その11 凡人の俺、火山の町へ
火山怖い 死ぬほど怖い
俺は今、夜の街道を進んでいる。
先日、セニアで「サミダレ・シューゴロー」なる異世界人が、大神殿の掟に従い処刑されたという。まあそれはどう考えても俺の事で…これはセニアが、俺の捜索を打ち切ったことだと判断した。本当ならこれでもう何も心配は無い、はずだ。
しかし今日、俺の居た魔物の町デリ・ハウラに、大神殿の長ザフマンがやってきた。ミレニィが言うには恒例の布教活動らしいが、大事を取って俺たちは町を離れることにしたのだった。
「まあ、何も心配は無いと思うよ」
珍しく薊が、浮動車の操縦をしている。
コルトとミレニィは既に荷台で寝てしまった。寝ぼけたミレニィが、自分の羽を布団代わりにしながら、コルトの尻尾を握りしめている…。
夜間の移動なので、俺達は道中交代で進むことにしていた。
「だといいけどな…」
「今回のアグルセリア行きも、ミレニィは予定を繰り上げたって言ってたけど、きっとシュウさんを安心させたいんだと思う」
「そうか、そうかもな」
俺たちが向かっているのは、この魔境にある巨大火山アグナの麓にある町だ。
魔境最大の町だと、俺は聞いている。
「…ねえシュウさん、やっぱりセニアに追われてるみたいで怖い?元の世界に帰りたい…?」
俺の方を向かず、薊が聞いてくる。少し声が震えている…?
「…いや、今はそうでもないかな。どちらかというと、アグルセリアでまた新しい遺物を見つけられそうで楽しみかな」
帰れるなら帰りたい、とはこの空気では言えないな…。
「…そう」
薊が大きく息を吐く。
安心したらしい。
俺がいた方が安心なのか…?
…ちょっと聞いてみる事にする。
「なあ、俺が元の世界に帰るのが、薊は嫌か?俺弱いし、役に立たねえけど」
「…」
しまった、思い切って聞き過ぎたか。少し嫌な言い方になってしまったかな…?
以前セニアでも薊とこんな会話をしたが、その時俺はまともに答えられなかったんだった。
…薊は俯き、少し考えたようで、再び顔を上げる。
「嫌というか、やっぱりその、あたしと同じ境遇の人が傍にいてくれると、少し安心…かな…なんて…」
「そうか…?」
薊はちらりと、荷台で寝ている2人を見る。
「ミレニィもコルトも優しいし、魔境も魔物も…あたしにとっては元の世界よりずっと良いよ?だけど…言葉が通じないとき、考え方の違いを感じるときに、やっぱりあたしはこの世界で1人なのかな、って考えちゃうから。シュウさんに会って、同じ言葉で通じ合ったときに“あたしは1人じゃなくなったんだ”って思った」
俺たちは、もうすぐ半分になる月に照らされる夜の街道を進んでいく。
『おはよう、サミーさん!』
まだ深夜だが、コルトとミレニィが操縦交代のために起きた。
眠そうだった薊は、入れ替わるようにすぐ寝てしまった。
『ゴローさんも寝ていいですよ?』
『いや、何ていうかな…』
正直あまり眠くない。俺のやっていたコンビニのバイトが深夜だった事もあり、元の世界に居た頃から俺は夜型になっていた。
『それにしても、この街道は警備が結構いるな…』
俺たちは今、デリ・ハウラを出発してアグルセリアまでの街道を進んでいるが、途中にいくつか自警団らしき魔物の詰所があった。どうやら夜も見張りをしているらしい。
『サウラナは田舎だからアレですけど、アグルセリアとデリ・ハウラは魔境の要です。それを繋ぐ街道という事で、ここは自警団が警備に力を入れています』
出発前にミレニィにも同じようなことを言われた。
そのこともあり、俺はここまで「レーダー円板」を一切使っていない。
『まあ、眠くなったら寝るわ…』
それを聞いたコルトが、何かを思いついた顔で、
『あ、じゃあせっかくだから薬草の勉強とかしますか?きっとすぐ眠くなりますよ』
それはどういう意味だ。まあコルトは薬草の勉強が嫌いと言っていたし、いわゆる「退屈な授業」で眠くなるアレだろうが…。
『じゃあ簡単なのだけ教えますねー』
『…せっかくコルちゃんと、夜の街道で2人きりになれたのに…』
ミレニィが何か言っているが、コルトは薬草をいじっていて気付かなかった様子だ。
結局その後、コルトに止血用の薬草の使い方を聞いた時点で、俺が音を上げて眠ることにした。
全くコルトの睡眠導入法は大したものだ…。
次に俺が目を覚ました時には、もう日が昇っていた。
山の上の方、遠くに町の影が見える。あれが、アグルセリア…。デリ・ハウラよりさらに広い気がする。町の下の方は緑が多いが、山に沿っているその町は、上の方がかなり険しそうだ。
『サミーさんそういうの好きそうだし、一応アグルセリアの説明もするわね』
ミレニィが俺に、火山の町の事を教えてくれた。
『あの町は、魔境で最も古い町なの。アグナ火山は危険そうだけど、約400年のセニアの歴史には大規模な噴火や地震の記録は無いわ』
『マジか。あれだけ煙を吐いているなら火山活動自体は活発だろうに』
…日本人な俺には信じ難い話だ。
しかし魔物にとってはそれが当たり前らしい。ミレニィは俺の疑問を気にも留めず、町の説明を続ける。
『あと町の奥の方…つまり火山で言うと上の方だけど…そこは魔石や宝石類、岩塩とかの採掘所になってるの。それがアグルセリア最大の産業よ。一応町の下の方には牧場や畑もあるけど、土地が痩せてるからそれに合った芋類や香草・香辛料を栽培してるわ』
『ふーん』
『あとは、大昔の遺跡が現存していて観光地になってます。外国の物好きがたまに来ますね』
コルトが口を挟む。しかもそれは、俺には嬉しい情報だ。
『遺跡か!ぜひ行ってみたいな!』
俺のテンションが上がってくる。新しい遺物を手に入れるチャンスだな!
喜ぶ俺に、ミレニィが意地の悪そうな笑みを向ける。
『ふふふ、残念。観光地になってるって事は、遺跡の調査は大昔に終わってるの。遺跡に遺物はもう無いわ』
『な、何だよ・・』
…ぬか喜びさせやがって…。
アグルセリアに近づくにつれ、街道の周囲には、石造りの建物の遺構が現れ始めた。これらが「遺跡」らしい。それらは壁や柱しか残っておらず、確かに探索する価値は無さそうだ…。
『…アグルセリアは、魔物の最後の地だったと言われているわ』
浮動車から遺跡を眺める俺に、ミレニィが遺跡の詳細を少しずつ語った。
『ここは、巨大な城跡だって考えられているわ。かつて圧倒的な力を持つ勇者に追われた魔物たちは、命からがらここまで逃げてきて、アグルセリアの城に立てこもったと言われているわ。当然勇者も追って来て、でも魔物に反撃できる余力はもう無くて、後は滅びを待つばかりだったそうよ』
『…勇者が、情けをかけたのか?』
『そう言われているわ。今はもう絶滅したけれど、その頃は魔物の中に「龍」という種族が居たらしいの。当時魔物たちの長だったという龍たちは、自分達の命と引き換えに、残りの魔物の恩赦を勇者に嘆願したそうよ。それを受けてか、今では魔物はセニアに服従してるけど、確かに生き残っているわ』
『良くそんな話が伝わってるな…』
『ああ、今の話は魔物の言い伝えと、神殿が紡ぐ勇者の武勇伝とを、足して2で割った感じね』
ミレニィの独自解釈かい…。
まあ、得てしてこういうのは勝者・敗者共に、自分たちに都合よく解釈するものだろう。合わせて考えるのが一番かもしれない。
俺たちはアグルセリアに入ると、まず手始めに宿に入った。
ちなみにコルトはサウラナの時と同様、自警団に顔を出していて居ない。
『さあサミーさん、今日は頑張ってもらうわよ!』
『お、おう…』
俺は初めてまともにミレニィの商売を手伝うことになった。なんでも薊と俺で取って来て欲しいものがあるという。俺はメモと手押し車を渡され、ミレニィは別の用事に向かって行った。
「何を取ってくるのやら…あとなんか、この町暑いな…」
「地熱のせいかな?温泉もそこら中に出てるし」
言葉とは裏腹に、薊は長袖だ…。
アグルセリアの住民は、デリ・ハウラやサウラナと打って変わって、オーガや悪魔、リザードマン的な奴らばかりだ。俺たちは町の中央に位置する大通りを進んでおり、この道はこのまま町の最奥まで続いているらしい。
この通りはヒトが多く、時折大量の荷物を積んだ大型浮動車が通っていく。山の斜面に沿って作られているこの町には、全体的に傾斜がある。
この大通りに面した店のほとんどは、労働者向けの日用雑貨や食材を扱っているようだ。遺物がありそうな道具屋は、探すのも大変そうだな…。
「…獣人は全然居ないな…」
「前にコルトに聞いたんだけど、暑さに弱い獣人はみんな他の町に移住したんだって」
「へー」
薊は慣れた様子で大通りを進んでいき、そして路地裏へと入っていった。
『いらっしゃいお嬢さん。おや、今日は珍しい連れ合いがいるな』
薊が入った路地裏を進んだところに変わった雑貨屋があり、そこではどうやら宝石を用いた装飾品も扱っていた。角の生えたオーガっぽい大男がいるその店は、ミレニィが世話になっている店なのだと薊が教えてくれた。
『あ、俺はミレニィさんの店の新しい店員です』
一応俺は初対面なので、ちゃんと挨拶する。
『へえ、珍しい。あの子が新しく人を雇うとはねえ…』
『…そうなんですか?』
『それより、依頼のものを…。これお代です』
薊が、ミレニィから預かっていた代金を、その大男に渡す。
『ああ、確かに。物はあっちね。あと今日のは重いよ?お兄さん、頑張ってな』
『頑張る…?』
『あれだよあれ』
薊が指差す先、店の隅に、大袋が1つ置いてある。中身は何だろうか…?
『くっそ重かったぜ…』
『お疲れサミーさん。ありがとねー』
ミレニィに渡された手押し車に先程の店の荷物を積んで、宿まで俺が運んできた。力仕事が久しぶりで、俺の腕と腰が悲鳴を上げている。
『軟弱ですねゴローさん。私と一緒に鍛えますか?』
いつの間にかコルトも帰ってきている。
ミレニィは宿の部屋の隅で、なにやら道具を広げている。
『なあ、何だよこの石…』
俺が大量に運ばされた荷物は、粒の大きくない紫色の変な石だった。ミレニィがそれを1つ、無造作に拾い上げる。
『これは魔石の原石よ。と言っても本来なら値が付かない屑石だけどね。私、これの加工が得意でねー』
『そんな特技が…。でも、屑石じゃあ加工しても大した値が付かないだろ?他に職人も居るだろうし…』
ミレニィは手に取った魔石の原石を、手の中で転がしながら眺めている。
『実は魔石の加工って難しくて、魔境にはその技術は無いの。でもセニアはこの世界でも最高と言っていい魔石加工技術を持っているわ。普通は魔境で採掘された魔石は、そのままセニアで加工されて、最後は術具に組み込まれるんだけどね』
そこでミレニィが得意げに鼻を鳴らす。
コルトがその様子を微笑ましそうに見ている。
『私はセニアに出入りができるからねー、昔いろいろ裏でやって、なんとか魔石加工の基礎技術と加工用術具を手に入れたの。それでこうやって、アグルセリアでは価値の付かない魔石の屑石を加工して、魔境で売ってるわけ。ちなみにセニアで加工済みの魔石を買うと、原石の数倍の価格になるわ』
お得意の隙間産業らしい。俺たちに構わず道具を整え、作業を始めてしまった。
俺はこの町にあるかもしれない遺物に用があるし、町を回りたいと思っていた。
『…じゃあ俺、ちょっと散策に行ってくるわ』
『そう?じゃあ、あたしもついてく』
そんな俺と薊に、コルトが慌てて忠告する。
『あ、でも二人とも、町の上の方には行っちゃだめですよ?』
『…なんでだ?』
『危ないからよ』
魔石加工の作業をするミレニィが、顔も上げずに言った。
『危ないって…なんで?』
『魔境で一番古いこの町には、古臭い考え方の奴も多くいるわ。いわゆる「魔境を人間から独立させたい」って連中がね。この町の上の方で顕著でねー、私が目の敵にされるくらいだし、サミーさんやアーちゃんはもっと危ないわ』
『ミレニィも…?その見た目のせいか?』
人間の俺たちはともかく、なぜ魔物のミレニィも?
ほとんど人間の体に翼という、彼女の容姿で判断されるのだろうか…。
そんなことを考える俺に、ミレニィが冷たく言う。
『違うわよ。私の血の半分が人間だから、あいつら私を嫌ってる』
俺たちはミレニィを宿に残し、3人で夕刻のアグルセリアを回っていた。
コルトの忠告通り上の方には向かわず、町の下の方、つまり宿周辺を回っている。だだっ広いこの町からはセニアが一望できて、さらにアグルセリア近郊に広がる農耕地帯も見渡せる。
『いやー、ミーちゃん思い切って言いましたね。ゴローさんには言わないと思ってましたよ』
コルトがしみじみと言った。魔物の中で、ミレニィだけが人間の見た目に近い理由、それが俺にもやっとわかった。
『ミーちゃんの親は、セニアの変人劇作家とアグルセリア出身の女性だそうです。今は隣国に亡命してて、まあ結構有名な劇作家だったんで、そっちで普通に暮らしているみたいです』
『…素朴な疑問だが、人間と魔物で子供が出来るんだな…』
『まあ、人間と魔物の合いの子なんて、きっとこの世界でミーちゃんだけですねー』
この世界で1人…か。なんとなく、ミレニィの事が分かってきた気がする。
男しか居ないという自警団で紅一点のコルト。
異世界から迷い込んだひとりぼっちの薊。
ミレニィが彼女たちと親しくなったのも、同じものを感じたからだろうか?
『あ、ミレニィだ』
適当にふらふら町を散策してた俺たちの所に、ミレニィが向かってきた。笑顔で手を振っており、先程の少し暗い雰囲気は微塵も感じられない。
『やっほーみんな。置いてかれちゃってなんだか寂しくなっちゃった。早いけど夕飯にしましょ?』
俺たちは宿の傍にあった食堂で夕飯を食うことにした。
店全体からスパイシーな香りがしており、店の奥の方には、積まれた変な形の芋が見えた。
『さっきはゴメンねー。ちょっと愚痴が零れちゃったわ』
ミレニィが、先程の宿での一件を謝罪してきた。まあ俺達3人は誰も気にしていなかったが、一応気持ちはもらっておく。
『この町が人間に危険かもしれないのはわかった。でも俺、やっぱり遺物を探すぜ…』
俺の決心は、自分で思ったより固かった。遺物を辿れば、俺が元の世界に帰る方法も、この世界の秘密も、わかるような気がしていた。
『…ふーん、じゃああたしもついてく。何かあったら危ないし』
『私も付いて行きますよ。人間だけじゃ邪険にされるだけでしょうしね』
薊とコルトも乗り気だ。ミレニィは肩を竦める。
『まあ、止めはしないわ。私明日はずっと魔石の加工をするから、行かないけど。でも気を付けてよ?』
『お待たせしましたー』
明日の予定を話しているうちに、頼んだ料理が来た。
大きめに切った芋と謎の肉が揚げられており、見るからに辛そうなソースをぶっかけてある。あとはカラフルなサラダと謎卵のスープだ。
『来たわね。サミーさん、アグルセリアは香草や香辛料が特産だから、ここの料理は辛いわよ?』
『望むところだ!』
俺は辛い物が大好きだ。
『えーと、私何か忘れてるんですよねー…』
コルトはさっきから何かを思い出そうとしていて、
『あ、そうでした!ここの自警団の詰所で、変な遺物を貰ったんでした』
『マジか!それもやったぜ!』
2重にいいことが起きた。早速遺物が手に入るとは!さあ、どんな遺物か見せてくれ!
『ふふふ、これがその遺物ですよ…』
何故かコルトが妖しげな表情になり、胸元からゆっくりと何かを取り出す。何故そこから?それにその顔は何だよ…。
『じゃーん、これです!かわいいでしょう!?』
『おおおおおおおおぉぉぉぁぁぁああ…??』
『…なにこれ』
その遺物は、どの角度から見ても、ものすごく気持ちの悪い、謎の仮面だった…。
2021/12/29 誤記訂正などなど