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その15 凡人の俺と龍の記憶

ドラゴンはいいね、ファンタジーで

 俺は今、雨の降る火山を歩いている。

 俺たちが湖底洞窟を後にした時には、外では雨が降っていた。俺の「膜を張る腕輪」では雨が防げないが、今は仕方がないか。

 俺は「レーダー円板」で周囲を探りながら、慎重に進む。火山の登山道はもともと道が悪く、さらに雨で最悪なことになっている。

 …先程俺達を襲ってきた連中らしき反応は、今は無い。


『しかし、助かったぜ…』

 俺は今、コルトと、ロジィと名乗った少女と一緒に歩いている。

『どうだ、あたしの力はすごいだろ!?』

『…ええ、驚きですね』

 正確には、傷ついたコルトを背負ったロジィと歩いている。

 小柄な少女は、見た目によらずかなり逞しかった。俺は周囲に意識を配りながら、ロジィに尋ねる。

『すごい腕力だな…。それも、龍の力なのか…?』

『確かそーだった、と思う、多分…』

 湖底洞窟で出会ったとき、確かにロジィは「龍」だった。

 俺の倍は背丈があり、鋭い牙と爪を備え、深紅の鱗を纏っていた。しかし、今はその面影が殆どない。ただの人間の少女、という見た目だ。

 彼女の金色の目だけが、「龍」の姿の時との、唯一の共通点だった。

『とにかく、このまま何もなければ、まっすぐアグルセリアまで戻れるぞ…って、何か来る』

 「レーダー円板」に何かが反応したが、俺は身構えなかった。

 映ったその影は、1人で、あり得ない速度で進んでいた。

 そいつは俺たちに気が付くと、すごい勢いで接近してきた。


「シュウさんっ!!」


「…やっぱ薊か、よかったぜ」

 予想よりもずっと早く、薊と合流できた。

 やっとこれで、安心できそうだぜ…。






「コルト…!」

 宿に戻った俺達は、ミレニィに出迎えられた。彼女は、今まで見たことも無いような青い顔をしていて、ロジィに背負われたコルトに走り寄る。

『…あはは、ミーちゃん、ただいまー』

『ただいま!?ただいまじゃないわよ!何この傷!?』

 コルトの包帯を見て、涙目になる。

『ちょっと変な連中に襲われまして…』

『…私たちを襲った連中ね…やっぱりトドメを刺すべきだったわ…』

 …なんか物騒なことを言っている。しかし、そう言っているって事は…?

『薊達も襲われたのか…?』

『うん。あたしがボコボコにして、自警団に突き出しといた』

 心配するだけ無駄だったか。薊は強いな…。

『…薊はすげぇよ。ていうか、魔物相手でも容赦無しなんだな…』

『あたしたちを襲ってきたんだし、当然だよ』

 俺も、足手纏いじゃ無かったらなあ…。


 そんな俺を尻目に、薊が、「見知らぬ顔」に目を向ける。

『それで…この子、誰?』

 コルトを背負ったロジィが、どうしていいか分からずおろおろしている。






 とりあえず宿の部屋に戻ってコルトを寝かせ、俺達は一息ついた。

 火山への出発前には、ミレニィが宿の部屋に魔石加工の道具を出しっぱなしにしていたはずだが、今は全て片付けられている。

 皆が揃ったところで、真剣な眼差しのミレニィが切り出す。

『皆ごめんね。急だけど、明日デリ・ハウラに帰ろうと思うの』

『ホントに急だね…』

 薊は、そんなに驚いてはいない様子だ。

『頭のおかしい「解放派」の連中が、報復に来ても嫌なのよね。正直言うと今すぐ出たいくらいだけれど、生憎の雨で、コルちゃんが辛いといけないし。一応、この宿の周囲は自警団に見張ってもらってるけど…』

 ミレニィは、火山で俺達を襲ってきた魔物の事を警戒しているようだ。奴らの仲間も居るだろうし、この町を離れるのが賢明か。

『…わかった』

『ごめんね、みんな』

 ミレニィは俺達を見回し、

『…ところで…この子誰なの?』

 ロジィに目を止めた。彼女はというと…状況が呑み込めずに困っている様子だ。ミレニィはお構いなしに話しかける。

『ねえ、あなた…』


「アデル フェリィ … ミレニィ?」


『え、どうしたよ…』

 あれ?ロジィはさっきまで「念話指輪」を使っていたはずだ。なんで急に…?

 困惑する俺と薊をよそに、ミレニィは念話をやめて、ロジィと普通に会話している。2人の会話は薊にも聞き取れていないようなので、恐らくセニア語ではなく魔物語なのだろう…。

 会話が途切れ、納得した様子のミレニィが、俺の方を向く。

『この子の「念話術具」が急に使えなくなったんだって。これも一応遺物みたいだし、サミーさんの首飾りと交換しましょう。でも驚いたわ。この子、人間なのに魔物の言葉が喋れるのね』

『あのー、そのな…』

 どこから説明すればいいのやら…。






『いやー助かったぞにーちゃん。この町に入る頃に、突然この指輪が使えなくなっちゃってさー』

『いや、俺には使えてるぞ?』

『シュウさんは、遺物なら何でも扱えるからね』

『ちょっと待て、何かおかしくね?』

 俺とロジィの念話術具をチェンジした結果、とりあえず会話が可能になった。ロジィが使えないと言った遺物「念話指輪」は、何故か俺には普通に使えている。


 俺は簡単に、彼女の事を皆に話した。

 火山にある「毒の湖」の中で眠っていたこと。

 見つけた時は龍の姿だったこと。

 彼女はコルトを「人間」と認識したこと。

 彼女と一緒に、この「念話指輪」と本が一冊あったこと。


『…龍ねぇ…にわかには信じがたいわ…』

『何なら今、その姿を見せよーか?』

 変身しようとするロジィを、俺は慌てて止める。

『おい、この狭い部屋でやるな…』

『?ふーん、じゃあやめるよ』

 ミレニィは額に手を当てながら、頭の中で情報を整理しているようだ。

 薊はロジィを観察しながら、気になったことを質問する。

『…あなたがお父さんに置き去りにされたのはわかった。でも、その理由は思い出せない?』

 ロジィは俯く。

『…うん』

『あなたのお父さんは、どんな…人だった?』

『あたしと同じで、龍に変身できた…。それしか思い出せない…』

『そう…』

 頭を押さえていたミレニィが、急に立ち上がる。

 彼女は、湖底洞窟にロジィと一緒に置かれていた本を指差す。

『それって、その本を見ればわかるんじゃないの?』

『あー、それか…』

 それは俺も、最初に思った。

 俺もロジィも、中を見ようといじったんだが…。

『それな、俺もロジィも開けなかったんだ…』

『なにか「鍵」がかかってる。きっと父上がかけたんだ』


 ロジィと共に湖底に会ったこの本は、何故か開く気配すら無かったのだ。


 それを聞いた薊は、残念そうに頭を振る。

『仕方ないね。この子がいろいろ思い出せば、開き方も思い出すかも』

 ミレニィは大きく息を吐き、手を叩く。

『まあ、ロジィちゃんも行くあては無いみたいだし、私たちと一緒に来るといいわ。さ、明日は朝早いから、今夜はとっとと休みましょう』






 俺達は翌朝、日の出前にアグルセリアを出発した。朝靄の中、俺達を乗せた浮動車が、人気のない街道を急ぎ気味に進んでいく。

『あーあ、今回の行商は最悪だったわ。私のコルちゃんがこんな目に…』

『でもミーちゃん、とりあえず最低限の仕事はできましたし、良しとしましょうよ』

『…肩と腿に包帯って事は、サミーさん…コルちゃんの服を全部脱がせたのね………うらや…じゃない、なんてことを…!』

『私がお願いしたんですよ?緊急時でしたし、別にいいでしょう』

 操縦席のミレニィは、昨晩からずっと不機嫌だ。怒りの矛先が俺に向きそうで怖いぜ…。

 コルトが隣で彼女を宥めてくれている。

 ちなみに俺と薊とロジィは、荷台に3人で座っている。

『…父上が、死んだなんて…』

 ロジィは、涙目になっている。


 俺は彼女に、勇者と魔物について話した。内容自体はミレニィの受け売りだが。

 伝わる伝承が確かなら、かつて「龍」は皆、勇者にその命を差し出したらしい。

 それならば、龍の力を持っていたという、彼女の父も…。


『…あなたのお父さんが、あなたを置き去りにしたのは、あなたを道連れにしたくなかったからかもね。あの場所なら、そう簡単には見つからないし』

 薊が、ロジィの頭を撫でながら慰める。

『ううう…そうかなぁ…そうかもなぁ…』

 状況的にも伝承的にも、俺は薊の予想が正しい気がした。




 そして俺は、一番聞きたかったことを聞いてみることにした。

『あとこれ…。これは、とある遺跡で見つけたものだ。恐らくロジィ生きてた時代の物だが…どうだ、何か見覚えは無いか…?』

 俺は、以前サウラナ近辺の遺跡で見つけた紙片を取り出した。

 それらは恐らく本の表紙で、ラグラジアの文字が書かれていると思われるものだった。

 魔物のミレニィにはこれが読めたが、はたしてロジィにも読めるだろうか…?

『なんだこれ…。「帝…第3魔…研…」「…と時空連結…法の…」「陸…生物…鑑…8巻」…?』

『やっぱ読めるのか、それ…』

『読めるぞ。あたしの知ってる字だ』

『…ラグラジア帝国の文字、のはずだが…』

 ロジィが、俺の言葉に反応する。

『ラグラジア…それも聞いたことがあるぞ…』

『本当か!?』

『そうだ!あたしが父上と一緒に住んでた場所の名前が、そんなだったぞ!』

 ロジィが顔を輝かせる。

 やはり記憶が無いのは不安らしく、彼女自身も取り戻そうと頑張っているようだ。

 薊が促す。

『あなたが住んでた場所の名前?』

 ロジィは首を傾げる。そして先程の紙片に視線を落とす。

『…確かその紙に書いてあるやつだ。ええと…ラグラジア帝国…第3魔法研究所…のはず』

『…長いな』

 俺は思わずつっこむ。

 ロジィは一呼吸置き、

『父上は、確かそこで一番えらい人だった。そんでもって、周りの人はみんな、コルトねーちゃんみたいな感じだった…』


 結局、ロジィが思い出せたのはそこまでだった。

 俺は頭の中で、得た情報を整理する。

 ロジィや魔物達は、恐らく、元々はラグラジア帝国の民なんだ。

 彼女は、父や魔物達と共に勇者に追われ、辺境まで落ち延びた。

 そして、彼女の父が勇者に命を差し出す際に、1人あの洞窟で眠らされたんだ。


 元々人間だったとしても、彼女や魔物がなぜこんな姿なのかは、まだ不明だ。

 ロジィ達と魔王・勇者の関係も分からない。

 ただ俺は、この世界の謎や、俺が召喚された理由に、確実に迫っている…。






 俺はロジィから貰った「念話指輪」を観察してみる。

 俺の指でもぶかぶかなので、どうやらロジィの物では無さそうだ。状況を考えると、ロジィの父の物だろうか?

『なあ、これはロジィのお父さんの、形見になるんだよな、多分』

『…きっとそうだよね』

 薊が、そっと指輪に触れる。俺は、これを貰ってもいいのか迷っていた。

『なあロジィ、やっぱこれ、返すよ』

 ロジィは、彼女が眠る洞窟に置いてあった本を抱きしめている。

『…あたしにはこの本がある、だから大丈夫だ。それはにーちゃんが貰ってくれよ。何故かあたしには使えなくなっちゃったしな』

『…本当にいいのか?』

『もちろんだ。多分、にーちゃんの持ってたやつより便利だぞ!』

『え、そうなのか?』

 俺は驚く。

 確かにこの指輪も遺物らしいが、性能に差は無いと思っていた。俺はその「念話指輪」を、よくよく細部まで見直す。やっぱりよくわからん。

『これ…何が違うんだ?』


「知らない言葉が、耳で聞いても理解できるようになるぞ!」


「おおっ!?」

 さらに驚く。

 ロジィが喋る言葉の意味が、念話と同様に理解できる。

 薊は怪訝な顔をして、そのやり取りを見ている。

『すごいな、これは…』

『そーだろ!あたしたちの国には確か、こんな感じの便利な道具がたくさんあったんだ。でも、にーちゃんの持ってたやつは、ちょっと作りが違うな』

『へえ、それは興味深いわね』

 操縦席のミレニィが口を挟んできた。こちらを向かずに、進路に目を向けながら、

『「念話術具」って、セニアだけが製造技術を持ってるの。そしてそれを発明したのは…サミーさん、誰だと思う?』

 わからんわ。俺は素直に答える。

『いや知らねえし…』

『答えは勇者、ヨーグ一世でした。勇者もラグラジア帝国の生き残りのはずだし、何か関係がありそうね』






 俺達は昼頃に、道中で昼飯にすることにした。

 アグルセリアからはもうかなり離れたし、まあ大丈夫だろう。そもそも俺達は今、確実に誰かに追われているわけでも無いしな。

『サミーさんがんばって!』

『シュウさん、上手い上手いよー』

『…お前らも、見てないで手伝えよな…』

 皆に見守られ、何故か、俺が昼飯の準備をしている…。

 コルトは怪我があるから、まだわかる。しかし薊とミレニィは…。

 この状況でも料理をやりたがらないとは、本気でこの2人の料理を見てみたいぞ…。コルトがミレニィを、呆れた感じに見ている。

『こんなの簡単ですし、ミーちゃんでも出来ますよ?』

『嫌!きっと二目と見れない、おぞましい何かが出来上がるに決まってるわ!』

『…そんな馬鹿な』

 コルトは俺の横で、料理指導をしてくれている。反対側からロジィが、俺の不安定な手元を覗きこむ。彼女は食材を見ながら、不思議そうな顔をしている…。

『にーちゃんそれだ何だ?』

『…さ、山菜らしい…あと集中してるから話しかけないでくれよな…』


 俺が挑戦しているのは、簡単な汁物だ。

 コルトは、アグルセリア郊外で作られているという芋を、粉末状にしたものを買っていた。それを少量の水で練り上げ、餅にして、川魚の干物で出汁を取ったスープで煮込むだけのものだ。他の具材は、街道周辺で採取した山菜数種と、出汁兼具材である魚の干物だけというシンプルさ。

 失敗のしようが無いと思うんだが…。

『あたし、いつも何を食べてたのかも思い出せないや…』

 ロジィがぽつりと呟く。

 彼女の記憶喪失は、かなり重度なのかもしれない。






 昼飯の後、俺はロジィに、俺の持っている遺物を見せてみた。

『じゃあロジィ、この杖なんかどうだ?』

『にーちゃんが洞窟で持ってた光るやつだな…見た事は無いや』

『次…これが最後だぞ…。どうだ、この仮面とか、何か見覚え無いか?』

『うわキッモ!にーちゃん、それ着けたりするのか!?』

『…お前の帝国の道具だろ…』


 結果的には、ロジィはどの遺物にも反応しなかった。


『ごめんなにーちゃん、力になれなかったみたいでさ…』

『大丈夫だよ。シュウさんだって、そこまで期待してなかったでしょ?』

 薊に代弁される。確かにその通りだが、ほんのちょっとは期待してたんだぞ…。

 ロジィがふと、俺に尋ねてくる。

『でもさ、にーちゃんはなんでラグラジアの事が知りたいんだ?そういう仕事をやってるのか?』

『いや、そうじゃねーよ。元の世界に帰る手掛かりをだな…』

『へ?』

 ロジィがキョトンとする。しまった、俺は大事なことを話してなかった…。

 俺が言い忘れたことを、ミレニィが代わりに言ってくれた。俺と薊を指差しながら、

『サミーさん言って無かったの?ロジィちゃん、サミーさんとアーちゃんは、異世界人なのよ』

『えー!!?』

 ロジィがかなりオーバーに驚く。俺は一応釘を刺す。

『…誰にも言うなよ?でも、そこまで驚くか…?』

 ロジィは、まだ混乱した様子だ。そして思いがけないことを語った。


『そうだ!あたし、たぶん異世界人に会ったことあるよ!でもその人たちは、にーちゃん達みたいな感じじゃ無かったぞ!?』


 俺は驚く。

『そ、そうなのか!?』

『ちょっとだけ思い出したぞ!あのな、あたしの知ってる異世界の人たち、みんな凄い変な髪形だったもん。それで頭の上が剃ってあって、変わった剣を持ってて、みんな凄腕でさー…』

『…』

 やはりラグラジア時代にも、この世界に来た異世界人が居たみたいだ。

 でもロジィの話を聞く限り、そいつらは、どうやら侍のようだ…。

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