その17 凡人の俺と夜の大神殿
肝試しシーズン到来
俺は今、セニア王国の王都城壁付近に来ている。
以前俺がここに来てから、一体何日経ったんだろう?もう正確には思い出せない。
あの時はセニアの女騎士達に連れられて、何も知らないままに大神殿へ案内された。
薊が居なかったら、きっと俺は死んでただろうな。
しかし、今回は違う。俺は俺の意思で大神殿を目指す。
魔境で不穏な動きをする神官達、その根城に潜入調査だ。
『ふー、意外とあっさりここまで来れたな…』
『だってあたしたちは別に怪しくも何とも無いし、見た目は普通の人間だしね』
『この町はすごいな!こんなにいっぱい人が居る場所は、あたし初めてだ!』
俺達は今日、デリ・ハウラからセニアに入った。
身元の怪しい俺達(特にロジィ)が王都騎士の居る城壁を通過するのは危険だとミレニィに言われていたため、現在俺達はできるだけ城壁に近い宿に入っている。夜になったら薊の術具で城壁の上を越える予定だ。
ちなみに今はまだ昼間で、大勢の人が行き来をしているセニアの町は活気に溢れている。
今回のメンバーは、俺と薊とロジィだ。
俺達3人は、見た目だけならセニア人と大して変わらない。まあ多少は違うが、元々外国人を自称しているので、そこは問題無いだろう。
俺は相変わらず、オールバックに伊達眼鏡の変装姿だ。不測の事態はもう勘弁なので、今後はずっとこれでも良いかもしれない…。
『なあにーちゃん、あたしもっとこの町を見てみたいぞ!外に行こうよ!』
ロジィが目を輝かせ、俺の袖を引っ張る。
…記憶喪失のロジィは、こういう大きい町が物珍しいようだ。宿に入るまで浮動車で移動して来たが、その間ずっとはしゃいでいた。
ロジィが俺を宿の外に引っ張って行こうとする。この子はこんな見た目だが、俺よりずっと力があるから困る。
『待て待て待てって。今回ここに来たのは、観光じゃねーぞ?』
『えー、ケチ』
『ダメだよロジィ。ちゃんと先にやることやろう。終わったら、少し町を見ようか』
『はーい』
そんなロジィを、俺と薊で宥める。
今回は大神殿への潜入が目的であって、セニア観光に来た訳じゃない。聞き分けのいいロジィは、とりあえず分かってくれた。そして今度は、実に楽しそうにグッと拳を握る。
『じゃあ、とっととその大神殿って所に忍び込もう!』
『いや、行くのは夜になってからだぞ?』
今回の一件、言い出しっぺはミレニィだった。
俺達がデリ・ハウラの自警団本部に乗り込んだ昨夜、一通りの事情を聞いたミレニィがとんでもない事を言い出した。
『…ねえみんな、セニアの大神殿に忍び込む、なんてどうかしら?』
『…は?』
俺は最初、冗談だと思った。さすがに危険だし、それにまだ大神殿が黒と決まった訳では無いし…。
『いやいやミーちゃん、そこまでしなくてもいいんじゃないですか?確かに怪しいですけど…』
『ダメよっ!!』
コルトが宥めるが、ミレニィは止まらない。
『だってだって、セニアの薄汚い神官共が、私のコルちゃんに暗示の魔法を掛けたのよ!?こいつは許せないわ!むしろ私がその術をコルちゃんに掛けたいわ!』
『うわっ!?ミーちゃん、落ち着いて!』
『落ち着いてなんていられないわ!!』
ミレニィは完全に暴走している。コルトの制止も聞きゃしない。あと、どさくさに紛れて変なことを言っている…。
『それに、アグルセリアの時だってそうよ!神官が「解放派」の魔物連中と一緒に居るのをアーちゃんが見てて、そして「解放派」の連中が私のコルちゃんを傷つけた!つまり神殿は黒よ!』
『ミレニィ、わかったから…』
薊もコルトに協力し、なんとかミレニィは落ち着いた。
だが、俺は…。
『…俺は、ミレニィの意見に賛成だな』
実は俺も、大神殿に行くべきだと思っている。理由はいくつかある。
『えっ!?でもシュウさん、危険だよ…』
慎重な薊には、やっぱり反対されたか。でも彼女の協力無しには、大神殿への潜入は出来ないだろう。何とか説得せねば…。
俺は頭を回して、何とか薊を納得させる方便を考える。
『なあ、前に薊が俺を大神殿から連れ出してくれた時。あの時だって、大神殿の警備はザルだったんだろ?なら薊は、また入るのだって訳ないだろ』
『まあそうかもだけど…あの後警備が厳しくなってる可能性もあるよ?』
『う…その時はその時だ』
薊の懸念は正しい…が、それでも大神殿に行くべきだと思う理由が俺にはある。俺は少し考え、眉を顰めている薊に力説する。
『それに俺も、大神殿について2つ気になることがあるんだ。1つは、最近大神殿が遺物を買い集めているって事だ。セニアで遺物は「骨董品」扱いのはずなのに、それをわざわざ収集してるってのが何か怪しい…気がする』
俺は以前、デリ・ハウラの商人からそんな話を聞いていた。
『あー、そんな噂は商人仲間の間でも聞くわねー…』
やった、ミレニィも乗ってくれた。
しかし…薊がジト目で俺を見る。
『…大神殿にある遺物を盗む気なんだ』
『げ!?ま、まあ…そういうのもアリ、かな…?』
なんでバレた…?まあ、良さげなものをロジィに判別してもらい、いくつか拝借してもいいとは思っていたが…。
『で、でも理由はそれだけじゃ無いぞ。あともう1つ…、初めて俺が大神官のザフマンに会った時に、変なことを言われたんだ』
『なにそれ?』
『俺のお陰で、悲願が達成されるんだと』
俺が初めてザフマンと会った夜の、晩餐の席で聞いた言葉。
あの言葉が、何故かずっと頭に残っている…。
俺達は深夜、大神殿に忍び込んだ。
俺の「闇を生むランタン」と薊の「空飛ぶ手甲」を併用すれば、いろいろと無理が利く。大神殿は全ての入り口が閉ざされていたが、高所の窓のいくつかが開いていた。俺達はそこに飛んで近づき、内部に侵入したのだ。
俺はロジィと一緒に、神殿のどこかにあると思われる「遺物倉庫」を探す。
薊は別行動をとり、大神官や神殿幹部に探りを入れる。
タイムリミットは2時間にした。
『…なんだか楽しいな、にーちゃん』
『いいから急ぐぞ…』
俺とロジィは、「闇を生むランタン」で隠れながら進んでいる。
きっと遺物の保管場所は神殿の下の方にあるだろうと予測し、俺は侵入した場所から神殿1階まで降りてきている。人気のない夜の神殿は不気味だ。ごく稀に魔法の灯が壁にあるため、完全な暗闇では無いのだが…。
こんな夜中でも、住み込みの神官や夜の警備には注意が必要だ。
『すごい建物だな。ここを作るのに、金がすごい掛かったんだろーなー』
『それは、まあ、だろうな…』
深夜の暗い大神殿を、ロジィは実に楽しそうに進む。しかし、夜目の利かない俺には、どこに何があるか全く分からない。
『おいにーちゃん、あそこに何かでっかい像があるぞ!?』
闇の中に、ロジィの金の目が輝く。
龍の力を持つロジィの目は、暗闇でも問題無いようだ。俺はロジィを頼りながら暗闇を進む。ロジィが指差す先に、俺も僅かに光を感じる。
俺達は、大神殿の正門付近まで来ていた。
ここは、俺が以前来た場所だ。俺には見覚えがあった。
ロジィが言っていたのは、大神殿正門から大神殿に入った所にある、勇者の巨像の事だった。そしてこの場所は、俺が初めて、大神官ザフマンと出会った場所だった。
『…』
『お、おいロジィ…どうしたよ…?』
ロジィは勇者の巨像に近づくにつれて、言葉を発さなくなった。それに俺の呼びかけにも反応しない…。確かにこれは立派な像だが、今見入られても困る。
『げっ誰か来る…ロジィ、隠れるぞ…』
『…』
俺の持つ「レーダー円板」が、俺達の方に近づいてくる人影を感知していた。
まずい、もうすぐそこまで来てる!
それなのに、ロジィは巨像に見入ったままだ…。
「今、何か物音がしなかったか?」
誰かの声がした。俺は慌てて、ロジィを抱えて物陰に隠れる。
「気のせいだろ、行くぞ?」
「馬鹿野郎、こういう時は大抵誰か居るもんなんだよ」
「そ、そうか…?」
俺とロジィは、息を潜めて声の方を見る。巨像の向こうから、誰かが来る。
『あれ、にーちゃん、あいつら見回りみたいだ。2人居るぞ』
『…そうか』
どうやら、ここの夜回りの警備員のようだ。
幸い俺達の事にはまだ気付いてない様子だ。全く、こんな夜遅くまでご苦労様だな…。しかし、ロジィに遺物「念話指輪」を貰って良かったと思う。彼らの話すセニアの言葉が、俺には一方的に理解できる。
侵入者が居るとは気付かぬまま、警備員たちは談笑している。
「物音がしたって、金品は最上階の倉庫だぞ?そもそも神聖な大神殿には、恐れ多くて盗人も入らんだろう」
「だけど、遺物の貯蔵庫はすぐそこだぜ?」
「誰があんなガラクタを欲しがるかよ。あんなの、大神官様の道楽で集めただけの物だろ」
「まあな。全く、大神殿の予算を使ってガラクタ集めとは、ザフマン様の気が知れないぜ…」
警備員達は去って行った。
いいことを聞いた。
俺達は、すぐそこにあるという、遺物貯蔵庫を探し始める。
『にーちゃん、ここ鍵掛かってるぞ』
『…まあ、当り前だよな』
俺達は大神殿1階で、当たりっぽい倉庫を発見した。
…発見したのはいいが、当然のように鍵を掛けられている。
さて、どうやって入ろうか…。
『にーちゃん、ちょっと強引でもいいか?』
ロジィが拳を握る。
『ちょ、お前壊す気かよ…。ダメだろ、さすがにばれる』
俺達が迷っていると、「レーダー円板」にまた反応がある。
1人、凄い速さ、これは…。
『あれ、シュウさんどうしたの?』
『薊か…』
『あ、ねーちゃんも来たのか?』
薊だった。いくつか書物を持っている。彼女は一応用事が済んだようだ。
『薊、そっちはどうだった?』
『怪しい物は見つからなかったよ。で、さっき遺物貯蔵庫の鍵を見つけたから、そっちを探しに』
『ああ、ちょうどよかったぜ。たぶんここだ』
薊の持ってきた鍵を使ってみる。当たりだ。扉が開く。
きっとここには、たくさんの遺物があるはずだ。
俺は、どれか手頃なのを頂いてしまおうと思っている。そんな俺の魂胆を見抜いていた薊は渋い表情だ。
『シュウさん、これじゃドロボーだよ…』
『ほっとけ、これも魔境のためだ』
『ウソばっか…』
俺は、倉庫の扉を開ける。
その中には、沢山の遺物が貯蔵されていた。
しかしその遺物は、大半が、俺より大きい代物だった…。
俺達は遺物貯蔵庫を後にし、鍵を元の場所に戻しておいた。
今は、とりあえず外に出られる場所を探している。一階付近は窓が少なく、上の階まで登った方が良さそうだ。
『なあロジィ、本当にこれが良かったのか?』
俺達は遺物貯蔵庫から、壺を1つ盗んできた。これを選んだのはロジィだが、どうやらこれに見覚えがあるらしい。
『あたし、確かこれと同じ物を使ったことがあるんだ。使い方はまだ思い出せないけど、これは今のあたしらの役に立つよ、きっと、たぶん』
『ふーん…』
まあ、どれを盗んでも同じだし、ラグラジア人であるロジィの記憶を頼りにすることにした。どの道俺が使ってみないと、遺物の用途は分からないだろう。
ロジィは少し迷ったような様子で、何かを考えている。口を開き、
『あのな、あたし…』
『静かに』
薊がそれを鋭く止めた。
遠くから、足音が聞こえる。
『誰か来る』
「本当に、西倉庫の鍵が無くなったのですか?」
「嘘じゃありません!さっき見た時は、確かに…」
「しかし、私が今見たところ、鍵は戻っているようでしたが…」
「それは、その…」
数人の声が聞こえてきて、俺達は3人で物陰に潜む。「闇を生むランタン」は非常に便利だ。しかし、これじゃ本当に泥棒だな、遺物もしっかり盗んじまってるし…。
ロジィは何故か、このかくれんぼを楽しんでいる様子だ。全く、無邪気な子供は羨ましいぜ…。
声の主は、先程見かけた警備員だった。そして、もう2人…。
「まあ、一度中を確認するので、後はこちらで処理します」
神官も一緒だった。しかも片方は、俺の知った奴だ。
セニア王国大神官、ザフマン・レインだ。
「しかし、遺物泥棒ですか。変わった趣味の方ですね」
警備員を戻らせ、ザフマンはお供の神官と話を始めてしまった。物陰に隠れる俺達は、身動きが取れなくなってしまった。
…この状況は、まずいかもしれない。
「しかしザフマン様、遺物なんぞ集める価値は無いでしょうに。それを大神殿の予算を割いてまで買い込んで、王政にはきっと良く思われてないですよ?」
「構いません」
どうやら大神殿の遺物収集は、本当にザフマン個人の意向らしい。しかし側近や王政に睨まれながら、そんなガラクタを集めてどうしようというのだろうか?
ザフマンは、最初に出会った時のように、柔和な笑みを浮かべている。今も彼の印象は変わらない。まさに聖職者って見た目だ。でも、それが却って不気味だが…。
「遺物には、不安要素が多過ぎるのです。もし危険な物だったとしても、誰もが骨董品や不用品として扱います。そういった不安要素を制御するために、我ら大神殿が管理・保管するべきなのです」
「ですが、遺物をあれだけ集めるのに、一体どれほどの金を使ったか…」
「それは仕方ありません。我らが王国セニアの為にも、これは必要な事です。過去にも一部の遺物で、発見直後は起動可能だった物も存在しましたからね。今後そういった遺物で何かしらの被害が出ないとも限りませんし、やはり大神殿で管理せねばなりません」
ザフマンは、遺物を危険視しているのだろうか?
確かにこの世界の人々にすれば、遺物は用途不明のオーパーツだ。骨董品では済ませられないというザフマンの考えも、分からなくはない。
しかし、お供の神官はなお食い下がる。
「ですが、その為だけに、アグルセリアで一騒動起こされるつもりですか?」
…何?
ザフマンは、表情を変えない。
「ええ。アグルセリアの長老は、代々“何か”を伝承しています。僅かな情報によれば、恐らくそれは遺物でしょう。彼らがそこまで重要に扱う代物なら、危険である確率は高いと考えらえます」
何か、彼らの会話の内容がきな臭い感じになってきた。
「デリ・ハウラでの自警団を使った実験も、邪魔は入りましたが結果は良好でした。問題は無いでしょう」
「本当に、やるおつもりですか…」
「もちろんです。来たる聖星祭で、アグルセリアのタジェルゥ長老がセニアを訪れますので、その際に「解放派」の魔物に暴れてもらいます。セニアの役人が居るアグルセリア駐在所を占拠して頂く程度でいいでしょうね」
「…駐在員達が、被害を被りますよ?」
「私を信頼してくれている騎士レイナをアグルセリア駐在所に送ったのも、その為です。彼女なら、きっと私の期待に応える働きをしてくれるでしょう」
「…」
「そしてこの件をダシにして、タジェルゥ長老から頂きましょう。アグルセリアに伝わるという、謎の遺物を」
俺達は、その後静かに大神殿を抜け出し、宿へと戻った。
ロジィは夢を見ていた。
夢だけどわかる。これはあたしの、いつかの記憶だ。
父上と誰かが一緒に居る。あたしも一緒に居る。
あたし達は研究所にいる。研究所は町くらい大きくて、大勢の人が住んでる。
だけど、皆普通の「人間」じゃない。人間と動物を混ぜたような姿をしてる。
父上と「父上の友人」は、歳は離れているが仲が良い。
こうやってよく3人でお話をした。あたし達は、人間の姿をしている。
父上の友人は、強くて大きくて不愛想で、不器用で優しいにーちゃんだ。
大神殿の巨像は、父上の友人と同じ顔をしていた。
『ロジィ、起きたか?』
俺達は今、セニアを後にしてデリ・ハウラに向かっている。
早朝に宿を引き払い、昨日の事を一刻も早くミレニィ達と相談したかった。なので、なかなか起きなかったロジィを、眠ったまま連れてきたのだ。
「…ん、ん…。あれ、明るいな…」
『もう朝だよ』
薊は珍しく、朝から元気だ。それに、彼女の目は今までに無いくらい燃えている。恐らくこの感じは、怒りだろう…。
『大神殿が魔物を陥れるなんて、そんな事、あたしがさせないから』
『…俺も同感かな』
寝ぼけたロジィはそんなのお構いなしで、俺に夢の話をしてくる。
『あー、にーちゃん…。あたしな、変な夢を見たぞ…』
『変な夢…?どんな夢だ』
『父上と、父上の友人の夢だった』
『…それは、ロジィの記憶が戻ったって事か…!?』
『いや、ちょっとだけだけど』
残念。ロジィの記憶が戻れば、ラグラジア帝国に居たという異世界人の事も、彼らがどうやってこの世界に来たかも分かるはずなのにな…。
しかしロジィは、思わぬ事を口にした。
『昨日忍び込んだ大神殿に、父上の友人の像があった』
『…は?』
ロジィの父の友人、それが勇者…?
それは、貴重な情報だが、一体どういう…。
魔物として追われたロジィの父は、勇者に近い人物だったのか…?
そんなことを考えていると、前方から魔物の走り屋がやってきた。薊に向かって、軽やかに話しかけてくる。
『うっす!君ミレニィちゃんの所の店員さんだね?』
『そうですけど、どうしました?』
『これ、ミレニィちゃんからだよ!』
走り屋が、薊に紙切れを手渡す。薊が開き、俺とロジィが覗きこむ。
『お帰りアーちゃん。手紙見てくれた?』
『ただいまミレニィ。見たよ』
俺達はそのまま、ミレニィの店までまっすぐ帰ってきた。
『あ、ゴローさんお帰りなさい。…何ですかその箱』
『え?あ、ああ…頂き物だ』
俺は薊と、大きな木箱を抱えて店に入る。浮動車の荷台にはもう1つ小箱が乗っており、それを見たコルトがさっそく興味を示してきた。
小箱の中身は、大神殿で盗んだ「壺」だ。
『嘘くさいですね…』
本当に匂いを嗅いでいる…。
『いいから』
『じゃ、いろいろ話を整理しましょ』
ミレニィが、神妙な顔つきになった。
『昨日ね、この店に巡回騎士が来たわ』
昼間なのに、窓の日よけを全て閉め、ミレニィが話し出した。
俺と薊が持ってきた大きな木箱の中から、ロジィが顔を出している。いろいろあって、帰りの道中、彼女はこれに箱詰めになっていた。
『それが何か?』
薊が首を傾げる。俺も話が見えない。
『例の、自警団本部で神官が禁術を使ってた事件についてよ』
『ああ、あたしが神官をボコボコにした一昨日の…』
『そう、あれよ。アーちゃんとサミーさんがうちの店員だから、話を聞きたいって理由で来たまでは良かったんだけど…』
『だけど?』
『昨日の夜から、店が誰かに見張られてるの。たぶん神殿の回し者ね』
『マジか…』
昨日大神官の話を聞いてしまった俺達には、身に覚えがあった。
『あのな、昨日俺達、大神殿で偶然ザフマンの話を聞いたんだ。「解放派」の魔物を操って、魔境で何かしでかそうとしてる』
黙って聞いてたコルトが顔をしかめる。
薊は見るからに怒っている。俺だって、愉快な話じゃない。
仲間のコルトが、実際に傷付けられているのだ。
遺物は後回しだ。聖星祭までに、何とかして大神殿の陰謀を阻まなくては。
2021/12/30 誤記訂正などなど