その20 凡人の俺と聖星祭(前)
屋台は良いね、ノスタルジックで
俺は今、薊と一緒にセニアの外れを歩いている。
…外れと言っても、俺達の周囲は出店だらけだ。
それに人種も様々らしく、セニア人には見えない人間が沢山居る。おまけに、たまに魔物の姿も見かける。既に季節は暑の月。昼間な上に人込みという事もあって、正直かなり暑い。その上周囲の出店は大半が食い物で、その熱気と香ばしい匂いが辺り一面を覆っている。
『アイヤゴナ国産の麦酒だよ!お兄さん、どうだい!?』
『魔境の名物、鬼芋揚げだよ!辛いよ!食べてって!!』
『今年の「祭印」になった、ニルックスの花の香水だよ。見てってねー』
出店の客引きも半端無い。
今日のセニアのこの区画は、出店の町だ。
魔物だって出入りができる「出店街」なのだ。
「あ、シュウさん!面白そうな食べ物の屋台があるよ!」
「お、おい、待てって…」
「早く早く!」
薊は珍しくはしゃいでいる。こんな彼女を見たのは初めてかもしれない…。
今日は、セニアにとって重大な日だ。
セニアの建国を祝う、「聖星祭」なのだ。
『…すごい数の人だな!あたしお祭りって初めてだから、驚いたぞ!』
『え?ロジィちゃん、ラグラジアにはお祭りって無かったんですか?』
『あったけど行ったこと無いんだ。お祭りの日は父上がとっても忙しそうでさ…』
『へー、そうなのね』
ミレニィはこの日、セニアの外れに出店を出していた。
今日は「聖星祭」。
毎年セニアの市街部の隅っこに、セニア人も外国人も魔物も関係なく出店を出せる区画が設けられるのだ。聖星祭の目玉の一つ、「出店街」だ。まあ、魔物に与えられるのは区画の隅の隅だが。
外国人が魔物を珍しがってやって来るため、ミレニィにとっては毎年いい稼ぎになるのだ。今日だって既に、用意した魔石の宝飾類はいい調子で捌けている。
『だけど、今年はいいお祭りになるわ。なんたって初めて、コルちゃんと一緒に来れたんですもの!』
ただ、ミレニィにとって最重要なのはこちらだった。
いつも同行を渋るコルトが、今年初めて聖星祭に同伴してくれたのだ。
コルトの怪我も既に良くなっていて、彼女も万全でこの祭りに来ている。
『あははは…。私、この祭りに来たのって子供の頃以来ですよ』
先程客引きに飽きたコルトが、出店の裏に座り込んでいる。
彼女は半分嫌そうな、半分懐かしそうな笑顔になる。
『え、コルトねーちゃんは祭が嫌いなのか…?』
『そういう訳では無いですが…』
『私知りたいわ。なんでコルちゃん、今年は聖星祭に付き合ってくれたの?』
『…今年は、ゴローさんやロジィちゃんも居ますし、ミーちゃん大変かなって思いまして。実は私、このお祭りに嫌な思い出がありまして…』
『…嫌な、思い出…?』
ミレニィが訝しむ。
しかし言葉とは裏腹に、コルトはなんだか楽しそうだ。
『子供の時に1回だけこのお祭りに来たんですが、その時私は迷子になっちゃいましてね。迷った先で人間の子供達に追い回されて、石投げられたり尻尾踏まれたり…』
『…クソガキ共に虐められたのね』
『ミレニィねーちゃん、顔怖いぞ…』
自分の事でもない上に過去の事なのに、ミレニィの顔が怒りに歪む。
ロジィが怯えて、コルトの脇まで逃げてくる。
『それで、そのクソガキ共は…』
コルトは急にいい笑顔になる。
『私も我慢の限界だったんで、ボコボコにしてやりました。ちょっとやりすぎたかなってくらいに。ああでも、流石に爪と牙は使いませんでしたよ?』
『ええー…』
『それで慌ててセニア郊外の森まで逃げて何とかなりましたが…。それ以来、このお祭りには抵抗が…』
『コルトねーちゃんも怖いじゃん…』
ロジィがミレニィの傍まで逃げてくる。
『まあまあ、今日は大丈夫でしょう。私達も、アザミとゴローさんが帰ってきたら店番を替わって、出店を回りましょうか』
俺達は今日、全員で聖星祭に来ている。
一番の目的はミレニィの出店だが、薊やロジィは祭自体をかなり楽しみにしているようだった。
セニア暦で言う半月ほど前に、俺達はアグルセリアの魔物・ゲルテに手紙を送った。理由は俺達が、大神殿の企みを偶然知ってしまったからだ。それは聖星祭の当日、魔境で魔物を操り反乱を起こさせ、魔物の長老に代償を支払わせるという、マッチポンプ的な物らしい。
ミレニィの店が別件で神殿に見張られていたため、俺達はこの半月をかなり大人しく過ごしていた。俺と薊は時折セニアへと出掛けていたが、それ以外は祭に向けたアクセサリー制作を、ミレニィを中心に総出で行っていた。
今日だって、何が起こるか分からない。
神殿の策を1つ潰せたとしても、第2第3の手を打っている可能性もある。
…しかし。
「薊、お前結構食うな…」
「…だって、魔境には甘いものが少なくて…。聖星祭は、外国とかの甘いお菓子が沢山食べれるんだよ?折角だしシュウさんも食べようよ」
「…いや、俺は甘いのは…」
薊は、さっきから出店の商品を買いまくっては食べている。
今日の「出店街」では、俺達は店番をローテーションすることになっている。そして今は俺と薊で、2人で祭を回っている。
実際…神殿がさらなる策を講じたとしても、正直俺達にはどうしようもない。だから結局、開き直って祭を楽しむことにしたのだった。
「おい薊、口回りに何かタレが付いてんぞ…」
「え?あ、ホントだ」
舐める薊。
「えぇー…舐めないで拭けよな…」
「もったいないじゃん」
「そ、そうか…?」
ここまで薊が大食いしているのを、俺は初めて見た。
確かに魔境では、アグルセリア特産の香辛料が多く出回っているため、辛い料理が非常に多い。薊みたいに甘味好きだと、菓子類が少なくて不満なのだろう…。
「シュウさんも一緒に食べよ」
「いや、いいって」
「いいから」
「わ、わかった…」
薊から鼈甲飴みたいな菓子を1つ貰い、口に入れる。
「どう!?」
「どうって、甘い」
「おいしい!?」
「どちらかというと俺、辛い方が…」
俺の正直な感想に、薊がしょげる。
「…折角のお祭りなのに」
「折角て…辛い食いモンの店もあっただろ」
「そんな店、あたしは用無いよ」
「そうかいな…」
しかし、今日の薊はいつもと違う。
普段より口数が多いし、だいぶ積極的だ。それに明るい。
この祭りが、それだけ楽しみだったのだろう。かく言う俺も、珍しい異世界の出店を楽しんではいるが、正直今日の薊を見ていたほうが楽しい。
ふと、薊が俺の背後に視線を向ける。
「誰か来るよ」
『おーい!!』
俺達の方へ、人間の若い男女がやってきた。男の方が俺達に声をかける。
『お久しぶりです!奇遇ですね!』
『ロベルさんこんにちは』
青い髪に童顔の青年。セニアの巡回騎士・ロベルだった。
『こんにちは!お2人とも聖星祭に来ていたんですね。もうすぐ近くの広場で外国の大道芸団が軽業を始るらしいので、ご一緒にどうですか?』
『へー、面白そうだな。じゃあ一緒に行ってみるか』
『…ねえロベルさん、こっちの女の人は誰?』
そして、今日のロベルは1人では無かった。
薊が指差すのは、ロベルと一緒に来た、メガネを掛けた若い女性だった。
薊よりは年上そうだが、俺よりは若そうだ。おっとりとした表情の割に姿勢がよく、ただの市民ではない雰囲気が感じられる。
あれ?
俺は、なんだか彼女に既視感を覚える。
『…私は神殿警備隊のアリエル・ポルフェランザと申します。宜しくお願い致しますね』
アリエルと名乗った彼女は急に、俺に顔を近づけてくる。
『…また、ご縁がありましたね…』
『…!』
俺だけに伝わるように、弱い念話を飛ばしてきた。
思い出した。
彼女は、俺がこの世界に初めて来たときに出会った、女巡回騎士の一人だ。
『お久しぶりです!お嬢様!お変わりありませんか!?』
『…良くここが分かったわね』
『そりゃあもう、朝から探し回ってましたから!またお会いできて嬉しいです!』
『…あっそ』
『もう、つれないですね!あ、この首飾り下さいな!』
『はいはい』
ミレニィの出店に、変わった客が来ていた。
ミレニィより少し年上の、人間の青年だった。線の細い男で、白い肌と長い黒髪が印象的だ。力仕事をやる人間には見えない。
コルトには見覚えの無い奴だが、どうやらミレニィの知り合いのようだった。珍しくミレニィがぞんざいな対応をしているのが、コルトにはなんだか可笑しかった。
コルトは、会計をするミレニィに聞いてみる。
『ミーちゃん、この方は?』
『「ミーちゃん」!?!!??』
『うわっ!』
男が突然、コルトに食って掛かって来た。
役者じみた大げさな身振りで、コルトの事を非難してくる。
『この方はぁ!!私がお仕えする偉大なる劇作家ラバウル・ヘイゼル様のご息女!私エデルが幼少の頃より見守って来た、ミレニィ・ヘイゼル様です!!それを気安く呼ぶなど…この私が許しませんよ!?』
『そうですか』
失礼な奴だ。
一発殴ろうかとコルトが悩んでる間に、ミレニィが割って入ってくる。
『エデル、ちょっと黙ってくれない?私は「魔物」のミレニィよ。家名を名乗るなんて、全く人間じゃあるまいし…』
『お嬢様は、立派な人間ですよ!』
『人間に翼があるもんですか』
『間違えました!お嬢様は天使です!』
『はぁ!?あ、あのねぇ…恥ずかしい台詞ならよそでやってよね』
『そんな!私はお嬢様を連れ戻すように、お父上であるラバウル様に命じられてきたのです!そう簡単に引き下がれません!』
『…お母様は、私が魔境に行くのを賛成してくれたのに?今更?』
『そ、それは確かにそうですが…』
どうやら、エデルと名乗ったこの人間は、ミレニィの生家の使用人のようだ。
コルトが聞いた話だと、確かミレニィの父親はセニア出身の劇作家で、母親はアグルセリア出身の魔物だ。今は隣国に亡命していて、どうやらそっちでまた劇団を運営しているらしい。
『そもそも!貴女はミレニィ様の何ですか!?』
再びエデルがコルトを睨みつける。
いちいち芝居がかった動きをするこの男は、使用人ではなく劇団員なのかもしれない、とコルトは予想する。結構見ていて面白いかもしれない。
『私はコルトといいます。ミーちゃんの親ゆ…』
『家族よ!!!』
『えー!!!?!?』
割り込んできたミレニィの発言に、エデルが大げさに飛び上がる。嘘くさい動きで頭を抱えてよろめく。そして、哀れっぽい呻きを上げながら地に膝をつく。
…他の通行人が、邪魔そうにエデルを避けていく。
『そ、そんな、嘘でしょう…?』
『嘘です』
『嘘!?よ、よかった…』
コルトの言葉に、エデルが膝をついて安心する。やっぱりこの男、見ていて実に面白い。しかし、ミレニィは不服そうだ。恨めしそうにコルトを横目で見てくる。
『…この間、家族みたいって言ってくれたのに…』
『みたいであって、事実じゃないでしょう』
『…』
ミレニィに拗ねられてしまった。しかしこのエデルという男のお陰で、今日はミレニィの知らない一面を見ることが出来た。
もうちょっと、そんなミレニィを見ていたいな。
『ねえエデルさん、折角だからミーちゃんの子供の頃の話を教えてくださいよ』
『ちょ、まってコルちゃん…昔の話は…』
『お嬢様の可愛さ自慢ですか!?それならいくらでもしてあげましょう!!』
『エデルも乗らないでってぇ…』
なんだか楽しい。
エデルが来て盛り上がる中で、コルトはロジィが居ないことに気付けなかった。
「…しまった、迷った」
ロジィは1人、出店街で迷子になっていた。
先程ミレニィの店に変わった客が来て、コルトを加えた3人で盛り上がっている隙に、ロジィはこっそり出店を抜け出していた。
皆には悪いと思っている。
でも、祭が楽しそうで、ワクワクを止められなかった。
いつもいい子にしているし、ちょっとくらいはいいかな?
そう思って1人で出てきた結果がこれである。
出店街は人通りが多く、軽いロジィはあっという間に人の波に呑まれてしまった。背の低いロジィではミレニィの店を探せず、かといって初めて来たようなこの町で、どこに行けばいいのかもわからない。
「…龍の力なら、皆を探せるけど…」
龍になって飛べば、上空から皆を探せる。
しかし、この方法は論外だ。
騒ぎを起こしてはまずいことくらいわかる。
ロジィは人通りの少ない路地に入って、小さく座り込んでいた。
出店街の雑踏の中、ロジィは薄い縞模様の尻尾を見つけた。
「コルトねーちゃん、探しに来てくれたんだ…!」
ロジィはぱっと顔を上げると、尻尾を追いかける。
長さ、模様、間違いない!
人込みを何とか進む。尻尾がだんだん近づく。
向こうは気付いて無いみたいだ。
ロジィは小さい体で人をかき分け、尻尾に掴みかかった。
「みつけたっ!!」
「うわっ!?何?何だい?」
「え?あっ」
ロジィはやらかした。
尻尾の主は、ロジィが全く知らない魔物だった。
コルトに似た毛並みだが、そいつは男だった。
「あ、ご、ゴメンなさい、人違いだったです…」
ロジィは尻尾を反射的に離し、とりあえず謝る。
しかし男は嫌な顔一つせず、ロジィに笑顔を向ける。
「あーびっくりした。君人間?魔物の知り合いでも居るのかい?」
魔物の男は、顔まで何となくコルトに似ている。
彼の優しそうな雰囲気と、人違いだった焦りで、ロジィは思わず聞いてしまった。
「こ、コルトっていう魔物、を、あたし探してて、その…」
「え?コルトかい?」
「おおっ!?おにーさん、コルトねーちゃんを知ってるのか!?」
奇跡的に、彼はコルトの知り合いのようだった。
ロジィが舞い上がる。
魔物の男も、満面の笑みを浮かべる。
「僕の名前はクーロン。宜しくね。コルトは僕の妹だよ」
「コルトねーちゃんの、にーちゃん…?」
「そうそう、そうだよ。コルトは多分ミレニィちゃんの店に居るだろうし、送ってあげようか。君、名前は?」
「あたしはロジィだ!助かったぞ、ねーちゃんのにーちゃん!」
ロジィは思わぬ形で、ミレニィの出店に帰ることが出来そうだった。
人間や動物達が、空を舞う。
俺はこの世界の大道芸を、正直舐めていた。
玉乗りとかジャグリング程度のレベルを想像していた。
しかし…。
『…シュウさん、これ凄いね…』
『…ああ、ヤバイな』
ロベルに誘われて見に来た外国の大道芸は、一味違った。
完全な屋外で行われているそれは、魔法を組み込んだものだった。
劇団員と調教された動物達は、広場中央の仮設っぽいステージ上に居る。どうやらステージ自体に何か魔法が掛けられているのか、ステージ上の彼らは重力を無視した動きをする。空中を平行移動したり、天地方向で火の輪潜りを始めたり、もうメチャクチャだった。
『確かあれは、風魔法や火魔法の応用だと耳にしたことがあります。劇団員は全員魔法が使えるらしいですし、それを上手に制御してるんでしょうね』
『へ、へぇー…』
大道芸の観客席で、俺の隣に座ったのは薊だったが、反対側はアリエルだった。さらにアリエルの隣はロベルで、子供っぽく大道芸ではしゃいでいる。
薊もあまり表情を変えないが、大道芸に見入っている。
俺はこの隙に、アリエルに探りを入れることにした。
『…以前あんたに会ったのって、どれぐらい前だったか…』
『だいたい1月程前でしょうか?あと、アリエルで構いませんよ?』
周りに聞かれないように、弱い念話でやり取りする。
アリエルは、顔はステージに向けたままだ。薄い笑みを浮かべている。
『じ、じゃあアリエル…。あんた、騎士を辞めたのか?それとも…』
『ご名答。巡回騎士は辞めたのではなくて、クビになりました』
やっぱりか。レイナ同様、異世界人を逃がした責任を被せられたらしい。
『…アグルセリアで、レイナに会ったよ。彼女も同じ事を言っていた』
『レイナお姉さまに、お会いになったんですね』
『…俺を恨んでいるか?』
大道芸が始まって初めて、アリエルが俺の方を向いた。
『え?まさか。私もレイナお姉さまもキキちゃんも、あなたを怨んではいませんから』
『…そうか』
ひとまずほっとする。
ん、あれ?
『…キキって誰だよ』
『貴方に初めて会った時に、馬車の御者をしていた娘が居ましたよね?茶髪で元気そうな子ですよ』
『ああ、あいつか…』
3人揃って左遷とは…。何だか申し訳無くなるな。
ちょっとしんみりした俺を、突然薊が揺さぶってくる。
『シュウさん凄い凄いよ!あの人空飛んだ一角馬に乗って、逆立ちしながら火を噴いてるよ!!』
『ええっ!?マジだ凄ェ!』
俺が目を離している間に、大道芸のレベルがさらに跳ね上がっていた。
大道芸の広場に、早馬が乱入してくる。
「ザフマン様!いらっしゃいますか!?一大事です!!」
乱入して来た男はどうやら騎士で、息を切らして馬から降りた。
突然の出来事に、広場全体が慌ただしくなる。
「何事ですか」
しかし突然、朗々とした声が響き、広場は急に静まり返る。
大道芸の観客席の最前列付近、男が1人立ち上がった。
大神官、ザフマン・レインだった。
(ザフマン…居たのかよ…)
彼が居たことに、俺は今まで気が付かなかった。
心の中で悪態を吐く。まずったか…?
奴に気付いていたらしい薊は、既に身構えている。
薊の薄い長袖服の下には「空飛ぶ手甲」もある。
逃げる可能性も頭の隅に置く。
「一大事とは、何事ですか?」
ザフマンは落ち着き払った様子で、騎士に促す。
汗だくの騎士が、苦しそうに叫ぶ。
「アグルセリアにある、セニアの駐在所が、何者かに襲撃されました!!」
周囲の民衆が爆発した。
「何だとっ!!?」
「魔物の仕業か!!」
「聖星祭の日に、そのような所業…!許せん!!」
ついに、セニア大神殿が動き出したか…。
2021/12/30 誤記訂正などなど




