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8/20

湯船を血に染めて

どうも、こたつ猫です!!


忙しくて前回の投稿から時間が空いてしまいましたが、なんとか年内にもう1話投稿できました。

今回はかなり暴走したので、ツッコミどころが多いかもしれません……

 




 燦然と輝く祭壇の上、灼銀の燐光のシャワーを浴び、妖精の様に舞う姿があった。


 ──黒を基調としたロングスカート。雪の様にシミひとつない真っ白いエプロン。清潔感あふれるメイド服を翻し、腰に手を当て悠然と微笑む少年──ユウタは、膝から崩れ落ちた。



「なんでなんだよぉ……!! ここはカッコよく決める場面じゃなかったの!? どうして僕はメイド服なんて着てるんだ!!?」


 主人公みたいに秘められた力が解放したユウタ。しかし、それはメイド服を着用しただけで、あまり変化が無かったのだ。あまりの喪失感に行動不能になるのは仕方がなかっただろう。


 ……これじゃあシーシェさん達を止めることなんてできないよ。クーデルンさんが、ギフトは発動する事で使い方がわかるって言っていた。けど、僕の頭に流れ込んで来たのは、上手に家事をこなす方法だけしか無い……!! 今僕が欲しいのは油汚れの落とし方じゃなくて、皆んなを宥める方法なんだよ!


 メイド服を着ている羞恥と、決めポーズをして何もできなかった遣る瀬無さで顔を上げられないユウタ。そんな彼の肩に、優しく手が置かれた。



「──ユウタよ、良くやったな。お主は役割を果たしたんじゃ」



 労わる様な声をかけられ、顔を上げる。そこには慈しむ様に見つめるクーデルンさんがいた。



「お主は自分を卑下している様じゃが、それは間違っておる。ユウタは自信を持っていいんじゃ」

「如何してですか? 結局僕がしたことは、メイド服を着ただけなんですよ!?」


「本当にそう思うなら後ろを見てみるといい。きっと、わしの言いたいことがわかるはずだ」



 渋々ながらも、促されるままに振り返る。そこには──だらしない顔ではしゃぐシーシェさん達の姿があった。



「ふみゃ〜〜〜〜っ!!!! 可愛いいぃぃぃぃいい!!!!」

「こ、これは……!? 想像以上の破壊力だっ!!」

「……………天使降臨……萌えた……」

「はぁ…はぁ…っ! ユウちゃん、そんなに愛らしくなっちゃって……。私はそろそろ我慢できなくなりそう!!」

「私はなんというか──女としての自信を無くしそうです」


 先程まで大気を軋ませていた威圧感など失せ、ガールズトークに花を咲かせる愛らしい少女達がいた。彼女達の雰囲気の落差に、ドッと疲れが噴き出てくる。


 ……殺人鬼スマイルからの、いつも通りの笑顔への豹変は怖すぎるよ。到底同じ人物だとは思えない。街角調査でも、100%の人が僕と同じことを言うはずだ。まあ、なんだかんだ言っても、普通に笑っているシーシェさん達の方が絶対良いよね!! 可愛いし、何より──命の危険を感じないんだもん。


「ほれ、わしの言った通りじゃったろ!」


「……確かにそうなんですけど、なんかこう、釈然としないものが……」



 だって、僕だって男だもん。可愛いって言われるのは複雑なんだ。



「贅沢を言いなさんな。今は助かったことを喜ぼうじゃないか!!」



 大仰な仕草で神への祈りを始める。なんだかんだふざけていても、クーデルンさんの身のこなしは洗練されている。ただ祈りを捧げているだけなのに、その姿が神聖なものに見えるから不思議だ。

 ……中身はただの変態なんだけどねー。


「……そうですね。今は命が助かったことに感謝しておきます。えいっ!」


 ポンっ! 小さい破裂音を鳴らし、メイド服がカードに戻った。



「「「「ああああ!!!!」」」」


「そんな残念そうな顔しても、もう着ませんからね!」


 僕にもちっぽけな男の矜持があるんだ。これ以上恥を晒すわけにはいかない。何より情けないからね……。



「そんなぁ、もう一回だけ着てよ〜」

「ユウちゃん、お願い!! クーデルンのせいで疲弊した心に癒しを頂戴!!」


「……とうとう、呼び捨てすることに抵抗を持たなくなってしまったか」


 隅っこで、クーデルンさんが膝を抱えていじけている。……貴方の場合は、全て自業自得ですよ。


「皆さんおちついて下さい。ユウタくんも困っていますし、そろそろ教会を出る時間なのでは無いのですか?」


 ルチアさんの的を射た指摘。さすがは常識人だ!


「それもそうだな。もう日の暮れる時間だし、一旦家に戻ろう」


「うんうん。ユウタくんに家を見せなきゃいけないしね〜」



 どうやら、帰宅する方向で意見がまとまった様だ。

 そして方向性の決まった4人の行動は素早く、気がついたら広い庭のある家まで連れてこられていた。


「──到着!! ここが私たちの家ですよ〜」



 両手を広げシーシェさんが示した先は、二階建ての大きな煙突が印象的な家があった。どう見ても、若い女性4人で借りられる広さじゃ無いんだけど……。


「え〜っと、皆さんはこの家を4人で借りて住んでいるんですか?」


 こんな広い庭に、大きな家。とても買える値段では無いだろう。賃貸だとしても、それ相応のコストがかかりそうだし。

 おそるおそる聞いた僕に、なんでも無い事のようにシーシェさんが


「? これ、私たちの家だよ。4人でお金を出し合って買ったんだもん」


「──へ!?」


 今なんて言ったの? 買った? この無駄に広い家を?

 本日何度目かもわからない処理落ちする僕を置いて、昔を懐かしむように4人は話している。



「結構高かったよなぁ。買うのに時間がかかったし」


「…………ローンじゃなくて一括払いだった……そのせいで余計苦労した……」


「うふふ。別にいいじゃ無いの〜。昔苦労したおかげで、今は快適に暮らせているんですからね」


「そうそう。お風呂に庭付きの物件なんて、ここくらいしかなかったしね。やっぱりお風呂には毎日入りたいし、この家でよかったよ!」



 和やかに話しているけど、内容はすごいよね。一体どうやって稼いだのかな? 地球だったら、サラリーマンのお父さんが、60年ローン組まなきゃ変えなさそうななのに……。



「──さ、門の前で話すのはやめて、中に入りましょう」


 ギィィ。鉄製の重いドアを開けて、ついに敷地内に足を踏み入れた。あまり手入れをされていないのか、草が野放図に伸びている。やっぱり、仕事しながら手入れをするのは大変なんだろうな……。


 友達に家に入る時のようなワクワク感を覚えながら進んでいると、リビングと思われる大きなテーブルのある部屋に通された。ちなみに靴は履いたままで、こういう所は欧米寄りみたいだ。



「じゃあ、私は夕飯を作ってくるね〜」


「ああ、頼んだぞ」


「……ユウタのことは任された……」


「あらあら、それなら私はお風呂を沸かして来ましょうか」


 それぞれが自分の分担をこなすために、慌ただしく駆け回る。養ってもらう立場の僕が、このまま何もしなくていいのか! いや、そんなはずはないだろう。ここは役に立つところを見せなけば!!



「──みなさん!! 僕にもできることはありませんか? 何でもやりますよ!!」


 グッと両手を握りしめ、精一杯アピールする。新米の僕は、働かないと価値は無いのだ!!


「ん? ユウタ君は座って待ってていいよ!」


 ……めっちゃいい笑顔で、戦力外通告をされました。

 しかし、ここで引き下がっては男がすたる!! もう一度アピールを──


「そんなわけにはいきません!! 僕にも何かお仕事をください!!」


「ん〜、それじゃあ、イルザとディアがつまみ食いしないように見張っててね!」



 整った顎に手を添えて悩んだ様子のシーシェさん。ソファーに腰掛けてくつろぐイルザさんを一瞥してから、僕に仕事を任してくれる


「お任せください!! 全身全霊頑張ります!!」


 やったー! 無事に役割をもらえることになったぞ。これで僕は役立たずじゃ無いぞ!


 さっそくシーシェさんに言われた通り、イルザさんとディアさんを見張──アレ?これは仕事なのか?


「そうかそうか。私達はユウタに見張られるのか。それじゃあ、つまみ食いなんてできないなー」

「……ユウタ……こっちにおいで……抱っこしてあげる……」



 近づいて来たディアさんに、ヒョイ。抱き上げられそのまま一緒に座る。



「……ユウタ……モフモフ……」


「ふにゃ〜……気持ちいです……」


「む! ディアばかりズルイぞ! 私にも撫でさせろ!」


「……頭は私が撫でてるから……ほっぺたならいいよ……」



 僕の許可無しに僕の体のことを決められてるよ。……正直、気持ちいいから何でもいいかな〜。



「すごいな……。こんなプルプルタマゴ肌、初めて触ったぞ。吸い付くような感触だ……」


 ぷにぷに。


「……髪の毛もフワフワ……撫でるのが止まらない……」


 さわさわ。


「うにゅ〜……くすぐったいです〜……」


 イルザさんの割れ物を扱うような手つきも、ディアさんのゆっくりと髪をすいてくれるのも、心が安らぐよ。全身の力が抜けて、全てを預けちゃいそうだ。


「……ユウタ気持ち良さそう…………」


「そうだなぁ。顔がフニャフニャになってるしな。ついつい撫でたくなってしまう」


「──もう! 2人ともユウタ君んとイチャイチャしすぎ! ご飯ができたから運んでね」


 ゆったりとした大きめのソファーで撫で回されていると、台所から顔を出したシーシェさんと目が合う。そしてシーシェさんと一緒に、香辛料の香りが流れて来た。


 くきゅるるる。


 食欲を刺激する香ばしい匂いに、ユウタの正直なお腹が反応してしまう。プク〜っと頰を膨らませていたシーシェも、一度目を大きく開いてから、花が咲くように笑顔になる。


「ユウタ君もお腹が空いたんだね〜(ニヤニヤ)」


 慈しむようでいて、からかうような笑み。

 ──く……っ! 精神年齢ほぼ二十歳のくせにこの体たらくとは……。は恥ずかしい!!


 ぼしゅん! と火山が噴火するように、足元から頭にかけて赤く染まっていく。そして頭から湯気を出し、熱を逃がすように口をパクパクしてしまう。



「……ユウタのお腹の音……かわいかったよ?……(ほにほに)」


「くくく。ちっちゃくてもユウタは男の子だもんなぁ。そりゃ〜腹も減るさ (にまにま)」


「──〜〜〜〜〜!!!!」



 うにゃーーーー!! 羞恥心で言葉が出ないよ!! 今すぐこの場から消え去りたい!!。


 ──そうだ。確かシーシェさんは料理を運べと言っていたっけ。それなら僕が完璧に、高速に、芸術的にサーブすればいいんだ。


「し、シーシェさん!! この料理を運べばいいんですか!? いえ、これを運んで来ます!!!」


「あ、ちょ、ユウタ君!? 危ないからゆっくり運ぶんだよ〜!」



 素早くディアさんの膝の上から抜け出し、台所に突撃。滑るように駆け、ホカホカと旨味を湯気として立ちのぼらせるシーシェさんの手料理(ここ重要)を、流れるような動作で確保する。

 この間わずか3秒。ユウタの中に覚醒したメイドとしての本能が、最適な体捌きを無意識のうち導き出していたのだ。


 コト、コト、コト、コト。


 中身を一切こぼすことなく、美しく食器を並べていく。後ろからシーシェさんの声が聞こえた気がするが、ゾーンに入っている僕は止まらない。

 香りと食器と円舞曲(ワルツ)を奏でるかのように、軽やかなステップで食卓を彩った。



「あらあら〜、少し席を外していただけで、面白いことになってますね〜」


「む? レーテか。お疲れ様」



 手をタオルで拭きながら、レーテが風呂場から戻って来た。ユウタのことが心配なためいつもより早めに終わらせて来たのだが、ダイニングは予想外のことになっていたのだ。


「……見て、ユウタが面白い……」



 緩慢な動作で掲げられた手の先には、高笑いを上げながら料理を運ぶユウタの姿。口元がわずかに上がってることから、珍しくディアが笑っていることがうかがえた。


「確かに面白いですけど、私は一生懸命にお手伝いしているユウちゃんが可愛く見えますね〜」


「そうか?ものすごくイキイキしているのは伝わってくるが……」


「──ほら! イルザ達もボサッとしてないで、早く席に座りなよ! ユウタ君が待ってるよ!」



 3人がユウタについて駄弁っていると、いつの間にか配膳が終わっていた。



「……一体どうやったら、こんなに早く終わるんだ?」


「……ありのままに起こったことを話す……気がついたら全てが終了していた……」


「うふふ。ユウちゃん〜、お手伝いして偉いわね〜!」


 自分もユウタの隣に座って、シーシェが手振っている。横ではユウタが誇らしげに3人を見ていた。


「ユウちゃんはいい子ね〜!! よしよし!! い〜っぱい褒めたあげるからね〜」


「ふぃへへへ。レーテさん苦しいですよ〜」


 ムギュッと豊満な胸でレーテがドヤ顔で胸を張るユウタを包み込む。

 配膳しただけでこんなに褒められると複雑だけど、やっぱり嬉しいな。頑張った甲斐があるよ!

 椅子ごと抱きしめられたユウタが頰を緩めると、レーテの抱擁がますます強くなる。


「もう、ユウちゃんは本当に可愛いわね!! 堪らないわ!!!」


「れ、レーテさん! 苦しいです〜!!」


 胸いっぱいにレーテさんのバニラのような香りが広がる。フェロモンの様な香りはな脳髄を痺れさせ、メガトン級を誇る胸が物理的に呼吸を止める。


 ……く、苦しい……! 結構本気で死んでしまいそうだ。けど、女性の胸の中で死ねるなら本望じゃないか?

 ああ、パトラ〇シュ……! 今から会いにいくよ……。



「──いい加減やめんか!!」


「あふん!!」


 スパァン!と気持ちのいい音がなり、レーテさんが正気に戻った。それを見届けたイルザさんが、少し赤くなった手のひらを冷やすようにぶらぶらと振る。


 助かった……。危うく天使が迎えにくるところだったよ。



「まったく。いつも一番冷静なくせに、ユウタが絡むとすぐアホの子になるな」


「ううう、人の頭を叩いておいて、なんたる言い草……」


「……イルザは野蛮人……レーテは色ボケ……フッ……」


「「なんだと!!」」


「もう!! いつまでじゃれあってるつもり!? ご飯冷めちゃうよ!!!」


「「「う………!!」」」



 もはや恒例となりつつあるじゃれ合いをシーシェの一喝が収め、ようやく夕食にありつくことができた。

 目の前にホカホカと湯気を上げ、自己主張するごちそうさん達。僕のお腹は我慢の限界です!!さっそく、いただいちゃいます!!


 理性の限界を超えてしまった僕は、フォークを握りしめ、たっぷりとソースのかかったお肉にかぶりつく。ブロックサイズに切り分けられた極厚のお肉は、歯が沈み込むように消え、じゅるんと噛み切れた。


「ふみゅぅぅぅぅううう!!!」


 洪水のように溢れ出る肉汁が旨味を運び、分厚い肉が満足感を与えてくれる。ハフハフと熱を逃がしながら、とどまることを知らない肉汁をジュースのように飲み干す。後からソースに入っていた香辛料のピリッとした刺激、野性味溢れる極厚の肉を噛みしめる豪快さ。嗅覚、味覚、触覚全てを満たした旨味の爆風が、むふー! 混然となって鼻から突き抜ける。


「うみゃ〜〜〜〜いっぃぃぃぃいい!!!」


 こんな美味しいお肉、今まで食べたことないよ!! 噛めば噛むほど肉汁とソースが絡み合い、口の中を旨味で満たしていく。こんなボリュームがあるのに後味がしつこくなくて、溶けるように口の中に消えていく。陳腐だと思うけど、美味しいという言葉しか出てこないよ!!



「あはは〜。ユウタ君美味しそうに食べてくれるね。満足してくれたかな?」


「それはもう!! こんなに美味しいお肉は人生で初めて食べました!!!」


「そ、そんなに褒められると照れちゃうよ……。あり合わせの食材で作っただけだし、ユウタ君が大袈裟なだけだよぉ!」


「──そんなことはありません!! 食材の下処理は完璧ですし、ソースも絶品です。これをあり合わせで作るなんて、シーシェさんは天才だとしか言いようがありません!!」


「あ、あはは……。何だか暑くなってきちゃったな〜」



 パタパタと胸元を扇ぐシーシェさん。顔は真っ赤だし、目が泳いでる。どうかしたのかな?何だか笑って受け流されちゃってるし、シーシェさんの料理がどれだけ美味しいのかをちゃんと伝えなきゃ!!



「──シーシェさん。僕の目をちゃんと見てください」


 フォークを置いて、まっすぐにシーシェさんに向き直る。この人達には本当にお世話になっているんだから、お礼や素直な気持ちは包み隠さず伝えなきゃダメだと思うんだ。

 挙動不審気味なシーシェさん、僕の気持ちが伝わるように、本当の言葉で──


「シーシェさんは謙遜していますが、僕は本当にすごいと思っています。シーシェさんは優しくて、綺麗で、とっても素敵な女性だと思います!! お嫁さんに欲しいくらいです!!!」



「………………………………へ?」



 ビタッと食卓を囲んでいたみんなの動きが、空気とともに凍った。


 …………ああああああ!! 僕はなんてことを口走ってるんだ!! 素直な気持ちって言ったけど、そこまで喋る必要はなかったよ!?


 絶対に引かれたよね? 出会って一日も経ってないのに、いきなり告白じみたことをすればそうなるよね〜……うん、謝ろう。取り返しのつかないことになる前に。



「あ、あの、シーシェさん!! 今のは口が滑ったと言いますか、思ってたことをそのまま口に出してしまったというか……ええ〜っと……」



 やばぃぃぃぃぃいい!! テンパりすぎて、まともに喋れないよ!! 確認するのが怖くて顔もあげられないし、一体どうしたらいいんだ!!



「…………………………みゃ」


 みゃ?


「みゃあぁぁぁぁあああああ!!!!」


 一拍おいてから、シーシェさんが爆発した。比喩表現とかでは無く、文字通り爆発したのだ。


 ──って、呑気に見ている場合じゃない!!



「 どうしたんですか!? 大丈夫ですか!!」


 椅子から転がり落ちて頭を左右にブンブン振るシーシェさん。こわ! 一体何が起こったの!?



「ゆ、ユウタ君が私と結婚したいだなんて……。でもユウタ君はまだ子供だし、今は婚約っていう形なら大丈夫かな……」


「シーシェ、正気に戻れ!! ユウタの天然発言に振り回されるんじゃない!!」


「そうよ!! ユウちゃんは私と結婚するんだもん!! 現実に戻ってきなさい!!」


「待て!! レーテまで何を言い出しているんだ。今日のお前らはおかしいぞ!?」


「…………シーシェばっかりユウタといちゃついてずるい。……私ももっとラブラブしたい……」

「ディアもか!? 私に味方はいないのか、頼むから正気に戻ってくれ!!」



 カオスな状態に突入したダイニング。みんな顔を真っ赤にして、瞳には危ない光が灯っている。

 誰もが誰も正気を失っている中、ほとんど手をつけられずに残った料理の湯気が、虚しく虚空に溶けて行った──




 ♢




 結局大混乱に陥ってしまった夕食。なんとか落ち着きを取り戻して冷めた料理を食べ終えた。しかし何だか疲れ切ってしまった僕たちは、レーテさんが入れてくれたお風呂に入ることになったのだ。


「ユウちゃん〜、お洋服を脱ぎ脱ぎしましょうね〜」


「れ、レーテさん! 服ぐらい自分で脱げますよ!」


「わがまま言っちゃダメだよ! はい、両手を上げてね〜」


「うう……」



 なんで男の僕が裸になるのを恥ずかしがって、シーシェさん達が脱衣にためらいがないんだろう。あっという間に下着まで脱いじゃったよ……! 現役DTの僕には刺激が強すぎる!!



「ユウちゃんの肌は本当に綺麗ですね。羨ましいわ」


「私たちだってこんなプニプニお肌じゃないもんね! どうやったらこんな綺麗に保てるんだろうね〜」


 お湯節約のために、一回の入浴で最低でも2人以上同時に入るのがこの家のルールらしい。光熱費もバカにならないのだ。それは僕も理解できるんだけど、2人とも無防備すぎるよ! 桜色の突起が見えちゃってるよ!!


 このままだと僕の理性が崩壊して、魂から溢れるリビドーが爆発してしまう!! 早く湯船の中に入らなければ!!



「あ、あの! いつまでも裸のままじゃ風邪をひいてしまいますし、とりあえずはお風呂に入りましょう!!」


 両手で体を隠しながら決死の主張をする。ここで受け入れてもらえなければ、僕は社会的に死んでしまいそうだ。



「そうね。ユウちゃんが体調崩したら大変ですし、お湯に浸かりましょうか」


「やったー! 毎日の楽しみお風呂だ〜!!」


 ガチャ! タオルを片手にシーシェさんが突入して行った。

 ふぅ……。これで危機は回避できたかな。2人とも誰もが振り返るような美少女なんだから、もう少し危機感を持ってほしいよね。でないと、いつか悪い男に引っかかりそうだ。そうならないためにも、僕がしっかりしなければ!


「ユウちゃん。私たちも行きましょうか」


「はい! お伴します!」



 ふんす! と気合を入れ、いざ行かん。男が求めし理想郷(アガルタ)へ──




 ♢




「ふいー……。一日の疲れが溶けて行くようだ」



 木製の浴槽に背中を預け、思いっきり足を延ばす。ぐで〜っと力を抜くと体が浮かび上がり、心地よい浮遊感に包まれる。


 やっぱり日本人は一日一回お風呂に入らなきゃダメだよね〜。でないと疲れが翌日まで残っちゃうもん。



「ユウちゃんはご機嫌ね〜。そんなにお風呂が気に入ったの?」


「はい! これがないと生きていけないくらいには、お気に入りですっ!」


「ユウタ君が喜んでくれたならよかったよ! 明日も一緒に入ろうね」


「もちろんです!! 2人と一緒に入れるなんて幸せですもん!!」


「またユウちゃんは私たちが喜ぶようなことを言うんですね〜」


「そうそう。ユウタ君は自分の言葉の意味をもう少し考えたほうがいいよ」



 ふよふよと水面に浮かぶ、四つの男の夢。柔らかそうなそれを横目で見ながら、本心のままペラペラ喋っていたら、2人が湯をかき分け近づいてきた。

 なんだろう? またおかしなことを言っちゃったかな……。


 2人の笑顔に不審なものを感じて身構えると、ギュ。後ろからかけるように抱きしめられた。


 ──て、え? 今背中にふよんって感触が……



「本当に可愛いんだから。また抱きしめたくなっちゃったよ」


「本当に癒されますね。シーシェ、次変わってください」



 僕を挟んでふたりの美女が微笑み合っている。それ自体は眼福な光景なんでありがたいんだけど、レーテさんが正面に──しかも前かがみになるもんだから、身長の低い僕の目の前に超ド級の双丘が──



「れ、レーテさん! まえ、前を隠してください!!」



 両手で視界をふさぎながら、どもる舌を無理やり動かし声を絞り出す。


 やばいよ! もうやばいとしか言えなくなほどヤバイよ!! ふわふわで柔らかそうとか、谷間を滑る水滴が妖艶だとか──そうじゃない! 思考がピンク色に染まって戻らないぞ!!!

 僕の慌てふためく姿を見てどう思ったのか、レーテさんがおもむろに僕の手を取って、自分の胸へと導く。


 ふみょん。僕の指が柔らかいものへと沈み込んで行く。


 ……こ、これって、まさか……。僕の錯綜する思考は、極限状態に陥り、脳内緊急会議を開催する。



『ねぇ! 今どう言う状況なの!!』(ユウタ)

『落ち着け、オリジナルユウタよ。順を追って説明してやる。──おい、 メガネユウタ! 報告を頼む』(ユウタ閣下)

『かしこまりました。現状を端的に解説させていただきます。まずレーテ嬢が本体の手を取り、自分の胸を鷲掴みにさせたのです。突発的な出来事に対応しきれなくなった本体が、こうしてわれらに助けを求めてきた。以上です』(メガネユウタ)


『な……! アレは童貞を拗らせた僕の妄想ではなかったと言うのか!?』(ユウタ)

『そうだ。いい加減現実を見つめたまえ。時間は限られているのだぞ』(閣下)

『閣下のおっしゃる通りです。早急にこの後の対処法を考えなければなりません』(メガネ)

『そうは言っても、どうすればいいんだよ!? 』(ユウタ)


『そんなのは簡単さ! 思いっきり揉みしだけばいいんだよ!!』(チャラユウタ)

『──む、チャラユウタか。それは愚かすぎるのではないか?』(閣下)

『何を言っているのさ! 男なら据え膳食わぬは男の恥さ!!』(チャラ)

『そ、そんな無責任な!! レーテさんに嫌われたら僕は死んじゃうよ!?』(ユウタ)


『──チャラに賛成だな』(閣下)

『──右に同じく』(メガネ)

『──やっぱりこれで決まりさ!!』(チャラ)

『ユー、ヤッチャイナヨー!』(??ユウタ)


『意見はまとまったな』(閣下)

『はい。時間もない事ですし、この案で行くことにしましょう』(メガネ)

『きたぜきたぜきたぜーー!! ユウタ、男を見せろよ!!!』(チャラ)

『オドレーオドレーオドレーオドレー大フィバー!!!!』(??)


『最後のやつ何言ってるかわからないし、もっとましなこと考え──』



「──っは! 本当に帰ってきた……」


 役に立たない脳内会議から帰ってはきたけど、依然として状況は変わっていない。その証拠に僕の手の先にはマシュマロのような、まん丸の球体がある。


 ──どうしようどうしようどうしよう!!


 お風呂に入っているせいで高かった体温が、さらに上昇し目がグルグル回る。不測の事態に陥ったユウタの中枢神経は、本能に従って目の前の巨乳を──


「あん! 思いっきり揉みしだくなんて、ユウちゃんのエッチ!」


 ──揉みしだいた。


『『『『ハラショー!! よくやっったぞユウタぁぁっぁぁぁああああ!!!!』』』』


 天にも登るような感触を手のひらに感じながら、意識が遠のいて行く。最後まで脳内で叫んでいるアホどもを殴る事を固く誓い、ユウタは湯船を赤く染めてそのまま沈んで行った──




 ♢




 ぼすぼす。何か柔らかいものを叩く音が遠くに聞こえる。熱に浮かされたような思考では把握しきれず、ぼんやりとまどろみに身をまかせる。


 ……ああ。何か最高の体験をしていたような気がするけど、よく思い出せないや。どうしてだろう? 体がポカポカして、少しだるいや……。


 深く考えることをやめ、体から力を抜いて行く。すると今日はいろいろな体験をしたためか、抗い難い睡魔が襲ってきた。

 このまま寝てもいいかな? とそのまま意識を手放そうとすると──


『『『『寝たらあかんでぇぇぇぇぇぇぇえええ!!!!』』』』


 脳内に絶叫が響き渡った。



「むみゃぁぁぁぁあああっ!!!」


 あまりの衝撃に睡魔は吹き飛び、途切れかけてた意識がいっきに覚醒する。

 そ、そうだ。脳内会議のアホどもを殴り飛ばさなくちゃいけなかったんだ! 今こそ恨みを晴らす時、やらいでか!!

 頭の中で馬鹿騒ぎをやっているだろう自分の分身に向かい殺気を放つ。しかし、背後から声をかけられ、一瞬にして萎んでしまう。


「──あ! 気がついたんだね。よかった〜、お風呂の中で気を失っちゃうんだから、心配したんだよ」


「あうう〜……ごめんなさい……」


「ふふふ。別に怒ってないから大丈夫だよ! ユウタ君も疲れているだろうし、このまま一緒に寝よっか!!」



 そう言って僕の寝かされていた布団に、シーシェさんが潜り込んできた。そのまま後ろから抱きしめられ、やっと平熱に戻ってきていたのに、また沸騰してしまう。


 え、一緒に寝るってここで? 焦ってて忘れてたけど、ここってどこなの?



「あ〜、ユウタ君、まだ熱があるみたいだね。早く寝て体力を回復させなきゃダメだよ!」



 シーシェさんの甘い香りに包まれて、そんな些細なことどうでもよくなっちゃたよ……。

 水枕のように柔らかいシーシェさんの胸に顔をうずめ、今度こそ意識を手放した──


「おやすみ、ユウタ君。明日からもよろしくね!!」


 大切なものを扱うようにそっとユウタを抱き寄せ、シーシェも深い眠りへとつくのだった。





今日を含めて明後日まで、お年玉と言う名の日雇いバイトに駆り出されるので、次回の投稿は来年になりそうです。なので少し早めですか、今年はお別れです!! 残り少ししか無い2016年を健やかにお過ごしください!!

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