ、大神官の予定では、今日「解放派」の魔物が暴れる予定だったみたいだけど、きっとゲルテさんが自警団を通して見張っていたんだと思う。それで打つ手が無くなって、自棄になって微妙な作戦を実行した、とか?」
俺も、とりあえず一安心と思っておくことにする。
「レイナにもこの話は行ってるはずだし、やっぱ手紙が効いたんだろう」
俺達が以前ゲルテに送った手紙の内容はこうだ。
“聖星祭の日に「解放派」がセニアの駐在所を襲うかもしれない”
“この話を、駐在所のレイナって奴にもしてくれ。俺の名前を出せば通じる筈だ”
ザフマンが何故、こんなお粗末な作戦を取ったのかは、俺には分からない。
傍目には自滅にしか見えない。
しかし、これは確かだ。
「とりあえず、大神殿の計画は潰せたみたいだな!」
「…だといいけどね」
『やあ、君がミレニィちゃんだよね。君の知り合いの子を届けに来たよ』
『ミレニィねーちゃん、ただいま…』
ミレニィは1人、出店街で店番をしていた。
ミレニィにとって懐かしくも鬱陶しい実家の使用人・エデルは既に去っていた。そしてエデルと話し込んでいる間に、ロジィが居なくなっていたのだった。コルトが彼女を探しに行き、ミレニィは1人で出店に残されてしまったのだ。
そして先程、行方不明になっていたロジィが帰って来た。
しかし、一緒に居たのは、ロジィを探しに行ったコルトでは無かった。
『え、クーロン…さん…?』
コルトにちょっと似た雰囲気の獣人が、笑顔をミレニィに向けている。
『やあ。初めましてではないけど、お話しするのは初めてだね。僕はクーロン、コルトの兄だよ。サウラナ長老ウェスダビ様のお付きで聖星祭に来たんだー』
迷子のロジィを連れてきたのは、コルトの兄・クーロンだった。
『コルトねーちゃんのお兄さんに拾ってもらったんだ!あのなミレニィねーちゃん、その、勝手に出てってゴメンナサイ…』
ロジィがミレニィに頭を下げる。
『…そうね、出てくなら一声かけて頂戴ね』
『はーい』
ロジィも反省はしてそうなので、ミレニィは今回の件を不問にすることにした。むしろミレニィは、ロジィが今まで聞き分けが良すぎたと思っているくらいだ。
クーロンはどこか残念そうだ。
『あーあ。折角コルトに会えると思ったんだけどなぁー』
『コルちゃんなら、さっきロジィちゃんを探しに行っちゃったわ。どうやら行き違いみたいね…どうしましょう?』
『しっかし、コルトが聖星祭に来るとはね。あの娘はもう二度とこの祭りには来ないと思ってたんだけどなー』
クーロンはどこか懐かしげだ。
『…昔、暴れたとは聞いたけれど…』
ミレニィは探るように聞いてみる。
クーロンがそれに乗っかった。楽しそうに昔話を始める。
『ん?ああ、子供の時の話だね。昔家族でこの出店街に来たんだけどね、コルトは迷子になっちゃったんだよ。それで迷子の間に、人間の子供に虐められて、我慢できずにやり返しちゃったみたい。幸い機転を利かせて郊外まで逃げたみたいだけど、あれ捕まってたら大変だったよ』
『…そうね』
セニアでは魔物は、人間より地位が低い。
子供同士の喧嘩だろうと、捕まればただでは済まない。
こういう場合、基本的に魔物が悪なのだ。
コルトに会えなかったのに、クーロンは不思議と上機嫌だ。
『折角だから、コルトの子供の頃の話でも聞かないかい?あの娘今でもかわいいけど、昔はもっとかわいかったんだー』
『コルトねーちゃんの、子供の頃?』
『…なんだか非常に興味をそそられるわ。聞かせて?』
クーロンは満面の笑みだ。笑顔がコルトに似ている。
『じゃあ、日付が変わるまで語らせてもらおうかなぁー…』
『え、えぇー…?』
聞くんじゃなかったと、ミレニィは少し後悔する。
『全く、魔物がなんでこんな所をうろついてんだぁ!?』
『魔物が大手を振るって歩けるたぁ、世も末だぜ…』
『いやいや、今日はそういうお祭りですよ?』
コルトは非常に困っていた。
いつの間にか出店から姿を消したロジィを探して、コルトは出店街を歩き回った。しかしロジィは見つからず、仕方なく出店街の隅の方、路地裏まで探しに入ったのだ。
『…じゃあ私はこれで』
『何だテメェ!?人間サマの視界を汚しておいて、詫びも無いのかよ!?』
『躾がなってねえな!魔物は謝り方も知らねぇのかぁ!?』
『…』
しかしその路地裏には、セニアの人間が屯していたのだ。
しかも運悪く、そいつらはガラの悪い男共だった。
コルトの尻尾を握って離さず、魔物であるコルトに難癖をつけている。
『テメェらのお仲間が、アグルセリアで暴動を起こしたらしいじゃねぇか!一体全体、どう責任取るつもりだコラ!?』
コルトの正面に居るリーダー格の酔っ払いが、コルトに向かって怒鳴る。
怒号が酒臭い。
『知りませんよそんなの』
『あ゛あ゛ッ!?口答えする気かテメェ!?』
『…』
このやり取りも、もはや数回目だ。
アグルセリアの騒動やその犯人の事を、既にコルトは耳にしていた。しかし先程その件を彼等に言って聞かせたのだが、この男たちは耳を貸さなかった。
…実力行使は避けたいな。
短気なコルトはだいぶ苛立っている。
しかし昔のように、衝動的に反撃するのはまずい。
流血沙汰になれば、きっとミレニィにも迷惑がかかる。
『なあ、この魔物のねーちゃんによぉ、人間への謝罪の仕方を教えてやろうぜ!?』
『えっ?』
男の一人が、コルトを羽交い絞めにしてきた。
別の男に、髪を鷲掴みにされる。
男たちは一様に、下卑た笑みを浮かべている。
…暴力も必要ですね。コルトは爪を立て、暴れる準備をする。
『ちょっとあなたたち、何してる!?』
薄暗い路地の入口に、若い女性が立っている。
コルトと男たちを睨みつける。
「オル エデテーヨル アスダ ファナッフ!」
男がセニア語で捲し立てる。コルトにはもう分からない。
『何でもいいけど、もう騎士に通報してある。逃げないと知らないよ』
女性が毅然と言い放つ。その言葉に、男達は動揺し始める。
男達がコルトを離した。
「…ポレウォデ ジャッグ!」
コルトに絡んでいた男達は、バラバラに走って逃げていった。
『貴女、大丈夫?』
『…お陰様で』
コルトはこっそりと爪を引っ込める。もう流血沙汰でもいいと思ったのだが、そもそもその必要が無くなってしまった。
コルトを助けたのは、肩までくらいの短い茶髪に利発そうな顔立ちの、中性的な女性だった。町娘のような服装はしているが、腰には帯剣している。よく見れば、歳もアザミくらいで結構若い。
『私はキキ・アイオスだ。神殿警備員で、祭の警邏をしてたんだよ』
『そうですか。私はコルトです。見ての通り魔物ですね』
キキと名乗った女性は、心配そうにコルトを気遣う。
『…あなた、本当に何もされなかったか…?服がこんな…』
『え?ああ、これですか』
さっき羽交い絞めされた時にか、服が多少乱れていた。それを何か勘違いされたようだ。
『大丈夫でしたよ。しかし本当に助かりました』
コルトも礼儀正しく頭を下げる。
『まあ、何事も無かったなら良かったよ』
『お陰であいつらをズタズタにせずに済みました』
『えっ?!』
『いやー、暴力はダメですね』
『ええっ??!』
暴れずに済んだ礼をしたのに、キキは若干引いている。
なんでだろう?
『…なんか知った顔が居るね』
『ああ…』
俺はアリエルと別れ、薊と一緒にミレニィの出店に戻って来た。
そろそろ出店の店番を交代する時間の筈で、きっとロジィは首を長くして待っているだろう、と思っていた。
しかし俺達を出迎えたのは、ミレニィ達だけでは無かった。
魔物の男と、茶髪の少女も一緒だった。
『やあ!ゴローくん久しぶり!』
『…あなたは、いつかの…』
店には、ミレニィとコルト、それにロジィが居た。ここまでは予想通り。
しかし、何故かクーロンも居る。おまけに、もう1人の女性は…。
『また会ったね、お兄さん。私はキキ・アイオスだ。もう巡回騎士じゃないけど…』
『…アリエルにも会ったし、全く今日はどういう日だ…?』
彼女は俺がこの異世界に来たとき、初めて出会た女騎士の1人だった。
俺と薊は、ミレニィ達と店番を交代した。
ミレニィはコルトと、出店巡りに出て行った。
ロジィは、何故か居たクーロンと一緒に出て行った。
『あなた、すっかりこの世界に馴染んだね…』
『ま、まあな…』
そしてミレニィの出店にはまだ、キキと名乗った女性が残っている。
『まさか魔境に逃げていたなんてね。もしかして魔物に助けられたか?いや、でも魔物は王都に入れないし、それは変だな…』
『そこはまぁ、ちょっと言えないな…』
キキは、俺がセニア王都から脱出した方法が気になるらしい。
…その「脱出手段」は、今俺と一緒に店番をしてるが。
『アリエルはともかく、レイナ姉様はアグルセリア駐在所に飛ばされてしまった。なかなか会えなくなってしまって寂しいんだ。その埋め合わせをしてよ』
『え、そう言われてもな…』
キキは眉を顰める。
『貴方が逃げたのが原因だよね?』
『ま、そりゃそうだが…ちなみに、埋め合わせって…』
『これ、半額で売ってよ』
キキが指差したのは、ミレニィの屋台のアクセサリーだった。彼女の悪戯っぽい表情を見る限り、俺をからかっているだけにも見える…。
『いや、俺にそんな権限無いし…。そもそも値切る値段じゃないだろこれ』
『えーいいだろ?』
『値切っちゃだめだよシュウさん』
キキの値切り攻撃を、薊が止めてくれた。助かった…。
キキの興味が、今度は薊に向く。まじまじと薊を眺めた後、俺に再び向き直る。
『貴方、魔境に逃げ込んだ挙句に、女まで作ったの?全く抜け目ないというか…』
『ち、違うよ!!!』
『うわっ!』
薊が激しく主張する。
俺とキキの間に勢いよく割り込んできたので、俺は倒れるところだった。
『ははは、羨ましいねー。若いって良いねー』
『うぅ…』
(あんたも十分若いだろーが…)
楽しそうなキキに煽られる薊が、顔を真っ赤にしている。
しかし、突然キキは何かを思い出したように掌を叩いた。
『あ、そうだ。1つ言おうと思って忘れてたことがあったよ。貴方にとって良いことかは分からないが…』
『な、何だよ?』
キキは突然、神妙な顔つきになる。
『大神官のザフマン様、アグルセリアの件で罷免される可能性が高いらしいよ。王政内ではほぼ決定らしくて、聖星祭後に公表されるって噂だ』
『…え?』
薊が素早く割り込む。
『大神官って、代々レイン家がやって来たって聞いたけど?』
『ああ、だから後任はまだ未定らしい。さて、どうなることやら…』
『ザフマンが、大神官の職を解かれる…?』
俺は何だか混乱してきた。
彼の狙いが、全く分からない。
それとも本当に、ただの自滅なのか…?
ロジィは夢を見ている。
ロジィは大男の私室に押しかけている。
彼とロジィの年齢は20近く離れているが、大男が精悍なので、傍目に兄妹に見えなくも無い。彼は迷惑そうな顔はするが、決してロジィを拒まない。
「なあヨーグ、建国祭ってどんな祭りなんだ?教えてくれよ」
「…ロジィは行ったこと無いのか?」
「第3魔研の住人はみんな亜人だから、秘密保全の為って事で外出自粛じゃん!それに建国祭が近づくと、父上は忙しくてあたしに構ってくれないんだよっ!」
「そうだったな」
ヨーグは、口数が少ないクソ真面目な奴だ。
必要最低限の言葉しか口にしない。
「建国祭はな、とにかく人が多くて、店が多くて、1年で1番騒がしいぞ」
「へぇー、面白そうだな!なあヨーグ、いつかあたしを建国祭に連れってってよ!」
「…いつかな」
「約束だぞ!」
ヨーグは日課の、剣の稽古をしている。相手は、異世界人のミネノブだ。
ヨーグはまだ、彼相手に全戦全敗らしい。
「なあヨーグ、剣って面白いか?」
汗だくで剣を振るううヨーグに尋ねてみる。
「…面白いとか、そういう物じゃないぞ」
「へー」
ヨーグの返事は素っ気無い。
ロジィには、剣術の何が面白いか分からない。
変わった髪形のミネノブが、厳しい視線をロジィに向ける。
「お嬢、剣の道はただ強ければいい訳では無いぞ、これは自己鍛錬なのだ。腕を磨くことで、己自身に向き合うのだ」
「…ミネノブの話は難しいぞ…」
あたしも剣をやれば、ヨーグの気持ちが分かるかな?
ロジィはヨーグの私室に押しかけた。
今日は術具を、台車でいくつも持ってきた。
「…なんだそれは」
「ふふん、ヨーグは学が無いから、あたしが術具について教えてやるぞ!」
「…そんな知識、俺には必要無い」
「駄目だぞヨーグ!今のご時世、騎士も魔法や術具を使わないと!」
「…俺はもう、騎士じゃないんだが…」
ヨーグは呆れ顔だ。
ロジィは持ってきた術具の中から、壺型の術具を取り出す。
「まずはこれにするか…これは“追憶の煙炉”っていう術具だ」
「うむ…」
「今からあたしがいろいろ教えるけど、もし忘れちゃってもこれを使えば一発で思い出せるぞ!ちなみに使い方はな…」
「…ぁぁあ?あれ?」
「ロジィちゃん、起きましたか?」
遊び疲れて眠っていたロジィが、やっと目を覚ました。
俺達が今居るのは、セニアからデリ・ハウラに通じる街道だ。聖星祭の出店を終えて、デリ・ハウラに向かう帰路についていたのだ。
空はもう薄暗いが、街道には俺達と同じく、出店街に出店していた魔物達がいる。皆一様に、魔境に向かって帰る道中なのだろう。
俺の背中側、セニア王都ではまだ、空を彩る魔法の花火が上がっている。魔法である故か、形も色彩も、俺の見たことのある「花火」とは程遠いものばかりだ。
『お…ロジィ、起きたな』
寝起きのロジィが瞼を擦る。
『…何かまだ眠いぞ…』
俺達の乗る浮動車は、今朝とだいぶ様相が違う。
まず、浮動車の荷台にあった品物が殆ど無い。ミレニィの出店の商品は、ほぼ完売だったのだ。そして空いた荷台には今、薊とミレニィ、ロジィが眠っていた。浮動車の操縦はコルトがやっていて、助手席に俺が乗っている。
寝起きのロジィが、だるそうに一言告げる。
『…夢を見た』
『へえ、もしかして祭の夢か?だいぶ楽しんでたみたいだったからなー』
『ミーちゃんもアザミも、かなりはしゃいでましたからね。その分疲れたんでしょうが』
寝言をブツブツ言っていたロジィは、やはり夢を見ていたらしい。
『ヨーグの夢だったよ…』
俺は一瞬固まる。一呼吸置き、ロジィに冷静に問う。
『…何か、思い出したのか…?』
『あれを思い出した』
『あれって何だよ』
『にーちゃんが大神殿で盗んだあの壺。あれの使い方を思い出した…』
俺は何だか緊張する。
コルトも、浮動車を操縦しながら、黙ってロジィの言葉を聞いている。
俺も、勝手に期待が高まっていく。
『…その壺で、何ができる?』
『過去の出来事を、映像にして再現できる』
ロジィはしっかり目が覚めたようだ。
はっきりと俺に告げた。
『あたしが封印された時の出来事が、そのまま見れると思う。それで、父上の残した本の開き方が分かるかもしれないよ』
ロジィはどうやら祭を通じて、過去の記憶を少し取り戻したようだ。
そして、彼女の父が遺した本の秘密に、ついに触れることが出来るかもしれない。
さらに、大神官の計画も邪魔でき、そのうえ失脚させることが出来たようだ。
『ゴローさん、なんだか嬉しそうですね』
コルトに指摘され、俺は自分の口元が緩んでいるのに気が付いた。
『え?ま、まあな…』
いろんな奴に会って、いろんなことがあった聖星祭。
なんだかこの祭り、俺にとって良いことしかなかったな…。
2021/12/30 誤記訂正などなど




