その12 凡人の俺の思わぬ再会
クエストはクエストでも、お使いクエストは勘弁だね
俺は今、むさ苦しい男たちの仕事場を訪れている。
すごい熱気と筋肉が、俺たちの周りを巡っている。
ここは火山の町・アグルセリア最奥部に近い「採掘組合」の建物で、山の上から降ろされてくる鉱石の集積所らしい。筋肉隆々な魔物たちの手で、様々な種類の石が積まれており、それを集計したり、運び屋を使って他所に発送したりしている。
『いやー、それにしてもあっさり入れてもらえて良かったですね』
『まあ、俺たちはセニア人じゃなくて「外国人」だからかな?』
俺と薊とコルトは、その集積所の隅に立っている。
俺達は今朝、なんとかここに入り込み、さらに責任者に取りついでもらうことに成功した。まあここからどこまで話が聞けるか、それが勝負だが。きっと採掘の際に、遺物が出土したりって事も、たまには有るだろうし。
少し待っていると、硬そうな鱗を持つトカゲの大男がやってきた。
ここの責任者らしい彼は身長が2mを超えており、周囲の魔物達よりも頭一つ大きい。長い爬虫類の尻尾が、さらに彼をデカく見せている。頭に赤いバンダナを巻いており、碧の鋭い眼光を俺に向けてきた。
『何だアンタ』
『わ、わざわざすみません。ちょっとお話を…』
『今忙しいんだ、悪いがお引き取り願おうか』
取り付く島も無かった。
俺達の今日の遺物探索は、いきなり出鼻を挫かれる形になった。
「最悪だぜ…」
「まあ、仕方がないよ」
情報収集の初っ端から断固拒否された俺は、テンションがダダ下がりだ。
ちなみにコルトは、近所で火事があったらしく、自警団の応援に飛び出して行ってしまった。どうやら自警団ってのは、火消しの真似事もするらしい…。
しかしこの火山の町は、至る所に温泉が有るらしく、そこら中から白煙が立っている。俺の目では、どれが火事の煙だか分からない。
俺は盛大にため息をついた。
「俺達2人じゃなあ…。魔物のコルト無しじゃあ、聞き込みもろくに出来ないぞ…」
ミレニィの言葉通り、この町の魔物が人間を嫌っているのは本当のようだ。
「じゃあシュウさん、遺物は諦めようか」
「嫌だよ、なにか方法を考えてやる」
俺が昨日コルトに貰った遺物『気持ち悪い仮面』だが、キモイだけで結局用途が分からずじまいだった。あれじゃ満足できない俺は、魔境で一番古いというこの町で、何か遺物を見つけたかった。
「ふーん…」
薊は遺物に興味無さげだ。周りをキョロキョロと見渡している。
ふと、ある一点を指差す。
「…何あれ」
「ん、どうした?」
「ほら、あそこに…」
薊が指差す遠くの建物の影に、魔物と神官が集まっている…?
「…神官…?何故この町に…」
「ああ、魔境で一番大きいこの町には、セニアの見張り役として、役人の駐屯所と簡易神殿があるよ。神官が居ること自体は不思議じゃないけど…」
薊は少し考えるように俯き、そして顔を上げる。
「あたし、念のためにあの人たちを探ってみるよ。シュウさんはここで待っててね」
「ああ、分かった」
俺達は基本方針として、何事も慎重に行くことに決めている。
が、可能であれば怪しいものに探りを入れていく方針だ。
まあ、今回も結局何でもないとは思うが。
俺は薊を待つため、広場の端にある露店で揚げ芋を買い、それを齧っていた。やっぱりこれも辛い。俺は昨日の夕飯で、ここの料理にハマってしまった。もしデリ・ハウラで材料が手に入れば、俺にも作れるかな…?
『やあ、久しぶりだな』
突然念話で話し掛けられた。人違い?何の用だ?後ろを振り向き、俺は息が止まる。
『また縁があったようだ』
『あ、あんた、なぜここに…?』
俺に声を掛けてきたのは、人間の女だった。
金の長髪に際どい鎧の女性。セニア巡回騎士分隊長の、レイナ・ヴェンシェンだった。
レイナに誘われ、俺たちは路地裏に入っていった。
何故か、俺を捕まえようという感じではない。
それに雰囲気が以前と違う気がする。
『まさか生き延びているとは思わなかった。私が渡した術具を捨てて追跡も逃れ、外国人とつるんで、全く運が良いんだな、あなたは…』
『…レイナこそ、なぜこの町に…』
居る筈が無かった。
彼女は巡回騎士で、セニア郊外の街道の警備をしているのだ。その筈だ。
レイナは壁にもたれかかり、冷めた目で空を仰ぐ。
『簡単さ。左遷されたんだ』
『…え?な、何故…』
『異世界人が大神殿から姿を消した一件、あの失態の責任を、神官が私に被せたんだ』
レイナの話によると、もともとセニア王政にはこういう傾向があるらしい。
なにしろ神殿は、勇者とセニア王家の正当性を保つために清廉潔白でなければならず、それ故に有事の皺寄せはだいたい王国騎士団が被るという。
レイナはイライラしながら零す。
『全く、王都から魔境まで取り逃がすなんて、大神殿の連中は神官も警備も使い物にならん。新聞に金を握らせて不祥事を隠しているようだが、そのうちボロが出て王都の民に知れ渡るぞ。大神殿があのザマでは、下々にも示しがつかんだろうに…』
レイナが俺に話しかけてきた理由は、どうやら愚痴を聞かせる為のようだ。
彼女は騎士団と神殿に愛想が尽きているようだし、俺を恨んでいる様子も無い。
…俺の事をセニアにバラす心配は無い、と思いたい。
『そうか、大変だったな…』
『…でも大神官様は、ザフマン様だけは、私を庇って下さった。本来なら職を剥奪されるところだが、こうやってアグルセリア駐屯所の警備としてここに身を置いていられるのも、あの方のお陰なんだ』
レイナは神殿を心底嫌っているようだが、大神官・ザフマンは信頼しているようだ。
彼女はため息をつくと、急に悪戯っぽい笑顔を俺に向ける。以前会ったときは、こういう顔はしなかったな…。
『あなたの事は、セニアではもう済んだ話さ。安心するといい。ああ、一応私にも感謝しろよ?』
『な、何を…』
『最初に出会った日、街道であなたを連れ去った仮面の魔物の事さ』
…薊の事か…?
『私と私の部下は、左遷の腹いせに、その一件を上に報告しなかったんだ。大神殿はそのことを知らないから、異世界人を連れ去った犯人の手掛かりすら見つけられなかったんだ』
俺は路地裏を出てから、レイナと別れた。
俺の事を根掘り葉掘り聞かなかったので、俺は彼女を信用することにした。
「意外な奴との再会だったな…」
独り言を呟き、俺は大きく息を吐く。
「誰あれ」
「うぉっ!?」
背後からいきなり声を掛けられる。
薊だった。
見るからにイラついている…。
「美人さんだったね。何、ナンパ?余裕だね。騎士みたいだけど関わって大丈夫なの?」
俺が不用意に騎士に近づいたのが気に食わない、のか?一応弁明する。
「違うし。前会った巡回騎士だよ…。いろいろあって信用できそうだから、大丈夫そうだったぜ」
「…ふーん、そう」
一応、俺がもう追われていない事の裏付けが取れたんだ。成果があったのに拗ねられても困る。俺は話題を逸らそうと必死に考える。
「それより、さっきの神官はどうだった…?」
「…あの神官は、熱心な「解放派」の魔物達に、大神官の教えを伝導してたよ。「解放派」ってのが、ミレニィの言ってた「古臭い考え方の連中」のことみたい」
ミレニィの危惧通り、人間を嫌う魔物は結構な数がいるみたいだ。やはり、採掘組合周辺に来たのは間違いだったか…?
『すみません…あの…』
『帰れ』
『ええ…』
レイナと別れた後、俺たちは他に遺物のある可能性が高い場所を探し、アグルセリアの長老宅を見つけた。
コルトが居ないが、なんとか話だけでも聞いてもらおうと思い、アグルセリア長老に俺が突撃した。しかし、タジェルゥと名乗ったその初老の大牛男の対応は…まあ、案の定だった。
町の上部での探索を諦め、俺と薊は町の下の方まで下ってきた。
あと、その道中でコルトとも合流できた。
ハーブティー的な飲み物を出す喫茶店があり、今は3人で休憩中だ。
『そもそも、遺物の探索すること自体が無理そうですねー』
『ははは、ここまでとはな…』
「外国人」の俺にもここまでの対応とはな…。
サウラナの魔物は、人間に結構友好的だったんだがなあ…。
『…シュウさん、遺物を諦めたら?これ以上はもう無理だよきっと』
『うーん…でもやっぱり、何か欲しいぜ…』
何も成果が無いのが悔しい。薊の正論に食い下がる俺を、コルトが物珍しそうに見てる。
『ゴローさんは、遺物を使って元の世界に帰りたいんですか?』
ズバッと切り込まれた。俺が薊に対して濁してる事を…。
案の定薊は、コルトに対する俺の返答に神経を尖らせているようだ…。
でも今の俺は、一応の答えを持っている。
『何ていうか、気になるんだよ。俺が召喚された理由が知りたい。魔物とラグラジア帝国の関係も知りたい。そもそも勇者や魔王が何なのかも…』
『へー。ゴローさんって、結構知りたがりさんですねー』
『…そうかもな』
知りたがり…か。
確かに俺は元の世界で、趣味のゲームはやりこむ派だった。特に結末が分岐するものが好きで、全ての結末を見るためには何でもやった。
対戦ゲームで、相手キャラを全員斬殺してみたり。
RPGで、善良な人々を皆殺しにしてみたり。
…まあ、そんな過激なことはあくまでゲームだからやれたんだが。それでも、俺はこの世界で、俺の欲しい答えの為にはいろいろ努力したいと思える。
『とにかく、俺にはあと1つだけ当てがあるんだ…』
『まさか本当に来るとはな…』
夕刻。この町の労働者たちが仕事を終える時間。俺たちは再び採掘組合を訪れていた。今朝言われた言葉を踏まえ、忙しくない筈の終業時間を狙った。
これが俺の、唯一の「当て」だった。
俺の賭けは当たった。ヒトが少なくなった集積所に、責任者であろう朝のトカゲ男が1人で残っていた。何か仕事を片付けていたらしい。俺たちは彼に突撃し、なんとか頼み倒すことに成功したのだ。
『だって、朝は「忙しいから」って言ったじゃん』
薊は結構ご機嫌だ。地味に朝の一件を根に持っていたのかもしれない…。
『言葉通りに取る奴がいるかよ。まあ別に、話を聞いてやらんことも無いが…』
トカゲ男はゲルテと名乗った。俺の予想通り、この集積所の責任者らしい。
『で、お前ら採掘組合に何の用だ』
『あの、実は俺、遺物の収集をしてまして、ここで何か出土した的な噂は無いかなー、なんて…』
ゲルテは大柄で強面なので、俺は勝手にビビっている。
『なんだそんな話か。俺はどうせ財宝の話かと…』
『ざ、財宝!?』
本題と違う所で、凄い話が出てきたぞ!?
『ん、何だ…お前ら知らねぇのか?』
驚く俺たちが意外だったらしく、ゲルテが続ける。
『せっかくだから教えてやるか。あのな、このアグルセリアの町だが、ここって大昔は城で、勇者に追われた魔物が最後に立てこもった場所なんだって言われてる。その時に、勇者に取られるのは癪だっつって、魔物たちが持ってた財宝を山のどっかに埋めたって伝説があるのさ』
『…でもそんな噂があったら、みんな探しますよね…』
思わず俺はツッコミを入れてしまう。
幸いゲルテは気にも留めず、
『そりゃあそうだ。そんで昔、大勢の魔物が山中掘って穴だらけにしたんだよ。結局財宝なんて見つからなかったが、お陰でそこら中に宝石や魔石の鉱脈が見つかったって話さ。俺に言わせりゃあ、この鉱脈こそが財宝だがな』
『…人間も宝探しに来たの?』
薊の問いに、ゲルテは首を横に振る。
『いや、セニアの人間サマは火山の毒気にビビってるからか、基本アグナ火山には登らねぇな。魔境にある宝の山にセニアが手を出してこないのはその毒気のせいだ。俺ら魔物は平気だがな』
ゲルテはそこで一旦切り、
『なんだ、お前ら財宝にも興味あんのか?まあ、本気で火山を登る気なら俺に声掛けな。山は危ねえし装備を見てやるよ。ただし俺が忙しくない夜限定だがな』
『本当ですか!?ありがとうございます!』
いやはや、思わぬ情報が手に入った。
まあ財宝なんて、どこまで本当だか分からないが。だが、手掛かりが皆無よりはずっといい。
そんな俺の横で、黙っていたコルトが突然言い放つ。
『そうですか。じゃあ早速』
『ああ?』
『ええ…?』
満面の笑みを浮かべている。
『あのな毛玉野郎、お前、あの流れでいきなりって奴があるか…』
『でも今は夜ですよ?つまりいいって事じゃないですか。ゴローさんも乗り気でしたし。あと野郎じゃ無いです』
『お前なあ…』
コルトのまさかの発案で、今夜いきなりゲルテに装備を見てもらう話になってしまった。宿まで戻ってきた俺たちを、ミレニィが出迎えた。
もう日没後だが、周囲はまだ微妙に明るい。
『ちょっと皆遅くなーい?夜まで何やって…あっ』
『ん、なんだミレニィじゃねえか』
『…ゲルテさんか、久しぶりね』
『え?ミーちゃん知り合いですか?』
ミレニィは、ゲルテと知り合いだったようだ。
俺達は宿に入った。
コルトと薊が装備を選出し、それをゲルテに見てもらっている。足りない道具もあるので、俺達は明日の朝にはそれらを買い揃え、午後に火山に入る算段にした。
俺にはそういう道具の良し悪しはさっぱり分からないので、魔石加工をするミレニィの手元を眺めている。ミレニィは加工作業に集中しながらも、気ままにお喋りしている。
『私ねー、以前アグルセリアに住んでたことがあるのよ。それこそ外国に亡命してる両親の元を離れてすぐにね。母さんの故郷を、どうしても見たかったから』
『へえ…そうか』
『その時にお世話になったのがゲルテさん。あのクソ爺に目を掛けられてるほどのヒトで、採掘組合の連中にも一目置かれてるわ』
『おい、クソ爺は言い過ぎだろーが』
ミレニィの暴言をゲルテが咎める。
『いや、誰だよそのクソ爺って…』
ミレニィの説明は、彼女の私情が挟まって、俺には一部が分かりづらい。
『タジェルゥの爺よ。一応アグルセリアの長老よ』
『一応って…。あ、そういや俺、昼間そのヒトに会ったわ…』
帰れの一言で俺を門前払いにした、あの長老か…。
俺たちの装備を一通り品定めして、ゲルテは帰って行った。
火山ガスを防ぐ道具が必須という事で、明日それだけ揃えることにする。道具の選定で変に盛り上がってしまい、宿で晩飯と風呂を済ませる頃には、だいぶ夜も遅くなっていた。
薊はもう寝ている。全く、良く寝る子だな…。
『いやー、明日が楽しみね!』
ミレニィはワクワクして眠れないって感じだ…。
『いや、魔石の加工はいいのかよ?』
『いいのいいの。こんなの私の店でもできるから。ここでやってる理由はあくまで、ゴミの処理が楽ってだけだし。それにそんな楽しそうなこと、ついて行かない理由が無いわ!』
『ミーちゃんもゴローさんも、変に期待しないことですね。今まで誰も、財宝なんて見つけてないでしょうし』
コルトは相変わらず夢の無い事を…。
だが、望み薄なのは俺も承知している。
『だけど、やってみれば何かあるかもしれないしな』
セニアに追われていないという余裕が、俺を開放的な気分にしてくれている。
俺は確かに、この異世界での気ままな日々を、今すごく楽しんでいる。
2021/12/29 誤記訂正などなど