表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/6

天から下着姿の女性

清々しい朝。陽光に目を細め、青空を見上げると、真紀子は目眩がした。久しぶりの晴天である。真紀子は思う、今日の青空は幸せの予感かも、と。彼女は、天からの贈り物である太陽の光を活かす好機だと、掛け布団を素早く干した。念のため天気予報を調べると、降水確率はゼロパーセントで、問題なかった。気分良く仕事に向かえる気がした。

志田真紀子、三十歳。職業は精神科医である。勤め先のクリニックに向かう準備は万端だ。ワンルームマンションを後にし、市内の大通りに飛び出した。

勤め先に向かうまでの道のりには、飲食店がひしめいていて、真紀子行きつけのパン屋がある。「ラフォーレ」という店で、昼食はいつもここで買う。買い求めるのは、サンドイッチか惣菜パンで、菓子パンは帰宅中にたまに買う程度。気ままな真紀子は、こだわる部分と気にしない所の差が大きい。サンドイッチは、マスタード入りでないと気が済まないのだが、菓子パンにこだわりは無い、と言った具合に。今日はカレーパンとグラタンパンを購入した。

「先生、偏食なんですね」

接客した店主の妻が冷やかした。真紀子は、「どうも」と苦笑でやり過ごした。

ラフォーレの外に出ると、真紀子は、降注ぐ陽光に再び目眩を覚えた。はて、体調不良かな? いや、心地よすぎるだけだ。飛べそうなくらいに。


クリニックまであと百メートルの地点に来た時、真紀子はまたも空を見上げた。陽光が一瞬遮られたかと思うと、ぎょっとする影が眼前に映った。あっ! 人だ! 真紀子は人間性に基づく条件反射で、受け止める態勢をとり、落ちてくる人影を必死に目で追う。だが、遅かった。人は真紀子から大きく逸れ、永遠に続くようなスローモーションで、アスファルトに激突した。時と共に凍り付いた表情と姿態で、アスファルトに倒れた人を振り返る真紀子。だが、いつまでも凍っている訳にはいかない。次に気付いた時には、倒れている人の状態を冷静に判断し、見極めようと努力していた。女性だ。若くて、色白で、下着姿の。右肩から落ちたけど、頭などからの出血はないか。血は流れていない。救急車を呼んで来てもらうまで、下手に触らないでおくべきか。呼吸は落ち着いている。脈も安定している。呼び掛けてみよう。

「あなた、大丈夫? 痛くない?」

「ええ、悔しいことに。ちっとも痛くない」

女性の返事に真紀子は面食らった。彼女が右腕をおもむろに挙げたので、右腕も無傷らしい。

「人が来ない内に、私を運んで」

「ええ、わかった。こんな姿だもんね」

真紀子は女性の頼みを引き受け、ロングジャケットを着せてあげると、一目散に自宅へと引き返したのである。女性をおんぶしながら。

自宅マンションのエントランスで、顔見知りの住人と出くわした。「あら、おはよう。志田さん、そちらの方は?」

「友人で、微熱を出したようなんです。彼女、デリケートだから」

「そう、気の毒に。お大事にね」

住人の女性は去って行った。真紀子はふいに、何やら熱気を首筋に感じ、あわてて女性を振り返った。顔が火照っていて、額を触ると、高熱を発していることがわかった。

「大丈夫? 大きい病院に運んでもらおう」

しかし、女性は首を横に振るしぐさで、反対するのである。

「事件性以上に深い事情があるのね?」

「うん」

両目で問いかけながら頷く女性に、真紀子は母性からくる責任感を刺激された。理由はどうあれ、私が助けてあげないと。自宅へたどり着くと、固く施錠して、女性をベッドに寝かしつけると、ベランダに干した掛け布団を掛けてあげた。

「さあ、もう安心して。ただひとつ聞きたいのだけど、あなたの名前は?」

真紀子の問いに女性はためらうが、辛抱強く待つ相手の態度を察してか、一息に答えた。

「茨木ナオ」

「茨木さんね。事情やその姿、そして建物から飛び降りた経緯は聞かないでおく。でもこちらにも責任があるから、いつかは話してくれる?」

「私、大手女性下着メーカーの新人社員だったんです」

「えっ?」

ナオの告白に真紀子は驚いた。

「超立体フィットショーツと、ジェルパッドブラジャーは、私のデータに基づいた、個人情報とプライバシーを悪用した商品なんです」

「茨木さん、下着モデルだったの?」

「合意した上でのモデルだったなら良かった」

下唇を噛みながら、ナオは悔しげに呟いた。

「熱を計ろう。そして、軽い食事と水分補給。詳しい話は元気になってからね」

「お世話かけます。ええっと……」

「志田真紀子よ。よろしくね、茨木さん」

繊細な雰囲気と物腰だが、まるで少女のようなナオに、真紀子は急速に惹かれていくのを感じた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ