ある朝食
同性愛表現があります。苦手な方はご注意ください。
誤字脱字があるかもしれません。ご容赦ください。
「あんた、ゲイ?」
借りてきた猫がしゃべった。借りてきたといっても借りてないしむしろ友人に無理矢理おしつけられたという感じで、猫といっても人間の男で、慣用句とはまったく関係ないのだけれど。うちに来てから三日これまで一度も口をきかなかった彼、名前を知らないので仮に猫くんとしよう、猫くんの声を初めて聞いた。
「うん」
びっくりした僕は無防備に答えてしまった。友人から来たメールを開いたときだった。その友人の女性、仮にA子としよう、A子はなかなかどうしてふっ切れたクズである。美しく聡明でモテる。しかし彼氏とは長く続かない。離別する時必ず「わたしではあなたをしあわせにできないけど、彼ならあなたをしあわせにしてくれるわ。私の一番の友人よ」と彼氏に僕を紹介する。そして高飛びする。
ゲイの友人に自分のお古の男を押し付けて、高飛びする。ここクズポイントね。
今回も彼女は国外逃亡中。送られてきたメールには南国サンセットな写真が添えられていた。猫くんはA子が最近買った一戸建てでずっと同棲していて、離縁した今は住む場所が無いらしい。だから僕の部屋にいる。あのばかでかい一戸建てから1LDK。生活レベルがどーんと低くなってごめん。
「ねぇ、」
「あ、なんかたべる?パンでいい?」
「米がいい。ねぇあの人ってなんなの」
あの人とはA子のことだろうか。
「なんかの団体の幹部って言ってたけど」
旧い友人だが、詳しいことは知らない。別に知らなくても困らないから。
朝食を用意する。初めて彼との会話でメニューを決める食事だ。昨日までは僕が勝手に作ったものを彼に出して、彼は無言でそれを食べるだけだったから。米あっただろうか。冷凍庫を探したら少し前に作った炊き込みご飯の余りが見つかった。
「団体ってなにこわい。いや仕事のこともあるんだけどさ。一回も恋人らしいことが無かったんだよね。手も握ってないよ。結婚しようとか言ってたクセにさ」
A子から二通目のメールが来た。
『やばい どうしよ』
おいおい、なにがあった。
「……ま、そもそも、元カノのことしか眼中に無いからね、あいつ」
「元カノ……レズビアン?」
パーソナルなことだけど、A子自身が公表していて「私の遍歴?お前に押しつけた男たちに?ああ、お前が説明しといてくれ」とアウティングの許可も得ているので、ためらいなく明かす。
「元はノンケだったから、バイ、かなあ……四年前に出会った大好きな彼女から三年前に『男と結婚してしあわせになりなさい』って捨てられて、ヤケになって、この三年間は男を捕まえては『合わない』って一方的に別れを告げ、また男を漁っては捨て漁っては捨てしてるという」
「迷惑な話だね」
温め終わったご飯を茶碗に移して彼に渡した。
「おかずは?まだ?」
「はいはい。少々お待ちを」
またメールが届く。
『どうしよ まほちゃんがいる』
「まじか……」
「ねぇ、まほちゃんってだれ」
いつの間にか背後に迫っていた猫くんに携帯電話の画面を覗かれていた。別に隠してないけど。
「例の元カノ」
「すげーじゃん。運命じゃん。メールなんかしてないでさっさと当たって砕けろって返して」
「えっ」
「なんだよ」
びっくりした。猫くんは見た目によらず男気溢れる人らしい。手早くメールを返して、ちょうどよく焼けた玉子を巻いていく。
「人って他の人をしあわせにしてるって実感があって初めてしあわせ感じる生き物だから、俺といた間もその前もずっとあの人はしあわせじゃなかっただろうね。うまくいってほしいよ」
「猫くんっていくつだっけ」
「猫くん誰だよ、俺かよ、19だよ」
「猫くん、かっこいいね」
最近の十代はそんなかっこいいことが言えるのか。侮れない。
出来上がっただし巻き玉子を皿に乗せて、彼をダイニングテーブルに促し、僕も向かいの椅子についた。
「いただきまーす」
礼儀正しい。
「はい、召し上がれ」
改めて正面で見る彼は、だし巻きを口いっぱいに頬ばっているけど美しい。初めてきちんと顔を見た気がする。
「美青年だったんだな、猫くんって」
「猫じゃねぇって。なに、惚れた?」
「え、」
つい、心の声が。
頭を振り、否定する。いやいやいやいや。いくらなんでも。未成年はちょっと。今まではそりゃA子からのおさがりくんたちとはそんな関係にならなかったわけじゃないけどさ。情がわいてさ。あれ、僕、そういえば今恋人いなかったっけ?いたよね?最近お互い忙しくて会ってなかっただけで。あれ?これって浮気?未成年と浮気?犯罪になる?
「あんた名前は?」
「だ、だざいたもつ、です」
混乱しながらもなんとか返事はできた。
「たもつ、ね」
「えっと、じゃあ、君の、名前は?」
「たもつが俺と付き合って俺を養うなら教えてあげるよ」
「うそ……おうぼう……」
「横暴な男、すきでしょたもつ」
「そう、かな」
昨晩の残りの味噌汁をすすって視線を外したのに、テーブルに身を乗り出した猫くんの美しい顔が追いかけてきて目を覗き込まれた。
「そうだよ。横暴で男気溢れてかっこいい男が好きなんだよ、たもつは。ね?」
「う、ん?」
なんだか息苦しい。味噌汁の中で緑が濡れたほうれん草を食べたいのに、上手く箸を動かせない。
「今日までずっとあんたを見てて、オとすって決めた。俺はかっこいいだけがとりえでまともな職につけないニートでヒモ体質だから誰か養ってくれる人がいないと生きていけないんだ。誰でも良いってわけじゃない。俺は、たもつに養われたいよ」
「あの、いま彼氏いるし」
「そいつ俺よりかっこいいの」
「君よりかっこいい男なんてそうそういないよ」
「そりゃそうだ。俺がいるならそんなの要らないでしょ。さっさと別れて、俺に集中しなよ。ね?」
「いや、」
「おかわりちょうだい。おかずももっとほしいなあ」
「……わがまま」
「ほれた?」
「ほれ……ません」
大丈夫。惚れてない。こんな軟派なのは恋愛とは認めない、九州男児たるもの。認めないぞ、これは餌付け。猫の餌付け。え、づ、け。
僕は冷蔵庫から取り出した厚切りベーコンをフライパンに並べた。
「俺、肉より魚派だから、次からは魚にしてね」
イケメンは……ずるい。
焼けるベーコンのにおいはたまらなくすばらしいけど、始まりそうな恋の淡い香りをごまかすには足りなかった。




