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その16 凡人の俺、神殿の影

夏だからお祭りです

 俺達は今、夕暮のデリ・ハウラの大通りを進んでいる。




 今朝俺達は、火山の町・アグルセリアを発った。

 そして大体予想通りの時刻には、この町に帰ってこれた。町中に入ったので、操縦席のミレニィは俺達を乗せた浮動車の速度を落としている。どうやら疲れたらしく、薊とロジィは並んで眠っている。


 夕刻のデリ・ハウラには何故か大勢の人間が来ており、その中に時折、セニアの騎士らしき鎧姿の人影も見える。

『…何なんだ、この賑わいようは…』

 変装する道具も時間も無かったので、俺は一応イメチェンだけしている。ミレニィに手持ちの道具で弄り回された俺は、オールバックの髪に眼鏡姿のインテリ風だ。

『へー、今年は早いですね。いつもなら暑の月に入ってからなんですけど…』

『いや、だから何なんだよ…』

 説明になってないコルトの説明に、俺はツッコミを入れておく。

『ああ、サミーさんは知らないわよね』

 噛みあってない俺とコルトの間にミレニィが割り込み、補足してくれた。

『ええとね、セニア暦には7つの月があって、今は「雨の月」の月末なの。そんでもって、「雨の月」の次が「暑の月」になるわ』

『おう』

『暑の月30日に、セニアで最大のお祭りがあるのよ。魔物も参加できるから、その準備のためにセニアの王国騎士が魔境に来てるってわけ』

『ふーん、なるほどな。それで、何を祝う祭なんだ?』

 国を挙げての大規模な祭か。年が明けるとか、国王の誕生日とかか?


『暑の月30日は、セニアの建国の日。「聖星祭」は、それを祝う祭なの』











「まだ祭まで一か月あるってのに、結構な賑わいだな…」

「あたしも1回しか見たこと無いけど、聖星祭はすごいお祭りだったよ。それに、勇者はセニア以外の国でも人気があるから、外国人も大勢来るよ」

「そうか…」

「あと、あたしたちにとって1か月は30日だけど、セニアでは50日だよ」

 デリ・ハウラに帰ってきた翌日、俺は薊と一緒に町に出ていた。

 今日も町にはセニアの人間が大勢来ている。大勢居るセニアの騎士が怖いので、俺は昨日と同じイメチェンを継続している。まあ、俺も大丈夫とは思うが、思わぬトラブルが突然襲い掛かってくるのを先日体験したばかりだ。慎重に行こう。

 …それでも心配なので、俺は一応薊に聞く。

「でも「解放派」の連中が、デリ・ハウラまで追って来てるかも…?」

「その連中の噂は、アグルセリアでしか聞いたこと無いよ。それに今日から聖星祭までのデリ・ハウラは、セニアの騎士もいっぱい居るし大丈夫だと思う」

「そ、そうか…」


 俺達2人は、薊が浮動車を操縦しながら、2人でミレニィの「おつかい」をこなしている。ミレニィは装飾品のデザイナー的な副業も持っているようで、俺達はその取引相手の職人当てに「原案」を届けてきて、今は店に向かっている所だ。

 ちなみにコルトは、負傷の件を自警団に届け出る為に出かけている。

 ミレニィとロジィは店に居る。ミレニィがロジィに、現代の教育をしているはずだ。


「ミレニィは去年の聖星祭でも、魔石のアクセサリーを売ってた。でもミレニィは金属加工は出来ないから、職人さんに色々お願いして、仕上げだけミレニィがやるの」

 薊はなんだか楽しそうだ。どうやら、その祭が楽しみらしい。

「アグルセリアで集めてたクズ魔石は、その為でもあるのか…」

 そういえばアグルセリアで、ミレニィは自ら魔石加工を行っていた。本物の魔石を安く組み込めるので、買い手はいるのだろうが…。

「そういう物でも売れるんだな。毎年毎年、そんなに需要無いだろーに」

「聖星祭には必ず花とか鳥とかのシンボルがあって、大神殿の占いでそれが毎年変わるんだって。だから毎年、その年限定のアクセサリーになるから、若い人が買ってくれるって」

「へぇ…」

 大神殿も、商売上手だな…。

「ねえ、シュウさん。ちょっと休もうよ」

「お…そうだな、休憩するか」

 薊の提案で、俺達は町外れの喫茶店に入った。











「私の知る範囲で、この地の歴史を教えるわね」

「はーい」

 ミレニィは自分の店で、ロジィにいろいろ教える準備をしている。

 今は、コルトも薊も繍五郎も出掛けている。店にはミレニィとロジィの2人だけだ。ミレニィは、店の戸棚に置いてあった地図を引っ張り出してきて、ロジィの前で広げる。

「これが最新の世界地図…去年時点のだけどね。ええと、この大陸の東の端にある小さい半島、ここがセニア王国ね。半島の西海岸沿いにあるセニア王都から見て、だいぶ東端にアグナ火山があって、火山の西側一帯が魔境ね」

「…見覚え無いなぁ」

 ロジィは地図には反応無し。

 ミレニィは続ける。

「遥か昔、セニアの地はウェズランドっていう別の国だったそうよ。今から約700年前、ウェズランドで内乱が起きて、そのまま国が2つに割れたの。半島の大陸側がウェステリア、先端の南側はラグラジアという国にね」

「ふむふむ」

「ちなみにウェステリアは異民族系だったらしいから、ラグラジアとは言語が違ったって記録があるわ。そのウェステリア語がセニア語の元らしいの」

「へー、そうなんだ」

 ここまでのロジィの反応は、芳しく無かった…。


「…やっぱり覚えてないかー。まあ、仕方が無いわね」

 ロジィの反応は、ここまではミレニィの予想通りだった。

「それで、今から約400年前、ラグラジア帝都に突然“魔王”が出現したの。魔王の呪いでラグラジアは滅亡。魔王に流星を落とされたウェステリアも半壊。ラグラジアの生き残りだった勇者ヨーグ達が魔王を斃し、魔物を降伏させ、ウェステリアの生き残りたちと共にセニアを建国したの」

「…ラグラジアが滅びて、もうそんなに経つのか…」

 ロジィが悲しげな表情を見せる。

「そうよ。あと、セニアにはラグラジアって言葉自体、ほぼ残ってないわ。いい、人間相手に言っちゃ駄目よ?」

「はーい、わかったぞ。でもミレニィねーちゃんは詳しいな!」

 ロジィの尊敬の眼差しに、後ろ暗いことがあるミレニィが少し躊躇する。

「…こういう歴史は、本来魔物が語っていいことじゃ無いの。私は外国生まれだから詳しいけど、魔物のほとんどはこんな歴史知らないわ」




 ここまでミレニィの話を聞いたロジィが、首を傾げる。

「しかし勇者に魔王かー。そんな奴、居たかなあ…?」

「ロジィちゃんは覚えてないのね」

 ロジィは思いのほか賢い子だと、ミレニィは思っている。


 自分の「龍の力」を隠さなければいけないと理解しているし、父の死についても冷静に受け止められている。記憶はまだ戻らないが、彼女の事を誰も知らないこの時代で、生きていく覚悟もちゃんと持っているようだ。


 ミレニィはロジィの頭を撫でる。

「まあ、ロジィちゃんは幸い人間の見た目だしね。アーちゃんやサミーさんと同じように、外国人って事にしようかしら?」

「そうか、にーちゃんとアザミねーちゃんが異世界人ってのも秘密、だよな!」

「その通り。よくできました」

 ロジィは、さっき教えたこともバッチリ覚えている。

 これなら町に出しても、大丈夫かもしれない。

「でも、異世界人は、どうやってこの世界に来てたんだっけな…」

「うふふふ、サミーさんはそれを知りたがってるし、思い出したら教えてあげて?」

「うーん…」

 ロジィの記憶喪失に最もガッカリしていたのは、繍五郎だった。しかし、ミレニィから見た今の彼は、そこまで元の世界に帰りたがっているようにも見えなかった。


 それにロジィは、少しずつだが、記憶を取り戻しつつあるとミレニィは思う。

「…異世界人は、「星」を使ってやってくる。父上がそう言ってたのだけは、覚えてるのになぁ…」











「おい、コルト!何だそのケガは!?」

「あははは、ちょっといろいろありまして」


 コルトは、デリ・ハウラ自警団の本部を訪れていた。

 魔境に町は3つしか無いのに、サウラナとアグルセリアには直接行き来できる街道が無い。そのため魔物の自警団は、魔境の3つの町を繋ぐこの町に本部を構えている。

 コルトは薊達にここまで送ってもらい、杖を器用に使いながら建物に入ってきた。中に居た同僚たち数名の反応は、コルトにとっては大げさすぎた。

「まあ、ちょっと矢が刺さりましたが、私は生きてますよ」

「矢って…何処の誰にやられたんだよ!?」

「アグルセリアの若い運び屋連中です。何でしょうかね?まあたぶん、私が人間と一緒に居たからでしょうが…」

「…若い女がこんな傷なんて作っちゃあ、貰い手が無くなるぞ?」

「えー、そうですかね?」

 コルトはなんだか、自警団の皆の優しさが嬉しかった。

 でも心配させてしまって、少し申し訳なさもある。

「何なら俺が…」

 どさくさに紛れておかしなことを言ってる奴も居るが、それは無視しておく。


「あっ、隊長さん!」

 建物の奥の方から、自警団の小隊長が現れた。

 彼はコルトに近い毛並みの獣人で、顔に大きな古傷のある男前だ。腕っ節のめっぽう強い彼は、コルトの直の上司であるとともに、コルトが目標とする男だ。

「おお、コルトか…半人の商人の警護は済んだのか?というか何だその怪我」

「警護の方は完了しました。ただ、見ての通りの有様なので、治療のために休暇を下さい。すぐに治して復帰しますから」

 歩行にすら支障のあるこのケガでは、自警団の仕事は務まらない。しばらく体を治すのに専念せねばならない。なので、コルトはそのための休暇を貰いに来たのだ。

 小隊長はコルトの体を見て、ため息をついた。

「わかった。ただし、ゆっくり休んで万全の状態で復帰しろ。中途半端だと、仲間の足を引っ張るぞ」

「…まあ、そうですよね。わかりました」

「あと別件だが、今日セニアから神官が、この自警団本部に何人か来る。折角だ、お前も暇なら有難いお話を聞いていけ」

「えー…?面倒臭いですねー…」

 セニアの神官は仕事熱心だから、恐らく布教だろう。

 実際にデリ・ハウラにも、その手の神官はよく来るのだ。


 面倒な事に巻き込まれたと、コルトは内心思う。

 ここに来る時間を、もう少し遅らせれば良かったと、無駄な後悔をする。

 そんなコルトに、小隊長はさらに頼み込んでくる。

「そんなこと言うな。今日は待機してる団員の頭数が少なくて、わざわざ来てくれる神官殿に顔向けできんのだ」

「…はーい」

 結局コルトは、夕刻まで自警団本部に居る羽目になった。











『いやー、こんな所でお会いするなんて、奇遇ですね!』

『…あなたも、この町に来てたんだね』

 薊と俺は、休憩の為に立ち寄った喫茶店で、知った顔と出くわした。青い髪に可愛らしい顔立ちの少年巡回騎士、ロベル・ヴェントだった。彼の方が先に薊を見つけて、気軽な感じで話しかけてきた。

『…』

 俺は正直困っている。

 彼が以前会った時の俺は、確か変装した姿だったはずだ。だから薊の事は分かっても、俺の事は分かるまい。とりあえず初めて会った感じでいいな。

 そんなことを考えている俺に、ロベルが笑顔を向けてくる。


『お兄さんも、お久しぶりです。なんだか前とだいぶ印象が違いますね!』


『…マジかよ、良く俺だってわかったな』

『目元や雰囲気は同じですよ?』

 ロベルは、変装した以前の俺と今の俺を同一人物と認識できたらしい。さすがは王国騎士、洞察力がすごいな…。

 感心してる俺をよそに、お喋りなロベルは構わず続ける。

『私は、数日後には神官団と共にアグルセリアヘ向かいます。聖星祭では、魔境の長老方が王様に謁見する催しがあるので、騎士がその打ち合わせに行くんです。私は、今はこの近所の宿に滞在してますがね』

『へえ、忙しいな』

『まあその分盛大で、とても賑やかなお祭りになりますよ。特に、外国人や魔物が入り乱れて行う「出店街」なんて、そりゃあ凄いもんです。お2人も、ぜひ来てくださいね!…あっ時間がまずい!すいません失礼します!またお会いしましょう!』

『え!?あ、ああ…』

 嵐のような奴だった。

 何か予定があるらしい彼は、一気に捲し立てて去っていった。


 薊が、呆れた感じで彼を見送る。

「…慌ただしい人だったね。まあ前会った時もそうだったけど」

「まあ、そうだな」

 まあ俺達も、そろそろいい時間だ。店に帰ろう。











「シュウさん、一昨日は大変だったね」

 俺達は一通りのお使いを終えたので、ミレニィの店に向かっている。日は傾いてきているが、町はまだまだ活気がある。

「一昨日…?ああ、火山に登った日か」

「魔物に襲われるなんてね。…シュウさん、魔境が嫌いになっちゃった…?」

 薊が心配しているのは、そこらしい。

「いや、どこにだっていろんな奴が居るだろ。あれは運が悪かったと思っとくぜ」

「…そう」

 薊は安心したのか、そっと息を吐く。

「…シュウさんとコルトが火山でいなくなって、私もミレニィもすごい心配したよ。コルトは怪我しちゃったけど、それでも2人とも帰って来てくれて、よかった」

「…だけどさ、もし俺が強かったとしたら、恐らくああはならなかったぞ?」

「でもシュウさんは、戦えないけど、そこで最善の事をしたんでしょ?追われないところに逃げて、コルトの手当てをして…」

 まあ、言いようによってはそうかもしれないが…。

「手当てだって、俺はコルトの指示通りにやっただけだし…」

「シュウさん、薬草の勉強もしたんでしょ?それに遺物もたくさん集めて…」

「たまたまな」

「…そっか」

 薊は妙に、俺を気遣ってくる。そして、意を決したように口を開く。

「…実は私ね、密かな野望があるんだ。シュウさんにそれを、手伝って欲しいなーなんて…」

「野望とは、大きく出たな…。ちなみにどんな内容なんだ?」


「魔境を、人間の支配から解放したい」


 …予想の範囲内ではあったが、ちょっと驚いた。

 薊は基本的に、積極的なタイプには見えなかったが…。

「…解放?それはつまり、アグルセリアに居る「解放派」と同じ…?」

「いや、ちがう」

 薊の目は、強い意志を宿している。

「あんな暴力じゃだめだよ。でも、何かいい方法が無いかと思ってたんだ」

「いい方法?」

「…ロジィちゃんの断片的な記憶を聞く限り、魔物は元々ラグラジア人なんだよね?つまり勇者の同胞ってことで、同じ魔王の被害者だよ」

「いや、そうかどうかはまだ分からんぞ?」

 俺のツッコミは、薊に無視された。

「私を受け入れてくれた魔境の魔物達に、恩返しがしたいの。それも飛びっきりの形でね。セニアが魔境に課している制約はいろいろあるから、それを無くしたいって思う。シュウさんの遺物集めでいろんなことが分かったから、これを続ければ何か良い方法か見つかるかなって…」

「…まあ、それには俺も賛成かな」

「えっ?」


 魔境にもいろんな奴が居る。一昨日それを思い知った。

 しかし、突然異世界に召喚された俺が今まで生き延びているのも、魔物のお陰だ。

 薊にはもちろん、コルトにもミレニィにもとても感謝している。

 俺もできるなら、何か恩返しをしないとな。











『ただいま…あれ、どうしたのコルト?』

『…アザミ…?それにゴローさん、お帰りなさーい…』

 店に戻った俺達を出迎えてくれたのは、覇気の無いコルトだった。

『…めっちゃ眠そうだな、お前…』

 俺と薊が店に帰った時には、もうみんな店に揃っていた。

 怪我の事もあったので、ミレニィの提案でコルトはこの店に居候している。ただ、自警団から帰ってきたというコルトは、何だか妙に眠そうに見える。

『コルトねーちゃん大丈夫か?ちゃんとしたとこで寝た方がいーぞ?』

『んー…』

 ロジィもコルトを心配している。

 ミレニィは薬草を調合して、何か薬を作っている。

『コルちゃん、やっぱり無理して出かけるべきじゃ無かったかしら…。帰って来てからずっとこんな感じなの』

 俺は、嫌な予感がした。

『ま、まさか、俺の手当てが悪かったとか…』

『いえ、私さっきコルちゃんの包帯を巻き直したけど、サミーさんの処置は上等だったわよ?』

『…そうか』

 とにかく休ませるしかないか?今朝はそんなに辛そうとかじゃ無かったが…。

 心配し過ぎなミレニィは、いつに無く深刻な面持ちだ。

 そんなミレニィを見た薊も、思いつめた表情になってしまった。


『ばあっ!驚けっ!!』

「うわぁっ!!!」


 突然、気持ち悪い化け物が俺に飛び掛かってきた。俺は思わず尻もちをつく。

『驚いたか!?』

『ロ、ロジィ、お前な…』

 化け物の正体は、俺の遺物「気持ち悪いお面」を被ったロジィだった。どうやら今の暗い空気に耐えられなかったようだ。しょぼんとして仮面を外す。

『…だって、みんな辛気臭いぞ…。コルトねーちゃんも休めば元気になるだろ…。暗いのは何だか嫌だよ…』

『…そうだね。ごめんねロジィ、気を使わせちゃったね』

 薊がロジィを優しく撫でる。

 俺も、わざと明るく振る舞う。

『まあ何だ、こういうのはやっぱり気の持ちようだろう。俺達がこんなじゃ、本当にコルトも悪くなるかもしれないな』

 俺と薊のフォローが効いたか、ロジィはぱっと明るい表情に戻る。

『やっぱそーだろ!?こーいう時はみんなで明るくさー…』

『わかったわかった。だから、そのお面返せ』

『え?あ、はーい』

 俺は、興奮気味のロジィから仮面を取り返す。


 偶然俺は、手に持った仮面の「目」の部分を通して、あり得ない物を見た。











『悪いなロベル、急に呼び出して…』

『大丈夫ですよ。ですけど、要件は何なんですか?』

『あたしたちも確信が無い。とにかくついてきて』

『は、はぁ…』

 俺達は夜のデリ・ハウラを、浮動車で進む。道中で、今日の仕事を終えたという巡回騎士ロベルを探し出し、無理矢理連れ出していた。

 目指すは、デリ・ハウラの自警団本部だ。


 数分前。

『な、なんだこれ…変なものが見える…』

『…あたしには、シュウさんが変なものに見えるよ』

 薊に何か言われながら、俺は「気持ち悪いお面」を装備していた。やっと、この遺物の能力が分かりそうだ…。

『あのな、この面を被ったら、何かうねうねしたものが見えるんだ。それがコルトに絡み付いてる』

『…え?』

 仮面越しの俺の視界、眠そうなコルトの周囲に、黒っぽいうねうねした靄が見えている。

『な、何?サミーさん、何だか分かる!?』

『ちょっと待て、俺にはわかんねーよ!』

 ミレニィが俺に聞いてくるが、当然俺に、このうねうねの正体なんか分からない。

『離れて。調べるから』

 薊が身構えたので、俺達はコルトから離れる。そして薊が呪文を唱える。

「ユレイナ・リィエン」


 遺物「気持ち悪い仮面」の能力は、どうやら魔法を可視化することのようだ。

 薊が魔法で調べた結果、コルトには軽い「洗脳魔法」が掛けられていた。薊がそれを解除すると、コルトは普段通りに戻ったのだ。

 コルトの様子がおかしかったのは今日からだ。

 そして今日コルトは、自警団本部にしか出掛けていない。

 きっとそこで、何かがあったはずだ。

『魔物の自警団本部…?確か今日は、そこに神官団が布教に行ったらしいですけど…。多分この時間なら、まだ居る筈ですよ?』

『マジかよ…!』

 ロベルがぽつりと漏らした情報は、俺の嫌な予感を強めるものだった。まだ分からないが、もしかしたら…。

 薊は、傍目に見ても、怒り心頭の様子だ…。

『…私の大事な人たちに、危害を加える奴は、許さない…』






『…お前なぁ、少しは加減しろよ』

『加減なんてしないよ』

『…』


 俺達は先程、「闇を生むランタン」で隠れながら、自警団本部に入り込んだ。

 そして、ある大きめの部屋で、数人の神官たちが20人ほどの魔物を相手に説法をしているのを発見した。

 神官の数人は、明らかに魔法を唱えていた。

 自警団員の魔物達は、皆虚ろな表情で神官の説法を聞いていた。

『そんな…!?あれは「暗示魔法」です…!セニアでは使用が禁止されているのに…』

 様子を盗み見ていたロベルは、ショックを受けていた。でも、相手に非があることが分かったからか、薊はもう殴り込みの用意をしている。「空飛ぶ手甲」を起動した。

 薊のただならぬ様子に、ロベルが慌てる。

『ま、待ってください…!まず、私が平和的に行きます。もし彼らが襲ってきたら、その時は援護をお願いします』

『わかった』


 そして今に至る。

 案の定、巡回騎士1人と侮った神官たちがロベルに襲い掛かってきたのだ。

 そして、ロベルの後ろから飛び出した薊が、瞬く間に神官を全滅させてしまった。

 神官達は、仲良く床で伸びている…。

 「暗示魔法」を受けた自警団員達は、皆まだボーっとしている。

『あ、あなたは一体何者ですか…?』

 薊の無双を見せつけられたロベルが、ドン引きしている。まあ無理も無いか…。俺は構わず、大事なことを確認する。

『それでロベル…こいつらの「暗示魔法」の中身は分かったか?』

『あ、ええ、分かりましたよ』

 ロベルが、神官達の魔法を解析してくれていた。どうやらちょうど終わったようで、中身を確認してくれていた。重い感じで口を開く。

『…どうやら、人間を憎むようにする暗示、のようですね…』

『人間を、憎む…?』

 揃ってしまった。

『…ねえシュウさん、この間のもさ…』

『…わかってる』

 嫌なことに、俺の中でいくつかの点が結びついている。薊も同じようだ。


 俺達はアグルセリアでも、「解放派」の魔物が、神官と一緒に居るのを見た。

 アグナ火山で俺達を襲ったのも恐らく、「解放派」の魔物だ。

 そして今、神官が「そういう」暗示を掛ける現場に出くわしてしまった。


「あたし、大神殿が怪しい気がする。魔境で何かを企んでるのかも…」

「そう、かもな…」




 俺は再び、あの、セニア大神殿に行く必要があるのかもしれない…。

2021/12/30 誤記訂正などなど

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