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その2  凡人の俺と異世界の王国

ほのぼのです。

 俺は今、黄昏時の森の中に居る。


 ホントなら今頃、バイトを終えた俺は自分のアパートに居て、飯食って酒飲みながらゲームをしているはずだった。それが、いつの間にか知らない異世界に迷い込み、女騎士たちに拾われ、今度は謎の少女に拉致されて森の中だ。

 わからないことが多すぎて混乱する。

「…ちゃんと俺、家に帰れるんだろうか…」

 俺の独り言は、森の闇に消えていった。




 数分前。

「取ってくるものがあるから、少し待ってて。あと、あいつらに見つからないように」

 俺を拉致した少女はそれだけ言うと、再び仮面をつけて森の奥に消えた。置いて行かれた俺はというと、どうすることもできずに森の地べたに座っていた。

「あの子、信用してもいいのか…?」

 そこだ。今最も気になることだ。俺と同じ言葉を話す彼女は、俺に多くを説明しなかった。

 あいつらというのはもちろん、王国騎士・レイナ達の事だろう。最もこの状況、俺にとってどちらが頼れるかと言ったら、当然「あいつら」の方だ。

 森に消えたあの少女の言う通りなら、王国騎士団は突然現れる見ず知らずの異世界人を殺してまわっている、ということになる。しかし、レイナ達はそういう感じにも見えないし、そもそもそんな理由があるとは到底思えない。


 考え込む俺だったが、少女が消えたのと反対側から、明かりが3つ迫ってきた。声も聞こえる。どうやらレイナ達が追ってきたようだ。俺は少し迷って、それでも女騎士たちの方に向かっていった。

(「あの人たちについていくと、殺されるよ」)

 さっきの少女の言葉が、頭に焼き付いている。




『無事でよかったです…』

『本当に大丈夫ですか!?何かされませんでしたか!?』

 俺は女騎士たちと合流し、元の街道まで戻った。俺を乗せた馬車はレイナの指示で、急ぎ王都に向かっている。あの少女は追ってくるだろうか…?

『おそらく森の魔物でしょう…。あの一帯は、魔物が現れることもある場所なのです』

 レイナの説明によると、ここから遠くに、魔物が生息している場所があるのだという。普段は街道のあたりには現れないらしいが、まれに狩りなどでさっきの森に来ているそうだ。


『魔物は普段大人しいのですが、さっきのやつは見たことが無い種類ですね。最も、私たちも魔物の種類をすべて把握しているわけではありませんが』

(そりゃそうだろうな…)

 俺は心の中でぼんやりと考える。

 なにしろさっきの奴は…変な恰好をしただけの人間で、魔物じゃない。しかし俺は少女の言葉もあったので、彼女の事をレイナ達には伝えなかった。…ちなみにさっき貰ったテレパシーネックレスは強く願わなければ通じないらしく、隠し事は可能らしい。

『魔物なんているんですね…』

 俺は何気なくレイナに聞いた。レイナが少し困ったように笑う。

『ええ。我らが王国セニアの僻地は、一部が魔境と呼ばれていて、そこには魔物が昔から住んでいるんです。先程もお伝えした通り、普段は大人しいんですがね』




 馬車が町を進んでいく。田園地帯を過ぎると今度は家の並ぶ住宅地になった。ここまで襲撃には来ないだろうと、馬車は速度を落としている。馬車は町の大通りを進んでいるらしく、馬車から見える夜の町は活気がある。

 飯屋や酒場であろう明るい場所に人々が集まって、楽しそうに騒いでいた。そして、馬車が進む道の向こうに、巨大な城壁が見えている。

『セニアの王都は、今見えている城壁の中です。壁内は王城を中心とし、私たち王国騎士団の本部や、神官たちが祈りを捧げる大神殿、魔法の研究を行う王立魔法研究所、その他にも各種王政の関連機関が有ります』

 目的地であるセニア王都について、レイナが少し説明してくれる。

『今我々が居るのは壁外城下町の西区で、このような町が城壁をぐるっと囲んでいます。ここの反対側に当たる東区は海に面していて、港も有ります。あと郊外の様子は…先程ご覧になった通りですね。街道沿いに田園地帯と大小様々な町が点在していて、その町の多くに我ら巡回部隊の駐在基地があります』

 …レイナ達の態度は、終始穏やかだ。森に消えた少女の言葉が気にはなるが…今のこの状況から俺が殺されるような展開にはならない、と思う。


 説明を聞いているうちに、俺たちは城壁までたどり着いていた。御者の子が何やら手続きをしたようで、門番に促されて馬車は王都に入った。


『ここがセニア王都です』

『…凄い…』

 壁外以上に明るいその王都の中央に、俺がこの世界に来て最初に見えた城が見える。門の正面は街灯のようなものが林立する大通りで、道行く人が珍しそうに馬車を見ている。

 よく見ると…街灯は火ではない。魔法のようなものなのだろうか。

『大通りを行くと騒ぎになりますから、裏道を行きますね』

 レイナの指示で、馬車は大通りに向かわず、城壁に沿った裏道を進んでいった。




『『ようこそおいで下さいました、異世界より招かれし神の使者よ』』

 レイナ達と共に、俺は大神殿という巨大な建物へと入っていた。既に知らせが届いていたのか、神殿の神官らしい連中に一斉にお出迎えされた。

 外の町に比べると大神殿の中は少し暗く、神殿の入口正面には、彼らが祀っているだろう神の巨像が、仄かな明かりの中に浮かんでいた。薄暗い神殿はむしろ神聖というか、厳かな雰囲気になっている。

 神官の中から、代表と思われる奴が話しかけてきた。

『私はザフマン・レイン。セニア王国大神殿の長を務めます、大神官でございます』

『お、俺は、五月雨繍五郎…です…』

 雰囲気に押され、おどおどと自己紹介する。大神官と名乗った彼、ザフマンは、その肩書の割に若い。法衣に身を包み、銀の髪を肩で揃えている。柔和な笑顔は聖職者のそれで、いかにもっていう見た目だ。


『晩餐の準備が整っております。さあ、こちらへどうぞ』

 ザフマン率いる神官たちに案内されるが、

『では我らはこれにて失礼します』

『あれ、行っちゃうんですか?』

 レイナ達は帰る準備をしている。一緒に来ると思っていた俺は慌てる。

『我らは巡回の任務に戻ります。またご縁があれば、どこかで出会うでしょう』

『また会いましょう、異世界人さん!』

 残念なことに女騎士たちは帰り、今度は男ばかりの神官団に囲まれることになった。




『異世界人は、天がセニアにもたらす恵みなのです』

『はあ…そうなんですか…』

 神殿の迎賓室といった場所で、俺は晩餐会に招かれていた。といっても、相手は意外にもザフマンだけで、あとは給仕が居るだけだったが。

 見たことの無い食材やパンが出てくる料理は十分に豪華っぽいが、彼らの職業柄ゆえか、質素な見た目になるよう上手に工夫してある。酒類も出てこない。静かな一室には花が飾られているくらいで装飾は少ない。ただ1つ、壁に大きな1枚絵が飾られているだけだ。


 黄金の鎧を身に纏い、天に剣を掲げた勇壮な人物が、力強く描かれている。


『…すいません、この絵は何ですか?』

 さすがに絵が気になった。俺は好奇心で聞いてみる。

『ああ、これはセニア初代国王であらせられる、ヨーグ一世の肖像画でございます。勇敢で聡明な騎士だったとされる彼は、天に授かった力で幾度の困難や闘争を乗り越え、このセニアを建国したと伝えられています。伝説となった彼は、天がセニアにもたらした最初の奇跡として、現在では篤く信仰されています』

『へぇー…』

 どうやらこの絵は、セニア初代国王らしい。上手く神格化することで統治に役立てているのだろうかと、捻くれた俺は真っ先に思い浮かべた。

 そいつがどんなに凄かったかも聞いてみたかったが、それを聞いたら最後、事実と創作が織り交ざった「伝説」を夜通しで語られる気がしたのでやめた。


『明朝には、あなたに秘められた才を占う儀式を、王城の祭壇で執り行います。偉大なるセニア国王・ヨーグ九世も、その場においで下さります。あと、運が良ければですが、そこで他の異世界人と顔を合わせる機会があるかもしれません』

『お、本当ですか!?』

『あなたの他にも異世界からやってきて、我らが王国を支えている者がおります。彼ら異世界人たちの尽力のお陰で、領土的に本来小国であるセニアは大いに発展し、現在ではどの隣国にも劣らない国力を持っています』

 他の異世界人に会えるかもしれないのは、とてもうれしい。明日が非常に楽しみになってきた。

 そんな俺にザフマンは柔らかい笑顔を向ける。

『これでついに、私の悲願も達成されます。あなたにはとても感謝しています』




『こちらの部屋をご自由にお使いください。もし何か必要なものが有れば、すぐにご用意させて頂きます』

『あ、ありがとうございます』

 男2人での晩餐会のあと、俺は神官達に、大神殿の一室に案内された。この部屋は本来、夜の警備員の仮眠室らしい。

 まあ異世界人がそんなに頻繁に来ないのなら、専用の部屋っていうも逆におかしな話だが。目まぐるしい一日を終えた俺は、だいぶ疲れていた。

 部屋にはベッドが用意されていたので、俺はそれに倒れこむ。明朝、ザフマンの下で俺の才能を見出す儀式を行うらしいし、早く寝よう。


 ふと、晩餐会でザフマンが語った言葉が脳裏によみがえる。

(『これでついに、私の悲願も達成されます。あなたにはとても感謝しています』)

 最後のこれだけは俺には理解できなかったが、まあ良いことがあるんだろうと思っておく。そもそも今の俺は、今日得た情報を整理するので手一杯だ。変な考察なんてできない。

「あ、しまった…。帰る手掛かりの話を聞くの忘れてたわ…」

 重要な話を聞き忘れてしまった。まあ覚えていたところで、さっきの空気でそう言った話は出しにくかっただろうと開き直る。

 俺に期待する奴相手に「力になる気は無い」と面と向かって言うようなものだし。


 晩餐会で飲み物を飲み過ぎた俺は不意に尿意を催し、便所に行きたくなってきた。俺の案内された部屋には扉が一つあり、外で神官が二人待機している。そいつらに便所の場所を聞いてみることにする。

 扉をゆっくりと開ける。

『あのー、すみません…』


 部屋の出口の両脇に居た神官が、恐ろしく冷たい目で俺を見た。


『…どうかなさいましたか?異世界の使者よ』

 一瞬だけ見えたその目はすぐに柔和な笑顔に隠された。背筋が凍る。

『…いえ、やっぱりなんでもないです』

 そっと扉を閉め、俺は部屋に戻る。

 目が冴えてしまった。

 ついでに尿意も引っ込む。

 抑え込んでいた不安が膨らむ。

 客人にあの雰囲気はおかしいだろ。

 それに俺を置いてさっさと帰った女騎士。

 大神官の最後の言葉。

 森に消えた少女。


 本当に俺は、明日の朝までここに居ても大丈夫なのか…?


「グッ!」

「ウゥ…」

 迷っていると突然、部屋の入り口から呻き声がした。

 何事かと俺が外に飛び出すよりも早く、黒い影が気絶した神官を引き摺って部屋に入ってきた。

「どうして、待ってなかったんですか」

 仮面を被り、2本の角に、ボロボロの黒いローブ姿。

 夕暮の森に消えた少女が、再び俺の前に現れた。




「ここに残るか、あたしと来るか、今決めて」

 そう言うと少女は、気絶した神官の羽織を脱がせ始める。二人倒したので、服はちょうど二人分ある。

「…この人たちに何をしたんだ?」

「魔法で寝かせただけ。そのうち起きるよ」

 既に神官の羽織と帽子を身に着けた彼女は、持ってきた袋に自分の仮面と角付きローブを入れ、代わりに中からランタンのようなものを取り出す。

 いつでも出発できるという感じだ。選択の余地はない、とも取れる。

「ここに居ると、ほんとに殺されるのか…?」

 少女はまっすぐ俺を見る。黒いストレートの髪が肩より下まであり、歳は高校生位にも見える。

 顔立ちは整っているが、美人というよりかわいい系だ。

 そしてその黒い瞳には、強い意志を持っていた。

「この国では異世界人は魔王の生まれ変わり。その教えに従って、神官たちに殺される」






 俺は彼女についてくことに決め、神官の羽織と帽子を纏い、大神殿を抜けだした。夜の大神殿は拍子抜けするほど手薄で、見張りに出会うことも無く外まで出てしまった。

 俺たちは、とりあえず人の少ない王都の裏通りを進み、城壁の傍までたどり着く。

「どうして待ってなかったんですか」

 少女が、さっきはぐらかした質問をまたしてきた。最初は待たなかった上に、今こうして連れ立っている俺としては非常に気まずい。

「あの、いや、俺どっちを信用していいかわからなかったし、君なんも言わなかったし、俺置いて行かれたし…。ていうか、何を取りに行ってたんだよ」

 苦し紛れに話題を逸らす。作戦は成功し、少女は自身の手元に目線を落とす。

「これ」

 彼女は先程から不思議なランタンを持っている。本来光りそうな場所からは黒い靄が漏れ出し、俺たちの周囲を漂っている。


 薄暗い裏通りを歩く俺たちは、その靄のお陰で闇に紛れていた。


「これと同じ、術具ってやつか?」

 俺はレイナにもらったネックレスを見せる。

「私のこれは遺物。あなたのそれは術具。あと、それは捨てて行こう。たぶん何か細工されてて、持ってると追跡される。別のがあるから、それを使って」

「術具と遺物って、なんか違うのか、それ…」

「あたしも詳しくは知らないよ。あと、これは術具」

 レイナのネックレスを捨てた俺に、彼女は手甲のようなものを見せてきた。

 紫色の球体が埋め込まれた金属製のそれは、薄っすら光を帯びている。よくよく見ると、同じようなものを両手両足に装備している。

「これ持って」

「お、おう…」

 彼女は持っていたランタン?を俺に渡してきた。

 俺の手に渡っても、そいつからは相変わらず黒い靄が漏れ出している。それを見た彼女は少し驚いたような、満足したような顔になる。何なんだ。

「その手甲の能力は何だよ」

「身体能力の強化と、あと…あっち向いて」

 何故か後ろを向けと言われる。ますます訳が分からない。とりあえず言われた通りにする。

 突然彼女が、無言で俺の後ろからしがみ付いてきた。

 背中に何か柔らかいものが…って胸が当たってる!?

 しかし照れる間もなく、俺たちは地面から浮き上がる。

「空を飛ぶ」

「うぉっ!?」

 黒い靄に包まれた俺たちは、王都の暗闇の中、月のない夜空に向かって飛び立った。


2021/12/29 誤記訂正などなど

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