その13 凡人の俺の財宝探し
クリムトゥ山とか、イジェン山とか、行ってみたいね
俺たちは、巨大な火山の麓を登っている。
火山の町アグルセリアが、下の方に見える。
もう周辺には植物が無く、ごつごつした岩肌があるだけだ。
ありがたいことに地形は起伏が少なく、上りも結構緩やかだ。
時折地面の隙間から白煙が立ち上り、火山ガスを撒き散らしている。
不快な匂いがするが、硫黄…以外の匂いも交じっている。
俺たちは、昨日ゲルテから得た情報を頼りに、アグナ火山へ宝探しに来ていた。
なんでも大昔の財宝が、山のどこかにあるかもしれない、らしい。当然そんなに期待はしていないが、まあ折角異世界に来たんだ、こういう楽しみもありだと思うぜ。
30分ほど前。
『じゃあ、出発しましょ!』
俺達は装備を整え、登山道の入り口へと来ていた。
ここはアグルセリアの外れで、宝石類の採掘を行う区画からはかなり離れている。まあ、労働者がいる周辺で暢気に宝探し、というのもあんまり体面が良くないだろうし。
俺達は、全員で同じ防毒マスクを着けている。アグルセリアから火山をさらに上ると、至る所から火山ガスが噴き出ているという。魔物でも生身は危険らしい。
『じゃあ、火山は広大だし、手分けして行こうか』
薊も結構ノリノリみたいだ。宝探しはやっぱりロマンがあるからな。
『そうね。じゃあ私はコルちゃんと一緒がいいな』
『だめですよミーちゃん。ゲルテさんの話をもう忘れたんですか?』
『えー、いいじゃん』
『だめですよ』
ごねるミレニィを尻目に、俺は昨夜の事を思い出す。
俺たちは昨日、この火山で働く魔物・ゲルテから、宝探しで注意することを教えられた。
1つ、防毒装備を必ず付けること。これはもうやっているからOKだ。
2つ、登山道から南に登った所にある湖には近寄るな。何でもそこは、猛毒の湖らしい。
そして3つ、人間だけで行動しない事だ。
過激派の魔物が居るこの町では、何が起こるか分からない
という事で、俺はコルトと一緒に行動している。
一応背負い袋に固形食や水、薬草などを入れて、もしもの時には備えている。
魔物2人を別々にして、さらに何かあったときの戦力となる薊とコルトを分けた結果、こういう組み合わせになった。ミレニィはだいぶ残念そうだったな…。
『まあ、あんまり気を張らなくても大丈夫ですよ。ここに盗賊の類は居ないでしょうし、魔境に生息する危険な原生物も、このアグナ火山には近寄りません』
『そりゃあ俺には好都合だな!』
『あはは、ゴローさん楽しそうですね。薊も楽しそうでしたし、良かったです』
俺たちは雑談しながら、のんびり山道を登っている。
この登山道は、サウラナの森よりよっぽど楽だな。でも俺は遺物を一式持ってきたし、「光る杖」を杖として使って楽をしているが。
コルトはというと、さすがに不要だろうと判断して剣も皮鎧も装備していない。ただし投擲武器は持っているらしく、ゴテゴテした腰ポーチみたいなものを身に付けている。
しかし装備はそれだけで、足取りが非常に軽やかだ。
『財宝なんて眉唾ものですが、こうやって皆で一緒に楽しめるなら、それも有りかもしれませんね』
『いや、俺は信じてるぞ!きっと何かあるはずだ!』
『期待すると、その分ガッカリしますよー?』
『ほっとけ。こういうのは気の持ちようだよ』
俺だって本気で何か見つかるとは思っちゃいないさ。
とりあえず俺たちは、俺の希望で、まず山を南に回り込み、毒の湖を遠くから見ることにしていた。
『あーあ、コルちゃんと行きたかったわー…』
『…あたしじゃ嫌?』
『そんなこと無いわよ?でも、それでもねー』
薊とミレニィは、まず山をとにかく上まで登るルートを取っていた。
登山道とは名ばかりで、上まで進むにつれて道は自然消滅した。しかし、火山自体が大して険しくなかったので、今は道なき道をのんびり進む。
『もしも、これで私たちが財宝を見つけたとしたら、私はそれを迷わずセニアに売るわね』
『え、いいの?話の通りだとすれば、元々は魔物の物なのに…』
『私には関係ないわ。それにタジェルゥの爺の面子が潰せそうだから、尚の事ね。半分人間とかいう理由で私を軽んじたことを、後悔させてやるわ』
ミレニィが今回乗り気だった最大の目的は、アグルセリア長老の面子を潰す事だった。
薊は半ば呆れて、肩を竦める。
『まあいいけどさ、財宝なんて見つかる気はしないからね』
『まあね。でも、何でも目的意識を持つのは大事よ?」
『ふーん』
どこかつまらなさそうな薊を横目で見て、ミレニィはちょっと意地悪そうに聞く。
『でもアーちゃん、今日はサミーさんと一緒じゃなくて残念?』
『うぇっ!?あ、べ、別に…』
『ふふふふふふ…』
薊は赤くなる。
別に、繍五郎に惚れたわけではない、はずだ。
この世界でただ一人の、同じ境遇の人…それだけだ。最初のうちは、自分と違って戦えない、弱そうな彼を守らなければという使命感があって、それで変に意識しているだけだ、そうだ…。
自分に言い聞かせる薊を、ミレニィは楽しそうに見ている。
薊はくやしくて、破れかぶれに反撃する。
『…ミレニィだって、コルトと一緒が良いって思ってるんでしょ?』
『ええ、もちろん』
即答だった。
薊はこの世界に来て1年、ずっとミレニィの店で手伝いをしてきた。
その間、ほとんどの遠出に、ミレニィはコルトの同行を要請していた。それに事あるごとに彼女に露骨なアプローチをしている…。
『…やっぱ変だよ、だって…』
『女が女に恋するのは普通じゃない?上等よ。私は生まれた時から半人半魔で、普通だった時なんて無いわ。それに普通に生きる気なんて、さらさらないの』
『…そうコルトに直接言えばいいじゃん』
ミレニィが腕を振り回して反論する。
『嫌よそんな普通なの!折角何年も待ったの、こうなったらコルちゃんが自分から気付いてくれないと!』
『普通じゃないね』
『そうよ、普通じゃないわ』
内容はともかく、薊はミレニィのこういう考え方が嫌いでは無かった。
『うわぁ、綺麗じゃん…』
『久しぶりに来ましたけど、見てる分にはいい所ですねー』
俺とコルトは、登山道を逸れて南に向かい、話に聞いていた毒の湖を遠巻きに眺めていた。
緩やかな擂鉢状の地形の底に、空色の湖が見える。
湖からは白い気体が立ち上っており、重いらしいその気体が、擂鉢の中を満たしている。周囲は武骨な岩肌だが、その中央の鮮やかな空色の湖は、白煙の向こうに霞んでいる。不思議な湖の色を受けた白煙も、湖付近だけ空色になっている。
…なかなかに幻想的だ。
まあ、これ以上湖に近づくことは出来ないが。
ゲルテの話では、ここのガスは有害な上に濃すぎるせいで、防毒マスクをしていても危険という事だ。魔物でも近寄る者がいないのだという。
『…もっと近くで見てみたいな』
『ええー?ゴローさん、あの湖に近づく気ですか?死にますよ?』
『いや、薊の風の魔法でガスを散らしてもらえば、行けるかなって…』
この湖は、登山口からそう遠くない。
後で合流した後に、薊にやってもらおう。
それにこういう「誰も近づかない所」こそ、宝があって然るべきだろ。
そこで俺は、ふと気になったことを口にする。
『…コルトは、ここに来たことがあるのか?』
『昔、数回だけですがね。なにせ魔境は狭いですから』
『ちなみに、魔境を出たことはあるのか?』
『セニアの大きなお祭りを見に、セニアの町に1回だけ行きました』
『…例えばだけどさ、セニアを出てみたいとか、思ったことあるのか?』
魔物達は人間に服従しながらも、この魔境で伸び伸びやっている様子だ。
しかし、もっと自由が欲しいとか、たまには考えるのかな?
『え?いやいや、無いですよ。危ないですし』
違ったらしい。
コルトは即答だった。
『マジか…。だって、よくわからん魔王とかいう奴のせいで、魔物は魔境に押し込められてるんだろ?』
『私はそうとも思いませんがね』
コルトはさわやかな笑顔だが、どこか諦観を含んだ表情にも見える。
『昔の事はもういいんです。現状として、魔物を人間と同じように扱ってくれるのは、世界中でセニアだけです。そのセニアでも魔物は肩身が狭いですし。外国の商人くらいは魔境に来ますが、普通の外国人は魔物を気味悪がるでしょうね』
『…そんなもんか』
『仮に魔境がセニアから独立したら、勇者を崇拝する外国の人間が攻めてくるでしょう。魔王の僕である魔物が、地上に生き残っている事自体を疎む人間も結構多いんです。その点ミーちゃんのお母さんは運が良いですね。旦那さんが有名人で人気もあるので、彼が守りになっています』
『…』
『ゴローさん。私達魔物が生きていける場所って、魔境だけなんですよ。セニアが課した魔境という檻は、我々を守る壁なんです』
コルトが突然、山の上の方を睨む。
『弦の音がします』
『へっ!?』
「レイ・デルワック!」
突然コルトが呪文を唱える。俺たちの周りに金色の膜が現れる。
その膜が、数本の矢を弾いた。
『はぁ!?な、何なんだ!?どういうことだ!?』
攻撃された!?
突然の事態に、俺は動揺する。
対照的に、コルトは至って冷静だ。
『ゴローさん落ち着いて。相手は…魔物ですね。3人位います』
俺達の居る場所の上の方から、魔物に弓で攻撃されている!?
山肌の上の方、岩陰に潜む影が見えた。リザードマンが3人だ。
『なんで俺たちを襲ってくるんだよ!?』
『そんなの知りませんよ!…走って逃げるにしても、魔物相手じゃゴローさんが追いつかれますね…』
『そ、そうだな、俺足遅いし…』
魔法のバリアを張るコルトは動けない。
まずい、逃げるにしても俺が足手まといだ。
俺の遺物は…悉く戦闘に役立たない。何か、何か無いか…?
『煙幕を張りますから、その隙に走って!』
コルトが丸い爆弾のようなものを腰ポーチから取り出す。火を付ける。
『わ、わかったぜ!』
前方に放り投げ、炸裂する。濃い煙が立ち込める。今だ!
「グッ!」
コルトのバリアが割れた。
コルトがよろける。
俺に矢が向かってくるのが見えた。避けられない!
コルトが身を乗り出し、俺を庇って肩に矢を受けた。
『お、おい!大丈夫かよ!!』
『…まずいです、非常に』
ヤバい…。
コルトが膝をつく。左足にも矢を一本食らってる!
俺は、俺はどうすればいい!?
岩陰に潜んでいた魔物達が、煙幕の中、近づいてくる気配を感じる。
俺は自分でも気が付かないうちに、「光る杖」を構える。
直感だった。こいつしか無い!
『サウラナの森の時のように、俺を守ってくれ…!』
杖の先端に強烈な光が灯り、それが前方に発射された。
「はぁ、な、なんとか撒いた…か…?」
俺は矢を受けたコルトを背負い、あろうことか毒の湖の傍まで来ていた。俺達の周りを毒の煙が覆い、外の様子はさっぱり分からない。
しかし魔物でも危険なこの湖まで、まさか追っては来ないだろう。一か八かの賭けだったが、よかった、上手くいったようだ。
俺は「膜を張る腕輪」を使い、湖の出す毒ガスを防いでいる。
『…そうえば、そんな遺物持ってましたね…。気体だけ防ぐんですねー…』
俺が緊張しないように気を配ってか、痛そうなコルトはわざと軽い口調で話す。
しかしまさか、ここまで役立に立たなかったこの腕輪のお陰で命拾いするとは…。
それに「光る杖」…。まさか、光を発射できるとは。まあ着弾した音は聞こえなかったから、攻撃力は皆無だろう。
だが、ここからが大変だ…。
コルトは、右肩と左腿に矢を受けている。嫌な血の匂いが、鼻につく。
『あ、あのさ、俺、どうすればいい…?』
このままって訳にもいかない、だろう。何か、何かしなければ…。
コルトは少し何か考え、俺の方を向く。
平静を装っているが、辛そうだ。
『…そうですね。ゴローさん、以前薬草のお話したの覚えてます?』
『え?あ、ああ、一応は』
確か、アグルセリアに来る日に、浮動車の上で聞いた。
『ゴローさんは背負い袋に、薬草を持って来てますね」
『…持って来てるぞ』
まさか…。
『止血の薬草を準備して、矢を抜きましょう』
マジかよ…。
俺はコルトの指示で、背負い袋に一応入っていた薬草と包帯を取り出す。
うろ覚えだった俺は、手順を教わりながら、飲料水で乾燥した薬草を溶き、布に染み込ませる。
『…包帯巻くのに服が邪魔ですねー』
『え!?ど、どうする…?』
『貫通した矢で脱げないから、服の右腋の所を切りましょう』
『え、いや…でもよ…』
『いいから』
『お、おう…』
ナイフで半袖服の脇の部分を切る。
コルトの腹部、白い毛並みが目に入る。
『…下に何も着てねぇじゃん…』
『毛皮を着てますよ』
『そ、そりゃそうだが…』
初めて見るが、コルトの毛並みは腹毛だけ真っ白だ。
肩の辺は血で真っ赤だが。
いやそんな場合じゃない。
頭がくらくらする。
多分俺は冷静じゃない。
落ち着け、落ち着け、
『ゴローさん落ち着いて』
『え!?あ、あ、ああ…わかった…』
自分でも情けなくなってくる。まさか、非常時にここまで動揺してしまうとは…。
『なにか硬くて細いもの無いです?』
『…こ、これなら』
コルトに言われ、俺は「光る杖」を出す。
『…じゃあこれで』
コルトが杖の端を咥える。
『…うん、じゃあ、お願いします』
『…わかった、やるぞ』
俺は、コルトの肩に刺さった矢に、震える手を伸ばす。
だいぶ時間を掛けて、俺はコルトに刺さった2本の矢を抜いた。
今は止血をして包帯を巻いてあるので、一旦は大丈夫だろう。ただ、不器用な俺が巻いたそれは、あまりに不格好だ。
切ってしまった服は一応着させたが、仕方無いので腋の所を縛って留めている。
『…助かりましたよゴローさん。しかしあいつら、魔物の私にもお構いなしとは…。恐らく、彼らがミーちゃんの言っていた「解放派」でしょう…』
コルトはぐったりしている。
俺以上に体力を消耗しているだろう。大きめの岩にもたれかかっている。
『…助かったって、足手纏いな俺が居なけりゃあ、コルト一人で撒けただろ』
俺は後悔ばかりが浮かんでくる。
そうだ、これは、俺が足を引っ張った結果だ。
『…それは結果論です。私だって気が緩んでましたし…』
『それを言うなら、俺なんて…』
俺は懐から「レーダー円板」を取り出す。
これを最初から使うべきだった。敵の接近に、もっと早く気付けたはずだ。
騎士に、神官に、追われていない。その安心感が仇になった。
もう遅いが、一応敵の位置を把握するために、「レーダー円板」を起動する。まだ近くに居るかもしれないからな…。
しかし、これからどうやって逃げようか…。
起動した「レーダー円板」の中央に俺とコルトの反応。擂鉢の外には、誰も居ない。そして湖…?
ん?
『あ、あれ?』
『ゴローさん、どうしました?』
『故障?誤作動?おかしいな…』
…毒の湖の中に1人、誰かがいる反応がある。
俺はコルトに肩を貸し、湖のほとりを歩いている。
湖の周辺の気温は高く、俺は何となく汗ばんでいる。
湖の煙は嫌な煙だが、おそらくこれのお陰で、遠くからは俺達の姿は見えないだろう。俺も外の様子が見えないが。
『薊がこっちに来るといいんだが…』
俺達は、薊達と二手に分かれる際、夕刻を目途に登山口で落ち合う約束にしていた。
まだ日が高いから、恐らく薊とミレニィは宝探しをしている最中だろう。
『…ここで2人を待ちますか?』
『いや、俺だって、この腕輪がいつまで膜を張り続けられるか…』
俺は「膜を張る腕輪」を起動してから、なんとなく疲労を感じている。これが「魔力を使っている」状態なのか?
何にせよ、いつまでもつか保証が無い。
だからこそ俺は、この湖のどこかに居る「誰か」を頼ろうとした。
『…この辺だよな』
俺達は「レーダー円板」を辿り、湖のほとりを歩き、反応に近い所まで歩いてきた。
しかしどう考えても、先程の謎の反応の位置は、この湖の中だ。おそらく強酸の類であろう毒の湖の中で、生きている奴なんて居るのか?
『…ゴローさん、あそこに何かあります』
コルトが何か見つけた。彼女の視線を辿る。
『…石?』
コルトの視線の先に、2m程の高さの、大きな石が立っている。
角が欠けてはいるが、厚さが30cm程の板状のそれは、立ち方も造形も不自然だ。
…石というより、石板?にも見える。
『何だろうな、これ。墓石?』
『じゃあこの湖中の反応は死体ですか?』
『…それだったら最悪だが…』
死体は「レーダー円板」に反応するんだろうか…?
何気なく俺は、その石に触れてみる。
『ん?』
わずかに、それが光った気がした。
まさかこれ、遺物だったのか?
そして湖から変な音がする…?
『ご、ゴローさん、これは…?』
俺は湖に振り返り、絶句する。
毒の湖が割れ、俺たちの前、湖底に続く道が現れた。
2021/12/29 誤記訂正などなど