その1 凡人の俺、異世界召喚される
初投稿です。ファンタジーっていいね。
気が付くと俺は、見たことのない景色の中にいた。
さっきまで俺の周りにあったのはコンクリートの建物、道行く自動車、ネオンの明かりだった、はず。しかし今見えているのは、どこかの田舎の田園地帯といった感じだ。
足元は土の道だし、だいいち昼だ。遠くに見える青い海や、煙を吐く巨大な火山はまだいい。しかし、田園地帯の彼方に見える、城壁に囲まれた古風な城は、とても現実とは思えない。突然の出来事に、俺はぼやくことしかできなかった。
「なんなんだよ、ここは…」
もしかして俺は、俺の知らない異世界へと迷い込んでしまったのかもしれない…。
確かにさっきまで、俺は俺の町に居たはずだ。いつものように夜のコンビニでバイトを終えた帰り道、ゲームをやるため自分のアパートへと急いでいた。
陰キャだった俺は地元での人間関係に嫌気が差していたし、しがらみから逃れるために、都会へと出ていた。最初はちゃんとしたところに就職したが、もともと人付き合いが苦手なこともあって、数年我慢したのち仕事もやめてしまった。そのときの同期とは今だに友人関係ではあるが、仕事の関係上最近は疎遠だ。
…今はフリーターとしてコンビニのバイトをしているが、まあ俺の性格じゃあ、この対人接客業も長続きしないだろう、と思っていた。
とにかく、アパートへ向かって夜の町を歩いていた俺だったが、人通りのない夜の道、ビルとビルの隙間に、何か光るものを見つけた。
最初は不良みたいなのが奥で何かやっているとも思ったが、どうにも様子が妙だ。人の声も気配もせず、それに光もなんとなく虹色なのだ。
ちょっとした好奇心で、俺はその路地裏の光に、恐る恐る近づいた。
それで今この状況だ。光に近づくと、何の前触れもなく突然周りの景色が変わったのだ。俺が居た世界とは全く違うそこに、パーカーにジーンズ姿、という異質な俺が一人で立っている。
今日は運悪くスマホをアパートに忘れたので、持っているのは財布だけだ。だが、これも恐らくなんの役にも立たないだろう。
「この状況はまずい…。と、とにかく人を探さないと…」
訳が分からない頭をなんとか落ち着けようと、少しでも冷静に振る舞おうとする。何でもいいから、誰か人と接触しなければ。
今俺から見えている広大な田園地帯には、何か穀物のようなものが植えられている。ただ周囲には人は見えず、かなり遠くに民家が見える。ほのぼのとした田舎の午後って感じだが、右も左もわからない俺にとってはそれどころじゃない。
「よし、あの家に行ってみるか…」
俺は何でもいいから行動を起こすことで不安を拭おうとする…が、民家を訪ねるって事は…相手は当然見ず知らずの人間だ。おまけに言葉が通じるかわからない。つまり、俺の仕事で例えると、日本語が通じない外国人の客と会話するような状況だな…。
できなくはないが、俺の対人能力的にだいぶキツい。
それに陰キャな俺にとって、仕事以外で人との関わりは極力避けたい。しかしこのままここに居ても何も解決しないこともわかっている。なんとか帰る方法を見つけなければ。
そんな感じでお宅訪問に迷っていた俺だったが、俺の居る道の向こうから、不思議な車が近づいてきた。大きな白馬が引いているところだけ見ればただの馬車だが、それに乗っている御者が身に着けているのは鎧…に見えるし、加えて馬車自体の装飾が妙に派手だ。
特に急ぐでもないその馬車?は、どうも最初から俺を一直線に目指していたらしく、そう時間が経たないうちに俺の目の前までやってきて、停止した。
「アス ラ レイノル ジェインゲイン?」
俺に向かって、御者が話しかけてきた。
「いやいや…やっぱ言葉通じないか…」
遠目にはわからなかったが、御者は短い茶髪の女性で、大きな緑の瞳に鎧を身に着けている。しかもかなりの美人だ。ただ俺の嫌な予感が当たった。言葉が通じない。
しかし話しかけてきたということは、何か俺に用なのだろうか。
俺に言葉が通じないのが分かったのか、茶髪の子が馬車の中になにやら声をかける。すると馬車の扉が開き、今度は金髪ロングの鎧姿の女性が出てきた。
こっちはさらに美人で、グラマスな上に鎧がいろいろきわどい。俺は目のやり場に困り、そっぽを向く。
グラマスさんが俺に近づいてくる。童貞な俺はちょっと怯んだが、そんな俺にネックレスのようなものを渡してきた。深い紺色の宝石が埋め込まれた、高級そうな見た目だ。
よくよく見ると目の前のグラマスさんも馬車を引いている女性も、同じものを着けている。
「デイテ スラウ ジャンナ」
グラマスさんが、彼女の首に掛かっているアクセサリを握り、何やら念じるジェスチャーをしてくる。同じことをしろ、という事か?試しに強く握ってみることにする。何もかもわけがわからない以上、俺はとりあえず出会った相手に従うことにする。
『私の言葉が伝わっていますか?』
『ええっ!?』
突然、頭の中に言葉が響いた。
『よかった、通じましたね隊長!』
『当然ね』
何故か、目の前の二人の言葉が頭の中に伝わってくる。テレパシーってやつなのか?
『あ、あの、これは一体…?』
『大丈夫、順番に説明しますね』
戸惑う俺に、グラマスさんが優しく笑いかけてくる。
『私はレイナ・ヴェンシェン。王国騎士団分隊長です』
『…俺は、五月雨繍五郎です…。なんで俺を拾ったんですか?』
『我らが王国セニアでは、異世界人は神が遣わした使者と伝わっています』
この白馬の馬車は王国騎士団、とやらの所有するものらしい。俺は今それに乗せてもらっている。いつのまにか日が傾き始め、遠くに家路につく農民の姿が見える。
俺が迷い込んだここはセニアという王国の郊外にある、商人などが使う街道なのだそうだ。街道の脇はすぐに深い森となっていて、動物の鳴き声が時折聞こえてきた。この調子なら、日没くらいには王都に入れる、らしい。
何が何だかわからない俺に、レイナが今の状況を説明してくれるという。
『いや、でも、俺別にただの、というか普通以下の一般人ですよ?特技も無いし運動音痴だし、頭も…良くないし…それに…』
『いえいえ、そんな事は無いのです!』
馬車の中には女性がもう一人乗っていた。メガネを掛けた三つ編みのその子も美人だ。というか何故男がいないんだ?狭い馬車の中で俺は今、女騎士たちに挟まれている。
本当ならうれしいもんだろうが、こういうのに慣れない俺には軽く地獄だ。彼女たちが友好的なのが、せめてもの救いだ。
『伝説によると、神によって異世界から召喚された人間は皆隠された才能を持っていて、その才で我らが王国の国難を救うそうです!
事実、過去にも異世界人さんはたびたびこのセニアへとやって来ていますし。それに、セニアの歴史に残る最も古い異世界人さんは、そりゃあもうすごい才能の塊だったと伝わってます!』
『はあ…そうですか…。ちなみに、この馬車が妙に派手なのって…?』
『もちろん、異世界人さんに失礼の無いように、です!』
初めて異世界人に接するというそのメガネっ子は、ひどく興奮した様子だ。しかしいきなり隠された才能がどうとか言われても、正直困る。
『あと、このネックレスは一体…?』
『これは念話を行う術具です。あなたの魔力が込められましたから、それはもうあなたの物です。私たちの念じることが、あなたの知る言葉になって伝わるはずです』
そう語るレイナは、というかこの世界の人は魔法が使えるらしい。俺にも使える理由は謎だが、人間にみなそういう力が備わっているものなのだろうか?
『…なんで俺が異世界人だってわかったんですか?ってまあ、こんな服装じゃ確かに異質ですけど…。というか、俺がここに迷い込んでから、俺を見つけるのが早すぎませんか?』
俺の素朴な疑問に、レイナが丁寧に答えてくれる。
『ああ、一応説明しますね。我々はセニア王国騎士団の巡回部隊で、この街道沿いに拠点をいくつか持っています。この街道はセニアの重要な拠点を繋いでいるので…通る商人も、それを狙う盗賊も多いのです。我々の仕事の1つは、主にそういった盗賊を取り締まるというものです』
『仕事の1つ?』
『ええ。我々の最も重要な仕事は、異世界人を発見して速やかに王都にお連れすることです。異世界人はみな突然現れますが、彼らは皆何故かこの街道沿いに現れるんですよね。今回は、いつもの巡回をしていた私たちが偶然あなたの近くに居たわけですが』
こうやって異世界人が稀に来るから、俺に対する対応が慣れた感じなのか。テンパる俺に対して、彼女らの対応は落ち着いたものだし。
しかしそういうことなら、王都に行けば、もしかしたら俺と同じ境遇の異世界人に会えるかもしれないな。まあ、居たとしてもそいつと言葉が通じるかは分からないが。
あとは誰でもいいから、元の世界に帰れる方法を教えてもらわないと困る。
俺を乗せた馬車は、たまに商人の馬車や農民たちとすれ違いながら、ほのぼのとした午後の街道を行く。
『今後の事はご心配なく。これからお連れする王国大神殿に行けば、大神官様があなたの才を見抜いて下さいます。あとは大神官様にお任せすれば大丈夫です』
『そ、そうですか…』
日が傾いてきた。もうすぐ住宅街に着き、そうすれば王都の城壁が見えてくるらしい。ただ、王都や城壁、大神殿っていうのは、俺にはよくわからないが。
『異世界人さん、魔法とかに興味はありますか!?』
メガネっ子が身を乗り出してくる。
『…魔法ですか、まあ、少し…』
『そうですよね!あ…でも、剣や槍なんかの武器にも惹かれますよね!!あと武器の開発や、はたまた魔法を込めた道具である“術具”の開発とか!!そういうのもひっくるめて大神官様が占ってくれるそうです!!ちなみに私は新米ですが、一応騎士の端くれなので剣を使います。でも魔法もいいですよねー!』
『は、はぁ…。でも魔法はともかく、俺そんなに腕力が無いから武器は無理だと思います…』
『ご安心を!セニアには力を高める魔法も存在します!本当なら持てない重いものを、軽々、とは言いませんが、とにかく持てるようになりますよ!』
このメガネっ子はテンション高いなあ…。初めて見る異世界人と言っていたが、彼らセニアの人と俺は見た目がそんなに違わない気がするが。
あとこの仕事が長いからか、レイナと御者の子は落ち着いた様子だ。テンションの高いメガネっ子を窘めながら、レイナが見惚れるような微笑を浮かべる。
『まあ何にせよ、今日は大神殿でゆっくり休まれるといいです。あなたの才能を見抜く儀式は早くても明朝でしょうし』
今までの説明を聞いた限りでは、その大神殿とやらに行けばとりあえず衣食住はなんとかなりそうだし、どうもBIP待遇だ。俺に向いた仕事まで斡旋してもらえるらしいし。
しかし、俺としてはそんな国難や才能がどうこうより、帰る方法を知りたい。というか夢であってくれたほうが助かる。
しかしまあ、もしレイナ達も本当に国がかかっているのだとして、異世界人の力を必要としているなら、帰りたいって言っても絶対引き止められるだろう。
しばらく迷った後、俺は聞いてみることにした。
『それより、異世界人ってどうやってこの世界に…』
『何だあいつは…!』
突然馬車が止まり、御者の子が叫ぶ。俺の隣の女騎士二人が馬車を飛び出す。突然の出来事に俺は戸惑った。外で何かあったのか?恐る恐る、馬車の中から外の様子を伺った。
夕暮れの街道の中央に、真っ黒い影のような奴が立っていた。
気味の悪い面を被ったその影は、足元まであるボロボロの黒いローブを纏っているせいで、体の輪郭も見えない。面で表情も見えない。そもそも何なのかさえ分からない。
背丈は160cmも無いくらいだが、頭から突き出た二本の角を合わせれば俺より高そうだ。武器を持っているようには見えないが、臨戦態勢の女騎士3人を前に、身じろぎひとつしない。
「クォンタ デル ヘルメイ!」
既に両刃剣を抜いたレイナが何か叫ぶが、影は全く反応しない。
メガネっ子が剣を片手に何か呪文を唱えると、彼女の両手を光が包む。
御者の子が槍を構える。メガネっ子と御者の子が、素早く影の両脇に回り込む。
囲まれた影は、まだ動かない。
レイナが構えたまま、じりじりと近寄る。
すごい。後ろから見ていた俺はもっと近くで見たくなり、馬車を下りた。
ふと影が首を傾ける。俺と目が合う。
突然、影が地面から少し浮きあがる。
そして、影はレイナ達を躱し、俺に向かってすっ飛んできた。
影が俺の腕を掴む。
「はぁ!?」
腕を掴まれた俺は、抵抗する暇もなく、ホバー移動する謎の影に、森の中へと攫われた。
「うわああぁぁぁぁぁ!」
すごい速さで森を駆け抜けるその影は、器用に木々を避けていく。
女騎士たちは追いかけてきてくれているのだろうか?
周りの景色が飛ぶように後ろに去っていく。
なんで俺を狙うんだ。
こいつは一体何なんだ。
いろんなことがありすぎて、もう俺にはどうしようもないぞ…。
どれくらい進んだか分からないが、不意に影が減速する。俺は目が回っていたが、なんとか周囲の状況を確認する。周囲は薄暗い森で、木々の間から黄昏の空が見える。どこか水の流れる音がするが、騎士の声は聞こえず、姿も見えない。
「何なんだよ…!」
俺が悪態をつき、掴んでいる影の腕を振り払う。掴まれていた腕が痛む。影は驚いたように、俺から数歩離れる。俺も数歩後ずさりする。
影は、何もしてこない。
…何もないまま、微妙な間が空いた。
「何とか言えよ!」
「聞き間違いじゃなかった。やっぱり日本語だ」
「な!?」
今確かに、この影は日本語を話した。落ち着いているが若い声だ。不意に影が、ローブのフードを脱ぐ。角だと思ったものは、どうやらフードに付いている飾りだったようで、一緒に下りた。
そして、不気味な笑みを浮かべた仮面を外す。下から、大きな黒い瞳と白い肌が覗く。
「あの人たちについていくと、殺されるよ」
「え…?」
仮面を外したそいつは、人間の少女で、俺と同じ言葉で話してきた。
2021/12/29 誤記訂正などなど